SFメカ別館 スパロボ雑記 本文へジャンプ
TOPページプチ創作
次ページへ

プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(プロローグ)

目次
第1部
(接触編)
プロローグ このページ
カレン こちらへ
アウト・オブ・ザ・ディープ こちらへ
ジルファー こちらへ
ファースト・レッスン こちらへ
ビリーブ・マジック こちらへ
ツートップ こちらへ
ディナー・トーク こちらへ
リーズン・フォー・バトル こちらへ
フェイトフル・ネーミング こちらへ
第2部
(覚醒編)
インターミッション1
(ハリウッズ・ナイトメア)
こちらへ
第3部
(発動編)
インターミッション2
(ナイトメア・ウィズイン)
こちらへ
第4部
(暗黒編)
インターミッション3
(ホーリーウッズ・ナイトメア)
こちらへ
第5部
(失墜編)
インターミッション4
ザ・ラスト・ナイトメア
こちらへ
第6部
(鎮魂編)
インターミッション5
デイ・ドリーム


 

プロローグ

 ゾディアック――その組織に、ぼくが拉致されたのは、スーザンとのデートの時だった。
 その夜、ぼくの運命は大きく変わることになった。
 君にぼくの声が聞こえるのなら、ぼくの気持ちも理解できるだろう。
 肉体を失ったぼくには、君の今の状況を直接、知ることはできない。
 ただ、ぼくの経験、想い、そして過ちの記憶が、君に伝われば……と思う。
 そうすれば、君が君の人生を切り開くのに、何かの助けになるかもしれないから。

 ぼくの想い人の名は、スーザン・トンプソン。
 東部の都会から、ぼくたちのハイスクールに転校してきた娘だ。それ以前の経歴を、ぼくはあまり知らない。そういう話をする機会はなかったし、その時のぼくには、彼女を見ることができ、声を聞ければ、それで十分だったんだ。
 いっしょに話ができたら、とも思ったけれども、それまでスポーツだけに励んできて恋愛事には疎い田舎者のティーンエイジャーには、一目惚れした()にすぐに声をかける勇気はなかなか持てなかった。チアリーダーの一人として、ぼくたちのフットボールの試合を応援してくれるスーザンの可愛い姿を遠目に見、他の女の子に交じってもひときわ響いて聞こえる、()んだ声援を聞くだけでも、まだ十分だと思えた。
 スーザンの見た目は、モンタナの田舎者の目にはまぶしいくらい、都会的で洗練されていた。流れるような金髪と、大きな青い瞳。フランス人形にたとえることもできるけれど、肌の色はもっと健康的で生き生きとしていた。黄色い陽光を受けて、そのまま反射するような皮膚の色は、何となく東洋的で、神秘的な感じがした。他の娘の白色や、小麦色の肌とは異なる色合いで、髪の色も相まって、彼女の姿を『黄金の女神』のように見せていた。
 チアリーディングの衣装は、上は赤で、下は白。白いスカートから伸びる彼女の両足は、リズミカルに舞って、ぼくの元気を鼓舞してくれる。スーザンのポジションは、向かって左サイド。彼女の可愛さだったら、もっと中心寄りでもいいと思うけれど、転校して間がない新人だから仕方ないのだろう。それに、その位置なら遠くからでも簡単に見分けられる。ぼくの視線は、試合中も、楕円形のボールを追いつつも、彼女の姿に知らず知らずのうちに引き寄せられていた。
 ぼくのポジションは、後方のラインバッカーだから、味方が攻勢のときは、さほど仕事がない。花形のクォーターバックに憧れたときもあったけど、いい加減、自分にそこまでの才能がないことは分かっていたし、ぼくの体格(これには自信がある)と、性格(あまり攻撃的ではない)から考えても、やはり守備役として振る舞うのが適任だと思えた。試合中に、スーザンに目を向ける余裕があるのも、その位置だからこその恩恵だったし。
 ぼくが、彼女の方をチラチラ見ると、彼女もぼくに視線を向けて、にっこり微笑んでくれているように思えた。本当は、そういう細かい表情まで見える距離でもないのだけど、恋心の自意識過剰ってやつだったのだろう。

 そんな何となく幸せで、平穏なスポーツマンの青春を送っていたある日、思いがけず、彼女の方から声をかけられた。
「ハーイ」青い瞳が、次の授業に向かう途中の廊下を歩くぼくに向けられ、ぼくは思わず、まばたきした。
「あ、え〜と、ス……」ファーストネームを呼びかけて、そこまでの関係でないことを意識する。「いや、ミズ・トンプソンだった? ぼ、ぼくに用なのかい?」我ながら、大きい図体の割に小心な性格にあきれながら、間抜けな応答をした。
「ええ、そうよ」そう言って、彼女はぼくの名前を口にした。何で知っているんだろう? 一瞬、疑問に思ったけど、彼女は気にしない様子で話を続けた。「わたしのことはスーザンでいいわ。次は古代ローマ史だったわね。いっしょに行きましょ」
「あれ? 君もこの授業、受けてたっけ?」ぼくは疑問を口にした。ぼくの記憶では、ローマ史の授業で、彼女を見かけたことはない。というか、転校初日の紹介以外では、彼女を廊下で見ることはあっても、同じ教室で見かけた記憶がない。もっぱら彼女を見るのは、チアリーディングをしている姿だけだった。
 クスッと彼女は微笑んで、ぼくの疑問に答えてくれた。「転校してから、いろいろ手続き上の問題とかでバタバタしていて、授業登録にも時間がかかったの」
「あ、そうなんだ」転校ってややこしいんだな。ぼくはずっと地元だから、よく分からない。「応援とかでがんばっている姿を見ていたから、もうすっかり学校生活にも馴染んだんだと思っていたよ」緊張がいくぶん解けて、自分がうまく会話できているのを感じて、ホッとした。
「何かしてないと不安だったのよ」そう言う彼女の体つきは、体の大きなぼくから見ると本当に華奢で、おびえた小鹿のようにも見えた。「知っている人も、あまりいないし……」
「ああ、それはそうだね」自分一人だけ、知らない場所で新たな生活を送るのはどんな気分だろう? ずっと田舎育ちのぼくには、あまり想像もできない。「ぼくで良かったら、相談に乗るよ」思わず、気の利いた一言が出てくれた。
「ええ、そう言ってくれると思ったわ。やっぱり、お兄さんの言葉のとおりね」
「へ? 兄貴?」
「そう。ZOAコーポに勤めてらっしゃるでしょう?」
「あ、ああ。確か、そんな名前だったような……」
 ZOAコーポ――新聞やニュースはあまり見ないので、よく知らないんだけど、十年ほど前の不況時に、画期的な発明やら何やらで急成長した会社って聞いている。最近、この地域にも支社ができたとあって、昨年、兄貴が就職したらしい。兄貴が言うには、「すごいぞ。うちの会社は、太陽光発電だけでなく、星の光のエネルギーを利用した研究までしているんだ。確かに夜空の星々は、一つ一つが太陽をも凌ぐ恒星だ。その力をうまく利用できれば、エネルギー問題は一気に解決だぞ!」
 何かおかしな理屈のような気もしたけど、興奮して舞い上がっている頭でっかちの兄貴と議論する気にもなれないし、化学の成績がBのぼくには想像もつかない最新科学理論でもあるんだろう。
「わたしの父も、ZOAコーポなの。あなたのお兄さんの上司に当たるってわけ」
 なるほどね。だから、スーザンはぼくの名前も知っていたんだ。そのことをどう感じていいのか分からないまま、ローマ史の教室に着いた。
 スーザンは何の迷いも見せずに、ぼくの隣の席に腰かけ、ぼくの授業への集中力を奪った。その日のローマ史講義の内容は、全然、頭に残らなかった。

 その後、短期間のうちに、スーザンとの交流は頻繁になった。
 嬉しいことに、彼女はぼくの受けていた授業を確かめると、「いい授業をとっているのね。わたしも合わせるわ」と言ってくれた。もしも、ぼくがスーザンに対して同じことを言えば、単なるストーカーだけど、逆の場合、男は嬉しいものだ。可愛い女の子というのは、何かと得だと思う。
 兄貴のことは、最初のときを除いて、スーザンは話題に出さなかった。そのことも、ぼくには喜ばしかった。昔から、学業の優秀だった兄貴と比べられて、ぼくはあまりいい感情を持っていない。兄貴は尊敬しているけれども、同じようになりたいとは思わない。勉強は苦手でも、ぼくにはフットボールがあるし、花形選手にはなれなくても、自分の役目ぐらいはしっかり果たしてみせる。そして、スーザンも、兄貴ではなく、ぼくの方に関心を持ってくれていることが、鈍感なぼくにもだんだん分かってきた。 
 兄貴は、スーザンの話をすると、「応援するぞ」と言ってくれた。「トンプソンさんとの関係がうまく行けば、兄さんの仕事にとっても好都合だ!」何だか打算的なことを平気で口にする兄貴が、ぼくは嫌いだった。それでも、この兄貴がきっかけとなって、スーザンとも仲良くなれていることも事実なのだ。
「別に、兄貴のためにスーザンと付き合うんじゃないんだからな」挑戦的に言うと、兄貴は笑って軽く受け流した。
「当たり前だ。冗談も分からないのか。それでもな、恋だろうと、仕事だろうと、利用できる物は何でも利用して、欲しい物はみんな手に入れようと考えるんだよ。それじゃないと、この競争社会で生きていけないぞ」
 すぐに説教したがるのは、兄貴の悪い癖だ。父さんも、母さんも、こんな兄貴みたいになれ、と、いつも言う。兄貴は、我が家の成功例だ。それに比べて、お前は図体ばかり大きくて……と、よく言われてきた。兄貴は兄貴、ぼくはぼく、という違いを尊重してくれないように思う。
「わたしは、あなたもお兄さんに負けていないと思うわ」ついつい不満を口に滑らせたとき、そう言って励ましてくれたのはスーザンだ。「あなたは、ラインバッカーとして自分の役割をしっかり果たしている。それはチームの中で選ばれた、あなただけの役割じゃないかしら」
 家族よりも、スーザンの方がぼくの気持ちをよほど理解してくれている、と思った。

 授業をいっしょに受け、講義の後のカフェテリアで授業の感想なんかを話し合い、そして放課後はそれぞれフットボールやチアリーディングの練習に励みながらも、グラウンドで視線と笑顔を交し合う。
 そんな日常生活を経て、ある日、映画のチケットを差し出したのもスーザンだった。「あなたは転校生活を支えてくれたわ。これは、ちょっとしたお礼のつもりなんだけど……」
 ぼくは田舎者だから、気が利かない。リードをしてくれるのは、いつも彼女の方だった。自分でも、もう少しその方面を勉強しないとな、と思いながら、彼女の誘いを喜んで受け入れた。
 映画の内容は、よくあるコミックヒーローの実写化だ。超パワーを手に入れた主人公が悪の怪人と戦う物語を、最新のCGで描くアクション映画。ナード(オタク)たちが好きな分野だ。チアリーディングの娘が選ぶにしては、意外に思えた。そういう気持ちが、表情に出たのだろう。
「ああ、ちがうのよ」スーザンは、頬を赤らめて、否定するように手を横に振った。「父さんがくれたの。わたしは、もっと大人っぽいロマンス映画がいいって言ったんだけど、まだ早いって」
「その映画にも、ヒロインとのロマンスはあるんじゃないか。強いヒーローが、社会の平和を守り、囚われの娘を救うために、悪と戦う。ぼくは大好きだな」
「……本当はわたしも」彼女はばつの悪そうな表情を浮かべた。「ナードっぽい……って言われたら、どうしようかと思った。どうも、父さんの影響があって……」
「うちの兄貴は、ギーク(コンピューター・オタク)だけどね。ぼくはジョック(スポーツマン)のつもりだけど、ナード差別はしたくない。違いの尊重は大事だと思う。いい物はいいし、面白い映画は面白い。今度の休みが楽しみだな」彼女の前だからか、いつになく格好いい言葉がスラスラと口に出た。

 こうして、問題の日の朝となった。
 初デートの場所は、郊外のショッピングモール。いつもならバスで行くところだけど、デートでバスを使うのは何となく格好悪い気がした。どうしようか、と思っていると、
「デートだったら、兄さんがバイクを貸してやるぞ」思わぬところで、兄貴が気を利かせてくれた。
「……って、何でデートのことを知っているんだよ?」その時のぼくの顔は自分でも分かるぐらい赤面していたろう。
「ハハハ、兄さんは、情報の達人だからな。それぐらいの情報は、お前の表情を見れば、簡単に分かるさ」実にイヤな奴だ。これじゃ、兄貴の前ではうかうかと顔を向けることもできやしない。
「いいよ、別に。兄貴の助けなんて借りたくない」こちらにも意地がある。嫌いな奴の施しなんて受けるつもりはない。
「利用できる物は何でも利用しろ、と前に教えなかったか」兄貴はニヤニヤと笑みを浮かべた。「それに、お前のためにバイクを貸すんじゃないんだからな。トンプソンさんとの関係がうまく行けば、兄さんの仕事にとっても好都合だからだ」
 そんなことを言われると、「持ちつ持たれつ」とか、共生関係という言葉を思い出した。「分かった。貸し借りが関係ないなら、喜んで借りるよ」
「そうだ。人間、素直が一番だぞ。人の好意はありがたく受ける。自分の好意は高く売りつける。それが競争社会を生き残る秘訣だ」
 ……何となく、兄貴が社会で苦労しながら、自分なりの教訓を胸に刻んで行っている様子が想像できた。人を小馬鹿にするイヤな兄貴だが、本質的に弟思いなんだろうと思う。そんな兄貴との会話が、この朝で終わることになるとは、その時は思いもしなかった。

 待ち合わせの場所は、バス停だった。
 こちらの服装は、ライダースーツの代わりになりそうな黒の革ジャンと、厚手のジーンズ。元々、体は大きいので、ちょっとしたアウトローバイカーを意識したファッションだ。いつもの素朴な田舎のスポーツ少年とは違う、都会的なセンスを目指したつもりだけど、自分では似合っているのか、どうかよく分からなかった。
 バス停で待っているスーザンの衣装は、赤いニット地のセーターと、おしゃれな黒のベレー帽、そして紺のスラックスだった。普段の淡色系の明るいイメージと違って、どこか大人びた眩惑を感じる。
 免許は持っていたものの乗り慣れないバイクを慎重に止め、ぼくはゆっくりヘルメットを外して、スーザンに顔を見せた。
「え? バスじゃなかったの?」彼女は青い瞳をいつもより大きく見開いて、驚きの表情を作って見せた。
「ちょっとしたサプライズって奴さ」何かの映画で聞いたようなセリフを口にして、ニヤリと笑う。映画の世慣れたアウトローヒーローになったような気分だ。
「本当、驚いたわ」そう言いながらも、すぐに落ち着きを取り戻したスーザンは、やわらかい微笑を浮かべる。その唇が普段より、赤く色づいているのが印象的だった。「でも、格好いいわ」
「ありがとう。君も可愛いよ」
 他愛ないお世辞のやりとりが、恋人同士の距離を縮める……誰の言葉だっけ? そんな言い回しが脳裏をかすめた。服装やシチュエーションが整えば、垢抜けないフットボール選手でも、ドラマチックなヒーローになれる。そばに綺麗に装った美女のヒロインがいれば、完璧だ。
「さあ、行こうか」彼女に予備のヘルメットを差し出す。
 ベレー帽の代わりに、ヘルメットをかぶった恋人を後ろに乗せ、ぼくはショッピングモールへの道を疾駆した。

 映画の内容は、平凡だった。
 よくあるアクションヒーロー物。最後は悪人が倒され、世界もヒロインも救われて、お決まりのハッピーエンド。
 それよりも、ぼくとスーザンの関係が今後、どうなっていくかの方が、気がかりだった。もちろん、映画と同じハッピーエンドが望ましい。
 でも……今のぼくには、ハッピーエンドが得られなかったと分かっている。
 現実は映画のようには、うまくいかない。でも、何もかもうまくいかない、ということはないだろう。現実を受け入れながらも、より明るい未来を目指して、自分の人生を納得の行くように築き上げていく。君が誰かは知らないけれど、ぼくの声の聞こえる君なら、それができる、と信じている。
 映画を見た後の食事が、スーザンとの最後の幸せなひとときだった。
 時間は夕刻すぎ。イタリア料理のパスタを食べながら、ぼくたちは映画の感想なんかを語り合った。
「映画の中で……」スーザンは感動の余韻を味わうように、ゆっくり言った。「ヒーローは、ヒロインの命か、世界を救うことの選択を迫られた。あなたなら、どちらを選ぶ?」
「それは難しいな」ぼくはまじめに考えた。「ぼくはヒーローじゃないから、世界を救う義務はない。でも、愛する娘は命に代えても、助け出したいよな」そして、付け加える。「たとえば、君とか……」
「わたしは……」彼女の青い瞳が何だか潤んで見えた。「ヒロインの立場なら、ヒーローに世界を救って、と訴えるわね。自分の命よりも、世界の多くの命の方が大切よ」
「自分が死んで、愛する者も世界も救えるなら、ぼくだってそうするさ」そんな局面に立たされることがないよう願いながらも、ぼくはそう言った。愛する者を守るために命を掛けるのは、それはそれで格好いい。「でも、やっぱり愛する者は犠牲にできないよ」
「わたしは……できるわ」彼女がそのセリフを口にすると、ぼくの背筋がぞくりとした。いつもの健康的な姿の内面にある闇を垣間見たような気にさせられたのだ。「わたしがヒーローのように大いなる力を得たなら、世界を救うために、愛する人に犠牲になってもらう。それが力を得た者の宿命よ」
 大いなる力には、大いなる責任がともなう。昔、見た映画でも、そんなセリフがあったっけ? 
「そんな宿命や力は願い下げだな」ぼくは、暗い気分を吹き払うように言った。「ヒーローになることが悲劇に直面することなら、ぼくは平凡な人間で十分だと思うよ。ヒーローになることよりも、幸せな人生を満喫できる方が、よっぽど望ましいことだ」
「そう……」彼女は寂しげに言った。「覚えていて。わたしはその時が来たら、ためらわない。あなたもイザとなったら、そのつもりでいて」
 何の話だ? さっきまで、スーザンとぼくは分かり合えていると思っていた。でも、今の会話の中で、急に彼女の存在が遠いもののように感じられた。たかが映画の感想話くらいで、どうしてこんなに深刻になるんだ?
「もう、行きましょう」スーザンはそう言って、席を立った。

 外はいつの間にか、日が暮れていた。
 宵闇の世界。まるで、ぼくとスーザンの間にあいた間隙のように暗い。
 最初は彼女が怒っているのか、と思った。彼女はスタスタと歩いていく。ぼくは惨めなフラレた恋人のように、未練がましく後を追う形になった。
 ただ、意外なことに、外に出てしばらくすると彼女は急に振り返って、こちらに身を寄せてきた。慌てて立ち止まったぼくの右腕に、ぎゅっとしがみついたスーザンの体は、か細く、震えていた。
 月明かりが彼女の表情を照らし出した。
 昼間の太陽の下では健康的に輝いていた彼女の肌は、夜の世界では白く、冷ややかだった。その瞳は蒼く、妖しい光を映し出していた。昼のスーザンと、夜のスーザン、一人の娘がこうも違う印象を見せるとは、思ってもいなかった。
「本当に、お互い平凡な人間でいられたら、幸せだったのに……」そうつぶやく彼女の声は湿っていた。泣いているような……。
 ぼくは、どうしたらいいか分からないまま、彼女に右腕を預け、立ちつくしていた。左腕を彼女の背中に回そうか、とも思ったが、それを拒絶するような気が感じ取られて、動けなかった。
 恋人の抱擁なら、温かさを感じていたろう。
 でも、今のスーザンの肢体は、赤いセーターには似つかわしくない冷気を帯びていた。彼女の異質な想い、異質な気というものが、ぼくの心と体を麻痺させ、静かに時間が過ぎていった。

 いつの間にか、ぼくたち二人の周りを、数人の男たちが取り囲んでいた。
 黒いスーツと、サングラスの、いわゆるメン・イン・ブラックたち。
「さあ、恋人ごっこも、そこまでにしておきましょう」男の一人が慇懃に口を開いた。「迎えにあがりました。シンクロシアさま……」黒いサングラスの奥の視線で、スーザンを見据えた後、「そして、ラーリオスさま」ぼくに目を向ける。
 シンクロシア? ラーリオス? 
 そのときのぼくには意味不明の単語だった。
 ただ、男たちが、ぼくとスーザンを捕まえようとしている気配は感じられた。何とかして、逃げないと……。
 危機を感じて、ようやく麻痺が解けたようだった。
「スーザン、逃げるぞ!」
 ぼくはかすれた声で大きく叫んだ。
 スーザンの体もピクッと動いて、ぼくの右腕を解放した。
 ぼくはヒーローじゃないけど、愛する娘は命に代えても、助け出したい。ぼくはスーザンが逃げるまで、周りの男たちの相手をしようと、腰を落として身構えた。格闘技の経験はないけれど、フットボールで鍛え上げた肉体だ。タックルを仕掛ければ、何人かは吹っ飛ばすことができるだろう。
 スーザンは、男たちの間を駆け抜け、そして足を止めた。振り返ったその表情は涙に濡れてはいたが、真紅の唇から紡ぎだすセリフは、感情を押し殺した冷たい響きだった。「ごめんなさい……わたしは選ばれたの」
 何のことだ? スーザン……
「そして、あなたもよ。ラーリオス」
 その言葉を耳にしたとき、男たちが何かの力を放って、ぼくの意識を失わせた。

 こうして、ぼくは、組織に囚われたのだった。


次ページへ


●作者余談(2011年12月31日、ネタバレ注意)

 『夜明けのレクイエム』が完成したら、後書きみたいに、当記事を書こうと思っていました。
 だけど、予定よりも長引いたために、なかなか書けないまま、今に至った、と。
 一応、現時点で「第3部完成目前」ということで、少しずつ振り返ってみたいな、と考えての記事書き。

 さて、本小説は、2008年6月に書いた『プレ・ラーリオス 太陽の失墜』(略称・失墜)の前日譚ということになります。
 本来、掲示板で読むために短編として挙げた『失墜』でしたが、自分としては久々に書いた小説です。
 いや、まあ、自分のサイト『White NOVAのホビー館』で、ゲームのリプレイなんかを簡易小説調に書いてはきたんですが、作者ではなく、登場人物視点の読み物となると、1998年以来になるんじゃないかなあ。
 まあ、それはさておき。

 『失墜』の続編を書くつもりはあったのですが、諸事情あって、設定の一時保留ということから、「だったら、過去の話を書いてみよう」という結果になりました。
 何せ、『失墜』で登場して散っていったキャラクター、カレンさんやジルファーやロイドのことを、もう少し、きちんとした形で描きたかったのと、何よりも、『失墜』の敵役、暴走したプレ・ラーリオスについても、暴走する前の話が読んでみたくなったわけで。
 ええ、作者としては、自分で読みたいものを書くわけです。まあ、その結果、形になったのを見て、「オレの読みたかったものは、これなのか?」と疑問に駆られることもあるのですが、それでも、いろいろ読みたいものと書けるものの辻褄あわせをしながら完成させる、と。

 そして、本作のポイントは、「暴走ラーリオスになる少年の一人称視点」で、彼の心情と、周囲の登場人物を描く、と。
 で、登場した主人公が当初、「ぼく」とだけ呼称されるカート・オリバー。
 いや、彼の名前が登場するのは、第1部の最後になるのですけど、どこまで名無しで通すことができるか、試してみました。
 これは夏目漱石の『吾輩は猫である』に由来するのですけど、自分では「吾輩はラーリオスである。名前はまだない」なんて、フレーズが頭にありました。つまり、書き始めた段階では、カートの名前も決まっていなかったわけで。ついでに、カートの兄貴の名前は、いまだに決まっていません(笑)。

 そんな名前のなかったカートですが、最初に「肉体を失った」とあるように、すでに死んで魂だけの存在になっています。彼の場合、いろいろな物を失い、否定する主人公というイメージもできていたのですけど、普通にそういう人物を描くと、「後ろ向きで暗くて、感情移入を削がれる」ことになります。
 だから、「ヒロインへの想い」という一点は、前向きに描こうと思いました。ええと、「自分はいろいろ失っても、何かを守りたいという気持ちだけは純粋に持っている」という方向性。
 モチーフとしては、デビルマンもあります。「裏切り者の名を受けて、全てを捨てて戦う男」ですね。

 そして、この最初のプロローグは、アメリカン・ハイスクールのイメージを引っ張ってきたのですが、きっかけは書き始めた2009年当時、ハマッていた『ターミネーター サラ・コナー・クロニクルズ(略称TSCC)』ですね。
 スーザンには、少女ターミネーターのキャメロンのイメージが入っています。自分に惚れてくれる美少女と思っていたら、実は使命を帯びてきた、と知ってのジョン・コナー少年のガッカリ感と虚しさ、それでも未来のリーダーとしていろいろ背負っていかないといけない要素などが、カートにも引き継がれております。

 それと、スーザンの方のイメージソースとして、スティーブン・キングの吸血鬼小説『呪われた町』のヒロインがスーザンという名前だったり、同じく吸血鬼映画の『フライトナイト』(最近リメイクされた)のヒロインの名前が確かエイミー・トンプソンだったなあ、と思って、苗字に採用したら、実は思い違いで、本当はエイミー・ピーターソンだったというネタがありまして。トンプソンは、主人公チャーリーの親友エドの苗字だったわけで。
 まあ、そういうネタからも分かるように、本作のスーザンには、「吸血鬼」とか「人造人間」のイメージが付けられています。こういう「人に化けた美少女に裏切られて……それでも愛しさを捨てられない」なんて話に、自分は惹かれてしまいます。
 この辺のポイントは、「友好的→豹変」というギャップ萌えもあるんですけど、「裏切ったはずの彼女も、非情になりきれず、どこか愛情を引きずってしまうところがあって……」というジレンマ萌えも覚えたり。
 もっとも、その辺がうまく描ける自信は当初はなかったわけで、何せそれまでヒロインをじっくり文章で描いたことがない。
 自分の書いてきたのは、女戦士とか、癒し手の女僧侶とか、お姫様とか、まあ、ファンタジーな記号キャラでしかなく、「女性キャラをいかに描くか」というのも本作の目標だった、と。
 おかげさまで、この3年の間、「自分の中の萌えとは何か」をいろいろ見つめましたとも、ええ。

 あとは、やはり本作でアメリカン・ハイスクールの用語を散りばめていたら、2011年の『仮面ライダーフォーゼ』で、そういうネタにジャストフィットしたり、またゾディアックという組織もズバリそれに近いゾディアーツという名前で登場したり、何となく「プレ・ラーリオス」で描いてきたことが、近い形で現実の特撮ヒーローに採用されている現状を見ると、個人的に誇らしい気分になれますね。
 まあ、元々、『ラーリオス』という企画自体が、「仮面ライダーBLACKプラス聖闘士星矢」なわけですから、いろいろ影響を受けている面もあるし、逆に自分の書いたものが、自分の好きな作品シリーズに取り入れられるのを見ると、自分の創作センスにも自信が持てるなあ、と。
 

inserted by FC2 system