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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(インターミッション1)

第2部目次
第1部
(接触編)
プロローグ こちらへ
第2部
(覚醒編)
インターミッション1
ハリウッズ・ナイトメア
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マッスル・トレーナー こちらへ
ロスト・ドリーム こちらへ
ブレイク・ファスト こちらへ
エクサイト・エクササイズ こちらへ
エクストラ・エクササイズ こちらへ
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ウェイク・アップ こちらへ
第3部
(発動編)
インターミッション2
ナイトメア・ウィズイン
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第4部
(暗黒編)
インターミッション3
ホーリーウッズ・ナイトメア
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第5部
(失墜編)
インターミッション4
ザ・ラスト・ナイトメア
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第6部
(鎮魂編)
インターミッション5
デイ・ドリーム


 

IM1.ハリウッズ・ナイトメア

 熱い空気が、ぼくの肌をじりじりと焼く。
 辺り一面、荒涼とした砂漠が広がっている。
 ここはどこだろう?
 臨場感はあるのに、どこか他人事のような、ふわふわとした気分がつきまとう。自分の体が、微妙に自分の意思を離れ、勝手に動いているような違和感。
 ふと、視線が上に向けられる。
 雲ひとつない青空に浮かぶ二つの太陽。
 そうか、と、ぼくはあっさり状況を悟った。
 ここはたぶん、惑星タトゥイーン。
 ハリウッドSF映画のファンなら誰でも知っている架空の惑星。小さいころから、TVモニターの中で、見慣れた世界。
 地球上なら見えるはずもない二つの恒星は、タトゥイーンの特徴だと、ナード知識に博学な兄貴は語っていた。他の特徴といえば、異形の異星人が多く集まるモス・アイズリーの酒場とか。
 でも、視界に都市は映らないので、タトゥイーンと断言できる手がかりは多くない。
 慎重な兄貴なら、「もっと状況を観察しろ」と忠告するかも。ただ、そうしたところで、ぼくは別に砂漠の専門家ってわけじゃない。何かの映像で見たことがあると言えば、現実のアリゾナ砂漠や、サハラ砂漠、ゴビ砂漠、それに砂の惑星デューンぐらい(正式名称は「アラキス」と言うらしいけど、そんなことを気にするのは兄貴みたいなSFマニアくらいだろう)。
 二つの太陽から、ここが地球でないのは明らかだし、デューンに恒星がいくつあるかなんて知らない。
 他に、砂漠を見分ける手がかりは、そこに棲む生き物だったかな? アリゾナ砂漠にはガラガラヘビがいるだろうし、サハラやゴビの違いはラクダのコブの数が違う、と聞いたことがある(確か、サハラがヒトコブで、ゴビがフタコブだったと思うけど、逆だったかも)。そして、ここがデューンなら、巨大なサンドウォームの痕跡があるはず。
 そのどれも見えない以上は、ここがタトゥイーンと考えて特に問題ないだろう。たぶん、これは、ぼくの夢なんだし。だったら、タトゥイーン以外の砂漠が出てくるはずないじゃないか。昔から、『スター・ウォーズ』が好きで、何度も夢に見たことのあるぼくなんだから。
 だけど……もう少し、夢と気付かないで、架空世界に浸っていたかったな。

 一口に架空世界と言っても、ぼくにとって、タトゥイーンは、完全に絵空事というわけじゃない。その映像イメージには、ロケ地特有の雰囲気が見られる。それは、まず北アフリカのチュニジアだ。だから、タトゥイーンをサハラ砂漠と見誤る人がいても、それは納得できる。ただ、何本もある『スター・ウォーズ』のシリーズ作品によっては、意外なところがロケ地に使われていた。ぼくにとって、タトゥイーンがとりわけ印象深いのは、イエローストーン国立公園がロケ地に使われたことがある、と兄貴に教えられたからだ。
 イエローストーン国立公園は、ぼくの生まれ育ったモンタナ州が世界に誇る最古の国立公園で、ネイティブ・アメリカン、いわゆるインディアンたちの歴史にもまつわる由緒正しい自然の景勝地だ。インディアンの歴史については、先祖にまつわる話として、亡き祖母がいろいろ話してくれたことがあるが、ぼくにとっては、祖母の昔話も、『スター・ウォーズ』も、なじみ深い神話・伝承と言える。ナードが好きなヨーロッパ風の騎士や魔法使いの登場する中世ファンタジーは、どうも外国からの借り物っぽくて性に合わないけれど、アメリカらしさを感じさせてくれる伝承にはリアリティーを覚える。ぼくがついて行けないのは、現実に根ざさない無制限な妄想の産物なのだ。その点、インディアンの物語も、『スター・ウォーズ』も、どれだけ荒唐無稽と言われようが、その源流には、アメリカ人の自分の現実に通じる要素を感じている。

 とにかく、これが夢だと分かったような気がする。
 でも、そんなことを言えば、どこからどこまでが夢なんだろう? 確か、ここに来る前のぼくは、脱出不能の雪山の洞窟にいて、ゾディアックという秘密結社やら、星輝士というファンタジー世界の住人やらについて聞かされ、ラーリオス様としてもてはやされていた。
 ……それら全てが夢だってことは考えられないだろうか。少なくとも、ゾディアックよりも、タトゥーインの方が、よっぽど現実のように思えてくる。
 本当の自分は、モンタナの自宅のベッドに眠っていて、明日のスーザンとのデートを待ち望みながら、映画みたいな話を夢見ている……。
 そう、目覚めたら、いつもの日常が待っていて、それでも彼女との交流が甘い刺激となって、ささやかな、それでいて代えがたい幸せをもたらしてくれる……。

 夢の中で淡い白昼夢を見る、という奇妙な経験をした後で、ぼくの心は今の現実(なんだか夢なんだか)に戻ってきた。
 タトゥイーンはなじみ深い星だけど、安全な場所だとは言えない。未開の荒野に、タスケン・レイダーと呼ばれる略奪者が出没するのは、映画のファンにとって常識だ。
 不自由な感覚ながら、何となく自分の装備を確認すると、腰にライトセーバーが()げてあるのを知って、安心した。ライトセーバーを持っているということは、この夢の中での自分の役割はジェダイの騎士だ。ジェダイなら、敵対者であるシス(ダークジェダイ)が相手でない限り、有利に戦える。
 次に、自分が今いる物語の状況を考えた(体の反応に対して、思考は割と自由になる)。タトゥイーンが舞台というだけでは、どのエピソードか分からない。メインストーリーとなる映画だけでも、タトゥイーンが登場しないのは、『エピソード5 帝国の逆襲』ぐらいだからだ。
 自分としては、『スター・ウォーズ』のキャラに扮するなら、ルーク・スカイウォーカーか、その盟友ハン・ソロを()りたかった。子どものときの『スター・ウォーズ』遊びでは、ハン・ソロの役は決まって兄貴のもので、「おまえは体がデカイから、チューバッカがお似合いだ」と理不尽なことを言われて、押し付けられた思い出がある。小さいころは、それが嫌だったけれど、後に、誇り高い毛むくじゃらの巨漢ウーキー族の設定を知って、自分にふさわしいキャラだと思い直すようになった。ハリソン・フォード演じる格好いいソロ船長の相棒にして、誠実で意外と手先が器用なエンジニアでもあるチューバッカは、脇役キャラとしては美味しい役どころだ。少なくとも、おしゃべりで臆病者の道化役ドロイド、C−3POの役を押し付けられるよりはよほどマシだった、と思える。
 昔からチューバッカの役に慣れていたせいか、自分が主役格に扮するのには違和感もあった。
 でも、夢の中ぐらい、自分が主役になったっていいじゃないか。
 ぼくは、小さな子供に戻ったみたいな気分で、ライトセイバーをブンブン振り回した。
 タスケン・レイダーだろうと、犯罪組織の長ジャバ・ザ・ハットの手下だろうと、来るなら来い。

 そして、夢の中の物語は、ぼくの意思とは関係なく進んだ。
 夢の中の自分はぼく自身でありながら、時に観客の目で見る登場人物のように振る舞った。ただ、感じた思いだけは共有している気がする。
 物語が進むにつれて、ぼくは自分の役割を完全に理解した。『エピソード2 クローンの攻撃』のアナキン・スカイウォーカー。その物語のままに、ぼくは行動し、その結果、悲劇を味わうこととなった。
 アナキンはタスケン・レイダーにさらわれた母親シミを助けるために、砂漠を一人で越え、そして夜間に忍び込んだレイダー部族の居留地で母の死を見取ることとなった。才能あるジェダイの弟子でありながら、怒りと哀しみの感情を制御できなくなったアナキンは、母の仇のレイダー部族を女子供も含めて斬殺した。
 そのシーンは、映画では大幅にカットされていて、後でアナキンのセリフで語られるだけだったが、ぼくの夢の中では、想像力も交えて緻密(ちみつ)に再現されていた。ぼくは、アナキンとなって、彼の怒りと哀しみに同調し、ほとんど抵抗もできないタスケン・レイダーたちをライトセーバーで切り刻んでいった。先ほどまで感じていた子供っぽいヒーロー感覚は、たちどころに消失した。
 ぼくは一個の殺戮機械となって、数え切れない生命を奪っていった。夢の中とは言え、自分の力に酔いしれることはなく、吐き気すらも覚えながらも、どうしようもない怒りと哀しみ、フォースの暗黒面に突き動かされ、動く者すべてを切り裂き、貫き、そして超能力(フォース)の炎を浴びせ燃やしていった。

 生きる者がいなくなった居留地で、ぼくはハアハアと肩で大きく息をしながら、アナキンとして行った虐殺場面をぼんやり麻痺した心で味わっていた。
「どうしてなんだ、一体!」思わず、ぼくはつぶやいていた。「ぼくは、こんな場面を望んでいない。アナキンの役なんて……」
 アナキン・スカイウォーカー。『スター・ウォーズ』の初期3部作の主人公の一人で、後に悪役のダース・ヴェーダーに転向する。兄貴の言葉によれば、本当の初期3部作はルークが主人公の『エピソード4〜6』で、その父親に当たるアナキンの物語は、前日譚として後から作られたものらしい。もっとも、ぼくが物心ついたときには全6作が完結していたから、ぼくは物語を順に追うことになった。その中で好きになった人物は、悲劇ではなく純粋にSF冒険活劇として楽しめる後期の3部作のヒーローたちだった。
「ぼくは……アナキンよりも、ルークになりたかったのに……」
 いつの間にか、ぼくの中からアナキンの要素は消え、役を演じ終わった役者のように、内心を吐露していた。
 夜の砂漠は冷え込むものだけど、居留地を燃やす炎のおかげで寒くない。激しい運動の後で体は汗まみれになり、悲劇を実感して目からは涙がとめどなく溢れてきていた。
 夢なのに、どうして、こんなにリアリティーを感じるんだ? 

「これは、ただの夢ではありませんから」背後から聞こえてきた静かな声に、ぼくはビクッとして振り向いた。
 そこには、いつの間にか、黒いローブをまとった人影が立っていた。
「シスか!」ぼくは思わず、ジェダイの自覚を取り戻して、ライトセーバーを構えた。一度は消えていた青い光の刃が、ブンっと独特の唸りをあげて再び形成される。
「剣を引きなさい、ラーリオス様。SF映画の世界は、もう終わりです」フードの影からくぐもった声が聞こえてきた。
 ラーリオス様? 
 一体、何のことだ? 
 ぼくは、ジェダイの騎士で、それでも激情のあまり、戒律を破って虐殺行為を働いて、自分の中に育ちつつある暗黒面におののいているアナキン・スカイウォーカー……いや、違う。
 ぼくは、カート・オリバー。モンタナ生まれの世間知らずな高校生で、フットボールチームのラインバッカーで……。
 自意識をはっきりさせるつもりで、空いた方の手で額を押さえる。
「どうやら、夢と、現実を混同されているようですね」黒ローブは、ささやくような声をもらした。「無理もない」
「混同なんてしていない!」相手の言葉に、見下されたような響きを感じて、ぼくは叫んだ。「ぼくはぼくだ。アナキンでも、ラーリオスでもない!」
「いいえ、あなたはラーリオス様ですよ。少なくとも、いずれそうあるべく定められたお方。現実逃避しても、それは変わらない」
「だったら、君は何なんだ? ダーク・ジェダイか、影の神官バァトスか? わざわざ、人の夢の中に登場して、何がしたいんだ?」
「思ったよりも、意識がはっきりしているみたいね。少なくとも、夢を夢と自覚している。さすがは、ラーリオス様といったところかしら、フフフ」
 柔らかい響きの笑い声に、違和感を覚える。
「バァトス……じゃないのか? 一体、誰なんだ?」
 答える代わりに、黒ローブの人物は、しなやかな手の動きで、ふわりとフードを後ろにはらった。そこに現われた顔は、ぼくの予想していたひげ面ではなかった。
 長い黒髪と、切れ長の黒い瞳、薄い色合いながら紅を塗ったような唇。
「弟子の名前は知っているようですね。夢の中での対面で失礼ですが、以後、ご面識を。影の星輝士トロイメライと申します。もっとも悪夢の使い(ナイトメア)の名で呼ばれることもありますが……」
 女? しかも、年若い……。
 ジルファーが話していた記憶がよみがえる。バァトスの師匠の話を聞いたときは、やはり陰気そうで邪悪な雰囲気の男の姿を想像していた。でも、トロイメライと名乗った女の印象は、予想とは大きく異なっていた。
 不気味な印象の黒ローブも、相手が女性と分かると、美しいサテンのドレスのように見えてくる。いわゆるゴシック・ファッションと言うのかな? あまりなじみはなく、到底好きな衣装とは言えないが、彼女はいかにも自然に着こなしている。
 表情はどことなく無機質で、精巧な仮面を思わせる。切れ長の目がエキゾチックな東洋系の雰囲気を漂わせていて、昔、何かの番組で見た異国の仮面劇のイメージだ。確か、能面って言うんだったか? 
 身にまとった妖しい雰囲気からは、カレンさんよりも年上にも思えるけれど、体つきが小柄なせいか、幼い少女のような(はかな)さも持ち合わせていて、容易につかみがたい不思議な感じがする。
 夢の世界に住む黒の妖精、と表現したらいいのかも。
 美女とも、美少女とも受け取れる相手を前にして、いつの間にか毒気を抜かれたぼくは、警戒心を忘れ、剣を持つ手をだらりと下げていた。青い光は、とっくに消えている。
「あ、ええと……」戸惑って言葉が出ないぼくに対して、彼女は宮廷美人のように優雅に会釈してみせた。
「トロイ……とお呼びください、ラーリオス様。本来なら、直接の対面が望ましいのですが、役目柄、プレクトゥスに長居はできませぬゆえ」
「トロイさんですか」さりげなく振る舞おうと苦戦しながら、こちらもぎこちなく頭を下げる。
 混乱したままの頭は、トロイという名前から、一つの人物を思い浮かべた。『スタートレック』のディアナ・トロイ。確か宇宙船エンタープライズ号のカウンセラーで、テレパシストだっけ? ぼくはトレッキーじゃないので、『スター・ウォーズ』ほど詳しくないんだけど、まあナードの兄貴を持つと、どうしてもそういう知識は入ってくる。
 頭を一度、SF映画に流してから、ようやく落ち着いて、まだ手にしたままのライトセイバーを腰のホルスターに収める。そして、一息ついてから改めて質問をした。
「トロイさん、あなたはどうして、ぼくの夢にいるんです? この夢は一体、何なのですか?」
「この夢がSF映画風なのは、私のせいじゃない。そこは、あなたの潜在意識や、過去の記憶などの影響ね」
 そりゃ、そうだろう。でも、ぼくの聞きたいのはそういうことではなくて……、と言葉を続けようとする前に、彼女が先手をとった。
「私が、ここにいるのは、あなたの未来への警告のためよ」
「警告?」
「夢は過去と現在だけでなく、未来にも通じるもの」トロイさんは、静かで淡々とした口調で言葉をつむいだ。「未来は混沌として定かではないものの、人の無意識は時として予兆を強く感じ、夢というビジョンを描くことがある」
「まさか、この夢が予知夢だとでも?」
 黒髪の女性はこくりとうなずいた。「あなたは炎の中で、虐殺を行う……かもしれない」
 ぼくは、いまだに燃えている周囲の炎に目を向けた。作り物のCGよりはリアルな感じもするが、先程よりは実感が減っているような気もする。
 否定するように首を振った。
「いや、これはただの映画の物語ですよ。ぼくは、アナキンじゃない」
「アナキンのイメージに、炎は登場しない。炎はラーリオス様、あなたの潜在的な力のようね」
 ……そりゃ、氷や稲妻よりも、炎の方が自分のイメージに合うと思うけど。
「でも、ぼくは暗黒面になんて転向しませんよ。ダース・ヴェーダーになんてなるはずもない」
「……愛する人を失うことになっても?」
 その一言が、ぼくに再び、警戒心を呼び起こした。「愛する人を喪失することへの恐怖」、これがアナキン・スカイウォーカーを暗黒面に誘うきっかけとなったのだった。その心の隙を突いたのが、シスの暗黒卿ダース・シディアス。またの名を共和国元老院議員にして、後に銀河帝国皇帝となるパルパティーンだ。
「あなたはまるで、ダークジェダイみたいなことを口にするんですね、トロイさん、いや、ナイトメア」ぼくは、影の女星輝士から数歩後じさった。呼称を変えることでも、彼女への不信感をはっきり示したつもりだった。
 この女を信用するのは危険だ、と、ぼくの本能がはっきり警告していた。
「ぼくの夢から出て行け」それまでの丁寧な口調を捨て去りながら静かにつぶやいて、威嚇のつもりで三度(みたび)ライトセーバーを光らせる。「ぼくは、暗黒面の誘惑には乗らない」
「……そう、するとスーザン・トンプソンと殺し合う結果になるわ」
 何だって?
 愛する女性と殺し合う?
 『スター・ウォーズ』には、そういう展開はなかったぞ。
 どういうことだ?
「これは、映画とは違うのよ。星王神は、自分への信仰を試すため、絆で結ばれた者の犠牲を求めるの。太陽のラーリオスと、月のシンクロシア、2人の星輝士を戦わせ、勝ち残った者にこそ星霊皇として、この世を裏から統治する権能を与える、とされている。運命に選ばれたあなたは、望むと望まざるとに関わらず、絆で結ばれたスーザンと戦うことを強制される。これが、あなたの未来よ」
 バカな。
 そんなこと……。
「スーザンは、その運命を受け入れているわ。ゾディアックの巫女として育てられてきた彼女は、シンクロシア候補としての務めを果たすため、ラーリオス候補であるあなたに接触した。なぜなら、太陽と月の対決には、両者の精神的絆が不可欠だから」
「すると、スーザンがぼくに近づいたのは……」
「そう、最初からゾディアックの任務のためよ」ナイトメアの冷たい言葉が、ぼくの心を強くえぐった。
「信じられるかよ、そんなこと!」不意に激情がこみ上げてきて、ぼくは手にしたライトセーバーで、影の女に切りかかった。だが、女は優雅な動作で、ローブの裾をひるがえし、フワリと宙に舞い上がった。
「フフ、私に斬りつけても、事態は変わらないわよ。それに……」黒い瞳が燃えている炎のひらめきを反射する。「あなたは怒りをぶつける相手を間違えている」
「誰だ、それは?」ぼくは、闇夜に浮かぶ女をにらみつけた。
「星王神よ」
「ぼくに、神と敵対しろ、と言うのか?」
「人に犠牲を強いる神なんて、必要ない」ナイトメアは冷たく言い放った。
 星王神がどのような神格なのか、ぼくは知らない。が、ゾディアックが崇拝する神だと聞かされている。すると……
「君はゾディアックに反逆するつもりなのか?」
「それが人の本当の幸せにつながるなら」
 何だか、ややこしくなってきた。この夢を見るまで、ぼくはジルファーやソラークたちとの話から、ゾディアックへの参入を受け入れるようになっていた。それなのに、この女はゾディアックへの反逆をうながし、それが人の本当の幸せだと言う。
 ぼくは何を信じたらいいんだ? 

 数瞬後、ぼくはため息をついた。
 一度、思考を中断して、別の角度から問いかける。
「君は、ずいぶんとぼくを信用しているんだな? 君の裏切りを、ぼくがジルファーやソラークたちに伝えないとでも思うのかい?」
 その返事はあっさりしたものだった。「これは、あなたの夢よ。夢で見た内容を元に、私を告発しても、誰もあまり信用しないわね」
 確かにそうだ。
「……とにかくだ。正直言って、ぼくはまだ何を信じていいか、よく分かっていない。君の警告は分かったし、考える余地はあると思う。頭を使うのは苦手なんだけどね」
「……どちらかと言えば、見かけは肉体派だもんね」
 悪かったな。そこは指摘せずに、流してほしかった。
「でも、見た目ほどバカじゃない」自分でフォローの言葉を口にしながら、少なくともフィリップ・マーロウのようなハードボイルド探偵ぐらいには問題解決能力があってくれたら、と本気で思う。「決断は保留できないか? ぼくには、ゾディアックについて、まだまだ勉強が必要だ。いろいろ知った後で、君の言葉が正しいと分かったら、君に協力してもかまわない。いや、むしろ、こちらから協力を頼むことになる、と思う」
「思ったよりも、交渉上手なのね。バトーツァが『王者の資質』と称賛していたことも、あながち勘違いではないみたい」
「どうも」ぼくは軽くうなずいた。ほめられて、悪い気はしない。
「では、私は去るわ。長居しすぎた気もするし」
「ああ」と見送りかけて、不意にぼくは思いついた。「ちょっと待って」
「何?」
「ナイトメア、いや、トロイさん。君は遠くから、他人の夢に干渉できる。そうだよな?」
「……せいぜい、今みたいに話をするぐらいだけどね。夢そのものを勝手に改編したり、自分の望むような悪夢を見せることはできないわ。相手が望まない思考を勝手に植え付けたりするようなマネは無理。できるものなら、とっくにやっているわ」
 そりゃ、そうだ。夢を利用した洗脳みたいなことができるのなら、ぼくとここまで会話を交わす必要もないはずだ。でも……、
「ぼくをスーザンの夢に送ることはできるかい? たとえ、夢の中でも、ぼくはスーザンに会いたいんだ」
「『夢の通い路 人目よくらむ』って、ところかしら」
「何それ?」
「古い東洋の恋の詩よ。それより、ラーリオス様、あなたの提案は、あまりお勧めできないわ」
「どうしてだ? ぼくをスーザンと接触させるのは、都合が悪いのかい?」
「さっきも言ったとおり、スーザンはあなたと戦う運命を受け入れている。そこにあなたが現われたら、どうなると思う?」
「夢の中で、戦いになるとでも言うのか?」
「その可能性は否定できないわね」
「戦って、負けたらどうなる?」
「現実と違って、命を落とすことにはならないわ。それでも、精神的ショックはそれなりに残るわね」
 少し考えて、ぼくは決断した。「ぼくが負けても、大丈夫だ。それより、会えると分かっているのに、何もしない方が辛い。何とか会って、少しでもいいから、話がしたいんだ」
「後悔しても知らないわよ」ナイトメア、いや、トロイは、スッと空中から降りてきて、ぼくのかたわらに立った。

 こうして、ぼくはトロイに導かれて、スーザンと夢の中での再会におもむいた。結果として、この決断は勇み足となった。
 ぼくとスーザンは互いに傷つけ合い、(くら)い運命に突き進むことになったのだ。
 まるで、ダース・ヴェーダーと化したアナキンが、愛する娘パドメを追いつめ、傷つけ、生きる希望をも奪って、死に追い込んだように。


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●作者余談(2012年1月10日、ネタバレ注意)

 余談も、第2部に突入。

 さて、当初の構想では、レクイエムは3部構成でした。
 初期プロットを提示してみると、

★「第1部接触編」:恋人と引き離され、秘密結社ゾディアックに拉致された主人公が、脱出のための力を手に入れる目的で、ラーリオスの訓練を受け入れる決意をする。

★「第2部覚醒編」:神秘の石、星輝石の力を引き出す訓練で、才覚を発揮する主人公。やがて、十分な力を手に入れたと判断した彼は、組織からの脱出を敢行する。しかし、そこに敵対陣営の刺客が現われ、戦いを余儀なくされる。苦戦の末、何とか刺客を撃退した主人公だが、自分がすでに運命の渦に巻き込まれ、引き返せないことを悟る。

★「第3部発動編」:いよいよ、ラーリオスの儀式を受け入れることになった主人公。しかし、短期間のうちに急成長した力を彼は制御できず、自分を鍛えてくれた恩人たち、絆を結んだゾディアックのメンバーを殺戮してしまう。かろうじて正気を取り戻した主人公は暴走する力と罪の意識に苛まれながら、贖罪のために、自らを裁くために、復讐者の待つ外界に足を踏み出す。そして……散る間際に、彼の魂は未来を予見し、神の目で世界の行く末をかいま見ることになる。

 こんな感じで、考えておりました。
 だけど、第2部を書いている途中で、「星輝石の力を使いこなすまでには至らない」ことが分かり、「初歩的な力の引き出し方に覚醒する」までを描くことに決定。当初の第2部後半の話は、改めて「第3部発動編」(すでにタイトルだけは発表済みだった)に持ち越し、初期の第3部の話を、「第4部鎮魂編」と題して完結させる、と予定変更を発表。
 まあ、その後も、紆余曲折を重ね、「第1部」と「第2部」が9章構成で、「第3部」もそれを踏襲するはずだったのが、ほぼ倍の17章構成と延長して、今に至る、と。

 じっさい、第1部の段階で、リメルガとロイドまで登場させる予定だったのですけど、そこからズレ込んだ形になりますね。
 そして、リメルガ、ロイドの2人とうまく会話できるように、主人公カートの設定を見つめなおしたのが、このインターミッションということになります。

 カートの基本設定の一つに、「現実主義で、ナード(オタク)とは相容れない」というのがあります。そんな彼が、ゾディアックという非現実の世界に引き込まれ、受容する流れを想定していましたが、第1部で結構、苦労しました。アクション物として、さっさと神秘の力を身に付ける段階まで行って欲しいのに、その力に対する不信の念が強すぎるとダメなんですね。
 そこで、第1部6章でバァトスを登場させた辺りから、「お気に入りのSF映画に登場するダークジェダイ」という評価をさせて、「マニアじゃないけど、SF映画は好んで見てる」と設定を一部修正。ヒーローオタクとか、アニメオタクじゃないけれど、ハリウッドのアクション活劇なら普通に好きだぞ、と。
 ロイドの方は、アメリカ人なのに、日本の変身ヒーローやアニメにハマっているという設定で、カートに対して「オタクの伝道師」的な立ち位置を示そうという構想はありましたが、2人のコミュニケーションを描く上でも、少しぐらい話が弾む接点が必要だろう、と。

 ちなみに、スーザンは、プロローグで否定していますけど、実はナードです(笑)。
 勧善懲悪のヒーロー好き、という面を持っています。ロイドと会えば、話が弾むかもしれません。

 そして、カートが『スター・ウォーズ』を肯定する理由に、ロケ地が「イエローストーン国立公園」という点を挙げて、モンタナ州出身の自分にとって身近なリアリティーを感じるから、という理屈付け。
 社会に出ていない未熟な高校生にとって、SF作品の世界にリアリティーを求める、というのは、まあ普通かも。ただし、それは自分の内面に留めておいて、外に向かってアピールするほどじゃない、というのが、カートらしさですね。

 その後、『スター・ウォーズ』の夢の世界で、暗黒面に導かれて堕ちたダース・ヴェーダー(アナキン・スカイウォーカー)に自分を重ね合わせるところは、後のラーリオスの運命の暗示となります。
 ここから、「レクイエム」という作品は、現実と夢の二層構造ということになるわけですが、そうした理由は、現実だとなかなかアクション要素が描けない、カートがある程度、成長するまでは洞窟の外にも出られない、さらにはスーザンとの関係も描けない……という物語上の制限のため。
 描きたいものを描くためには、現実の壁を越えた幻想世界がどうしても必要、ということになります。
 もちろん、「人の想いを具現化する星輝石」とか「魂と精神世界」とか「神との接触」という物語展開を考えると、夢というギミックはやはり不可欠だと判断しました。

 そして、夢世界の誘い人として、登場させたのがナイトメア(トロイメライ)
 彼女は、「謎の女」の立ち位置で、カートに真実を知らせる役どころ。この場合の真実とは、ジルファーたちがカートに「ラーリオスとしての訓練に専念させるため、伝えていないシンクロシアとの戦いにまつわること」ですね。
 カートは、スーザンと再会するために、ラーリオスの訓練に集中するのですけど、そうすればするほど、スーザンとの戦いに近づいていく、というジレンマ。
 こういう状況を成立させるには、カートに「スーザンとの戦いという情報を与えてはいけない」のだけど、読者に対しては「そういう情報を与える必要がある」という作劇上のジレンマもあります。1人称でそれをどうやって描くんだ? となったときに、「夢の中で見たけれど、起きてみると、よく覚えていない」という仕掛け。
 だからといって、夢オチなので現実とは関係ない……とはならずに、だんだん夢が現実に近づいてきて、侵食してくる流れを意識。

 なお、このナイトメアという名前も、起源は原案者。
 彼の構想では、「サディストで、少女を洗脳して主人公と戦わせたりして、主人公の怒りを駆って、断罪される陰湿な悪党」という設定で、「理想主義なところのあるゾディアックとは相容れない」という理由でボツにされました。
 ちなみに、自分がボツにした理由としては、もう一つ、「精神世界を書くのは非常に難しい」という理由もあります。書くなら書くで、心理学の勉強をするなり、自己分析とか、催眠術に関する描写とか、いろいろ習得すべき要素がある、と感じたわけですが、原案者がそういう知識を身に付けているようには到底、見えなかった。
 じっさい、後に原案者が書いた「過去のトラウマで二重人格になった少女が、邪悪な宗教テロリストと戦う小説」を読んだ際、その稚拙で偏狭な宗教観や、精神世界への不勉強ぶりに閉口したものです。

 でも、確かに「精神世界」というキーワード自体は、魅力的なんですね。
 まあ、下手に書けば、ご都合主義とか、地に足つかない「悪い意味でのセカイ系」に堕する危険がある。
 だけど、原案者には描けないものを、自分なら料理できる、という確信はあったので、彼のアイデアの原石を本人の許可も受けて、いただきました。
 ただし、彼の持っていたナイトメアのイメージを二つに分けて、一つは影の神官バァトスに、もう一つは師匠のトロイメライに移し変えています。また、サディストとか、そういうぼくが好んで描きたくない属性は抜きにして、「現実世界のバァトス」と「幻想世界のトロイメライ」という二層構造で、影という勢力をアピールします。

 そして、トロイメライの立ち位置は、あくまで「反星王神」であって、「反ラーリオス」ではない。ということで、主人公に対しては敵対的じゃない、神秘的な女性という位置づけ。
 正体不明だけど、なぜか助けてくれる「影の女」……って、そそるシチュエーションです。ハードボイルドなスパイアクションでは、ヒロインの一つの典型になります。大体、こういう話では「悪党からの救出を待っているプリンセス」と、「主人公をそばで補佐してくれる姐御肌のバトルヒロイン」と、「ミステリアスな敵側の女(だけど、主人公に親和的になることも)」の3人ぐらいが類型かなあ、と思っています。
 ま、ぼくはヒロインを描き慣れていないこともあって、類型どおりにうまく描けず、割と変化球になってましたが、それはそれでオリジナリティかな、と。

 さて、トロイメライの性格分析ですが、割とストーリーの都合で、適当に「謎っぽいこと」を言わせているので、一つの人格としては理屈づけて作っていないんですね(いや、後で辻褄あわせができる程度には考えていますが)。
 まあ、強いて言うなら、「内向的直感→外向的感情タイプ」ですかね。一応、理知的な面も持っているので、「思考タイプ」でもあるのですけど、最終的な判断は、自分の損得よりも、好き嫌いという情で動いてしまいそう。根本的には直感志向で、優れたインスピレーションで機転を利かせるキャラですか。
 意外と、「思考タイプ」に見える部分は、バァトスが補っている可能性もありますが、トロイ本人にも500年近く存続し続けた経験知もあるので、常人には及ばぬ思考力を備えていても、おかしくない。
 ただし、肉体を持たない魂設定なので、「感覚タイプ」の特性は欠如している、と考えます。その意味で、浮世離れしている描写を崩すわけにはいきません。
 トロイメライが何かをおいしそうに食べるとか、そういうのはなし。世俗的なことからは一切、超越していて、そういうことに翻弄される人間を見ながら、「表面上は温かく見つめつつ、何かに利用できないか冷静に考えて、思いついたアイデアで仕込みを入れる」キャラかなあ。
 ともあれ、自分からは動かず、他人の心に接触して、巧みに糸を張り巡らせて操るキャラということで。

 最後に、このインターミッションは、いろいろ情報を詰め込みすぎたので、最後の「スーザンの夢」については描ききれませんでした。
 だから、後でカートの記憶を呼び戻す場面で、しっかり描こうと考えた次第。その前に書きたい現実世界のキャラがいましたし、ね。

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