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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(2−3)
 

2ー3章 ロスト・ドリーム

 自分が誰なのか?
 住み慣れた故郷から遠く引き離され、違う名前で呼ばれ、求めない役割を期待され続けると、それが分からなくなることもある。
 でも、身に付けた衣服が自分を示してくれる。
 着慣れたシャツと黒の革ジャン、厚手のジーンズが、自分らしさを取り戻すのに役立った。あの夜に着ていたアウトローバイカー風のファッション。
 ポケットに入れていたAT&Tの青い携帯電話も返ってきた。試しに、自宅にかけてみたけれど、さすがに電波の届く範囲ではなかった。ここでは、充電も期待できないので、使えるチャンスが来るまで大事にしておいた方がいい。
 失ったものをいろいろと取り戻すにつれて、自分が自分らしく感じられるようになる。
 あとは……スーザン……あの夜、黒服たちとともに闇夜に消えた彼女さえいれば……夢の中でもいいから、会うことができれば……。
 夢……。
 そう、夢だ。
 夢の中の彼女を現実に取り戻すため、ぼくは試練に臨まなければいけない。

 決意を胸に、部屋を出る。
 外の通路では、リメルガとロイドが、ぼくの着替えを待っていた。
「なかなか似合っているじゃないか」巨漢の戦士が、親しげに声を掛けてくる。
「どうも」ぼくは軽く頭を下げた。先ほどの拳の応酬で、力関係は定まった。意味もなく、ぶつかり合うのは最初の一度だけでいい。あとは、個人の尊厳や、他の大切なものを守るための、譲れない戦いのみ。むやみに噛み付かないのが、格好いい(おとこ)の流儀だと思う。
「じゃあ、早速、食事に行きましょう」小柄な少年が、朗らかに宣言した。
「お前が仕切るな」リメルガが、不機嫌そうに言い放つ。「ここで決断するのは、リオの役目だ」
「え、ぼく?」戸惑った。決断って言われても……。
 リメルガはうなずいた。
「リオ、お前は《太陽の星輝士》に選ばれた。それはすなわち、他の星輝士を率いる立場にあることを意味する。そのことを自覚し、役割に慣れることだ」
「そう言われても、ぼくは何も知らないし……」
「知らないことは学べばいい。そのために、オレたちがいるんだ。そして、学ぶからには、教わる相手への敬意は示せばいい。だがな、これだけは忘れるな。敬意を示すことと、卑屈に振る舞うことは違う。前者は格を高め、後者は格を下げる」
 ぼくは、リメルガを改めて見直した。この男、ただの筋肉バカなんかじゃない。適度な知性と信念を持ち合わせた、立派な(おとこ)だ。映画の中から出て来たようなハードボイルドを体現する人物。
「リメルガさんから、敬意という言葉が出てくるとは思いませんでしたよ」ロイドの、甲高い声が響いた。「いつも、上役に反発してばかりじゃないですか」
「オレが敬意を示すのは、それに値する相手だけだ。少なくとも、リオは試験に合格したぞ」
 その言葉を聞いて、自分が誇らしくなった。立派な男に認められるのは、悪い気分じゃない。
「分かった。じゃあ、食堂へ行こう」
 宣言すると、ぼくは二人を従えて、洞窟の通路を進んでいった。

 通路の先から、不意に一つの影が現われた。
 明るい気分を、たちまち陰鬱に変える黒ローブの男。
「ククク、ラーリオス様。ごきげんよう。今から、お食事ですかな?」
 影の神官バァトスが、黒いフードの下から、くぐもった声で話しかけてきた。暗い声なのに、異様に響くのは、声質が高いからか。同じ高音でも、ロイドとは全然違う。空気を読めずに浮き上がりがちなロイドの明るさと、空気を重く沈めてしまうバァトスの暗さ。足して二で割れば、ちょうどいい感じなのに。
 バァトスが足音を立てずに、すすっと歩み寄ってくると、こちらは警戒心から、歩みが止まってしまう。背後にリメルガやロイドの気配を感じなければ、じりじりと後じさっていたかもしれない。
「バトー……ツァさん」難しい発音を何とか口にすると、幸い、相手の歩みは止まった。
「ほう、私の名前を覚えていただけたとは、恐悦至極」黒いフードがかすかに揺れて、向こうが頭を下げたのが分かる。
 こちらがイニシアティブをとったのが感じられて、ぼくは話を続けた。「そちらは食事を済ませたようですね」
「こう見えても、忙しい身ですからな。ゆっくり食べるというわけにもいきません」しゃべる言葉は愚痴めいていたけれど、口調には若干の明るさが混じったような気がする。
 自分に関心を寄せてもらうと単純に嬉しがる、自意識過剰なタイプ。心理学をテーマにした何かの番組で、そう言っていたことを思い出す。ぼくなんかは、あまりに注目されると恥ずかしくなるので、できればそっとして欲しいと思うのだけど、学者や政治家などといった人種には、自分に注目が当たることに、この上ない快感を覚える者も多いらしい。そうでなければ、大勢の前で講義や演説なんてできないだろう。
 バァトスはそんな自意識過剰タイプで、間違いないみたいだ。でも、そういう機会に恵まれてないとも、予想される。だから少し調子づいて、陰気な男にできるかぎりの朗らかさを示しながら、熱心に話し続けている。
「神官の仕事は、この洞窟の星輝石を管理して、転送円や、電力供給装置などを正常に運行できるようにしなければなりません。神学などの教義面だけでなく、一種の技術者の役割も担うわけですな。さらには、ラーリオス様、あなたの覚醒儀式の準備もいろいろと揃えるものがございまして……」
「なるほど、大変そうだね」相手の話が長引きそうなのを警戒して、ぼくは口をはさんだ。「おつかれさま。これ以上、貴重な時間を割いてはいけないし……」
 じゃあ、また今度、と言いかけたところで、こちらの気持ちを察したのか、バァトスが逆に口をはさんできた。
「ラーリオス様、私どもの時間は全てあなた様のためにございます。しかし、すぐに去れと言われるのでしたら、(すみ)やかに……」
 心なしか、神官の口調が元どおりに、暗くなったような気がした。思ったよりもデリケートな人物みたいだ。それでいて、非常に重要な役割を(にな)っているらしい。そんな相手の気分を害するのは、決して得策ではない、と思う。何とか、気持ちを収めて、お互いに気分よく別れたい。
 そこまで考えたのはいいけれど、具体的な社交技術ともなると、想像もつかなかった。SF映画の中で、誰か該当する人物がいなかったかな、と必死に考えてみたけれど、とっさには出てこない。せめて適当に取り(つくろ)って時間稼ぎしよう、と決意したとき、
「こっちはこれから食事だ。腹が減るとイライラする。あいさつが済んだら、とっとと去れ」
 あちゃ〜。
 口をはさんだのは、リメルガだった。さっきのロイドのセリフが思い浮かぶ。いつも、上役に反発してばかり……。
 後ろを振り返ると、巨漢の戦士は何食わぬ顔で、こちらを見返してきた。「リオ、お前も言いたいことがあったら、遠慮せずに言ったらいいぞ」
 いや、あんたは少し遠慮しろよ。
 かたわらのロイドと一瞬、目が合った。肩をすくめている小柄な少年の目は、「だから、こういう人なんです」と言っているようだった。まさか、この空気の読めない少年と、目で通じ合えるようになるなんて。
「ああ、ゴホン」わざとらしい咳ばらいの音に、ぼくは慌てて神官の方へと向き直った。「下級の星輝士の無礼な言動に、いちいち目くじらを立てていても仕方ありません。ええ、そうですとも」
「下級?」
「ええ。総勢108人の星輝士のうち、上位に属すのは12人。残りは、《気》の力を使いこなせない肉体労働のみの下位の者たちです。神の奇跡とも言うべき《気》の力は、上位星輝士と、我々、神官のみの特権ですからな」
「オレには、《気》の力なんて必要ないぜ」リメルガが傲然と言った。「拳一発あれば、二度と余計なおしゃべりができないよう、その歯を粉々にしてくれる」そう言いながら、左右の拳を交互に手の平で包み、威嚇するように関節をボキボキ鳴らす。
 ぼくは、リメルガとバァトスにはさまれ、居心地悪く、じりじりと通路の壁に下がった。二人のどちらに対して、何を言うべきか、戸惑いを覚える。
 やたらとケンカっぱやいリメルガ。先ほどの高い評価も大きく下がった。
 一方のバァトスも、権威に弱い割に、人を見下げるような発言が(かん)にさわった。外見以上に悪辣な印象を覚える。
 こういう連中を構成員にして、ゾディアックというのは、本当に「愛と勇気と正義を体現する組織」と言えるのか? 
 混乱した頭で、行き場のない疑惑が沸き上がったとき、暗さを吹き払うように甲高い声が響き渡った。
「リメルガさん! 神官相手にケンカを売って、どうするんですか、まったく! 正義の名が泣きますよ」
 『正義の名』という恥ずかしい言葉はとにかくとして、毅然と正論を口にしたロイドを、ぼくは見直した。
「しかしよ、先にケンカを売ってきたのは、この黒頭巾だぜ」
 あれ、そうだっけ?
 黒頭巾――バァトスと、リメルガの会話を思い出そうとするが、どちらのセリフが対立を引き起こしたのか、よく分からない。
 ぼくが悩んでいる間に、ロイドは話を続けていた。
「そもそも、人を見かけで判断してはいけませんよ。いくら相手が悪の魔法使いにそっくりだからと言って……」
 おい。
 ロイド、君の言いたいことは分かる。分かるけれども、この状況で言っていいかどうかの判断ぐらいは付けてくれ。
 少しは見直したのに、損をした。
 案の定、バァトスは気分を害していた。「ラーリオス様、この無礼な連中の処罰をお許しください」おそらく、こめかみに青筋を浮かべながら言っていることが、口調から察せられる。
「いや、処罰って……」
 バァトス、あんたにできるの?
 ぼくは、神官の骨ばった華奢な肉体と、いかにもたくましいリメルガの巨体を見比べた。戦士に殴られたら、神官の体は通路の端まで吹っ飛んで行くだろう。
 それとも、奇跡の力か何かで対抗できるのか? 手から稲妻がバリバリ放たれるとか? 
「とにかく……」
 ぼくは何かを言おうとして、その途端、腹がグーッと鳴った。
 またかよ。
 間の悪さに、言葉を失った。
 代わりにつぶやいたのは、リメルガだった。
「腹が減っては戦ができぬ。どうやら、空腹で苛立っていたようだ。済まなかったな」思いがけず、バァトスに先に頭を下げる。
「わ、分かればいいのです」神官の方も、これ以上、事を荒立てるつもりはないようだった。「パーサニア殿には、配下の星輝士の教育についても、いろいろ言っておかなければ……」陰鬱なぶつぶつという響きも、すぐに消える。
 何だか拍子抜けするぐらい、あっさり対立劇は終了した。
 こんなに、簡単に終わるんなら、最初から衝突するなよ。
 内心、文句を言いながらも、無事に済んでホッとする。
 ぼくたちは、バァトスに別れを告げ、食堂に向かおうとした。
 争いの元になりそうなリメルガとロイドを先に押しやり、後から付いていこうとした、そのとき、
「あ、そうそう、ラーリオス様」背後から呼びかけられて、ドキリとする。
「まだ、何か?」
「ええ、我が師匠があなた様に、くれぐれもよろしく、と伝えておられました」
 バァトスの師匠?
 昨夜のことを思い出す。
「ええと、確か、影の星輝士ナイト……いや、トロイメライでしたね。ジルファーから聞きました」
「ほう、パーサニア殿も、何も教えていないわけではないのですな」
「ちょっとした会話の流れのついでにね。本格的な授業はこれからみたいですから」ジルファーのことをそれとなく擁護してから、社交辞令を口にする。「こちらからも、彼によろしく伝えてください」
「彼……ですか?」バァトスは、探るようにこちらを見た。「何も覚えてはいらっしゃらない?」
「何の話?」
「いえ、全ては夢の中、うたかたのように消えるもの。それでよろしいのでございます」バァトスの言葉は、今ひとつ、よく分からなかった。
 疑念に満ちた目を向けてやると、神官はククッと笑いながら、こう言った。
「我が師匠は女性。彼女と呼ぶべきでございます。ラーリオス様は、その事実をご存じなかったわけですな」
 知るわけがなかった。
 男女を間違えた失礼を謝ると、神官は鷹揚(おうよう)にうなずいてから、その場を歩み去った。
 去り行く黒ローブの後ろ姿を気にかけながら、ぼくの脳裏を何かがよぎった感じがした。
 夢の世界に住む黒の妖精。
 一瞬、浮かんだその気配は、白昼夢のようにすぐに消え去った。
 何か、釈然としない思いもあったけれども、曖昧な夢よりも、現実に臨むことをぼくは選んで、リメルガたちの後を追った。


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●作者余談(2012年1月13日、ネタバレ注意)

 「失った夢」というタイトルで、本作のテーマの一つである「喪失と回復(ロスト&リカバリィ)」のイメージを描写。
 何かを失う。その失ったものの中に「記憶」というものもあって、それを取り戻さないといけない、というのが、本章の骨子ですね。

 そして、「記憶を失った」という描写をどうするか、が、問題でした。

 一応、第2部第1章で、「何か大切なものを失ったような、何か大事なことを忘れ去ったような、そんなもどかしい気分で、ぼくはその朝をむかえた」と書いていて、
 その後で思い出すのが、直前の第2部インターミッション「ハリウッズ・ナイトメア」でスーザンを殺したことではなく、第1部前の「プロローグ」でスーザンと別れたことだという……要するに「夢の内容はよく覚えていない」という書き方をしてはいるのですが、その辺をもっとはっきり示した章になります。

 そして、それを確認するために、影の神官バァトスが登場。
「何も覚えてはいらっしゃらない?」
「全ては夢の中、うたかたのように消えるもの。それでよろしいのでございます」
「我が師匠は女性。ラーリオス様は、その事実をご存じなかったわけですな」

 一連のバァトスのセリフで、カートが夢の記憶を忘れていることを強調したわけで、読者の知ることと、カートの覚えていることの間にギャップがあることを明示。
 
 で、バァトスと、リメルガ&ロイドの対面も、この章のポイント。

 カートは、リメルガを「ハードボイルドの鑑として尊敬」という接し方。当然、そのリメルガと対立するバァトスに対して、嫌悪感を強めるのですけど。
 だけど、リメルガの好戦的な振る舞い方に対しても頭を抱え、どう調停するか、考えようとする。一応、この描写で、カートは「あくまで中立の立場として振る舞う」姿勢を表現したつもりですが、割と好き勝手に振る舞う他の面々に観察しながら内心でツッコミ入れる役どころ。

 ロイドの方は、「暗い声なのに、異様に響くのは、声質が高いからか。同じ高音でも、ロイドとは全然違う。空気を読めずに浮き上がりがちなロイドの明るさと、空気を重く沈めてしまうバァトスの暗さ。足して二で割れば、ちょうどいい感じなのに」と、バァトスとの比較を表現。
 カートは、この時点で、どちらに対しても批判的な評価をしています。実のところ、ロイドが光で、バァトスが影なのを除けば、この二人は似たようなものですね。何しろ、星輝士を「愛と勇気と正義の戦士」と定義したのは、本小説では、ロイドとバァトスの二人だけ。
 現実よりも、空想の価値観の中で生きている、という意味では、ぼくはロイドとバァトスが似たもの同士だと考えております。
 まあ、そんなことを言えば、どちらのキャラクターも「そんなことは有り得ない」と主張するでしょうけど。

 ちなみに、自分の少年性がロイドで、自分が現実を見失って陰鬱さにこもればバァトスかな、と思います。
 その意味で、掲示板でのコミュニケーションを重視せず、一人で小説書いているだけなら、バァトスの方向性に進む可能性もあった、とは思うのですけど、幸いにして、『レクイエム』は、この章を書いた辺りで、「作品のファンだと言ってくれる人」が現われたんですね。
 だから、自分の中でも、陰鬱さをセーブして、ノリに乗って書けたのが、次から第6章まで、ということになります。 

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