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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(2−5)
 

2ー5章 エクサイト・エクササイズ

「これが何か分かるか?」
 ジルファーが右手の人差し指を一本立てて見せた。ピアニストを思わせるような繊細な指先。
「もちろん、指ですね」質問の意図が分からなかったので、単純な返答をした。だけど、ジルファーの反応がかんばしくないと感じて、慌てて付け加える。「ええと、右手の人差し指? それとも、数字の1って意味?」
「指の先にあるものだ」冷ややかな声。
 ああ、そういうことか。「爪、かな?」
「その先」ジルファーの視線は、指のやや上に向けられているようだ。でも、そこには何もない。
 いったい、何が言いたいんだ? ぼくは教師の意図を計りかねた。何もない空間に向けられた指先……。
 わざとらしい、ため息の音が響いた。こちらの察しの悪さに苛立っているのか? 一瞬、そう思ったけど、すぐに、それが謎解きのヒントだと分かった。
 息、呼吸、つまり……、
「空気だ!」
「正解」ジルファーは満足そうにうなずいた。「空気は目に見えず、当たり前のようにあるので、とりたてて意識することは少ない。しかし、我々は呼吸をすることによって、空気を体内に取り込み、エネルギー源に変えることができる。あるいは、吐く息の力で、外界に多少とも物理的な作用を為すことができる。そして、空気を通じて、音や熱などを伝達することも可能だ」
「《気》というのも、そういう目には見えないけれども、確かに存在する力、ということですか?」
「心や魂と同じで、機械的な観測は、今のところ、されていないがね」
「つまり、科学的な証明は行われていない、と?」
「いわゆる、疑似科学、オカルトの領域と考えるのが、世間一般の通念ということだ。神官の中には、何とか科学理論で実証しようとしている者もいるが」そう言って、ジルファーはかぶりを振った。
 何だか回りくどい説明だ。
 元より《気》が科学的に証明できるとは思っていない。それでも、今のぼくはその力の存在を信じているし、単に神秘的な力とか、魔力みたいな物という理解で十分じゃないのだろうか。
 そう問うと、ジルファーは真剣な表情でこう言った。
「ラーリオス。頭で理解したつもりになってもダメなんだ。《気》は感じ取れなければならない。君は確かに、《気》を操る素質はかなりの物を持っているようだ。しかし、まだ感じ取ることができていない。今のままだと、目も見えないうえ、手探りで引き金を感じることもできない鈍感な者に、銃を渡すようなものだ。まずは、《気》を感じられるようになること。星輝石を渡すのは、それからだ」
 『考えるな、感じろ(ドント・シンク.フィール)』か。何だか、古い拳法映画みたいになってきた。思わず、二本の棒を鎖でつないで、ブンブン振り回したくなる。アチョーーッて、変な叫びをあげながら。
 香港映画はあまり熱心に見ていなかったので、役者の名前もリーだか、チェンだか、はっきりしないぐらいだけど、こんなことになるなら、劇中で語られる武道の心構えなんかを、もっとしっかり研究しておくんだった。
 マスター・ヨーダは、こんな時に何か役に立つことを言ってなかったかな?  
 ええと、『やるか、やらぬかだけ。やってみる、というのは無い』(ドゥー・オア・ドゥー・ノット. ゼア・イズ・ノット・トライ)だったかな?
 つまり、やるしかないってことだ。試しにやる、なんて甘い考えじゃ、フォースは導きを与えてくれない。
 ぼくの本格的な修行は、そうした覚悟から始まった。

 それは、はじめて星輝石に触れた衝撃の朝食会の翌日だった。
 ジルファーは、カリキュラムを練り直すと言って、《気》の訓練開始を一日遅らせた。おかげで朝食会の後は、リメルガやロイドに手伝ってもらって、部屋にいろいろと荷物や雑多な日用品を運び込んだり、洞窟内の主な施設を見て回ったり、割と自由に時間を使うことができた。
 表向き、ぼくは「ZOAコーポの特別研修に参加している」らしい。特別研修と言われても、高校生のぼくにはピンと来なかったけど、強化合宿みたいなものだ、と納得することにした。見知らぬ土地に連れて来られ、自分の部屋をあてがわれ、カリキュラムに決められた訓練で時間をつぶす。オリンピック選手なんかに選ばれたときも、こんな気分なんだろうか?
 違うのは、スポーツ選手は競技なんかの成績で選ばれているのに対し、ぼくは結局、自分が選ばれた理由を分かっていない。自分の意志で、自発的に今いる状況を勝ち取ったというよりも、他人の思惑に流されて、不承不承、受け入れるようになった形だ。
 それでも、ぼくは受け入れた。
 きっかけはどうであっても、ぼくは星輝士の修行を行い、《太陽の星輝士》ラーリオスとしての力を身に付けることを選んだ。自分の選択を後からくよくよ思い悩み、こんなはずじゃなかったと愚痴り、誰かを責めるような情けない生き方はしたくない。
 慣れない状況に戸惑うことはあっても、うまく立ち回れない不器用さに苛立ちを覚えることはあっても、自分の選び取った状況は自分の意志と努力でしっかり乗り越えてみせる。それがぼく、カート・オリバーの生き様だ。決して揺らぐことはない……少なくとも、そのときのぼくは心底、そう思っていた。

 洞窟の中は、最初に思ったよりも、はるかに近代化されていた。
 食堂や水洗トイレがあるのは分かっていたけど、他にも浴室やトレーニングルーム、そしてミニシアターのような部屋まであることには驚いた。
「これは、ぼくの注文で作ってもらったんですよ」と、ロイドがシアター室を案内しながら、嬉々と説明する。「星輝士と言っても、余暇の娯楽は必要ですからね。リオ様だって、好きな映画の一つや二つぐらいあるでしょ?」
「……『スター・ウォーズ』は?」
「もちろん、ありますよ。基本じゃないですか」
 初めて、この、オタクと自称している少年と気が合って、何だか複雑な気分だった。でも、『スター・ウォーズ』の芸術性の高さは、単純な娯楽作品の域を越えている。
「やれやれ、ガキどもが。SF映画ばかり見て、現実をないがしろにしていると、痛い目にあうぞ」
「そういうリメルガさんだって、『ランボー』とか『ロッキー』とかにハマッているじゃないですか」ロイドが、そう言って反論する。
「何を言っているんだ? 『ランボー』はただのアクション映画じゃねえ。戦場から帰還した兵士の心の傷を描いた名作だ。お前みたいに戦いを遊び感覚でしか考えていない奴は、『プラトーン』とか『地獄の黙示録』とかも見て、しっかり戦場というものを研究しておけ。現実の戦場の予習ぐらいにはなるだろうよ」
「いやですよ、そういう暗いだけで、カタルシスのない映画。趣味じゃないし」
 ロイドの言葉に、ぼくは意見することにした。
「『地獄の黙示録』はコッポラ監督だけど、元々、ジョージ・ルーカスが企画を進めていたらしいよ」
 兄貴が言っていたことの受け売りだけど、これがロイドには衝撃的だったみたいだ。
「本当ですか、リオ様。ルーカスが、『地獄の黙示録』にタッチしていただって? それは初耳だ。だったら、是非、見てみないと」

 いろいろな映画が見られることは思いがけない楽しみだったけど、それより、ぼくは体を動かせることをありがたい、と思った。
 トレーニングルームは、リメルガの発案で設置されたらしい。そこには、ベンチプレス用のマシンをはじめ、ショルダープレス、レッグプレス用、そしてバタフライマシンといった様々なエクササイズ器具が並べられており、床にはバーベルやダンベルなどが転がっていた。
「チッ。元のところに戻しておけ、と言ったろうが」そう毒づきながら、リメルガは備品を片付ける。思ったよりも、マメな性格なのかもしれない。
 部屋の奥には、プロレスやボクシングができそうなリングも設けられており、サンドバッグやパンチングボールなんかもぶらさがっている。本物のスポーツジムとしても通用するような場所だ。
「すごいですね」ぼくの感想に、
「なかなかの物だろう?」気を取り直したリメルガが得意げにうなずいた。
 殴り合いの訓練なんかはしたこともないけど、筋トレなんかは日常習慣になっていたし、リングを前にすると、男として何だか燃えるものがある。
「本当は、射撃訓練場なんかも作りたかったんだが、星輝士は銃器に頼らないからな。自分の趣味だけで、さすがに意見をいくつも通すことはできねえ。それに、星輝士として鍛えれば、銃は無用の長物になっちまうもんだ」
 誇りたっぷりに語り続けるリメルガだけど、それには疑問を覚えた。
 いくら魔法だか、特殊な力を使う戦士だって、銃弾の威力に勝てるとは思えないんだけど。
「星輝士って、そんなに強いんですか?」リメルガに問うと、
「星輝士一人いれば、戦車数台と渡り合えるぜ」事もなく言ってのけた。「もちろん、砲の直撃を食らえば、脳震盪(のうしんとう)ぐらいは起こすだろうし、そのまま連射の真っ只中に無防備に立っていれば、力尽きて死ぬかもしれんがな。そもそも、戦場でそんなトロトロ動いてる星輝士なんていないだろう」
 冷静に考えると、信じられないような話だったけど、少なくともリメルガが言うと、説得力があった。ランボーやターミネーターみたいなワンマンアーミーなら、戦車数台と互角に戦えるだろう。でも、彼らだって銃火器ぐらいは使っている。大体、戦車を破壊するのだって、火薬の助けもなしにはできないだろうに。ライトセーバーでもあるならともかく。
 その疑問をぶつけると、「そんなことはない」との返答。
「少なくとも、オレの本気の拳はマグナム級の威力だ。戦車の装甲を貫通したこともあるんだがな」そう言ってから、ニヤリと恐ろしげな笑みを浮かべる。「オレの言葉が信用できないのか?」
 いや、そう凄まれると答えにくいんだけど。
「ええと……その話が本当なら、朝食前にぼくが耐え(しの)いだ拳の一撃って、全然本気じゃなかったってことですよね?」
「当たり前だ。転装もしていなかったんだからな」
「転装って?」
「星輝士のバトルスタイルだ」
「つまり変身ですよ」ロイドが付け加えた。「パワーレンジャーとか、ドラゴンナイトは知ってますよね」
「……小さいときに見たことがある」ぼくは独特のカラフルなコスチュームに身を包んだアクションヒーローたちを思い出した。幼いときは夢中になって見ていたけど、街中でメガゾードといった巨大ロボットに乗って戦うのが荒唐無稽と感じるようになって、見るのをやめた。巨大ロボットが暴れるほどの大騒動になっているなら、州軍の戦車や戦闘機が駆けつけて来ないとおかしいじゃないか。
 スター・ウォーズみたいに、別の時代の宇宙で戦っているならともかく。
 それに……、
「星輝士は、あんな派手な格好で戦うの?」
「だったら、オレはとっくにやめてる」リメルガは心底、いやそうに言った。「転装した星輝士は、もっとリアルでスタイリッシュ、そしてワイルドなんだ」
「ふうん」ぼくは、紫の鱗鎧を着たジルファーを思い浮かべた。
 確かに歴史的にはリアルな気がする。五色のコスチュームよりは、しっかり考証されている感じだ。
 スタイリッシュかどうかは、美的感覚によるのだろう。
 ワイルド……う〜ん、中世の騎士なんかは現代人よりもワイルドかもしれない。
「大丈夫です。星輝士の姿は、その人の自己イメージ、魂の本質に合わせた姿をとるそうですよ。自分の気に入らない姿になることはありません」
「つまり、人それぞれってわけだ」
 ロイドとリメルガの説明に、ぼくは納得した。
 ぼくの自己イメージ……やっぱり、ルーク・スカイウォーカー? それともハン・ソロ? チューバッカは微妙。鎧を身にまとうなら……帝国軍兵士のストームトルーパーはどうだろう? でも、あれを身に付けるよりは、フットボールのユニフォームの方が……。
「とにかく、星輝士は転装すれば、常人よりも強くなるんです」物思いにふけりかけた、ぼくの気持ちをロイドの甲高い声が呼び覚ます。
「だが、その前に鍛えないとな」リメルガの重々しい声が、ずしりと響いた。「体だけでなく、心もだ。星輝石の力をしっかり制御できるようにな」 

 そして、ジルファーの授業が、ぼくの部屋で行われたのだ。
 最初の課題として与えられたのは、氷のグラスだった。
「よく見ていろ」ジルファーはそう言って、ぼくの目の前で、ゆっくりグラスを生成して見せた。
 右手の平が淡い紫の光を放つ。
 周りの温度が急速に低下していくように思えたけれども、それが本当に肌で感じたのか、あるいは紫という寒色に伴う視覚のせいか、はっきりしない。
 光の中で、雪か氷の結晶がちらほらと見えるような気がした。
 ぼくは意識しないうちに、目を瞬きさせた。神秘的な光景にいたずらに引き込まれるのを、避けようとしたのかもしれない。
 もう一度、見たときは、結晶は氷のかけらにまで育ち、ジルファーの手の平の上でそれ自体が光を放ちながら、ぐるりと装飾の多い円柱の形をとっていった。
 数瞬後、神秘の力で作られた氷のグラスが、ジルファーの右手に収まっていた。精巧な造りの工芸品の趣きをたたえて。
「本当は一瞬で作れるのだが、君に見せるために五秒ぐらい時間をかけてみた。《気》の力は感じとれたか?」
 ぼくは興奮のあまり、よく考えないまま大きくうなずいた。
 理科の実験か、よくできた手品を目前で見て、感動を味わった気分。
 それとも、CGで合成されたよくある映像だと思っていたのが、もっと丁寧な技術でこしらえられた職人技、古い特殊撮影手法(SFX)によるものと知って、虚構(バーチャル)現実性(リアリティー)の境界が一瞬、分からなくなったような奇妙な浮遊感かな。
「だったら、これを溶かしてみろ」
「へっ?」浮ついた心に思いがけない指示を受けて、返事が呆ける。
「一度は、溶かしたんだろう? もう一度、やって見せてくれ」
 そう言うジルファーから、こわごわとグラスを受け取った。
 右手にひやりとした感覚が伝わる。これが《気》? 普通の氷の造形物との違いを見極めようとしながら、ぼくは、溶けろ、と念じた。
 けれども、グラスは固く冷たいまま、その形を維持していた。
「最初にどうやったか、思い出すんだ」
 ジルファーのアドバイスを受けて、前日の朝のことを考える。あの時は、溶けるのではなく、凍るように念じていたはずだ。
 さっきのジルファーの様子を思い浮かべながら、凍れ、と念じる。
 ……変化なし。
「何をやってるんだ?」思わずつぶやく。
 それはこっちのセリフだ、と言わんばかりの視線で、ジルファーはぼくを見ていた。恥ずかしさに顔が熱くなる。この熱が、グラスを溶かしてくれればいいのに。
 何度も口に出したり叫んだりしながら、また、グラスを強く握りしめたり、撫でこすったり、引っ繰り返したり、いろいろアクションを交えながら、ぼくはグラスを溶かそうと(または逆の結果がでるように凍らそうと)念じ続けた。
「……無理そうだな、今は」結局、ジルファーがあきらめたように言う。
「確かに、あの時はできたんです!」
「信じるさ。こんなことで、嘘をつく理由がない」教師は冷静な口調で言った。「自分の能力について、見栄を張りたい気にでもならない限りはな」どことなく、皮肉が混じっているように聞こえるのは、気のせいか?
「今は……見られて、緊張しているからできないのかも」気落ちしたからか弁解口調になったのを、
「イカサマ超能力者がよく口にする言い訳だ」にべもなく、切って捨てられた。
「そんなことは、心で思っていても、言葉にするべきではない。自分を下げるだけだ」ジルファーは厳しい声音で語り続けた。
「できないことはできない、それは素直に認めろ。技というものは、いつでもどこでも再現できてこそ、意味があるものだ。必要なときにできないというのは、技としてきちんと修得できていない、ということだ。技を実演するのに必要な条件とか、心理状態、体調はきちんと把握して、自分と周辺環境をそのように整えることまで計算に入れる。そこまで意識して、何度も練習を重ねて、あまり苦心しなくても普通に発動できる状態にまで持ってきてこそ、実戦の技として使いこなせるんだ。私だって、氷でグラスを作れるようになるまでは、何度も練習を重ねた。それをあっさり素人の君にくつがえされたんじゃ、立つ瀬がないというものだ」
 話しているうちに、だんだんジルファーの口調は柔らかくなっていった。説明しながら熱が入ってきたのだろう。端的に一言、ズバッと切ってから、後からフォローの言葉を重ねる。これが彼の説明スタイルなんだ、と分かってきた。
 だから、はじめ感じた反発心は長く続かなかった。教師の視線をまっすぐ受け止める。「練習が大事ってことですね。努力します」
「努力は当然だ。時間もない。いろいろ考えて、できるだけ早くコツを見つけるんだ。そして、一度学んだことは決して忘れるな。忘れることは、それを教えた相手に対する侮辱であり、技の修得に真剣じゃない怠惰さの表れ、と心しておけ」
 うわ、手厳しい。気圧されるままに、ぼくはうなずいた。
「今日の授業はこれで終わりだ。明日までに、どうやって氷を溶かすことができるか考えて、実演できるようにしろ」
 これが最初の宿題だった。
 自分の選び取った状況は自分の意志と努力でしっかり乗り越えてみせる。その信念で、課題にしっかり取り組むしかない。
 でも、意気込みはいいとして、じっさいにどうやれば、うまくこなせるんだろう? 
 《気》を使うコツはどこにあるんだろう?
 答えはすぐに見つからないように思われた。


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●作者余談(2012年1月15日、ネタバレ注意)

 カートの訓練を具体的に描く章の前編。
 彼に関わるキャラクターとして、ジルファーから知識や技を、リメルガから肉体的な鍛錬を、ロイドからヒーロー魂といった心理面を教えてもらう形になります。
 一応、武道でいうところの、心技体を意識してはいるのですが、カートの場合、後に暴走するということから、「心の鍛錬」が中途半端になってしまうことも想定しています。

 つまり、カートがきちんとロイドからヒーロー魂を習得できていれば、プレ・ラーリオスは正統派ヒーロー物として確立できたんだけど……という描き方ですね。

 あと、本当はカレンから「宗教面、精神面の教授」をしてもらうという初期構想もあったのですが、そこまで描ききれなかったこと、また、カレンの闇化を意識していたこともあって、方向性が見定まらず、第3部に先送りの形になりました。
 結局のところ、カートの「心の成長」はありそうで、少し方向がズレてしまったことになります。原因は、心の成長を促すはずのロイドとカレンの二人が、教師役としては未熟だったから、とも作者としては考えているのですが、もちろん、カートの心が成長していないわけではなく、むしろ「勧善懲悪の単純明快なヒーロー」を越えるレベルの成長を果たしている……つもり。
 この辺りの決着は、まあ第4部に持ち越されるのですけど、第2部の段階では、「技と体の成長」はしっかり描こうとは考えていたので、自分としてはさほど悩むことなく、筆がノる形で書けたなあ、というのが第2部中盤。

 さて、ここでの訓練内容ですけど、ジルファーから自室で《気》を感じる課題を与えられ、リメルガはトレーニングルームでロイドは映像観賞用のシアタールームで、それぞれカートに接することになります。
 一部の意見で、「ロイドって、遊んでいるだけじゃないの?」(笑)という話があって、自分もそれは否定しないですけど、教育上の理屈付けとしては、「知育」「体育」「徳育」の3つに該当するんです。
 で、自分の小学生時代は、「道徳」の時間って、NHK教育のテレビ番組を見るのが基本だったんですね。他にも、音楽番組とか、テレビを通じた情操教育ってのがあって、結構、心に残っています。で、当時見ていた子供向け歌番組『うたって・ゴー』(78年度)の「歌のお姉さん」が、アニソン歌手でもある堀江美都子だというのが後で分かって、その辺も自分のルーツだなあ、と感じたことも。

 ということで、NOVAにとっては、映像鑑賞は、立派に徳育の教育となります。
 ただし、ロイドの教材の選択が失敗ですね。日本の特撮ヒーローは、アメリカ人のカートが理解するには、ハードルが高すぎた(笑)。もっと無難に、『スーパーマン』とか『バットマン』とか『]−MEN』とか、ハリウッド製作のアメリカンヒーロー路線をテキストにしていれば、カートも拒否反応を起こさなかったかもしれません。
 もちろん、カートが素直に「正義のヒーロー」って自己像を築いてしまえば、物語展開が変わってしまうので、「ロイドがもっとうまくやっていれば……」という意見が出るくらいが、ちょうどいいか、と思いました。

 他の話題として、星輝士の転装後の姿が「自己イメージ」によって決まる、というのがあります。

 ぼくの自己イメージ……やっぱり、ルーク・スカイウォーカー? それともハン・ソロ? チューバッカは微妙。

 カートはこういう風に考えていましたが、第3部の夢の中では、見事に「チューバッカ」イメージのラーリオスになってしまいました(笑)。
 無意識で自己像が定まらないと、「なりたい姿」よりも「なりたくないけれども、自分にインパクトを与えた姿」の方が表面に出てしまうんですけど、カートが自己イメージを確立していなければ、魔神めいた暴走ラーリオスの姿をとってしまうことの伏線でもあります。

 後は、《気》という概念をカートに理解させるための入り口として、「スター・ウォーズ」の他に「拳法映画」とか、「戦争映画」とか、いろいろ引用しているのは、まあ映画好きの作者の趣味ですけど、
 キャラによって、好きな映画が違う、ということで個性付けにもなったなあ、と。
 こういう映画路線は、『ラーリオス』企画の初めに、原案者から「200X年、東映か東宝がラーリオスを製作すると想定」という企画趣旨がありまして、ここで東宝が出てきたことにより、テレビ作品よりも、劇場作品のイメージが付与されたんですね。原案者は後にテレビの連続ヒーロー活劇の要素を考えていたと明言していますが、自分としてはテレビよりも映画の感覚が強く残った。
 だから、プレ・ラーリオスの感覚は、自分的には「劇場映画」なんですね。で、そういう感覚をはっきり明示したのが、第2部だった、と。

 そして、原案者は「東映か東宝」という固有名詞を挙げましたが、たぶん、その両者の作風の違いを理解しての発言ではないでしょうね。
 東映は、時代劇やヤクザ映画が土台にあって、割と土俗的な描写。
 東宝は、時代劇はあっても、ヤクザ映画はなく、東宝と比べると高尚な感覚がある。
 特撮的には、前者は「仮面ライダー」で、後者は「ゴジラ」「ウルトラマン」となりますが、言ってしまえば作風が全然違う。
 で、実際のラーリオス「雄輝編」を見ると、そういう特撮感覚もほとんどなくて、アニメの引き写しでしかない(この場合のアニメとは、リアリティの欠如したマイナス評価の意味合い)。

 では、レクイエムの感覚はどうか、と言うと、「空想・虚構を描きつつも、主人公の土台は現実重視」ということで、その接点として「実在の映画」を使用。つまり、登場人物が、ぼくらの知ってる映画の話を話題にすることで、「ぼくらの世界に生きている」ということをアピール、と。
 これは、もちろん、パロディという意味もあるのですが、「作品世界で、使える比喩を限定明示する」という効果もあります。つまり、『スター・ウォーズ』のファンだと明記しているキャラなら、「自分がアナキンと同じ暗黒面の誘惑にさらされている」とか、「ライトセーバーを模した武器」とか、「ダークジェダイのような影の神官」とか、そういう発想を普通にできるわけですね。
 リメルガを称して、「ターミネーターの俳優に似ている」という評価もあり。
 カートがSF映画ファンだと明記することで、「SF映画の感覚は日常的に持っている」「ただし、それが虚構であることも分かっている」「その虚構が、現実に目の前に現われたとしたら?」という話が作っていける、と。

 もちろん、こういうカートの感覚を、他のキャラが自由に使ったら、失敗ですね。
 ロイドは、カート以上にマニアックに詳しいけど、知らないこともある。
 リメルガは、そういう感覚を「ガキっぽい」と切り捨てる。
 ジルファーは、自分の学術的な専門分野以外は知らないことも多く、サブカルチャー知識をロイドから仕入れて、その発想の豊かさに感心する。
 カレンやソラークは、そもそも、そういう話題に入ってこない。

 こういう風に、それぞれの感覚を切り分けて、「カートだったら、こういう発想をしても自然だな」とか、個々の反応でリメルガらしさや、ロイドらしさ、ジルファーらしさを示し得たら、描写として成功ですし、逆に、「このキャラはこういう設定なのに、こういう反応はおかしい」と指摘されたら、キャラ描写を考え直す必要がある。
 とりあえず、「そのキャラのこだわりがどこにあるか」を明記して、そこを強調するのが基本になりますか。カートの場合は、結局、「アメフト」「ハードボイルドへの憧れ」「SF映画好き」の3点が基本で、そこに「スーザンとの関係」が加わる。ただし、人間関係は物語の流れで移り変わることもあるので、発想の土台として固定されたものには使いにくいかな、と。
 そのキャラのアイデンティティーを3つ提示して「そこだけはブレない」としておけば、キャラとして確立できると思います。逆に、アイデンティティーであるはずの設定が、本当に設定だけで、そのキャラの考え方の土台になっていないときは、その設定が生きていない、ということになります。
 ロイドはオタク話をするから、ロイドだとか、
 リメルガは、ついつい戦場というキーワードを出すから、元兵士という設定が確立しているとか、
 ジルファーは、過剰に薀蓄披露し、上から目線の指示口調も多いから、教師らしいとか、そんな感じ。

 逆に言えば、特撮ヒーロー好きなのに「正義とは何か」という命題に興味がないとか、武闘家なのに自分の武芸についての考察をしないとか、そのキャラの設定アイデンティティーに応じた言動が日常的に出てこないとダメ……とか、そういうことをいろいろ考えながら、この章を書いた記憶もあります。

 一応、今さらですが、創作指導めいた話の名残、ということで(本章のテーマが、教育指導、ということだし)。

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