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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(2−6)
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2ー6章 エクストラ・エクササイズ

 朝、目覚めたところが自分の部屋だと、言い知れない安心感がある。
 個性のない殺風景な部屋ではなく、自分の持ち物に彩られた自分の居場所。
 ただ、ぼくの元々の持ち物はほとんどない。黒の革ジャン、ジーンズといった衣服に、免許その他のカードの入った札入れと、兄貴のバイクのキー一本。
 ここでは無用な品物の数々だけど、自分という人間を見失わないためには大切な拠りどころに思えた。これらを失くさないかぎり、いつか元の生活に戻れるだろうという希望が持てる。
 携帯電話の充電の問題も解決した。朝食前に出会ったバァトスの話や、ロイドのシアタールームで分かったことだけど、ここでは電気だって使える。星輝石の力を利用した発電システムを、神官たちが管理しているらしい。ゾディアックの神官の中には、単に時代遅れな宗教家だけでなく、実用的な技術をもった研究者もいる。決して科学を否定した連中ばかりではなく、星輝石の力を分析しながら、独自の研究を生み出したりもしているようだ。そう言えば、星の力を利用したエネルギーなんかの話を、兄貴が嬉々として話したこともあったっけ。
 もちろん、通信システムは端末だけあってもどうしようもない。電波が届かないため、外部との連絡がとれないのは相変わらずだ。それでも、以前にダウンロードしていた、お気に入りの音楽がいつでも聞けるのはありがたい。そう、しょっちゅう聞いていたわけじゃないけど、たとえば、落ち込んだりしたときに、サミィ・マロリー&トムキャッツの歌や、ジョン・ウィリアムズやブラッド・フィーデル作曲の映画BGMを聞いたりすると、元気が出てくる。音楽データも含めて、携帯電話の中には、自分の個性が詰まっている。
 そして、ここに来て新しく与えられた物もあった。
 都会風の洒落た普段着や、燃えるような赤色が印象的なトレーニングウェアなど、ぼくのために用意された着替えの数々は衣装入れに収められている。サイズが少し大きめなのは、特注であつらえるときにリメルガを参考にしたからだそうだ。ぼくの体格ではLでも少しキツいので、これは助かった。
 鏡や、壁時計、小物用の引き出しも備えた本棚などの家具も搬入され、元々あった小机の上には、水差しと3つのグラスが載せてある。
 1つは、何の飾りもないふつうのグラスで、飲み水用に用意されているもの。
 もう1つは、口の小さな小さなビン状の形で、黄色い花が生けてある。ぼくには別に花を飾る趣味はないけれど、カレンさんの心使いの表れだ。洞窟から出られないぼくのために、自然の恵みを感じてもらえたら、とのこと。
 外出は別に禁じられているわけではないけれど、厳しい寒さのために、星輝石の加護なしに外に出ることは自殺行為だ、とジルファーは言っていた。外に出るためには、何とか《気》の力を修得する必要がある。
 そのために……3つめのグラス、氷の《気》で生成された美しい造形の芸術品に挑まなければならない。

 ジルファーの授業は、午後の予定だ。それまでに何とかしないと、と思いながら、前の日にはどうやっても課題は達成できなかった。
 何も考えなかったわけではない。
「参考になるかもしれんが」と言って、ジルファーが貸してくれたのは中国拳法の本だった。気功に関する説明が、星輝士の操る《気》に近いらしい。「もちろん、厳密には違うがね。書物が全ての現実について記しているわけではない。中には間違った記述もあるだろう。しかし、現実を理解する上での道標になることはある。少なくとも、迷ったときの手がかりや指針にはなる。そして、人に自分の考えを伝えるうえでの参考材料にもね」
 中国拳法によれば、気とは、血液とともに体内に流れているエネルギーの源、と定義されるようだ。科学的に考えるなら、それって酸素なのか、それとも他の栄養分なのか疑問が湧くけれど、どうも、そういう物理的なものとは違うようだ。本には、一種の生命エネルギーと書かれていた。
 気を操る気功術には、体内に循環させることでコントロールする「内気功」と、呼吸によって外部の気を取り込んだり吐き出したりする「外気功」があり、また、自身の健康を維持したり、美容体操などにも応用されたりする「軟気功」と、武術などで相手を倒す技になる「硬気功」にも分類されるようだ。
 ……こういう本を読むのは初めてで、新鮮な知識だとは思ったけど、目前の課題をクリアするのには何の役にも立たなかった。本に書いてあるとおりに深呼吸してみて、グラスに「溶けろ」と念じたけれども、やっぱりうまくいかない。
 一体、どうしたらいいんだ? と、夜中に苛立ちを覚えたあげく、あきらめて眠ることにした。ただ、2つの思いつきがあったので、翌朝に期待を向けることにしたのだった。

 気を静めるために、カレンさんの花の香をかいでみる。
 それだけで、心が洗われた気分になった。
 それから、用意されたグラスで水を一口のんで、渇いた喉をうるおした。
 すると、何だか上手く行きそうな気になる。そのまま勢いよく、氷のグラスを手にとって念じた。
 あの時も、こんな朝だった。
 ラーリオスは《太陽の星輝士》だ。もしかすると、朝に一番、力を発揮できるのかもしれない。これが前夜の思いつきの1つ。
 もう1つは、ジルファーの《気》の持続時間の問題。生成されたばかりのグラスは、まだ《気》の力が強く残留している。未熟なぼくの力で、それを溶かすには、ある程度の時間が過ぎて、ジルファーの《気》が弱まらないといけなくて……自分では結構、合理的な考えだと思った。
 さあ、溶けろ。
 期待と気合を込めて念じた。

 朝食の席で。
 虎視眈々とぼくの肉を狙ってそうなリメルガを警戒しながらも、思わず愚痴をこぼしてしまう。
「どうしてダメなんだ。いろいろやったのに、うまく行かない。《気》の操作なんて、どうやっていいか本当に分からないよ」
「紫トカゲの課題か。星輝石も持たない者に、一体、何をさせたいのやら」早くも食べ終わっていたリメルガは、こっちの警戒心を解くためか腕組みをして、いささか考えるような面持ちになった。やがて神妙な声でつぶやく。「『溶けぬなら、砕いてしまえ、冬氷』 こんな感じでどうだ」
 一体、何を考えているかと思ったら、おかしなポエム? どう返していいか戸惑っていると、
「それは……もぐもぐ……まずいでしょ……むむっ、げほごほっ……」ロイドが口に物を入れたまま喋ろうとして、のどに詰まらせてむせた。リメルガのように食べながら喋ることは、ぼくじゃなくても難しいみたいだ。
「ほら、水」横から差し出すと、手で軽く感謝の身振りを示して受け取る。ごくごくと飲み干してから、少年は話を続けた。
「そういうのが通るなら、『解けぬなら、燃やしてしまえ、問題集』だって言えるじゃないですか。問題はきちんと考えて解かないといけないんです。力技で粉砕なんて、バカのすることですよ」
 ロイドにしては、まともなことを言う、と思った。
「何でも正面から考えればいいってことじゃねえんだよ」リメルガが不機嫌そうにうなる。「現実にできること、できないことを見極める。できることなら努力してやればいい。だが、できそうにないことなら、別の手段を考えて対処しろ、ってことだ。考えてもどうしようもないことに、ムダに頭をひねって時間を浪費する。オレに言わせれば、そういう連中の方がよっぽどバカに見えるがな」
「一度はできたんです」ぼくは憮然と応じた。
「だったら、もう一度やれよ。何で、できないんだ?」
 それが分かれば、苦労しない。
「言っておくが、オレに《気》の操作なんて聞いてもムダだぜ。そういうのは、神官どもや、紫トカゲみたいな上位の星輝士の管轄なんだ。オレに分かるのは、体の使い方や鍛え方、戦場での心得ぐらいのもんだ。その辺は、理解(わか)っとけ」
「……それは、少し冷たくありませんか、リメルガさん?」
「何だ、犬っころ。今朝はやけに突っ掛かるじゃねえか」
「いつもどおり、思ったことを口にしているだけです。リメルガさんが、そうしろって、日頃から言ってるじゃないですか」
「ああ、そうかよ。だったら、オレの方も、きっちり言わせてもらうとするか」攻撃の矛先はロイドに向けられるかと思ったけど、思いがけずリメルガはぼくを厳しい目でにらみつけてきた。背中に冷や汗が流れる。
「リオよ、お前はオレたちの大将だ。部下の前で、愚痴をこぼすべきかどうか、もっと考えろ。自分の課題が上手く行かないからって、ところ構わず、ぼやいてんじゃねえ。できないってんなら、そういう文句はオレたちじゃなく、紫トカゲに言うんだな。オレは、言いたいことも言えねえ女々しい奴に物を教えたくはないんだ」
 ……それも戦場の心得なんだろうか。
 リメルガの言葉をぼくは反芻して、それから口に入っていた肉の一切れといっしょに呑み込んだ。
 確かに、そのとおりだ。
 リメルガに喝を入れてもらった気分で、軽く頭を下げた。
 途端にむせて、慌ててゴクゴクとスープを飲み干す。腹に熱がたまって、元気が回復したように思えた。
「《気》ですよね」不意にロイドが声を掛けてきた。「ぼくも詳しくはないけど、役に立ちそうな映像作品は知っています。これからいっしょに見ませんか、リオ様」
 確かに、本を読んでも《気》は実感できなかった。でも映像で見れば、何かつかめるかもしれない。
「オレは付き合わねえぞ」リメルガが言った。「終わったら、トレーニング室に来い。犬っころ、お前もだ」

 少しは期待したのが、間違っていた。
 ロイドがぼくに見せてくれたのは、パワーレンジャー……みたいなものだった。でも、何か違う。役者はみんな東洋人で、英語とは違う言葉を話していた。英語の字幕が付いていなければ、話の概要がさっぱり分からない。
「今のは『獣拳戦隊ゲキレンジャー』。『パワーレンジャー・ジャングルフューリー』の原作です」
 見終わってから、ロイドが得意げに話す。
 いや、ジャングル何ちゃらと言われても、知らないし。
 自分が見たパワーレンジャーは、ふつうに「GOGOパワーレンジャー♪」の主題歌が流れて、トミー・オリバーが主役のホワイトレンジャーだったやつ。自分と同じオリバーが格好良い役だったので、その辺もお気に入りだった。
 他にも、いろんなシリーズがあるみたいだけど、はっきりタイトルを覚えているのは、『スター・ウォーズ』に似た『パワーレンジャー・イン・スペース』ぐらい。確か、主人公の妹が敵の女幹部と判明する展開だったと思うけど、最終回がどうなったかは分からない。別に、ぼくはパワレンマニアってわけじゃないし。
「リオ様、聞いてます?」子供時代のなつかしい記憶にふけっていたぼくを、ロイドの声が現実に引き戻す。
「ああ、東洋版のパワーレンジャーだね。黄色人種は、何でも物マネがうまいなあ」ぼくは、中国製品や日本製品のことを念頭に置いて言った。彼らは、いろいろとコピー商品を作って、欧米人のせっかくの発明品を自分たちの物にする人種だ。「車も、映画もそうだし、『スター・ウォーズ』のライトセイバーまでも類似品が見られるらしいね」
「いるんだ、こういう人が」ロイドは、大げさに肩をすくめて見せた。「確かに、日本人はコピーやアレンジが上手です。でも、オリジナルがないわけじゃない。そもそも『スター・ウォーズ』だって、日本製映画『隠し砦の三悪人』のプロットを流用した物だし、ジェダイにしても、日本の侍チャンバラ作品の時代劇から取ったネーミングだってことは常識ですよ」
「そうなの?」初めて知った。
「ルーカスが言ってるんです。間違いありません」
「『スター・ウォーズ』が日本映画のコピーなんて……」衝撃の事実に、ぼくは打ちのめされた。
「あのですね。創作作品に元ネタがあって、一部設定を流用するなんて、当たり前のことなんですよ」ロイドが、ぼくを諭すように言った。「コピーして質の悪い作品になれば酷評されるし、それをさらにブラッシュアップして元の作品に磨きをかけた傑作、またオマージュを捧げた佳作だってあります。要は、料理の仕方に掛かっているんですよ。『スター・ウォーズ』がSFアクション映画史に残る一大傑作であることには何の変わりもありません」
「あ、ああ、そうだね」ロイドの言葉に激励されて、ぼくは何とか立ち直った。「『スター・ウォーズ』の影響があっても、『パワーレンジャー・イン・スペース』は面白かったもんな」
「確かに」ロイドがにっこりうなずいた。「あれも傑作です。第1シーズンからの物語が、『イン・スペース』で一度完結したんですよね。宇宙の魔王ダークスペクターが倒されて、その後、悪の女王になったアストロネマの総攻撃でレンジャー達も大ピンチ。その時、パワーを持たない一般市民もレジスタンスに立ち上がった最終決戦が感動です。そして、レンジャーに力を授けてくれた正義の魔術師ゾードンが、最期の力で宇宙の悪を浄化し、ハッピーエンドに至るまでの話は、パワレンファンとしては未来永劫に語り継いでいかないと……」
 へえ、そんな話だったんだ、って思わず感心しながらも、ハッと我に返る。このまま、いつまでもマニアックな話を続けそうなオタクを止めないと、大変なことになりそうだ。
「ロイド、今はパワレンの話じゃなくて、獣拳何ちゃらだろう? 一体、何これ? コトコトとか、『豚の角煮〜』って叫んで大砲撃つとか、よく分からないよ。《気》の話に役立つんじゃなかったのか?」
「いや、だからゲキレンジャーは、激気(ゲキ)って力で戦うんですよ。その修行のエピソードを見れば、何か学べるんじゃないかな、と思って」
「コトコトが?」
 え〜と、字幕から察する限り「コトコト」ってのは、料理をするときに鍋の中の液体が沸騰して、蓋が浮き上がるときに鳴る擬音らしい。主人公のジャンは、料理好きの女の子に、技を身に付けるための忍耐心を学ぶみたいなんだけど、その学び方が「好きな食べ物ができるまでは我慢して待つ」ということらしい。いかにも子供向きの番組らしい教えだ。
「要するにロイドは、《気》の修得には忍耐心が必要って言いたいわけ?」
「うん。ゲキレンジャーの他のエピソードによれば、『暮らしの中に修行あり』『遊びの中に修行あり』『忘我の中に修行あり』ということです」
「……だったら、君は修行をしまくっているんだね」皮肉を込めて、そう言ってやると、
「もちろんです」ロイドは無邪気にうなずいた。
 ぼくはため息をついた。話にならない。
「修行なら、もっとまともなカンフー映画を見た方がマシだよ。こんな子供だましの話じゃなくて」
「何言ってるんですか? 達人ってのは、何を見ても修行の糧として学ぶものなんです。リオ様はもっと心のゆとりを持つべきですよ。こういう話を見て、なつめちゃん可愛いなあ、とか感じる心が大事ですよ」
 ぼくはロリコンじゃない。いくら料理が得意だからって、東洋人の小学生の娘を見て鼻の下を伸ばすような趣味はない。でも、ロイドときたら……。
「ああ、もしかしてリオ様は年上趣味ですか? だったら、次のエピソード『ケナケナの女』を見るべきです。リオ様だったら、あのラブウォリアー・メレ様を見て、彼女の『ケナケナ』ぶりに萌えないと……」
 これ以上、ロイドのオタク話に付き合うつもりはなかった。何が、役に立ちそうな映像作品だ。東洋人が作ったパワーレンジャーの劣化コピー作品に、これ以上、わずらわされたくはない。
 ロイドはまだ何か言っていた。「ゲキレンジャーが気に入らないなら、『光戦隊』とか『五星戦隊』なら《気》の勉強になるかも……」
 しつこいオタクを放置して、ぼくはシアター室を後にした。

 苛立つ気持ちを抑えながら、自分の部屋で素早くトレーニングウェアに着替えて、リメルガのところに向かった。
 ロイドの理屈も、少しは分かる。武道において、心の精進とか平常心は大切だ。些細なことに苛立っていては、技の修得なんておぼつかないのだろう。
 それでも、遊びと修行をいっしょにしたり、「豚の角煮〜」と叫ぶことで必殺技が打てたりするような作品から、何かを学べるとは思わない。
 映像の中の女の子に惚れる神経も理解不能だ。確かに、映画のヒロインを可愛いと思う気持ちは分からないでもない。でも、もっと現実の女の子に目を向ければ……ぼくはスーザンのことを想った。彼女だって、映像の中のヒロイン同様、手の届かない存在であることには変わりない。それでも、ラーリオスとして修行を続けていれば……。
 頭の中のスーザンの笑顔に元気付けられて、トレーニング室の扉を開けた。
「やあ、リオ様。遅かったですね」そこには、青いウェアに着替えたロイドがいた。
「お、お前……何で?」空いた口が塞がらない。
「失礼ですね、人を指差すなんて。ぼくもリメルガさんに呼ばれていたじゃないですか。だから、さっさと着替えて来たんです。素早さが、ぼくの身上ですからね」
「そんなところでバカみたいに大口開けて突っ立ってねえで、さっさと入って来い」部屋の奥から声がした。リングのそばに立っていたのは、もちろんリメルガだった。着ているウェアは、モスグリーンとカーキ色の迷彩色。思わず、軍曹(サージェント)と呼びたくなる出で立ちだ。
 ぼくは、絡みつこうとするロイドを無視しながら、急いでリメルガのところに向かった。
「犬っころの映画は役に立ったか?」
 ぼくは即座に首を横に振った。
「そうだろうな」リメルガは納得したように、うなずいた。「時間の無駄だってのは分かっていたぜ」
「リメルガさん、ひどいです」ロイドが口を尖らせて抗議するが、リメルガは聞いている素振りを見せずに話を続けた。
「《気》なんてのはな、考えたり何かを見たりして分かるもんじゃねえ。自分の体で感じとるものなんだ」
 講釈めいたリメルガの口調に期待しながら、ぼくはうなずいた。
 『考えるな、感じろ(ドント・シンク.フィール)』 まさにその通り。
「だから、今から感じてもらう。犬っころ相手に実戦練習(スパーリング)だ」
「それって、殴り合えってこと?」
「そのためのリングだ」リメルガはニヤリと笑った。「別にレスリングでもいいんだけどな」
 ボクシングやプロレスなんて、テレビや映画の中でしか見たことがない。でも……ぼくはロイドの小柄な体つきを見て、勝てると思った。リメルガと戦え、と言われたら躊躇するけど、こいつ相手なら。
「え〜、ぼくがリオ様と戦うんですか?」
「お前の練習も兼ねているんだ」リメルガの口調は揺るがない。
「リオ様は星輝士じゃない生身でしょ? 怪我させてしまいますよ」
 その言い方には、カチンと来た。いくら何でも、ロイドに怪我させられるとは思わない。けれども、リメルガの話した星輝士の力が本当だとしたら……ロイドも戦車と戦えるんだろうか?
「もちろん、転装は禁止だ。あくまで自分自身の技と肉体だけで戦う。星輝石の力には頼るな」
「分かりました、リメルガさん」
 ロイドは納得したようだ。
 ぼくは……貴重な時間を浪費させられた憤りをぶつけるには、いい機会だと思った。星輝士の力を使わないなら、ロイドに負けるとは思わない。
 ぼくも自信たっぷりにうなずいて見せた。
「先に言っておくがな、リオ」リメルガは、ひときわ重々しい声音になった。「犬っころはこんな奴だが、それでもオレが3ヶ月近く訓練しているんだ。あんまりナメてかからねえ方がいいぞ。今回は、オレがお前の介添(セコンド)についてやる。やれるだけのことは、やってみろ」

 何の準備もなしに、いきなり殴り始めるのは素人のケンカだ、とリメルガは言った。
 その辺の感覚は、ぼくもフットボーラーなので分かる。体をぶつける競技では、怪我の危険に備えて、関節部や衝撃が加わりそうな部分にテーピングを施す。手首や指を初め、各部にリメルガがしっかりガードテープを巻いてくれた。その手慣れた仕草から、この男が口先だけの素人じゃない、実戦経験豊富なトレーナーだと分かる。
「ボクシングで行くか? それともプロレスで行くか?」リメルガは、そう尋ねたりもした。それによって、拳のテープの巻き方が変わるからだ。ボクシングスタイルなら拳を完全に固めてしまう。その方が突き指をしたり、指の骨を折らなくて済む。けれども、相手につかみ掛かったりはできない。逆にプロレススタイルなら、時に指の動きが必要になるので、巻き方も緩やかになる。説明されると、その違いは納得できたのだけど、格闘技の経験のないぼくは、そこまで考えたことはなかった。とりあえず、技量の必要な殴り合いよりも、力任せに何とかできそうなつかみ合いのため、プロレススタイルで頼んだ。
 他に、どんな技を得意にするかで、重点的に巻く箇所も変わったりするのだけど、ぼくは自分がどんな攻撃をするかも分かっていない。フットボールの経験で、肩からぶつかって行ったり、肘や膝を打ち当てたりしそうだと考えたので、関節を動かす邪魔にならない程度に巻いてもらった。
 肘や膝には、さらにパッド入りのサポーターを装着。
 本当なら、肩パッドの付いたプロテクターも欲しかったけれど、これはフットボールの試合じゃない。あまりに動きを阻害する装備は不利になる。そもそも、この部屋にフットボール用のプロテクターは置いていない。袖付きのジャケットも暑くなりそうなので、脱いでタンクトップだけになった。
 最後に、ヘルメット代わりのヘッドギアをかぶって、準備は完了。高揚した気分で、ぼくはリングに上がった。

 ロイドの準備は、ぼくよりもあっさりしていた。
 単に、ヘッドギアをかぶっているだけ。青いジャケットも着たまま。ボクシングやプロレスよりも、空手の演舞に出るような雰囲気だ。
「星輝士は、石の加護で怪我しにくい」リメルガが試合前のアドバイスとして言った。「だから、リオ、本気でやっていいぞ。向こうの方が、お前に怪我をさせないよう、気を使ってくるはずだ」
 何だか、そういうのってフェアじゃない気もするけど。
 ゴングは鳴らない。部屋には置いていないようだ。
 代わりに、戦闘前の前口上を述べたのがロイドだった。「技が彩る大輪の花! ファンタスティック・テクニック! シリウスのロイド! ……なんてね」中国拳法を模した奇妙なアクションをとりつつ、さっき見たヒーローの一人のセリフを流用する。確かブルーだったかな、青いウェアと重なってくる。
「さあ、次はリオ様の番ですよ」ロイドがこちらに話しかけてきた。試合前の緊張感に欠ける奴だ。
「何をしろって言うんだ?」思わず、応じてしまった。
「そうですね。リオ様のウェアは赤だから、やっぱり『体にみなぎる無限の力! アンブレイカブル・ボディ!』でしょう」
 絶対、そんなセリフは口にするもんか。ぼくはまた憤りを感じた。戦いを遊びでやるような奴に、この体に感じる憤りは分かるまい!
「……つまらないことをやってねえと、早く始めろ!」イライラしたようなリメルガの言葉が、ぼくを後押しした。
 ダッと数歩踏み出して、その勢いで殴りかかる。
 当たらない。
 ロイドは、バックステップしていた。
 もう一度、踏み込んで殴る。今度は、相手の後退まで予測して。
 それでも、ロイドの動きは巧みで、こちらの間合いのギリギリ外にいた。
「やれやれ、リオ様。『当たらなければ、どうということはない』ってセリフは知ってますか?」
 知るかよ。
 さらに数歩。攻撃は当たらなかったけれど、コーナーの隅にまで追いつめた。
 フフフ、もう逃げられんぞ……って言いかけて、慌ててつばを飲み込む。こんな悪役じみたセリフを口にすれば、負けだ。
 とにかく、殴るのはもうやめ。避けられたら、間違えてコーナーポストを殴ってしまいそうだ。
 むしろ、じわじわと近寄って、バッとつかみ上げてしまえばいい。
 殴るのは慣れていないけど、楕円形のボールをつかみ取ったことは何度もある。ロイドがいくら小さいからって、ボールほどつかみにくいことはないはず。
 一瞬の動きだった。
 こちらがつかみに掛かるやいなや、ロイドは小柄な体を沈ませて、ぼくの開いた両脚の間にすべり込んだ。
 やられた、と思った瞬間、ロイドに足を引っ掛けられて、ぼくはバランスを崩した。前に倒れて、もう少しでコーナーポストに顔面をぶつけてしまいそうになる。かろうじてポストに手を当てて、転倒をまぬがれることはできた。
 振り返ると、追いつめたと思っていたネズミは、あっさり罠から脱出し、リングの中央でピョンピョン飛びながら、シュシュッとボクサーのパンチの真似事をしていた。ここまで余裕を見せつけられると、いっそう腹が立つ。
 ぼくは猛然とダッシュして、体ごと突っ込んで行った。何度も練習してきたフットボールの動き。これには自信がある。ボールをつかむのではなく、相手選手をショルダーチャージで弾き飛ばすつもりの勢いだった。

 接触の瞬間、ぼくの体はふわっと浮き上がった。何をされたのかも分からないまま、空中で半回転した体は、背中からリングの床面に叩きつけられる。とっさに受け身をとることもできず、衝撃で一瞬、意識が朦朧(もうろう)とした。
 投げられたんだ。
 少しして、そのことに気付いた。何秒ダウンしたかは分からない。テンカウントするような審判がいれば、ぼくも慌てて立ち上がっていただろう。けれども……ぼくは横たわったまま、先に状況把握に努めた。
 ロイドの小さな体で、まさか投げられるとは思わなかった。でも、東洋の格闘技の柔道や合気道では、相手の力を利用して最小限の力で投げる技があると聞く。「柔よく剛を制す」だっけ?
 それに、支点や重心をうまく使うことで、小さな力で大きな効果を発揮する「てこの原理」というのも習った。
 何も知らなければ、ロイドの投げは神業とも思えたろうけど、理屈さえ分かれば納得できた。ぼくは気持ちを落ち着かせてから、ゆっくり立ち上がった。
「まだ戦えるか?」背後のポストから、リメルガが声をかけてきた。
「もちろん」振り向かずに答える。「ダウンしたら負けってルールじゃないでしょ?」
「柔道なら、一本とられていたけどな」見えていないけど、リメルガがニヤリと笑んだのを声音から察した。それからアドバイスが聞こえてくる。「そもそも、お前は動きが単調すぎるんだ。攻める前に相手の動きをよく見ろ。そして、かわされたその後まで考えて、攻撃を組み立てるんだ」
 ぼくは背後の声にうなずいた。
「それに見るだけじゃダメだ。相手の動きそうな方向、取り得るアクション、何を考えているかまで、意識するように心がけろ。感覚を総動員してな」
 なかなか難しい注文だ。
 そんなにいろいろできないよ、と言いたくなった気持ちを抑える。一つ一つ課題をこなして、身に付けていけばいい。そして、身に付けたコツは忘れず、常に活かすようにする。
 目以外の感覚……まずは耳。聞こえてくる音に集中する。
「リオ様、黙り込んで大丈夫ですか?」ロイドの甲高い声がきんきん響く。心配しているような響きだけど、どこか嘲りも混じっているようだ。「はっきり言って、動きがトロいですよ。赤いんだから、通常の3倍くらいの速さで動いてもらわないと」
 また、わけの分からないことを。
「奴の挑発に、いちいち惑わされるな」リメルガの声に、心を落ち着かせる。
 雑音は閉め出すことにした。さらに別の感覚。
 鼻。汗の臭いが充満している。思わず、顔をしかめた。犬なら、相手の体臭で位置を察するんだろうけど、ぼくは獣じゃない。
 口。どこか酸っぱい味の唾液が充満しているのが分かり、手の平で口元をこすった。さっき投げられたときに、口の中のどこかを噛んだのだろう、つばに赤い物が混じっていた。
 皮膚。熱いのに、鳥肌が立っている。緊張している証拠だ。
 それらの感覚を一つ一つ確認するのに数秒。その間に、頭脳も総動員して、作戦を練り直す。こちらから攻撃してもダメだ。ロイドは動きを素早く見切り、かわすなり反撃するなりしてくるだろう。格闘の素人のぼくにできることなら、リメルガと数ヶ月訓練しているロイドだって、当然できると考えた方がいい。そもそも、得意のタックルをあっさり投げで返されるなら、他に有効な攻撃手段は思いつかない。
 だったら、ロイドの方から攻めさせて、返り討ちにするというのはどうだ? 
 何しろ、ぼくの専門は守りなんだから。
「どうしたんですか、リオ様? 戦意喪失ですか?」いちいちうるさい。
「今度は、そっちから来いよ」ぼくは言い放った。「さっきから、こっちが攻めているだけじゃないか。避けとか、相手の勢いを利用した返し技しかできないのか?」
「いいんですか? じゃあ、行きますよ」ロイドは答えてから、動き出そうとして、すぐに止まった。「リオ様、そんなコーナー(ぎわ)で待ち構えていないで、真ん中に出て来てくださいよ。それじゃないと攻めにくい。正面から行くしかないじゃないですか」
 それを狙っているんだ。
 ぼくは黙ったまま、ニヤリと笑んだ。リメルガみたいに迫力のある表情だったらいいと思いながら。
「ずるいなあ。こちらは素早さが身上って言ったのに。正面から突っ込むなんて、ぼくの流儀じゃないんですよ。サイドから攻めたり、撹乱したり、翻弄したりしないと持ち味が発揮できやしない」
 だから、そうさせないように、こっちは考えたんじゃないか。
「大体、このリングがせま過ぎます。6メートル四方じゃ、ろくに動き回れない。戦場はもっと広くないと」
「全く、ごちゃごちゃうるせえんだよ、お前は!」痺れを切らせたようなリメルガの声。「戦うときは黙ってやれ。自分に有利な戦場ばかりじゃねえってことは、教えたはずだろうがよ」
「分かりましたよ、やりますよ。いつもいつも厳しいんだから、全くもう」ぶつくさ言いながら、ロイドはぼくにニッコリ微笑んで見せた。迫力も何もない、緊張感の欠ける表情に、思わず構えていた力が抜ける。「リオ様、せっかくですから、練習中の技の実験台になってもらいます。それを受けたら、いつまでも、そんなところで待ち構えていられなくなりますよ」
 一体、何だ?
「行きますよ」そう言って、リング中央でオーバーアクション気味に右腕を振り上げた。「狼牙咆哮拳(ウルフ・ソニック)!」
 だけど、何も起こらなかった。
「不発でした」
 おい。
 脱力したこちらの気分を意に掛けることなく、ロイドはもう一度、同じアクションをとって見せた。「狼牙咆哮拳(ウルフ・ソニック)!」
 一瞬、狼の吠え声が聞こえたような気がした。
 でも、気のせいだったのかもしれない。
 だって、やっぱり何も起こらなかったから。
「今度は上手く行ったんだけどな。コントロールが難しいや」
「当たらなければ、どうということはない」思わず、先ほどのロイドのセリフをつぶやいてしまった。
「ええい、次こそ。狼牙咆哮拳(ウルフ・ソニック)!」
 今度は、さっきよりもはっきり狼の声がした。と、左の二の腕に鋭い痛みが走って驚く。見ると、ナイフの切っ先が通過したような傷が一線、走っていて、じわりと血が(にじ)み出している。
「これは一体?」
「ヘヘッ。以前にソラークさんの風の技を見る機会があって、格好良かったので、自分なりに真似してみました。もちろん、威力とか命中率とか全然なんですけどね。星輝士相手じゃ、石の加護を破ることもできないし。せいぜい、人の肌一枚をスッと切り裂くぐらいですか」
 嬉々として、技の解説を行うロイド。
 だけど、ぼくの心には戦慄が走った。傷は浅いとはいっても、血を流させるには十分なもの。目とか首筋とか、急所をザクッと切り裂かれでもしたら、重傷あるいは致命傷にもなりかねない。おまけに、コントロールが難しい、とか言っているし。
「こういうのって、ありなの?」思わず振り向いて、リメルガに意見を求める。
「《気》の力は使ってないみたいだからな」リメルガは苦虫を噛みつぶしたような表情だった。「犬っころの奴、器用なことをするじゃねえか。純粋に拳の風圧だけで、ちょっとした鎌いたち現象を作り出すなんてよ。隠し芸にしちゃ上出来だ」
 感心されたって困る。せっかくの介添(セコンド)だ。アドバイスぐらいくれてもいいだろうに。そう思って、尋ねてみる。
「どうやって戦ったらいい? あんな技、防ぎようがない」
「いや、防げるさ」リメルガはあっさり言った。「お前も見ただろう。奴の技は、いろいろ欠点を抱えている。犬っころだって、完全に使いこなしているわけじゃないしな。よく見極めて、攻略法を考えるんだ」
 はあ。
 ぼくはため息をついた。
 アドバイスになっているようで、その実、こっち任せってことだ。
 一瞬、怪我をする前に、ギブアップしようかとも考えた。しかし、その気持ちを読んだように、
「リングを降りるなら、そうしてもいいんだぜ」リメルガは深みのある声音で言った。「お前はまだ星輝士じゃねえ。戦いについても素人だ。逃げたからって、誰も責めたりはしねえよ」
 その言葉は確かに優しかった。けれども、ぼくに向けられた視線は、思いのほかに鋭く感じられた。まるで、初めて会った朝みたいに、こちらを値踏みするような目。あの時のリメルガの言葉を思い出す。
『ビビッて、泣き言をぬかすかと思ったぜ』
 リメルガの拳を受け止めたぼくが、ロイド相手にビビる? まさか、そんな臆病風を吹かすなんて……。
『戦場では、猛者でもビビる。それでも怖気づくことなく、必要な行動に移れるかどうか』
 そうだった。リングは戦場だ。ビビることはある。でも、怖気づいて、必要な行動をとれなければ……負けだ。
『リオ。オレは、お前が鍛え甲斐のない野郎だったら、お前の鍛錬を辞退するつもりだった』
 その言葉を振り払うように、ぼくはリメルガから視線を返した。
「やってやる」そう後ろに言い放ちながら、戦場に立つ敵、シリウスのロイドを真っ直ぐにらみつける。
 カート・オリバーは、意気地無しなんかじゃない。それを証明したい気持ちだけで、ぼくは戦場に戻った。

 コーナー(ぎわ)の防御態勢をやめ、リングの中央に歩み出す。
 ロイドの方も、それに応じて数歩後退する。こちらの覚悟に気圧されたみたいに。
「打ってみろよ。狼牙咆哮拳(ウルフ・ソニック)とやらを」ぼくは挑発してみせた。相手の技を見極めるには、まず打たせないといけない。
「いいんですか?」心なしか、ロイドの声が震えているように聞こえた。
 そうだ、ビビッているのは、ぼくだけじゃない。この小柄な少年だって、怖くてたまらないんだろう。傷つくことじゃなくて、自分が人を傷つけることを。
 リメルガ相手の訓練だったら、同じ星輝士ということで、たぶん遠慮なく力を発揮できたんだろう。でも、星輝士ではない相手との戦いは、初めてなのかもしれない。だから、どこまで本気を出していいのか、加減が分からない。
 そういう相手の気持ちに思い当たったとき、ぼくは自分でも意外な言葉を口にしていた。
「こっちは、アンブレイカブル・ボディだ。耐えてみせる!」
 そう言い放ったときの気持ちは、あの朝、リメルガの拳に挑んだときと同じだ。ここが正念場だと、思いきる。
 ロイドは、3メートルほどの距離から咆哮拳(ソニック)の身振りをとった。
 狼の声は聞こえない。不発だ。
 再び咆哮拳。
 今度は、遠くで吠え声。当たらない。
 それから、不発と的外れを1回ずつ繰り返してから、やっと、命中打が来た。耳元で狼の声がしたと思った瞬間、左の頬にザクッと痛みが走った。流れる血を右手でふき取り、舌でなめる。その感覚で、出血があまりひどくないことが分かった。命中しても、この程度か。
 ただ、少々、無防備な姿勢でいたのはうかつだった。もう数センチ上に当たっていたら、目を傷つけていたかもしれない。今回は運がよかっただけ。そう思い、両の拳を顔の前に持ってくる。拳なら命中しても、ガードテープが保護してくれる。
 ロイドは、さらに何度か咆哮拳を放ったが、命中打は来なかった。
「こんなに当たらないんじゃ、実戦では使えないな」ぼくは正直に言った。
「ええ、当たっても致命傷にはなりませんし」ロイドは済まなそうに言う。「もう、お(しま)いにしますか?」
「いや、試したいことがある。打ってみろ」
 狼の声。近いと思った瞬間、ぼくは拳を振った。バシッとガードテープに亀裂が入る。防御の感覚は、これでつかんだ。「次だ」
 不発と外れの感覚も見極めて、命中打の咆哮を待つ。聞こえた、と思うと、さっきよりも早いタイミングで腕を振った。ガードテープには何も起こらない。しかし……、
「どういうことですか? こっちに咆哮拳が返って来ましたよ」
 そりゃそうだ。風圧で生じる鎌いたちなら、逆向きの風を放って送り返せるのも道理。流れのタイミングさえ見極めれば、難しいことではない。
「やりますね、リオ様。けれども、こちらには咆哮拳は通用しません。星輝石の加護がありますからね」
 まったく、加護が邪魔だ。消えてくれれば、もう少し戦いやすくなるのに。
 ロイドは、むきになったのか、さらに咆哮拳を放った。慣れてきたのだろう、不発は少なくなってきたようだ。
 こちらもタイミングを間違って少々かすり傷を負ったけれど、大事には至らない。むしろ鎌いたちを送り返すのが面白くなってきた。真剣勝負というよりも、どこかキャッチボールをしているような感覚。そして……、
 何度か打ち返していると、突然、ロイドの左肩の袖口がスパッと切れた。
「どうしてですか? 加護が働いていない!」焦った声で、ロイドが言う。
「時間が経てば、効力が切れたりするのか?」よく分からないままに尋ねた。
「いや、加護は常に星輝士を守ってくれるものなんです。めったなことでは、失われないはずなのに……」そう言ってから、ロイドは疑わしげな目をこちらに向けた。「リオ様、何かしましたか?」
「何で、そうなるんだよ?」こっちはただ……加護が邪魔だから消えてくれって願っただけで……そんなことで消えたりするものなのか?
「もしかすると、リオ様の力がぼくの星輝石に何かの作用を及ぼして……」
「おいおい、人のせいにするなよ」
 ロイドは、こっちの話を聞いていなかった。「リメルガさんの星輝石には、何の異常もありませんか?」
「当たり前だ」リメルガは腕組みをして、少し考える面持ちになった。「もしかして、咆哮拳とやらを使いすぎたんじゃねえか? 自分でも気付かない間に、力を消耗したのかもな。まったく調子に乗り過ぎだ」
「分かりました。少し休みましょう」
「何だよ、それ?」ロイドの言い草が身勝手だと感じたので、ぼくは反対した。「自分が星輝石の加護に守られているときは、散々こっちを攻撃していたのに、お守りがなくなってダメージを受けると分かった瞬間、戦いをやめるってどういうことだよ?」
「でも、リオ様……」
「でも、じゃない。こっちが今までいろいろ考えて、覚悟も決めて、やっと反撃に移ったとたん、そっちは逃げるつもりか? 星輝士って言っても、その程度の心根なのかよ?」
 一度、言い始めると、それまでの憤りも甦ってきて、止まらなかった。
「大体、正面からのぶつかり合いを避けて、遠くから飛び道具をビシビシ当てるなんて、正義のヒーロー目指している奴のすることか? どう見ても、やっていることがセコいんだよ。お前も正義の星輝士を気取っているんなら、加護とかがなくても、最後までしっかり戦って決着つけようとは思わないのか?」
「……分かりました。お相手します」ロイドはふだんのお茶らけた態度を改めて、これまでにない決然とした表情を見せた。

 ぼくとロイドは、それぞれのコーナーに戻った。
 先ほどまでのキャッチボールめいた雰囲気は消え、最後の激突の前の緊迫感がぼくたちの間に漂う。
 そして、ぼくはリングの中央に突進し、ロイドも変な小細工は考えずに真っ直ぐ挑んできた。
 ぼくの得意技は、フットボール流のショルダーチャージ。ロイドもそれを読みとって、低い姿勢で投げの構えに入っていた。
 一回目は何が起こったか分からない間に投げられてしまったけど、同じ手には二度も引っ掛からない。勢いづいたまま、ぼくは体勢を変えて、スライディングを試みた。このリングで蹴り技を使うのは、これが初めてだ。
 意表を突かれたのか、ロイドはとっさの判断を誤った。下からの攻撃を避けるため、ジャンプしたのだ。一度空中に上がった者は、翼でも生えていない限り、なかなか体勢を変えることができない。それに、ジャンプ力には個人差があっても、落下速度は誰であっても変わらない。
 スライディングの姿勢から素早く立ち上がったぼくは、この試合で初めて、ロイドの体に触れることができた。落下中の体をつかみ、そのままロープに向けて投げ飛ばす。後は、ロープの反動で帰ってきたところを、腕のラリアットで仕留めて終わり。そんな勝ち方を、ぼくは予想していた。
 けれども、ぼくはロイドの反撃までは予想していなかった。
 ロープの反動で帰ってきたのは、無防備な肉体ではなかった。
 ぼくは一瞬、ロイドの体を包むように、巨大で獰猛な狼の姿が浮かび上がるのを見た。これが獣の姿をしたロイドの《気》なのか? 
 不自然な体勢ながら、ロイドはとっておきの必殺拳を発動させた。
天狼旋風拳(シリウス・トルネード)!」
 渦を巻くように回転するロイドの拳が、牙をむき出した狼の幻をともないながら、襲い掛かってきた。
 リメルガの拳以上の衝撃を全身に感じて、ぼくの意識は闇に落ちて行った。


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●作者余談(2012年1月16日、ネタバレ注意)

 カートの訓練を具体的に描く章の後編にして、第2部のアクションクライマックス編。
 この章では、書きたいことを思う存分、書けましたが、作品の完成度としては、「趣味に走りすぎたことで、冗長な部分も多かった」と自覚、その部分をもう少しスッキリさせたショートバージョンも書いてみる。
 ショートバージョンの方も、そちら用の余談を付けてみますが、ここでは、オリジナルバージョンの余談を。

 まず、この章を書く辺りで、第3章の伏線をまず、張っております。

 ここでは無用な品物の数々だけど、自分という人間を見失わないためには大切な拠りどころに思えた。これらを失くさないかぎり、いつか元の生活に戻れるだろうという希望が持てる。

 逆に言えば、そういう拠りどころとなる品を失うことで、元の生活には戻れない、という演出を考えていた、と。そのためのアイテムとして意識したのが、携帯電話ですね。
 ぼくは、あまりうまく活用できていませんが、携帯電話にアイデンティティーを抱いている中高生は多そう、ということで、カートも近未来の高校生なので、携帯電話への愛着は強いだろう、と判断。
 ちなみに、今の自分だったら、それがパソコンになるわけですが。パソコンと、自分の部屋と、書籍の数々と、あとは人間関係が、自分のアイデンティティーの基本になりますね。もちろん、どれか一つというわけではなく分散させているので個々への愛着は比較的薄くなって、何かを失っても他で補うことはできるのですけど、高校生ぐらいだとそもそも持ち物や世界が狭いので、愛着の密度が高く、失うことが相当のダメージになるだろう、とは考えます。
 ただ、失うことは、あくまで「第3部から」であり、第2部の段階では、そういう暗さは薄めようとは考えました。

 落ち込んだりしたときに、サミィ・マロリー&トムキャッツの歌や、ジョン・ウィリアムズやブラッド・フィーデル作曲の映画BGMを聞いたりすると、元気が出てくる。

 ここでは、第3部の伏線として、サミィ・マロリーの名前を出しています。
 セイレーンのサマンサというのは、原案者の雄輝編で、「月陣営の女星輝士」として、ソラークの相方として登場しました。共同企画として、互いの設定へのリスペクトというか、良い形でゲスト出演させてあげるのが創作上の礼儀だとは考えました。もちろん、相手作家の了承を得た上で。
 掲示板上で、「ライゼルといっしょに、サマンサも登場させる」ことは話していましたが、カートにとってのサマンサをどういう扱いにするか、で、「好きなアーティストの一人」という形に設定。そして、ジョン・ウィリアムズ(言わずと知れた『スター・ウォーズ』『インディー・ジョーンズ』『スーパーマン』『ジョーズ』『ET』『ハリー・ポッター』などの作曲家)や、ブラッド・フィーデル(こちらは『ターミネーター』『フライトナイト』などの作曲家)といった実在の人物に交えて、虚構のサミィの名を挙げて、格をつけようかな、と。

 念のため、「サミィ・マロリー(サマンサ・マロリー)」という名前が現実の音楽関係でないかな? と検索してみましたが、それはなし。ただ、ハリウッド女優でもあるコートニー・ラブの結成したバンド『ホール』に所属した女性ドラマーとして「サマンサ・マロニー」という名前を発見。う〜ん、偶然とはいえ、つながったものを感じます。
 さらには、コートニー・ラブの2番目の夫の名前がロックスターのカート・コバーンということも、今、発見して、本作の元ネタではないものの、何だかリンクしたなあ、って気分です。

 そして、伏線として3つのグラス。
 1つは、飲み水用。1つは、カレンの象徴となる黄色い花を生ける用。そして、ジルファーの象徴となる氷のグラス。
 飲み水用と、氷のグラスは第2部の物語にすぐに絡めるつもりでしたが、黄色い花は第3部のネタと温存するつもりでした。どうして、黄色なのか? ということですが、「カレンの金髪」と「紫の補色」ということになります。

 で、そうした伏線も仕込んで、カートがジルファーの「氷を溶かす試練」に挑むわけですが、試練を果たすために、いろいろ薀蓄をこねる、と。
 この辺りの描写、そして、この後のスパーリングは、『リングにかけろ2』を大いに参考にしています。同作は2008年に連載が完結したものの、本章執筆の2010年当時はまだ記憶に新しかったわけで、星輝士のモチーフは同じ作者の『聖闘士星矢』ですが、星矢では訓練シーンはほとんどなく、小宇宙(コスモ)を燃やせば奇跡が起こる世界観(ただし、小宇宙を燃やすまでのドラマ的段取りが巧みなので、ただのルーティンではなく、そこに至るまでのギミックを研究する価値はある)。
 でも、プレ・ラーでは、すでに戦士としての訓練を終えた人間ではなく、素人が成長する過程が欲しかったので、『あしたのジョー』や『リンかけ』をイメージソースに選んだ、と。
 もちろん、本作ではボクシングではなく、つかみ技、投げ技も可能な総合格闘技スタイルですが、これはもちろん、カートが殴り合いの経験がなく、彼の持ち味をはっきり示そうと思えば、「ボールをつかむ」「タックル」といった技がイメージできないとダメ。この辺は、『タイガーマスク』や『キン肉マン』といったプロレス物のイメージも入っています。とりわけ、バトル中に技が失敗するという脱力加減は『キン肉マン』の感覚です。

 さて、バトルの詳細は、ショートバージョンの方に譲るとして、ここではそちらで大幅に省略したロイドの特撮ネタについて解説を。
 プレ・ラーリオスの世界観ソースの一つとして、自分が意識していたのは『獣拳戦隊ゲキレンジャー』ですが、こう言っては何ですけど、自分はこの作品があまり好きではありません。少なくとも、主人公側の描写は気に入るものではありません。その前年の『ボウケンジャー』や翌年の『ゴーオンジャー』は当たりだったんですが、『ゲキレンジャー』はNOVA的には外れの年、に当たります。
 まあ、それでも、いい年した特撮サイトの主としては、「自分の好みじゃないから駄作」という安易な見方をしないよう気を使っていて、「せっかく好きなシリーズの一環として見るのだから、自分が楽しめるネタを探そう」と思ったわけですね。
 で、ゲキの場合は、気に入らない大きな理由が、「主人公側の修業風景が非常に安易」というもの。拳法の修業をテーマにした作品なんですが、本作のカートのセリフにあるように、「遊び感覚の修業」に見えて仕方ない。「修業は楽しく」的な、ゆとり教育にも似たポリシーで、主人公がお気楽に強くなっていくような作風なんですね。
 だから、それと対峙する「敵側のハードな修行描写」の方に感情移入してしまった、と(笑)。つまり、プレ・ラーリオスは「アンチ・ゲキレンジャー」的な要素が強い世界だ、と。ゾディアックは、NOVA的には、ゲキレンジャーの敵の臨獣殿だったりするわけですね。
 よって、首領候補はリオ様だし、変身コードは臨獣殿の「臨気凱装」をもじった「星輝転装」だし(後に星を守護する護星天使の使う天装術をテーマにしたゴセイジャーなる作品も登場して、本作との用語・設定の類似に苦笑したりも)、お遊びはいろいろ仕込んだな、と。

 一方、ロイドは、NOVAと違って、『ゲキレンジャー』の熱いファンという設定。
 よって、NOVAとしては、「特撮ファン」としてロイドに感情移入しつつ、「アンチ・ゲキレンジャー」的な批評精神をカートに込めたりもしていて、いろいろな意味で愛憎入り混じってたりします。いや、まあ、ゲキレンジャーという作品自体が、そういう愛憎のドラマを展開していたわけですが(主に敵側サイドのドラマで)。何だかんだ言って、ヒーロー側に感情移入できなくても、敵側に共感していたわけで、作品そのものは楽しんでいたなあ、と、本作書きながら再確認もしておりました。

 そして、ここでもう一つのネタとしては、ロイドが日本の特撮ヒーローのファンで、カートがアメリカのSFXアクション映画のファンということで、微妙に知識が食い違っていたりします。
 ええと、日本の戦隊ヒーローは、アメリカで追加撮影と編集が行なわれ、『パワーレンジャー』として展開しているわけですが、カートは『パワーレンジャー』の元が日本の戦隊シリーズだということを知らない、と。まあ、変身前の役者が日本人俳優から変更されているので、幼少期に見ていただけだと、そこまで深くはチェックしていないだろう、と。
 また、前述のようにカートの姓オリバーは、『パワーレンジャー』の2代目リーダーのトミー・オリバーに基づくわけですが、本作の作品世界では「カートは、自分と同じ苗字のトミーが格好いい役なので、お気に入りだった」という話になっています。虚構を交えて、いろいろ遊んでいますな。
 さらに、カートの好きな『スター・ウォーズ』の要素を大幅に投入した『パワーレンジャー・イン・スペース』という作品も現実にありまして、これは主人公たちの乗る宇宙船がミレニアム・ファルコン号にデザインが似ていたり、主人公がジェダイの騎士のような超能力を使ったり、日本の原作「電磁戦隊メガレンジャー」の設定を大きく逸脱した話になっています。「デジタル研究会に所属する高校生が、ゲームの腕を見込まれて採用された未来感覚あふれる学生ヒーロー」だったのが、どうして「宇宙征服を考える帝国に反旗を翻す宇宙人と、彼に協力する地球の戦士たちの混成レジスタンスが、地球と宇宙を股に掛ける一大スペースオペラ活劇」にブラッシュアップされたのか。
 この時期と、そして翌年の『パワーレンジャー ロストギャラクシー』の原作改変ぶりは凄まじいな、と。

 なお、この『パワーレンジャー』を撮影してきた特撮監督が、日本に戻ってきて、アメリカン感覚溢れる『仮面ライダーフォーゼ』の基盤を築いた、とか、特撮マニアとしては美味しい情報もいろいろあって、
 ラーリオスシリーズで書きたかったものの一つに、日米の特撮ヒーロー交流ネタも相当あったわけですが、やり過ぎると、カート曰く、

 へえ、そんな話だったんだ、って思わず感心しながらも、ハッと我に返る。このまま、いつまでもマニアックな話を続けそうなオタクを止めないと、大変なことになりそうだ。

 はい、この余談も、本編に負けず劣らず、大変なことになっているような気もするので、この辺で止めよう、と思いました。
 ともあれ、「マニアを自称するなら、自分の作品を解説するに及んで、マニアックな愛が止まらない状態」を示さないとなあ、と思いつつ、自制は必要ってことで。

 ショートバージョンへつづく

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