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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(インターミッション2)

第3部目次
第1部
(接触編)
プロローグ こちらへ
第2部
(覚醒編)
インターミッション1
ハリウッズ・ナイトメア
こちらへ
第3部
(発動編)
インターミッション2
ナイトメア・ウィズイン
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リカバリィ こちらへ
ジャッジメント こちらへ
リーズン・トゥ・リーチ こちらへ
モア・リーズン・トゥ・リーチ こちらへ
クエスト・フォー・ザ・トゥルース こちらへ
クレーブス こちらへ
カレンズ・ウッド こちらへ
ロストドリーム・アゲイン こちらへ
ザ・ファースト・バトル こちらへ
10 エクソダス こちらへ
11 ファイヤー・ボンバー こちらへ
12 ブレイク・ザ・デスティニー こちらへ
13 セイクリッド・ウォー こちらへ
14 クラックト・フレイム こちらへ
15 ブラザー・キラー こちらへ
16 スピリット こちらへ
17 フォーリン・ダークネス こちらへ
第4部
(暗黒編)
インターミッション3
ホーリーウッズ・ナイトメア
こちらへ
第5部
(失墜編)
インターミッション4
ザ・ラスト・ナイトメア
こちらへ
第6部
(鎮魂編)
インターミッション5
デイ・ドリーム


 

IM2.ナイトメア・ウィズイン

 お祖母(ばあ)ちゃんが言っていた。
 悪夢を寄せつけないためには、ドリームキャッチャーを枕元に飾ればいいって。
 小さい頃、ぼくが悪夢にうなされて、眠るのが怖いと言ったときのことだ。

 オリバー家は、伝統的なネイティブアメリカンの血筋を引き継いでいる。
 それでも、都会出身の白人女性と結婚した父や、コンピューター技師の兄は、文明化された事物の方に関心が強く、古い物をどこかバカにするようなところがあった。そのため、年寄りの昔話を家族の中で喜んで聞いていたのは、小さい頃のぼくだけだった。
 お祖母ちゃんは生前、ネイティブアメリカンの伝承の研究をしていたそうだ。どちらかと言えば勉強嫌いのぼくが歴史には割と興味を持っていたのも、そんな昔話の影響が大きいと思う。
 お祖母ちゃんの死後、現実と迷信の区別ができるくらいの年になると、昔話の多くも忘れてしまっていた。けれども、こうしてゾディアックと関わって、何が現実かの境界線が曖昧になってくると、蘇ってくる思い出もある。
 その一つが、悪夢を払う呪物飾りドリームキャッチャーだ。
 オリバー家に伝わる呪物飾りを、お祖母ちゃんは眠れない孫のために用意してくれた。たわいない子供のおとぎ話だったけど、疑うことをまだ知らなかったぼくは、お祖母ちゃんの言葉を信じて、安らいだ気持ちで眠ることができた。
 その形は、クモの巣のような網に羽毛が取り付けられた簡素なもので、悪夢は網に引っ掛かって、良い夢だけが羽毛を伝って寝ている者に舞い下りるそうだ。適当な材料さえあれば、自分で作ることもできたかもしれない。

 けれども、その夜、ぼくにはもっと強力な呪物飾りがあった。
 それこそが、《気》の力を導く星輝石。
 試練の末に手に入れたばかりの宝石飾りは、ドリームキャッチャーの代わりに悪夢を寄せつけないだけでなく、それ以上の思いがけない働きを示した。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 忍び寄る影の気配を感じたのか、どうか。
 それすら分からないままに、ぼくの意識、いや無意識は、ふんわりと浮かび上がって、そこに至った。
 (ほの)かに暗い通廊を、静かな、それでいて確かな足取りで歩む人影。
 背後からそっと触れると、さしたる抵抗もなく融けこむことができた。
 体の主は一瞬、違和感を覚えたかのように立ち止まり、辺りの闇を確かめるかのように、数度まばたきした。
「気のせいか」
 小声でつぶやいたのは、自分とは異なる、やわらかな声質の響き。それが自分の唇から発せられたような錯覚を感じ、少しドギマギした想いに駆られる。
 そっと隠れるように、意識だか無意識だかを、体の奥に沈みこませた。
 すると、その肉体の感じていることを、自分の体験のように受け取ることができるようになった。
 たぶん、星輝石の力に導かれるままに、よく分からないながらも、力を行使していたのだろう。ジルファーの氷を無意識で溶かすことができたときみたいに。
 自分と異なる体に憑依(ポゼッション)し、その言葉と振る舞いをただ観察する。夢のようにも思える現象だけど、それが現実の経験であることは、本能的に確信していた。そして、その確信が正しかったことは、遠からず判明することとなる。

 体の主は、少し戸惑いを示した後で、気を取り直して歩みを続けた。
 どこに向かうか、ぼくには分からなかったけれど、成り行きに任せることにした。体感ゲームよりも、むしろ主観視点のカメラワークを使った3D映画のような感覚だった。主人公の行動に干渉せずに、ただ一体化してリアルに出来事を体験するだけ。夢よりは現実に近いと感じるものの、どこか遠い世界の出来事のように。
 暗い通廊の背景が、余計に現実感を乏しくさせているのかもしれない。
 けれども暗がりの中、歩を進めるうちに、やがて、視野に違うものが入った。
 一つの扉の前で足を止める。
 すっとノブに手を当てる。
 ノブを回したのは、いつも感じる自分のものより、小さく繊細な指先。
 自分がやると不器用でガタガタ音を鳴らさないと済まないだろうけど、何のきしみもなく、扉は開いた。
 ぼくの部屋と変わりない大きさの個室は、薄暗い蝋燭(ろうそく)の明かりで照らされていて、何かの呪詛を唱える陰鬱な声が漂っていた。
 体の主は臆することなく、中に足を踏み入れ、後ろ手で扉を閉める。夜風のように、あまりにも滑らかな動作に感心させられた。
 部屋にいた人物が気付くのに、若干の間があった。作業に集中していたらしい黒ローブの人影が、驚いた表情でこちらを見る。
 知った顔にぼくも少し驚いたが、体の主は意にかけることなく、無造作に呼びかけた。
「うかつね、バトーツァ」
 ぼくには発音しづらい名前を、なめらかに口にするその声音で、憑依している相手が女性だとはっきり分かる。
「あ、あなた様は……?」
 影の神官バァトスの問いに、女性は瞳を大きく見開いてから、いたずらっぽく唇を歪めて見せた。ぼくには見えないが、おそらく魅惑的な微笑を浮かべていたのだと思う。
 バァトスは、髭面に理解の色を浮かべて、(うやうや)しく会釈した。
「わざわざ、こんなところにおいで頂けるとは、我が師よ」
 その瞬間、ぼくは気付いた。
 女性が影の星輝士ナイトメア、またの名をトロイメライだということに。
 以前、ぼくの夢の中に侵入していた彼女だったが、今度はぼくの方が、彼女の中に侵入を果たしていたのだ。

「もう少し、周りに敏感になることね。扉が開いても、まるで気付かないなんて」トロイさんの口調は、弟子の神官に対して辛辣(しんらつ)だった。
「はっ、しかし……このように音もなく扉を開けられるとは思いもよらず……」バァトスはただただ平伏していた。「まるで影が忍んだような鮮やかさは、さすが影の星輝士の名に恥じぬ……」
 慇懃だけど下手な言い回しの、おべんちゃらめいた言い訳が聞き苦しい。
「お黙りなさい」同じように思ったのか、バァトスの口上を、トロイさんは静かな叱責で終わらせた。「忍べるのは私だけではない。どこで誰が、お前の行動を監視しているか分からないのよ」
 確かにそうだ。まさか、ここでぼく、カート・オリバーが見聞きしているとは思わないだろう。
「イカロスや、ファフニール、それに他の者たちには気付かれていないでしょうね」
「そ、それは抜かりなく……」
 イカロスは、風の星輝士ソラークのコードネーム。ファフニールは、確か氷の星輝士ジルファーだ。
 ぼくが記憶を確認している間に、バァトスの話は続いていた。
「ソラーク殿は誠実で、謹厳実直な方。そうそう人を疑うようなことはしません。氷めはうるさく詮索(せんさく)して来ますが、大丈夫、我らの計画は漏れていませんとも。気付くことがあるとすれば……」バァトスは暗い色の目を細めて、こちらを見た。「神官の修業をしたことのある娘ぐらいですが……」
「確かに、太陽の星輝石に異常があれば、最初に気付くのはワルキューレということになるわね。それはつまり、彼女が話さないなら、私たちの秘密はそう簡単に公にはならないということ」
 ワルキューレとは、森の星輝士カレンさんのことだと思い出す。
 でも、一体、何の話をしているんだ?
 太陽の星輝石に異常だって?
「警戒は怠らないようにした方がいいのでしょうな」バァトスは、こちらをじろじろ見ながら、つぶやいた。
 一瞬、ドキリとしたけれど、ぼくの存在に気付いているわけではなさそうだ。
「それで、どうなの? 儀式はうまく進んでいるのかしら?」
 自分の唇から漏れたように聞こえるトロイさんの言葉と、バァトスの応答に、ぼくは改めて集中した。
「それが……やはり、私めの魔力では、太陽の星輝石を《闇》に染めることは難しいと存じます」
「それでも続けなさい」冷たい声は、悪夢の使い(ナイトメア)そのもののように響いた。「完璧であることは望んでいない。ただ、光の石を闇に馴染ませるだけでいいの。そうすれば……」ぼくは、ナイトメアの唇に合わせて、次の言葉を言い放った。「人と石の中の《闇》がうまく織り成したとき、ラーリオスは《暗黒の王》として覚醒する!」

『それはダメだ!』
 ぼくは、自分が潜伏していることを忘れ、思わず強い思念を発した。
「何だ?」
 体の主は、夢で見たような冷淡な仮面ではなく、心底とまどったような表情を浮かべたのだろう。
「どうかされましたか?」バァトスが怪訝(けげん)そうな顔を向ける。
「……本当に、気取られていないのでしょうね?」ナイトメアは疑いの目を神官に向けた。「ここに来る直前から、誰かに見張られているような気がする。私たち以外に、もう一人、気配を感じるんだけど」
 ぼくは彼女に見つかることを怖れて、もう一度、肉体の奥に意識を沈めようとした。他人の夢の中に侵入することができるナイトメアだけど、まさか自分の体の中に潜入されているとは思いもしないのだろう。だけど、一度、その可能性に思い当たったとき、おそらく、ぼくはあっさり見つけ出される。そうなれば、どうなるか知れない。
 ぼくはただ見つからないように願った。

 バァトスは落ち着かなげに周囲を見回しながら、何かの呪文を唱えた。そして報告する。
「大丈夫です。この部屋に《気》その他の力による監視の術は一切、届いておりません。感じる力は、私めの知る物品以外では、我が師、あなた様ぐらいです」
 その言葉に、ぼくは警戒した。
 確かにバァトスの言葉は間違っていない。監視しているものは、彼の指摘した当の肉体に宿っているのだ。そのことに、ナイトメア自身が気付くかどうか。
「……少し神経質になり過ぎているのかもしれないわね」
 その言葉をナイトメア自身が口にしたとき、ぼくは心底ほっとした。
「だけど、あなたがイカロスやファフニールを過小評価しているのは、気に入らないわ。イカロスはああ見えて、裏切りに対しては神経過敏なところがある。それに、奴の背後には、バハムートがいる。星輝士筆頭の彼奴が何を考えているかは、私にも分からない。うまく味方に引き込めればいいのだけど、今はまだ、うかつに手の内をさらすわけにはいかないの」
「心得ました」バァトスは一言、こう応じた。
「あとは、ファフニールね。最近は、露骨に探りを入れてきているわ。奴とメル・ゴーヴ、それからカミザという東洋人が、共同で遺跡の発掘作業に当たってきたことは知っているでしょう? その際、封印された《闇》に関する情報を知り得た可能性があるの。彼らが《闇》について探りを続けるなら、私たちの計画も妨害されかねない。いずれ彼らも真実を知るでしょうけど、その前にこちらは決定的な力をつけなければならない。そのために……」
「ラーリオスかシンクロシア、あるいはその両方を手に入れるのでございますな」バァトスが陰鬱な顔に似つかわしい、凄みのある笑みを浮かべた。

 会話の内容からすると、二人はゾディアックという組織の内部において、陰謀を企んでいるらしい。まるで、お気に入りのSF映画の舞台になっていた銀河共和国で、善良そうに装っていた元老院議員パルパティーンが、その裏でシスの暗黒卿として暗躍していたように。
 ぼくは星輝石の導きで知り得たこの事実を、ジルファーやカレンさんに知らせなければいけないのではないか?
 それには一刻も早く、今いる肉体を抜け出して、自分の体に戻り、そして……ぼくは自分本来の肉体の状態を思い出して、内心ため息をついた。怪我でベッドに横たわったままなのだ。まずは、動くに動けない状況を何とかしないといけない。
 自分の体が使えないなら、今いる肉体はどうだ?
 ぼくが幽霊(ゴースト)のような存在で、他人の体に取り憑いているのなら、それを乗っ取って意のままに動かすこともできるのではないか? 
 もちろん、それはナイトメアの精神との直接対決を意味する。
 勝てるのか? 
 ナイトメアは、他人の夢に自在に侵入できるのだから、精神戦闘の達人なんだろう。それに比べて、ぼくは憑依という初めての経験に戸惑っている素人に過ぎない。そんなぼくの唯一の利点が、彼女たちに気付かれずに会話を盗み聞きしていることだけ。
 自分の利点は最大限に活かさなければいけない、と兄貴も言っていた。わざわざ自分から有利な地形を捨てて、正面突破を試みるなどバカのすることだ、とシミュレーションゲームのフィギュアを動かしながら解説していたことを思い出す。そんな面倒くさいゲームは、ぼくの好みじゃなかったけど、兄貴はしばしば新しいシステムのゲームを買ってきては、試しプレイと称して、ぼくに付き合わせた。そして、ゲームで勝つためのセオリーなんかを。悦に入って語り出すのだ。
 現実は、ゲームとは違う。けれども、現実が自分にとって未知の世界に踏み込んで、対処が困難になったとき、ゲームで学んだ教訓というものが役に立つこともある。

「ラーリオスは、確実に力を付けている」ナイトメアのその発言に、内にこもっていたぼくの意識は引き戻された。
「今夜、夢の接触を試みたの。けれども、侵入できなかった。どうやら、無意識のうちに星輝石の力を使いこなしているみたいね」
「いまだ、ろくな訓練もしていないのに、ですか?」バァトスの表情は驚きに満ちていた。「精神防壁(マインドブロック)など、よほど習熟した上でないと修得できないでしょうに」
「事前に何度か接触していたのが、裏目に出たみたいね。よけいな警戒心を抱かせてしまったみたい。あの坊やはどうも星輝石の力を本能的に操作できる才能があるようなの。理屈とか意識とかそういうものを経なくても、反射的に力を発揮してしまう。その分、能力の発動は早いけど、確実性に欠ける。おそらくは、自分でも何をしているか分からないままに、できてしまうのじゃないかしら」
 坊や呼ばわりは心外だけど、ナイトメアの分析は、かなり正しいと思う。おそらく、あらゆる手段を駆使して、こちらのことはいろいろ調査しているんだろう。
「それでは、これ以上の接触は困難……ということですか?」バァトスの表情はどこか不安げだった。
 一見、髭面に隠されがちだけど、この男は実のところ、感情を顔に出さないポーカーフェイスというものができないらしい。どこか不気味で、あまりじろじろ見たい顔ではないけど、あえて観察するなら、感情の動きが丸分かりだ。分かりやすさは、陰謀を企む策士向きとは言い難いと思う。
「他の手を考えるわ」ナイトメアは、フフッと笑みをこぼしながら言った。「少なくとも、星王神信仰に凝り固まったシンクロシアよりは、私の話に耳を傾けてくれる。学習能力は高くて、より柔軟に物事を受け止めることができるようだし。まあ、多少、善悪観とか子供っぽいところがあるけどね」
 誉め言葉の中に含まれた多少の毒に、少し気落ちする。自分の口ではないけども、そのようにも感じとれる唇から紡がれれた声音。それは、どこか自虐的な感情をそそり、外と内から責められている気持ちになる。他人の体の中で、自分の噂話を聞くような経験は、めったに味わえるものではない。
「ともかく、ラーリオスが味方になれば、その後の展望が見えてくる。あの子を通じて、シンクロシアを引き込むことができれば望ましいのだけど、無理なら、ラーリオスを勝たせることに私たちは全力を尽くす。坊やとしては、シンクロシアと戦う道は避けたいのでしょうけど、仕方ないわね。星王神が望む試練なんだから。それを拒むなら、私たちに賛同するしかない」
 ナイトメアの言葉に、ぼくは戸惑った。
 シンクロシア、つまりスーザンと戦うだって?
 唇と耳からすっと入ってきた話に、思考がついて行かず、意識がかき乱された。不安定な記憶がおぼろげに浮かび上がる。
 ぼくは夢の中で、スーザンと戦い、そして……殺した。そう、夢の中、現実ではない。けれども、未来を予知するような生々しい感覚に満ち溢れていて……。
 意識を失いかけたのを感じ、無理矢理、湧き上がる記憶を押さえ込んだ。今の不安定な状況で、自分を見失うのはあまりにも危険だ。

「それで、シンクロシアの方はどうなっているので、ございますかな?」
 バァトスの質問が、ぼくの注意を引きつけた。
 そうだ、夢なんかじゃなく、現実のスーザンが今どういう状況にいるのか、そっちの方が大切だ。
「向こうにも直接、手は出せないわ」ナイトメアがゆっくり噛みしめるように告げた。「以前、夢の中で、坊やが衝動的に接触を持とうとしたの。シンクロシアは拒み、ラーリオスと対決した。結果はどちらも心に傷を負い、夢による接触を遠ざけるようになった。シンクロシアは対処の方法を知っている分、二度と私の接触を受け付けようとしないでしょうね」
 ぼくがスーザンの心を傷つけた。改めてナイトメアの言葉から、その事実を聞かされたことで、魂がむせび泣くような想いに駆られた。自分の体なら、胸が張り裂けそうになる想い、と言うところだけど。
 ぼくの心が悲しんでも、宿った肉体は何ら反応を示さないようだ。憑依状態では、肉体から心への刺激はあっても、心から肉体への刺激は伴わないらしい。それとも、憑依が不十分だからだろうか? もしも、完璧な憑依であったなら、肉体はぼくの気持ちに反応して、涙を流したりするだろうか? 
 
「鍵となるのは、パーサニアかしら」
 違う単語が、内にこもりがちな意識を再び呼び起こした。
「ファフニールですか?」
「弟の方よ。炎の星輝士ライゼル・パーサニア。シンクロシアの守護輝士をしている」
「コードネームは、確かレギンでしたな。英雄ジークフリートをそそのかして、ファフニールを殺害させたという……」
「神話の予言がそのまま当たるとは思わないけど、何かの象徴を暗示しているのは確かね。パーサニアの弟は、強い憎悪と欲望の念を抱いているみたい。《闇》に誘うのには、うってつけだわ。将を射るには、まず周りの駒を落とす。それが鉄則ということよ」
「ククク、ファフニールめが痛い想いをするのは大歓迎ですな」バァトスがにやりと笑った。「こちらはどういたしますか? ラーリオスの周りの邪魔な星輝士、ゴリラやチビ犬どもを何としても排除しておいた方が……」
「よけいな真似はしないことね。それよりも、自分の仕事に専念なさい。儀式の準備を司り、太陽の星輝石を預かっているのだから、その立場を失うような危険は犯さないで。それでなくても、あなたはラーリオスに警戒されているのだから」
「そんなバカな」バァトスはうめいた。「私は、ラーリオス様に対しては、丁寧に振る舞っております。ゆめゆめ疑われるようなことは、しておりませぬ」
 ナイトメアがため息をついた。ぼくも同感だった。バァトスは、己の言動が他人にどういう印象を与えるか、自覚していないようだ。物腰は丁重だが、どこか慇懃無礼に見える仕草が鼻につく。自分を知らない、というのは、他人の目からは滑稽に見える一方で、本人にとっては不幸極まりないと思う。
「あなたの態度は、芝居がかっているのよ。もっと自然に振る舞えないの?」呆れた口調で、ナイトメアは指摘する。
「自然な演技でございますか? こう見えても私、ゾディアックに入る前は、芝居小屋にいたこともありまして、演技には自信がございます」
 誇らしげに胸を張るバァトスに対して、
「そんなことはいいから、よけいな芝居ッ気は捨てなさい、と言っているの」
 ナイトメアはとりつくしまもなかった。
 ガストン・ルルー辺りの作品なら、この神官も主役を張れるかもしれない、と、ぼくはぼんやり考える。黒マントの怪人役ならぴったりだ。

「ところで、我が師よ」しばしの気まずい沈黙の後で、芝居小屋出身の怪人が口を開いた。「先ほど、もう一人の気配を感じるとおっしゃられていた件ですが、もしかすると……」
 年若い美人女優を愛でるような目で、じろじろとこちらの体を見回す。ぼくは、思わずあえぎ声を漏らしそうになった。
 こいつ、ぼくのことに気付いたのか? それとも、この体に何か好色な下心でも抱いているのだろうか? 尋常ならざる目つきで、こちらを見据える神官に対して、警戒信号が発令した。
「余計な心配よ」ナイトメアはぴしゃりと言った。「今は安心して眠っている。目覚めているなら、すぐに分かるはず。仮に気付いたとしても、私の手の内にいるのだから。無用な疑念は捨てて、どうすれば上手く協力していけるかを考えなさい」
「しかし、自分の体のことは、自分ではよく分からないこともありますからな。ここは、もう少し慎重に観察された方が……」
 何を言っているんだ、こいつは? 
 神官の黒い瞳は、欲望にギラついていた。弟子が敬愛する師匠を見るような色ではない。もっと下卑た情念を感じ、全身に鳥肌が立った。
 この男とナイトメアの間には、師弟以上の親密な関係があるのでは? 
 偏見かもしれないけど、バァトスみたいな輩なら、聖職者の立場には似つかわしくない背徳行為も、平気で行いそうだ。
 一方のナイトメアは、肉感的とは言い難い、華奢な少女めいた体つきに反して、身に付けた雰囲気や態度は妖艶な大人の女性を感じさせる。夢で対面したときは、美しいけれども神秘性や警戒心が先立って、さほど異性としての魅力は覚えたりはしなかった。それでも、今は視点が違うからだろうか、あるいはバァトスの視線にさらされたからだろうか、急に自分が魅力的な資質をもった異性の肉体に宿っていることを、はっきり自覚した。
 先ほどの悲しみには反応しなかった肉体が、(たか)ぶった気持ちには応じようとしているのか? 何だか、急に暑くなってきた。
 喉が渇いて、思わず舌で唇を()めたあと、ゴクリと唾を飲み込む。
 さっきまでは他人の体のように感じていたのに、今は同調(シンクロ)率が高まっていることを悟る。決して歓迎すべきことではない。すぐ近くに嫌らしい男がいる夜の部屋で、か弱い女性の肉体にいることがこれほど心細いとは思いもよらなかった。
 仮に、師弟の(むつ)み事がいつものことであっても、それは自分のいないところでやってほしい。ぼくには、髭面の陰気な男に抱かれて喜ぶような趣味はない。
 すぐに、この場から逃げないと。
 ぼくは、ナイトメアの意識に見つかる危険よりも、心の貞操の危機の方を強く感じて、思念を肉体から放そうとした。入るときは簡単にできたのだから、出る方もすぐにできると思っていた。
 甘かった。
 幽体離脱という芸当が、それほど簡単なものでないことを、ぼくは知った。自分の肉体から魂だけ抜け出すことが普通の人間にはできないように、他人の肉体であっても、そう簡単に出入りできるものではないのだ。一度、肉体に囚われてしまうと、クモの巣に捕まった蝶のようにべったり縛られてしまうものかもしれない。

「我が師よ、どうされましたか?」
 バァトスが不審げな表情を浮かべた。さっきまでの好色そうな目つきは消えていたので、ホッとする。
 ぼくの意思に反して、繊細な右手が動き、額を押さえる。頭痛に耐えるような仕草だと思ったけど、唇からは苦悶のあえぎ声ではなく、クスクスと忍び笑いが漏れ聞こえた。
「バトーツァ。あなたの指摘は正しかったみたいだわ。この体には、もう一人いて、さっきから私たちを監視していたの」
「すると、やはり娘が?」
「違う。坊やよ」
 ナイトメアに気付かれた!
 ぼくは慌てて、自分の体に戻ろうと念じたけれども、どうやっていいか分からない。一度、溶かした氷のグラスをもう一度、溶かすのに、試行錯誤を重ねたように、幽体離脱や憑依といった技も、じっくり時間をかけて練習しないと、決して使いこなせないのだ。何の偶然か、たまたまうまくいった行為を自分の能力と勘違いしていたら、痛い目にあう。
 ぼくの思念がもがいている間に、ナイトメアはバァトスに告げた。
「体の方は任せるわ」
「喜んで」ニヤリと笑みを浮かべる神官の表情を見て、すかさず付け加える。
「決して、好きにしないことね。命を失うことになるわ」
「そ、そんなつもりは! 御心に反しないよう、自重します」師匠の脅迫に慌てふためきながら、バァトスは平伏した。
「すぐに戻るわね」

 影の師弟の短いやり取りをちらっと聞き取った瞬間、ぼくの視界は暗転した。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 鮮烈な血の臭いと、灼熱の炎が、ぼくの世界を覆っていた。
 赤と黒の色彩(ビジョン)が、魂を染め上げようとする。
 肉体から解放された意識は、時として妄執めいた想念(イメージ)を抱え込み、呪われた亡霊として特定の場所や人物、物品に捕り憑き続けるのかもしれない。満たされない何かを永劫に求めながら。
 この時のぼくは、正にそのような状態だった。憑依した肉体から無理矢理、引きはがされ、だからと言って自分の体にも帰ることができず、現世(このよ)陰世(あのよ)狭間を漂う存在。
 このままだと、どうなるだろう? 
 カート・オリバーの肉体は、ベッドに横たわったまま、意識不明の状態。おそらく、胸の傷が原因と診断されるんじゃないか。傷は治っても生命力が維持できず、治療もむなしく昏睡状態の末に……。
 期待されたラーリオス様は、試練の前に軽い練習試合のせいで、あっさりと……。
 物語としては、これほど間抜けで盛り上がらない話はないけれど、現実とは案外そういうものかもしれないな。
 いっそ、ここで、ぼくの物語を終わらせて……と、ぼんやり他人事のように考え始めたところで、違う想念(イメージ)が浮かび上がった。
 青白い月と、緑の森。
 ふわふわとあてもなく彷徨(さまよ)っていた魂は、明確な場所を探し当てて舞い戻った。

 うっそうと茂った暗い林間地、月明かりに照らされた澄んだ泉。
 そこは、夢の中でぼくがスーザンを殺した場所だった。
 闇の森の冷ややかな大気が、ぼくの火照った魂をゾクリと()まさせる。
 これは誰の夢だろう? 
 ぼく?
 スーザン?
 それとも……、
「ようやく見つけましたよ、ラーリオス様」
 茂みの向こうから姿を現したのは、黒ローブの女性。ナイトメアだった。
「もう少しで、取り返しがつかなくなるところでした。あまり世話を焼かさないで下さいね」薄い紅色の唇が、にっこりと妖艶な笑みをこぼす。
 先ほどまで自分が宿っていた肉体の持ち主が、そこにいるとは思えなかった。視点が変わったからかもしれない。こちらが思っていたよりも、ナイトメアの体は小さく、華奢に見えた。それは、自分の姿が本来の無骨で大柄な肉体をとっているから、感じることなのか。
 もっとも、今いるのは夢の中だ。だったら、その姿が本来のものとは限らない。もしかすると、本当のナイトメアは、年齢不詳の妖精めいた少女ではなく、現実的な印象の大人の女性、あるいは、もっと熟年なのかもしれない。自分が宿っていた体の感覚を思い出そうとしたけれど、バァトスの部屋で鏡を見たわけでもなく、うまく姿を想像できない。
 思い出されるのは、ほっそりとした手と、頭の中で想像した唇の動き、冷たく妖艶な表情のみ。せめて、バァトスの瞳がもっと澄んでいれば、相手の瞳に映った姿を目視できたかもしれないけど、神官の目は情欲に濁っていて……思い出したくもない記憶が蘇ってきたので、慌てて思考を締め出す。
 記憶の中の肉体よりも、今のナイトメアの姿に意識を集中した。
「あ、ああ、トロイさん。こんなところで会うとは思わなかったよ」我ながら白々しいと思いながら、なるべく何事もなかったように平静を装った。「ここはどこ? 誰かの夢?」
「茶番はよしましょう」あっさりナイトメアはそう言った。「あなたは、今夜、いろいろなことを目撃した。一体どうやったのかは知らないけど、アストラル投射の技まで使って、バトーツァとの会話を盗み聞きした。それは間違いないことよ」
「え、ええと……」鋭い視線に射すくめられ、言いよどんでしまう。何だか、自分が先ほどのバァトスの立場になったようだ。「い、いろいろ、よく分からないんだけど……たとえば、アストラル投射って何?」
 本当に分かっていなかった。何だかオカルト用語って感じはするんだけど、そういう世界に、ぼくは詳しくない。
「アストラル……簡単に言えば、物質的な肉体と異なる魂のことよ。幽体と言いかえることもできるし、《気》の力にも関わってくる。星輝士に関係する基礎概念。そんなことも知らないのに、力を使ったというの?」
「だって、ぼくは星輝石をもらったんだし、それぐらいできても不思議じゃないでしょ?」
 ナイトメアは、右手で額を押さえた。先ほどと同じ仕草だ。苦悶のあえぎ声ではなく、ため息をもらしてから、不意にクスクスと笑い声を発する。困惑したときに、笑うことで気持ちを切り替えるのが、彼女の流儀かもしれない。
「無知というものが、これほどとはね。カート・オリバー、あなたは何も知らないバカだけど、その才能はとてつもないものを秘めている。ラーリオス様とか、そんな称号はどうでもいい。星輝石に対する天賦の才だけで、十分仲間にする価値があるわ」
 ほめられているみたいだけど、あまり、しっくり来ない。
「ぼくはバカじゃない。確かに無知かもしれないけど」とりあえず、そう答えておいた。
「無知なら、学べばいい。私の弟子になれば、いろいろ教えてあげるわ」
「いろいろって?」思わず聞き返した。
「いろいろよ」ナイトメアは、意味ありげな視線でこちらを見た。「あなたの期待することも含めて」
 その瞬間、ぼくはバァトスと同じような目をしていたのかもしれない。何で、あんな奴と同じことを考えないといけないんだ? と自分を恥じ入りながら、赤面しているのを感じた。夢の中で、そういう感情表現が可能として、だけど。
《闇》の師(ダーク・マスター)はいらない」動揺する気持ちを静めながら、かろうじて、そう言った。「ぼくには教えてくれる人がいるから。ジルファーとか、リメルガとか……それに、カレンさんとか」
「ワルキューレ……。ふ〜ん、シンクロシア一筋と思っていたけど、あなたも意外と隅に置けないわね」
「ちょ……ちょっと、何を勝手なことを……」
「アストラル投射までして、女性の体に入る。これが何を意味するか分かる?」ナイトメアの黒い瞳が艶然と煌めいた。
 ぼくは後ろめたさに駆られて、何も言えない。
「満たされない衝動……とでも言えばいいかしら?」
 それは否定できない。でも、反論の余地はあった。
「そういうことなら、あなたの体をわざわざ選んだりはしない!」そう断言した。ナイトメアの瞳を正面からにらみ返し、意を決して叫ぶ。「星輝石がぼくを導いたんだ。あなたとバァトスの陰謀を知らせるために。ラーリオスを《暗黒の王》として覚醒させる、だって? そんな企てに乗ると思うのか? 全て、ぶちまけてやるさ。ジルファーやカレンさんに知らせれば、きっと止めてくれる」
「……無理よ」ナイトメアは目を細めて言った。「以前も言ったはず。夢で見た話なんて、誰も信用しないわ」
「そうかな」ぼくは不敵に笑った。「試してみないと分からないさ。ジルファーは、《闇》について調べている。ぼくの話に興味を持つかもしれない。カレンさんは、神官の修行をしているから、太陽の星輝石の異常に気付くだろう」
 そう、バァトスとの会話から知ったことを考え合わせると、2人がぼくを信用する余地は十分にある。逆に言えば、ナイトメアの言葉に惑わされて、この秘密を誰にも伝えようとしないこと、それこそ相手の目論見なのだ。
「やっぱり、はっきり聞いていたのね」ナイトメアの目が見開かれた。「侮れない子」
 たぶん、ぼくはミスをしたのだと思う。本当は、相手に自分の持っている情報をさらけ出すべきではなかったのだ。何も知らないふりをして、相手に油断をさせて、この場をうまく逃れた上で、行動に移るべきだったのだろう。相手の秘密を知って暴露するなんて宣言をするのは、刑事ドラマや探偵物語では口封じをされる被害者そのものの愚行じゃないか。
 でも、ぼくはここで口封じされるわけにはいかない。
 どうすれば、切り抜けられる? 
 ぼくは、自分の肉体の近くにある星輝石を手繰り寄せようとした。ナイトメアに打ち勝つには、石の力が絶対に必要だ。精神防壁(マインドブロック)なんかで、相手の干渉を封じることができれば……。
「本気で戦う気?」ナイトメアは、警戒心を露にした。
「ああ」ぼくは意思を強く持って、うなずいた。たぶん、精神戦闘の極意は、心の強さだ。弱気になって、ひるんだら、相手に飲まれる。今さら無力なふりをして、お目こぼしをしてもらおうと思っても遅い。虚勢でも、はったりでも何でもいいから、相手に隙を見せないことだ。
 ぼくは、自分の中の強さを全て注ぎ込むつもりで、拳を握りしめ、足を踏んばった。尊敬するハードボイルド探偵や、ジェダイの騎士や、リメルガ似の殺人サイボーグや、ロイドの放った狼のイメージを思い浮かべた。ジルファーの氷を溶かしたときの感覚、カレンさんの癒しの技を受けたときの感覚など、《気》を使う手がかりを甦らせようとした。
「ずいぶんと好戦的なこと」ナイトメアは、そう言って数歩引き下がった。「私の目的は、あなたと戦うことでも、強制的に何かをさせることでもない。あなたの心を破壊して、傀儡(くぐつ)にしても仕方ないしね。ラーリオス様が望んで、《闇》を受け入れるのを待つようにするわ」
「抵抗してみせるさ」ぼくは油断なく、相手の挙動を見据えた。不意を突いて攻撃したり、何かの怪しい術を使って記憶を操作したりしないか、と警戒したけれど、それができるなら、とっくにしているだろう、と思えた。
「お手並み拝見……と言いたいけど、三つだけ忠告しておくわ」ナイトメアはあくまで実力行使でなく、言葉だけで応じるようだった。それも彼女の流儀なのだろう。直接手を下すのではなく、(から)め手を駆使するのが。
 ぼくは無言で、彼女の言葉を待った。
「一つ、アストラル投射は使わないこと。今回は、私が拾い上げたから帰って来れたけど、自分一人だと魂の迷子になってしまうのがオチよ」
 確かにそうだろう、という自覚はあった。
「そのことには感謝した方がいいんだろうな」ぼくは軽く頭を下げた。礼を失するつもりはない。
「二つ、ワルキューレを信用しないこと」
「どういう意味だ?」ぼくは思わず問い返した。
「いずれ分かるわ」ナイトメアは意味ありげな微笑を浮かべた。
「それは、お前が星王神に敵対しているからか? ぼくがカレンさんを信じたら、都合が悪いからじゃないのか?」
「男にとって、女はいつもミステリアスってことよ」
 たぶん、はぐらかされたんだ、と思う。ナイトメアの物言いは、ハードボイルド物に出てくる、いかにもな悪女って感じで、物語(フィクション)の上では嫌いじゃない。大人の男女のスタイリッシュな会話の応酬は、どちらかと言えば好みだ。ただ違うのは、ぼくの方が、その言葉を風雅に受け流して、格好良く決められるほどタフじゃない、ということだろう。相手が何を言おうが、自分の生き様を貫き、小さなことには流されないだけの自制心をぼくは望んだ。
「三つめは?」
「自分の望みは大切にしなさい」
 その言葉とともに、ナイトメアはふっと木陰に姿をくらませた。
 拍子抜けした気分で、ぼくは一人、月明かりの下にたたずんでいた。ナイトメアの残した三つの忠告を数え上げ、相手の真意をいぶかしく思っているうちに、やがて眠りの時間が過ぎ去って行った。

 お祖母(ばあ)ちゃんが言っていた。
 ドリームキャッチャーが悪夢を捕まえてくれるって。
 でも、ナイトメアは捕まらず、ぼくだけが悪夢の牢獄に囚われたような気分がしばらく尾を引いていた。


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●作者余談(2012年5月25日、ネタバレ注意)

 さて、第4部を7章までアップしたところで、自分の内面を整理するための後書きです。

 この第3部は、起承転結における「転」に当たる部分で、書き手としては、ミステリアスな部分や、熱血な部分や、思春期な少年の悩みなど、いろいろ駆使して書けたと思います。
 『レクイエム』内では、エンタメとして一番、乗って書けた部分ですね。

 『レクイエム』は、もちろんカート・オリバーの物語で、彼の成長と転落、そして、そこからの再生と、想いの継承なんかが書けたらいいな、と考えています。
 同時に、第4部は、ヒロインとしてのカレン・アイアースをフィーチャーする流れを意図していたのですけど、彼女のキャラ背景が「ラノベとしては重い部類」に入ってしまい、その結果、作品そのものがカート同様に、「成長と転落」の流れに来ているように思えます。
 果たして、この後、うまく「再生と継承」まで持っていけるか。

 そういう気持ちも踏まえながら、第3部を読み直してみます。

>お祖母ちゃんが言っていた。

 特撮ファンなら分かる、「仮面ライダーカブト」の決めゼリフからスタート。
 ラーリオス企画の元ネタの根幹には、「聖闘士星矢」と「仮面ライダーBLACK」があるのですが、「太陽」というキーワードだと、BLACK以外に、カブトも挙げられるわけです。
 カートという主人公名も、カブトに通じる……なんてことは、今、書いていて思いついた次第。

 世界観的には、カブトの作品ストーリーそのものよりも、主題歌の歌詞の方を強く意識しています。

 「君が願うことなら 全てが現実になるだろう 選ばれし者ならば♪」で始まり、未来への暴走とか、加速したスピードで誰も付いて行けなくても突き進んでいく孤高さとかを、表現した歌詞を要素だけ抜き出したりも。
 ただし、カート自身は、カブトの主人公の天道と違って、孤高をよしとせず、「人の絆」に執着する面があって、孤立しがちな王の立場に思い悩んでしまうわけですが。

 また、カートにとっては、「お祖母ちゃんが言っていた」というセリフは、上から目線の格言調子ではなく、「人の想いを継承する」というカートの属性を反映しているのか、と今なら思います。

 後は、「文明に対する自然の象徴」で、ネイティブ・アメリカン・ネタを取り込んでいたり、
 「過去の歴史や物語に対する関心」を示したり、星輝世界の語り手であり、受け手でもあるカートの立場を改めて固めるための書き出し。

>憑依(ポゼッション)

 1人称スタイルの本作で、本来、知り得ないはずの敵対役の状況を描くための物語ギミック。
 精神世界の夢ギミックを、さらに発展させた形です。

 そもそも、憑依とは、神や悪魔、精霊といった超自然の存在が人にとり憑き、異常な行動を起こしてしまう現象ですが、カートの場合は、慣れていないこともあって、能動的というよりは、相手の言動や感情に触れるという受動的な使い方をしています。
 そして、憑依能力を悪用すれば、カート自身が邪霊に堕落してしまうという危険を指摘してくれた人もいたのですが、そういう能力を備えながらも人間性を失うまいと葛藤するドラマは、超能力ものの定番だと思います。

 もちろん、本章では、第2部では描いてなかった「霊魂」に関する設定を、前面に出す目的もあります。星輝石の力が、物理的な戦闘能力ではなく、むしろ霊魂や精神といったものに働きかける面があることを提示した、と。

 他には、「男性が女性の肉体に憑依して、異なる身体感覚に戸惑う」といった一種のTS物めいた要素も描きたかった。代表作は、憑依というよりは人格交替物の『転校生』、SFファンタジー方向だとムアコックの『ギャラソームの戦士』、近年の作品だと『パパとムスメの7日間』を参考にしたりも。

 描きたかったことはいろいろあったわけですが、ここでの最大のオリジナリティは、憑依先の肉体(カレン)に、すでに別の意識(トロイメライ)が入っていたために、その言動から肉体の主をカートが誤認してしまったという、まあ、ややこしい物語。

>「気付くことがあるとすれば……」バァトスは暗い色の目を細めて、こちらを見た。「神官の修業をしたことのある娘ぐらいですが……」
>「確かに、太陽の星輝石に異常があれば、最初に気付くのはワルキューレということになるわね」


 このバァトスと、トロイメライの会話は、かなりひどいフェイクだな、と自分でも思ったり。
 ここのセリフを普通に読めば、「トロイメライがカレンの身に入っている」とは考えにくいだろうなあ、と。
 バァトスも、トロイメライも、彼らの企てに気付きそうなカレンを警戒しているセリフなわけで。

 もっとも、そういう指摘があれば、と用意していた答え。
 バァトスは、「カレンの立場なら気付く可能性もあるけれど、カレンは元より手の内にあるので心配ない」という安心感を込めています。
 そして、トロイメライの方も、「太陽の星輝石の異常を察知しうるワルキューレを黙らせておけば、誰にも気付かれない」的なニュアンスを込めています。
 なお、バァトスが、このセリフを言う際に、「こちらを見た」のは、トロイメライではなく、トロイメライの憑依したカレンを見ているわけですね。

> 「バトーツァ。あなたの指摘は正しかったみたいだわ。この体には、もう一人いて、さっきから私たちを監視していたの」
>「すると娘が?」
>「違う。坊やよ」


 でも、このセリフは、ミスっています。
 この章を書いた時点での想定では、「トロイがカレンに憑依している」は構想にありましたが、「カレンが自分の意思でトロイに協力している」とまでは考えておらず、「カレンの意思とは無関係に、トロイが操っている」という想定でした。
 でも、後の話で、「トロイメライは、相手の意思を尊重する」というポリシーを表明したために、「カレンの意思を無視して、勝手に体を操って利用することはしないだろう」ということになりました。
 だから、「カレンが自分の意思でトロイメライに体を委ねているのに、監視しているとバァトスが判断するのはおかしいのでは?」と。

 まあ、強引にバァトスのセリフを補完するなら、「すると娘が我らを裏切って、味方のフリをしてスパイ行為を働いていたのか?」という意図で解釈することも可能か。 
 一応、トロイメライはカレンを信用しているけど、バァトスはカレンに若干の疑念を抱いている、と。

 ともあれ、今、読み返すと、トロイの話口調とか、まだ固まっていないのを感じます。

>「バカをお言いでない」ナイトメアはぴしゃりと言った。「目覚めているなら、そうと分かるはずよ。仮に気付いていたとしても、お前が心配するようなことは何も起こらない」

 「バカをお言いでない」というセリフは、今読むと、相当に違和感だ。
 ええと、イメージ源は、ガンダムのキシリア様かな。
 あと、このセリフも、「カレンは目覚めておらず、トロイの憑依に気付いていない」という前提なので、やっぱり矛盾です。

 この辺、大筋は初期構想から変えていないものの、「トロイメライとカレンの関係性」については、後から作ったり、修正した部分も多いので、細かい矛盾が散見されます。
 よって、後から、その矛盾だけはピックアップして、直していこうと思っております。

 一応、現状では、カレンの過去とか、変化した面とかも、不評を買っている気もしますので、その辺も合わせて、修正する余地はいろいろあるな、と。


PS:5月26日時点で、上記の矛盾点を、少々、改稿した次第。

「確かに、太陽の星輝石に異常があれば、最初に気付くのはワルキューレということになるわね。それはつまり、彼女が話さないなら、私たちの秘密はそう簡単に公にはならないということ」

 後半部分を追記。

「余計な心配よ」ナイトメアはぴしゃりと言った。「今は安心して眠っている。目覚めているなら、すぐに分かるはず。仮に気付いたとしても、私の手の内にいるのだから。無用な疑念は捨てて、どうすれば上手く協力していけるかを考えなさい」

 「バカをお言いでない」以降の文を、こう改訂。
 ここで、「眠っている」の主語はカレンなんだけど、カートのようにも解釈できるのがポイント。
 だから、カレンは夢の中でトロイメライに接触し、まどろんだ状態で安心して体を差し出している形になります。

 この時点で、トロイメライはカレンを信用しているけれど、バァトスはいささかの疑念をぬぐいきれずにいることも明示。

「バトーツァ。あなたの指摘は正しかったみたいだわ。この体には、もう一人いて、さっきから私たちを監視していたの」
「すると、やはり娘が?」
「違う。坊やよ」


 「やはり」という言葉を足しただけですが、バァトスの疑念がカレンに向けられていることを明示。

 当面の改訂は、こんなところで。

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