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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(9)


 
9章 フェイトフル・ネーミング

 ぼくの星輝士受諾宣言の後の談話は、カレンさんのリードもあって、(なご)やかに進んだ。彼女がスポーツ関連に話題を移してくれたおかげで、こちらの緊張もずいぶんほぐれた。
「ラーリオス様は、確かフットボールのプレイヤーでしたわね」
「ええ。ラインバッカーです」
「なるほど、フットボールですか」バァトスが、意外にも話に割り込んできた。「先日のリオでのオリンピックでは、盛り上がりましたな」
 このダークジェダイが、スポーツの祭典の話題を振ってくるとは、ちょっとした驚きだ。2012年のロンドン・オリンピックに次いで、2016年夏に、南米で初めて開かれたリオ・デ・ジャネイロ・オリンピックは記憶にまだ新しい。でも……、
「フットボールは、オリンピック競技ではありませんよ」
「え? そんなはずはない。この私が珍しくテレビを見たんだ。ブラジルのゴールキーパーの華麗なセービングが試合を決めたのは、しっかり記憶に焼きついている」
 ……ヨーロッパ人はこれだ。フットボールと言えば、サッカーのことだと思い込んでいる。
「ぼくがプレイしているのは、アメリカン・フットボールです。サッカーには、ラインバッカーなんてポジションはありません」
「え? アメリカン・フットボール? それは思いも寄りませんでした。ラインバッカーというのはどういうポジションですか?」
 無知を露呈した神官に対して、苦笑を浮かべながら、ジルファーが説明した。「いわゆるディフェンダーだ。守備の要と言っていい。チェスで言えば、ルック(城砦)に相当するかな。ま、ラーリオス様は、キングの役どころだがね」
「はあ、なるほど」ひげ面なのに、はっきり分かるほど赤面しながら、バァトスはジルファーの講釈に耳を傾けた。
「これで決まったな」ソラークは言った。「ラーリオス様の教育係は、やはりジルファーだ。教え子の得意なスポーツの話もできないようでは、教育係は務まらないだろう」
「しかし……パーサニア殿では、星王神の教義に関する話が……」
「そういう信仰面については、私が補佐しますわ」カレンさんが口をはさんだ。「必要な報告も逐一(ちくいち)いたします。バトーツァ様は安心して、儀式の準備に専念してくださいませ」表情はにこやかだったが、何だか慇懃無礼な口調に、ぼくはこの2人の関係を察した。いかにも清純そうな白ローブの巫女に対し、黒ローブの神官は邪悪そのものの雰囲気で、それぞれ光と闇の勢力を代表する感じだ。人は見かけによらないものだし、このダークジェダイも外見ほど悪い人物ではないのかもしれないけれど、やはり印象の差は大きい。
 それに……同じ信仰について教えてもらうなら、陰気なひげ面の男よりも、うら若い美女に習う方が、単純に嬉しい。
「ぼくも、カレンさんの方がいいです」正直に言った。
「そ、そうですか。ラーリオス様がそうおっしゃるなら」そう言ったバァトスの表情は、異様に無念そうだ。そこまで、ぼくに教えたい理由でもあったのだろうか?
「では、ワルキューレ殿。報告の件は、怠りなきように」
「ええ、もちろんですわ」カレンさんは、にっこり微笑んだ。

 この話を最後に、バァトスは場を辞去した。
 黒ローブの陰鬱さが消えたせいか、重い緊張感も解けて、楽しい飲み食いだけの場になった気がする。
 唯一、緊張した瞬間といえば、ぼくが調子に乗って、こう口走ったときだ。
「どうせなら、信仰関係だけでなく、その他いろんなことをカレンさんに教えてもらいたいな」
「その他いろんなこととは?」即座に、ソラークが突っ込んできた。彼特有の鋭い視線が、こちらの心をうがつように突き刺さってくる。
 一瞬、ぼくの脳裏に、思春期の少年が女性に対して思い浮かべる妄想のあれこれがぼんやりと描かれ、そして吹き消すように消えた。
「い、いいえ、深い意味はありません」赤面しながら、すごすごと答える。
 この瞬間、ぼくははっきり悟った。このソラークは、妹に対して過保護な兄だ。うかつなことをしでかしたら、殺される。

 それから程なく、ぼくたちの晩餐会は終了した。
 時刻は、夜の11時ごろ。ここに来てから、時間の経過はよく分かっていなかったが、ソラークとジルファーが、現代人らしく、背広の袖口から上質の腕時計を取り出して、確認してくれた。
 一度ならず意識を失ったり、洞窟の中だったりして、自分の時間感覚はボロボロだ。洞窟を抜け出して唯一、時間が分かりそうだった時も、目の前に広がる雪景色にばかり気を取られて、上空を確かめる余裕はなかった。今から思えば、昼か夜かぐらい見極めるべきだったが、ずっと暗い洞窟を歩いていれば、月明かりや星明かりでさえも、それなりに明るく見えていたのだろう。何となく、全体的な薄明るさだけが心に残っている。
 もう少し、周囲の物事への観察力を高めて、大事なことは見逃さないようにしないと、と思いながらも、そろそろぼんやりしてきた。自然にあくびが漏れてくる。何となく夢うつつ。ここに来てから、いろいろと現実離れした話を聞かされてきたが、全てが夢まぼろしのように思えてくる。肉体的には、さほどでもなかったが、精神的な疲労はピークに近づいていた。
「もう十分だな」ソラークの声が晩餐(ばんさん)の終了を告げたときは、ホッとした。

 ジルファーに案内されて、寝台のある自分の部屋に戻る途中、トイレに立ち寄った。
 こんな洞窟の中に、水洗のトイレが完備されているのは意外だったが、それを指摘すると、ジルファーは「星輝石の加護だ」とだけ答えた。まあ、空気中から氷のグラスを作り出す力だ。応用すれば、水道を設置することも可能なのだろう。それでも限界はある。たとえば……、
「星輝士といえども、出るものは出るんですね」
 ぼくの隣で用足ししている教育係の男に、遠慮なく聞いてみた。
「食べた分量に比べれば、エネルギーの摂取効率は良くなっているはずだ」こちらの振った、あまり品の良くない話題に対して、氷の星輝士は堅苦しい言葉で答えた。
 確かに、バァトスは少食だったが、ジルファーも、ソラークも、そしてカレンさんもテーブルの上の大量の食事を、あっさり平らげていた。
「星輝士の力は無限ではない。多少とも物理を凌駕した神秘的な力とはいえ、やはりエネルギー保存の法則には従うことになる。いろいろと力を使うためには、食事も相応にとらなければいけない。仮に星輝士ばかりの軍隊を率いようと思えば、一般の軍隊以上に、糧食などの兵站(へいたん)任務には気を配らないといけないだろうな」
「そんな面倒くさい任務、誰がやると言うんです?」ぼくはゴメンだ。
「我々の中では、やはりソラークが一番、適任だな」とジルファーが答える。
「あなたは何が得意なんです?」
「リーダーを支える参謀役というところだな。情報分析や、作戦立案、古今東西の文献を調べて、故事来歴など薀蓄(うんちく)を語る仕事なら歓迎だ」そこまで話してから、ジルファーは驚いたように、ぼくを見た。「ずいぶんと殊勝な質問をするじゃないか? どういう風の吹き回しだ?」
「ぼくだって、バカじゃない」ぼくは用を済ませて、たくし上げているローブの裾を下ろしてから、そう言った。「一度、ラーリオスになることを引き受けた以上は、最善を尽くしたい、と思っています。チームメイトに何ができるか知っておくのは、当然でしょう?」
 疲れている分、かえってアドレナリンが分泌されているのか、脳細胞が活性化されて、いつもより饒舌(じょうぜつ)なのを自覚する。
 トイレから出た後も、部屋に戻るまで会話は続いた。
「ぼくのことをラーリオスと呼び続けるのは、何故です? 本名を知らないわけではないでしょう?」
「いわゆる役割期待というものを、早く自覚してもらうため、だな」ジルファーの回答は素早かった。「我々は、君に『太陽の星輝士ラーリオス』という役割を引き受けてほしい、と思っている。そのためには、本名で呼ぶよりも、役割名で呼ぶほうが効率的だ。本名で呼ぶのは、役割が固定して、揺るぎなくなってからでいい」
「つまり、一蓮托生の家族になってから、ということですね。ラーリオスと呼ばれているうちは、距離を置いた他人扱いってわけだ」
 多少、皮肉をこめた物言いに、ジルファーは、苦笑を浮かべた。
「まあ、そう言うな、カート・オリバー」思いがけず呼ばれた自分の名に、ぼくは緊張した。「昔、私も教え子から初めて『先生』と呼ばれたときは、くすぐったかったり、妙な緊張を覚えたものさ。でも、そう呼ばれることで、先生の自覚が強調される。『社長』はそう呼ばれることで、会社の長となる。人の呼称は、心理的に相互の役割関係を定めるはたらきがあるんだ。魔法学的には、呼び名に魔力が宿るという考え方もあるのだが」
「……バァトスが、その辺にこだわっていましたね」
「ああ、奴は星輝士に選ばれなかったが、どうも星輝士に憧れを持っているらしい。本名と異なる名称で呼ばれることが、自分の格を高めると信じているんだな。奴の師匠ナイトメアは、影の星輝士だが……」
「ナイトメアって、『悪夢』って意味ですか? ずいぶんと物騒な名前ですね」
「そういう呼称は、星霊皇が決めたことだ。ソラークのイカロス、カレンのワルキューレなど、神話伝承からの引用が多い」
「あなたの『パーサニア』もそうですか?」
「それは違う」ジルファーは肩をすくめた。「パーサニアは、私のファミリー・ネームだ。もう一人、弟のライゼル・パーサニアがゾディアックにいる。どういうわけか、炎の星輝士に選ばれている」
「弟さんがいるんだ……」ぼくは、自分と兄の関係と照らし合わせながら、つぶやいた。ソラークと言い、ジルファーと言い、何だかぼくの周りは兄が多く集まるみたいだ。「弟さんは、どういう人です?」気になって聞いてみると、
「バカだ」あっさり、ジルファーは切り捨てた。その言い様が、何だかうちの兄貴を思い出して、ぼくはついムカッとなった。
「バカって何です? 兄貴にバカ扱いされたら、弟には立つ瀬がないじゃないですか!」
「本当にバカだから仕方ない」ジルファーの返答は、にべもなかった。「君の兄上が羨ましいよ。君のような賢明で、物分りのいい弟が持てて」
 そのように評価されたのは初めてなので、何と返していいのか分からなかった。ぼくは「バカじゃない」と自認しているが、「賢明」だとも思っていない。それが、ただのおだて言葉なのか、本気なのか、ジルファーの表情からはよく分からなかった。
 とにかく、ぼくはジルファーの弟に直接、会ったことがないので、その評価が正しいのかどうか判断できない。そこで、これ以上は深く立ち入らないことにした。
「パーサニアがファミリーネームということは、別の呼称があるわけですよね」
「ある。不本意だがな」
「何です?」
「ファフニール。ファフナーとも、ファーブニルとも呼ばれる。北欧神話の英雄ジークフリートに殺された悪竜だ。弟はレギン。呼称の由来に則るなら、私は弟にそそのかされた英雄によって、殺害されることになる。あまり認めたくない運命だろう?」
「確かに」ぼくは納得した。英雄に殺されるなんて、あまりいい運命ではない。でも……。「そういう予言めいたものを信じるのですか?」
「あまり、信じたくはないな。だが、星霊皇は星王神の地上代行者であり、その予見力は秀でたものとされている。私にできるのは、物騒な呼称をあまり用いないようにすることだけだ。ちょっとした縁起かつぎだよ。その辺は、バァトスも理解を示してくれているみたいだな。こちらが奴の師匠をナイトメアの代わりに、より詩的なトロイメライと呼ぶことを条件に、私のことをファフニールと呼ばないよう、約束をこぎ付けた」
「……何だか、ややこしいんですね」彼らの複雑な呼び名絡みの駆け引きを聞くと、ぼくが『ラーリオス』と呼ばれることなんて、気にならなくなった。

 部屋の前に着いたときに、ジルファーが言った。「呼称絡みで気を付けておきたいことがもう一つ。ソラークとカレンを、ファミリーネームで呼ぶな。彼らは家名を捨てたことを公言している」
「いや、呼ぶな、も何も、ぼくは二人のファミリーネームを知りませんよ」そう憮然と答えると、
「そう言えば、そうだったな。だったら、別に知らないでもいいだろう。ところで……」ジルファーが話題を変えた。「風呂には入らないでいいのか?」
「風呂もあるんですか?」まあ、トイレがあるのなら風呂もあるんだろう。この洞窟の居住環境は、思ったよりも良好のようだ。ぼくは、少し考えて、こう答えた。「今日はもう疲れていますし、明日にします。それよりも……着替えはないんですか? ぼくが元々着ていた服とか……」
「必要な物は、明日にでも取り寄せよう」
 ぼくは納得して、ジルファーにお休みを告げた。教育係が去った後で、ぼくは部屋に入り、寝台に横たわった。
 間もなく睡魔が訪れ、ようやく、ゾディアック生活の1日目が終了した。

 その夜、見た夢は、大好きなハリウッド映画にまつわるものだった。

(第1部『接触編』完。第2部『覚醒編』へつづく)


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●作者余談(2012年1月9日、ネタバレ注意)

 第1部最終章です。
 これにて、ゾディアックの主要キャラとの接触は完了、と。
 他のキャラ(リメルガ、ロイド、ランツ)は、後の部に回すことになりました。

 そして、ここに来て、「運命の名前」ということで、キャラのネーミングを改めて、行なうことに。

 まず、主人公の「ぼく」に、カート・オリバーという名前を設定。これは、作品内での呼び名もさることながら、掲示板でのやりとりに必要だから、という理由が大きかったです。

 カートの名は、『遊星からの物体X』の主人公役者カート・ラッセルから。理由は、氷に閉ざされた隔離世界で、人に化けた魔物の脅威で疑心暗鬼になっていくストーリーイメージゆえ。
 オリバーの方は、『パワーレンジャー』のトミー・オリバーからです。彼もネイティブ・アメリカン設定ですし、さらには、ヒロインのキンバリーといい仲だったにも関わらず、キンバリーが転校してしまうと、後から出てきたキャサリンと引っ付いてしまい、さらに後に映画でゲスト出演したキンバリーは、悪の大王の洗礼を受けて、邪悪な戦士になり……と、いろいろつながるんですね。なお、トミーや、キャサリンも、初登場時は悪に洗脳されておりました。子供番組なのに、なんて生々しいんだろう、と思ったりも。

 次に、バァトスが呼んでいる、ワルキューレ(カレンのコードネーム)、パーサニア(ジルファーの姓)、ファフニール(ジルファーのコードネーム)、そしてジルファーの弟ライゼル(コードネームはレギン)とか、バァトスの師匠ナイトメア(トロイメライ)など、いろいろな名前が飛び出して、伏線を張りまくっています。

 ソラークとカレンの苗字(アイアース)についても、ここでは「家名を捨てた」ということで、後の展開を匂わせているんですが、これも第4部で描く予定。

 あと、パーサニアの名前の由来ですが、これも元々は、「ジルファーの弟で、猛然たる戦士」というキャラ設定にK.Kさんが付けてくれた「ペルセニウス」に基づきます。
 まあ、せっかく名前をいただいたんですが、pで始まる音が、自分の「猛然」のイメージに合わなかったので、結果的に「苗字」として使うことになりました。
 ライゼルは、カート・ラッセルの苗字をもじって。
 このライゼルについては、ここで名前だけ登場したものの、第3部まで登場は延び延びに。
 一応、「ジルファーに対抗意識を持つバカで、成長したカートと対決することになる」という構想までは、この時点ですでにありました。

 最後に、この章の思い出としては、2016年夏に、南米で初めて開かれたリオ・デ・ジャネイロ・オリンピック」というネタがありますね。
 書いたのは、2009年で、また2016年の開催地は確定していなかったのですが、いくつかの候補の中に、リオがあるのを発見。後で、ラーリオスを省略して「リオ」と呼ぶことは決めていたので、ネタとして書こうと思いました。もちろん、実際の開催地が違っていれば、書き換える予定でしたけど、こちらの予想どおりになってくれて、やったーと喜んだ記憶があります。

 でも、まさか、「レクイエム」を完成させるのに、2012年まで掛かるとは、当時、思いませんでした。
 今年は、ロンドン・オリンピックの年だよ〜。
 自分の作品で、現実がフィクションに近づいていることを実感するとは思わなかったり(近未来設定の小説を書いた経験がなかったので。ファンタジーとか、現代ものはあっても)。

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