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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(5−4)


 
5ー4章 ザ・ファースト・ラーリオス

 《太陽の星輝士(ラーリオス)》覚醒の儀式が行われる《神子(みこ)の間》。
 百人は軽く収容できそうな広間に集ったのは、ぼくを合わせて5人。
 いずれも、太陽陣営における重鎮だ。

 早い昼食を共にした上位星輝士たちに加わったのは、神官バトーツァ。
 儀式の主導者を務めることになる彼を無視するわけにはいかない、とジルファーは言い張った。当初の皮肉をぶつけ合う険悪な関係から、ずいぶん気遣うようになったものだ。
「ランツは誘わなくてもいいの?」太陽陣営4人目の上位星輝士のことを尋ねると、ジルファーは肩をすくめた。
「声は掛けたさ。だが、『地下だろう? 別に戦いになるわけじゃないだろう? 儀式のことはよく分からないし、オレがいなくても問題ないはずだ。だったら邪魔者が来ないか、外で見張ってることにする』だそうだ」
 《大地の星輝士》なのに、地下を恐れるランツ。
 前に理由を聞いたところ、土の中に篭る雑多な思念が直接響いてきて、我慢できなくなるらしい。思念に飲み込まれないように意思伝達を遮断できればいいのだけど、生粋の戦士であるランツにとっては、そういう精神的、霊的な分野は苦手なのだろう。

 時刻は、日が落ちかけた夕刻。
 真昼間だと、恒星の輝きに感応した《太陽の星輝石》の力が活性化しすぎて、未熟な者には抑えきれない可能性を想定して、とバトーツァは説明した。










 カレンの気持ちが落ち着いた頃合いを見て、ようやく話を本題に戻す。
「どこまで話したかしら?」
 カレンは首をかしげた。
「夢が本当かどうか、という前置きだけだな。内容は何も……」
「そうね、どこから話したらいいか迷うのですが……」
「最初から順に話せばいいと思うよ」
「そんなに筋の通った話ではないのです。ただ、断片的な場面だけ」
「夢だからな」ぼくは、さも専門家らしくうなずいて見せた。「たとえば、どんな場面だった?」
「身近な人、信頼している人に襲われて、自分が殺される。そんな感じで……」
「いやな感じだな。それで、誰に襲われるって?」
 ぼくは言いよどむカレンを促した。
「……父です」
「ええと、ラビック・アイアースって言ったかな?」
「よく、ご存知ですね」
「君が話してくれた」
「そう。だったら、《闇》に仕える者たちが私を生贄(いけにえ)にしようとして、それを守るために、父が命を落とした話も聞いてるはず」
 ああ、それはカレンが捏造した記憶の話だな。
 ぼくは、とりあえずうなずいて見せた。
「夢の中の父は違ったの」カレンは悪夢を思い出したようで身震いした。
「《闇》に仕えていたのは父自身で、私を生贄(いけにえ)として、《闇》を注ぎ込んだのも父。私は泣き叫んだけれど、抵抗できなくて……」
 それは夢ではなくて、失った記憶の断片が戻ってきただけじゃないのか? 
 だけど、その事実をもう一度、カレンに認識させるのは酷だと思った。
「君のお父さんは、知的で温厚な紳士だったと聞いてるけどな。探偵小説とワインが好きで、そんな悪逆非道な行為をする人物とは思えない」
 先入観なしでラビック・ノワールに抱いた印象を、そう語ってみた。
「そうね。私もそう思う。憎むべきは父ではなく、父を殺した相手だって分かってるんだけど……」
 それはそれで、突き詰めると喜べない話だ。
 ラビックを殺したのは、彼の息子にして、カレンの兄のソラークなんだから。
「復讐心に囚われて、自分を見失うべきではないと思う」とっさに、そう口に出した。
 カレンは反応して、きっと目じりを吊り上げた。「ラーリオス様は、身内を《闇》に殺されたことがないから、そうも軽々しく言えるのです!」
「ああ、軽率だったかな」ぼくは彼女の怒りをやんわりと受け止めた。
「確かに、ぼくには復讐心なんて分からない。だけど、それが自分も周りも破滅に追い込む感情だってのは、理解しているつもりだ。星輝士の力は、復讐や破壊のために使うのではなく、何かを守り築くためにあるのだろうし……」
「理屈ではそうだと思いますが……」カレンは溜め息をつきながら、
「感情はなかなか御し難いものです」伏目がちにそう答えた。
 それはそうだろうな。
 ぼくも感情的な人間だ。
 だからこそ、理屈や綺麗事だけで物事を割り切れるとは思わない。
「感情で言うのなら……」共感を示すための言葉を探る。
「ぼくの今の身内は、君やソラーク、ジルファー、ランツなど、太陽陣営の仲間なんだろうな。みんなを失ったら、ぼくだって復讐心に駆られるかもしれない。だから、そうならないように、自分自身を御しながら力を高めないといけない。破滅に向かうと分かっている仲間を止めたいという気持ちは、大切にしたいと思う」
「破滅を止めたい気持ち……ですか」カレンはこちらの言葉を受け止めてくれたようだ。
「そういう想いを持てなかったのが、悪夢の原因かもしれないわね。悪夢の中では、兄も私を攻撃してきた。《闇》に冒された者は、汚れし者として断罪されるべき、と責められた。兄は神々しい光に包まれていたのに、私にはそれがなぜか恐ろしく映って……」
「ソラークがそんな理由で君を攻撃するとは思えないけど」ぼくはそう応じながら、違う理由を思い浮かべた。
 カレンの悪夢に現われたソラークは、父親のラビックを殺害したときの印象ではないのか? ソラークがラビックに向けた憎悪が、カレンの深層心理になおも残っていて、悪夢の原因になったのかも。
 ぼくは、そういう懸念を払拭するように、努めて朗らかに言った。
「とにかく、今の君は《闇》から解放され、自分の《光》を取り戻したんだ。過去の悪夢の名残なんて、気に病む必要はないよ」
「本当に、そうでしょうか?」カレンは、ぼくに疑念の残る目を向けた。
「私が夢の中で最も恐ろしいと思ったのは、ラーリオス様、あなたです」
 その告白は、ぼくに忘れかけていた衝撃を呼び起こした。

 闇と炎をまとった破壊の魔神。
 カレンの悪夢に登場して彼女を殺した存在は、前にぼくが幻視(ビジョン)で見たものと同じように聞こえた。
「ちょっと待てよ。どうして、その怪物がぼくだって分かったんだ?」
 内心の動揺を見せないように、ぼくはたずねた。
「昔見たファンタジー映画の記憶かもしれないじゃないか?」
「『ロード・オブ・ザ・リング』のバルログみたいな?」
「いや、そう言われても、ピンと来ないんだけど……」
「勉強不足もいいところよ。星輝士を目指すなら、『ホビット』からしっかり学ぶことを奨めます」
「その映画はソラークからも奨められたよ。そんなことよりも、どうして、ぼくがそのバルゴブだか、バグロブだかって化け物になってるんだ?」
「バルログです」カレンはそう修正した。
「冥王モルゴスに仕えた魔物で、灰色の魔法使いガンダルフと相打ちに持ち込むほどの脅威。もっとも、その戦いでガンダルフは秘めたる力を覚醒させ、白のガンダルフに転生するのですが……」
「ええと、その話は星輝士に関係あるのかな?」
「そうかもしれませんし……」カレンの言葉は少し芝居がかって聞こえた。「そうではないのかもしれません」
「どっちだよ」
「いえ、ガンダルフの有名な言い回しを真似ただけで……」
「紛らわしいことを……」ぼくは肩をすくめた。
「ファンタジー映画の話と現実を混同(ごっちゃに)されても、付いていけないよ」
 たとえるなら、SF映画の方にして欲しい。
「それなら……」カレンは少し考える表情を浮かべ、「全ては《太陽の星輝石》の見せた幻視(ビジョン)……と言えば信じるのかしら?」
 ぼくは、ハッとなった。「どういうことだ?」
「私、寝る前に《太陽の星輝石》に触れたんです。ラーリオス様が、不安ならそうしろ、とおっしゃったから。もしかすると、それで私の中の不安の正体を突きつけられたのかもしれません」
「どうして、《太陽の星輝石》がそんな嫌がらせみたいなマネをするんだよ?」
「知りません。何かの警告か、予兆かも?」
「本気で言ってるのか?」
「私では分からないから、ラーリオス様に相談しようと思ったんです。もちろん、ここに来て《光》を取り戻せたんだから、一度は自分の中の不安に向き合う必要があったのかもしれませんし、ラーリオス様の中に封じられた私の《闇》についての戒めかもしれない」
「う〜ん」ぼくはうめいた。「このまま推測してるだけでは、(らち)が明かないか」
「どうしたら、よろしいでしょうか?」カレンの問いには、速やかな解決を期待するような響きがあった。
「《太陽の星輝石》が何を言いたいのか、ぼくもそろそろきちんと向き合わないといけないのかもしれないな」
 そう、 《審判の日(ジャッジメント・デイ)》は近い。
 誰が審判を下すのか?
 《太陽の星輝石》か?
 星霊皇か?
 それとも、運命そのものか? 
 全ての壁としっかり向き合い、道を塞ぐなら打ち破る覚悟を固める時期だ。
 そのために、これまで力を蓄えてきたのだ。
 戦いの決意を固めたとき、それに応じるかのように、お(なか)が鳴った。
「一度、休憩を入れる時(ブレイク・タイム)かもしれないな」

 朝食には遅く、昼食には早い時間だった。
 ぼくはカレンを伴い、食堂に向かった。
 超自然の力で他人から精気を吸い取るよりも、もっと自然なエネルギーを補給する方が望ましい。ぼくは化け物ではなく、人間なんだから。
 たぶん、食事をとってる時が一番、生きているって実感できる。霊の世界に関わりすぎると、自分自身の存在さえ希薄になっていくように思える。食べ物への執着こそ、肉体と現実世界を維持するのに欠かせない。
 そんなことを考えながら、食堂に入る。
 中途半端な時間なので、人はあまりいなかった。
 奥のテーブルに就いていた二人を除いて。

「カートじゃないか」いち早く、こっちに気付いたジルファーが声を掛けてくる。
 彼の向かいに座っていた、もう一人が振り返った。
「ラーリオス様……」鷹のような目がこちらに向けられ、そして、視線がさらにぼくの後ろに突き刺さる。「カレン、カレンか?」
 切れ長の目が丸く見開かれ、ソラークの端正な大人の顔立ちが少年めいた喜びの感情を満面に浮かび上がらせた。
 しまった。
 カレンの記憶の件が落ち着くまで、この二人に会わせるつもりはなかったんだけど。
 今さら隠れることもできず、無視することもできない。
 うまく、やり過ごすしかないか。
 ぼくは内心の動揺を見せないよう鷹揚にうなずいて、二人の星輝士に合流すべく歩み寄った。
「あー……」何か説明しようと口を開いたときに、後ろに従っていたカレンがすっと前に進み出た。
「ソラークお兄さま、久しぶりです」軽く会釈すると、もう一人に視線を向けて、
「こちらは……確か、ジルファー・パーサニア様でしたね。《氷の星輝士》にして、お兄さまのご親友。よく覚えてます」
「カ、カレン?」ソラークは明らかに戸惑っていた。
「ずいぶん、他人行儀な物言いだな」ジルファーが指摘する。「『よく覚えてる』だって? 何度も会って話をした相手に言うセリフじゃない。『あまり、よく覚えていない』の間違いじゃないのか?」
 いきなりバレてしまった。
「……その通りだ」ジルファーの指摘は、認めざるを得ない。「彼女は記憶の一部を失っている」
「どういうことか説明してくれないか」ソラークの視線が鋭く、剣呑な光を帯びた。
「……ああ」ぼくはうなずいた。
 どうしよう。
 何とか落ち着いて、考える余裕が欲しい。
「だけど、その前に……」ジルファーの横に回って座席に腰を下ろしてから、「お(なか)がペコペコなんだ。何か口にしないと」

 ジルファーがくれたチキンサンドにかぶりつきながら、ぼくは簡潔に現状を説明した。
「つまり、《闇》の呪いを(はら)ったら、その結果、記憶の一部まではらわれてしまったようなんだ」
「なるほど」ジルファーは、ぼくの拙い説明の要点を汲み取ったようで、しっかりうなずいた。
「要するに、君の呪い祓いの技は未熟だったということだな。誰から習った?」
「誰からって……」トロイメライのことを打ち明けるわけにはいかない。「バトーツァに決まってるじゃないか」
「どうして、彼に任せなかったんだ?」
「そんなの……」どう答えたらいいのか、思考をめぐらす。
 すぐに、それらしい話を思いついた。
「彼にはできなかったんだ。彼は《闇》の呪いの話を師匠から聞いたことがあって、術を行使するための理論は学んでいたんだけれど、術を使いこなすほどの力も経験も持っていなかった。だから、ラーリオスの潜在力に賭けることにしたんだよ。彼の知識と、ぼくの能力が合わされば、不可能も可能になるって信じて……」
「それに、トロイメライが助けてくれたの」ソラークの隣のカレンが口をはさんだ。
「トロイメライだと?」ジルファーが驚きの声を発した。
「彼女は行方不明と聞いていたが……」ソラークがつぶやく。
 余計なことを……。
 ぼくは右手で顔を覆った。そうしないと、カレンに険しい視線を送ってしまいそうだったから。
 そう、記憶を失ったカレンは、トロイメライとの関わりを秘密にしておくという暗黙の了解すら忘れていた。
「……トロイメライって誰?」ぼくはとぼけることにした。
「話したことがあるだろう? バァトスの師匠で《影の星輝士》だ」
「ああ」ぼくはわざとらしく、手をポンと叩いた。
「確か、コードネームはナイトメアだったはず。バトーツァが、『我が師よ』と言いながら誰かと交信していたようだったけど、そういうことか。思念の交信は慣れてないから、いろいろ入り混じって訳が分からなかったけど、あの時にナイトメアも助けてくれたんだね、きっと」
 焦って、辻褄あわせの説明をでっちあげる。
「すると、やはり、バァトスはトロイメライと連絡を取り合っていたわけか」ぼくの発言を聞いて、ジルファーが笑みを浮かべた。
「その件では、絶対に隠し事をしているはずと踏んでいたが、あの男は知らないの一点張りだった。今度会ったら追及してやらんとな」
 うわ、ぼくも喋りすぎたようだ。
 秘密を隠すために、いろいろ取り繕おうとして、かえってボロを出してしまう悪循環。
 どうしたらいい? 
 思考をめぐらせていると、
「そうする必要はあるのか?」ソラークがジルファーに問いかけた。
「話を聞けば、トロイメライは、神官殿とラーリオス様を支援して、カレンを助けてくれたようだ。つまり、我々に悪意はないと言うことではないか。ならば、いたずらに嗅ぎ回すのもどうか、と考えるんだが」
「ぼくも、そう思うな」これ幸いと、ソラークに話を合わせる。
「ぼくだって、バトーツァを疑ったこともあった。あの時は、ゾディアックに問答無用でさらわれて来て、何を信じていいか分からなかったし。神官に対しては、見た目の印象だけで疑って、彼を悪の根源みたいに考えたりもしたんだ。だけど、彼は忠誠を示して、ここを逃げ出したぼくのピンチを救ってくれた。彼がいなければ、ぼくはライゼルに殺されていただろう」
 それから付け加える。
「バトーツァを疑うなら、まずはぼくを疑え」
 ジルファーに鋭い一瞥(いちべつ)を向ける。
「ああ?」ジルファーは戸惑いの表情を浮かべた。
「カート、君を疑えだって? そこまで、バァトスを庇うのか? 一体……ああ、命の恩人だったら当然か」口に出すことで、自分の中の戸惑いを何とか納得させたようだ。
「しかし、それとこれとは話が別だ。私が疑っているのはバァトスではなく、彼の師匠の方だよ。彼女が何やら暗躍しているのは分かる。元々、スーザン・トンプソンとは近い関係だったようだしな。一連の邪霊の件には、背後にトロイメライがいるのではないか、と私は推測しているのだが……」
「だったら、ぼくやカレンを助ける理由がない」
「そうだな。すると……」ジルファーは顎に手を当てて考える仕草をした。
「トロイメライが《闇》の黒幕である、という仮説は修正の必要がありそうだ。それなら、どうして姿をくらます必要がある?」
「こっそり調べないといけないことがあるからじゃないか? 《影の星輝士》って隠密活動のエキスパートだと聞いているけど。表沙汰にはできない何かの秘密があって、それに備えるために動いてるとか……」そこまで口にしてから、はっと付け加える。
「もちろん、ゾディアックの内情はよく分からないから、ただの当てずっぽうなんだけど……」
「いや、ラーリオス様の言葉は、なかなか核心を突いているかもしれん」と、ソラークが発言した。
「どういうことだ?」ジルファーが問いかける。
「邪霊の件は、ゾディアックの神官会議では、公に認められなかったろう?」ソラークは確認するように言う。
「ああ、そうだな」ジルファーはうなずいた。
「そうなの?」ぼくは戸惑いを装った。「星輝士の使命って、邪霊から世界を守ることだったのに?」
「星霊皇が全ての邪霊を封印したから、公式には邪霊はもはや世界に存在しないことになっている。邪霊に関する文献や伝承は禁忌とされ、影派の術士にのみ、細々と伝えられているらしい」
「だけど、邪霊は復活してるじゃないか。禁忌なんて言わずに、すぐに公開するべきじゃないの? 少なくとも関係者には」
「私も同感だ。しかし……」ジルファーの言葉を、
「上の連中は頭が固い」ソラークが引き取った。
「推測するに、邪霊の復活を公にすると、星霊皇の権威が失われることになると考える輩が少なからずいるようだな。だから、星霊皇が代替わりするまでは、ゾディアックは邪霊に対して、効果的な対応をとれないだろう。権力闘争に(うつつ)を抜かして、目前に迫った脅威を見ようともしないのだからな」
「組織って、いろいろ難しいんだね」そう応じる。
「だからこそ、トロイメライがこの状況で行方不明なのが問題なんだ」ジルファーが熱を込めて話す。
「邪霊の専門家が問題提起すれば、会議も動く。彼女が我々に悪意を持っていないのなら、姿を現して協力すべきだ」
「そうだろうか?」ソラークが疑念を差し挟んだ。
「トロイメライに、どれほどの発言力があるかは知らないが、あの会議を動かすのは骨だぞ。真実を知っても、はい、そうですか、と、すぐに受け入れて行動に移せる者がどれだけいるか。動けるなら、単独で動く方がよほど手っ取り早い、と私なら考える」
「そうかもな。すると、もう一つの仮説をとるべきか。『トロイメライは、邪霊の復活および策謀に気付き、単独で阻止しようとしている』 カートの話からは、その可能性が高くなったと考えるが」
「敵は、中にいるのかも……」不意にカレンがつぶやいて、ぼくはドキっとした。
 今度は何を言うつもりだ? 
 警戒の目を向ける。
「どういうことだ?」ジルファーが問いかける。
「トロイメライが会議に出なかった理由よ。彼女は会議を信用していない。それは、会議の中に《闇》の意思が働いていると判断したからじゃないかしら。月陣営に《闇》が潜んでいるのなら、神官会議に潜んでいてもおかしくない。不信を煽って、内輪もめを起こさせるのが《闇》の常套手段ですから」
「ずいぶん詳しいな」ジルファーがカレンの発言を受け止めて言う。「記憶をなくしていたんじゃないのか?」
「あなたたちの話を聞いていれば、何となく伝わることもありますから……」カレンは恥ずかしそうに頬を染める。
「ふむ」ジルファーは興味深げにカレンを見た。
「トロイメライの件は、後でバァトスに確認するとして……今は、カレンの記憶がどうなってるか、確認する方が先かな」
 そして、ぼくに視線が向けられた。
「ああ、ええと、記憶の混乱は、たぶん一時的なものだと思う。昨日、目覚めたときは、ぼくのことも覚えてなかったけど、今朝までいろいろ話しているうちに、だんだん思い出して来たわけだし。ちょっとした違和感も、すぐに解消できるんじゃないかな」
「そうであることを祈るよ」ソラークが、神に願うように指で十字を切った。
「ソラークお兄さま?」カレンが呼びかける。
「何だ?」
「ポテトをいただいてもよろしいかしら?」
「もちろん」そう答えて、フライドポテトの入った皿ごと、隣の妹に差し出す。
 カレンは、一つつまむと優雅な仕草で口に入れた。ゆっくり味わうように食べて、満足そうに言った。「美味しい。生き返ったような気分」
「そうか。どんどん食べるといい」ソラークの表情がほころんだ。
「料理を補充した方がいいな」ジルファーが立ち上がった。「厨房に行って来る。何か希望は?」
「同じものでいいよ」ぼくは、もう一つのチキンサンドに手を伸ばす。
「チキンサンド3人分は食べそうだな」ジルファーがニヤリと笑みを浮かべた。「それと、飲み物はコーラでいいか」
「問題ない。今なら、何でも食べられる。量だけあればいい」
「分かった。カレンは?」
「ソラークお兄さまに合わせます」
「了解しました、お嬢さま」ジルファーは芝居っぽい仕草で、(うやうや)しく応じた。
 それから、真顔になってぼくにもう一度、声をかける。「トロイメライの件だが……」
 ドキッとした。
 まだ追及してくるのか? 
「彼女が健在だと分かったのは収穫だ。敵と単独で戦う選択をしたにせよ、死んでしまえば元も子もないからな」
「あ、ああ、そうだね」
 もっとも、トロイメライはとっくに死んで、霊体なんだけどな。
 ジルファーの知る彼女は、リン・マーナオの体を借りた偽りの姿のはず。
「トロイメライと話ができれば、いろいろ隠された真実が明らかになるはずだ」
「真実にこだわるのはいいが」ソラークが口をはさむ。「食事をとってくるのなら早く行ったらどうだ。話は後でもできる」
「そう急かすな。待ってろ」

 ジルファーが帰ってくるまでの間、ぼくは仲の良い兄妹の姿を見せつけられることになった。
「それにしても、『ソラークお兄さま』なんて呼ばれるのは、何年ぶりだろうな」
「何かおかしいかしら?」
「家を出てからは、『ソラーク』か『兄さん』が普通だったろう?」
「そう?」
「ああ。でも、懐かしい気持ちになる。昔に戻ったようだよ」
 ぼくは、口をはさまず、ジルファーが残していった最後のチキンサンドを頬張りながら、カレンがまた何かボロを出しやしないか、と見守っていた。
 ソラークが不意に鋭い一瞥をこっちに向ける。「ラーリオス様」
「え、何?」
「カレンを助けてくれて、感謝する。『王の手は癒しの手』と言うが、正にその通りだと実感したよ」
「あ、ああ」ぼくはソラークの謝意をぎこちなく受け止めてから、
「その言い回しって、フランスのことわざ? アメリカには王様がいないから……」そう質問する。
「それも、『ロード・オブ・ザ・リング』よ」カレンが代わりに答えた。「ソラークお兄さま、いえ、兄さんの愛読書だから」
「ああ、映画も傑作だ」ソラークが滑らかに会話を引き継ぐ。この辺の連携の良さは、さすがに兄妹の絆を感じさせた。
「愛や勇気、正義など、星輝士に必要な精神性が全て詰まっている。闇に対抗するのは、力ではなく、素朴で小さな者の情けの心だという点でもな」
「素朴は認めるけど、小さな者ってのは、ぼくには当てはまらないな」冗談交じりに応じる。「ぼく達の中で小さな者だと……ロイドかな?」
「シリウスの本名だったな」ソラークはそう返した。「確かに、彼なら忍びの任務もこなせるかもしれん」
「シリウスって?」カレンが首をかしげた。
 そのことも忘れてるのか。
 一瞬、会話が途切れた。
 ぼくも、ソラークも気まずそうに、カレンを見つめる。
「リメルガは?」ぼくは逆に問いかけた。
「ハヌマーンのことだな」ソラークがすかさず答える。
 カレンには、やはり分からないようだった。
 そもそも、カレンの記憶は、邪霊にとり憑かれる以前のものが土台になっている。精神的には10代半ばまで退行した、とトロイメライは言っていた。
 ただし、星輝士やゾディアックにまつわる基本情報などは、トロイメライがある程度、補完してくれた。だから、ジルファーの顔や名前も知識としては持っていた。ただ、人間関係の機微や接し方までは、伝えることができない。
 それに、リメルガやロイドについては、そもそもトロイメライが知らなかったのだろう。
 カレンの記憶の穴は、必要に応じて逐一、こちらで補ってやらないといけないのかもしれない。
「昔、精神的な衝撃(ショック)のあまり、正気を失った女性を見たことがあるが」ソラークが唐突に昔話を切り出す。
「カレン、覚えてるかな? 《夜霧の川辺》事件のことを。幽霊の仕業に見せかけた連続殺人犯を捕まえた件だ」
「何、それ? 探偵小説っぽいんだけど」ぼくは興味を持って尋ねた。
「小説じゃなくて、本当に探偵だったんだ。ゾディアックに来る前はな」ソラークはそう告白した。
 ああ、カレンがそういう話をしていたっけ。
 確か、ラークス・ロッシュって偽名を使っていたような。
「覚えてないわ」カレンはそうつぶやいた。
「だけど、探偵の話はお父さまがいろいろ聞かせてくれた。エルキュール・ポワロとか、ファイロ・ヴァンスとか、ヴァン・ドゥーゼン教授とか……」
 ソラークの顔に動揺が走るのが見てとれた。「そ、そうだな。ブラウン神父とか……」
 ポワロ以外はよく分からない。
「ぼくが知ってる探偵は、シャーロック・ホームズだな。あとは、フィリップ・マーロウ。他には……アガサ・クリスティー?」
「クリスティーは探偵ではなくて、ポワロの作者よ。他には、ジェーン・マープルなんかも書いている」
「そ、そう?」カレンの指摘に応じながら、ぼくはソラークの反応をうかがった。
 瞳を閉じて、動揺を鎮めようとしているのが分かる。
 何が問題だったんだろう?
 探偵の話は自分から振ったのだから、直接の原因ではない。
 考えられるのは……『お父さま』か。
 まさか、ソラークもそちらに話が流れるとは思っていなかったのだろう。
 父親殺しの件はデリケートな問題だから、この兄妹の間では話題にしない、という暗黙の了解が為されていたのかもしれない。だけど、カレンの記憶は失われ、一部が改変されたりしたものだから、その了解事が覆された。
 自分が探偵になったみたいに、そう推測すると、ぼくの為すべきことを考えた。
 ソラークをフォローするためには、父親の話題からそらさないと。
 それには、彼が始めた話に戻るのがいい。
「小説の話はいいからさ。現実の話が聞きたいな。《夜霧の川辺》事件って、すごく気になる」
 ソラークは瞳を開いて、軽い会釈でさりげなく感謝を示した。
 ぼくは片目を閉じて、了解の気持ちを示す。
「小説ほど、面白い事件ではなかったんだ。トリックも陳腐だし、動機も単純。そのまま文章にまとめても、駄作の評価は免れないだろうな」
「それでも、あなたにとっては重要だった」ぼくは続きをうながす。
「重要と言えるのかな。私が話したかったのは、事件の被害者で正気を失った女性のことさ。事件が解決しても、失ったものは返らない。哀しいことだが、それが現実だ」
 ぼくはうなずいた。「誰にだって、できることとできないことがあるんだろうしね」
 それから付け加える。「それでも、取り戻せるものだってあるはずだ。そのために、ぼくたちは力を尽くすんだろう?」
「ああ。ラーリオス様がそうしてくれたのは分かっている」ソラークは、ひときわ真剣な眼差しを向けてきた。
「二日前、ラーリオス様と話したとき、私は最悪のことを考えた。そのときに思い出したのが、正気を失った女のことだ。《闇》の呪いの影響で精神が蝕まれる、という話だったからな。どうしても、彼女の姿とカレンがかぶってしまい、それに対して何もできない自分の無力さを噛みしめたよ」
「だけど、私は帰ってきたわ」カレンが言葉をはさむ。「ラーリオス様のおかげでね」
「そうだとも」ソラークはにっこりと応じた。
「多少の記憶の欠落は問題じゃない。カレンはカレンなんだからな。失ったものは取り戻せばいい」
 なるほど、そういう結論か。
 ソラークの件は、これで解決、と。

「待たせたな」話が一段落した頃合いで、タイミング良くジルファーが帰ってきた。
 追加の料理が乗った配膳車といっしょに。
 ぼくは、早速、チキンサンドに手を伸ばす。
「そう、ガツガツするな。今から分けるんだから」
 仕方なく手を引っ込めた。
「三つは返してもらうぞ。君にやった分だ。私も食べないといけないからな」
 そう言って、ジルファーは自分の分をしっかり確保し、残りのサンドとコーラをぼくの前に置く。
 すぐに食べようと思ったけれど、ソラークとカレンの準備が整うのを待つのが礼儀だと考え直した。
 ぼくは、飢えた獣じゃない。
 ソラークとカレンの前に、軽めの魚料理とフライドポテト、サラダが置かれて、飲み物が注がれた。
「それで、問題はないのか?」ジルファーが、カレンを一瞥してから、ソラークに問いかける。
「記憶の欠落は多少あるが、十分補える範囲だ。カレンは昔のこともそれなりに覚えてるし、人格が損なわれたわけではない。最悪の予想よりは、はるかにいい状態だ」
「それは何よりだ」ジルファーはうなずいた。
 ぼくの隣に腰を落ち着けてから、言葉をつなげる。「少し考えてみたのだが、カレンの記憶をどこまで詮索するか、デリケートで難しい問題だな。いろいろ思い出したくもない過去だってあるだろうし。詮索好きは私の悪い癖だが、当面の活動に支障がなければ追及すべきではないかもしれん」
「思い出したくない過去って?」とっさに尋ねてしまって、ジルファーの冷ややかな視線にさらされる。
「カート、私の言ったことを聞いてなかったのか? 『追及すべきではない』と言ったんだぞ」
「いや、それはそうなんだけど……」追及されないのはありがたい話だが、ジルファーはそう簡単に割り切れるのか?
「確かに、真実の探求者として好奇心旺盛なのは結構だが……」こちらが納得してないのを察したかのように、付け加えてきた。「興味本位で聞いていいことと聞くべきでないことの判断は付けて欲しい。人の心に踏み込むには、それを受け止める覚悟が必要だ」
「ぼくに覚悟が足りないと?」
「足りないのは人生経験だ。こればっかりは才能で何とかなることでもないし、一朝一夕で学ばせることもできん」
「つまり、ソラークやカレンの過去は、今のぼくには荷が重い、と」そう言って、何とか納得したようにうなずいた。
「いいよ。過去よりも大切なのは、今と未来だからね。過去の話は歴史家に任せる」
「過去を全く無視するのも問題だとは思うが」ジルファーはそう補足してから、
「それでも、大切なのが今、そして未来だというのは同意だ。だから今、我々にはしないといけないことがある」
「何、それ?」
 ジルファーはにっこり微笑んだ。「もちろん、目の前の食事を片付けることだろう。それに、カレンの回復を祝う意義もある。ささやかな祝いの席にしてもいいのでは?」
 ぼくに反対する理由はなかった。

 しばらく、ぼくたちは無言で食事を楽しんだ。
 ぼくは七つめのサンドを軽く平らげ、コーラをがぶ飲みした。
 八つめのサンドに取り掛かったころ、ようやくジルファーが口を開いた。彼は自分のサンドを全部食べ終わったようだ。
「さて、せっかくの機会だから、今後の計画について話しておこう。いろいろ予定が狂ったから、修正案も検討したいしな」
「ラーリオスの儀式は予定通りの期日に行うんだよね?」
「ああ、次の満月の夜だ。そこは曲げられない」ジルファーは断言した。
「12月15日。5日後になるな」ソラークが補足する。
「もうすぐじゃないか」いろいろあって、日付のことなんて忘れていた。「準備はできてるの?」
「我々の方は問題ない」ジルファーはうなずいた。「カート、問題は君だ。果たして、儀式を受け止められるだろうか?」
「受け止めるって、ぼくは『ラーリオスに選ばれた者』なんでしょう? だったら大丈夫だと思うけど」
「資質はな。だが、訓練が十分とは言えない」
「ああ、解決すべき課題が二つあるのは分かってます」
「二つ?」ジルファーが問うてきた。「具体的には何と何だ?」
「一つは、戦闘の技です。星輝石の術については教えてもらったけれど、武器を使った戦闘訓練は一度も行っていない。体力や打たれ強さには自信があっても、ろくに攻撃できないのでは戦いに勝つことはできないと思う」
「ああ、そのことか」ジルファーがうなずいた。
「肉体面の訓練は、星輝石を宿してからでも遅くはないと考えていた。予定通りなら、リメルガが基礎訓練を施して、ロイドといっしょに鍛えていけばいい、と考えていたんだが、君が負傷したりしたからな」
「基礎はもういいです。それより、実戦で通用する技を教えてください。今のままだと、タックルか、当たらないパンチか、アクション映画で見た剣術もどきでしか戦えない。そんなのでは役に立たないことは分かってます。残り5日で身に付くものでないだろうけど、せめて現実の武芸に触れることぐらいはしておきたい」
「言ってることは分かるが……何ぶん、時間の兼ね合いがな」渋るジルファーに、
「だったら私も協力しようじゃないか」ソラークが口をはさんだ。
「効率を考えるなら、石を体に宿してから本格的な訓練を行うという考えには賛成だ。ラーリオス様、いや、カートには持ち前の筋力と瞬発力があるから、あとは正確さなり、機を見る感性なりを身に付ければ、物になるだろう、という見解も正しいと思う。だが、もう一つ、大切なものがあるのではないか?」
「何だ、それは?」
「戦いの空気を肌で感じることだよ。他人の戦闘訓練を見学するだけでも、つかめることはあるかと思うんだが。それに我々だって、先の戦いに備えて訓練する必要もあるだろう? その場に居合わせるだけでも、カートが学べることはあるはずだ」
「……そうだな。私にもリハビリは必要だ。ソラーク、君が協力してくれるなら申し分ない。それと、カレンの話なんだが……」
「私?」唐突に名前を出されて、青い目が丸く見開かれる。
「ああ、さっき、君たちがここに来る前に、ソラークと話していたことがある。念のために伝えておこう」
「何かしら?」
「気を悪くしないでくれ。万が一を想定しての話だったのだが、来たる星輝戦争では君を外して、ソラークとランツ、そして私でもう一度、戦おうか、という相談をしていた」
「私を外すって、どういうこと?」カレンは少々気色ばんだ。
「君は意識不明の状態だったからな。回復するのか、たとえ回復したとしても戦闘には耐えられるのか、など懸念材料はいろいろあった」
「私は戦えます。転装だってできるんだし」
「正直に言うと……」ソラークが口をはさむ。
「私は、カレン、お前には戦って欲しくないと考えている。ジルファーが代わりに戦ってくれる、と言ってくれて、ホッとしたものだ。もちろん、お前が意識を取り戻さない状態では、到底喜べないのだがね」
「星輝戦争に代役って可能なの?」ぼくは気になって尋ねた。
「その辺は神官殿と相談してから、結論を出すつもりだった」ジルファーが答える。「最終的には、星霊皇の承諾次第だと思うが」
「星霊皇ね」その男に、ぼく達の運命が握られているのは、やはり気に入らない。
「私の意見はどうなるのかしら」カレンは不機嫌さを隠そうともしなかった。
「私は目覚めたわ。戦うことだってできる。ラーリオス様のために尽くす、という気持ちでは、誰にも負けないつもりよ」
 場にいる三人の視線が、ぼくに向けられた。
「え?」複雑な感情の交錯にさらされて、ぼくは動揺する。これって、どう反応したらいいんだ? 
「カレンを戦いから外す、というのは……」少し言いよどみながら、考える。
 賛成すればカレンを敵に回すし、反対すればソラークの失望を買いかねない。だったら、質問そのものを無効にするか。
 そう判断して、言葉を続けた。
「あくまで、意識不明という状態が続けば、という前提の上でのことだよね。だったら、前提が崩れた以上、その問いは成立しない」
 それで終わると、あまりに機械的だと思ったので、感情を付け加える。
「大体、誰かを戦いから外す、ということなら、ぼくは誰も戦わなくていい、という意見を主張するね。決着は、ラーリオスとシンクロシアだけでつければいい。それ以外の犠牲を出すなんて無意味だと思う。儀式だか何だか知らないけれど、要は次期星霊皇が誰か決まればいいんでしょ? だったら、戦わずに話し合いで決めてもいいんだし」
 調子づいて、まくし立てる。
「ぼくたちは野蛮な獣じゃなくて、文明人なんだから、まずは面と向かって対話を試みて、戦争は交渉がこじれたときの最後の手段。始めに戦争ありきなんてやり方は実に前時代的なやり方だと思う、うん」
 一瞬、ジルファーの鋭い瞳が丸くなって、「プッ」と思いがけず吹き出した。
「何だよ、何がおかしい?」自分でも顔が火照るのが分かった。
「いや、実に外部の者らしい正論だ、と思ってな。儀式そのものを否定するのは、ゾディアック内部では考えられないことだ。確かに前時代的だ、と批判されても仕方ない。伝統を重んじると言えば聞こえはいいが、そこに合理的な裏づけなり、必然性なりを説明できなければ、打破すべき因習となり兼ねない。これをラーリオス様の意見として、頭の固い神官会議にぶつければ、どういう反応になるか、確かめたくもある」
「だったら確かめればいい」ぼくは不機嫌につぶやいた。
「大人は空気を読むんだよ」ソラークが静かに告げる。
「それに多くの者は頑固で保守的だ。改革するためには、人を納得させるだけの理論的裏づけと、現実的な必要性、それに具体的な行動に移るための計画が必要となる。段取りも考えずに、思い付きを即実行というわけにはいかないんだ。会議という生き物を御するためには、ただ正論を主張すればいい、というわけではない。面倒なことだがな」
「駆け引きを学べ、ってことですか?」
「ジルファー」ソラークは苦笑いを親友に向ける。「君の教え子らしいな。口達者で理論偏重なところがある。もう少し実戦肌な人間だと思っていたが」
「最初は感情的で、危なっかしかったんだけどな。それでも、教えたことはきちんと吸収する。理論偏重なのは、やはり実戦が足りないんだろう。頃合いを見て、順番に身に付けさせればいい。優先順位だけは明確にしてな」
 そう言ってから、ジルファーは右手の人さし指を立てた。「戦闘訓練の見学。これは私とカレンのリハビリを兼ねて行う」
 次に開いた左手を挙げた。「神官会議については、この場では蛇足だな。いずれ、ラーリオス様に何かを発言してもらわなければならないだろうが、先の話だ」そう言って、親指を折る。
「それから、星輝戦争についての賢明かつ根本的な意見だが」皮肉を込めた言い回しで、
「やはり戦いは避けられないものとして覚悟と準備はしておくべきだろうな。戦いを避けるために話し合いを、というのは理想論だが、それは戦いの準備をした上で、双方ともに戦いのデメリットを認識できてこそ、意味がある。相手方に戦うデメリットがなければ、こちらが平和を望んでも通用しない。古今の戦争を研究すれば、平和を維持するための力の確保は必然だと分かるだろう」
 そう結論づけるともに、左手の人差し指が討議済みの意見として折られた。
「さて、話を絞ろう。この場では結局、カレンとラーリオス様の件だけ決めればいい」そう言って、議題を取り下げるように左手を下ろす。
 芝居がかった仕草だけど、的確な話のまとめ方だと感じた。

「私は戦うわ」カレンが(かたく)なに言い放つ。
 ソラークが何かを言おうとしたが、ジルファーがかぶりを振って、代わりに答える。
「だったら、勝ち方を考えるべきだ。今の君だと、月陣営の誰と戦っても勝つことはできない」
「そんなこと、やってみないと分からないじゃない」カレンは抗議したけれど、
「いいや、勝てないね」ジルファーは冷たく言い放った。
「理由は明確だ。カレン、君の能力はチーム戦で仲間のフォローに回ってこそ活かされる。1対1の戦いでは、いかにも攻撃力不足だ。相手の装甲を抜くことはできないし、装甲の隙間を狙うにしても、相手が星輝士なら加護で守られてるからな。癒しの術で回復しながら持久戦を挑むことはできるが、結局、攻撃が通らなければ勝てる見込みがない。軽装備のサマンサ相手なら、何とかなるかと考えていたが、彼女が披露したオプション装備は予想よりも強固ということが分かった。君が勝つには、決定力不足を何とか克服する必要がある」
 確かに、そうかもしれない。
 カレンの戦闘での得意技の一つは、投擲羽根だ。そこに毒を仕込めば、相手を瞬殺することも可能だろう。どちらかと言えば、暗殺向きの能力なんだと思う。
 ただ、星輝士との正面対決になれば、軽い武器での奇襲は通用しないし、毒だってどこまで効果を発揮するか。星輝石の加護があれば、体内に入った異物を排除することも容易だろう。
 もっとも、カレンには、魔獣形態(ビースト・フォーム)という切り札がある。もしも、その力を自分の意思で自在に使いこなせるようになれば、攻撃力不足は補えるだろう。もちろん、闇から解放されたカレンが魔獣(ビースト)と化すことは二度とないのかもしれないけど。
「どうしたらいい?」ワルキューレの呼称を持つ女は、ファフニールと呼ばれし男を正面から見据えた。
「君には試練が必要だ」教師らしい威厳で、男は応える。「強固な装甲を打ち破ることができれば合格としよう。さもなければ、君を勝ち目のない戦いに挑ませることはできない。ソラークもこれなら納得できると思うが、どうかな?」
「装甲には何を使う?」ソラークは尋ねた。「ランツの協力を求めるのか?」
「さすがに、それはフェアじゃないだろう」ジルファーは苦笑した。
「ランツの鎧の強固さは、我が陣営一なんだからな。カレンを戦わせたくないという君の気持ちは分かるが、不可能な課題を出すのでは、カレンも納得できまい。フェアな試練にするのなら、私の《不動楯》(シル・フロステル)ぐらいが手頃と考えるが?」
《不動楯》(シル・フロステル)って、確か……」ライゼル戦で使われた精霊武具のことを思い出した。
「そう。自己修復機能を持った氷の楯だ」ジルファーが解説する。
「単純な物理的な強固さではランツの装甲の方が上だから、一時的に貫くだけなら、十分可能のはずだ。おまけに、持ち手の私が本調子とは言えないからな。私は貫かれないよう、気の力を高める理由になるし、カレンはそれを貫ければ、力を証明したことになる。これならリハビリも兼ねて効果的だし、フェアな課題ではないか?」
「あなたの楯を貫く……」カレンが眉をひそめた。「すぐにはできないかも。ラーリオス様の儀式の準備も手伝わないといけないだろうし」
「ああ、そっちを優先してくれて構わないよ」ジルファーはニヤリと笑みを浮かべた。
「ラーリオス様が石を宿して、一通りの戦闘訓練を終えるまでに達成できれば、君の勝ちだ。さもなければ、君はソラークの希望どおり、戦いには参加しない」
 イカロスの称号を持つ男は、納得したようにうなずいた。
「絶対、貫いてみせるわ」カレンは強い意思を瞳にたたえて、兄のソラーク、そしてジルファーに視線を流した。
「できるものならな」そう挑発的に告げてから、氷の星輝士はぼくに目を向けた。「さて、カート、残る議題は君だけだ。もう一つとは何かな?」
「もう一つ?」
「ああ、いろいろ寄り道したが、君はこう言っていた。『解決すべき課題が二つある』って。まさか、自分で言ったことを忘れたわけではあるまい」
「あ、ええと、ちょっと待って。最後の一つを食べてしまうから」そう言って、食べかけのチキンサンドを口に押し込む。
 コーラで流し込んでから、ようやく答える余裕ができた。
「戦闘訓練と、もう一つの課題ですが……」
「それは、私の考えていることと同じだろうか?」
 ジルファーの問いかけは意地悪な感じだったけど、瞳は真剣だった。
「ええ、おそらく」ぼくはそう返してから、ゆっくりと告げる。

「《太陽の星輝石》に、ぼくを受け入れさせる。それが一番の課題です」

 ジルファーは表情を変えることなく、ただ静かにうなずいた。


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