エピローグ ZOAコーポレーション。 某大国最大の商業都市に、その企業のオフィスはあった。 ZOA=Zone of Aether、すなわち「天上領域」を意味する企業名は、そのまま秘密結社ゾディアックの符合ともなっている。 古代遺跡の発掘や、星輝石の力の科学的解明などを活動の根幹となす一方で、世界各地の軍事活動や犯罪などにも関わり、暗躍しているゾディアックだが、隠れ その中でも重要な役割を占めているのが、コードネーム「バハムート」、世間での通称は「ミスターB」とも呼ばれる星輝士筆頭がCEOを務めるZOAコーポだった。 そのオフィスの社長室で、ミスターBは、スーツ姿の部下と面談していた。 「プレクトゥスの件、報告ご苦労。書類の方も読ませてもらった。今さらだが、貴重な星輝石の回収にも感謝している。そして……」椅子に深々と腰を下ろした、いまだ30代の若手社長は、よどみなく部下にねぎらいの言葉をかけると、しばし黙って、沈痛の表情を浮かべて見せた。 「妹さん、その他、少なからずの犠牲者のことは、私も残念でならないよ、ソラーク」 「月並みなあいさつの言葉は結構です」上司相手に、ソラークは辛らつな口調を崩そうとしなかった。 「私の聞きたいのは、答えです。どうしてラーリオスは暴走したのか? そのことは前もって予測できなかったのか? そして、この計画は今後、どうなっていくのか? 以上をあなたの口から直接聞かないかぎり、私は納得できません」 「ああ、そうだな」ミスターBは落ち着きを崩さずに、ゆっくり語り始めた。 「君とじっくり語り合う機会を、私も待ち望んでいたんだ。いろいろ内密に説明したいこともあったからね。まず、一つめの質問だが、君の倒したラーリオスは、間違った素体が選ばれた結果、暴走した、と言うことだ」 「間違った素体?」ソラークは、驚きの表情を浮かべた。「つまり、本物ではなかった、と言うことですか?」 「結果論だがな」ミスターBはさも残念そうに、ため息をつく。「予言書の解読に従って、私も含む神官たちは、世界中の神子候補をいろいろ調べていた。そして、ついに探し当てた……と思ったのだ。一人の少年、そして一人の少女をな」 「ラーリオス、そしてシンクロシアですね」ソラークは確認する。 「ラーリオス様、シンクロシア様……と呼ぶべきだな」やんわりと、ソラークの非礼を正そうとする上司だが、 「あのような化物に、様をつける気にはなれません」スーツの青年はきっぱりと断る。 「……直接戦った君の言葉だから、失礼は受け止めよう。ここではな」ミスターBはそう言いながら、くぎを刺すのを忘れない。「他の神官どもの前では、敬意は崩さないことだ。君のような立派な男が、頭の固い連中に異端視されるのは、忍びない」 「ご忠告、ありがとうございます」ソラークは上司に頭を下げてから、「もしかすると、シンクロシア……様も、ですか?」 「ああ」ミスターBは、その問いに重い表情で答えた。「元は美しい娘だったそうだが、恐ろしい悪魔と化した、と報告を受けている。今回の件は……完全に神子候補者の選定ミスだな」 「選定ミスだなんて……そんなことで、許されるのですか?」ソラークは憤りを隠さずにぶつけた。 「……質問は最初、3つだと思っていたが」ソラークの感情を受け流すかのように、ミスターBは話を切り返した。「暴走した理由、予測の是非、今後の計画、以上を聞きたいのではなかったか?」そう言いながらも、部下の問いを拒絶することなく、悠然と受け止める。 「選定ミスは、神子候補の予測に関わる質問だな。今回の神子が、真に《星輝王》の器であるかどうかは、神官会議でも議論が分かれていたのだ。直接、神の言葉を聞くことができる、と称する預言者は反対した。予言書の解釈と、預言者が受け止めたとする神の言葉、どちらを是とするかは、ゾディアック永遠の課題だな」 予言と預言。 言葉の音は同じで、意味合いも似てはいるが、ゾディアック内部では、明確に異なる。 予言書は、 一方で、預言者の言葉は、それを信じる者には神の啓示として受け止められるが、懐疑的な文献主義者の間では、「原始宗教じみた妄想やたわごと」と考えられてもいる。それでも、預言者はじっさいに星輝石の力を上手に引き出せる「奇跡」の行使者として、ゾディアック内部で相当の地位を占めているため、その発言力は確固としたものがある。 予言書の解釈と、預言者の受けた啓示が食い違った場合、神官会議で話し合いが行なわれるのだが、時として、それは派閥同士の勢力争いの場と化すこともある。 「今度の一件は、予言書派の筆頭である最高神官のゴリ押しだったわけだ」ミスターBは種明かしをするように口にした。「最高神官殿は、責任をとって辞任されたよ。今後は、預言者派の発言力が高まるだろうな」 「そんな派閥争いの話は聞きたくありません」ソラークは頑なに拒絶した。「我々は、汚れた世界を浄化し、永遠の平和を築くために戦っているはず。内部で、そのような醜い権力争いを繰り広げて、どうするんですか? それでは、俗世間の権力者や政治家どもと何の変わりもない」 「我々、星輝士は政治家もどきの神官ではなく、実戦部隊ということだな」ミスターBはソラークの言葉を受け止めながら、話を進める。「君の考えはもっともだ。実戦部隊は、現地の問題を解決し、より良い状況を生み出すことに邁進すればいい。文献上の解釈がどうであろうと、預言者の言葉がどうであろうと、現実に神子が降臨すればいいわけだ。違うか?」 「それによって、犠牲が報われるのであれば」ソラークは、神妙にうなずいた。 「次の神子の選定は終わったよ。ユウキ・カミザと、レンヤ・カンナヅキ。二人とも東洋人の少年だ。一人は預言者自身の息子、ということで反対意見もあがっているが、おそらく、この二人で決定だろう。だが、彼らが再び暴走して、我々を脅かす存在となるやもしれん。君にはそれに備えてもらいたいのだ」 「すると、計画はまだ続くわけですね」妹に似た、あの言葉が、ソラークの心に不安をよぎらせる。 (ラーリオスを……計画を……止めて……)と聞いた言葉は幻聴だったか? あるいは、預言者の言葉にも似た神の啓示なのか? ソラークの内心の葛藤を見抜いたかのように、ミスターBは話し続けた。 「真の神子《星輝王》が復活されたなら、亡くなった者の魂も救われ、もしかすると復活することさえ、あるやもしれぬ」 「そんな夢物語……」否定しようとした若い星輝士の思いを、老練な筆頭星輝士は包み込むように言った。 「我々、星輝士の力だって、何も知らぬ者には夢物語として映るだろう。予言書にも記されている。『復活の奇跡は、神の御心の表れ』とな。他によすががないのなら、信じてみるのも悪くはない、と思うのだが」 「……分かりました」しばしの 「分かった」ミスターBはうなずいた。「私の方で、そう取り計らうよ」 「ありがとうございます。それでは私はこれで」会釈して退出しようとするソラークに向けて、最後にこう忠告する。 「一つ、訂正しておこう。今度の《月の星輝士》、いや、うまく計画どおり運んだなら、《月の星輝王》と言うべきだがな。その名前は、候補者が少年だから、シンクロア様だ。女性名のシンクロシアと間違わないでくれ」 そう言って、ミスターB、いやバハムートのコードネームを持つ男は、 ラーリオス、そしてシンクロア。 二つの名を改めて心に刻み付け、ソラークはその場を辞去した。 |
●作者NOVAの余談 最後のエピローグは、原案者の書いた「ラーリオス1話」につなげるための辻褄あわせですね。 とりわけ、本作でのラーリオスが「実験体」あるいは「プロトタイプ」のようなものであることは、ここで初めて明かされます。 それと、女性名である「シンクロシア」が、「シンクロア」に訂正される経緯も、実は掲示板上での設定打ち合わせが元になりました。これについては、NOVAが提案した「シンクロア」という名前を一度は受け止めておきながら、「ラーリオス1話」でシンクロシアに改編した原案者の振る舞い方に、当時のNOVAが気分を害して、「どういうことなのか?」と問い質した流れがあって、それでもまあ、こちらとしても「自分の意見が採用されなかったことで怒っている大人気ない態度か?」との思いから、シンクロアとシンクロシアの辻褄あわせを試みた次第。 まあ、逆に、掲示板上での意見のくい違いを折り合いつけようとする過程で、生まれるアイデアもあるなあと思いながらも、自分としては、共同企画なら、勝手に話を作らずに、意見を相互交換しながら、修正が必要なところはすぐに修正できる態勢を作っておくことが肝要かと思っているわけで。 ともあれ、ここでの話は、本作を書き始めた当初から、決まっていたわけですが、ただ一つだけ。 ZOAコーポという企業だけは、後からの思いつきです。本来は、「どこかの神殿らしい建物」でソラークとバハムートは話すはずでしたが、それだと本作のイメージがあまりにファンタジーすぎるだろう、と感じて、最後だけは「現代もの(近未来)」っぽさを出そうと考えた結果です。 ところで、バハムートことミスターBですが、後になって「ヴァンバロッサ」という名前が、原案者から提案されました。でも、ミスターBなのに、「ヴァンバロッサ」はないよなあ、と思いました。こちらの方を、ミスターVに直すか、とも思いましたが、とりあえずオリジナルのままで。 |