15.決着 落下の衝撃で意識を失ったのは、わずかな間だった。 左肩に激痛が走り、頭がくらくらとしながらも、ソラークは何とかレイ・ヴェルクを支えに立ち上がった。視界がかすみ、敵の姿がぼんやりと映る。無理に意識を ラーリオスは、すぐには攻めて来なかった。 その前に、戦利品――跡形もなく焼失したランツの遺品たる、オレンジ色の星輝石を、己の右拳に装着し、その力を受け入れるために時間を費やしているようだった。 これで、ランツの地の力も、敵に回ったか。 ソラークは絶望的な思いで、ぼんやりと考えた。 星輝石は、星輝士の命、魂のようなものだ。悪魔に魂を奪われ、果てしない 妹が、友が、悪鬼の魂と一体化し、嬉々として自分に襲い掛かる……。 そして、自らも敗れてしまえば、星輝士らしい、いや人間らしい精神性を完全に喪失し、魔物の一部として、おぞましい所業に加担する……。 想像するだに、吐き気がした。 東天からは太陽が昇るところだった。 美しい夜明けの光景に、我知らず、畏怖の念が湧き上がった。 太陽は敵ではない、と心底感じながら、その加護を願うばかりだった。 その時、ソラークは、《太陽の星輝士》ラーリオスという名の魔神の様子が、おかしいことに気付いた。 陽光を受けて、腹部の星輝石が一層、強い光を放っている。 天空の太陽は、ラーリオスに力を与えているはずだった。 しかし、それは身に過ぎた力であった。 強大すぎる力を制御できず、ラーリオスの全身が燃えていた。 不安定な力、不安定な肉体、不安定な魂、すべてが 視界の隅で、何かが陽光を反射した。 涼やかな光を放つ、紫色の石。 ランツが最期の力で奪いとった、氷使いジルファーの星輝石だ。 ラーリオスもそれに気付いたようだ。自らの身をさいなむ炎を抑える力を求めるように、氷の石を取り戻そうとしている。 あれを取られるわけには行かない。 ソラークは、レイ・ヴェルクを振りかざして、風の《気》を操作した。フワっと浮き上がった紫の石が風に運ばれ、こちらに飛んできた。槍の穂先で受け止めると、ジルファーの魂の石が、武具と一時的に融合した。 さしずめ、 さらに……思いがけず何かが左方から飛来した。 とっさに左腕をかざすと、赤色の円盤が装着された。 ランツの 地面に転がっていた友の遺品がどうして? 友の魂が、地の《気》を操作して、自分を応援してくれるのか? ソラークは先ほどまで感じていた絶望感、孤独感が癒されるのを感じた。 友の魂は、悪鬼と一体化なんてしていない。肉体は失っても、その想いは自分を励まし、力を与えてくれるのだ。 ならば、自分はその想いに応えるのみ。 ソラークは、決然とした瞳で、おのれの業火に焼かれている魔神を見すえた。 これは因果応報なのか? 不意に、憐れみの念が湧き上がってきた。 妹と友の仇である化物だが、その正体は、身に過ぎた力を託され、制御できなくなってしまった男の成れの果てだ。 悪は人の心に巣食う、という。 それは神の子とて、例外ではないのだろう。 真に、人の心の悪を滅することができるのは、試練に打ち勝った神の子のみ。確か、それを称して、星輝士を統べる《星輝王》と呼ばれるのではなかったか? 目の前のラーリオスは、試練に失敗し、《星輝王》に成りきれなかったのだ。 それならば……、 「貴様の因縁、呪縛は、この私が断ち切ってやる!」 個人的な復讐の念のみならず、星輝士としての使命感にも突き動かされ、ソラークは己の星輝石の力を完全に解き放った。全身が石の発する青い霊光に包まれる。 呪われた者のうめき声を上げ、ラーリオスが襲い掛かってきた。 ソラークは左手の円盤楯を投げた。 風の《気》に威力を増幅された赤い円盤が、ラーリオスの胸に激突し、弾き飛ばす。 目に見えぬ《気》の糸にたぐり寄せられるように、円盤は戻ってきて、再び左腕に装着された。 倒れたラーリオスは、再び立ち上がって、攻撃の姿勢をとろうとしたが、ソラークの行動の方が早かった。 「グラシエ・レイ・ヴェルクよ!」武具に呼びかけ、力を解き放つ。 穂先を魔神に向け、円を描くように動かすと、先端から風と氷の融合した《気》が渦を巻き、青紫の光を放つ吹雪と化して、ラーリオスを包み込んだ。 燃えていた魔神の肉体が急速に凍結され、さらに渦巻く風の《気》がその動きを拘束する。 ソラークは宙に飛び上がった。 片翼は粉砕されていたが、全身を包んだ風の《気》が支えとなって、再び空の星輝士を舞い上がらせる。 「風よ! 光よ!」全身に感じる大気と陽光に呼びかけ、気力を そして、自分と一体化するように槍を構えて、頭から急降下突撃を仕掛ける。 左の翼がない分、バランスが上手くとれず、きりもみ飛行となるのはやむを得ない。むしろ、それを活かして回転力と変え、突撃の威力を高めることにした。 不安定な飛行ゆえ、命中には不安があったが、それも風の《気》の導きに 周囲に逆巻く気流を感じる。 身を包む光の ラーリオスの口から先ほどと同じ劫火が放たれたが、熱は槍の穂先の《氷の石》が和らげ、衝撃はランツの楯が受け流してくれた。 ラーリオスは身を守ろうと、胸の前で両腕を交差し、防御姿勢をとろうとした。 右手のオレンジの石と、左手の緑の石が淡く輝く。 ソラークは、亡き友と妹の魂を信じた。 すると、魔神の両腕は主の意思に反して、ギリギリと開かれていく。 旋回によって 大の字の姿勢で、完全に無防備になった魔神の胸めがけ、回転する風と光の塊が巨大な矢のように飛び込んでいった。《氷の石》を抜かれ、 弱点を射抜かれ、すでに力を暴走させていた魔神の肉体は、その瞬間、衝撃に耐えられずに熱と光を吹き上げて爆発した。 ソラークは爆発の真っ只中にいたが、心は平静だった。 その魂は、仲間の上位星輝士たちに囲まれていた。 爆発の熱は、ジルファーが防いでくれた。 爆発の衝撃は、ランツが受け止めてくれた。 そして、戦いの中で傷ついた体は、カレンが癒してくれた。 安らいだ気持ちで意識を失う寸前に、妹の声を聞いた気がした。 「ラーリオスを……計画を……止めて……」 どういうことだ? 答えを聞く前に、全ては闇に包まれた。 |
●作者NOVAの余談 前章の終わりは絶体絶命の危機。そして、本章で再度の逆転による勝利となります。 ここで、強敵に対する逆転勝利を「単なるご都合主義」と呼ばれないようにする方法論を。 一つは、やはり物語的に伏線をしっかり張ることですね。本作でラーリオスを弱体化させる方法として、「その身に宿した太陽の力が、夜明けの光を受けて制御不能になる」ということを当初から考えていました。だから、随所随所に「夜空の様子」を描きながら「時間の経過」を背景描写として、きちんと示してきたわけです。 ご都合主義とは、一貫した計画性がなく、その場その場の思いつき、成り行き任せだけで物語を進めていくことですから、連載ものならともかく、一本のまとまった話として書く場合には、あってはならないことです。まあ、仮に当初に考えていたよりも良いアイデアを思いついたならば、そのアイデアが自然にはまるように、前章からさかのぼって伏線化していくべきでしょう。その過程もまた、推敲と言えるのです。 もう一つは、勝利の要因を複数織り交ぜて、一気に放出することです。 最後の最後に、仲間が駆けつける。その声に励まされて、主人公がパワーアップ。パワーアップした力で悪を討つ……というのは王道パターンですが、それには「駆けつけて来る仲間との絆」をそれまでにしっかり描かなければなりません。それに、主人公がどうして、励まされただけでパワーアップするのかについても伏線が必要ですね。 伏線と、複数の勝因。 これをうまく連携させて、後は勢いよく描写できるなら、設定された戦闘力の差は挽回できるでしょう。 ちなみに、これだけ偉そうなことを言っても、思いつきの話は多数あります。 まず、ジルファーの氷の星輝石。ええと、ジルファーの登場自体、8章を書いた時点での思いつき。ラーリオスにあっさり倒される上位星輝士で、名前も決めていなかったですが、それじゃあ、あんまりだ、ということで、少しずつ設定を考えながら、描写を増やしていったと。死んだ後で、設定が形作られていったという珍しいキャラですね。目下企画中の作品では、このジルファーにも焦点を当てたい、と思っております。 で、このジルファーの魔力ですが、ラーリオスによって、《氷の楯》が用いられています。防御に長けた星輝士といった印象ですね。ランツは、このジルファーの石を奪うために、「心臓つかみ」をしたわけですが、作者の頭づもりとしては、当初はカレンの石を奪うつもりでした。だって、カレンの「治癒能力」こそがラーリオスの脅威となるわけですし、ランツの戦う動機から見ても、カレンを奪い返すことの方が重要なはずです。 でも、「心臓つかみ」のオマージュアイデアを思いついたとき、ラーリオスの胸にあったのは、カレンではなく、ジルファーの石だったわけです。 こうして、ランツが「勝利の鍵」として託したジルファーの石ですが、ソラークの槍に装着されて、「氷結竜巻槍グラシエ・レイ・ヴェルク」となったのも思いつきです。 その後、さらにランツの円盤楯が飛んできたのも、作者自身、「思いがけず」でした。 まあ、ここまで書くと、勢いがついて、神がかったようなアイデアがポンポン出てきたりもするのですが、この「神がかった」というのは、それまで読んだ作品群から自分の血肉になっていたものが、自然と湧き上がってくるのでしょうね。 元ネタは、企画者の指摘したように、星矢の「VS一輝戦」だと思います。氷河の凍気に相当するものや、紫龍の楯に相当するものが飛んできた以上、どこかに瞬のネビュラチェーンに相当するものが転がっていないか、書いたものを読み返してしまいましたよ(笑)。 ……さすがになかったので、断念しましたが。 で、ジルファーの支援と、ランツの支援がある以上、肝心のカレンは兄貴を助けないの? と思ったら、ラーリオスの左腕に石が装着されていますね。これは、右腕のランツといっしょに、ラーリオスの動きを封じてもらうしかない。ギリギリギリ。 創作で勢いがついている時は、全ての要素がうまくアイデアとなって結びつくなあ、と思う瞬間があります。 とどめは「天空からジャンプして槍で貫く」と決めていたのですが、その際に、回転することを決めたのは、ソラークの左の翼がなくなっていたから。いくら風の《気》が飛行を助けてくれたとしても、片翼でバランスよく飛べるはずがありません。だったら、きりもみ飛行だな。うん、まるで「超電磁スピン」みたい。 だったら、ヨーヨーも投げたいな。あ、ランツの楯は、赤い円盤じゃん。こいつ投げちゃえ。 で、次は竜巻か。あ、ラッキー。「氷結竜巻槍グラシエ・レイ・ヴェルク」なんて使えるじゃん。これで、風と氷の力で相手の動きを封じられるなあ。 もう、この時点で、書いてきたことで使える要素は全部使っちゃえ、と思ったら、ジルファーの石が外れた胸の部分に穴が開いていましたね。こりゃ、思いきり弱点だな。ここに回転したまま、突っ込んでいけば、いくらラーリオスと言えども……。 おおむね、こんな感じで調子に乗って書いた最終決着でした。 でも、この時点で自分でも不思議なことがあります。 最後の「ラーリオスを……計画を……止めて……」と言った女の声って、一体何なんでしょうね? あれから一年たった今でも、NOVAの頭の中では「どういうことだ?」と疑問状態です(オイ)。 |