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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(4−5)


 
4ー5章 ムーン・アスペクト

「食事の準備をしてくるわ」
 話をひとまず打ち切って、カレンは椅子から立ち上がった。
「君が作るの?」
「そうしてほしい?」
「え、い、いや……」どう答えていいか分からず、思いきり口ごもってしまう。どうせならバトーツァの作るものが食べたい、なんてことは決して言えなかった。
「心配しなくてもいいわ。正確には、『料理人たちに、ラーリオス様のための食事を準備するように指示してくる』だけだから」
「あ、ええと……」ぼくは安心したけれど、それを表情に示すわけにもいかない。だから、どこか戸惑ったような、間の抜けた表情になっていたのだと思う。
 カレンはクスリと笑った。「自分の料理の腕前くらいは分かっているわ。練習はしているんだけど、根本的な味覚か何かに違いがあるのかしらね。それでも、文句を言わずに食べてくれる兄とあなたには感謝している。ハヌマーンなんて『戦場食の方がマシだ』なんて言うし、シリウスは一口食べただけで『やっぱり、おなかがいっぱいで』なんて言い出す始末なんだから。失礼にも程があるわ」
 なるほど、リメルガとロイドにも、カレンの料理の味見係は務まらなかったのか。
「ぼくでよければ、いくらでも味見するよ」たいていの物は食べられるから、と言いかけたのを何とか口の中に留める。
 好んで失言を繰り返して、冷ややかな視線でにらまれたがる趣味はない。
「ありがとう、リオ様」魔物には見えない、天使のような笑み。
 そう、ぼくの見たいのはこちらだ。
「一時間ぐらいしたら、食堂に来て」そう言い残して、彼女は部屋を出た。

 一人になってから、ようやく、ぼくは結界を解除した。
 解除の仕方は簡単で、見えない障壁に左手で触れて、ただ《気》の力を吸い取ってやるだけでよかった。
 右手でやってもできるのか、足でやったらどうなのか、いろいろ試してみたいとも思ったけど、そのうち機会はあるだろう。
 意外なのは、結界の維持でさほど力を消耗した感じがないこと。
 途中で力が枯渇して結界が消滅してしまう可能性も考えられたけれど、そうはならずに何時間も保ったことになる。
 邪霊の力を宿した醒魔石の方が、ただの星輝石よりもエネルギー効率がいいのか。
 それとも、直接体内に埋め込んだ方が、星輝石の力が強まるのか。
 あるいは、そもそも結界というものは発動に力を費やすだけで、維持にはさほどの消耗がないものなのか。
 ぼくの使う術の多くは、他人から掛けられたものの直感的な真似事に過ぎないので、理論面はよく分かっていない。試しにやったら何となくできた、というレベルなので、どれほどの効果があるかまでは予測がつかず、自分でも不安定に思える。うまく活用するには、それぞれの技の効果とか、使い勝手とかいろいろ試す必要を感じる。
 運動能力なら、筋力や走力、ジャンプ力など測定手段は一般社会でもいろいろ確立されているけれど、《気》の技のノウハウは、ゾディアックではどれくらい蓄積されているんだろう。
 ジルファーに聞いてみてもいいけれど、問題は一つ。今のぼくの力の源は、《闇》すなわち邪霊に関係していること。
 邪霊の力は、星輝石のもたらす力と何が違うのか。ぼくにはどっちも超自然の不思議な力という点で、違いがよく分からない。
 ただ、カレンなら分かるかもしれない。
 あるいは死んだライゼルか。
 二人は、邪霊の力と、星輝士の力をどちらも経験したのだから、彼らの話を整理すれば参考にできることもあるだろう。ただし、二人とも、ジルファーと違って理論的に考えるタイプじゃないから、自分で仮説を組み立てなければいけないけれど。
 トロイメライや、バトーツァなら、ぼくが力を伸ばす助けになるだろうか。

 一時間もあるので、カレンの話なんかも反芻する余裕は十分だった。
 ベッドに横になって、思考をめぐらせる。
 まずは、やっぱりジルファー相手に力の相談はできない、と結論づける。
 そうなると、頼れるのはカレンとバトーツァか。
 トロイメライに関しては、接触するのが夢や誰かへの憑依という手段に頼ることになるので、いささか心許ない。頻繁すぎる接触は、他の星輝士に勘付かれる可能性を高めかねない。星輝士が邪霊の存在に無知だった事実を踏まえても、バトーツァが公開した情報から、今後は対策をとってくることも想定しておくべきだ……。
 そこまで思考をめぐらせてから、ぼくはいつの間にか、星輝士を敵と見なしている自分に気付いた。結界を解除したために、《暗黒の王》的思考を抑える自制力が落ちたのか、と苦笑する。
 検証すべきは、星輝士対策ではなく邪霊対策だ、と思考を切り替える。
 この点は、カレンの話から二つほど得られることがあった。
 邪霊に憑かれたものは、性衝動や殺戮衝動など負の感情を高められること、それから精神の変化とともに肉体が魔物と化していくことだ。
 性衝動については、あまり考えないようにする。当面、問題になりそうなのは、カレンとの関係ぐらいだからだ。それとも、食堂で働いている名も知らないおばさんたちまで考えないといけないのだろうか。自分がそこまで見境ないとは思いたくない。
 もっと恐ろしいのは、殺戮衝動だ。カレンは今も殺戮の本能を抑えられないのだろうか。それとも、すでに克服した? 自分の隣で寝ているのが、人殺しを何とも思わない猟奇的連続殺人鬼(シリアルキラー)だと想像するのはぞっとしない。そして、自分にもそうした魔物めいた衝動が芽生えてしまうのは、何としても避けたいところだ。
 ゾディアックの星輝士は戦士だ。軍隊上がりもいるし、中世風の貴族の末裔もいて、血を流すことをどこか当然のように見なしているところがある。その価値観は、平和な田舎町の高校生から見ると、何とも殺伐としている。もちろん世界には、内戦などで命の価値が安い国もあるだろうし、都会の闇で犯罪に関わっている裏社会だって実在するのだろう。そういう光景を見慣れた者には、ぼくなんて視野の狭い甘ちゃん坊やでしかないのかも。
 そして、そういう人たちが、ぼくをあがめて王、あるいは将来の王と呼んでいるのが現状だ。彼らの価値観を受け入れて、非情な人間にならないといけないのか。それこそ、カレンのように冷酷に『裏切り者には死あるのみ』と処断できる人間でなければならないのか。
 リメルガは言ったよな。『お前のパンチじゃ、人は殺せない』って。
 パンチどころか、武器を使っても殺せない、と思う。
 心がそれを拒むから。
 それでも……邪霊の影響が強くなれば、そんな良心なんてあっさりと吹き飛んでしまうのか? 
 夢でスーザンを殺したように? 
 それだけは絶対イヤだ。邪霊の殺戮衝動に身を委ねるようなことは、決してあってはならない。そうなってしまったら、ぼくがぼくでなくなってしまう。
 カレンの話は、戒めだと思うようにした。ぼくは、カレンのように冷たくは生きられないし、むしろ彼女の殺戮衝動が高まったなら止めてやりたい、と思う。
 この点ばかりは、彼女を受け入れるわけにはいかないところだ。
 邪霊の衝動を抑え、人を殺さないで済むような力を、ぼくは手に入れたい。

 だけど……どうしても戦いを()いられたら? 
 ぼくは自分の左手を見た。
 黒い手袋を外して、赤い竜麟を発現させる。
「ライゼル、そこにいるのかい?」 
 ぼくは一人つぶやいた。
 答えは……返って来ない。
 邪霊でも何でもいいから返事があれば、それに向かって反論することもできるだろうし、たとえ相手の意思に競り負けても、自分が悪いんじゃない、と言い訳することもできる。
 それこそ、自分以外の人格が人を殺させた、とでも言い訳すれば、罪の意識からは免れそうだ。
 だけど、ぼくの魔物じみた左手は、ライゼルの面影らしさを遺しているだけで、何も語りかけてはくれなかった。
 ぼくは、一人で戦わないといけないのか? 
 絆の力なんてものは、幻に過ぎないのか? 
 ぼくが人であるためには、何に頼ればいいのか? 
 神の名をつぶやきかけて、かぶりを振る。星王神こそ戦いの元凶であるならば、神に祈っても無駄だろう。少なくとも、ゾディアックの神は味方ではない。
 神に頼るなら、戦いを止めて、人の絆を大切にしてくれる神が必要だ。
 そのための別の選択肢がトロイメライであるならば、ぼくはバァトス同様の忠誠心を抱いても構わない、という気になった。

 考え事をしているうちに、いつの間にか、うとうとしていたらしい。
 気付くと、時計の針は7時を回っていた。
 伸びをして、ベッドから起き上がると、急いで食堂に向かった。
 カレンはすでにそこにいた。
 軍隊服ではなく、いつか見た緑と白の横じまの入った袖付きシャツ。確か普段着って言っていたよな。
 食事時にも関わらずカレン以外の人の姿はなく、放課後の教室のようにがらんとした雰囲気。何だか、課外授業に一人呼び出された学生のような心許なさを覚える。
 テーブルにすでに着いて、こちらに愛想笑いを向ける女性。導かれるように歩み寄り、彼女の前の席に腰を下ろす。
 テーブルの上には、まだ何も置かれていない。
「遅かったわね」別に責めるような響きでもなく、事実をそのまま口にした感じ。「てっきり、お腹を空かせて飛び込んでくるかと思ったわ」
「いろいろ考え事をしていてね」
「ふうん」カレンは軽く受け止めて、空気をスッと吸い込んだ。そして、いたずらっぽい笑みを浮かべる。「別に、一人で楽しんでいたわけじゃなさそうね」
「何を楽しむというんだ?」
「年頃の男の子が、一人でいろいろ考え事って言ったら……大体、そういう方面に流れたりしない?」
「そういう方面って……」カレンが何を言っているのか分かって、ぼくは赤面した。自分の過去をさらけ出した解放感からか、相当、開けっ広げになった気がする。こういう女性だとは思ってもいなかった。「もっと、真面目に君の話を考えていたんだ」とフォローする。
「私の話?」
「人殺しのこととか……」
「食事時にする話じゃないわね」カレンはかぶりを振った。「昔の話よ。今の私は、あの時とは違うわ。見境なく殺したりはしない。誤解しないでね」
「見境をつけて殺すんだ」
「必要ならばって話よ」うっすらと笑みを浮かべる。どこか自嘲的に見えるのは、ぼくがそうあってほしいと願っているからか。「星輝士である以上、戦いは必然。殺し殺されることも覚悟はしないとね。遊びやスポーツでやっているんじゃないんだから」
「殺さないで済ませる方法はないのか?」
「そういうことは、ラーリオス様が考えて。私は従うわ。今は殺しを楽しんでいるわけじゃないもの。任務のため、そして……自分の過去の贖罪のため、といった感じね。いずれ自分が死ぬことだって考えないわけじゃない。だけど同じ死ぬのなら、何かを残すとか、大切な何かを守るためとか、意味のある散り方をしたいわ。ただ獣の衝動に飲み込まれて退治されるのではなく」
「きちんと考えているんだ」
「ただの受け売りよ」カレンは前髪をなでつける仕草をした。「私をゾディアックに導いてくれた人のね」
「誰だ、それ?」
「トロイメライに決まっているじゃない。そういう話をするって、言ってなかった?」
 ぼくは目をしばたかせた。「そういう話だったんだ」
「当たり前よ。私が自分の罪をあなたに告白したのも、その罪を受け止めて、正しい道に導いてくれた人の話をするための前置きのつもり。思ったよりも長くなったので、まだ、そこまで行きつけなかったんだけど。別に、罪を犯した自分を肯定しているわけじゃないんだから」
「だったら、最初からそう言ってくれたら良かったのに。君の話は相当回りくどい……と、ジルファーなら言うだろうな」
「悪かったわね」カレンは軽くにらみつけてきた。「私はトロイメライのように、話が上手くないって言わなかった? それでも説明しろ、と言われたら、順を追って話すしかないじゃない。人に話をさせておいて最後まで聞かないうちから、さも何もかも分かったような顔でもっともらしい説教を垂れるなんて、あなた何様のつもり?」
 いや、ラーリオス様なんだけど……と答えても、何の解決にもならないんだろうな。
「済まない」まくし立ててくる相手を鎮めるためには、とりあえず謝るしかなかった。「好きで殺すわけじゃない。それを聞いて安心したよ。君は君なりに衝動を抑えて、耐えてきたんだ。だったら、ぼくも自分の衝動を抑えて、ソラークに負けない男になる。それでいいんだね」
 カレンは目を丸くした。「ソラークに負けない……って本気で言ってるの?」
 おい。
「君がそう言ったんじゃないか。下卑たデブになるか、ソラークを越えるか、ぼく次第だって。だったら、ソラークを目指すしかない」
「あれは、その……ただの願いというか、そうなったらいいなって気分になっただけで、別に本気ってわけじゃないのよ。そこまで思いつめなくても……」
 冗談ごとにしたいと言うのか?
「こっちは本気だ」ぼくはそう言って一息ついてから、しばし瞳を閉じた。再び目を開けると、変わった色の瞳を意識してニヤリと笑みを浮かべた。「ソラークを越えるにはどうしたらいい? 奴を殺すか? それとも奴よりたくさん殺すか? 君はどっちを選ぶ?」
「冗談はやめて」カレンの目が鋭くなった。「そういう(よこし)まな考えだったら、私があなたを殺す」
「ああ、冗談さ」ぼくは舌を出して、表情をゆるめた。瞳の色も元に戻るよう意識する。「さすがに、ぼくもそこまでバカじゃない。男として、彼の生き方や精神を参考にするって話だよ」
 そう、『ソラークなんぞより、このぼくの方が上だということを見せてやる』なんて、どこかの悪役じみた高慢なことは言わない。ただ、自分が成長を志すために、目標にすべき人間がいるのはいいことだと思う。
「驚かせないで」カレンは安堵のため息をついた。この反応だけで、彼女の心が魔物ではなく、人だと確認できる。
 魔物だったら、先ほどの選択肢で『ソラークより、たくさん殺して』と応じかねなかったろう。それを(よこし)まな考えと切り捨てることができる程度には、彼女は人の良心を持っている。

 その後、何となく沈黙が場を支配した。
 ソラークを冗談のタネにして《暗黒の王》を演出してみせたことで、カレンも警戒心を覚えたのかもしれない。
 どうフォローしようかと考えかけたとき、食事が運ばれてきた。
 黒服の給仕係が数人、無言で手際よく食器やナプキンなんかをテーブルに並べ、グラスに白ワインを注いでくれる。
「バトーツァから聞いたわ。お酒ぐらい飲めるわよね」カレンがやや挑発的な口調で言う。
「ああ、いつまでも子どもじゃない」
 グラスで軽く乾杯し、ジュースのようにごくごくと一気に飲み干す。
「マナーがなってないわ」カレンが眉をひそめる。「王なら、そういうところもしっかり覚えないと」
「ぼくはフランス人じゃない。お上品なのは苦手だ」
「苦手なのと学ぼうとしないのは別物よ。今夜はフランス料理のフルコースなんだから、それに合わせた食べ方をしてもらうわ」
 フランス料理なんて食べるのは、生まれて初めてだ。マナーを知らないぼくは、カレンの食べ方を真似するしかなかった。
 ワインに次いで運ばれてきたのは、前菜(アントレ)と称して「鴨とフォアグラのソテー」。
 給仕係は無言のままで、料理の説明はカレンの役どころだった。作るのは下手でも、説明はそれなりに堂に入ったものに思える。カレンは自分で話が下手だと言っているけど、それは要領よくまとめるのが苦手なだけで、料理のレシピなど決まった知識を伝えるには十分だ。与えられた役割を果たすには、有能な女性なのだろう、と考える。
 ただ、ぼくはカレンの説明ぶりだけに気が入って、話の中身は上の空だ。適当にあいづちを打つだけで、後は黙々と食べるだけ。こんなもの、腹の中に入ってしまえば、みんな一緒だと思いながら。
 次にスープ。コーンスープではなく、ブロッコリーを崩した緑色のポタージュスープ。カレンのスプーンの動きを真似して、奥から手前に運ぶ。ぼくの知っているスタイルは、手前から奥にスプーンを動かすものだったけど、それはイギリス風で、フランスでは逆だそうだ。
 その後、魚料理として出されたのは、海老のオレンジソースづけ。ソースと言えば、辛いものだと思っていたけど、フランス料理ではしばしばフルーツソースがデザート以外の料理に使われて、独特の甘酸っぱさを演出している。こういうものばかり食べてきたから、カレンの味覚は変わっているのかもしれない。フランス文化で育ったら、彼女の甘口コーンスープを普通に飲んだりするのだろうか。
 さらにグレープフルーツのシャーベットをはさんで、ローストチキンが来た。ランツのところで食べられなかったチキンがここで出てきて、思わず笑みが漏れる。食事の間にちびちび口にしていた赤ワインの効果もあってか、何だかほろ酔い気分だ。
 そう言えば、日にち感覚はほとんどなくなりかけていたけど、もう感謝祭が過ぎた頃合いか。故郷で食べた七面鳥の丸焼きをなつかしく思い出しながら、遅まきながらも神に感謝の気持ちを捧げる。ただし、高みから見下ろす天空の星ではなく、豊穣をもたらす大地の方だ。
「何?」カレンが怪訝そうな顔を示した。
「いや、こういう食事をもたらしてくれる神さまだったら、感謝しないとな、と思って」
「それで、どうして私の方を見るの?」
「《森の星輝士》でしょ? 自然の恵みを司ったりしない?」
「だったら、私は太陽に感謝しないとね」
「え? ぼく?」
「あなたは、まだ太陽じゃないわ。石を宿す儀式を終えてからよ」
 はは、軽くかわされた感じだ。気を取り直して、質問する。
「儀式の日取りはいつ?」
「次の満月の夜がいいと、バトーツァは言っていたわ。12月15日になるかしら」
「今日は何日?」
「11月29日。ちょうど新月よ」
「2週間後か」
 そう、運命の日まであと2週間となっていた。
「上手くいくだろうか」ぼくは懸念を口にした。
「何、急に不安になったの?」
「チキンの影響かな?」怪訝そうな顔をするカレンに説明を加える。「チキンは臆病者だって、誰かが言っていた」
「つまらない洒落ね。鳥をバカにしているわ」
 だってよ、ランツ。彼の言葉だとは、言わない方がいいかな。
 それでも……
「ええと、カレンさんはぼくやソラーク以外の男が、もしもあなたに好きだと告白したら、受け入れる?」
「相手によるわ」当たり障りのない回答だった。「無神経な男はイヤよ。粗野な乱暴者は願い下げ。力で女を何とかできるなんて思い上がった下種(げす)は、地獄に落ちればいいと思う」
 うわ、キツっ。
 ランツがこれを聞けば、どんな反応をするだろうか。
『相手がカレンなら、殺しはしない。何とか戦闘不能に追い込んで、とっ捕まえる。そしてオレの想いを受け入れさせるんだ』
 こんなことをランツが言っていたと打ち明ければ、カレンはどんな反応をするだろうか。
 さすがに、他人の恋心をそんな形で踏みにじるような真似は、ぼくにはできなかった。
「何、いきなり、そんな話をして。誰かに言えとそそのかされたの?」
 いや、内緒だと言われたんだけど。
「大方、ランツってところね」
 ゲッ、バレてる? カレンは人の心が読めるのか?
「図星ね。顔を見たら分かるわ。リオ様は隠し事が下手だから」
「ええと、何かの術を使ったりしている?」おそるおそる尋ねてみる。
「そんなものは使えないわ。私はトロイメライじゃないんだし。術で人の心に干渉したりはできない。できるとしたら、せいぜい匂いで眩惑するぐらいね。それでも、単純な男の気持ちぐらい察しがつくわよ。うまく隠しているつもりかもしれないけど、女の目にはお見通しってことは多々あるの」
 これは侮れない。
 カレンの前で考え事をするときは、自分の表情や仕草なんかにも気を配らないと。
「大体、ランツもランツよ。私のことが好きだってなら、男らしく言えばいいのに。大きな口を利く割には、肝心なところで臆病なんだから」
 いや、それはソラークが目を光らせているからであって。
「まあ、どっちにしても、ランツに体を許そうとは思わないわ」そう言って、カレンは自嘲めいた笑みを浮かべた。「彼を見ると、森で最初に殺した木こりのことを思い出すのよ」
 その瞬間、ランツの恋は終わった、と思った。
 まともな神経をしている人間なら、自分が殺した人物を思い起こさせる相手と肌を重ね合わせたいはずがない。
 死者に耽溺するバトーツァみたいな趣味の持ち主だったら、愛する相手を殺害して欲望を満たす可能性は否定できない。もちろん、彼本人は良心があってできないと言い切っていたけど。
 しかし、そういう歪んだ恋愛感情もなく、ただ衝動だけで殺した相手、その行為にいささかの罪の意識でも感じているなら、忌まわしい記憶を喚起されながら体を好きにされるのは、恨みを抱いた亡者に苛まれるに匹敵するほどの精神的苦痛、度を越した拷問にちがいない。ぼくなら、とても耐えられそうにないと思えた。
 ランツは、カレンの過去を知らない方がいいし、知らないまま強引に迫るような真似をしてもいけない。そうなれば、カレンは罪の意識を否が応でも呼び起こされ、自身が壊れるか、そうなる前にランツを殺してしまうだろう。
 この恋は、どうあがいても悲劇にしか通じていないのだ。
 ランツのかなわぬ恋を思って、ぼくは自然と目頭が熱くなって、右手で両目を覆った。
 それから、しばし口が利けず、無言のままの食事が続いた。

「それで正直なところ、あなたは、スーザンのことをどう思っているの?」
 やがてカレンが尋ねてきたのは、サラダの後のデザート、ほろ苦い風味のチョコレートムースをスプーンですくっているときだった。
 ランツの件で、悲しい恋の話は勘弁してほしい気持ちだったけど、質問から逃げるわけにもいかず、ぼくは何とか心を落ち着けた。
「彼女は敵だ。仲間に引き込めなければ、殺すしかない」感情を込めずに言葉を紡ぐ。
「いかにも、模範的な回答ね」カレンは暗い瞳を見せた。トロイメライでもなく、内に秘めた闇でもなく、心配の気持ちを示した瞳であることは分かった。「まるで、星輝石に心を奪われた時みたい。カート・オリバーの気持ちはどこに行ったのかしら?」
「ぼくは今もカートだ」少し気持ちを乗せる。「いろいろ経験して、変わってしまったけどね」
「確かに変わったわね」カレンはうなずいた。「初めてここに来たときとは、まるで別人のよう。あの時のあなたは、スーザンに恋する純情な高校生そのものだったわ。あなたが私に最初に言った言葉は覚えている? いろいろな質問をしながら、『スーザンがどうなったか?』って熱心に聞いたりもした」
「……だけど、君は答えをはぐらかせた」
 そう、『あなたの質問されたスーザン様については、私たちはよく存じていません』と、よどみなく嘘を答えたのだ。
 ぼくはきれいに騙された。
「スーザンがシンクロシアだってこと、当然、知っていたんだよね」
「私はよく、ね」カレンは淡々と答える。「スーザンのことをあなたに言わないよう、ジルファーに入れ知恵したのも私。あの人は真実を隠すことに抵抗があったみたいだけど、恋する男の子が真実を知ったら、ろくに訓練もできなくなるから、と説得したの。そういうものか、とジルファーは渋々了承したけど、相当つらい思いをしたみたいね。見かけほど、あの人はクールじゃないから。あまり責めないであげてね」
 いや、ジルファーを責めたりはしていないけど。その代わり、
「君は嘘つきなんだね」こちらは感情を抑えきれず、どこかキツい口調になった。「ずいぶんと、いろいろ騙してくれたじゃないか」
「だから、今は正直でいたいのよ」カレンは軽くかわした。「でも、その前に、あなたの気持ちも知っておきたい。スーザンのためにも」
「スーザンのため?」
「そう、あの娘のため。私にとって、スーザンは分身みたいなものよ。つらい経験をしないで世界の暗さに向き合うことなく、光の中で生きられたら……あの娘を見ていると、失った自分自身の少女時代を見ているような気にさえなるの。彼女の代わりに、私が手を汚したっていい。そう思って接してきたわ」
「だったら、ぼくではなく、シンクロシアの陣営にいたら良かったじゃないか」
「スーザンのために、あなたを牽制し、場合によっては排除する。それがトロイメライと、私の最初の考えだったわ。次代の星霊皇になるべきはスーザンと考えていたから」
「ふうん」今さら、そういう陰謀劇を聞かされても、感情を乱されることはなかった。事実を淡々と受け止め、問いをつなげる。「それで、どうしてこういうことに?」
「当代星霊皇が、スーザンの精神に干渉したからよ。スーザンはいつしかトロイメライに反発するようになり、彼女の計画を拒むようになった。だから、トロイメライの方針も、あなたを重視するように修正されたの」
「つまり、味方だと思っていたスーザンが敵に回ったので、対抗馬のぼくに白羽の矢が立ったわけだ」
「そういうこと」
 一定の緊迫感を維持しつつ、ぼくもカレンも冷静に言葉を紡いでいた。まるで、ガラスのロープを渡る綱渡りのように。
 乾いた喉を赤い液体で潤しながら、冷ややかに尋ねた。
「スーザンを引き戻したら……ぼくの役割は終わりなのか?」
「トロイメライも最初はそう思っていたらしいけど、すぐに、あなたの可能性が彼女の想定以上のものだったことに気付いたみたいね。ただのスーザンの代わり、ではなくて、それ以上の希望があなたにはある。それが今のトロイメライの意見よ」
「ぼくとスーザンは両立できるのか?」
「あの娘が納得したらね。星霊皇のルールを、あなたとスーザンが書き換えることは可能だ、とトロイメライは言っていたわ。一人一人では星霊皇に勝てなくても、《太陽》と《月》の力を合わせれば、彼の時代を覆すことができる。それがトロイメライの計画のベストな結末。だからこそ、あなたとスーザンの関係が大事なの」
「ぼくにとっても、それがベストだ」強くうなずく。
「だけど、一つ大きな問題がある」カレンは心配そうな目をぼくに向けた。
「それは何?」
「あなた自身の心よ」
「ぼくの心がどうしたってんだ?」
「あなた、今でもスーザンのこと愛してる? 堂々と好きだって言える?」
 ちょっと待て。
 まがりなりにも自分と一夜を共にした女性に、そういう質問をされるとは思ってもいなかった。これが『私のことを愛してる?』という質問だったら、よくある恋人の会話と言えそうだけど。
 一体、カレン相手に、スーザンへの恋心のことをどう答えろ、と言うんだ?
 もしも、『スーザンを愛している』と答えたら、カレンとの関係が保てなくなる。
 逆に、『スーザンを愛していない』という答えなら、星霊皇を相手にする際、スーザンの助力を得るのが困難になるだろう。それはつまり、トロイメライの計画に支障が生じるということだ。カレンは、それを望まないのではないか。
 恋愛事には駆け引きも必要とどこかで聞いた気もするけれど、こういう質問にイエスかノーで答えるのは究極のジレンマだと言える。
 自分の中の理屈を総動員して、適切な答えを探したけれど見つからない。
 星輝石の知恵も頼ってみたけれど、答えてくれない。
 邪霊なら何って答える? 己の欲望を満たせってか。スーザンも、カレンも、どっちも支配すればそれでいいと言うのか?
 だけど、しかし……。
 ぼくが答えに窮しているのを察してか、カレンが言葉を重ねた。
「私の気持ちなら、気にしなくていいのよ。どうせ罪人(つみびと)ですもの。今さら、人並みの幸せが得られるとも思っていないわ。あなたとスーザンが新しい時代を築いてくれるなら、私は身を犠牲にしてもいいと思っている。必要なら、都合のいい女にだってなるつもりよ。私の望みは一つ。自分のような不幸で過ちを犯した人間にも、居場所が与えられる世界を作ること」
「……その言い方、まるで聖女みたいだな」正直な気持ちを言った。
「そこだけ聞けばね」カレンははにかむように頬を染めた。「でも、本当の私がそうでないことはもう分かっているでしょ? 私の中には魔物もいるし、聖女みたいなことだって言える。でも、今、言ったことは正直な気持ちで、嘘はないわ。時には嘘もつくけど、全てが嘘ってわけじゃない」
「そうだね」いつもよりずっと冗舌なカレンに驚かされながら、ぼくは納得した。
 死んだライゼルも皮肉げに、ぼくのことを神さまか聖人のようだと評価した。
 こっちはみんなの期待に応えるようにもがいているだけなのに、たまたま口にした言葉が人の心を打つことだってあるんだ。その言葉は、その人の全てではないけれど、人生経験から生まれた言葉は決して嘘でもない。
 ぼくは正直に答えることにした。
「はっきり言って、ぼくは自分の気持ちが分かっていない。スーザンを愛しているか、と言われたら、愛していたときもある、というのが正しい答えだと思う。今は……目の前にいるカレン、君の方が好きなんだから」
「嬉しい答えよ」カレンは作ったような微笑を浮かべた。「だけど、満足できる答えじゃない。ラーリオスとシンクロシアの間に私なんかが割り込んじゃったことになるから」
「そんなことは関係ない」ぼくはアルコールの影響もあってか、ここぞとばかりに強く出た。「スーザンへの想いは偽りだったんだ。君への今の気持ちは間違いなく本当だ」
 カレンの目が大きく見開かれた。
 しばしの沈黙を漂わせてから、目を伏せる。
「私がシンクロシアになれたら、って思ったこともあるわ」
 ぼくの情熱をなだめるような静かな声。
「スーザンがシンクロシア候補に選ばれたと知ったとき、どうして自分じゃないんだろうって軽い嫉妬に駆られたの。あの娘は私の失った純粋な光を持っている。その光を奪ったり、自分のように黒く染めたりしたいと思ったことも一度や二度ではない。だけど、その度に私は自分を抑えては、心の中にかろうじて残った光を呼び起こそうとしたの。その気持ちが映し出されたのが、転装したときの白い翼ね。私の理想は、穢れのない白だから。心に光がなければ、とっくに翼は黒く染まっていたわ」
 それから細めた視線をちらつかせながら、ぼくの情熱を受け止めたような想いを口にする。「スーザンの代わりに、私を求めるなら受け止めてあげる。シンクロシアの代わりを演じることは私にとっても望ましいことだもの。でも、私の幸せはラーリオスがあなたではなく、ソラークであること。あなたはソラークの代わりを務められる?」
「君が望むなら」ぼくはささやいた。
「だったら、これ以上、私を口説くのはやめて。ソラークは妹を口説いたりしない」
 うまくかわされて、ぼくの情熱は水をかけられたように冷たく醒まされた。
 同時に暗い思考がもたげてくる。
「君がスーザンを引き込むのに協力してくれるなら、ソラークを君のものにする手伝いをしてもいい」
「バカを言わないで」カレンはピシャリと拒絶した。「私はそういうことを望んでいるんじゃなくて……」
 その言葉が揺れているのを、ぼくは聞き逃さなかった。
「嘘だ」きっぱり決めつける。「君はそういうことも望んでいる。光を求めるのと同様にね」
 相手の心の影にさらにささやく。「それに……スーザンのことを解決したら、ソラークとのこともどうするか考えないといけないんだろう? こちらに引き込めなければ、やっぱり殺すしかないと思うし」
「……愛が得られなければ殺す、なんて短絡的な考え方はやめてちょうだい」カレンはきっぱり言った。「あなたには、そこまで堕ちて欲しくなかったわ。少なくとも、スーザンへの想いだけは純粋であって欲しかった。ここで初めて食事をしたときのことは覚えている?」
「遠い昔のことだ」
「まだ3週間ばかりしか経ってないわ」
 そうなのか?
 ここに来てからの時間感覚は、夢に紛れて曖昧模糊となっていた。
 確か、ぼくはゾディアックを受け付けず、スーザンを助けるために星輝士全員と戦おう、などと無知で無謀なことを平気で言っていた。
 今の目から見るとバカでしかなかったけど、スーザンへの想いだけは本物だと信じていた。
 その夜、夢の中でトロイメライと初めて接触し、スーザンの心的世界で最愛の恋人と思っていた相手と再会を果たした。
 だけど夢の中の記憶は衝撃が大きすぎて、一時的に封印することとなった。
 後から確認できたのだけど、その夢の中でカート・オリバーの大切な気持ち、「スーザンへの愛情」が砕け散ったのだ。
 自分の愛情が彼女の魅了(チャーム)の術によって、人為的に構築されたものだと知って。
 そう、ぼくの愛情は最初から偽りだったんだ。
 そのことを受け付けられず、ぼくは半ば錯乱状態になって、洞窟を抜け出した。
 スーザンに直接会って、事実を確かめるために。
 偽りの愛という言葉から逃れるために。
 ライゼルに対抗して虚勢を張って、真実の愛がどうこうとまくし立てもした。
 サミィに励まされて、スーザンへのメッセージを託したりもした。
 だけど、ぼくの心の中の愛情はやっぱり偽物で、それをどう取り繕ったとしても、ただの言葉の綾、その場の勢いに乗っただけで、核のない幻に過ぎなかったんだ。
 カレンはそれを知らずに、スーザンへの愛がどうこうと残酷に突きつけてくる。
「ぼくのスーザンへの愛は偽物だ」はっきり言葉に出して認めた。カレンを口説くのではなく、ただ彼女に事実を伝えるために。「スーザンは、ぼくに魅了(チャーム)の術を掛けて、ぼくの心を彼女の支配下に置いた。そんな形で作られた愛のどこに真実があると言うんだ?」
魅了(チャーム)の術の話はどこで?」カレンは冷静に尋ねてきた。
「トロイメライに導かれた、スーザンの夢の中で。本人から直接聞いたことだ」
 カレンはそれを聞いて、頬に手を当てて考える仕草をした。やがて、
「確かに、スーザンはあなたの心をつかむため、魅了(チャーム)の術を試みた。その話は知っている。私も彼女から聞いたのだから」
「そうだろう」ぼくはうなずいた。
 夢の中の話だから信憑性が薄いとか言われかねないとも思ったけれど、カレンは事実だと認めてくれた。
「だけど……」と付け加えられる。「その術は、あなたに効果を発揮したのかしら?」
「どういうことだ」ぼくは首をかしげた。
「トロイメライも、バトーツァも言っていたの。あなたには精神的な術の効果があまり期待できないって。心を読むことも、支配することも、あなたにはほとんど通用しないみたいなのよ。私は専門家じゃないから、よく分からないけれど、あなたの心はそう簡単には支配できないらしいわね。彼女らほどの術の達人がよ」
「それって、つまり……」
 カレンはうなずいた。「私もスーザンから相談されたわ。『カートに魅了(チャーム)の術を掛けたんだけど、どうにも鈍いらしくて全く効いた様子がないのよ』って。『心も読めないし、どうして振り向かせたらいいの?』って泣きつかれたから、いろいろと女の子が好きな相手に想いを伝える手管を教えたりしたわ。あの()はあの()なりに、あなたの心を惹きつけるためにいろいろ試みたのよ。術が効かないので、普通の女の子にできることを精一杯ね」
「じゃあ、ぼくはどうしてスーザンを……」
「鈍いわね。あなたがスーザンを愛したのは、術のせいなんかじゃない。術なんか掛けなくても普通に恋に落ちやすい年頃なんだし、人に流されやすい性格なんだから。人の言葉とか気持ちとか素直に受け入れて、すごく思い悩んで、それでも相手のことを大切にしたいと心の底から思い、感じ、考えられる。それがあなた、本当のカート・オリバー。この短い期間、近くで見てきて私も好きになったリオ様なんでしょ?」
 それから照れたように付け加える。「うかつだったわ。ソラーク以外の男に、こうも惹かれることになるなんて、自分でも想定外よ」
 ぼくは、そのつぶやきをまともに受け止めることができなかった。
 自分の心の方にばかり気を取られてしまって。
「ぼくは、スーザンを本当に愛していた?」
 カレンの言葉は、スーザンがぼくの心を砕いたのと同じくらい衝撃的だった。
 死人が悲鳴を上げて蘇ってくるほどの衝撃。
「だったら、スーザンはどうなんだ?」
「……そっちを気にするのね」その言葉には、寂しさと憤りめいた感情が込められていたようだったけど、ぼくの心には届かなかった。
「いいわ。知りたいなら教えてあげる」カレンはすっと息をついでから、ゆっくり転がすように言葉を紡いだ。「私の見る限り、無邪気に恋に落ちた女の子の目をしていたわよ。最初はそれほどでもなかったんだけど、あなたに術が通じないと分かってから、急に躍起になって……。自分の思いどおりにならない男がいると知って、自尊心(プライド)を刺激されたらしいわね」
 聞きながら、ぼくはその話に惹き込まれていった。
 語っているカレン自身と同じように。
「でも、そのうち私の教えた手管を試すのに夢中になったり、あなたが反応したり、しなかったりをいちいち報告してくるの。そして時おり、本人は『これは恋じゃない。恋なんかじゃないんだから』って小声でつぶやいていたけど、私の耳には丸聞こえ。もう微笑ましかったり、いじらしかったり、見ていて歯がゆくてたまらなかったわ。そういうことを口で言う辺りが恋なんだって、指摘したくて仕方なかった。私もこういう恋をしたかった……って、リオ様、どうしたの? 急に黙りこくって」
「……ぼくはバカだ」
 自己嫌悪の感情を抑えることはできなかった。
「何をやってるんだ、一体。どうして自分の心が、自分で信じられなかったんだ。スーザンを愛しているのは、かけがえのない想いだったのに。そんな大切なものを疑って、勝手に思い迷った挙句、彼女を裏切ってしまったなんて……。ぼくには人を愛する資格なんてない」
「本当にバカね」カレンの声が冷ややかに響いた。
 ぼくは傷ついた目を彼女に向けた。
「そんな目で私を見ても無駄よ。慰めなんて期待しないで。人を愛する資格? 何、格好付けてるのよ。愛するのに資格なんていらない。愛したいから愛するの。それで十分なのよ。愛なんて頭だけで考えるものじゃない。自分の想いに素直になって、欲望にきちんと向き合うの。他人の気持ちを読み取ろうとする前に、自分が何をしたいかをきちんと想い描きなさい。あなたがここに来たときの純粋な気持ちは何だったの?」
「……スーザンを取り戻すこと」
「今、あの娘の心がどうなっているか分かる?」
「星霊皇が干渉した、とか言ってなかった?」
「そう、スーザンの心は星霊皇に奪われてしまったの。彼の世界を継ぐための道具にされようとしているのよ。私たちはあなたがあの娘を取り戻すことを望んでいる。殺すのではなくてね」
 それから、カレンはゆっくりとぼくに確かめた。
「もう一度聞くわ、カート・オリバー。あなたは、スーザンのことをどう思っているの?」
「愛しているとは言えない」ぼくはかぶりを振った。
 カレンはため息をついた。
「だけど、」ぼくは、かまわず続ける。「もう一度会って、彼女の気持ちと向き合いたい。もしも、彼女の心が誰かに支配されているなら、そこから解放して、彼女自身の想いを確かめたい。そうして、ぼくも彼女に想いを伝えたい。今、言えるのはそれだけだ」
「ラーリオス様は結局、優柔不断ってことね」カレンはくすっと笑みをこぼした。「肝心なことは保留した、と。でも、今はいいわ。まだ時間はあるものね」

 そう、ぼくには残された時間に学ぶことがまだあった。
 月に手を伸ばすための理由(リーズン・トゥ・リーチ・フォー・ザ・ムーン)
 そして星輝士としての精神性、『愛』と『勇気』と『正義』について。


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