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プレ・ラーリオス

太陽の失墜(10)


 
10.白き遺体
 
雪原を動く影を、タカの目がとらえた。
 不安定な足場を強引にかきわけ、フラつきながらも歩みを進める、その姿は……力強くも、全身から悲壮さを漂わせていた。
 上位の甲冑とは異なる、一般の星輝士らしい獣じみた剛毛に包まれた肉体は全身、打撲と火傷の跡が生々しい。
 目につく装飾品は身に着けていないが、ただ一つ、直接まとわずに背中に負った黒い外套が気になった。革製の分厚い布は何かを大切に包んでいるように思われた。それをただ、運ぶためだけに、男はここまで困難な道のりを歩んできたのか――残された力を振りしぼって。

 観察を手早に済ませて、ソラークは上空から舞い降りた。
「あ……」男は不意をつかれたかのように、一言もらした。目前の雪原ばかりに気が行って、空には注意が届いていなかったのだろう。
「何があった?」と、静かに声をかけてやる。「確か……」記憶の中から名前を呼び起こす。「リメ……ルガだったか? 《神子の間》の番を務めていた」
「ああ、そうだ」巨漢の戦士は驚きか安堵か分からぬ微妙な表情で、つぶやくように応えた。が、その直後に、まるで力尽きたかのように膝が崩れ落ち、そのまま積もった雪の中にはまり込む。背負っていた荷を捧げるようにそっと下ろしてから、膝まづいた姿勢のまま、地面に手をついた――その右手は、無惨に焼け焦げて、もはや握り拳を開くこともできそうにない。
「すまねえ」男は、体以上に傷ついた心を感じさせる声音で、悔恨の言葉を口にした。「オレは、あんたの大切なものを守れなかった……
 土下座のような姿勢で謝罪するリメルガに、ソラークは鳥面にかすかに刻まれた眉をひそめた。
「大切なもの……」自らに捧げられたもの――黒い外套をそっと開き、中身を確認する。
 それは、周囲の雪模様と大差ない色合いをしていた。
 美しいが、冷たく静かで、生命とは無縁のもの……一糸まとわぬ娘の亡骸(なきがら)を見取ると、その兄は鋭いタカの目を閉じて、深く息をついた。

 雪上を滑走して、ランツが追いついたのはそのときだった。
 六脚パーツを巧みに動かして、制動をかける。
「よう……何があった?」重い空気を察して、いつもは軽い口調のトーンを若干下げる。そして気が付いた。「まさか……カレンか?」
 腹部が無惨にえぐられ、焼けただれた遺体を見て、思わず目をそらせてしまう。
「誰だ?」(のど)からしぼり出すような嗚咽(おえつ)とともに、感情をむき出しにして叫んだ。「畜生! 一体、誰がカレンを殺ったんだ! ぶっ殺してやる!」
「落ち着け」ソラークの冷ややかな声が耳についた。
「これが落ち着いていられるか!」ランツは、勢いを止められずにわめいた。「お前、兄貴だろう? 妹を()られて悔しくないのか? 何だよ、その落ち着きようは!」
「悔しくないわけが……なかろう」感情を抑制するのに慣れた声。しかし……表情を読み取らせぬ鳥面が淡い光に包まれ、端正な人の顔に戻った。青い双眸(そうぼう)は、内面の炎を隠すことなく、静かな怒りに満ちている。涙こそ流してはいないが、瞳は確実に()れ、哀しみを表明している。
……悪かった」ランツは、相手が自分とは表現こそ異なるが、確実に同じ想いを共有していることに気付いて、怒りを静めた。「ここで、お前相手に怒りをぶちまけても仕方ないもんな」
「ああ。怒りは復讐のときまで……とっておくことだ」淡々としてはいたが、(すご)みをのぞかせる口調で応じると、ソラークはいまだ膝まづいている巨漢に、倒すべき仇の名を問うた。
 そして……
 ラーリオス、との答えに、しばしの沈黙が訪れた。


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●作者NOVAの余談

 ここから、「第3回掲載分」になります。
 リメルガ視点中心から、ソラーク、そしてランツ視点の本編に戻ります。
 
 この場面は、ソラークが、リメルガの運んできた妹カレンの遺体と対面するシーン。ソラークはこれまで、「ラーリオスの護衛」という任務を第一義としていたのですが、妹を殺されたことで、「ラーリオス打倒」に行動方針が切り替わるわけです。この変化を、いかに説得力あるように描写するか、が、このシーンからの課題。
 そして、ソラークは本来、あまり感情を露にすることのないクールなキャラとして造形しているので、ここでいきなりブチ切れて、怒りを表明したなら、単なる小物に堕してしまいます。あくまでクールに、しかも怒っていると分かるように描写するか。
 そのために役立ったのが、ランツですね。彼はストレートに怒りを表明し、ソラークの冷静ぶりをなじります。でも……ソラークの静かな怒りをランツが感じ取れれば、それが読者にも伝わるだろう、という計算。演出としては、それまで「表情を読み取らせぬ鳥面」だったのに、わざわざ変身を解除して、表情が読み取れるようにしたところ。理屈に徹するなら、「わざわざ変身解除する必要があるのか?」という疑問も出て来るでしょうが、ここは感情的に変身が解けてしまった演出だという説明で、十分です。
 また、ソラークの怒りの表情は、ただ一つ「目」だけで表すようにしています。ソラークといえば、「目で語る」というぐらい、自分は目を意識して書いています。あと、「静かに」「冷ややかに」「淡々と」を連発していますね。こういう性格表現の繰り返し(積み重ね)こそが、そのキャラらしさを生み出すと思うのですが。

 まあ、作者の立場としては、こういう自分の創作手法、演出手法をベラベラ語るのは、気恥ずかしいところがあるのですが、作家志望の原案者に、具体的な例として示しておきたい、という意図です。

 この辺は、鑑賞眼にも関わってくるのですが、作者の方がどれだけ演出手法を駆使しても、読者の方でそれを感じられなければ意味がないですし(まあ、一読者の立場なら、個人の感性で分かるところだけ分かればそれでいいのでしょうが)、逆に作家志望を言明するのでしたら、少しでも多く演出手法を深読みして吸収するだけの感性がなければいけない、と考えます。
 総じて、他人の言葉の使い方に関して鈍感な人には、作家は向きません。

 作家論は置いておいて、「カレンの遺体」の話。
 雪原に横たわる「一糸まとわぬ裸体」というのは、エロティックですが、これは最初からそういう意図で書いたのではありません(苦笑)。8章で、「衣服ははじけ飛ぶ――ように見えて、実際は光の粒子と化して、星輝石内部に保存される」と書いてしまったために、逆に言えば、「星輝石を奪われてしまえば、衣服も元には戻らない」という理屈になるわけで。変身後の裸はまずい、と考えて理屈を作ったら、その理屈に忠実に従うなら、裸にならざるを得ない、という計算外の描写。でも、これはこれでインパクトがあっていいかな、と思った次第。

 そして、この章の最後まで、ソラークにとっては「ラーリオスを襲撃した者がカレンも殺した」という思い込みがあったのですが、真実(ラーリオスが暴走してカレンを殺害した)を知って絶句するのです。ここからの葛藤を書くのは、力が入りました。
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