11.戦士の報告 リメルガは、体温で雪がとけた地面に腰を下ろしていた。上位の星輝士の治療術で、応急処置は ソラークは、直立不動の姿勢を崩さず、胸の前で両腕を組んだまま、巨漢の話を聞いていた。この翼を持った星輝士が、人前でくつろいでいる姿を、ランツは見たことがない。 ランツ自身は、滑走板の上に腰を下ろしている。六脚パーツが椅子の脚のように支えてくれるので、楽な体勢だ。自由に空を飛ぶよりも、地上にじっくり腰を落ち着けるほうが、心底、自分の魂の望みなんだろう、と考えたりもする。本当に星輝石の形成する装具は、自分の希望を具現化して満たしてくれる。 「オレは……2人を逃がそうとしたんだ」どこか弁解にも似た口調で、リメルガは話を続けた。「だが、あいつは……オレが体を張っても止められるような奴じゃなかった。オレの目の前で犬っころは焼かれ、白鳥の嬢ちゃんは……奴に星輝石を奪われた」 石の力が失われれば、身に帯びた転装は自動的に解除される。 また、石に保存された衣服も失われ……、 (だから遺体はああだったんだな)ランツは、そっと自分が愛した娘の亡骸に目をやった。 今は、 まるで眠っているようだが、腹部にうがたれた 「畜生!」ランツの気持ちを代弁するように、リメルガは 犬っころって誰だよ? 激情を無理矢理、冷ませた頭で、ランツはぼんやり考えた。 もっと、分かりやすく話せってんだよ! 理不尽な怒りの視線を、巨漢の戦士に向ける。 「確か、いっしょに門を守っていたのは、ロイドだったな。 ランツの内心の疑問に答えるかのように、ソラークが冷静に口にした。 ああ、あいつか。シリウスよりも、 リメルガのセンスに、心の奥で同意する。 「それで、もう一人の上位星輝士、氷使いのジルファーはどうなった?」寡黙で説明下手なリメルガを主導するように、ソラークは問うた。 「紫トカゲか? 奴の技は通じず、ラーリオスに一瞬で焼かれた」 「マジかよ……」ランツは思わず声を発した。「いけ好かない奴だったが、あいつの氷の技はかなりの物だぜ。それが通じないなんて、ラーリオスってのは、どれだけ強いんだ!」 「ケタ違いだ」リメルガは、重々しくつぶやいた。「奴はどうやら、上位の石を集めているようだ。オレの石には目もくれなかった」 「……ということは、オレやソラークも、奴の獲物になるってわけだ」ランツは身震いした。「来るなら来てみろ! 返り討ちにしてやるからな」自分を勇気付けるように、強気な発言をする。 「それで今、ラーリオスはどうしている?」ソラークはどこまでも冷静だ。 「オレも、必死だったんでよく覚えていないんだが……」リメルガは、健在な左手で額を押さえて、悪夢に近い記憶を呼び起こした。「嬢ちゃんが殺られたときに、何かがキレたんだな。奴の体にしがみついて、力いっぱい投げ飛ばした。オレにできたのは、それくらいだったんだ」 「なるほどな」リメルガの全身の 「ああ、その後、何とか天井を崩して、奴を生き埋めにしてきた」 「天井を崩すだって? どうやって?」ランツは、率直な疑問を口にした。「確か、お前の技は、格闘戦だけだろう? 天井までは届かないはず」 「よく分からねえ」そう、つぶやいてからリメルガはまくし立てた。「細かいことはどうだっていいだろう! とにかくできたんだよ。あいつの体をぶちのめしたい、と思ったら、右拳が急に熱くなって、そこから火の玉が飛び出したんだ。でも、奴には効かないと思ったから、とっさに狙いを天井に向けた。それだけだ」 土壇場で新必殺技って感じか? ありえねえ……ってわけでもないか。星輝石は、自分の希望を具現化してくれる。限度はあるにしても、本気で願った想いの力が、非常時に覚醒することだって考え得る話だ。 もっとも、そんな曖昧な奇跡に頼るなんてマネはしたくないがな。ランツはそう内心で独りごちた。 思い付きみたいな技よりも、日頃から研究し、鍛錬し、磨き上げた戦術の方を、ランツは信用する。勝つためには、偶然や奇跡ではなく、実戦を想定した戦法を常々意識しておくことだ。それでも勝てない相手からは、一度逃げて、改めて研究し尽くしてから、機会を見て再戦に挑むべきなのだ。 「大体の話は分かった」ソラークはそう言ってから、リメルガに頭を下げた。「わざわざカレンの亡骸を運んできてくれた心使い、感謝する」 「よせよ」柄になく、巨漢の星輝士は照れたような表情を一瞬、浮かべた。「オレは責められこそすれ、感謝されるようなことなんて、何もしてねえよ。結局、守りたいものを守れなかったんだからな」そう言って、深々とため息をつく。 「お前は守ったさ」何かと気落ちしがちな相手を励ますつもりで、ランツは声をかけた。「カレンの亡骸をな。少なくとも、墓に入れて埋葬してやることはできる」 「しかし……」リメルガは、暗い表情に戻っていた。「オレの仕事は終わっていない。ラーリオスはきっと健在だ。じきに穴から出てくるだろう。嬢ちゃんの亡骸は、身内に託した。報告もした。だから、後は、やり残した仕事をするだけだ」 「そんな体で何ができる!」冷ややかに、ソラークは口にした。「貴様はただ死に急いでいるだけだ。奇跡はそう何度も起こらない。せっかく拾った命だ。もっと大事に使うことを考えろ」 「そうだな」ランツは、ソラークに同意見だった。「リメルガよ。お前の仕事は、カレンの亡骸を守り続けることだ。ここまで運んだんだからさ。最後まで……きちんと埋葬できる場所まで運んでやってくれよ。それと、オレたちに万が一のことがあれば、上への報告も頼むわ」 そこまで言ってから、いつの間にか弱気になっていたことに気付いて、付け加える。「まぁ、オレは死ぬ気はないけどな」 「そんな……」リメルガはまだ納得しない様子だった。「オレも、あんたらといっしょに戦わせてくれ」 「分からねえ奴だな」ランツは、イライラと言い放った。「傷だらけのお前は足手まといなんだよ。それに、お前の戦場はもう終わった。ここからは、オレたちの戦場だ。カレンの仇討ちは、身内にさせるのが筋ってもんだろうが。兄のソラークと、婚約者のオレが復讐をするって言っているんだよ。部外者は、黙って譲るくらいの気を利かせな!」 そう言って、巨漢の戦士を威圧する視線で、にらみつけた。死に急ぐような奴と一緒に戦っていては、自分たちの周りにも死神がまといつくような気がした。 「……分かった」気圧されたのか、不承不承、リメルガは引き下がった。「嬢ちゃんの亡骸は、オレが守る。だが、埋葬するのは遺族の仕事だ。そこまで押し付けないでくれよ」 カレンの遺体とともに戦場から去っていくリメルガの後ろ姿を見やりながら、ソラークはランツに言った。「いつから、貴様はカレンの婚約者になったんだ?」 その言葉を、ランツは黙って聞き流した。 |
●作者NOVAの余談 9章で、強引に中断した「リメルガVSラーリオス」ですが、細かい描写は割愛しても、一応、何があったかぐらいは示さないと、読者に不親切と感じました。 そこで、本章で「リメルガの報告」という形で、伝えたわけですが……ついでに、リメルガ視点では書けなかったことを補完する章でもあります。 リメルガは基本的に、「人の名前をあまり覚えないキャラ」です。 だから、ロイドも、ジルファーも、「犬っころ」とか「紫トカゲ」なんて仇名で処理されてしまいます。そこを、ソラークとの会話で、読者に情報として伝えるようにしています。 逆に、ソラークは管理役としても優秀で、「人の名前を完璧に覚えるキャラ」として描写。傷だらけのリメルガと出会った際も、「確か……リメ……ルガだったか? 《神子の間》の番を務めていた」と発言。名前と配置までは覚えていたけど、言い慣れない名前だったので、とっさに出てこず、若干言いよどんだ感じで描写しています。 それでも、リメルガの心情としては、「こんなオレみたいな奴の名前とか、よく覚えてるな? この大将はよ」と受け止めていたりします。 その後の戦いの流れですが、リメルガの右拳から火の玉が飛び出したのは、イメージソースとして、ボクシング漫画『リングにかけろ』のギャラクティカ・マグナムだったりします(笑)。9章で、その伏線として、「どこかにガトリングガンでもなかったか? いや、威力のあるマグナムでもかまわねえ。急所にぶちこみさえすれば」と書いてあります。 ラーリオス世界での説明としては、最初にラーリオスを殴った際に、膨大な「炎の《気》」がリメルガの拳に宿るようになった。その《気》の力がリメルガに新たな必殺技をもたらした、ということになります。ただ、リメルガは《気》の操作がうまくできないので、しばらく「炎の《気》」の暴走に悩まされます。そこで、「炎の《気》」を制御するための義手を装着することになるのですが……それはまた別の話ってことで。 ともあれ、本章でリメルガは物語から退場します。 作者としては、「とっとと出て行け。物語の中での、お前の役目は終わったんだからよ」というのが本音でしたが、もう、リメルガは最後の最後まで反抗してくれました。「オレもいっしょに戦わせてくれ」としつこく食い下がってきます(苦笑)。よっぽど、最終決戦はソラーク、ランツ、リメルガの3人で戦わせようか? と迷いもしましたが、そうなるとランツの見せ場がなくなるか、とも思い、「お前の戦場はもう終わった。ここからは、オレたちの戦場だ」と発言させています。 でも、勢いで、「兄のソラークと、婚約者のオレが復讐をする」とまで出てきてしまったときは、自分でもビックリ。「お前、どさくさに紛れて、婚約者に成り上がってるんじゃないよ!」と作者的にツッコミを入れたくて、その手のセリフをソラークに言わせています。 この辺、ちょっと人死にの多い、重い展開が続くと思うので、ちょっとしたユーモアの意図なのですが、果たして有効だったかどうか。 |