13.対決ラーリオス 洞穴の暗闇の中から、炎の魔神が姿を現した。 リメルガに匹敵するような巨体。 赤と黒の鎧は、上位星輝士の甲冑とも、一般の星輝士の生物様の表皮とも違い、固まったマグマをそのまま身にまとったような、ゴツゴツとした鉱物感覚を漂わせている。鎧に覆われていない箇所は、まだ固まっていない溶岩のようにドロっと流体じみており、そこからシューッと蒸気が噴出している。 固体と液体、気体の全てをまとった姿は、どことなく不安定で、いかにも異質な世界から来た魔物じみていた。 ラーリオスが雪原に姿を現すと、周囲の雪はたちどころに蒸発し、周囲がおぼろげな白い煙に包まれる。 白霞の中で、煌々と輝きを放っているのは3色の光だ。 腹部に埋め込まれた《太陽の星輝石》は、魔神の力の源らしく赤く毒々しい光を発している。その色は、ランツの鎧の 胸に装着されているのは星輝士ジルファーから奪った《氷の星輝石》だ。真下の《太陽》の光に圧倒され、浸食されているようで、いくぶん弱々しくはあったが、それでも紫色の光が明瞭に、それでいて、どこか そして……鉤爪の生えた左拳の甲に収められているのが、緑色の光を宿した《森の星輝石》、すなわちカレンの所有していた石であった。前の持ち主の元にあったときは清冽さを示していた光が、今は深緑の瘴気を漂わせているようにも見える。 3つの星輝石の力を一身に帯びたラーリオスの姿は、化物ではあったが、それにも関わらず その姿に圧倒され怯えないのは、よほどの鈍感であるか、それとも勇気ある者、あるいは強い決意や復讐の誓いを固めた者だけと言えた。 こうして今、決然たる星輝士2人と、失墜した太陽と言うべき魔神の戦いが開始された。 洞穴前の平地は、もはや雪原とは呼べなかった。 ラーリオスの全身から発する熱により、雪は完全に蒸発し、むき出しの大地が広がっている。 この時点で、ランツの段取りは少々狂ってしまった。水上や雪上のように滑走板を使うわけには行かず、スピードで翻弄する戦法は断念するしかない。板に車輪でも付いていればともかく、六脚では大した速度も出せない。 「だったら、奴の足を止めるまでだ」ランツは素早く戦術を練り直すと、地の《気》に働きかけた。 ラーリオスの足元の大地が盛り上がり、枷のように拘束する。 しかし……魔神が一声吠えると、土の枷はたちまちドロリと熔けて、枷の用を為さなくなってしまった。 「暑苦しい図体をしやがってよ」ランツは、文句をつぶやきながらも、次の手を考えるのだった。 長期戦はまずい。 魔神の周囲の空中を旋回しながら、ソラークは判断した。 ラーリオスの左手に装着されているカレンの石が、どうしても目に入る。この緑色の石は、とりわけ治癒の力に秀でている。もしも、その力をラーリオスが使いこなすならば、多少の攻撃のダメージはたちどころに癒されてしまうだろう。 だからと言って、うかつに相手の間合いに踏み込んで、こちらが回復不能の大ダメージを受けてしまうのも、はばかられる。 先に相手の間合いと、 そう判断したソラークは、 一閃、二閃、三閃……素早い連続攻撃を立て続けに繰り出す。レイ・ヴェルクがあってこそだ。いちいち風の《気》に命じていたのでは、ここまでの早さで技は出せないだろう。 それでも……少しは避けられることを想定していた。が、思いがけず、全ての攻撃がラーリオスに命中したのを見やると、かえって意外な気分になる。 なるほど、避ける気がないのか。しかし……生身の肉体ならともかく、装甲に覆われた体には、よほど上手く急所に当てないと、ダメージは及ぼせそうにない。 有効な攻撃を浴びせるには、相手の急所を探る必要がありそうだ。 ソラークが槍から、青い光を連発して、ラーリオスに当てているのを見て、ランツもまた悟った。 「飛び道具を当てるのは簡単ってことか。だったら……」左手の楯を外す。周囲にギザギザのトゲが散りばめられた楯は、回転させると防具から凶器に変わる。そのまま勢いづけて投げると、立派な飛び道具だ。 「おい、どっちを見ているんだ!」空からの攻撃に翻弄されているらしい魔神に対して、挑発する声を掛けるや、円盤を投げつけた。 ラーリオスの反応は鈍いようで、やはり避けようとしない。 こいつは効くぜ。 直撃を確信して、内心ほくそ笑んだランツは、しかし、次の瞬間、期待を裏切られることになって、うめき声をあげた。 ラーリオスの胸の石が、紫色に強く輝くと、同じ色をした氷の楯が魔神の正面に生成されたのだ。 ランツの赤い楯は、紫の楯にぶつかり、シャキーンッと小気味良い音を立てて、弾き飛ばされた。そのまま、カランと地面に転がる。 「畜生、ジルファーめ。死んだ後まで、いけ好かないことしやがって」 故人に対する八つ当たりだということは十分承知で、ランツは恨み言をつぶやいた。 やはり、ラーリオスは奪った星輝石の力を使いこなすようだ。 ランツの攻撃が失敗に終わったのを見て、ソラークは自分の予測が的中したことを知った。 あまりいい話ではない。《太陽の星輝石》の力がどれほどかは分からないが、少なくとも氷使いジルファーの技と、カレンの治癒術が魔神を助けることになるのだ。単純に計算しても、上位の星輝士3人分の能力を持つ相手を、2人で倒さなければならない形になる。 最初は、隙を見て一気に懐に飛び込み、レイ・ヴェルクで貫こうと考えていたが、ジルファーの防護が働くならば、そう簡単にも行くまい。 うまくランツと連携をとって……そう考えたとき、ラーリオスが思いがけない速さで動くのが目に入った。 「ゲッ、こっちに来やがった」 楯を拾いに行こうと思ったが、ラーリオスが大股で突撃して来たのを見て、ランツはあきらめた。 (どうする? 逃げて、距離をとるか?) 一瞬、考えたその選択肢を、ランツは捨てた。距離をとった後の手が見つからないからだ。 基本的に、ランツは接近戦主体の戦士だ。堅固な防御力で相手の攻撃を受け止め、鋭い破壊力の武装で一気に斬り裂く。 だったら、正面から相手の突進を受け止めて、返り討ちにしてやる。 気になるのは、先ほど相手が見せた、氷の楯の防御だが……援護が得られないか、と上空のソラークに目を向けたとき、ランツの脳裏にひらめきが走った。 楯代わりに背中の装甲板を左腕に装着する。バランスは悪いが、六脚パーツを展開した巨大なクローは威圧感バッチリのはずだ。これこそ、正に攻防一体。 一方で、右手の刃もしっかり展開する。 準備はバッチリだ。さあ、来やがれ、化物。 ラーリオスは、空中の自分よりも、地上の相手を 一方、ランツの方も、真正面から受け止めることにしたようだ。 ソラークは、空中で動きを止め、その激突を見守ることにした。ランツが窮地に (近づくと、やっぱり熱いな) 体中が汗ばむのを感じながら、ランツは魔神の突進に対して、装甲板を構えた。左側面を相手に向け、右手の必殺武器は、いつでも振るうことができるように力を抜いて、ダラリと下げたままの姿勢を保つ。 そのまま、こちらからも駆け出して、勢いをつける。 案の定、飛び込んできたラーリオスは、炎の拳を浴びせてきた。それを装甲板と、六脚のクローで受け止める。衝撃で脚の一本がもがれたが気にせず、そのまま押し込む。 装甲板がジュッと焼け、ズゴッと相手の拳が貫通するのを、ランツは見てはいなかった。その前に、装甲板を左腕から外し、次の動作に移っていたのだ。 装甲を固定しているのは、大地に伸びた二本の脚パーツ。 装甲板を貫いたラーリオスの拳は、それが一種の その数瞬の間に、ランツは大地を蹴る。さらに、敵の拳に貫かれた装甲をも蹴りつけて、二段跳びの要領で宙に舞い上がった。先刻の 器用に相手の肩を踏み台にして、頭上に跳んで前方宙返り。 右手の刃を魔神の首の後ろにズブリと突き刺し、そのまま滑るように切り裂く。 直後に身をひねって、上手く着地すると、吹き出す血を浴びないように、ダダダっと一気に駆け抜ける。 振り返ることはなかったが、確実な手応えを感じて、ランツはニヤリと会心の笑みを浮かべた。 |
●作者NOVAの余談 ラーリオスとの戦いを、ソラーク視点と、ランツ視点を小刻みに切り替えながら、ゲーム的に描いた章。 まず、ラーリオスの外見描写は、8章のリメルガ視点のものより丁寧に記しています。 これは、この戦いがクライマックスだから。 下手な小説では、序盤に主人公の描写を事細かにするだけで、後は描写がないがしろになったりするのですが、大事な描写は要所要所きちんと積み重ねが必要だと考えます。 敵についても、見る者の視点が変われば、見えている物が変わる、という考えがあるので、対戦相手に合わせて、描写を変えるなどの工夫は心がけています。 ともあれ、ラーリオスの登場によって、それまで雪原だった戦場が、白い煙に包まれた地面に変わる。この辺は、異世界じみた戦場をイメージ。いわゆる「魔空空間」とか「幻夢界」とか「不思議時空」って奴ですな。 だから、ラーリオスの力も「通常の3倍」だったりします。ええと、《太陽》と《氷》と《森》の3倍パワーって感じでしょうか。とにかく、とことん強いラーリオスを、ランツとソラークがどうやって倒すかが課題です。 まず、先攻はランツから。 魔法の《土の枷》で動きを封じようとして、抵抗されました。 続いて、ソラーク。 遠隔攻撃の《風刃斬》で連続攻撃して、少々のダメージを与えたようですが、かすり傷。 接近戦しかできないラーリオスが移動してくる間に、再びランツの攻撃。 左手のシールドを投擲します。ここで神谷明の声で、「ゴーーーッド・ブーーーメラン!」と空耳が聞こえるようなら、NOVAと同じロボット感性がありますな(笑)。 でも、魔法の《氷の楯》が発動。ランツは次々、攻撃を無効化されています。 で、ソラークが観察の間に手を休めている間に、ラーリオスが突進。 ランツは覚悟を決めて、正面から受け止める態勢に入ります。背中の六脚パーツ付き装甲板を左腕に装着したクラッシャーモードに変形し、ラーリオスの「ファイヤーナックル(炎の拳)」を抑えます。 その後が変則的なアクロバティック殺法。 自分の装甲を外して、ラーリオスの拳を押さえ込み、さらに、それをジャンプ台代わりに使用。 そして、ラーリオスの肩に跳び乗ります もし、ここでラーリオスが喋られるなら、「オレを踏み台にした!?」と某黒い三連星みたくセリフを口走ってもらいたいものですが、それを言うと、シリアスな世界観が完全に吹っ飛んでしまいますので、あくまで脳内パロディーということに。 そして、アクロバティックな動きで、空中一回転して、相手の首筋にかんざし、もとい刃を突き刺すのは、必殺仕事人へのオマージュ。 おお、ランツ、勝っちゃいましたよ。思いがけず。 |