3.ゾディアックの予言 「どういうつもりだ!」 そう言ったのは、二人同時だった。 発した言葉は同じだが、込められた感情は対照的だ。 赤い鎧の男は、熱い怒りを隠しもしない。それに対して、黄金鎧の星輝士は、冷ややかな響きを帯びている。 前者はかさばる左右の武装を小さく収納した。それに応じるように後者も鳥面を解除している。両者とも、戦闘を続ける意志はないようだが、言葉による衝突はなおも続けられそうだった。 数秒の沈黙のあと、先に言葉をつないだのは、感情的な男の方。 「どういうつもりだと? それは、こっちのセリフだ、ソラーク! 攻撃してきたのは、そっちだろうが。オレはお前の攻撃を防いだだけ。説明は、お前が先にしやがれ!」 一気にまくし立て、真っ直ぐ、にらみつけてくる男の顔に、やましいところがないのを見てとると、ソラークは相手の目を見つめ返して、言った。 「ランツ、貴様の担当は、 その言葉を聞いたランツは、にらみつけていた目を数回、パチパチ瞬きしてから、ため息をついた。 「前から思っていたが、やっぱり、お前は相当な堅物だな。オレの鎧も、堅さには自信があるが、お前のその堅苦しさにはかないっこねえ。脱帽するよ」 そう言って、先ほどはじき飛ばされた額冠を拾い上げて、ついた雪片をはらい落とす。 「脱帽するまでもねえか。もう、はじき飛ばされた後だもんな」 軽口をたたいて、その場の気分をほぐそうとするランツに対し、ソラークは周囲の空気以上に冷ややかな視線を向けた。 「こちらの質問の答えは、まだ聞いていないぞ、ランツ。西側に何か異常でもあったのか? それなら、ここに来たのも納得するが……」 どこまでも任務に忠実な僚友の言葉に、ランツはまたもため息をついた。吐く息が白く見え、心を一層、寒々とさせる。 「……異常なんて、あってたまるかよ。こんな寒空の下で、好きこのんで出回っているのは、オレたちくらいだろうさ。やれやれ、オレも、こんなところに配備されると分かっていたら、《太陽》よりも《月》の守護を希望するんだった」 「それは裏切りの表明か? ならば、再度一戦交えることになるが……」ソラークは、額冠をつけ直した友人に対して、拳を構えてみせた。しかし、その表情は多少、 「冗談じゃねえ。それこそ味方同士で、争っても意味がないだろう。大体、オレは《月》の星輝士の名前すら、よく覚えていねえんだぜ。ええと、シンク何ちゃらって言ったかな」 「シンクロシアだ。いい加減に覚えろ。そんな様で、よく上位の星輝士が務まるものだ」 「オレの仕事は戦うことであって、頭を使うことじゃない。予言書の解読なんて面倒くさい仕事は、バハムートのおっさんに任せるし、作戦面なんかはあんたたち、学のある連中に任せるさ」 「そう言っている割には、軽々しく任務違反を犯すじゃないか」 ソラークの追及は、どこまでも厳しい。 「そりゃ、任務の性質にもよるさ。だいたい、《太陽》と《月》の二人の星輝士の闘争だなんて予言に、意味があるのか? 戦う相手が誰にせよ、同じゾディアックの星輝士同士、協力して事に当たればいいじゃないか。わざわざ味方同士で対決する必要がどこにある?」 星輝士が属する秘密結社ゾディアック。バハムートは、十二人いる上位の星輝士の筆頭にして、高神官の立場を兼任する。ゾディアックでは、彼の上に立つ最高神官や、預言者とも呼ばれる巫女頭がいて、複雑な政治闘争を行なっている。だが、武門の長であるバハムートの権限は、誰もが一目置くところだ。そして、星輝士にとっては、複雑な言葉をもてあそびがちな他の神官たちよりもバハムートこそが、分かりやすい信仰の導き手として考えられている。 ここにバハムートがいれば、きっと「神に対する冒涜だ!」と激怒しかねないな。 赤鎧の星輝士が口にする言葉を聞きながら、ソラークは考えた。どこまでが軽口で、どこまでが本気なのか図りかねるが、ランツの言い分にも共感を覚えてはいた。 数多ある星輝石の中でも、最上位に当たるのが、《太陽》と《月》の二石。 《太陽》の加護を受けた、選ばれし星輝士がラーリオス。 それに対する《月》の星輝士がシンクロシア。 この両者は、いずれ対決し、どちらが頂点に立つか決めなければならない。そして、他の星輝士もその戦いの中で、どちらかに付き、戦う宿命を帯びている、と伝説の龍の称号を持つ筆頭輝士は言っていた。勝った側が、地上を統べ、永遠の平和を築く神の力を身につける、と、神官たちの解読した予言書には記されているそうだ。 バカバカしい。 ソラークだって、そう思う。 神の力などという曖昧な言い伝えのために、すでに一騎当千の力を持った戦士たちが、互いに争いあう。その持てる力を、それこそ、地上の悪を滅するために使えばいいことではないか? もちろん、正々堂々を旨とするソラークのこと、心の内で感じた疑念を直接、バハムートにぶつけたことがある。 しかし、バハムートの答えは明快だった。 「星輝士がいかに強力な戦闘力を持っていても、地上の悪を滅することはできぬ。なぜなら、悪は人の心に巣食うゆえ。悪を滅しようと思えば、人類そのものを滅ぼさなければならぬのだ。それでは意味がない。真に、人の心の悪を滅することができるのは、試練に打ち勝った神の子のみ。そして、神の子の試練には他の星輝士も随行する。 確信をもって話すバハムートの言葉は、宗教的指導者のそれにありがちな熱狂を多少なりとも帯びていた。その揺るぎない信仰心には、完全には馴染めなかったが、星輝石の加護そのものは本物だ。力が本物なら、夢にも思える宗教話にも、何らかの真実はあるのやもしれぬ。 他にすがる当ても持たぬソラークには、バハムートの話を信じるしか生きる道はなかった。 |
●作者NOVAの余談 ソラークとランツの会話を通じて、この物語の背景設定を紹介する章です。 ラーリオスの物語において、「星輝士」と、そのバックボーンである秘密結社「ゾディアック」の設定は欠かすことができません。星輝士の外見イメージや、その能力の一端は、1章や2章で示したので、ここでは「ゾディアック」が話題になるわけです。 なお、本編中では、ソラークとランツの固有名詞は、ここで初めて書いてあります。 これも、先に名前を出してしまうと、「星輝士の神秘的・幻想的イメージ」が崩れてしまう、と考えたためです。固有名詞を出さないまま、ていねいに描写を積み重ねて、イメージを深めた上で、会話シーンでの呼びかけによって初めて固有名詞を出す。その後で、キャラへの親近感を高める描写をする……そういう段取りを意識しました。 キャラへの親近感……ですが、ソラークの場合は難しい。あまり、親近感をもってもらうと、クールさが崩れる。こういうクール系のキャラは、少々、距離をとって接するべきと考えます。また、設定語りをする上でも、あまりベラベラ喋らせると、興醒めというか。 そこで、よりストレートに感情を出して、喋ることのできるキャラとして、「ソラークと対を為す役割」のランツを登場させたわけです。 書いている最中に感じてきたことですが、ソラークは「ガンダムWのヒイロ」、ランツは「同作のデスサイズ・パイロットのデュオ」だなあ、と。自分は、デュオの方が好きなので、書きながら次第に、感情移入対象がランツに変わっていったりします。 まあ、この時点では、真面目な堅物のソラークと、不真面目で無作法なランツという組み合わせでしかなく、ソラークには言わせられない乱暴な発言(組織への不平・不満や、疑惑など)を、肩代わりする程度でしたが。 さて、ゾディアック。 原案者によれば、「正義の秘密結社」という、いささか奇妙な設定です。 掲示板上でのやり取りで、おいおい分かってきたことですが、氏の創作手法には「好きな作品の諸々の設定を深く考えずに、ごった煮にして矛盾たっぷりに混ぜ込む」という悪癖があり、ゾディアックについても、「仮面ライダーBLACKの悪の組織ゴルゴム」と「聖闘士星矢の聖域(サンクチュアリ)」を足して、整合性を無視したところがありました。 そこを改めて、どう料理していくかが自分の課題だったのですが、ここでは「設定上の矛盾は、物語内のキャラも疑問を抱いており、困惑しているものの、宗教的理念やら予言書やらで半ば強引に納得させられている」と解釈。 とにかく、本作の範囲では、「ゾディアックが星輝士たちを統べ、その頂点である《太陽》ラーリオスと、《月》シンクロシアを対決させるべく、準備を進めている」ということが分かれば十分。 あと、シンクロシアというネーミングですが、NOVAが掲示板上で「シンクロア」という名前を提案し、それに対して原案者がとりたてて異議を出さなかったのに、その後、氏の書いた作品内で深い理由もなく、「シンクロシア」という名前に改変されて、少々もめたことがあります。 これは、共同企画の難しいところですが、「意見の食い違いについて、互いに論じることなく、勝手に既成事実を作ってしまって、良しとする態度」は、信頼関係を損ないます。まして、「意見を募集します」と言っておいて、「意見を出してもらって、それを一度は受け止めておきながら、後から勝手に変えてしまう態度」は、共同企画参加者に対して不誠実と感じました。 そんなわけで、掲示板上での初発表時は、そうした不満を、ランツのセリフに託していたりします。その部分の記述を挙げてみると、 「冗談じゃねえ。それこそ味方同士で、争っても意味がないだろう。大体、オレは《月》の星輝士の名前すら、よく覚えていねえんだぜ。ええと、シンク何ちゃらって言ったかな」 「シンクロシアか?」 「そう、それだ。シンクロア、いやシンクロシアか。全く、発音しにくい名前を付けやがってよ」 「おいおい、名前は予言書に伝えられたとおりだろうが。貴様は誰に文句を言っているのだ?」 「もちろん、その名前を付けた神、あるいは予言書を解読したバハムートのおっさんだ」 今回、改稿作業をするに当たって、さすがにそういう記述が、物語の雰囲気を損なうと考えて、修正してあります。 まあ、掲示板上でのやり取りを経て、「シンクロシア」と「シンクロア」のネーミング問題は、本作のエピローグでつじつま合わせをして、どちらも認める、という形に解決したわけですが。 原案者の作品とのやり取りといえば、「筆頭星輝士バハムート」の存在もトピックになりますね。 原案者の創造した彼を、きちんと重要な役どころで登場させることが、共同企画としてのキャッチボールと考え、本作のエピローグでも「原案者の作品との橋渡し」を務めさせてもらっています。ここでは、その前段階の伏線として、許可をもらった上で登場させています。 |