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プレ・ラーリオス

太陽の失墜(4)


 
4.交わりの(とき)

「おい、話、聞いているのか? さっきから黙りこくってよぅ」
 いつの間にか物思いにふけっていたらしい。ランツの呼びかけの声が、ソラークを現実に引き戻した。おのれの曖昧(あいまい)な信仰心を、軽口で揺さぶられたソラークは、星輝石に手を当て、心の中で懺悔(ざんげ)した。

 星輝石の温かさが指先に伝わってくる。厳寒の大気の中で、凍えることもなく活動できるのも、体温調節や、衝撃緩和などの石の加護のおかげ。生身の人間なら、たとえ防寒具を着ていても、この《峰》(プレクトゥス)では長時間、耐えられないだろう。
 この地で星輝石の加護を失えば、自分は死ぬな、とソラークは一瞬、考えた。
 しかし、いまだ加護は失われずに、彼と友の身を暖め続けている。それを思うと、ゾディアックの神は、人の軽口や、信仰心へのかすかな疑問程度には動かされぬほど寛大なのだろう。
 それにしても限度はある。そう思ったソラークは、僚友をキッとにらみつける。
「貴様のさっきからの口ぶり、冒涜もいいところだぞ」
 バハムートがこの場にいれば言いそうなことを、口にする。ランツの口ぶりからは、異常事態が起こっている様子は感じられない。また、裏切りの下心があって、ソラークの注意をそらそうとしているわけでもなさそうだ。
 単に、もうすぐ終わる見張りの任務に飽き飽きして、話し相手を求めに来たのだろう。
 油断もいいところだ。
 そう思いつつ、ランツの気持ちを察したソラークは、いくぶん寛大に振る舞おう、と決めた。はりつめがちな気分を平常心に保つのも、星輝士の修行の一環である、と心に言い聞かせながら。
「冒涜、冒涜って言うけどよ。オレは、神なんて信じてねえぜ」
 まったく、こういう男でも、星輝石の加護を身に宿しているのだから、ゾディアックが単に堅苦しい信仰集団ではないことの何よりの証だ、と思う。
「それでは、貴様は何を信じているのだ?」そう、問いを差し向けると、
「力に決まっている。星輝石の加護は本物だからな。目に見えない神よりも、目に見える現実の力。力こそが戦いに勝ち、世界を変える源だ。星輝石にはそれがある」
 ギラギラした男の目は、明らかに嘘がない。ある意味、正直で自分を偽ることをしないのだろう。その点は、共感が持てる。それでも――
「貴様は俗物だ」ソラークは断言した。「力には、それを扱うための精神性が必要だ。そのために、自分を律することを学ばねばならぬ」
「あぁ……その言葉、バハムートのおっさんとそっくりだな」ランツは、いかにもうんざりしたような視線を向けてきた。「予言とか、他人の言葉で、自分を飾るってか? お前は、もう少しマシな男と思っていたぜ。やっぱり、貴族とかは、そういう考え方をするもんかねぇ」
「……」ソラークは、沈黙したまま、ランツに鋭い視線を向け返した。寛大に振る舞わねば、と思いつつ、出自のことを持ち出したランツに苛立ちを覚えた。それでも、どうにか自制して、静かに言葉をつむぐ。「家はすでに没落した。家名も捨てた。そういう言い方はやめてくれ。今は、一人の星輝士として語っている」機械的で、冷ややかな物言いだが、それは内心の感情を外に出さないためである。
「没落しても、貴族は貴族さ」ソラークと違って、ランツは自分のペースを崩さずに話を続けた。この男は、相手の反応を見て、いちいち自分の言葉遣いを訂正する必要性を感じないのだろう。無作法とも、礼儀知らずとも言えるが、それだけに核心をついた発言をする。「オレみたいな戦場で生まれ育った傭兵上がりとは、訳が違う。生きるか死ぬかの世界では、精神性なんて考えることもなかった。いかに戦い、いかに生き延びるか、それが全てさ」
「戦ってきたのは、傭兵だけではない」
 今夜はいつもより饒舌(じょうぜつ)だな、と思いながら、傭兵上がりの男の話に、いつのまにか引き込まれている自分を、ソラークは自覚した。「貴族の世界もひどいものだ。生きるか死ぬかの謀略は常に付きまとう。口先だけは正々堂々を装いながら、その実、相手を陥れるための陰謀を絶えず、巡らせている。負けた者は、命の代わりに、社会的に抹殺される。時には、普通に命を奪われた方がマシ、という状況にすら追い込まれるのだ」
 語る口調に、苦々しさが混じるのを意識する。「それを救ってくれたのが、ゾディアックだ。貴様もそうではないか?」
「ああ、ちげえねえ」ランツは認めた。「だから、オレは星輝石の力、ゾディアックの力は信じる。だが、不毛な戦いに巻き込まれたい、とは思わねえ。それに……負ける側につくのもゴメンだ。だから、オレなりに情勢はきちんと見極めているつもりだ。学はなくても、生き抜くための知恵は持ち合わせたいからな」
 確かに、そうだろう。ランツは決して愚か者ではない。歴戦の傭兵として、時流を見極める目を持っている。それだけに、敵に回る可能性があるとしたら……油断できない。
「自軍が負けると思ったら……どうするのだ、貴様は?」答えにくい問いを差し向ける。これで、少なくとも、相手の真意は計れるはずだ。
「もちろん、逃げ出すさ」あっけらかんと、ランツは答えた。「あるいは裏切るか」
……信用できない男だな、貴様も」そう言いつつ、ソラークは別の意味で、この傭兵上がりの男を見直していた。貴族の世界では、口先ばかりの建前や大義を重んじる。逃亡や、裏切りは日常茶飯事とはいえ、うかつに口の端に乗せるものではない。そういう醜い所業は、人知れぬところでこっそりと行うものだ。
 逃げ出す、裏切る、と何のためらいもなく表明した相手を、ソラークはかえって正直者と評価した。正直はバカとも言えるが、陰謀に疲れた身には、清々しく映る。
「今回はどうする気だ?」相手の思いがけない反応が興味深く、さらに問いを差し向ける。
「裏切る理由がない」ランツは、そう断言した。「《太陽》と《月》では、どう考えても《太陽》が勝つ。大体、大きさや輝きからして違うだろうが。《月》に回った連中の気がしれねえ」
 その単純な考えに、ソラークは思わず笑みを浮かべた。「……道理だな。だが、謀り事は、常識の陰を突いてくるぞ」
「だから、オレたちが寒空の下で、見張りについているんだろう? 《月》の連中から、目覚める前の太陽輝士(ラーリオス)の暗殺を防ぐために」
「その割には、貴様は持ち場を離れているではないか?」
 我ながらしつこいな、と思いながら、ソラークは追及の言葉を繰り返した。
「オレなりの合理的判断って奴さ」案の定、ランツの返事は意外だった。
「合理的判断?」思わず、オウム返しに問い返す。
「ああ、そうさ。オレの得意技は、地の《気》を操作すること。あんたと話していても、さっきから《峰》(プレクトゥス)の斜面に触れる異常は漏れなく探知しているぜ。たとえ、それが西の斜面であろうと、地面に触れてさえいれば、侵入者は全て分かるって寸法さ。今は、オレたち2人以外、誰も山に立ち入ってねえ。まったく平和そのものだ」

 そう言われてからよく見ると、ランツの鎧の両側胴部から一対の節足パーツが、不自然に伸びて、雪の下に埋まっている。直接地面に接触させることで、地面のかすかな振動か何かを感じているのだろう。こうして喋っていても、元傭兵は油断なく、見張りの任務を続けていたのだ。うかつなのは、自分の方だった。
「敵が地面に触れて来なかったらどうするんだ?」恥を承知で念のため、尋ねてみる。
「空は、あんたの得意分野だろうが。当然、風の《気》に探索を命じているよな」そう言って、ランツはニヤリと笑った。
 ソラークは、苦笑を浮かべながら、改めて風の《気》に命じて、西側も含む《峰》の上空を巡回させることにした。
 《気》の操作はできても、応用が利かなければ、役立たせることはできない、と感じながら。

 幸い、空からも侵入者の気配は感じられなかった。
 しかし、異変は、外ではなく、守るべき内側から発生していたことに、二人はすぐに気付くことになる。


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●作者NOVAの余談

 掲示板上での発表のときは、ここまでが「第1回掲載分」でした。
 前章までで、示しておくべき基本的設定は書き終わったので、ここではソラークとランツに、自由に話をさせて、二人のキャラを深めてみようと思いました。

 ソラークは、「内省的な思い悩むキャラ」ですが、自分の役割に納得すれば、周囲をよく観察しながら、任務達成のために全力を尽くすキャラ。ユングの心理分類では、「内向的思考→外向的感覚タイプ」と言えます。このタイプは、「学究肌な面を持ちながら、現実に上手く即して、リーダーシップを取っていけるタイプ」です。
 一時期、NOVAもそういうタイプを目指そうと意識していたのですが、「内向的思考」はともかく、観察力のある「感覚タイプ」には、どうも成り切れなかったというか、思いつきで行動する「外向的直感タイプ」の要素が強く出てしまっている、と自覚します。まあ、文字情報で判断するだけなら不便は感じないので、ネット上では比較的、如才なく振る舞えているのではないかと思うのですが、日常生活では、「明らかに目に見えている物に気付かずに、人から説明されて初めて知る鈍感さ」を発揮(^^;)。小説などでは、観察眼に秀でたキャラなんかに、よく憧れたりします。

 一方のランツは、感情タイプ、直感タイプと言えますね。
 ユング心理学における感情タイプは、俗に言う感情的とは異なり、「周囲の人の感情を的確に察することのできる」性質。要するに、苦労しなくても、他人とうまく合わせて行ける性格なんですね。
 一方、直感タイプは、アイデアマン。その点で、ソラークにはない長所を持っているのは明らか。
 総じて、ランツは「外向的直感→内向的感情タイプ」と思っています。元々は好奇心旺盛で、あれこれ試して、痛い目にも合いながら、経験を積んできたのでしょう。それが、傭兵として何やらあるうちに、仲間との交流云々で、人の気持ちを察する感性を身に付けたのではないでしょうか。ただ、その面では内向的なので、「他人の気持ちは分かり、共感能力は高いけど、それを上手く伝えるのは不得手で、意識して人の気持ちを操作するには至っていない」と。
 なお、これが「外向的感情タイプ」なら、恋愛事なんかにかなり強そうですが、ランツがそうでないのは明らか。

 ともあれ、ユングに代表される「心理分類」は、人の性格を単純に4分類、あるいは8分類してしまうので合理的ではない、と主張する人もいますが、それは心理学に無知な人のたわ言。
 「思考」「感覚」「感情」「直感」といった4分類も、あくまで物事を知覚、判断する上での得手不得手や、傾向性を示したもの。また、こういうタイプは、年齢や経験によっても、十分変化しうるものであり、血液型と違って固定されたものではありません。
 小さいときは「内向的」だった人が、成長して「外向的」に変わることもありますし、逆もしかり。
 ただ、「思考」タイプと「感情」タイプ、「感覚」タイプと「直感」タイプは、割と相反する特性なので、急に変わることはできないようです。「思考」は頭で考え、人の感情も理屈で類推しようとします。一方の「感情」はハートで感じ、人の感情も考えることなく察することができ、それに基づいて波風立てることなく和解したりできるそうで……残念ながらNOVAには、そんな器用なことはできません(^^;)。
 「思考」タイプの人が、他人と如才なく付き合おうと思えば、意識して他人の顔色を読み取る「感覚」タイプの特性を身に付けるか、あるいは自分のペースで思いつきの「直感」発言を繰り返して、相手のツボを発見するか、いずれにせよ天性の「感情」タイプの人とは異なる苦労をすることになりそうです。

 まあ、多少、学問的には間違ったことを言っているかもしれませんが、一応、小説を書いたり、ストーリーを考察したりする程度には、十分役立つ知識として、心理分類学をお勧めしておきます。

 ……って、本当に余談になっちゃったな。この項。

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