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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(1)


 
1章・カレン

 ほのかな緑の香りが、鼻腔をくすぐった。
 長い間、出口の見えない悪夢の中をさまよっていたのだけど、目覚めたときの気分は不思議と安らかだった。
 ふかふかのベッドの上で、大きくのびをしてから、二度ほどまばたきした。
 いつも寝ているベッドは固くて窮屈だった。けれども、今のベッドは、ぼくの体をやわらかく、ゆったりと受け止めている。
 どこだろう?
 天井はもちろん、ぼくの部屋とは違っていた。天然の岩肌がむきだしなので、洞窟や石牢のようにも見えたけど、そんな場所の持つ冷たさや湿り気は感じられず、部屋全体の空気は暖かく乾いている。
 ゆっくり身を起こすと、部屋の様子を確かめた。岩壁には明らかに人の手が入っており、部屋はきちんと長方形になっている。窓はなく、光源も見当たらないけど、部屋全体の空気は普通に明るくて何の違和感もない。あまりに自然な光だったので、しばらくの間は、それが星の力だとか、魔力だとか、術とか《気》とか、そんな神秘的な作用で生じたものであることに気付かなかった。
 床はさすがにむきだしではなく、薄いベージュ色の絨毯が敷いてあった。
 他に家具といえば、小さな机と、イスが二脚、それから何も入っていない戸棚だけ。全体的に殺風景な部屋で、ただベッドだけが豪勢に見えた。何となく、入院初日の病院の一室がこんな感じか、と想像できる。患者の要望に応じて、家族や看護師さんがこれからいろいろと取り揃えるのだ。
 そこが見覚えのない場所であることを確認してから、改めて自分の服装を確かめる。入院患者なら、パジャマとか、ゆったりとしたガウンなんかを着せられているものだけど。
 ……さて、この衣装は何だろう? たとえるなら、古代ローマ時代を思わせる一枚布の貫頭衣をぼくは着せられていた。そういう目で見れば、部屋全体も近代風ではなく、古代とか中世とかを舞台にした物語のセットのように思えてくる。それとも、安物のパルプコミックなんかにありがちな異世界とか、あるいは時間遡行で過去にさかのぼったりしたのか?
 ナードが好きそうな非現実な妄想にさいなまれながら、ぼくは部屋の外を確かめようと、扉に目を向けた。
 女の人が入ってきたのは、その時だった。

「あら。お目覚めになられたのですね」
 そう言う彼女の格好は、やはり中世風味だった。白を基調としたローブは、いかにも歴史ドラマに出てきそうな修道女、あるいは女神官といった感じだ。露出は低く、目のやり場に困ることはないけれども、チアリーディングの衣装と違って、足のラインが隠されているのは何となく残念だ。
 そう感じたとき、不意に健康的なスーザンの姿態を思い出して、ズキリと胸に痛みが走った。闇夜の中に消えた、影を帯びているスーザン。日の光の下で明るく微笑んでいるスーザン。二つの矛盾する姿が、ぼくの脳裏に交互に浮かんで、頭をズキズキ痛ませた。とっさに右手で額を押さえ、思わず苦悶の声を漏らしてしまう。
「大丈夫ですか?」患者に接する看護師さんのような声音と素早さで、女の人はベッドに駆け寄ってきて側頭部に触れた。そこから何か温かい力のうねりのようなものを感じて、ぼくは落ち着きを取り戻した。
「……もういいです」女の人に触れられている気恥ずかしさもあって、素っ気なく、その手を振り払った。「それより、ここはどこですか? あなたは誰ですか? スーザンはどうなったんですか?」次から次へと疑問が湧き上がって来て、矢継ぎ早にまくし立てた。
 ……やっぱり、落ち着いていない。鎮静作用のある癒しの手が離れたからかも。
「今はひとまず、安静にしましょう」看護師さんだか、修道女さんだかは、優しい、それでいて有無を言わさぬ強さを秘めた口調で言って、ぼくの体をベッドに押し倒した。その動作はあまりに自然で、素早く、エロティックな妄想が湧き上がる余地もなかった。
 かぐわしい花の香りだけ残して、スッと身を離した彼女は自己紹介を始めた。ぼくは横たわったまま、その涼やかな声音を堪能することにした。
「私はカレン。あなたの身の回りのお世話係を申しつかっています。ここは、あなたのために設けられた部屋です。足りない物があれば、何なりとお申し付け下さい。何もかも手に入るというわけではありませんが、可能なかぎり尽力します。あなたの質問されたスーザン様については、私たちはよく存じていません」
 有能な侍女さながらに、彼女――カレンさんは、ぼくの質問に的確に答えた。ただ、その内容は満足のいくものではない。たぶん、こちらの質問の仕方が悪くて、彼女に意図が伝わらなかったからだろう。
「あ〜、え〜と」ぼくは呼吸を整えてから、もう一度ゆっくりと身を起こした。「カレンさんですか、もう少し詳しく聞きたいです。ここが今、ぼくの部屋なのは分かるけど、外はどういうところなんです? 病院か、なにかの収容施設か……ぼくの記憶では、怪しい黒ずくめの男たちに気を失わされて、それから……ここにいるんです。ぼくは捕まっているのか、助けられたのか、どっちなんです?」
 緊張が抜けないからか、流暢に喋れない自分がもどかしい。
「ここは、プレクトゥス。《星近き峰》と呼ばれている場所です」彼女の答えは、やはりピンと来るものではなかったが、一つだけ分かったことがあった。どうやら、彼女もナードっぽい。そうでなければ、《星近き峰》なんて幻想的な単語をさらっと口にしたりできないだろう。
 ぼくは改めて、カレンさんの姿をじっくり観察した。
 ……美人だ。はじめは衣装の異質さばかりが目に付いたけれど、金髪と青い瞳はスーザンと同じで、ぼく好みと言える。ただ、微妙な差異が全体的な雰囲気を異なったものにしている。
 スーザンの髪が輝く太陽のような光を放っているとするなら、カレンさんの髪はより淡い色合いで銀色に近いとも言える。瞳の色も、躍動感あふれて、どことなく挑発的、変化の激しい空色のようなスーザンに比べると、カレンさんの方は静かな湖を思わせる色だ。生き生きとしたスーザンと、落ち着いた雰囲気のカレンさん。スーザンとの短い付き合いを通じて、女性の見た目に対する観察力は向上しているように思えた。
 ただ、いくら美人でも、現実離れした妄想狂はいただけない。そう思ったぼくは、カレンさんに話を合わせながら、どこまでナードなのか見極めようとした。
「ああ、プレクトゥスか。素晴らしい響きだね。でも、それって、モンタナのどこにあるの?」口調がぞんざいになったけれども、それはいくぶん親しげな響きを込めたつもりだった。でも、自分の耳にもちょっと軽々しく聞こえて、いまいち落ち着かない。
「合衆国ではありませんよ」そして彼女の答えは、ぼくを唖然とさせた。自分の州から出たことといえば、家族旅行でお隣のカナダにスキーに行ったことぐらい。基本的に、ぼくにとって外国とは遠い異世界も同然だった。
「冗談でしょ」そう口にしたが、カレンさんの落ち着きぶりを見ると、そうでないことは分かる。「つまり、ぼくは自分の故郷を離れて、外国にいる。どうして?」それは、自分の頭を整理するための独り言のつもりで、質問したわけではないのだけど、彼女はていねいに応じてくれた。
「私たちゾディアックがお連れしたのです、ラーリオス様」

 ラーリオス。その名は、ぼくにあの悪夢の夜を呼び起こさせ、もう一度、カレンさんの癒しの手のお世話を受ける羽目となった。


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●作者余談(2012年1月3日、ネタバレ注意)

 今の視点で見ると、第1部は1章1章が実に短いな、と。
 いや、話が進むにつれて、カートがいろいろ考えるようになったり、人間関係が広がったりして、書く内容が膨張しているんですけどね。

 文章量で計算すると、本章は40×40で「3ページ弱」。
 最新の第3部17章だと、「25ページ」になっていて、自分でもびっくり(苦笑)。
 ええと、400字詰め原稿用紙に換算すると、約100枚。
 まあ、2ヶ月間、コツコツ書いてきて、年末〜年始の休みに一気に加速した成果ですが。

 それに比べると、第1部は「10日で1章ペース」なので、1日原稿用紙1枚強。
 今は、60日で100枚だから、平均すると執筆ペース自体は、それほど変わっていないと思います。

 文量比較はこれぐらいにして、内容面。
 本章は、スーザンと引き離されたカートが、もう一人のヒロイン・カレンさんと対面するシーンです。
 『失墜』で死んで行ったキャラを掘り下げるのが、本作の目的の一つですが、まずはヒロインから登場させようと。何せ、本作では燃えバトルでなく、萌え恋愛物にも挑戦したかったわけですからね。

 で、このカレンさんのイメージソースも、いろいろあるわけですが、元の名前は原案者がヒロイン名に使おうとして、結局ボツにした「華蓮」の流用ですね(ボツの理由は、主人公の親友にしてライバルの「蓮夜」と名前がかぶるので)。
 元が「華蓮」なので、植物使いの「森の星輝士」。そして、癒し手のイメージが最初に出ました。
 次に、鷹のソラークの妹ということから、白鳥に化身するまでが、『失墜』段階のキャラ設定。
 あとは、ソラークを密かに想っているという裏設定も脳裏にありましたが、本作の主人公カートに惹かれるようになっていったのは、まあ書き手の願望も入ってますね(笑)。
 カレンのコードネームが、ワルキューレに確定するのは、まあ、後の章でのこと。

 それと、第3部で明確化するカレンの闇化については、第1部から第2部に入る辺りで考えたことなので、本章を書く段階ではそこまで考えていませんでした。
 『失墜』で散ってしまうこと、それがきっかけで、兄のソラークがラーリオスに敵対することまでは決まっており、いろいろな意味でドラマ面の原動力になる「運命の女(ファム・ファタール)」な位置づけではあったのですが。カレンがきっかけで、多くのキャラの運命が狂ってくるようなイメージだけはありました。
 ストレートに闇化を考えるようになったのは、連載中にいろいろと感想を受けての結果です。

 それにしても、今、読み返すと、ここでのカレンさんは、セリフ回しが機械的というか、ぎこちないですな。
 カートに対して、感情移入を示す余地もなく、単に自分の役割に忠実なだけ、といった感じ。
 ただ、あなたの質問されたスーザン様については、私たちはよく存じていません」というセリフは、あからさまに嘘ですね。
 これを書いた段階では、月陣営の設定もはっきり決まっておらず(雄輝編で登場したサマンサが、月陣営の生き残りということのみ)、カレンはシンクロシア=スーザンと顔見知りでない、というイメージで書いていましたが、後に「カレンと、トロイメライと、スーザンの関係性」を設定したために、矛盾となります。
 ま、この部分も含めて、このシーン、第4部ではカレン視点でのちょっとした回想として書いてみる予定です。

 また、カレン絡みのネタとしては、本作の参考に読んだ小説として、映画化もされている吸血鬼ラブロマンス『トワイライト』シリーズがあります。
 で、そちらのヒロイン(当初は人間)の名前がベラ・スワン、パートナーの吸血鬼の名前がエドワード・カレンといって、スワン(白鳥)とかカレンとか、『ロミオとジュリエット』をイメージにしていることとか、結構、頭の中でつながっております。

 さらに、イメージソースに挙げられるのは、甘党の金髪女性という点でスパロボ外伝『魔装機神』に登場するテュッティ・ノールバックがいますが、書いたときは意識していませんでした。後にDSでリメイクされたのをプレイした際に、ああ、こんな感じだなあ、と納得。
 また、転装後のデザインソースが、ジェットマンのホワイトスワンだったり、ガッチャマンの白鳥のジュンだったりしますし、金髪で森のイメージだと、『ロードス島戦記』のディードリットもありますが、ここまで来ると、他にガンダムのセイラさんとか、いろいろなヒロイン要素を混入させているので、これが唯一無二のモデルだ、というのはないな、と。

 属性だけを見ても、巫女とか看護師とか、(ソラークにとっての)妹属性とか、(カートにとっての)姉属性とか、とにかく萌え要素をいろいろ混ぜこぜしすぎて、自分でもキャラがつかめない時期があったり。

 本章では、スーザンを想起させるけども、似て非なる存在として描くのに、結構苦労してますし。
 さらには、カートから見ると、「自分を拉致したゾディアックに対する否定的感情」とか、「オタク的に現実離れした要素への拒否反応」とかあって、ファーストコンタクトが必ずしも、うまく行ってません。
 とりあえず、カートをカレンさんと接触させてみて、若干書きにくさを覚えたので、カートの設定をあれこれ固めていく流れが、第1部になりますか。
 で、カートがある程度、固まった段階の第2部で、改めてカレンさんと絡めていったわけですが、そういう話も後々にしていきましょう。
 
 他のトピックとしては、「意識を失って、ベッドに寝てから起きると、女性キャラに介抱されていて、被保護者として会話が展開」というのが、本作の恒例パターンなんですが(笑)、
 このシーンの自分的原型は、『ウイングマン』にあります。
 主人公の健太が、ヒロイン(の一人)の美紅ちゃん(保健委員設定)に初めて出会うシーンが、本章を書いていて、脳裏にありました。

 そもそも、ベッドと女性キャラというと、それだけでエロティックな妄想になりがちですが(オイ^^;)、その辺は、カートもいきなりガッつく性格にはしたくないし、自分もラブコメを書き慣れているわけではないので、徐々に描いていければいいなあ、と思ってました。

PS:最近、思いついたネタですが、「夜明けのレクイエム」の漢字部分。「明け」は「太陽と月」が重なっていて、「夜」はトロイメライのイメージ。
 で、「明」にカレンさんの象徴の植物を加えると、「萌」となったりします(笑)。
 ええと、「太陽のカート」と「月のスーザン」と「森のカレン」の三角関係で萌え話を描けるか、というのが、レクイエム最大のテーマだったのか? と、自分的には納得。

 でも、短編的に「夜萌えのレクイエム」なんて話を妄想したりも。

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