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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(2)


 
2章 アウト・オブ・ザ・ディープ

 自分がこんなに精神的に(もろ)いとは思いもしなかった。
 確かに、ぼくは小心で、積極的でも行動的でもない。受け身的な性格であることは認めよう。
 でも、そう簡単にへこたれない辛抱強さは持ち合わせているはずだった。大きくて、容易に崩れることはない堅牢な防壁――肉体面だけでなく、精神的にもそうだと信じてきた。
 好きな言葉の一つは、「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」
 ハンフリー・ボガートが演じたハードボイルド私立探偵の有名なセリフだ。探偵の名前は、マーロウだか、ハマーだか忘れてしまったけど、昔、ドラマで見たときに、セリフの格好良さにしびれてしまった。
 タフさと優しさ、それこそが自分を的確に表現できる言葉だと思ってきた。
 それなのに……『ラーリオス』って言葉を聞いたぐらいで、血を見た乙女みたいに意識が飛んでしまうなんて、情けないにも(ほど)がある。

 カレンさんの温かく、落ち着いた手に触れられて、うわべは何となく安らいだ気分にもどる。でも、気持ちの底では、自分の思いがけない弱さを知って、憂鬱な感情が渦巻いていた。
 ベッドに横たわりながら、ぼくは『ラーリオス』や『ゾディアック』、そして今の状況について、もっと詳しい話を聞こうと質問した。知ることで、いわれのない恐怖や悪夢が払拭(ふっしょく)できるように。
 けれども……、
「……そうした質問に答えるのは、私の役目ではありません」少し言いよどんだ後で、ぼくの世話係を名乗った女性は決然と言った。「もう少し、あなたの気持ちが落ち着いてから、教育係の人を紹介します。今は、むやみに動かないように、ゆっくり休んでいてください」そう告げると、彼女は部屋を出て行った。
 十分な情報も与えられないまま、一人取り残されたことに、不安と、それ以上に苛立(いらだ)ちを感じていた。
 「もう少し落ち着いてから」だって?
 こんな状況で、どうやって落ち着けるってんだ? ぼくの神経はそこまで図太くない。
 いや、こんな時こそ、意識して図太くならないといけないのか?
 タフでなければ生きていけない。そのセリフを心に言い聞かせながら、じっくり構えて、強く振る舞おうとした。
 「まずは情報を整理して、それから行動に移る。自分の行動によって変化した局面に対し、後は臨機応変に振る舞うだけだ」
 問題解決に際して、兄貴がしばしば口癖にしていたセリフを思い出して、口にしてみる。こんな時に兄貴の助言に従うのは癪だけど、利用できる物は何でも利用しないとな。少なくとも、兄貴はぼくより頭がいい。そして、賢明な助言全てに背を向けるほど、ぼくはバカじゃない。

 兄貴の言葉にしたがって、分かっていることから、情報整理を試みる。
 スーザンとのデートの時、謎の黒ずくめの男たちに、ぼくは拉致(らち)された。
 拉致した組織の名は、ゾディアック。
 カレンさんは、美人で、看護師で、コスプレ修道女で、ぼくの世話係だけど、ゾディアックの一味でもある。今のところ、敵意は見せていないものの、とても味方とは言いきれない。
 ぼくは何だか知らないけど、『ラーリオス様』と呼ばれて、どうやら選ばれた立場らしい。
 そして、自分が今いるのは故郷ではなく、どこかの外国。
 さあ、これだけの情報で、何をしたらいい?
 ここで兄貴なら、「情報がまだ不十分だ」とか言って、もう少し様子を見ることだろう。待って、さらに判断の材料を集めようとする。でも、ぼくは兄貴ほど気が長くない。そして、人の助言に全て任せきりになるほど、ぼくはバカじゃない。
 この場での理想は、タフで優しいハードボイルドの探偵だ。自分の精神的な脆さを振り払うには、危地に際して、これまでの小心さを捨て、積極的に行動しないといけない。
 大型トラックのように掛かりの悪いエンジンが、ようやく動き出した。

 バキッ。
 イスの脚を力任せに折って、即席の棍棒のでき上がり。洞窟探検に武器は欠かせない。昔、兄貴に無理矢理付き合わされたゲームの知識だ。
 出口を迷う必要はない。カレンさんが出入りした扉が一つだけ。
 イスの脚製の棍棒片手に、用心しながらそっと扉を開ける。外に見張りがいたらどうしよう? と思ったけど、幸い、そこには誰もいなかった。早速、棍棒を使う羽目にならずにホッとする。
 部屋を出ると、そこは本当に洞窟だった。もしかすると、部屋だけが精巧に作られたセットか何かで、一歩外に出ればビルの廊下とか、文明らしき場所に出られる可能性も期待していた。あいにく期待外れに、フーッとため息をつく。
 空気は意外と新鮮で、よどんでいないけど、それでもやはり洞窟らしくて、冷たく、じめついた感じだった。部屋の中に比べると、明るさも心許ない。月明かりのような微妙な明度の光に照らされた通路は、左右どちらも不気味に、果てしなく伸びているように思えた。
 だけど、ぼくは満足していた。いつまでもベッドに寝たままだと、気持ちも萎えてくる。自分の脚で立って動き回ってこそ、強さも発揮できるというものだ。自分が行動派の人間であることを実感できて、気分もいい。
 右か、左か? どちらに進むか、ぼくは数瞬、悩んだあとで、結局、左を選んだ。何となく、そっちの空気がかすかに動いていて、出口に通じている気がしたからだ。
 自由な外の世界を求めて、ぼくは進んだ。途中、いくつか扉があったり、分岐路があったりしたけど、あまり気に留めることなく、ひたすら出口と思える方向を目指した。

 どうやら、ぼくは幸運の神に祝福されているらしい。
 迷って当然の洞窟探検で、あっさり正解に行き当たったからだ。もしも、この洞窟を設計した迷宮の神がいるのなら、ここまで容易に突破されたことに憤りすら覚えることだろう。
 でも、神は祝福と同時に、試練も与えるのかもしれない。
 長い洞窟を抜けたその先には、一面の雪景色が広がっていた。洞窟の中は暖かかったけど、一歩外に踏み出すと、凍死寸前の銀世界。貫頭衣一枚で、とても雪山踏破に向いた格好とは言えないぼくは、身震いした。寒さのせいだけではない。愕然(がくぜん)とした思いのせいで。
 せっかく、深淵の闇から抜け出すことに成功しても、外界がこれでは脱出なんて不可能だ。
 いや、もしかすると脱出できるかも……。そう思ったのは、決して前向きな気持ちではない。地上の苦しみから解放してくれる天国への入り口が、白い世界の向こうに開いているような、そんなやぶれかぶれな思いだった。
 ぼくは死神に誘われたように、フラフラと洞窟の外に歩み出そうとする。
「おいおい、正気か?」
 背後から聞こえてきた声。
「星輝石の加護もなしに外に出るなど、君の行動はまさに、自殺行為というものだ」
 皮肉っぽい口調の声にムッとして振り返る。そこに立っていたのは、紫色の鱗鎧を身に付けた戦士の姿だった。


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●作者余談(2012年1月9日、ネタバレ注意)

 第1章を書いて、主人公「ぼく」の設定を見直した回。

 当初は、陽性で活発なイメージを抱いていたのだけど、どうも書いてみると闇に引きずられかけていたので、そこからの脱出を意図しました。
 だから、章題も「アウト・オブ・ザ・ディープ」(深淵からの脱出)。

 ま、カートの原型イメージが、『TSCC』のジョン・コナー少年にあるわけで、明るく生きようとしても、宿命に翻弄されるという、物語構成は変わらないわけで。
 その中で、どこまで自分を維持できるか、暗い宿命に溺れることなく毅然と対処できるか、を目指してみた、と。

 で、そのためのキーワードとして、「ハードボイルド」を付与。
 これを書いたのは2009年5月ですが、まさか同じ年の秋から始まる『仮面ライダーW』が同じキーワードをテーマにするとは思いませんでしたよ。
 まあ、テーマがかぶったら参考にできる描写が得られるし、自分の書いているものと、自分の好きで視聴している作品の絆みたいなものを感じられて、嬉しくなります
 元々、商業作品ではないのだから、「プロが同じテーマを使ったので、自分の執筆意欲がなくなった」などと、つまらない言い訳をする必要もない。原案者の雄輝編が、そういう納得できない理由で中断したために、よけいに「自分は自分の好きな物を描き続けて、時間はかかっても完結させよう」という決意になりましたね。
 もちろん、これを書いた時点では、そこまで考える余裕もなく、自分の書きたい物を形にする上で頭の中を整理することに夢中になっていただけですが。

 カートは、アクションヒーローとして活躍させる初期構想もあり、ゾディアックに対して、もっと反抗的に暴れることも考えてはいたのですが、
 仮にそうした場合、星輝士の力で徹底的に痛めつけられてしまい、嫌がっているのを無理矢理、改造されて、組織に忠実な怪人に仕立てられてしまう……というストーリー展開にしかならない、と判断したので、
 「無茶な行動はするけど、きちんと説得されると、聞き分けは悪くない」という形に落ち着きました。

 まあ、そうなると、説得するキャラが必要になるんですけど、そこで登場したのが、ジルファー先生だと。
 ジルファーと、カートの接点として、「ジルファーは、カートの兄貴に性格が近い」という形にして、知的で皮肉屋のジルファーが、無茶で短絡的なカートを諌めて、カートは反発しつつも、相手の言い分を正しいと受け入れる流れを構想。
 これが、結果的に、自分でも描きやすい人間関係になって、本作をスムーズにしたな、と思います。
 
 ジルファーについては、次章でさらに詳しく見るとして、もう少しカートについて掘り下げます。

 プロローグ段階では、「花形のアメフト部に所属しているものの、目立ったポジションではない」「体は強靭だけど、精神的にはナイーブで、攻撃的ではない」「それでも、誰かを守るために、自分を犠牲にするだけの心意気は持ち合わせている」という基本設定を提示。
 これは、『失墜』でのラーリオスの描写が、「とにかくタフで、破壊的な魔神」だったので、タフな面を継承しつつ、内面のギャップを意図しています。
 ただ、これだけだと受け身になるだけで動いてくれないわけで、動かすために「ハードボイルドやアクションヒーローへの憧れ」「危地に際しての兄貴のアドバイス」を設定。心理・動機面と、知識面を補う形にした、と。

 「大型トラックのように掛かりの悪いエンジン」という表現が、カートというキャラを表現する上で、結構お気に入り。
 大型トラックなので、積載量も多く、突進力も相当なものだけど、動き出すまでに多少の時間が掛かる。
 そして、運転する方としては、事故らないように繊細な操縦テクニックも必要とするわけですね。
 ターミネーターのイメージも、ありますし。

 他には、「利用できる物は何でも利用しないと」「賢明な助言全てに背を向けるほど、ぼくはバカじゃない」が、カートを描きやすくしてくれました。
 そう、カートの何でも受け入れる側面、学習能力の高さを提示した最初の表現です。

 本作は、カートの学習を通じて、ラーリオス世界(現・星輝世界)の設定をじっくり掘り下げる意図もありましたので、カートがあまりにバカだと、描きたいものが描けないわけですね。
 だから、ティーンエイジャーの現実に根差しながら、ゾディアックの世界に戸惑い、時に反発しつつも、聞く耳は持ちながら、うまく対処していく方向性を目指すことになりました。

 結論すると、カートの成長物語に必要な設定を、提示した章だということで。

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