3ー1章 リカバリィ 静かな目覚めだった。 夢うつつのぼんやりした脳裏に、お祖母ちゃんや、小さい頃の自分や、ネイティブアメリカンの昔話の記憶が思い浮かぶ。懐かしい温かさにひたりながら、のんびり身を起こそうとした途端、激痛に襲われた。 胸の傷痕を押さえて、ぐぅっと呻き声をもらしながら、しばらく痛みに耐え続ける。不自由な体を呪いながら、夢の中ならもっと自由に振る舞えたのに、と思い起こす。 暗い現実。負傷してベッドから動けず、たとえ動けたとしても、日の光の当たらない洞窟の中に囚われたままの生活。明るい空を見ることができたのは、いつのことだろう? それに比べて、夢の中は彩り豊かだったと思う。砂漠の惑星で英雄として振る舞い、緑の森で美女の沐浴を鑑賞し、獣のように力いっぱい大自然の中を駆け回る。そこには暗さのかけらもない……。 あれ? そうだったか? 腑に落ちない気持ちで、自分の記憶を探る。 ぼくの夢は確か悪夢だったはずだ。だからこそ、悪夢を寄せつけないためのドリームキャッチャーが必要だったわけで……最後に経験豊かなお祖母ちゃんの忠告を聞いたような気もする。 「一つ、夢に溺れすぎないこと」 「二つ、美しい女性にだまされないこと」 「三つ、自分の望みは大切にすること」 たぶん、こんな感じだったと思う。途中の細かい出来事は忘れたけれど、いろいろと恐ろしい経験をした後で、優しい老魔女に救われて、忠言を授かったような、どこか童話めいた夢だったんじゃないかな。 そう、たわいもない子供みたいな夢だ。こんなことに溺れすぎて、現実を見失っちゃいけない。忠言その一は、まったくその通りだと思う。 忠言その二。綺麗なバラにはトゲがある、という話? 美しい女性と言っても、誰のことだ? ぼくの心に浮かぶのは、スーザン、そしてカレンさん。だまされるなと言っても、スーザンとは会うこともできないし、カレンさんを信じなかったら、誰を信じろと言うんだ? 忠言その三。ぼくの望みって、自由に動けるようになって、スーザンと再会して、その後は……まあ、いろいろあるんだろうな。想像があれこれ暴走するのをかろうじて抑えこむ。想いだけ、先走っても仕方ない。 願いをかなえるには、力が必要だ。 魔法か奇跡の力を秘めているはずの星輝石。それこそ、ぼくが試練の末に手に入れたもの。 枕元にそれはあった。悪夢を寄せつけないように、とのお守り気分で置いたんだけど、そんな迷信みたいな使い道じゃ、もったいない。 《気》の力は、もっと有効に使わないと。 たとえば、怪我をパッと治すとか。 魔法のペンダント。 手にした品物をそう心でつぶやいてみて、ファンシーな語感に苦笑する。 何だか、女の子になったみたいな気分だ。ハードボイルドな男の周りには、そんな飾り物はふさわしくない。でも、鎖の首飾りを備え付けた宝石細工、を他にどう表現する? ペンダントじゃなくて、もっと男らしい小物、たとえば 職人に発注したジルファーのセンスのなさを少し呪いながら、ぼくは星輝石をそっと胸元に押し当てた。 怪我が治ってくれるなら、何でもいい、と念じながら。 熱と光が出て、何だか凄い癒しのパワーが発動して……ってのを期待したんだけど、何も起こらなかった。 「何でだよ?」思わずペンダントを強く握りしめる。石は、ぼくを拒絶するように、冷ややかなままだった。 初めて触れたときは、光と熱が暴走したじゃないか。それが自分の物になった途端、何の反応もしてくれないなんて。何だか、だまされたような気分だ。 けれども、と、ぼくは思い直した。 たぶん、何かの条件があるのかも。最初に力を暴走させたときは、ジルファーやリメルガ、ロイド、つまり星輝士が3人もそこにいた。 そういう環境だと、《気》の力も発動しやすいのだろうか。 そう言えば、昔、超能力を特集したテレビ番組で、聞いたことがある。「超能力を疑う人間が多い場所では、そのマイナスの思念が邪魔をして、うまく超能力が発揮できなくなることがある」って。 兄貴は、その説明を聞いて、「そんなバカなことがあるか。力があるなら、いつ、どんな環境でも効果はあるはずだ。どうせ、インチキなんだろう」と反論していた。兄貴は基本的に合理的な人間なんだけど、テレビ相手に反論するところは、合理的とは言えないんじゃないか、と思ったことはある。 でも、そういう指摘をすると、反論が三倍ぐらいになって返って来ることは分かっていたので、そのときは黙っておいた。 とにかく、星輝石は、テレビのリモコンや、電子レンジみたいにボタンを押せば、簡単に機能を発揮するような物じゃないのだろう。 慎重に条件を整えてやって、自分の感覚なんかも高めてやらないといけないんだろうな。ある意味、学校のテストみたいな物か? 前の日にできた問題が、本番ではド忘れして、解けなくなることだって、あるもんな。 学校のテストと違うのは、時間に追われているわけじゃない、ということだ。じっくり考えられる。どうすれば、星輝石の効果を引き出せるか、改めて最近の勉強を振り返ってみた。 そして考えついた。 星輝石は、媒体でしかない。大切なのは、星輝石よりも《気》そのものだということに。星輝石を魔法のペンダントのように考えて、それにお願いしてもダメなんだろう。鉛筆や消しゴムにお願いしても、テストの答えが出てこないのと同じように。答えは頭の中にある。それを導くための計算や思考の過程を鉛筆で書きながら、頭を使って答えを作り出すのだ。 星輝石は、自分が《気》を導くための道具であって、あくまで自分と《気》と星輝石の三つがうまく結び合ってこそ、力を発揮できるってことか? 何ていうか、三位一体? 父と子と聖霊……とは違うか。教会や聖書よりも、もっと原始的な宗教や、東洋の武道の感覚に近そうだ。 『 そう、その通り。でも、どう感じろ、と? 欲しいのは、光、いや、熱でもなく、癒しという明確な効果だ。全ては、この一点に集中しよう。 癒しといえば、カレンさんだ。彼女に触れられたときの温かい感触と、甘い花の香りが、癒しの効果を高めてくれたようにも思う。その記憶を手がかりに、自分の中の《気》の力を発動できればいいんじゃないか。 自分の中に、カレンさんの力を感じ、呼び起こす。 右手に星輝石を握りしめたまま、痛む胸に優しく押し当てる。 自分の無骨な手が、女性の柔らかな手になったように想像力を駆使しながら。その感覚は、思ったよりもすっきり馴染んだ。まるで、女性の肉体の感覚を以前に経験したような既知感を覚える。 左手は……昂ぶる下半身に回した。怪我人ながら、そちらの方は元気に反応するので、押さえておかないと処理に窮するからだった。頭の中で、異性に触れられた肌の温もりを意識しながら、肉体が何の反応もしないはずがない。それでも、そちらに意識をとられてしまうと、《気》の力の発動なんて覚束ない。 ジルファーに借りた気功術の本に、「房中術」という名前の秘法が書かれてあった。じっくり読むには気恥ずかしい内容なので、さっと読み流しただけなんだけど、要は男女の営みを通じて気を活性化させる手段らしい。 左手は小刻みに動かしながらも、右手はそっと胸に添えたまま動かさない。 目を閉じたまま、頭の中では、癒しの女神だか、大地母神だか、美しい看護師さんだか、薬草師だか、とにかく自分の怪我を治してくれそうなイメージを作り出す。 こういうイメージを生み出すのは、もっとファンタジーの世界に馴染んだ人間なら楽なんだろうな、と自分の知識不足を後悔する気になった。今まで、大した怪我もしたことがなく、フィクションの癒し手なるキャラクターも、あまり思いつかない。結局、ぼくの中には、カレンさんぐらいしか「癒し」というキーワードに当てはまるイメージがないのだ。 頭の中に存在しない物は、創り出せない。 だから、怪我を治すには、カレンさんに頼るしかない。 スーザンじゃなくて……と、かすかに後ろめたい気持ちを感じながら、その思いを振り切って、ぼくは意識を集中させた。 癒しの象徴であるワルキューレ、森の星輝士に。 手にしたものが熱くなり、やがて力を放った。 汗まみれの体がムッと持ち上がり、一瞬の硬直と脳内の火花のあと、スーッと気が抜ける。 それから、静かにベッドに横たわったまま、ぼんやりとする数瞬間。 じんわりと心地よい痺れにひたりながら、ようやく胸の痛みが消え失せたことを自覚した。 「こんなことで、いいのか?」何となく、つぶやいてみた。あまりにも呆気なく癒しの効果を発動できたことに、達成感よりも、むしろ驚きを感じていた。 『一体、どうやってできたんだ?』 ジルファーなら、そんな質問をしそうだった。 ……答えられない。カレンさんのことを想いながら、自分を慰めていたら、癒しの力がほとばしって……なんて恥ずかしいことは。 無難に説明するなら、カレンさんの癒しの技をイメージしながら、自分なりにアレンジしたら、何となくできた……と言うしかないか。これも、星輝石の加護ですね、とか敬虔なゾディアック信徒みたいなことを言えば、まあ、その場は納得できるんじゃないかな。 「それよりも……」行動を促すように、口に出して言う。「後始末だな」 濡れた体をきれいにし、着替えもきちんとしないと。 ぼくはベッドから身を起こして、体を拭くものがないか、部屋を見渡した。 ガンガンガン。 衣装入れの前でジーンズをはいていると、扉を乱暴にノックする音が聞こえてきた。 「大丈夫か!」 部屋の外からリメルガの声がして、ぼくは飛び上がった。 あらかた身づくろいを終えた後でよかった、と思いながら、「問題ない」と大声で返事する。 「問題ないだと?」ガチャっと扉が開く。 こら、許可なく入って来るな、と、こちらが言う間もなく、大男は部屋に踏み込んで来て、立ち止まった。 上半身はむき出し、ジーンズを膝まで上げた格好のぼくと対面する。 「リオ、何やってるんだ?」一瞬、呆然とした表情が浮かぶ。「怪我はどうした? 動けるのか?」 「……見れば分かる。着替えているところだ」説明ももどかしく、ぼくは淡々とそう答えた。その間に、慌ててジーンズを上げるのを忘れない。 「そ、そうか」気まずそうに言いよどむ。この豪快な男にしては、珍しい反応だ。「外で待っているから、準備ができたら呼んでくれ」それだけ言うと、巨漢は引っ込もうとした。 その向こうに、ピョコンと小柄な少年の姿が見えた。「リメルガさん、どうしたんですか? リオ様のお世話をしないと……」 「お前は引っ込んでろ」部屋にチョコチョコ入ろうとするロイドを押し出しながら、リメルガはバタンと後ろ手に扉を閉めた。 「説明してくださいよ〜」と、扉の外で訴える甲高い声を耳にしながら、ぼくはホッとして、上に着るものを選びにかかった。 制汗スプレーが用意されていたのは、幸いだった。 普段は、自分の汗の匂いなんて、あまり気にしないんだけど、今回はそれ以外の痕跡を消しておきたかった。五感に優れているらしい星輝士相手に、無駄な努力かも、と思ったけど、こういうのは気持ちとマナーの問題だ、と割り切った。 匂いのこもりそうな体の部位に、適当にシュッシュと振りかけて、身だしなみは整えた。 それから、星輝石の首飾りを手にとった。身に付けるか、それともジーンズのポケットに入れておくか。一瞬、悩んだ後で、首から下げてシャツの下に隠すようにした。力の石の加護は確かで、おざなりにはしたくないけど、着飾った女性のように装身具を見せびらかす趣味はない。 宝石飾りは役目を終えたからか熱を出すこともなく、おとなしく冷ややかな肌触りを伝えるのみ。傷の痛みは引いたけど、かすかに疼きは残っている。けれども、星輝石がそこにあることで、守られているような気になった。 準備を終えると、満足した気分で、外に声を掛けることなく扉を開けた。 「おはよう」何事もなかったかのように、外で待機していた二人に声を掛ける。 「お、おう、リオ……」リメルガが応じる前に、 「リオ様、元気になったんですね」小犬のように、ロイドが出張ってきた。 「ああ、星輝石の力だね」首筋の鎖をなで下ろしながら、胸元に手を当てた。感謝の気持ちを素直に言葉に出す。「こんなにあっさり治るとは、ぼくも驚いたよ。本当に大したもんだ」余計なことを言わなくても、それで十分伝わると思った。 「そうか、さすがだな」リメルガは、あっさりと納得した。それから、とって付けたように憮然とした表情を作る。「こっちは、朝っぱらから、わざわざ出向いて来てやったわけだ。怪我で動けない野郎の、下の世話とかいろいろ手伝うつもりでな。とんだ無駄足ふませやがって。まったく人騒がせな奴だぜ」 「まあまあ、リメルガさん」ロイドが取り成すように口をはさむ。「本当は嬉しいくせに、そんな憎まれ口をたたかなくてもいいじゃないですか」 「うるせえ。怪我が治ったんなら、もう甘やかす必要はねえってことだよ」 リメルガの文句を軽く聞き流しながら、少年は嬉しそうなはしゃぎ声を上げた。「それにしても、本当にすごいです。死の縁から生還して、驚異の回復力で戦線復帰。まさしく真のヒーローですよ、リオ様!」 さすがに、そこまでは。 自分が癒しの力を発動させるのに、何をしていたか聞けば、そんな感想なんて吹っ飛ぶだろうに。 「電気ショックかな。それとも、強化改造? いや、やっぱり大いなる物の意思を受けて、夢の中での啓示があった? まさか、遺伝子改造された超人的な生まれを誇っているから、傷の治りが早いとか?」 こちらの考えなんて気にも掛けずに、ロイドはぶつぶつ、自分の世界に浸っていた。 「何の話だよ」聞いてはいけないと思いつつ、何となく気になったので、話を振ってみる。 「もちろん、ヒーロー物でよくある復活の理由です。リオ様は、いったい、どれになるかなあ? って分類してました」 「だから、星輝石の力で十分じゃないか」長い話になりそうなのを、途中でさえぎった。話題に乗せられて、変に口をすべらせたくはない。 「いや、そうなんですけどね。ぼくだって、星輝石の力で、死に掛けたのを命拾いしましたし」 ふ〜ん、そうなんだ。この無邪気な少年に、死に掛けた過去があるなんて、思いもよらなかった。詳しく聞いてみたい、とも思ったけど、それよりも大事なことがある。 「治ったならそれでいい」リメルガが、ぼくの言いたいことを代弁した。「それより、腹が減った。飯を食いに行くぞ」 星輝石が反応したのは、二人の後に従って、通路を歩き始めてすぐのことだった。胸が急に熱くなったのを感じて、慌てて立ち止まる。 「どうした?」異変に気付いたリメルガが、振り返った。 「やっぱり、怪我が痛むんですか?」心配そうなロイドの声。 ぼくは答えられず、顔をしかめたまま、鎖を首から外して、熱を発している星輝石をシャツの下から引き出した。 薄暗い洞窟の中で、淡いオレンジめいた光が放たれていた。 「星輝石かよ」リメルガが納得した声を出した。「まだ、完全には制御できていないみたいだな」 ぼくは無言でうなずいた。 最初のような激しい反応ではないけれども、自分の意思とは関係なく、力を発する宝石飾り。直接、手や肌に触れさせておくのは、まだ危険なのかもしれない。 恐る恐る左手で鎖の部分を持ちながら、ぼくは徐々に輝きを鎮める星輝石を見つめていた。 さっきまで、おとなしかったのに、どうして急に? ここにいるのは、リメルガ、ロイド……もう一人、誰か近づいてきたのか? 意を決して、もう一度、右手でそっと石に触れてみる。 力を制御するために、意識を集中させながら。 「なぜ、光るだけなんだ? 語る力を示せ」思わず、そんな言葉が口から漏れたそのとき、知覚が急に研ぎ澄まされた。 ここには確かに、ぼくの他に、3人いた。 前にリメルガ、ロイド。 そして後ろに……。 ぼくは振り返って、通路の影に視線をやった。 「どうして、こそこそ隠れているんだ、神官殿?」 音もさせずに、黒ローブの姿が影の中から染み出してきた。 「何だ、黒頭巾。いつの間に近づいてきたんだ?」リメルガが驚いたような声を出す。 「ちっとも気付かなかった」ロイドのつぶやく声も聞こえた。 「いや、大したことはありませんとも」バァトスは何事もなかったように応じた。「私ども、影の流派は忍ぶことが天分となっておりまして。ラーリオス様と、お供の方々の姿が見えましたので、お気持ちをわずらわせないように、と思ったまで」 「ちっ、こそこそしやがってよ」リメルガが苛立たしそうにつぶやいた。けれども、そのつぶやきははっきり聞こえている。バァトスは隠密活動が得意かもしれないが、この巨漢には決して向かない任務だろう。 「それより、ラーリオス様」リメルガのつぶやきなど聞こえなかったかのように、バァトスは話しかけてきた。「誰かのせいでひどい重傷を負われた、と聞いておりましたが、お元気になられたのですか?」 「まあね」ぼくは手にした星輝石をかざして見せた。「大した効果だよ」 「ほう、それは重畳」影の神官は慇懃な態度で頭を下げた。「頃合いを見て、お見舞いに伺うつもりでしたが、回復が早くて何よりです」 再び顔を上げたバァトスは、その髭面に微笑を浮かべた。本人としては、精一杯の愛想笑いのつもりかもしれないけれど、どう見ても不気味なニヤリとした表情に、背筋がゾクリとした。 『あなたの態度は、芝居がかっているのよ。もっと自然に振る舞えないの?』 そのようなセリフが、記憶の中をよぎった。 神官の黒い瞳が、興奮でギラギラと輝いているように思えた。 前夜の夢の中のように、全身に鳥肌が立ったように感じる。 前夜の夢? 不意に、石を持つ手がカーッと熱くなった。 石の語りかけるような響きを受けて、頭の中がざわざわと掻き立てられる。 ぼくの意識は、この場にいると同時に、失われた記憶の中に漂っていた。 そこには、今と同様、バァトスがいた。 ぼくもいたけれど、バァトスが見ていたのは、ぼくではなかった。 彼の師匠である、 黒い妖精めいた美女の記憶がじわじわと蘇ってきた。 ぼくは石を持つ手で、痛む頭を押さえた。胸の傷を治したときのように、記憶の混乱を鎮めようとした。 ハアハアと息をあえがせながら、ぼくは通路の壁にもたれかかって、何とか倒れることだけは免れた。 リメルガや、ロイド、そしてバァトスまでもが、心配するような言葉が聞こえたような気がしたけれど、ぼくの意識には届かなかった。 なぜなら、ぼくの意識の大部分は、失われた夢の記憶の回復に向けられていたからだ。 星輝石の力が、体の傷だけでなく、心の欠落をも修復しようとしているのか? ぼくは、惑星タトゥイーンでライトセイバーを振るい、その夢の中で影の星輝士ナイトメアことトロイメライに会った。 さらに、狼人間と化した森で、トロイメライから《気》を扱うためのヒントめいた助言をもらった。 そして前夜の夢で、トロイメライの視点で、彼女とバァトスの闇の密談を聞いた。 トロイメライの記憶は、これまで、ぼくの起きているときの意識からはきれいさっぱり消えていた。まるで、秘密を外に漏らすことを防ぐため、何らかの計算が働いたかのように。 トロイメライはぼくの心に侵入し、夢の中でいくつもの情報を伝え、また闇の誘惑を仕掛けてきた。 その記憶が、今よみがえって来て、ぼくの心が揺れ動いた。 「フフッ」思わずこぼれた笑みは、自分ではなく、ナイトメアじみた響きを帯びていた。 星輝石の力の発動を制御しながら、ぼくは自分の心も取り戻さなければならなかった。ナイトメアの記憶に、意識を乗っ取られないように。 「お、おい、リオ、しっかりしろ!」リメルガの野太い声が、意識を取り戻す助けとなった。 「大丈夫だ」たぶん。 夢の記憶に翻弄された時間が終わりを告げ、ぼくは現実を知覚した。 背中の壁は、固くて、ぼくの体をしっかり支えている。 頭がくらくらして、視界がぼやけて見えるけど、リメルガの巨体と、小柄なロイドの姿は認識できた。 バァトスの姿は、影に紛れていたけど、そこにいることは気配で分かった。 ゆっくりと深呼吸しながら、気持ちを落ち着ける。 相当、汗をかいたらしく、シャツが湿って冷たいことも肌で感じる。 そして星輝石。 まだ手に持ったままなのが不思議なくらいだった。 光と熱は、ほぼ収まっていた。 役割を大体、果たし終えたからか? 最初に発動したのは、もしかして、ぼくの失われた夢の記憶を回復させようとしたからなのか? 星輝石は人の言葉で語ってくれないので、それが事実なのかは分からないけど、ぼくは記憶を取り戻せたことを感謝していた。 自分が何も知らないまま、気付かないまま、他人の思惑に乗せられてしまうのはゴメンだ。たとえ、どんな愚かな選択をするにしても、十分な情報を得た上で、自分の意思で判断したい。 そして、ぼくの意思は、ぼくを利用しようとする闇の勢力と対決することだ。 「思い出したよ、バトーツァ」舌がなめらかに動いて、難しい発音をしっかり口に出すことができた。「昨夜、君と、君の師匠が企てていた計画のことだ」 見下ろすように、影の神官の黒ローブをしっかり見据える。 「な、何のことか、私にはさっぱり……」こちらの態度が変わったのを感じてか、神官の口調はしどろもどろになっていた。 「とぼけるな!」ぼくは怒りをむきだしにしようとしたけれど、すぐに思い直した。神官相手には、もっと有効な手がある。 一度、大きく見開いた後で、すっと目を細めて、鋭い視線を向ける。 そして、ゆっくりと厳かな声で、優しく言い含めるように口を開いた。 「忍べるのは、お前だけではない。それに、よけいな真似はしないこと。命を失うことになるから」 そう言ってから、クスリと笑みをこぼす。 記憶の中にあるナイトメアの態度とセリフを真似てみたのだけど、バァトスには効果 「我が師……い、いや、ラー……リオス様?」あんぐり開いた口は、動揺を隠せない内心をそのまま表していた。 リメルガとロイドは、どちらもいぶかしげな表情で、ぼくを見ていた。 二人に説明している時間はない。 ぼくはただ、決然とした口調で、指示するだけだった。 「ロイド、君はカレンさんとジルファーを呼んできてくれ。リメルガは、この神官を押さえて、ぼくの部屋にいっしょに来て欲しい。食事は後回しだ」 非常事態を察したからか、二人は何も聞かずに、行動に移った。さすがに、兵士としての訓練はできているのだろう。 ぼくの頭は、自分の知り得たことをどのように利用して、闇の力との戦いに臨むか、考えながらフル回転していた。 |
●作者余談(2012年5月26日、ネタバレ注意) この章の目的は、第2部で重傷を負ったカートが動けるようになることと、カレンへの憧れを明示すること。 一応、第3部全体の流れとして、「カートの成長と転落」言わば「光と闇の両方」を描く方針で、書きたいものは書けたとは思っています。 ただ、その結果、闇の部分から始まる第4部で、読者側からの拒否反応を起こさせてしまって、それをどう立て直せばいいのか、模索中な段階ですが。 後は、「18禁にならないように露骨な描写は避けたうえで、大人の男女間の性関係を匂わせるぐらいの表現」を試したわけですが、どこまで踏み込むべきか、という手綱の引き方で四苦八苦している感じ。 ともあれ、この章では「星輝石の力を発動させて自分を治癒する際、癒し手のお姉さんのことを想いながらの自慰行為」というネタで、いろいろと感想をいただきました。 この段階で、カートにとって、カレンは神聖で憧れの対象なんだけど、第4部でガラリと変わりましたからねえ。正直、ここまで変わってしまうとは、自分でも驚きです。物語的なプロットは出来上がっていても、その出来事をキャラがどう受け止めるかといった精神状態までは、作者も決めておらず、キャラの心情面は書いてみないと分からない、という創作スタイルです。 そして、一人称スタイルだと、作者の気持ちとカートの気持ちがシンクロしたりする部分もあって、第3部の段階では、作者もカレンのことが好きだったのですが、第4部に入って、カレンの過去が判明すると、まず読者の拒否反応(拒否する=健全だと思いますが)があって、そうすると自分の中でもそれを受けて、カレンを受け入れ難い気持ちが生じてしまい、書くのが辛くなる。 でも、その作者の気持ちが、カートに反映されると、「カートは、カレンの過去を知ったがために、カレンを受け止めることができなくなり、カレンを邪険にしてしまう」という流れになってしまい、それって、カートにとっても、カレンにとっても不幸なことだなあ、というのが今、現在の創作ジレンマ状態。 まあ、現実でもあるのかな。 男は女を一度抱いてしまえば、それで十分で、後は付きまとわれる女がわずらわしくなってしまい、縛られるのもイヤになる……という心情。 カートにはそういう奴にはなって欲しくないですけど、どうも反抗期モードが見え隠れしたりも。 これでハッピーエンドにしようと思えば、女の不幸な過去を知った男が愛情をもって女を受け入れる、という流れなんでしょうがね。 最近のラノベの多くも、「何やら厄介な問題を抱えた女性キャラが、凡庸な男のところに飛び込んできて、男は四苦八苦の末に、女の抱えた事情を解決したり、女の自分勝手な要望をかなえたりして、凡庸さを超越して、女といい関係に」というパターンが多いんじゃないかな。 レクイエムも、最初はそういう話のはずだったんだけど、本来のヒロインのスーザンと引き離され、サブヒロインのはずのカレンが、「憧れのお姉さん」→「メインヒロイン」の立ち位置にシフトする過程があって、じゃあ、カレンと結ばれてハッピーエンドって流れならいいのか? となれば、物語設定上、そういうわけにもいかず、現状グダグダしてしまっている、と。 こういう話で、「愛情は至高のもの」なんてテーマには、当然なりませんな。 まあ、作者自身は、そういうテーマを持ったつもりはないですが。 そういうテーマを抱えたのは、原案者の方であって、作者的には「愛情は、いろいろこじれると厄介な呪いみたいなものだ」という冷めた考えを抱いています(苦笑)。じっさい、「愛」と口で言うのは簡単ですけど、「愛情表現」を文章でいかに演出できるかが問題ですね。 ともあれ、物語的には「このこじれた状況で、バタバタしているのが楽しい」となるわけですが、レクイエムの現状の物語としては、背景が重くなりすぎて、書いている方も楽しくないので、切り替えが必要と感じたりも。 ところで、先ほどのラノベの黄金パターン、男女逆だとどうなるんだ? 「問題を抱えた男が、普通の女のところに飛び込んできて、女は世話好き、ダメンズ好き属性を発動させて、男の抱えた事情を解決したり、男の要望をかなえたりして、凡庸さを超越して、男とハッピーエンド」 ええと、少女マンガでは、それなりにあるのかな。 ただし、男はイケメン限定ですけど。 まあ、問題抱えた女の方も、美少女か美女限定だから、普通か。 ……何だか、本章の余談というよりも、現状の第4部で抱えている問題の提示になってしまいましたが。 なお、カートがもっと世慣れたプレイボーイ設定だったら、「カレンを手に入れた→この後はスーザンがターゲットだ。カレン、お前にはスーザンを手に入れるために協力してもらうぞ」的な流れに容易にシフトしていけるし、実は「暗黒の王」設定を考えたときには、そういう物語も頭の中にはあったりします。 仮に、これが「女を征服する→目指すはハーレム状態」だと、硬派で潔癖な人間には受け入れ難い話なんですが、「女を武将に置き換える」と、「敵武将の領地を征服して帰順させる→それを繰り返して、目指すは天下統一」という流れだと、普通に硬派な物語になる。 本作の落としどころも、最終的には、そういう流れになるかなあ、と現段階では思っています。 PS:結局、この章の余談は何も書いていない感じなので、おまけ的に掲示板での思い出話を2点ばかり。 >ジルファーに借りた気功術の本の中にあった「房中術」 これと、星輝石のペンダント絡みのネタが妙に受けて、ジルファー人気がますます高まった感じです。 >バァトス、ストーカーで捕まる これも受けた記憶が。 これまではただのイヤな奴だった神官殿が、コミカルなキャラとして確立した瞬間。 この後、「カートVSバァトス」という対決で、物語が進みます。明確な対決関係があると、物語が活性化します。 PS2:さらに、もう一つのネタ。 「なぜ、光るだけなんだ? 語る力を示せ」思わず、そんな言葉が口から漏れたそのとき、知覚が急に研ぎ澄まされた。 ええと、この瞬間、カートの頭に「ニュータイプ覚醒の火花」が演出されるといいですな。 セリフの元ネタは、「ガンダムZZ」の後期エンディング「一千万年銀河」です。 歌詞としては、2番が好きですね。 >星のパズルを組み変え時代(とき)を変える >裏切る星の色まで塗り変えれば >歪みねじれて闇に落ちることなど >まだ止められる 生命(いのち)の応えだから まあ、第4章も今後、こういう展開になっていけばいいと希望するのですが、現状は「まだ見えないよ 宇宙(そら)の道標(みちしるべ)は♪」という段階です。 |