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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(3−2)


 
3ー2章 ジャッジメント

「それで、どういうことなのか、きちんと説明してもらおうか」
 案の定、冷ややかなジルファーの声が、部屋に響いた。
 そこにいるのは、ぼくとジルファー、カレンさん、そして罪人のように椅子に座らされて縮こまっている神官バァトスの4人だけ。
 リメルガとロイドの2人には、朝食をとりに行かせた。彼らがいると、まとまる話もまとまらなくなる。事はデリケートな問題なので、力押しやふざけ半分の気持ちでかき回されても困る。
 ぼくは体力の温存を考えて、自分のベッドに腰かけていた。立っていたら、緊張のあまり、足がガクガクに震えていたかもしれない。それだけ、事態の重大性をわきまえているつもりだった。
 ジルファーとカレンさんは立ったまま、告発人のぼくと、容疑者のバァトスを見下ろしている。
 ジルファーの方が前に出ていて、バァトスの斜め後ろ、ぼくから見て左側に位置していた。鋭い視線と濃紺のスーツ、不機嫌そうに腕組みした姿が、威圧的に映る。
 カレンさんは、扉のそばにつつましやかに控えていて、ぼくの右手に位置する。青い瞳は大きく見開かれ、好奇心と心配そうな表情が入り混じっている。白い神官の正装は部屋を明るくしていた。薄くふくらんだ胸の下で、左手の拳を右手の平で軽く包むように支えているのが印象的に映る。どこか中国拳法の礼を思わせる構えだけど、堅苦しさはなく、むしろ自然で穏やかな感じだ。
 そして全体的には、バァトスを中心に、三人の星輝士(ぼくはまだ候補に過ぎないけど)が三角形を作って取り囲んでいる形だ。
 当のバァトスの表情は読めなかった。髭面に、陰鬱な視線は、神経質そうに映るけど、それはいつものことなので、何を考えているかは分からない。ただ、追従じみた笑みは浮かべず、緊張した空気を発散させている点は、こちらと同じように感じられた。

 バァトスと同じ。
 そういう不快な考えを払うように、ぼくは無理に笑顔を作って、ジルファーに向かった。
「ええと、どういうことかと言うと……」
 頭の中で、言うべきことをいろいろ考えてはいたけれど、どんな順番で話したらいいのか、まとまっていなかった。フル回転して、脳裏に次から次へと浮かんだ考えも、じっさいに言葉にして、形にするまでには、大きな壁を乗り越えなければいけない。
 軽く目を閉じて、大きく深呼吸してから、もう一度ジルファーを見ると、ぼくの初めての身近な師匠役といえる兄貴の姿とかぶった。
『カート。お前の話はいつもまだるっこしいんだよ。それじゃ相手に伝わらない。相手に伝えるには、結論を早く口に出す。それから結論を支える理由、根拠だ。理由と結論を口にすれば、言いたいことは伝わる』
 いつか兄貴の言っていたアドバイスが蘇ってきた。
 そうか、理由と結論か。
 兄貴に心の中で感謝した。
 そうして黒ローブの神官に、堂々と指を突きつけ、叫ぶように訴える。
「この男は悪い奴です。だから、やっつけて下さい!」

 数瞬の沈黙の後、ジルファーのため息がはっきり聞こえた。
 カレンさんがクスっと笑い、バァトスはぽかんと口を開いていた。
 一瞬、影の神官がバカに見えたけど、すぐに思い直した。他人をバカにして、現実逃避してちゃいけない。今、バカなことを言ったのは、他ならないぼく自身なのだ。
「あのな、カート」称号のラーリオスではなく、名前で呼ばれた。「君が未成年で、まだハイスクールの学生だということは分かっている。しかし、その言い分は……」
 ジルファーは言いよどんで、穏当な言葉を探そうと瞳を閉じてから、あきらめたように首を振る。そして、鋭い目を向けてきた。「その言い草は、いくら何でも、子供っぽ過ぎないか」
 頬が熱くなるのが分かった。自分の周りで何が起こっているか、そういう空気が読めないほど、ぼくは鈍感じゃない。
 空気を変えなきゃ、と思いもする。
 何を言ったらいいか、頭の中にはいっぱい伝えたいことが詰まっている。その半分だけでも、的確に表現できれば、と気持ちだけは焦った。
 そんなぼくが何か言おうと口を開く前に、流暢(りゅうちょう)な口調でジルファーが先を続けた。
「大体、言葉足らずに、何かを伝えようとするのが間違っている。話をするなら段取りとか、流れや順番ってものがあるだろう? スピーチの授業か何かで習わなかったのか?」
 そんなことは分かっている。
 分かっていても、即座に話を組み立てて、対処できるほど、ぼくは器用じゃない。
 頭の中でジルファーの質問に無意味に答えたり、役に立たないアドバイスを授けた兄貴を呪ったりしたけど、口には何も出せずにいた。
 その間に、話がどんどん進められていく。
「確かに、君がハヌマーン、いやMGだったか、それとシリウスの件で、神官殿に反発したい気持ちは分かる。だからと言って、悪い奴と決めつけて、やっつけてくれ、とは何だ? いくら君がラーリオスだとは言え、いや、ラーリオスだからこそ、善悪の断定にはもっと慎重になってだな……」
 ジルファーの話は、筋が通っていた。
 けれども、肝心なことを何も分かっていなかった。
 リメルガやロイドを教育係から解任すると神官が主張したことが、ぼくの発言の理由だと思い込んでいるのだ。
「そうじゃない」それだけ言って、ジルファーの言葉を途中で止めるのがやっとだった。
「何だ? 善悪の判断を慎重に、というのは間違っているのか?」
「いや、そうじゃなくて……」バァトスが、師匠のナイトメアと共謀して、ラーリオスを《闇》の世界に誘おうとしている悪人であることを、どうやって伝えたらいいのだろう? 

「バトーツァ様がどう悪いかを聞く前に」凛とした声が間に入った。「一つ確かめたいことがあります」
 ぼくは、救いの女神を見るような気分で、カレンさんに目を向けた。
「この私を悪人呼ばわりは心外ですが……」バァトスがぶつぶつぼやいたけれど、相手にする者はいなかった。
「一番気になるのは」カレンさんは、何も聞かなかったように話を続ける。「癒し手として、どうやってラーリオス様が元気になられたか、ということ。そこから説明していただければ、と思います」
 さっきとは違う想いで、ますます頬が熱くなるのを感じた。同時に、顔を冷や汗が流れるような気分。
 カレンさん、それをあなたが聞きますか? 
 ぼくの想定では、その質問をするのはジルファーのはずだった。
 カレンさんの顔を直視できなくなったので、ぼくはさらなる救いを求めて枕元を見た。
 手を伸ばせば届くところに、星輝石のペンダントが置いてある。
 上位星輝士2人と神官、これほど力の集まりそうなところで、ぼくが星輝石を身に付けていれば、どんな作用が生じるか分からない。だから、危険を避けるために、少し離しておいたのだ。
 困ったときの魔法のペンダント。
 こんなに何もかも頼りきりでいいのか、と自問しながら、ぼくは手を伸ばした。
 慎重に、鎖の部分を手にして、部屋の全員に見えるようにかざす。
 石は光らなかったものの、ぼくに勇気と落ち着きを与えてくれた。神を崇めるように、ぼくは石を見つめながら口を開いた。
「全ては、石の力です。カレンさんの癒しの技をイメージしながら、自分の怪我が治るように念じました。細かいことは……」そこで何と言うべきか、一瞬、悩んだものの、正直に打ち明けることにした。
「どう言っていいか、自分でも適切な言葉にできませんが。星輝石が、ぼくの想いに応えてくれたのは間違いありません」
 そう言い終わってから、部屋の全員に目を向ける。

「納得できたか?」ジルファーが、カレンさんに尋ねた。
「ええ、まあ……」カレンさんは考えるそぶりで、瞳を細めながら答えた。「私の見立てでは、こんなに早く、あの傷から回復できるとは思わなかった。正直、奇跡が起こったとしか考えられないのよ」
「ああ、奇跡だな」ジルファーがうなずいた。「昨夜の氷のグラスの件といい、ラーリオスとしての才能は、予想をはるかに越えている。それは認めよう」
「そいつは、どうも」誉められたようなので、緊張が解けた……と感じたその瞬間、
「だからだよ」不意にジルファーの口調が鋭くなって、ビクリとする。「そんな才能を持った人間が、子供みたいな振る舞いをしてもらっては困るんだ。もっと、星輝士としての自覚を持ってだな……」
 ……誰か止めてくれ。
 教師と名の付く職業にありがちだけど、ジルファーも一度、説教熱に火がつくと止まらなくなるタイプの人間のようだ。
 長くなりそうな話を、どう聞き流そうか思案したとき、
「星輝士としての自覚ですね」そう発言する声が聞こえた。「危険を事前に察知して、対処するのも星輝士の務めと考えますが」
 その言葉を口にしていたのが、他ならない自分だと気付いたとき、ぼくはまじまじと星輝石を見つめた。
 これもまた、石の力なのか。
 どちらかと言えば口下手で、説明するのが苦手なぼくの言いたいことを、的確な言葉にして発声してくれる?
 あるいは、ぼくの(つたな)い説明能力を飛躍的に活性化させてくれる?
 どっちでもいい。
 ぼくは意を決して、全てを星輝石に委ねることにした。
 暴走しないようにだけ念じて、石そのものをそっと右手で包み込む。
 すると、石から(ぬく)もりが伝わり、勇気だけでなく、知恵めいたものを授かったような気分になった。
 思考そのものが明晰(クリア)になり、忘れていた兄貴のアドバイスの続きも思い出せた。
『理由と結論を伝えるのは大切だ。ただし、それだけで納得するのは、近しい身内か知人、または長話を受け付けない単純な人間の場合だけ。理論を重んじる人間は、過程を知りたがる。そういう相手と話をする機会があるのなら、納得できる話をじっくり聞かせたらいい。まあ、普通はそこまで人の話を聞いてくれる相手なんて、なかなかいないんだけどな』
 たぶん、アドバイスのこの部分は、自分のそれまでの経験ではよく分からなかったので、聞き流していたのだろう。けれども、今は、正に適切なアドバイスだと理解できる。
 さあ、ジルファー相手に、どう納得できる話を聞かせたらいいか。

「危険を事前に察知だと?」ジルファーの反応は、こちらが思ったより遅かった。
 いや、星輝石によって活性化された、ぼくの思考速度が飛躍的に向上しているのだ。
「そうです」ぼくは、自信をもってうなずいた。「神官殿は、ラーリオスに対して、悪しき陰謀を企んでいます。星輝石が、ぼくに教えてくれました」
「嘘だ!」それまで黙っていたバァトスが、急に大声を上げた。「そのようなことがあるはずがない」
「星輝石の導きが嘘だとでも?」冷静に応じると、
「いや、そうじゃなくて……」さっきのぼくと同じセリフを口にして、神官は言いよどんだ。
 しかし、ぼくよりは言い訳慣れしているようで、すぐに自分の発言を立て直す。「悪しき陰謀という言葉でございますよ。嘘とは失言でした。言うなれば、とんだ誤解をされている、ということです。この私は、誠心誠意、ラーリオス様に忠誠を誓っているのですから」
「トロイメライに対するよりも?」さりげなく尋ねると、
「そ、それは……」そこで絶句してしまう辺り、まだまだ甘い。
 さしもの口達者な神官も、しばし沈黙を漂わせた。
「トロイメライって……」静けさを埋めるように、カレンさんが口をはさんだ。「どうして彼女が話題に出てくるの?」
「彼女はバァトスの師匠であり《影の星輝士》、ナイトメアの異名を持っている人間ですよね」 相手も知っている情報だろうけど、それを説明することで、自分の思考を整理する時間がとれるし、お互いの知識の確認もできる。理性的な会話では必要なことだと、何かの本で読んだ記憶がある。けれども、それを実践の場で意識することは今までなかった。
 やはり、星輝石が自分の中の経験や知恵を、適切に引き出してくれているのだと、はっきり感じた。
「ええ、彼女のことは分かってます」カレンさんがうなずいたのを確認して、
「神官殿の共犯者です」ぼくは断言した。「昨夜、密談をかわす様子を、星輝石の力で知ることができました」
「ちょっと待て」ジルファーがそう言って、神官に、次いで、ぼくに鋭い視線を向けた。「トロイメライとの密談、と言ったか。どこで、だ?」
「神官殿の部屋です」
「それは有り得ない」ジルファーは言下に否定した。
「どうしてです?」
「彼女は、ここにはいないからだ」
 意外な発言だった。
 確かに、ぼくは前の夜に、彼女の体に憑依して、その言葉を内面から聞くという珍しい体験をした。それをそのまま伝えようと思ったけど、すぐに思い直す。
 どうせ信じてもらえない。説得力に欠けた話だ。
 この場は、自分の主張を口にする代わりに、相手の話を引き出すことにした。
「トロイメライは、ここにはいない。どうして、そう断言できるのです?」
 ジルファーは、まじまじとぼくの顔を見た。
「何です?」
「いや、君は本当にカートか、と思ってな」
「カート・オリバーは、もっと子供っぽく、こんなに鋭い会話ができるはずがない。そういうことですか?」
 ジルファーは、すぐに答えようとせず沈黙した。右手であごをかき、考える仕草をしたので、少し待ってみると、
「確かに、君は時々、鋭い言葉を発することがあった」右手を腰に当ててから、ジルファーはゆっくりと話し始めた。「初めてのディナーの夜、あのソラークを相手に、気圧されることもなく自分の主張をきちんと口にした。さらに、氷のグラスの試練を、こちらが思っていたよりも見事に達成するに及んだ。決して、君は馬鹿でも無能でもない。それは認めよう」
「ありがとうございます」家族からは言われたことのない賛辞だ。
 けれども、それで有頂天に舞い上がるほど、単純ではない。誉め言葉の次に、厳しい批判の来る可能性は想定できた。
「しかしだな」ほら来た。「これまでの君は、どこか不安げな、緊張しながら、何とか言葉を慎重に形作っているようなところがあった。自己主張に慣れていないような危なっかしさ、良く言えば初々しさがにじみ出ていたわけだ」
「今のぼくは、初々しくないと?」
「そうだ」ジルファーの視線は鋭く、ぼくを見据えた。「どういうことだ?」
「それも星輝石です」ぼくは、真っ直ぐ視線を受け止めてから、うなずいて見せて、余裕とともに視線を外した。そして、手にした品物に目を下ろして、もう一度、持ち上げて見せる。
 ぼくとジルファーの視線が、真ん中の星輝石で絡み合った。
「ぼくだって、何も考えていないわけじゃない。ただ、考えていることを口に出して、相手に上手く伝えるようにするのが苦手なだけ。考えすぎて、まとまるのに時間が掛かり過ぎるのが、当たり前だったんです。普通の会話では、誰もそこまで待ってはくれませんから」
 ジルファーはうなずいて、先を促してくれた。
「動き出すまでに時間が掛かる、それがぼくでした。その潜在能力を、星輝石が引き出してくれている、ということで、説明にはなりませんか?」
 最後の結論は、相手に出させるのが、頭のいい人間を納得させる秘訣。これも、何かで得た知識なんだと思う。これまでの自分は、いかに多くの経験や知識を、現実の知恵として活かさずにいたんだろう。
 ジルファーは少し考えて、カレンさんに目を向けた。
 自分一人で考えられないわけじゃない。一人の考えで強引に話を進めず、場にいる他の者と意見を共有しようとする慎重な意思表示、ということまで察することができた。
 自分の高まった洞察力を噛みしめながら、ぼくはまた、ペンダントを下ろして待ってみた。
「確かに……」カレンさんはじっくり考えながら、口を開いた。
「星輝石には、肉体能力と、それから、知覚能力を高める、そうした作用が確認されているわね」
 普段よりも理知的な言葉使いで、一つ一つ確認するように進める。
 心もち、表情も鋭さを増したようだ。
 こういうところは、兄のソラークを思わせる。
「思考速度の方は、はっきり計測されていない……とは思うけど、全体的な反応速度の向上……と考えたら、あり得ないとも言いきれないのじゃないかしら」
 何となく、自信のなさそうな言い回しだけど、結論は、あり得る、ということだろう。
「それは、体内に星輝石を埋め込んだ星輝士の場合ですぞ」思いがけず反論したのは、バァトスだった。「我々、神官の場合は、《気》を使った術は使えても、それほどの基礎能力の向上は見られません。もちろん、本人の修練次第で、能力を嵩上(かさあ)げするような術技を編み出す者はいますが、ラーリオス様にそのような修練の時間はなかったはず」
「そこがカート、いやラーリオス様の恐ろしいところかもな」ジルファーが考え深げに言った。「傷の治療にしても、普通の人間なら時間の掛かるところを、星輝士ならあっさり治してしまえる。もしかすると、ラーリオス様は、星輝石を埋め込まれない生身のうちから、星輝士並みの治癒能力を発動できたのかもしれない」
「そんなバカな」神官は驚愕の面持ちになった。「いくら何でも、普通では考えられない」
「だからこそのラーリオス様ではないでしょうか」カレンさんが話を引き取った。「バトーツァ様、あなたはラーリオス様の奇跡を疑うのですか? 私は、あの重傷が一夜明けたら治っていた、という事実だけで、信じてみようって気持ちになります」
 そう言ってから、カレンさんはこちらを向いて、にっこり微笑んで見せた。
 今度ばかりは、ぼくの心も有頂天に舞い上がった。
 星輝石で思考力は高まっても、感じる心は相変わらず、ぼく自身のものだった。美女に微笑みかけられて、冷静さを保てるほどには、ぼくは人生経験を経ていない。
 自分の感情は普通のティーンエイジャーのまま。そう気付いたことで、かえって自分がただの星輝石の操り人形じゃない、という確信と安心感を持つことができた。

「それで、さっきの質問だが……」まだ納得していない表情のまま黙りこくったバァトスを放置して、ジルファーが話を戻した。
「どの質問です?」舞い上がった心を何とか落ち着けて、ぼくは問い返した。いろいろ質問したので、話の流れを見失っている。
「自分のした質問を忘れるとは、まだまだだな」ジルファーの皮肉は聞き流す。発言のペースを取り戻すための前口上みたいなものだ。ここは、相手のペースに合わせた方がいい。
「いろいろと話がそれたので。星輝石がぼくの能力を高め、何らかの導きを示した、という話でしたよね」
 一応、話の大筋は理解していることを示す。
「そうだ。しかし、トロイメライはここにはいない」
「どうしてです?」
「そう、それが君のした質問だった」ジルファーは、自分の誘導にうまく応じた生徒を誉めるように、にっこり微笑んで話を続けた。「理由は簡単だ。この《星近き峰》(プレクトゥス)の洞窟で、ラーリオス様と接触し、援助することが認められている上位星輝士は4人だけ。風のソラーク、森のカレン、氷のジルファー、つまり私だな。そして、大地のランツだけだ」
「最後の一人には、まだ会っていませんよね」
「あいつは、せまい洞窟の中に閉じ込められるのが嫌いだからな。基本的に、外の監視とかを好んでしている」
「大地の星輝士なのに、洞窟の中が嫌い……って、閉所恐怖症か、暗所恐怖症なんですか?」
「あいつの事情は、会ったときに直接聞いたらいい。それよりも、今の理由で、影のトロイメライ、正式な称号はナイトメアだって話は前もしたと思うが、彼女はラーリオスとの接触や干渉が許されていない」
「あれ? でも、確か、金の星輝士っていましたよね」
「メル・ゴーヴのイゴールだな」
「そう、その人。先生の親友で、ペンダントを作ってくれた人だって、昨晩、言っていた。その人のやったことは、干渉にならないのですか?」
「イゴールは、ここにはいない。連絡は、私が個人的な回線で行なった。日々の生活や訓練に必要な品物の発注なんかは、普通に認められていることだ。イゴールは腕のいい職人だからな」
 だったら、今度はペンダントではなく、腕輪(アームブレス)の形に加工し直してくれるよう、頼んでみたかった。けれど、今の話の流れではふさわしくないと分かったので、口には出さない。代わりに、
「すると、トロイメライがこの洞窟に来て、ぼくに干渉するのは反則なんですね」と核心部分をたずねた。
「そうだ」ジルファーはそう言って、かたわらに座るバァトスを見下ろした。「神官殿、どうなんだ?」
「さあて」バァトスは目をぎょろ付かせて、首を曲げると、氷の星輝士を見上げた。「確かに、我が師とは連絡をつけることもありますが、それは儀式について、どうしても必要な手続き上の確認をするため。私も大任を果たす役割ですから、万が一の手違いなど起こすわけにはいきませんので、慎重を期するわけですよ。それ以上のやましいことはございませんとも」
「だったら昨夜の密談は、どういうことなんだ?」とぼける神官に、こちらから詰問する。
「密談など、とんでもない。昨夜は師との会話はありません。気になるのなら、私の通信回線を確認してくれてもかまわない」
 のらりくらりと言い逃れしようとする神官に、少々、苛立ちを覚えた。
「通信なら、規則に反しないから別に問題はないんだが」とジルファー。
「通信じゃありません。直接会話をしていました」ぼくは断定した。
「それは問題だな」優柔不断にも聞こえる応じ方をしてから、ジルファーは考え込んだ。「要は、トロイメライがここに出入りしているかどうか、だろう? 転送円の使用痕跡をチェックすれば、すぐに分かることじゃないか。問題があるとしたら……」バァトスを見下ろしながら、「不正を疑われている本人が、転送円の管理も担当していることだが」
「そちらも、使用記録をきちんと提出いたしますよ。それでも疑わしいようなら、直接、使用痕跡を調査してみることですな。それで、私の身の潔白は晴れるはずです」バァトスは自信ありげに、ニヤリと笑みを浮かべて見せた。「そもそも、我が師はここには来ていないし、昨夜は通信も使っていない。ラーリオス様は、星輝石を手にして力を発動させることに成功したのかもしれませんが、その力をまだ完全には制御できず、むしろ振り回されているのではございませんか?」
 それは否定できなかったので黙っていると、調子づいたバァトスがさらに言葉を重ねた。「戯言(たわごと)……とまでは申しませんが、寝言に近い。もしかすると、夢か何かで見たことを、現実と混同しているのかもしれません」
 先に、夢、という言葉を出されたのは失敗だった。
 そう、トロイメライが言ったように、「夢で見た内容を元に、彼女やバァトスを告発しようとしても信用されない」ということだ。だから、ぼくは「夢」ではなく、「星輝石の導き」という言葉を使った。さらに、重傷が治ったという事実こそが、「星輝石の力を、ぼくが発動できる」という裏付けになる。
 けれども、「石の力を使える」イコール「石の導きと称する主張が全て正しい」という証明にはならない。
 バァトスは、そこをうまく突いてきたのだ。仮にも神官を務める男の秘めたる知性を見くびっていたことを、ぼくは悟った。
 どう反撃しようか、と考えていたとき、カレンさんが口をはさんだ。「それで、ラーリオス様は、バトーツァ様に対して、どのような罰が妥当と考えてらっしゃるのですか?」

 想定外の質問だった。
 こちらはバァトスの悪事を暴くだけ。それを証明した後のことは考えていなかった。ジルファーやカレンさん、あるいはソラークが適切に対処してくれるだろう、と見なしていたのだ。
「ラーリオス様は、『やっつけて下さい』と言われました。それは、『死刑にしてくれ』というご命令でしょうか?」
 カレンさんは恐ろしいことをさらっと言ってのけた。
「仮にバトーツァ様の悪事が立証された場合、それは重大な裏切りに値します」
 カレンさんの瞳がスッと細くなって、暗い光を放ったように見える。「裏切り者には死あるのみ、ですわね」その視線は、ぼくと、それからバァトスに向けられていた。
「ちょ、ちょっと、カレンさん」ぼくは背筋がゾクッとなって、思わず腰を浮かせた。
「わ、わわわわ……ワル……キューレ殿」神官は、ぼく以上にうろたえていた。歯をガチガチ鳴らしながら、かろうじて言葉を紡ぎ出している。「い、いくら何でも、それはあんまり……というもの……」
「あら、裏切りの事実がないのなら、何も怯える必要はないのでしょう?」
 死者の魂を運ぶ戦乙女(ワルキューレ)のコードネームにふさわしい威厳を発散しながら、柔らかい微笑を浮かべて見せる。そんな姿を見て、優しい癒し手の側面だけでは計れない女性の恐ろしさを、ぼくは感じとった。
「も、もももも……もちろんですとも」バァトスの怯えようは、痛快さを通り越して、哀れでさえあった。「わ、わわわわ……ワルキューレ殿。このバトーツァ、決して裏切ったりはいたしませんとも」
「こう申しておりますが、ラーリオス様、どうされます?」カレンさんは、ぼくの方に大きな青い瞳を向けた。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ」バァトスほどではないけれども、ぼく自身、動揺していた。
 ぼくがバァトスを死刑にしろ、と言ったら、それは実行されるのだろうか?
 自分にそのような他人を裁く権限が与えられるなんて、思ったこともなかった。
 ぼくはまだ18才に満たないので、陪審員になった経験さえない。父や兄貴も、そういう話をしてくれたことは一度もない。法律に興味のある人間なら、そういう可能性を考えながら社会科の授業を熱心に聞いたりもしたのだろうけど。
「おいおい、カレン。少し過激すぎやしないか?」ジルファーが、なだめるように言った。
「あら、兄のソラークなら、きっと同じことを言いますわ。裏切り者には、死あるのみって」
「それは、そうかもしれないが……」珍しくジルファーが焦りを顔に出した。
 動揺を鎮めるかのように、右手で目線を包むように額を押さえる。
 人差し指でポンポンと髪の生え際を叩くと、何とか冷静さを取り戻したように、顔をさらし出す。「この問題は、すぐに決着をつけず、ソラークを交えて、じっくり話した方がいいのかもしれないな」
 その結論には賛成だった。自分でまいた種とはいえ、他人の命まで関わってくるとなると、ぼくには重すぎる。ジルファーの結論は、先送りなのかもしれないけど、当面はそれで凌ぐしかないのかもしれない。
「最終的には、そういう形になるのでしょうけど、ラーリオス様は、それで納得されるのかしら?」そう言って、カレンさんはこちらに目を向けた。
 納得する、と、あっさり答えかけたんだけど……深い湖の色合いの視線にさらされて、心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。
 吸い込まれるような気分を味わう……と同時に、誰かの声が不意に脳裏に蘇ってきた。
『ワルキューレを信用しないこと』
 夢で見たトロイメライの言葉だった。
 どうして、こんな時に? 
 これは、トロイメライの言葉を信じるか、カレンさんを信頼するかの選択を意味するのか?
 だったら、答えは簡単だ。
 ぼくはカレンさんを信用する。
 すると、『裏切り者には、死あるのみ』という言葉を、真に受けるべきなのか?
 ぼくは、バァトスが裏切り者である、と確信している。それをソラークに伝え、その事実を証明できれば、バァトスの命を奪うことにもつながるのだ。言わば、バァトスの生殺与奪の権を、今のぼくが握っている形になる。
 ぼくは、バァトスの悪人めいた顔から目をそらさず、真っ直ぐ正面から見据えた。
 この男は確かに憎らしくも思えるが、命の危機を前にして怯えている姿は同時に哀れでもある。そして、ぼくは相手を殺してやりたいほど憎いと思ったことは、これまで一度もなかった。
 何かを守るために戦ってやろう、という気持ちは理解できる。
 腹が立った相手を殴って、軽傷ぐらいなら負わせたこともある。あとで、父から本気で叱られたけど。
 たぶん、自分の愛する人間を殺されたりしたなら、激しい憎悪に駆られたりもするかもしれない。映画のアナキン・スカイウォーカーみたいに。
 けれども、今の時点でバァトスを殺す理由はないし、そうしたいという気持ちにもなれない。
 どうしたらいい?
 
 ぼくは無意識のうちに、先ほどのジルファーと同じことをしようとした。
 瞳を閉じて、右手で両目を覆うように額を押さえる動き。
 人差し指でポンポンと脳に刺激を与えることで、冷静さを取り戻し、賢明な考えが思いつくような、ちょっとしたおまじないの仕草。
 けれども、硬いものが額に触れたことで、ジルファーを模倣した身振りは中断された。
 うっかり、星輝石を手にしていたことを失念したのだ。
 一瞬の閃きが、脳裏をよぎった。
「そうだ、星輝石だ」ぼくは無意識につぶやいた。
 バァトスの命をどうするかなんて、大した問題じゃない。
 ぼくはベッドから立ち上がった。
「ラーリオス様?」いぶかしげに問い掛けるカレンさんを押しのけるように、かたわらを通り過ぎ、扉を開いて部屋の外に踏み出る。
「おい、カート、どうしたんだ?」ジルファーの声が後ろから聞こえてきたけど、相手にしなかった。
 ただ、大切な物を守らないと、という気持ちが、ぼくを突き動かしていた。
 何かに導かれるように、暗い通廊を確かな足取りで進んでいく。
 右手に持った星輝石が煌々と闇を照らしていた。
 不意に、前方から大きな人影が現われた。
「お、おう、リオ。どうしたんだ?」
「行かないと……」つぶやいて邪魔な巨漢の横を通り過ぎようとした。
「しっかりしやがれ!」巨漢がつかみかかってきた。抵抗したけれども、力比べは相手の方に分があった。
 強引に押さえつけられた拍子に、星輝石のペンダントがカランと音を立てて、地面に転がった。

 頭の中で、ブラッド・フィーデル作曲の映画BGMが鳴り響いた。
 重厚な機械をイメージしたシンセサイザーの音が、ダダンダッダダンと聞き慣れたテーマを奏で、ぼくの意識を1984年、あるいは1994年のロサンゼルスに運び去る。
 自分がまだ生まれる前の世紀末の風景なのに、映像化されたそれは、砂漠の惑星と同じように現実的(リアル)で鮮烈な印象を脳裏に残している。
 そして、目の前に例の殺人サイボーグを髣髴(ほうふつ)とさせる巨漢の姿があった。
 混乱した頭で自分の状況を把握しようとしたとき、
「リオ様、大丈夫ですか?」シリアスな映画の登場人物とは相容れない甲高い声が聞こえてきて、ぼくを現実に引き戻してくれた。
「あ、ああ、ロイド。それに……リメルガ」
「全く、ぼうっとしやがって」そう、ぼやきながら、リメルガがぼくの手を取って、助け起こしてくれる。「飯食って、来てみたらよ。一体、何があったんだ?」
 どう説明しようか、ぼんやり考えていると、後ろから3人が追いついてきた。
 ジルファー、カレンさん、それにバァトスまでも。
「リオ様、これ」と言って、ロイドがペンダントを拾ってくれたので、鎖の部分を受け取る。
「カート、説明してもらうぞ」ジルファーが厳しい口調で尋ねてきたけれども、
「石の導きです。みんな、付いて来てください」それだけ言って、ぼくはふらつきながら、前進を再開した。空腹を感じはしたものの、それよりも大切なことがあった。

 4人の星輝士と、1人の神官を従えて向かった先は、夢で見た扉の前だった。
 ここに実際に来るのは初めてだったけど、途中の分岐路で迷うことはなかった。
 夢で見た記憶と、星輝石の与えてくれたイメージが、しっかりと道を示してくれていたのだ。
「私の部屋に一体……」と、バァトスがぶつぶつ言っているのがかすかに聞こえたものの、相手にする気はなかった。
 扉は開かなかった。何かの魔法めいた力で閉ざされている、と感じた。
 ジルファーの氷を、ぼくはイメージした。氷を溶かす要領で、扉に掛けられた封印の《気》を解呪することができれば……。
 星輝石を手にしたぼくには、思いのほかに簡単にできた。
 一瞬の力の発動。
 それだけで封印が解けたノブを回して、ためらうことなく強引に扉を押し開く。
 やっぱり、不器用なぼくがやると、ガタガタ音を鳴らすことになるな、と、かすかに夢の印象を確認した程度。
「そんなバカな。この私の封印があっさり解除されるなど……」バァトスの驚きの声が耳に入ったけれども、どうでもいいことだと聞き流す。
 部屋の中も、やはり夢で見た印象のとおりだった。夢と現実の境界があいまいになっていたけど、心臓の鼓動とか、呼吸音とか、肌に感じる汗といった身体感覚が、現実に意識をつなぎ止めていた。
 細かい観察をする間も惜しんで、ざっと陰鬱な空間に押し入り、自分を導く力の源をたちどころに探し当てる。
 奥の壁に据え付けられた棚に乗せられた、丁寧な造りの宝石箱。
「太陽の星輝石だ」ぼくは全員に聞こえる声で、はっきり告げた。「闇の者の手に委ねるわけにはいかない」
「闇の者って……」カレンさんのつぶやく声。
「まさかな」ジルファーの考え深げな言葉。
 そう、太陽の星輝石さえ確保すれば、いろいろなことが解決する。きちんと調べれば、バァトスの陰謀の証拠にもなるだろうし、何よりも、ラーリオスを《暗黒の王》として覚醒させるための鍵なのだ。
 今の状況に何らかの勝利条件があるとすれば、それはバァトスの命を奪うことではなく、太陽の星輝石を安全に確保すること。
「リメルガ、ロイド、神官が邪魔をしないようにして!」後ろを振り返らず、指示だけ出した。
 ジルファーは理由を問い質すだろうし、カレンさんは戸惑うかもしれない。
 しかし、命令される立場に慣れた2人の下位星騎士なら、何も聞き返さず従ってくれる、と確信していた。
「お、おう」野太い声が反応し、
「や、やめろ、バカ者。放さぬか」と、慌てふためいた声が聞こえ、
「おっと、星輝石は使わせませんよ」と、抜け目ない口調の響きが発せられ、
「か、返せ〜〜」と裏返った悲鳴が上がる。
 そうした後ろの喧騒を振り返ることなく、ぼくは部屋の奥に向かい、力の石の納められた宝石箱に手を伸ばした。

 再び、ぼくは映画の世界に踏み込んでいた。
審判の日(ジャッジメント・デイ)
 それが、あの映画に付けられた副題だ。その後、いくつもの続編やTVシリーズが作られたけれども、世紀末の恐ろしい悪夢と、暗闇の中に照らし出された微かな希望が描き出された第2作こそが、最も印象的だった。
 核戦争で世界の全てが炎に包まれる衝撃的な映像。
 それに匹敵する光景(ビジョン)を、ぼくは見た。
 登場人物は、今ここにいる人たち。ジルファー、カレンさん、ロイド、リメルガ、そしてバァトスまでも、地獄の炎に飲み込まれ、遺体すら残らずに消滅していった。
 その凄惨な画面の奥に浮かび上がる、赤と黒に彩られた(シルエット)
 皮膚と一体化したような赤い鎧は、激しい炎の《気》を伴って、陽炎のようにゆらゆらと揺らめいている。
 それこそ、破壊の魔神と化した《暗黒の王》(ラーリオス)だった。
 
 宝石箱の中から放たれる強大な力にさらされながら、ぼくは悪夢の未来の幻視(ビジョン)を受け入れられず、ただ涙を流すことしかできなかった。


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●作者余談(2012年6月2日、ネタバレ注意)

 この章では、「カートVSバァトス」が描かれます。
 第3部で描きたかったのが、「カートの急速な成長」「カレンとの関係」「敵との対決」の3点。
 よって、以降はこの3点を軸に、振り返ってみようと思います。

★成長

 第1部で、ゾディアックを虚構ではなく現実と受け止め、
 第2部で、星輝石の力に目覚め、
 第3部は、どんどん新たな技を習得する。

 ただし、力の使用には精神性も必要になり、それをどのように制御するか、心理面からじっくり掘り下げるのが作品スタイルですね。
 「力をゲットした。その力で、襲って来る敵と果てしないバトルを続ける」というのが、バトル物の王道だと思いますし、原案者の雄輝編もそういう展開になると予想されました。
 もっとも、雄輝編で、ぼくが物足りなかったのは、「力を手に入れた者の葛藤」というのが一切、描かれておらず、「修業を通じて強くなる過程」もすっ飛ばして、結果だけ描いたという点。だから、そこを補う形で掘り下げたわけですが、逆に言えば、そこだけで物語を構築した次第。

 一応、原案者が「力を手に入れた者の葛藤」というテーマで描いた異能学園物作品もあるのですが、そこでの結論は、「力を持ちながら、守るべき者を守れず、みすみす怪我をさせてしまったことで、少年主人公が奮起し、仲間とともに力を使う場所を見い出す」という王道路線ではあるのですが、問題点は「舞台設定が、異能を受け入れる学園なので、誰もが力を当たり前に認識し、行使する場所では、力への葛藤というテーマが活きない」という点です。

 本作の場合は、強い力の代償として心が蝕まれていき、その自分の変化に対して、葛藤する流れですね。
 「ラーリオスの力」は星輝士の中でも別格というのは初期設定ですが、その別格さをどう表現するか、が一つの課題。
 本作での解決方法は、まず「石そのもののポテンシャルが強大すぎて、主人公にも制御できない」という点。
 当初は、本作の主人公カートは、「ラーリオスの適格者ではなかったので、石の力を制御できなかった」という理由付けがあったのですが(失墜の執筆時点)、
 本作執筆中に雄輝編の方が紆余曲折の挙句、頓挫してしまったために、この辺りの設定も変わり、
 「カートの失敗を踏まえて、雄輝に埋められた星輝石には力を抑えるためのリミッターが掛けられた」という設定に置き換わりました。そのおかげで、「カート<雄輝」という当初の能力格差の設定がなくなり、「カートはカートで、ラーリオスの資質は十二分に備えていたけど、諸事情で道を踏み外してしまった」という形に定着。

 だから、カート自身の成長を制限なく描けるようになった、というのが第3部の過程ですね。
 こちらの理想としては、カートの成長をじっくり描いているうちに、雄輝編の主人公もその内面と能力が説得力ある形で育っていき、二つの作品が相互補完でうまく並立し、カートの想いや力が雄輝に継承される、という流れだったのですが。

 ともあれ、カートの成長のために、「いきなりラーリオスの石を扱うには荷が重い」ということで、練習用の星輝石の欠片を与えられます。
 ただ、「その欠片に過ぎないもので、思いがけない力を発動させてしまう」のが、カートの主人公力。
 そして、物理的な戦闘力よりも、「知覚・心理面での能力向上」を主眼にしています。これはまあ、本作が一人称小説ということにも起因するのですが、主人公の洞察力が高まるにつれて、描ける世界が広がることになります。
 最終的には、ゾディアックに関する裏設定など、カートがあまねく理解するのが作品目的の一つだったりしますし。欲を言えば、雄輝編が順調に展開するなら、「星王神や星霊皇、預言者関係のゾディアック組織の根幹設定」はそちらで描くべきことだったのですが、結果的に、こちらで描かざるを得なかった、と。
 結論として、第2部までは割と当初の予定どおりに書けたものが、第3部になると、予定よりも描くべきものが多くなり過ぎ、膨らみ過ぎた、と思っております。
 だから、カートの成長も、予定より向上し過ぎた。
 それこそ、「雄輝との兼ね合いでカートに仕掛けられたリミッターが外れてしまった」と思っています。

 なお、作者の方からカートに感情移入すると、「作品世界のポテンシャルが強大になりすぎて、作者にも制御できない」という状態に陥っていますね(苦笑)。
 そんな自分の生み出すもの(力)が、自分でもままならない……という物語が、本作ということですか。
 その歪な成長の端緒が、本章だったということ。

★カレン

 カートを補佐するように見えて、歪めていくヒロインが彼女。

 無垢さを装ってカートを翻弄したり、バァトスを助けるように場をコントロールしております。

 『裏切り者には死あるのみ』という非情で悪役チックなセリフ。これを最も温和そうな癒し手キャラのカレンに言わせることで、いわゆるギャップ萌えとか、ゾディアックの持つ組織の冷酷さを表現できたらいいなあ、とも思いつつ、その裏には……。
 彼女については、いろいろ設定を考えていたんだけど、「第3部のどんでん返し」という事情があるので、なかなか明示できず、小出しにしながらインパクトを作っていた、と思います。

 なお、『裏切り者には死あるのみ』というのは、結局、彼女自身の運命も暗示しているわけですが、その辺は自分で書いていても皮肉だなあ、と。

★対決

 当面の敵役として登場させたバァトス。
 彼との法廷劇めいた心理戦が、本章の目玉なんですが、直接殴りあわずに、また魔法の撃ち合いでもなく、言葉による戦いというのが、書いてみたかった。

 なお、「倒した敵が後で味方になる」というのはバトル物の王道なんですが、ここでバァトスが後々、カートの腹心の部下になるだろう、とはまず誰も予測できない展開だったろう、と思います。

 でも、掲示板上では、この辺で、コミカルな敵役としてのバァトスの人気が急上昇というのが印象的でした。

★おまけ

「太陽の星輝石だ」ぼくは全員に聞こえる声で、はっきり告げた。「闇の者の手に委ねるわけにはいかない」
「闇の者って……」カレンさんのつぶやく声。
「まさかな」ジルファーの考え深げな言葉。


 読み返して、このセリフがツッコミどころだなあ、と思ったり。

 カートが「闇の者」という言葉を明示し、カレンが少し動揺します。まさか、この時点で、カレン本人が「闇の者」であるとは予想できまい、と思いつつ、後から読み返すと、いろいろ意味深。
 ジルファーの「まさかな」は、特に深いことを作者は考えておらず(笑)、ただの思わせぶりなセリフでしかなかったのですが、後でジルファーの家系に「闇」が関わるという形で、伏線的に回収されます。

 「なるほど」と「まさか」と「やはり、そうか」は、知的キャラを描写するのに不可欠なセリフだな、と思ってます。

なるほど:分かってなくても、理解したようなフリができる。なお、本当に知的だと、この後、「つまり」と付け加えて、自分の理解した内容を解説し始める(笑)。

まさか:予想外のことが起こっていて、驚きを表現するセリフ。これが「そんなバカな」だと、驚きすぎだし、事実を受け止められない頭の固さを表明するのに対し、「まさか」だと、一応事実を受け止めていることを示す。
 「まさか、こんなことがあろうとはね。さすがの私も驚いたよ。なかなか見事とほめておこう」といった感じで、想定外でも、余裕を感じさせる。でも、「まさか……」と戸惑い気味に表記してしまうと、土壇場の必殺技で逆転負けしてしまった敵キャラになってしまうので、「まさかな」と区切るのが吉。

やはり、そうか:別に予想していたわけでもないのに、このセリフを口にすると、前から予想していたように聞こえる。その後に、そう予測した理由まで説明できると、解説キャラの本領発揮です。
 さらに、上級の実践キャラになると、「やはり、そうきたか。それならば……」とバトル中なんかに発言して、即座に的確な対応策を返してくると吉。いかにも、達人級の戦士という感じがします。
 あくまで自分の意思で判断し、行動選択できる立場の人間が使うことで活きてくる、と。

 ただし、現実の場面で知性を示しているつもりで、うかつにこの「やはり」を多用すると、実際は「分かっていたなら、さっさと行動に移しておけ」とツッコまれる元になります。
 「頭で分かっている(と主張する)のに、適切な行動に移せない」人間は、仕事の場では使えない人間ということですから。こういう後出しジャンケンみたいなセリフが通用するのは、あくまで「口相撲」の横行するフィクションならではってことで。

 そして一番ダメな「やはり」は、他人から仕事をダメ出しされたときに使う「やはり、これじゃダメでしたか」とネガティブに言ってしまうケース。
 失敗したケースに「やはり」を付けると無能さを強調してしまうので、それが口癖、書き癖になっている人は注意。
 「やはり……」で予想して、「ならば……」と対応策なり代替案まで折り込めるなら、現実で使うとよろし

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