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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(3−12)


 
3ー12章 ブレイク・ザ・デスティニー

 死の運命が、ぼくを鎖のように縛りつけていた。
 怪我による出血多量と、星輝石を失ったことで、意識は朦朧としていた。
 このまま暗闇に飲み込まれれば、全てが終わる。
 安らかな眠りに包まれる寸前のぼくを、その歌声が鼓舞した。

『決してあきらめないで
 運命なんて打ち破れ』

 そうだ。
 まだ終われない。
 ぼくは死なない。こんなところで死ぬわけにはいかない。
 そのために必要なのは……星輝石。
 切断された左手首に装着された腕輪の石さえあれば、自分を癒せる。
 どこだ? 
 かすむ目で辺りを探す。
 あった。
 かすかな光が差し招く。
 ほんの数歩の距離。
 立って歩けば、簡単に手の届く場所。
 だけど、ぼくの手は使いものにならなかった。切り取られた左手に差し伸べようとする右手も、携帯電話とともに砕かれ、物をつかむことさえできそうにない。
 思念の力で目当てのものを引っ張り寄せようとしたけれども、ダメだった。
 星輝石の離れた状態では、ジェダイのような超能力は使えないのだ。
 まだ動く自分の体だけが頼りだ。
 痛みをこらえ、右腕の肘で体を起こそうとする。左腕は使えない。下手に使うと、出血がますますひどくなるばかりだ。
 歯を食いしばって、片腕だけの匍匐(ほふく)前進を開始する。

 ライゼルは、ぼくの動きに気付いていなかった。
 とどめを刺す前に、介入者があったからだ。
「セイレーン、何しに来た?」
「もちろん、あんたを止めるためだよ。ネストールの爺さんの指示だからね」歌がやみ、女の声が頭上で聞こえてきた。
「ふん、お節介なことを」
「それはそうと、人の歌(ロック)を悪魔の音楽とは、聞き捨てならないね。頭の固いパーサニア風情に芸術のことが分かると思えないけど」
「パーサニア風情だと? 誇りある我が家名を愚弄するか!」
「誇りあるあたしの歌を愚弄したのは、そっちが先だろうが。謝るチャンスぐらいは与えてやるさ。そしたら、こっちも謝ってやる。それで、この件はチャラだ。本題に移るとしよう」
「黙れ。お前みたいな女に謝る舌はない」
 あいまいな聴覚とガンガン痛む頭に、このような口論が聞こえたようだけど、すぐには状況が理解できなかった。ただ分かったのは、ライゼルが気の強い女の対応に注意をとられ、ぼくの邪魔をしそうにはないことだ。
 だから、ぼくも気をとられることなく、自分が生き延びることに専念した。他人の口論に介入している余裕はとてもない。
 
 わずかな距離とはいえ、匍匐前進には時間がかかった。
 少し進むと、痛みにあえぎ、息をつぎ、かすむ目をしばたかせ、『運命なんて打ち破れ』とつぶやいて自分を鼓舞する。
 どこかで聞こえるサミィ・マロリーっぽい声と弦を振り回す金属音も、自分の意識をつなぎ止める役割をした。
 敵であるライゼルを引き付けてくれることが、結果的に、自分を支援してくれている。
 サミィが自分を応援しているような思いに勇気を奮い立たせ、ぼくは自分の失った体の一部、そして力の源たる石に這い進んだ。
 星に手を伸ばす理由(リーズン・トゥ・リーチ・フォー・ザ・スター)……そんな言葉が脳裏をよぎる。理屈で考えるまでもなかった。生き延びるためには、それが絶対に必要な極限状態なんだから。
 生きるために星を目指す。
 生きてどうするかは、その後で考えればいい。
 そして苦心の末に、砕けた右手が切られた左手に届いた。
 ただちに星輝石の癒しの力を願う。
 ようやく安らいだ気持ちとともに、右手の痛みが和らぎ、力を取り戻していく。
 指を曲げ伸ばしして感覚を確かめるや、左手をつかむ。
 これで怪我が治る。
 そう安心した想いで目を閉じて、左腕の傷口に手首を押し当てる。
 出血が収まり、痛みが治まるのを意識する。
 けれども……接合には至らなかった。
 癒しの力が途切れたのを感じて、目を開いた。
 星輝石は光を失っていた。
「そんな……」ぼくは改めて、希望が失われたことを悟った。
 応急手当の止血はできたけれど、そこまでが腕輪の星輝石の限界だった。完全に力を使い果たし、もはやぼくの願いに応じることはなくなった。
 切断された左手は元に戻らず、星輝石も最後の役割を果たし終えた。
 残されたぼくの体は、周囲の寒さを感じて身震いしていた。

「あんたがラーリオスかい」
 ハスキーな声とともに、鮮紅色のブーツが目の前に降りてきた。
 ブーツの質は一見、レザー風だけど、金属光沢も放っており、柔軟さと堅さの両方を備えているように見えた。踏まれたり蹴られたりすると、思わぬダメージを受けそうだ。
 ぼんやりそんなことを思いながらも、素早い反応ができず、ゆっくりと顔を上げる。
 膝までのブーツの上は、白いむき出しの太股がまぶしかった。
 それだけで、いくぶん元気を取り戻せた。さすがにガバッと跳ね起きられるほどには、単純じゃなかったけど。
 その上。
 ドキドキしながら目を移すと、赤い金属の腰防具(ウエストアーマー)が視界に入って、安心と残念の入り混じったため息をもらす。これがスカート状なら、角度的に見えそうで見えない中身への期待と妄想に時間を費やすことになるんだけど、はっきり見えてしまうと、それ以上の期待には発展しない。
 さらに上。
 すらりとした腹部は茶色いレザー風で、豹の毛皮っぽい模様が描かれている。どこか生っぽい感じの衣装が蠱惑(こわく)的だ。
 自然に湧き上がる唾液を呑みこみながら、ひときわ目立つその中心に目を向ける。へその部分に輝いているのは、薄桃色の星輝石。中央に銀色の光の筋がちらつき、瞬き(ウインク)のような自己主張をしている。
 石の呪縛から無理に目線を上げると、大きな胸を包む女性用の胸装甲(バストアーマー)。そこから先は見上げることができなかった。胸に釘付けになったのではない。その大きさに視界を塞がれ、ぼくの位置からは肝心の顔が隠れてしまっていたからだ。
「何だよ、反応が鈍いね」苛々したような声。「あんた、大丈夫かい?」
 野生的(ワイルド)水着鎧(ビキニアーマー)の女戦士が身を屈めてくる。豊満な胸の谷間がちらっと見えた気がしたけど、それよりもぼくを驚かせたのは、ポスターや音楽ジャケットなどでよく知っている女性の顔だった。
 特徴的な赤毛には、金色のメッシュが入り、さらに猫の耳を模した頭飾り(ヘッドバンド)が装着されている。
 いたずらっぽく見下ろす大きな瞳は緑色で、猛獣のようにギラギラと輝いている。
 スッと伸びた鼻筋の左右、両頬には猫のヒゲを思わせるライン模様が化粧されている。
 濡れたように赤い唇を、舌が舐めるようにちらつく様子は獲物を前にした肉食獣を思わせた。
「ほ、本物のサミィ・マロリー?」うわずった声で、思わずたずねる。はっきり顔を見るまでは、サミィっぽい声の女としか意識できていなかったのだ。
「やれやれ、質問に答える前に質問かい。あたしのファンにしては礼儀がなっちゃいないね」
「ご、ごめん。本物に会ったのは初めてで……」たしなめられて気落ちする。
「本物ってことは、あたしの偽者には会ったってことかい? そんな奴がいるとは聞いてないけど……」
 ぼくも聞いてない。サミィの猫風の衣装を真似(コスプレ)したナードはどこかにいるだろうけど、ぼくは会ったことがない。
「とにかく、あたしは正真正銘のサミィさ。だけど、ここでは《音の星輝士》セイレーン」簡単な自己紹介の後で付け加える。「で、あんたはラーリオス。間違いないんだね」
 それを認めたら、ぼくはどうなるんだろう? 
 サミィが月陣営の星輝士ということを、ようやく思い出した。
 すると、やっぱり敵なのか? 
「ああ、もう、じれったい。はっきりしない男は嫌いだよ。あたしの歌を口ずさむんだったら、もっと気合いを入れな!」
「は、はい。ぼくがラーリオスです。本名はカート・オリバー。修行中の身なので、気合いが足りなくて済みません」
「言い訳してるんじゃないよ。さあ、いつまでも寝転がっていないで、立つんだ」
 サミィは、ぼくに右手を伸ばした。肩パッドの下の二の腕は太股同様むき出しで、肘から手首までは金属装甲に覆われている。ただ、手にはめているのは腹部と同じ毛皮めいた手袋。しなやかな指の動きの邪魔をしないよう繊細な作りになっている。
 ぼくは差し伸べられた手をつかもうとして、右手を伸ばし……
「あんた……」
 ぼくの右手は、まだ切り落とされた左手を持っていたままだった。慌てて、ポロリと落とす。
「そんな重傷を負っていたのかい」サミィの目がぼくの左腕に向いた。「鈍いって言って悪かったよ。まずは応急手当からしないと……」
「大丈夫です」それまでとうって変わって心配を示すサミィに、ぼくはかえって元気をもらった。「自分で止血はしましたから。たかが腕一本。動けます」
「そうは言ってもね。動いたら、また出血するかもしれないよ。ちょっと待ちな」
 どこからともなく、黄色いハンカチを取り出し、ぼくの左腕の傷口に包帯代わりに巻きつけてくれた。「痛いの痛いの飛んでいけ。気休めかもしれないけど、音使いの言霊(ことだま)さ。あんたが信じれば、効果はある」
 確かに、効果はあったようだ。スッと痛みが引いてくれた気がする。
「切れた腕は仕方ないね。あたしじゃ治療できない。カレンちゃんなら何とかできるかもしれないけど」
「カレンさんを知ってるの?」
「当たり前さ。同じ星輝士、顔見知りだよ。太陽陣営はソラーク君に、カレンちゃん、パーサニアの学者兄貴に、カニのランツ。知らなかったのは、あんたの顔ぐらいさ」
「でも……敵なんでしょ?」
「儀式のためだからね。星霊皇さまの決めたことには逆らえない」そう言うサミィの表情は諦念が混じっていて、ロック歌手として輝いているボーカル女性とは違っていた。
「運命なんて打ち破れ」思わず、ぼくはそうつぶやいた。
「言ってくれるね。ああ、そうさ」サミィの反応はよかった。「運命に流されてちゃいけない。戦えと言われたら戦う。けれど、殺し合いはなるべく避けたいね」
 そう言って笑顔をこぼした。垂れ下がっていた頭の耳も、ピンと起き上がる。
「あんただって、そう思うだろう」改めて右手を差し出してきた。
「ええ、ぼくだって殺し合いはしたくない」相手の手を取って立ち上がった。出血多量の影響で頭がふらついて倒れそうになる。
「ほら、つかまりな」サミィが左肩を貸してくれた。
 間近で触れ合うと、彼女の心臓の鼓動(ハート・ビート)が伝わる。
 冷えきっていた体に火がともる。
 素肌だけでなく鎧の金属部も生きているように脈動し、熱を感じさせた。

 不意に上空から何かが飛来した。
 それは赤いエレキギター。空いている右手でバシッと受け取るサミィ。
「どうして、ギターが空から?」
「ファイヤーバードSSS(スリーエス)。あたしの愛器(ミュージック・ツール)にして、愛機(ライディング・マシン)さ」
「ええと、楽器で乗り物、それにSSSって何?」
「いい質問だね」ぼくの疑問に得意げに応じてくれるサミィ。「SSSはサミィ・セイレーン・スペシャルの略。本来、ファイヤーバードは1963年、ギブスン社から出た名器で、あたしの日常での相棒さ。SSSは、そのイメージを元に作り上げた、星輝士のあたし専用の装備品というわけだ。魔女の箒みたいに飛ぶこともできるし、ケーブルをつながなくてもエレキの音が出せる。《音の星輝士》セイレーンの能力をフルに発揮するには、必要な道具(ツール)ということ」
 夢みたいだ。ギターに乗って空を飛ぶ猫耳ロック歌手の魔女なんて、どこのナードが想像する? 
「おっと、大事な用事を忘れるところだったよ」ギターの説明をしたサミィが真剣な口調になった。「あんたがラーリオス様ならこれを伝えないと。シンクロシア様からのメッセージだ。聞きたいかい?」
「もちろんです」ぼくはまたにわかに元気になって、サミィの肩から離れた。その顔を正面から真っ直ぐ見下ろす。「ぼくがここにいるのも、スーザンに会うためなんです。メッセージがあるなら、是非ともお願いします」
「あんまり期待するんじゃないよ」そう言って、サミィはSSSに付いているボタンの一つを押した。

『カート。あなたには謝らないといけません』
 スーザンの声だった。夢で話したとは言え、音としては曖昧で、こうも鼓膜に染み渡る響きは持っていなかった。
『わたしは覚悟を決めてシンクロシアになった。でも、あなたには選択の余地がなく、わたしの宿命に巻き込んだと思っています。そのうえ、わたしは術を使って、あなたの心をいたずらに弄んだ。恨まれても仕方ないことをしました』
 ああ、恨んだかもしれない。けれども、そんなことはどうだっていい。きっかけはどうあれ、ぼくが君に愛情を感じていることは変わりない事実だ。だって、君の声を聞いているだけで、心が震え、なくした力が蘇るのを感じるんだから。
『あなたがわたしを恨んでいるにせよ、そうでないにせよ、たった一つ願いがあります。カート、必ず生きて。わたしともう一度、会ってください。そこできちんと互いの想いをぶつけて、全ての決着をつけましょう』
 全ての決着。それはつまり戦って、星霊皇の儀式を達成させることなんだろう。
 楽器に録音されたスーザンの声は、そこまでだった。
 一方通行の想いの伝達。
 スーザンは、ぼくに謝ってくれた。
 でも、ぼくが聞きたいのは、謝罪の言葉ではない。ただ一言、それを聞ければ納得の上で、死に向き合えたのに。

「サミィ、ぼくの声をスーザンに届けることはできる?」ぼくはたずねてみた。
「もちろん、できるさ。そう言うことを期待していたよ。とっておきの愛の歌(ラブソング)を聞かせておくれ」
「いや、そう言われると、口にしにくいんだけど」ぼくは赤面した。
 確かに、ぼくが期待した言葉は、スーザンだって録音されている状況では口にしにくいよな。愛してる(アイラブユー)、なんて歌の歌詞でもないかぎり。
 ぼくは、スーザンの気持ちを好意的にとらえることにした。わざわざ、この場で自分を落ち込ませても仕方ない。

『スーザン、君の声が聞けてよかった』
 そこから始めた。
『夢の中では、君を傷つけてごめん。せっかく会えたのに、ああいう形で終わったのが残念だ』
 儀式に対する憤りとか、いろいろ言いたいことはあった。だけど、せっかくスーザンに送るメッセージを、そのような恨み言で埋めたくはない。
『ぼくは君を恨んでいない。それよりも、今でも会いたいと思っている。いや、必ず会いに行く。生きて君と再会する。いや、死んでも会いに行く。そして、ぼくの想いを伝える。約束するよ。君もそれに応えてほしい』
 そして、付け加えた。
『ラーリオスより シンクロシアへ 運命なんて打ち破れ(ブレイク・ザ・デスティニー)

「遠く引き裂かれた男と女かい。歌のテーマにはぴったりだ」サミィの言葉に、ぼくはムッとした表情を向けた。「おっと、気を悪くしたらごめんよ。別にからかったつもりじゃない。スーザン様も悩んでらしたからね。運命なんて過酷だよ。せめて歌の中でも発散しないと、やってられないって話さ」
「歌は現実逃避なんですか?」
「いいや。現実に立ち向かうための勇気の源だ。声や音楽は、人の魂を揺り動かす」
 確かにそうだ。今まで好きな歌やBGMに何度励まされてきたことか。
「これからどうするの?」
「あんたをソラーク君たちのところに送り届ける……と言いたいところだけど、チッ、邪魔者が来たね。おとなしく帰ってくれれば良かったんだけど……そんなに甘い奴じゃないとは分かっていたさ」
 サミィの見上げる空に赤い竜鎧の星輝士が浮かんでいた。
「あいつ……今までどうしていたの?」
「ワイヤーで縛って、動けないようにしてた。そのままファイヤーバードに宙吊りにして、南の月陣営に送り飛ばしたんだけど……」右手のギターをジャランと鳴らす。「こいつが戻ってきたってことは、あいつがうまく逃れたってことさ。予想はしてたんだけどね」
 さらりと言い放ったけど、結構、過激なことをしたみたいだ。
 宙吊りにされて、空に飛ばされるなんて、ぼくなら耐えられない。
 けれども、ライゼルは懲りないようだ。
「セイレーン。さっきはよくもひどいめに合わせたな〜!」叫びながら飛来してくる炎の星輝士。そのまま窪地に降り立つ。
「ラーリオス、お前、まだくたばってなかったのか」着地した第一声がこれ。
「ぼくは昔からしぶといんだ」小声でつぶやく。
「腕一本じゃ足りないようだな。もう一戦交えるとするか」傲岸に言い放つライゼル。
「おっと、そうはさせないよ」サミィがぼくを庇うように前に出る。「ライゼル、あんた、分かってるのかい? ラーリオス様と戦うのは、シンクロシア様の役目。儀式ってのは、作法にのっとらないといけないって、ネストールの爺さんも言っていたじゃないか」
「そんな戯言(たわごと)、聞いてられるか!」
「戯言って、あんた……」
「いいか、よく聞け、セイレーン」ライゼルは居丈高に言った。「そのラーリオスは恐ろしい男だ。星輝士でもないのに、このオレサマと対等に渡り合ったんだぞ。なめて掛かって、消耗させられた。さもないと、お前などに不覚をとったりするものか!」
「その代償が左手一本ってことかい。ライゼル、あんた、やり過ぎだよ」
「やり過ぎなものか!」ライゼルは吠えた。「そいつの潜在力は侮れん。今ここで倒しておかないと、シンクロシア様に害を為す。何としても、殺しておかないといかんのだ」
「それじゃ儀式にならないって……」
「儀式など関係ない! オレはスーザン様のために、そいつを倒す!」ビシッと指を突きつけてきた。
「裏切るってことかい」サミィの声が冷ややかになった。
「裏切ってるのは、お前だ、セイレーン。ラーリオスは月陣営の敵だぞ。それを庇って、オレサマの邪魔をするなど、輝く月が許しても、オレの心に燃える炎が許さん!」
「ああ、もう、訳が分からないよ」サミィの声が呆れたように響く。
 ぼくだって分からなかった。
 儀式など関係ない、と言い放てるなら、こっちだってそう言ってやりたい。そして、スーザンと仲良く添い遂げる……って、ライゼルもそれを狙っているのか? ぼくを殺せば儀式が無効になる。すると、スーザンは星霊皇候補じゃなくなって、ただの女の子に戻れる。そうしたらスーザンを強引に拉致して……ライゼルだったらやりかねない。
 ライゼルといっしょに儀式を取りやめにさせたら、と考えてみたけど、それは無理だと思い直す。ぼくもライゼルも目当てが同じである以上、二人が共闘することはありえない。
 それなら、ぼくは自分が生き残るためにライゼルを倒さないといけない。スーザンの願いをかなえるためにも、ライゼルに倒されるわけにはいかない。
 ぼくは覚悟を決めた。
「ライゼル!」サミィの横にスッと進み出る。「お前は間違っている!」力を振り絞って、右手の指を突き返す。
「何だと?」ライゼルは拍子抜けした顔になる。「オレサマが間違っているだと? バカなことを言うな。曇りし者(クラウド)風情が頭でもおかしくなったか?」
「バカはお前だ。お前の目こそ曇っている」
「ちょ、ちょっと、ラーリオス様。突然、何を言い出すんだい?」サミィが慌てて止めようとしたけど、ぼくは強い視線で意志を押し通した。
「オレサマの目が曇っているだと? 何を根拠に……」
「スーザンの気持ちが、お前に見えているか?」ぼくは尋ねた。「お前は彼女の気持ちを分かっているのか? 彼女の望まぬことをするのが、お前の真実の愛なのか?」連続して問い詰める。
「何を言っている? お前ごときに愛の何が分かる?」
「お前は自分のエゴのために、忠義と愛を口にしているだけだ。ラーリオスは、お前の愛を偽物と判断する!」
「こ、こいつ、言わせておけば……」ライゼルの顔が紅潮し、全身がブルブルと震えた。「オ、オレサマの愛が偽物なら、真実の愛はどこにあると言うんだ?」
「ここさ」ぼくは右手の親指で、自分の左胸を示した。「ぼくはラーリオス。シンクロシアとは分かち難い絆で結ばれている。お前も星輝士だったら、聞いたことがあるだろう?」
「そんなもの……お前が死ねば、消えてなくなることだ」
「スーザンはそれを望んでいない。お前の愛が真実なら、彼女の想いを遂げさせてやるべきじゃないか?」
「オレは……オレサマは……ラーリオス、貴様が憎い! そして貴様に、そんな屁理屈を教えたジルファーが憎い! 愛など関係あるか! オレは憎い奴らを殺してやれたら、それでいいのだ、ハハハハハ!」
 お、おい。
 ライゼルという男が、ここまで開き直った言葉を口にするとは思わなかった。
 どれだけ無茶なことを口にしようとも、『スーザンへの愛情』という一点だけは本物だと思っていた。だから、それを理をもって思い出させれば、引き下がってくれるだろうと期待していたのに。
 ぼくの言い方がまずかったのか? 
 星輝石の知恵が欠けているから?
 自分の知っているハードボイルド主人公譲りの振る舞い方、ハッタリと機転で危地を切り抜けるやり方じゃ、この相手には通用しなかったのか?
 星輝石なしで戦えば、今度こそぼくは殺されるだろう。
 殺されないようにするためには、星輝石が必要だ。
 しかし、ぼくの手には星輝石はない。
 そのとき、ライゼルの腹部に輝く光が目についた。
 なければ、相手から奪えばいい。突然、思い立つ。
 何とか一撃をかわして、星輝石をつかみ取る。それができれば、相手の力を奪い、ぼくが力を得ることになる。
 できるかどうかじゃない。生き延びるために、やるかやらないかだ。
 無謀な賭けに出ようとしたぼくをスッと遮るように、サミィが前に出た。
「ラーリオス様。ここはあたしに任せな。あんたをやらせるわけにはいかない」
「そういうわけには……」
「あたしをナメんな。こう見えても星輝士だ。今のあんたよりは、よっぽど鍛えられてるんだよ」
「裏切り者のセイレーン、ラーリオスゥゥゥ。二人まとめて地獄に送ってやるッッ!」ライゼルが叫ぶと、火球を放ってきた。
「サミィ、どいて」ぼくは、飛んでくる《気》の塊をフットボールと見なしてダッシュした。
 使える右手で受け止め、そのまま力を吸い込む。
 星輝石がなくても、この能力は健在だった。
「ラーリオス、お前。星輝石も持たないのに、どうしてそのような真似ができる!」ライゼルは心底、驚いたようだ。
「これが、ぼくの力だ」吸い込んだ熱気に支えられ、勢いよく言い放つ。「星輝士の力の源は星輝石。だけど、それだけじゃない。石の力を発動させるのは、人の想いの力だ。ライゼル、お前の想いが愛と勇気なら、お前は星輝士だろう。だけど、今のお前の想いは憎しみだ。そんなものに負けるわけにはいかない。星輝石がなくても、転装できなくても、ぼくの心は星輝士だ。愛と勇気が支えてくれる」
「何を屁理屈こねやがって!」
「お前が言ったことだろう。星輝士は愛と勇気の戦士だって」ぼくは、ライゼルから聞いた言葉を繰り返した。「だから、愛は勝つ。これぞ揺るぎない真実の光だって、言ったじゃないか。お前の光は揺るぎないんじゃなかったのか」
「そんな昔のことは忘れたな」
 こ、こいつ……。
 ここまで理屈が通じない相手だとは思わなかった。
「ラーリオス、お前を倒すためには、オレサマは光などに頼らない。我が身に宿りし《闇》の力を、今こそ発動させる!」
 な、何だ?
 ライゼルの全身から、黒い瘴気のようなものが発散されているように見えるのは、気のせいか?
「一体、何だい、この力は?」サミィの声も震えていた。「星輝士の力じゃない。もっとおぞましい気配をびんびん感じるよ」
 サミィの知らない謎の力。
 だけど、ぼくにはトロイメライとの接触から、何となく分かっていた。
 人の心に巣食う闇。
 すなわち《邪霊》。
「ふはははは。これぞ我が身に封じし禁断の力だ。《闇》は儀式の成就など望まん。ラーリオス、お前の命を奪えば、星霊皇の後継者など誕生しない。そのときこそ《闇》の時代の到来よ」
 全身におぞましい気配を漂わせながら、ライゼルは一歩一歩、ぼくたちに迫ってくる。
 ぼくとサミィは、じりじりと後退した。
 そのとき。
 ライゼルの歩みが不意に止まった。
「な、何だ? 動けん」言葉とともに《闇》の気配がスッと収まる。「ええい、どうして地面が絡みついてくる? 邪魔をするな!」
「いいや、邪魔させてもらうぜ」ライゼルの前の地面が持ち上がり、中から赤橙色(ホット・オレンジ)の鎧を身に付けた戦士が飛び出してくる。
「ランツ!」顔見知りの戦士の登場に、思わず笑顔になる。
「よう、カート。どうやら間に合ったようだな。その女も敵か?」
「チッ、敵と味方の区別もできないバカが増えたかい。ややこしくなってきたもんだよ」憎まれ口を叩く女星輝士。
「サマンサは敵じゃない。ライゼルを止めに来たんだ」ぼくは誤解を招かないよう、簡潔に説明した。
「そうか。だったら敵はライゼル一人ってことか。後はオレに任せろ」
「お前もオレサマの邪魔をするか。関係ない奴は引っ込んでろ、カニ!」ライゼルが炎の剣を生み出し、ランツに斬りかかる。
「関係は大ありだぜ、バカ」ランツが左手の楯でガシッと受け止める。「大将を守るのはオレの仕事なんだからな」
「バカにバカと言われてたまるか、バカガニ」ライゼルはさらにもう1本の剣を作り出して、二刀流になった。
「カニをバカにするな!」ランツの右腕のハサミがライゼルの新しい剣と切っ先を交える。
 ギリギリと鍔迫(つばぜ)り合いのあと、ライゼルがバッと後ろに跳び退(すさ)った。《大地》の拘束をようやく逃れたようだ。
「あんまり頭のいい会話じゃないね」と、サミィがつぶやく。
 確かに。
 だけど、ランツが援軍に現われたのは本当に助かった。
 欲を言えば、もっと早く来てほしかったけど。切り落とされた左腕をチラッと見て、心底そう思う。
「おい、カート。こいつ、()っちまっていいのか?」背中をぼくたちに向けたまま、ランツがそう尋ねてくる。
()れるものなら、()ってみろ。返り討ちにしてくれるわ!」ランツとにらみ合い、隙を(うかが)いながら吠えるライゼル。
「ああ、もう」サミィが頭を抱える。「あたしはバカを連れ帰るように言われて来たんだ。殺しちまったら、話にならない。儀式にも差し支えるだろうに」
 それはそれでいいんじゃないか。
 そう思いかけて、考え直す。これって、バァトスを裁きにかけたときと同じ状況じゃないか。
 あのとき、ぼくは深く考えずに『この男は悪い奴です。だから、やっつけて下さい!』と訴えた。今、同じことを言えば、ランツはそれを忠実に実行しようとするだろう。
 ぼくの意思で、殺し合いが始まる。
 どうしたらいい? 
 ぼくは瞳を閉じて、右手で額を抑えた。
 あのときは、ぼくの手には星輝石があった。今は、ぼく自身が結論を出さなければいけない。それも早急に。
 思考がまとまらず、ぼくは助けを求めて空を見た。夜空の星々が答えを出してくれるんじゃないか、と期待して。

 そのとき。
 虚空に光が刻まれた。
 天から降りてくる紫の光の五芒星。
 それは夢でトロイメライが描いたような転送円だった。
 そこから4人の人影が飛び出した。
 黄金の翼のソラーク。
 白銀の翼のカレンさん。
 紫の竜翼のジルファー。
 最後に黒いローブの神官バァトス。
 3つの光と、1つの影が窪地を見下ろす雪上に降り立った。

「援軍到来って奴だな」ランツがニヤリと笑みを浮かべた。
「来たか、ジルファー!」ライゼルも凄絶な笑顔を見せた。
 熱気と冷気を宿した風が戦場に吹きこんで、ぼくは身震いを抑えられなかった。


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