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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(3−14)


 
3ー14章 クラックト・フレイム

 ぼくの意志によって、星輝戦争(セイクリッド・ウォー)が始まった。
 星輝士は「星輝石の力を宿した神聖な騎士」を意味する。
 「神聖な」(セイクリッド)という言葉には、「神に命を捧げた」という意味もある。
 すなわち、星輝士同士の戦いを意味する星輝戦争(セイクリッド・ウォー)には、その奥底に「神に捧げる犠牲(いけにえ)たる魂を決める戦い」の意味があるのだろう。
 ぼくは、自分の決断によって勃発した供犠の儀式を、重々しい気分で受け止めた。

「ジ〜ルファー!」ライゼルが感情をむき出しにした雄たけびをあげる。
「ず〜っと、この時を待っていたぜ。誰にはばかることなく、お前と()り合える時を。さあ、武器を抜け。オレサマと斬り合え! 今宵(こよい)の炎は血に飢えている。ライゼル・ダブルブレイィィィドッ!」
 大きく広げた両手に、火炎の剣が生成された。劫火(ごうか)の赤い光が竜麟の戦士を鮮烈に彩る。
「ライゼル」対峙するジルファーは動じることなく、あくまで冷静だ。
「月陣営で、音に聞く偉大な戦士ネストール殿の指南を受けたと聞くから、どれほど成長したかと思えば、相も変わらぬ愚劣さ三昧。私は今夜ほど、お前の兄であるのを恥じたことはない。お前を倒して、《闇》とやらの真実を見極め、パーサニア家の宿業を断ち切ってみせる。氷よ、我に力を」
 滑らかな動作で右手をかざすと、辺りの雪から紫の冷たい光が収束し、氷の刃を生成する。
 さらに左手には、ガラスの板のようでいて、より輝きを反射する鏡めいた氷の楯。
 ぼくが生成した武具よりも、美しく精巧な氷細工が出現した。
 だけど、見た目の華奢さに反して放出する光は激しく強く、持ち手の秘めたる技量と力を映し出しているように思える。

『さあ、両選手とも武器を取り出した。実況はあたし、月陣営の代表のサマンサ・マロリィがお送りします。解説は太陽陣営の星輝士の皆さんということで』
 マイクを手にしたサミィが、ノリノリで録音を開始する。
 何だか厳かな儀式のはずが、スポーツ中継のように聞こえる。
 重々しい気分を感じていたのは、ぼくだけか?
「ジルファーの奴、まだ本気じゃないな」ランツの声が、ぼくの注意を引きつけた。
「ああ、まずは様子見ということだろう」ソラークが同意する。
「どういうことで、ございますかな?」二人の戦士のかたわらで話に割り込んだのは、影の神官バァトスだ。
 ランツは一瞬、面倒くさそうな顔をしたが、思い直したように表情を取り繕ってみせた。「ジルファーが本気だったら、あんなにわか作りの武器を使わないってことだよ。何しろ、最強の武器を託されているんだからな」
「最強の武器……ですと?」
「聞いたことはあるだろう? 我らが友、《金の星輝士》イゴール特製の精霊武器だよ」ソラークが穏やかに付け加える。「私の槍と、ジルファーの剣、それから楯は、太陽陣営の強力な戦力だ。神官殿にも、きちんと把握してもらいたい」
「おお、確かに、その話は聞き覚えありますとも。さりとて我ら神官は、武具の話には素人も同然。説明されないと、思い至らなかったのでございます。失礼しました」
 そこまで言ってから、ランツに向かって付け加える。
「それで、クレーブス殿にはどうして、精霊武器が託されていないのですか?」
「うるせえ」ランツがあからさまに不機嫌を示す。「イヤミでも言いたいのか? 技量不足だって……」
「いえいえ、そのような悪意は毛頭ございません。クレーブス殿は、型どおりの武芸ではなく、実戦での経験と機転を見込まれた戦士と聞いております。持てる力を十全に活用して、求められる戦果を挙げることこそ、戦士の誉れ。武具はその実績を飾る勲章のようなもの。クレーブス殿は、名よりも実を尊ぶ無冠の武人、そのようにお見受けいたしますが」
「やれやれ。神官は口達者と聞いていたが、これほどとはね」ランツは肩をすくめる。「口先だけで戦いに勝てるなら、お前が最強だろうな」
「おお、星輝士殿にお褒めに預かるとは、恐悦至極」バァトスが深々と頭を下げる。
「褒めてねえよ」ランツが辛辣(しんらつ)に言う。「実戦は、口だけで勝てるものじゃないからな。腕を磨き、観察眼を養わないと、最強は名乗れない」
 この三人は、ぼくたちと少し距離を置いたところで、試合を観戦していた。
 ぼくの近くには、カレンさんとサミィがいて、優しい温かさと激しい情熱の両方で、星輝石を持たないぼくを支えてくれる。
 観戦するぼくたちは雪原に立っていた。
 柔らかい雪はランツの《大地》の力で固められて、沈む込むことはない。
 それでいて、カレンさんの振りまいた白い羽毛が芝生のようなクッション代わりになってくれたおかげで、足元はあくまで温かく和らいでいる。星輝士の技は、荒々しい戦闘だけでなく、こうした日常めいた工芸、創造にも使えるのだと納得する。持てる技を何に使うかは、使い手のセンス次第なのだろう。
 さらに、ソラークが《風》を操作して、ぼくの身を冷やさないようにしてくれていた。
 洞窟に戻らず、戦いを最後まで見届けることを主張したぼくへの配慮。
 星輝士たちの想いが、こうして形として示されるのを嬉しく感じる。

 戦士たちと神官の会話に意識を向けているところへ、サミィの実況の声が割り込んだ。
『ああっと、先に激しく仕掛けたのは我らが月陣営の先鋒、バカ……じゃなくてライゼル選手だ〜〜。両手の燃える刃を巧みに振り回し、華麗な連撃を披露する。それに対して、ジルファー選手は防戦一方だ。右手の氷の剣で受け流し、左手の楯で弾き返すも、じりじりと後退を余儀なくされている。これは弟が兄を凌駕するか? 赤い光と、紫の光が交錯して、周囲の白い雪を幻想的に彩る光景がご覧いただけるでしょうか?』
「サマンサ、映像は撮ってないから」カレンさんの冷たい言葉。「それに、もう少し静かにできないかしら」
「おっと、そうだったね」サミィがハイテンションな実況モードから、素に戻ってつぶやく。「あたしとしたことが、つい我を忘れてしまったよ。これは儀式だ。スポーツじゃない。でも……やっぱり、ワクワクしてくるよ。本気で戦う男たちの姿ってのは」
 気持ちは分からなくもない。
 ライゼルと、ジルファーの刃の打ち合いは、素人のぼくの目から見てもアクション映画もかくや、の芸術品に思えた。
 動きが早すぎて、細かい技術までは見てとれない。それでも、ジルファーの動きからは余裕が感じられる。
 同じ防戦一方でも、ぼくの無様な戦いぶりとは全く違うようだ。ランツの言うとおり、ジルファーはまだ本気ではないのだろう。
 まるで弟の技量の見極めをしているようにも見える。
「やれやれ、こいつは時間が掛かりそうだ」ランツは溜め息混じりで言った。「もう少し速攻で決着がつくと思っていたんだけどよ。一撃必殺の激しいぶつかり合いとかな」
「ジルファーは、お前とは違う」ソラークがたしなめるように言う。「正面きってのぶつかり合いは、お前の得意とするところだろうが、ジルファーは先に相手の技を把握するところから始める性分だ」
「それって、慎重すぎるよな。戦場じゃ、()られる前に()れ、が鉄則だぜ。相手の手の内をいちいち確認しなくても、先に倒してしまえば勝ちだろうが。お前もジルファーも、いちいち手が遅すぎるぜ」
「私が遅いというのか?」
「ああ、風にしてはな」
「風はいつでも突風というわけではない。ふだんは穏やかでも、その気になれば、嵐の勢いになることもできる」
「だろうな。だけど、その前にオレの刃が息の根を止めるかもしれねえぜ」
「私と戦おうと言うのか?」
「オレは誰とだって戦う。必要ならな」ランツの目がギラリと光った。
「裏切るというなら、本気で迎え撃とう」ソラークの鋭い目がランツを見下ろす。
 ランツが先に目をそらした。「本気じゃねえよ。たとえの話だ。お前と戦う理由は、オレにはない。むしろ、もっといろいろ話して、仲良くなりたいぐらいだからな」その目がちらっと、こちら、と言うよりもカレンさんの方を向いた。
「ふむ」ソラークも視線を和らげて、ランツの目線の先を追う。
 必然的に、ぼくと目が合う形になって、ちょっと緊張する。
 ああ、この二人は筋金入りの戦士なんだ、と今のやりとりで納得した。ふとした会話の端々に刃を交え、引っ込めるときはあっさりと引っ込める。仕掛け時も、退き際も心得た人たち。
 ぼくも星輝士になるなら、こういう感覚に慣れないといけないのだろうか。戦いの技量だけでなく、心構えも含めて、学ぶべきことは数多い。

「左手は大丈夫なのか?」視線を合わせたソラークが、思いがけず、ぼくに声をかけてきた。
「え、ええ、まあ……」緊張が抜けずに、どもりがちになる。ソラークという男とじっくり話したことはなく、どうしても自然体にはなれない。「カ、カレンさんの癒しも受けましたから」
 彼女の名前を口にするだけで、よけいにソラークとランツの鋭い視線を意識することになる。
 この気持ちは何なんだ? 
 別に後ろめたいことをしたわけでもないのに……。
「カート・オリバー」ラーリオスではなく、本名で呼ばれた。
「は、はい!」すくみ上がったような自分の反応が苛立たしい。
「正直に言うと、私は君を殴りつけてやろうと思っていた」
「へ?」間抜けな応答しか返せない。ソラークに殴られるようなことを、ぼくはした? 
「君がハヌマーンやシリウスに術を掛けて、洞窟を抜け出したと聞いたときだ」
 ああ、そっちの話ね。カレンさんのことじゃなくて。
「他ならないラーリオス様が、我らを裏切るなど、正直信じられなかった。ジルファーも、カレンも君のことを信じており、私も二人の日頃の報告で、君のことを信じるに足る男だと考えていたからな。裏切られた気分だったよ」
「ごめんなさい」ぼくは素直に謝った。ソラークという男は、裏切り者には容赦ないと聞く。
 謝った後で、ぼくにはぼくの事情がある、と弁解したい気持ちにも駆られたけれど、そういう自己正当化の弁をまくしたてるのは見苦しい。だから、一言だけ、おずおずと付け加える。「いろいろ悩んでしまったので……」
「だろうな」ソラークは鋭い視線で、ぼくの言葉と気持ちを受け止めた。「若いんだ。悩みもするさ。それでも、君はそれを乗り越えた。違うか?」
 乗り越えたのだろうか? 自分ではよく分からない。
「先ほどの演説を聞いて、驚いたし、感心もした。君は自分の過ちを認め、腕の傷をその代償だと示して見せた。泣き言でなしにだ。それでいて、ここにいる皆の気持ちをも理解してみせた。君ぐらいの年で、そのような振る舞い方ができる男を、私は今まで見たことがない。ジルファーたちが、君の可能性に賭けたくなる気持ちも、分かった気がする」
 ずいぶん、高く評価されたものだ。
「星輝石の導きです」過剰に褒められたときは、こう答えておくのがいいことを、ぼくは学習していた。驕ることもなく、自分を卑下させることもない儀礼的な定型句。
「資格のない者に、石は導きを与えない」ソラークは真面目に応じた。「君が石の導きを受けたなら、今度はそれを他の者に伝え、君の言葉で人を導かなければいけない。それが星輝王ラーリオスとしての、そして次代の星霊皇としての務めとなるだろう。君がその務めを理解し、自分の責任として受け止めるなら、我ら星輝士は君を支え、守るための刃となるつもりだ」
「ぼくは未熟ですよ」ソラークの言葉は、過剰な重圧をともなった。「皆さんのような歴戦の戦士を導くなんて、とても……」
「誰だって、最初は未熟なもの」背中で支えるような柔らかい声がした。「けれども、未熟は学習で補える。私たちがラーリオス様に期待するのは、今後の可能性。王になる器があるかどうかです」
「カレンの言うとおりだ」ソラークが妹の言葉に同意した。「王の資格とは、人の望みに敏感であり、多くの望みから何を為すべきか選択し、決断を下すことだと考える。決して、独り善がりになることなく、最良の選択を為せるよう心を配り、そのために智を蓄え、手を尽くす。一人でできなければ、他の者の力を借りることを(いと)わない。心配するな。君一人に負担を背負わせることはしないさ。君にできないことは、我々が手助けしよう」
「お世話になります」ぼくはソラークの鋭い視線を受け止めて、何度か瞬きをした後、振り返った。
 カレンさんに視線を合わせると、優しい笑みを返してくる。
 これで、かなり緊張がほぐれた。ソラークの期待はプレッシャーになるけど、カレンさんの期待は力をくれる。
 ぼくも笑みを浮かべる余裕ができた。
「本当に助けてもらわないと。今のままじゃ手が足りないし」手首の先の失われた左腕を上げてみせる。ブラックなユーモアを意識した。
「癒せるだろうか?」そう訊ねる。これから一生、片手でいるのは望ましくない。
「何とかします」癒し手は断言した。
 安心したそのとき、不意に背中で不気味な声がした。「及ばずながら、このバトーツァも、持てる技の限りを尽くしましょうぞ」
 背後霊に立たれたかのようなゾクゾクした感じに、慌てて振り返る。
 そちらに視線を合わせると、ニタリと笑みが返ってくる。せっかくほぐれた緊張が、別の形でじわじわと湧いてきた。
「お預かりした片手は、必ずお返しいたします。我らの王の力の証として」
 余計なことはしなくていい、と言おうとしたけれど、
「バトーツァ様が協力してくださるなら、確実ですわね」カレンさんがそう保証した。
「そうだな。神官殿の術があれば、癒しの効果も高まるはずだ」と、ソラーク。
 確かに、神官には癒しの術がつきものだ。
 けれども、バァトスを見ていると、癒し手のイメージには程遠い。むしろ、癒しと称して、悪質な呪いを掛けてきそうなんだけど。
 ソラークという男は、どうして、この男を神官として、信頼できるのだろう?
 ぼくが狭量なだけなのか。
 それとも、彼に《闇》の本質を見る目が備わっていないのか。
 バァトスが《闇》の関係者だという事実は、ソラークには分かっていない。
 それを伝えるべきなのだろうか。
 だけど、今、知らせるにしてもどうしたらいい?
 ソラークにそれを証明する手立ては、ぼくにはない。
 この場で、バァトスと敵対することは得策でないのだろう。
 王たる者は、物事を杓子定規ではなく、柔軟に判断しないといけないのだ、と思う。
 相手がどのような能力を持ち、それが自分にどんな影響をもたらすかを見極めることが基本。
 利をなすか、害をなすか。
 前者なら受け入れ、後者なら排除する。
 ただ、後者にしても、機会を見誤ってはいけない。
 当面は害にならない者を、将来の危険を見越して、先に排除するというのは、いかにも剣呑だ。そんな暴君めいたやり方は、取りたくない。
 敵対する相手をも、味方に引き入れるのが、ぼくの好むやり方だ。
 そうした王の資質なんてものは、これまで考えたこともなかったけど、ここに来て、ぼくは周囲の求める期待を心底感じ、受け止めたいと思うようになった。
 これも、ぼくを周りで支える星輝石の力の影響なのか。

 その間、ジルファーとライゼルは、まだ打ち合っていた。
 そちらに改めて、注意を向ける。
 表面上は、仲の良い兄弟同士の模擬戦闘にも見える戦い。
「ええい、何故、こうも攻撃がかわされる!」
「甘い、甘いぞ、ライゼル。相変わらず、単純な力押しだけで勝てると思うな」
「力押しじゃねえ。スピードも技も、前より格段に向上してるはずなんだ。ネストールの爺さんの指南を受けて、オレは成長した! それなのに……」
「確かに、強くはなった。しかし……」ジルファーが急に動きを止めた。
「隙あり!」ライゼルが斬りかかる。二本の剣による時間差攻撃。右手の一本が真上から下ろされ、続いて左手の一本が突きかかる。
 ぼくなら、右手に気をとられて対処しているうちに、左手の刃に体を貫かれていたろう。
 だけど、ジルファーはすっと身を引いて、その攻撃を最小限の動きでかわした。
「お前に足りないのは、自他を観察する心の目だ。互いの間合いさえ読みとれないようでは、剣術において私を倒すことは一生、無理だろう。戦いの極意は、心技体。お前は体を鍛え、技は磨いてきたかもしれないが、心の修練だけはまだまだのようだな」
「畜生、師匠みたいなことを! 明鏡止水がどうこうと、説教でもしたいのか!」
 ジルファーは、何だかんだ言って、弟に対しても余裕ある教師の態度を崩さないようだ。
 しかし、その態度が、ますますライゼルに火をつけている。
 ライゼルの反発心は、同じ説教臭い兄を持つ弟として、共感できた。あの破天荒な男に共感してしまうなんて、自分でも意外だったけど。
『さ〜て、防戦一方に思われたジルファー選手』サマンサの声が響く。『しかし、その実、ライゼル選手の連撃を難なくかわし、格の差を見せ付けたようだ。その俊敏な動きは、まるで東洋の忍者のよう。やはり、未熟な弟では兄に勝てないのか? ところで、メイキョーシスイって何でしょう? ここは誰かに解説をお願いしたいんですが』
「わだかまりのない澄んだ心。中国の格言ですな」
 そう答えたのは、バァトスだった。
「原典は、確か荘子と聞きます。心の目を研ぎ澄ませれば、霊智を曇らせることなく、本質を見切ることができる、ということでしょうか」
『さすがは、バトちゃん。伊達に神官をやっているわけではありません。その知識は確たるものと見受けられます』
「バ、バトちゃん……?」神官が思わず絶句した。
『そう、バトーツァ様なんて呼びにくいので、バトちゃんでいいでしょ?』
「いや、さすがにそれは……」
『それはともかく!』不満そうなバァトスの言葉を、サミィは途中で断ち切った。
『メイキョー何ちゃらなんてものは、要するにバカには絶対に到達不可能な、悟りか何かの境地だと思われます。だけど、バカは死ななきゃ治らない。つまり、死んだら治る……かもしれない。死中に活を見い出して逆転勝利……などということができるのでしょうか? できたらいいなあ。でも、やっぱり無理かも。たぶん、無理。きっと、無理。それでも、このまま一方的な戦いじゃあ、面白くない。あたし、サマンサは月陣営に所属する戦士として、そして燃える戦いを期待する者として、バカを応援したいと思います。負けるな、バカ。がんばれ、バカ……』
「ええい、バカバカ言うな!」我慢できなくなったライゼルが、サミィに吠える。「好き勝手言いやがって。いいか、オレサマは、まだ本気を出しちゃあいねえ。大体、ジルファーは避けてるだけで、オレにまだ一撃も加えていないだろうが」
「隙だらけだ」ジルファーの鋭い切っ先が、ライゼルの首筋に突きつけられる。
「ヘッ?」間抜けな声が上がる
「実戦の最中に、よそ見をするとは、まだまだだな。剣術試合なら、これで勝負あり、となるところだが」
「て、てめえ……」ライゼルが全身をぶるぶる震わせる。「セイレーンとつるんで、オレサマを罠にはめやがったな。実況にかこつけて、こっちを一方的に愚弄して隙を作らせ、不意を討つなど、相変わらず卑怯な奴め!」
「何を言っているのだ、お前は? 外野を気にして、目前の戦いに集中しきれなかったのは、自分の落ち度だろうに。いい加減、負けを認めて、剣を収めたらどうだ」
『ああっと、ジルファー選手の剣がバカの急所に向けられた。これは万事休す。ライゼル選手、このままだと身動きがとれない。これは決着がついたか?』

「こんなので終わっていいわけ?」いささか呆気にとられて、ぼくは思わずつぶやいた。
「いや、まさか。儀式の戦いは剣術試合ではありませんから」と審判役のバァトスが応じる。
「そもそも、儀式の勝者は《魂の狩人(ソウル・ハンター)》とも呼称されまして、双方の魂をぶつけ合う厳粛なものであるべき。このような茶番で終わらせていいはずがございません」
 当然、そうだろうな。
 犠牲を伴わない穏やかな戦いで、星輝戦争が終結するなら、ぼくにとって願ったり叶ったりだけど、そんな甘いものじゃないのだろう。
「では、どうなれば戦いは終わるのか?」ソラークが、ぼくの聞きたいことを代わりに問い掛けてくれた。
「星輝士の本質は、内に秘めた星輝石にあります。仮に戦意を喪失し、降伏するにしても、負けた側は石を抜き取られなければなりません。体内に一度融合した石を抜き取るということは、多くの場合、星輝士の死を意味します。何しろ、石は宿主の魂と一体化するのですから。星輝士を殺さずに石を抜き取るような技術は、星霊皇のみに行なえる秘伝の奥義とされます」
「すると、星霊皇がいれば、星輝戦争も相手を殺すことなく、終わらせることができる?」かすかな期待を込めて、たずねた。
 ライゼルには左手と携帯電話の恨みもあるけれど、その命を奪って気分が晴れる、とは思えない。覚悟の上で演説したとは言え、それでもぼくは非情には徹しきれないようだ。
「それは違います」案の定、バァトスの答えは、ぼくを失望させた。
「星輝戦争は、魂を賭けた戦いですから、敗者の魂が星輝石とともに抜かれるのは道理。星霊皇が星輝士の命を奪わずに石を抜き取るのは、それとは別のケースです。たとえば、年を経て星輝士を引退するときなどに、長年貢献してきた戦士を平穏に解放し、次代に継がせる場合ですな。星輝戦争の決着には、戦士の魂のエネルギーこそが必要とされるわけで、そこに例外を認めれば、そもそも儀式そのものが成立しません」
 つまり、ジルファーが勝つためには、どうしてもライゼルを殺し、魂の石を抜き取らないといけないらしい。
 そして、それは他の星輝士の戦いにも言えること。
「おい、神官」不意にランツが声を掛けてきた。「儀式の作法について、オレも質問がある」
「何でございましょうか、クレーブス殿?」
「やはり、1対1でないとダメなのか? チームバトル……せめて、タッグ戦ってわけには……」
「誰か、お守りしたい相手でもいるのでしょうか?」バァトスが訊ね返す。
「もちろんだ」ランツははっきり答える。「オレは一人でも戦える。ソラークだって、そうだ。だけどカートは未熟だし、カレンは戦闘力の低い癒し手だ。できれば、カバーして戦うのが戦術ってものだ。そういう自由度くらいあっても……」
「見くびらないで」唐突にカレンさんが話に割り込んだ。「戦闘力が低いって、あなたとは戦ったこともないのに、どうして言いきれるわけ?」ランツの不用意な言葉は、カレンさんの内面の誇りを踏みにじったらしい。
「い、いや、別に見くびっているわけじゃ……」
「私は神官ではなくて、星輝士よ。戦う覚悟なら、とっくにできてるわ。あなたの助けなんて、求めない」
「おいおい、カレン……」ソラークが口をはさんだ。「ランツはそういうつもりで言ったんじゃないだろう。仲間を守って戦えるなら、お前をフォローしたい気持ちは私だって変わりない。そもそも、戦場に女性を向かわせるというのは、騎士として……」
「兄さんは考え方が古いわ。護衛が必要なのは、私ではなくて、ラーリオス様の方。私なら大丈夫。サマンサなんかには負けやしない」
「ちょ、ちょっと待ってよ」サミィがマイクを使わずに、声を掛けてきた。「あたしの相手はカレンちゃんって、そんなこと勝手に決めないでくれる?」
「私の相手は不服かしら?」カレンさんが鋭い視線を、サミィに向ける。「それとも、勝てる自信がない?」サミィに対して挑発的な口調。それはぼくの知らないカレンさんの一面だった。
「勝ち負けの問題じゃない」サミィの方は、挑発に応じなかった。気を紛らわせるように、頭のネコ耳を指先でピンッと弾いてみせる。「カレンちゃん、あんたに勝ったからって、あたしに何が得られるっていうの? 一生、ソラーク君に恨まれちゃうだけだわ」
「当然だ」ソラークが生真面目にうなずいた。
 サミィはため息をついた。「やっぱりね。そんな負けた方がいい戦いなんて、最初から真っ平よ。あたしの相手は、そこのカニを指定する」
「オレか? だったら、カレンの相手はどうなるんだよ」
「ネストール様か、ベンってことになるわよね」
「ネストール殿の相手は、私が希望する」ソラークが宣言した。
「だったら、カレンちゃんの相手はベンで決まり」
「水の星輝士マリードのベンか」ソラークがつぶやく。
「ちょっと待て」ランツが抗議した。「あのエジプト人かよ。カレンにあいつの相手が務まるのか?」
「務めてみせるわ」カレンさんは素っ気なく言った。「必要ならね」
「しかし……」なおも何か言いたげなランツだけど、カレンさんの冷ややかな視線を受けて、黙らざるを得なかった。
「あのう、ベンって、どういう人なんですか?」ぼくは気になって尋ねた。
 ランツは不機嫌な顔で、ぼくをじろじろと見た。「お前に負けないデカブツだ。しゃべったことはないから、性格はよく分からんが」
「初代ラーリオスの末裔とか、勝手に名乗っているんだけどね」サミィが付け加える。「真面目なんだけどムッツリで、堅物さではソラーク君にも負けちゃいない」
 初代ラーリオスの末裔だって? 
 何だか、ライゼルに負けないほど、自信過剰で傲岸不遜な男を連想した。月の陣営って、そういう奴ばかりなの? 
 夢の中でのスーザンの振る舞い方も、そういう連中の影響を受けているのかも知れない、と思い立つ。
「相手がラーリオス関係なら、ぼくが相手をするのが筋じゃ……」そう言いかけたけれど、
「ラーリオス様の相手は当然、シンクロシア様でございます」バァトスにツッコまれた。
 そ、そうだよな。
 望まぬとはいえ、ぼくはシンクロシア、スーザンと戦わないといけない。
 でも、ぼくみたいな男がカレンさんと戦って、スーザンはぼくと戦う? 
 そういう形なら、ぼくとカレンさんの間で、練習試合をすれば有効かもしれないけれど……こういう場合、有利なのは男か女か。パワーなら男が勝つのは明らかだけど、男が女性相手に本気で戦ったりできるのか。少なくとも、ぼくには抵抗がある。
 悪夢のように、自我を失った獣人にでもならなければ、ぼくがカレンさんやスーザンとまともに戦えるとは思えない。他人を戦わせるために演説を行なう覚悟と、実際に戦場に立って相手を殺しに掛かる覚悟は別物だ。
 戦いとは、ジルファーの言うように、技や体だけでなく、心の影響も大きいのだろう。
 ぼくの心は、戦士としてはまだまだだ。
「将来の話は、ひとまず置いておきましょう。今の戦いがまだ終わっていないのですから」
 バァトスの言葉が、陰鬱な悩みから解放してくれた。
 神官に感謝の視線を向けてから、ぼくはジルファーとライゼルの動向に注意を戻した。

 ライゼルは、どうやら抵抗をあきらめたようで、どっかりとその場に腰を下ろしていた。
「さあ、殺せ、ジルファー」雪上であぐらをかいて腕組みしたまま、あくまで偉そうに言い放つ。「オレはどんなに頑張っても、剣技でお前には勝てなかった。お前に勝てないなら生きていても仕方ない。お前を倒すことだけが、オレの生き甲斐なんだからな」
「そういう無意味な妄執が、お前の心の弱さだ」ジルファーは、無抵抗な弟の正面から刃を突きつけて、あくまで上から諭す姿勢を崩さない。「お前の剣は、殺気がむき出しなんだ。だから、気の流れを読みとることさえできれば、剣筋が一目瞭然。一定の技量のある相手には、全く通じない。そういうことはネストール殿から学ばなかったのか?」
「学んださ。だが、殺気を消すなどと器用なことができてたまるか。オレはお前みたいな冷徹な機械じゃないんだ。バーニング・ハート、これこそオレの本質。自分の本質をねじ曲げたら、オレに何が残る」
「本質を大事にするのはいい。しかし、いつまでも小さな自分、小我にとらわれているようでは、私に追いつくことはできん。そもそも、私とお前は違う人間なのだからな。私ごときを目標にするよりも、お前はもっと大きな目的を追求すべきだ。さあ、ライゼル。前非を悔い、《邪霊》について知っていることを全部、話してくれ。今なら、まだ間に合う。お前は愚かだが、それほど悪辣な男ではなかったはずだ。ムダに命を落とすこともあるまい」
「ハハハ、ジルファー、オレサマに情けをかけるか」
 ライゼルの表情が思いがけず、晴れやかになる。そうして見ると、兄弟の顔つきは非常に似通っていた。まるで、色だけ映し変えた合わせ鏡のように。
「それでこそ兄さんだ。どこまでも穏やかに、達観している。何でもお見通し、という顔をして、悟りきったような言葉を口にする。そんな兄さんを昔は尊敬していたよ。それなのに……どうして家を捨てた? オレたちを捨てたんだ? 家族を捨てたお前に、今さら兄貴面なんてして欲しくない。お前が捨てた家は、オレが継ぐ。お前の代わりは、オレが果たしてやる。だから、ジルファー……お前は邪魔なんだよ!」
 ライゼルの表情が、一転、悪鬼と化した。
「だがな、一つだけ、お前はいいことを言った。小我にとらわれているようでは、お前を倒せん、ということか。ならば、オレはやはり覚醒してみせる。ちっぽけな人間の殻を捨て、大いなる力に全てを委ねる。《邪霊》について知りたいと言っていたな。いいだろう、これがオレの得た《闇》の力だ。秘められし真実、よ〜く見るがいい」

 く、来る。
 ぼくの本能が警戒信号を放った。
 ライゼルの中に宿る《闇》が、悪夢のような霊気を伴い、顕在化する。
 禍々しい赤き光と黒き影が明滅し、炎の星輝士の周辺で渦を巻くように感じられた。
『こ、これは……ライゼル選手の体から、何やらおぞましい瘴気のようなものが湧き上がっております。解説のバトーツァさん、もしかして、これが例の……』
「そう、《邪霊》の力でしょうな」バァトスが専門家らしい口ぶりで、サミィに答えた。
 ランツが、スッとぼくの前に立った。楯を構えて、ガードするような姿勢をとる。「どうやら、ここからが本番みたいだ。嫌な気配がビンビンするぜ。カート、お前はオレの後ろから離れるな。ここからは、観戦するのも命がけになるだろうさ」
「そうみたいだな」ソラークの声も、ふだんより低くなった。「少し距離をとったほうがいいかもしれん」
 どうなんだろう。《気》の力なら、ぼくは受け止めることができる。
 だけど、《邪霊》の力は、星輝士の扱う力のように対処できるのだろうか? 
「バァトス、《邪霊》の力は星輝士と何が違う?」専門家に尋ねてみる。
「さ、さあ、私めには何とも……」
 本当か? 
 この男か、トロイメライ。ぼくの知る限りは、《邪霊》について一番詳しいのは、《影》の術士たちのはず。
「バトーツァ様、防護の結界を張った方がいいのでは?」不意にカレンさんが助言した。
「そ、そうですな。わ、分かりました、ワルキューレ殿。ご提案に従いましょう」
 《影の神官》はすかさず呪文を唱え、巫女の訓練を受けた《森の星輝士》もそれに唱和する。二人の連携がうまく噛み合っているように見えるのは、少々意外だった。戦士には戦士のあり方があるように、やはり聖職者どうし通じるものがあるのかもしれない。
 二人が結界を張り終えるとすぐに、衝撃と閃光が走った。
 
 ぼくたちは、結界のおかげで無事だった。
「どうやら、とんでもない熱気だったみたいだな。見ろよ、あいつらの足もと」
 ランツの指摘どおり、ジルファーとライゼルの周辺の雪は完全に溶けていた。本人たちは翼を展開し、宙に浮かんでいる。
 ジルファーは、いち早くライゼルから距離をとったようだ。ただ、その手にあった剣も楯も、熱風とともに消失したらしい。見た目は被害を受けていないようだけど、実際はどうだか分からない。
 一方、ライゼルの外見は、ずいぶんと様変わりしていた。
 以前は赤い鎧に黒いラインだったけれど、カラーリングがほぼ逆転し、今のライゼルは黒の戦士と化している。
 デザインも、前は力強さと優美さを両立させた正統派だったのに対し、今はより邪悪さを感じさせる鋭角的なパーツを多数備えた漆黒の板金鎧。
 広げた翼も赤い炎ではなく、生物じみた黒い翼竜のそれと化し、全身の悪魔めいたシルエットを強調している。
 そして、血管を思わせる赤いラインが鎧の各所を飾り、他には、胸当てと手首とすね当ての一部が炎の赤を残している。
 竜の頭部を模した額冠も、頭部全体を覆う兜に置き換わった。角の部分がより強調され、左右に大きく展開したそれは野牛にも似通う。顔は人と異なる竜面と化して、やはり漆黒に染まっている。瞳だけが炎の色で燃えており、内面の感情をそのまま示していた。
 ぼくは、左手を切断された瞬間の獣人化したライゼルを思い出して、全身に震えを感じた。その姿は、もはや「星の神に祝福された聖なる戦士」とは程遠い邪悪な魔戦士とでも言うべき代物だった。
「防護結界を張ったのは正解だったようだな」ソラークがつぶやく。「おかげで被害を免れた」
「カレン、いい判断だったぜ」ランツが陽気な声をかける。
「あの場合なら、当然です」カレンさんは、素っ気なく応じる。それから、冷たい言葉が付け加えられた。「これで分かったでしょ。もう見くびらないで」
「そ、そうだな……」たちまち元気をなくすランツの声。
 そのとき、戦場をけたたましい笑い声が響き渡った。
「ふはははは、感じる、感じるぞ〜。これが力だ。見よ、《炎の星輝士》ライゼルは今、新たに進化を遂げた。バーニング・ハートを超越し、バーニング・アウト・メガハートこそ、オレサマの新たな本質。その名も、《闇と炎の醒魔士》(デュンケ)ライゼル、いや、それだと単純で芸がないな。よし、決めた。魔人の星に生受けし暗黒の火炎王、地獄の劫火で焼き尽くす、その名も人呼んで紅蓮(グレン)ライゼ〜ル、あ、ここに降臨(こうり〜ん)。世界、いや宇宙の王者の偉容にひれ伏すがいい」
 姿は変わっても、中身は相変わらずのライゼルと言えた。竜の(あぎと)が、人の言葉を冗舌にまくしたてるのは、どこか滑稽にも聞こえるけれど、ぼくにクスリと笑う余裕はとてもなかった。
「バカが、ますます調子づきやがって」どこか八つ当たりめいたランツの軽口が、かろうじて、ぼくの心を落ち着かせてくれる。
「だが、あの宿した力は侮れんだろう。紅蓮ライゼル、恐るべし」
「何だよ、ソラーク。奴のハッタリに、怖気づいたのか」ランツは嘲笑するように問い掛けた。
「相手の力量を正確に読みとっているだけだ。お前にだって、それぐらいは分かるだろう?」
「ああ、奴は強い。オレが代わりに、戦いたいぐらいだ」
「お前では不利だ」
「何でだよ?」
「おそらく空中戦になる。お前は飛べないだろう?」
「地上で対空攻撃ぐらいはできるさ。空が飛べるから勝てるとは限らない」
 二人の冷静な戦術論を聞くと、ぼくの怯えもだいぶ収まってきた。
 素人だと、相手に威圧されるだけで、そこから先にはなかなか進めないのに対し、プロの戦士は、先に相手を呑んで掛かるなり、能力を分析するなり、自分のペースを崩さない対処法を心得ているものだ。
 そして、周囲が冷静だと、自分も落ち着くことができる。こういう態度は、部隊の士気を維持する上でも、長を務めるには見習うべきだと感じた。
『さて、ライゼル改め、紅蓮ライゼルを自称するバカですが、これで戦いはふりだしに戻ったと思われます。第2ラウンド開始で、よろしいでしょうか、解説のバトちゃん』
「バトーツァです」神官はサミィの言葉をさりげなく訂正した上で、「本来、《邪霊》化した者は、星輝士が力を合わせて、調伏するのがゾディアックの流儀なのですが、いかがしたものでございましょうか、ラーリオス様」
 こっちに話を振るのかよ。
 ええと、ここはみんなで協力して、ライゼルを叩きつぶした方がいいのかな。
 そう思いつつ、それは卑怯という感じもした。 
「あのう、1対1でなければ、儀式は成立しないんじゃなかった?」確認の質問をする。
「そうですな。明確にファフニール殿の勝利が証明できて、レギン殿がもはや星輝士として再起不能と見なされるなら、儀式の終了を宣言させてもらいますが、今の状況では何とも……」
「戦っている当人たちの意向を聞いてみては?」と、カレンさんが提案し、
「おおい、ジルファー、援護はいるか?」早速ランツが空中に訊ねる。
「手出しは無用だ、ランツ」空中から冷ややかな声が下りてくる。「愚弟に最後の更正の機会を与えようと思ったが、どうやらムダだったようだ。もはや、取り返しのつかないところに来ているらしい。それに……」
 ジルファーは、額に手を当てる例の考える仕草をとってから、決然として言った。「《闇》の真実を突き止めようとしたのだが、今となっては言葉も無意味だろう。百聞は一見にしかず。今、目の前にいるのが、我らの倒すべき《闇》。真実はもはや定かになった。私に、もはや迷いはない」
「は〜はっは」ジルファーの言葉を掻き消すかのように、ライゼルが嘲笑する。「迷いはないだと? 何を今さら。オレが《闇》だってことは、最初から隠すことなく言っていたはずだぜ。お前は、オレの話を聞いていなかったのか? 真実は最初から定かなんだよ。オレはお前を倒す、そこには何の迷いもない。お前は偉そうなことを言っているが、口先だけで、本心は迷ってばかりなんだ。今だから分かるぜ。お前は、冷徹な機械なんかじゃねえ。肝心なことを決断できず、責任から逃げたがっているだけの弱虫だってことがな。それこそ、お前の本質だ。確かに、お前は小物、今ならお前が小さく見えるぜ。オレは兄貴をとうとう乗り越えた!」
「哀れな」ジルファーは静かに、しかし力強く宣言した。「星輝士に必要なのは、自分を律する心の強さ、すなわち精神性。それを鍛えることなく、《闇》に魂を食い破られた哀れな弟は、我が慈悲をもって征伐する」
 そのとき、ジルファーの腹部の星輝石が、紫の光をいっそう強く発した。
「いよいよ来るか」ランツがつぶやく。「もったいつけやがってよ」
 腹部に右手を当てたジルファーが、そこから何かを取り出す。
「星輝武装! グラシェール!」
 その幅広の長剣の秘めた力は、一目で先ほどのガラスの剣とは比べ物にならないことが、ぼくにも分かった。遠目で、細部こそよく分からないけど、刀身には有名な北欧のルーン文字を思わせる呪紋が幾重にも刻み込まれ、その一つ一つが淡い光を放っている。
 もはや、博物館に飾るような芸術品の域を越え、陳列することさえもが畏れ多い、と思わせる神々の武器の有り様だった。すなわち、いかにも魔物を断ち切るにふさわしい至高の刃。
「いつ見ても、美しい剣だ」ソラークが口ずさむ。「あらゆる物、押し寄せる波さえ凍らせ、断ち切ると言われる《凍波刃》(グラシェール)。だが、ジルファーの輝きは、それだけではない」
 そうだった。確か、もう一つ、楯があると聞く。
 ぼくは、ジルファーの動きをまじまじと見つめた。
 氷の聖剣を右手一本で軽々と回し、空中に精密な召喚円を描く。そこから、掲げた左手に淡い光が降り注ぐ。
「星輝武装! シル・フロステル!」
 これも先ほどまでのガラスの繊細な楯ではなく、より大きなサイズの騎士楯だった。これまでのジルファーは、軽い武器と俊敏な動きで戦う軽装戦士のイメージだったけれど、長剣と大楯を構えることで、重装騎士の風格を備えるようになる。鎧そのものは変わっていないのに、武器を構えた(たたず)まいそのものが違って見えるのだ。
 楯にも、剣と同じ呪紋がびっしりと刻み込まれていた。
「なるほど、これが最強の精霊武具ですか」バァトスが感極まったようにつぶやく。
「ジルファーを敵に回したくはないわね」カレンさんが言った。
 それを受けて、
「あたしの相手がカニでよかったわ」とサミィ。
「うるせえ」とランツ。やはり、自分が名だたる武器を与えられていないのは、気になるのだろう。
「あの楯は、どういう性能なんですか?」と、ぼくはソラークに訊ねる。
シル・フロステルは二つの理由から、《不動の楯》とも呼ばれる。まずは強固な構造のために、めったに貫通されることはない。たとえ貫通されても自己修復可能なので、ほとんど隙がないと言えるな。だが、あの楯の最も恐ろしいのは、攻撃してきた者に氷の結晶を吹きつけて、動きを封じることにある。ジルファーの戦法は、相手のスピードを氷結攻撃で抑えこみ、自らの卓越した速さで、一撃必殺の攻撃を浴びせることにある。長期戦では、まず勝てないだろう」
「だったら、ジルファーが最強ということですか?」
 ソラークは笑みを浮かべた。「ラーリオス様、相手の能力を聞いた瞬間、それが最強だと即決するのは早計ですよ。能力を聞いたら、その能力が発動できない状況が作れないかと考える。戦士には、そういう分析と対策が欠かせません。覚えておいてください」
「たとえば、オレなら地中から攻めるぜ」とランツ。「さすがに、足下からの奇襲攻撃は、楯じゃ防げないだろうからな」
「私なら、楯の届かない角度をまず見極める。ジルファーと私なら、私の方がスピードに勝る上、重い一撃を加えることができるから、うかつな攻撃を加えなければ、勝てる自信がある。もっとも、勝敗はその場の判断力も大きく影響する上、周囲の環境など、いろいろな要因が関わってくるから、勝てるだろうと油断していると痛い目にあうもの。その点は、いついかなる時でも、慎重に対処しないといけないでしょう」
「分かりました」ぼくは、うなずいた。
「何だか、最後の言葉はオレにあてつけてないか?」ランツがつぶやく。
「気のせいだ」ソラークが素っ気なく答えたが、その表情に、どこかいたずらっぽい笑みが浮かんでいたことに、ぼくは気付いた。この人は、おおむね生真面目だけど、実はこういうさりげないユーモア感覚を持っているのかもしれない。

『さあ、両選手、やる気十分で開始された第2ラウンド』
 サミィの実況が聞こえてきて、ぼくたちの注意を引き戻す。
『《闇》の魔戦士と化したライゼル選手と、神聖な武具を装備したジルファー選手。炎と氷の対極の戦いは次のステージに移った。魔と聖の究極の戦いになっていくのでしょうか。ライゼル選手が《闇と炎の醒魔士》を名乗るなら、ジルファー選手は《氷の神聖輝士》と呼ぶべきでしょうか。あたし、サマンサ・マロリィは、月陣営としてはライゼル選手を応援すべき立場ですが、魔に堕ちた者を応援するのは、星輝士として忍びないので、ここは堂々と、ジルファー選手を応援したいと思います』
 いや、最初から、あまりライゼルを応援していたとは思えないのだけど。
「いよいよ、お前も本気を出したか、ジ〜ルファー! お前を倒すのに、オレサマも剣を極めようとしたが、やはり剣で勝つのは無理だったな。だが、お前を倒すのに、お前の武器に合わせる必要はない。宇宙の王者には、それにふさわしい武器があることに気が付いた。だから、今のオレの得物は剣じゃねえ。切り裂け、怒りのライゼル・ダブル・ハーケンッ!」
 ライゼルの両肩に仕込まれた鋭角の突起が飛び出し、二本の両刃の鎌となった。そして、柄の根元で連結し、長柄武器と化したそれをブンブン回転させる。
「フフフ、この変幻自在な動き、並みの剣術じゃ受けきれまい!」そう叫ぶや、正面から斬り込んでいく。
「バカが。武器が変わっても、やってることが相変わらず単調では、意味がない。今度はこちらから行くぞ」
 ジルファーも剣と楯を構えて、突っ込んでいく。
 両者が空中で勢いよくぶつかると思いきや、ライゼルが途中で止まった。
「オレサマがいつまでも同じだと思うな。くらえ、灼熱の劫火!」
 ライゼルの胸甲の赤いパーツから、熱線が噴き出した。
 ジルファーがとっさに楯を構えて、赤い光を受け止める。
「続いて、これでもくらえ!」ガード態勢のジルファーの頭上に飛び込んだライゼルが、拳を向ける。「ロケット・ライゼル・パーンチ!」思いがけず手甲がライゼルの右腕から射出され、炎の推進力を受けて、ジルファーに襲い掛かる。
 ジルファーは、剣で飛来する手甲を撃墜しようとしたけれど、すっと軌道が変わる。
 そのまま手甲はジルファーの間合いをそれ、その周辺をわずらわしくギュンギュン飛び回る。
「わはは、単純な直線運動とは思うなよ」ライゼルは手甲の外れた、剥き出しの右手を高く掲げて、回転させていた。それによって、飛び道具を誘導しているようだ。
「さらに、ぶつけるだけじゃない」握った拳を広げた瞬間、遠隔誘導された手甲から一条の赤い光線が発射される。
「見える」かろうじて、ジルファーは光線をかわしていた。
「チッ、避けたか。だが、それも時間の問題よ。ジルファー、剣術だけではお前に追いつけないと考えたオレサマは、東洋の数ある戦闘映像を研究し、そこからいろいろと使える技を編み出したのだ。これには、さすがに対処法が見つからないだろう。オレサマの研究の粋を尽くした、ダイナミックな魔人パワーがお前を倒す!」
 東洋の数ある戦闘映像って何なんだ? 
 忍者や侍の武芸以外に、隠れた戦闘テクニックでも存在するというのか?
 ロイドなら、いろいろ知ってそうだけど。
「なるほどな」ジルファーはしかし、見下すような笑みを浮かべた。「最初は意表を突かれたが、タネが分かってしまえば、どうということはない、ただのお遊びではないか。だったら、その角から電撃でも出したらどうだ? 宇宙の王者だったら、それぐらいやってみせろ」
「何を言うんだ、ジルファー。オレサマは炎使いだ。電撃はバハムートの技だから、できるわけないだろうが」
「ふん、宇宙電撃(スペースサンダー)の使えない宇宙の王者など、しょせんはまがいもの。そんな中途半端な真似事しか芸がないから、お前はアホなのだ」
「何だと、ジルファー? お前、もしかして……」
 ライゼルはジルファーの言葉に動揺して、手甲のコントロールを忘れていた。そのため、飛び回る手甲は氷の聖剣にあっさり切り捨てられる。
「フッ。お前が研究したという東洋の戦闘映像だがな、我が陣営にもこれ以上はないという知恵者が一人いて、私にいろいろ教えてくれたよ。お前の知識は、お前だけの物じゃない。しょせんは真似事しかできないようでは、知恵を絞って考えられたオリジナルの技には勝てない、ということだ」
「うう、この分野でもオレサマはお前に勝てないというのか」自信満々だったライゼルの態度が、またも兄の言葉に粉砕される。
「安易に手に入れた力や知識は、本物には勝てない。それだけのことだ」
 何だかよく分からないけれど、ジルファーの知識は、ライゼルが自信たっぷりに繰り出した秘伝の奥義を、すでに見切っていたようだ。
「おのれ、ジルファー。どうしてお前はオレサマの前にそうやって、いつもいつも立ちはだかるのだ。どんなに自分を鍛え、研鑽を重ねても、お前は常に前にいる。優秀な兄の後を必死で追うしかない、この悔しさ、哀しみ、怒りがお前に分かるか!」
 確かに、兄が優秀だと、弟は比較されて、惨めな気持ちになることもある。
 けれども、そんな時は、兄とは違う分野で自分を築こうとするのではないか。
 わざわざ、兄に張り合って追い抜こうと血眼になる執念は、ある意味、尊敬できる。だけど、度を越えて偏執的になると、恐ろしさを覚える。一方的にライバル視されて、何かと絡まれるのは想像だにおっかない。
「ライゼル、では私も言わせてもらおう。私はパーサニア家の家系に根付いた《闇》の因縁を研究し、断ち切り、解放するために家を出たのだ。だが、家名を捨てたわけではない。あくまで、家の穢れを取り除き、お前たちが恥じることのないよう考えてのことなのだ。それなのに、どうしてこともあろうに、お前が《闇》となって、私の前に立ちはだかるのだ。この悔しさ、哀しみ、そして怒りがお前に分かるか!」
「そんなことはオレサマの知ったことか!」
 おい。
 よりによって、その返答はないだろう。
「だろうな、ライゼル。お前は昔から、そういう男だ」ジルファーはため息混じりに断言した。「お前はいつも自分の気持ちが優先で、他人のことを慮り、想像しようとする心がない。だから、武芸を磨いても、他人のリアクションには鈍感だ。勢いだけで圧倒できる相手なら、それでも勝てるだろう」
 その言葉は、ライゼルの本質を突くと同時に、ぼくとの違いを明示していた。
「それに、お前は派手に見せる大技しか習得しようとしない。一つ一つの技も、これ見よがしなモーションが付きまとい、予測することが簡単だ。それゆえ、私には当たらない」
 なるほど。
 ぼくでも、ライゼルに対峙できたのは、そのおかげだったのかもしれない。
 確かに、ライゼルが仕掛けてくる様子は、ぼくにも見てとれた。
「お前に必要なのは2つ。1つは、相手の動きを予測し、その先を見極めようとする想像力。2つは、派手な大技だけに頼らず、戦いの段取りを丁寧に組み立てる基本技だ。必殺技は、小技の合い間に隙のできた際に、仕掛けるのが戦いのセオリー。やみくもに大技だけ連発したところで、ガード態勢を整えている相手には通じない」
 ジルファーの戦闘指南は、ぼくには大いに参考になった。だけど、
「ええい、オレサマに偉そうに説教するな!」ライゼルは最初からそれを拒絶した。「オレサマにはオレサマの流儀がある。お前のセオリーなど、力で粉砕してくれる!」
「やはり、聞く耳持たんか」ジルファーも諦めたようだ。「お前に何かを教えるのは、これで最後だ。学ばずは(いや)し。今こそ、引導を突きつけてくれる。輝面転装!」
 ジルファーの端正な顔立ちが一転、荒々しい竜面と化す。もはや、言葉をかわすことはない、との決意の表れだ。
 紫の竜人の周囲に、にわかに風が湧き起こり、周囲の空気が結晶化する。それは完全に相手を拒絶した空間(フィールド)を形成し、物理的な衝撃を受け止めるかのよう。
「どうやら、その気になったようだな」
 ライゼルの周りにも、熱気が渦巻く。
「オレはお前を倒すために、全てを捨てたんだ。鍛えた技の数々がお前に通用しなくとも、オレにはまだ燃える命が残っている。オレサマの中の《闇》を信じて、今こそぶつけてやるぜ。魂の一撃って奴をよ。これがオレの最後の大技だ。ライゼルMAXレッドパワー!」
 黒き竜麟がはじけ飛んだ。
 その中から、炎に包まれた筋肉質の肉体が現われる。
「正真正銘のバカか、あいつは」ランツの声が聞こえる。「装甲を捨てるだと? それで、勝てると言うのか?」
「まさに全てを捨てた決死の一撃、背水の陣にも通じる一撃必殺の構え、といったところか」ソラークが解説する。
「高まれ、オレの魂の炎!」ライゼルが吠えるや、赤い彗星となって一直線に突撃を敢行する。「ウォオオオオオッ!」
「やらせん!」ジルファーも吠えた。「この命、まだ捨てるわけにはいかんのだ。教えるべき相手、伝えるべき知識が残っている限りな!」ジルファーの周囲の霊気(オーラ)も、紺碧の流星を形作る。

 赤い闇と、紫の光。
 夜空を背景に、二条の星が轟音とともに激突した。


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