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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(3−15)


 
3ー15章 ブラザー・キラー

 満天の星空を背景に、二つの命が交錯する。
 闇に身を染め、憤怒に身を焦がした赤き竜の魂。
 真実の光を追求し、理性を貫こうとしている紫の竜の魂。
 地上のぼくたちには、もはや手の届かない世界で、星の力を宿した兄弟戦士が互いにしのぎを削り合っていた。

『ああっと、黒き鎧を脱ぎ捨てたライゼル選手。全身を炎に包み、ジルファー選手にぶつかっていく。両刃の鎌(ダブル・ハーケン)を振り回し、もはや小細工なしの正面激突。対するジルファー選手も、剣と楯を構えて迎え撃つ。さあ、この決着や、いかに?』
 サミィの実況が、ぼくには見えない戦いの様子を映し出していた。
 ジルファーとライゼルの動きは激しすぎて、星輝士ではない曇りし者(クラウド)の目には、光の衝突にしか見えないのだ。
 もはや、人の戦いでは測れない神話の獣どうしの攻防。
 彗星のような尾を引く光が、二頭の竜の幻のようにぶつかり、離れ、絡み合っているごとく。
「ライゼルの鎌が、ジルファーの楯に突き刺さったか」
「それは、ジルファーの思うツボだな」
 ランツとソラークの冷静な解説が、サミィの実況を補う。
「見ろ、氷の結晶がライゼルを覆う」
「いや、ソラーク。奴の炎は、氷を寄せ付けないぜ。強引に鎌を引き寄せて、楯を奪いやがった」
「曲がりなりにも《炎の星輝士》というところか。力比べでは、ライゼルに分がある。あの男、吹っ切れたようだな」
「《闇》なんて、訳の分からないものに頼らなければ、まだまだ伸びたかもしれないのによ」
「だが、ジルファーも負けてはいない。楯を捨てて、鎌ごと一気にライゼルを斬りにかかった」
『おお、ジルファー選手の刃がライゼル選手の肩口に突き刺さった!』
 その瞬間、二つの光が止まって見えた。
 遠目に判別しにくいけど、二つの人影が絡み合い、何かが地上に落ちてくる。
 それがライゼルの鎌と、ジルファーの楯だと気付いたのは、少し経ってからだった。
「これで勝負あったな。ライゼルは得物を失い、重傷を負った。いくら星輝士とは言え、これ以上の戦闘は……」
「い、いや、ソラーク、そうでもないぜ」
 そのとき、ライゼルの激しい怒号が空に響き渡った。
「肉を切らせて骨を断つ! くたばれ、ジ〜ルファー!」
『な、何と〜。ライゼル選手の全身から、鋭利な刃が伸びるや、ジルファー選手を貫いた〜。もはや、人間技とは思えない、ハリネズミ・アタックと称すべきか。これまでライゼル選手の攻撃を巧みな技量で避け続けたジルファー選手。しかし、この至近距離の技は予想できなかったようだ』
「《闇》は人の常識では測れませぬ」バァトスが、専門家らしい口調でつぶやいた。
「人であることを捨てないのが星輝士の強さよ」カレンさんが反論するように言う。
「力が全てではない。力に溺れた者は破壊者にはなれても、支配者にはなれない。私たちは、あのような制御できない力に身を任せてはダメ。私たちの求める王は、力の支配者であって、力ある獣に堕してはいけないの」
 カレンさんの聖職者らしい言葉は、まるでぼくに向けられたようだ。
 だけど……こんな時に、少し冷静すぎない? 
 ライゼルの攻撃で、ジルファーが重傷を負ったかもしれないんだよ。
 ぼくは、カレンさんの言葉を吟味することよりも、戦闘の行方の方が気に掛かった。

 空中から、また、何かが降ってきた。
 雪の解けた地上に真っ直ぐ突き刺さる一本の剣。
 ジルファーの武器、《凍波刃》(グラシェール)
 その様は、まるで墓標のような風情をたたえていた。
 武器の後を追うかのように、主の肉体が勢いを減じることなく落下する。
 生身の肉体なら、それだけで致命傷に至りそうな高空からの激しい衝撃。
 受け身をとる様子も見せず、ただ人型をした物のように、半ば地面にめり込む形になって横たわる。
 空中戦を制したのは、意外にも兄ではなく、力量に劣ると思われた弟の方だった。
 まさか、ジルファーが負けるはずがない。
 心のどこかで、そう考えていたのだと思う。
 ぼくを殺そうと、この地にやってきたライゼル。そんな窮地を救うべく、仲間の星輝士が集結したことで安心しきっていた。
 悪の戦士ライゼルを、正義の戦士ジルファーが倒してハッピーエンド。
 そういうヒーロー物語のような結末を、ぼくは想定していたのだろう。
 だけど、実際の戦場では何が起こるか分からない。
 正義と悪も単純に割り切れるものではないのだろうし、自分の味方が勝利を収めるとも限らない。
 言うなれば、スポーツと同じなのだろう。
 勝負は、鍛えられた心技体だけでなく、時の運にも左右される。
 優勢で進めた試合だって、惜しいところで相手にポイントされて、逆転負けすることだってある。
 ただ、負けたときの代償はスポーツと違って……親しい人の死。
 フィクションや夢の中では何度も見てきたような人の死を、目前で感じたのは、これが初めてだった。
 冷え冷えとした雪原で、ぼくは心身ともに身震いを抑えることができなかった。

 空から、赤い霊気に身を包んだ男がゆっくり降り立ってきた。
 生身の全身から、鋭利な刃を突き出させている。
「ハハハ、見たか、ジルファー。オレサマの切り札、名付けて《全身鋭刃装》(フルブレード・モード)って奴だ。こいつは、鎧を付けてちゃ使えねえ。だから、捨て身で、相手の懐に飛び込んだときの最後の手段ってことよ。リスクが高いからな、オレにこの技を使わせたのは、お前だけだぜ。さすがは、我が終生のライバル、ジルファー……ってところだな。おい、聞いてるか、ジルファー? ちょっとは反応しろよ」
 ジルファーの肉体は、ピクリとも動かない。
「お、おい、まさか、これぐらいでお陀仏ってことはないよなあ。オレはまだお前に一撃しか、くわせていないんだぜ。勝負はこれからじゃないか。たった一撃で戦闘不能なんて、やわな奴じゃないよな。おい、立てよ、ジルファー」
 ライゼルは、ジルファーのところにゆっくり歩んでいく。
 一歩一歩の歩みとともに、全身の刃を、一本ずつ収納していきながら。
「ふう、大体だな。この技は出すのもキツいし、しまうのも面倒なんだ。体全体から刃を突き出すのが、どれだけ痛いか分かるか? 全身に針を突き立てるようなものだぜ。並大抵の精神力じゃ使えねえ。ジルファーよ、お前はオレの精神がどうこう言ってたが、修業を通じて心だって鍛えてきたんだぜ。全てはお前を倒すためによ。『《闇》に魂を食い破られた』……とか言ってたな。見くびってもらっちゃ困る。オレサマの魂はオレのもの。《闇》の力もオレのもの。昔から真実がどうこう言っていたが、一番、肝心な弟の真実は見えていないんだからな、お前って男はよ〜」
 全ての刃を収納し終えたところで、ライゼルは立ち止まる。
 右拳を腰に当て、左手を大きく回転させ叫んだ。
「星輝転装!」
 左右の腕の配置を入れ替えたポーズとともに、腹部の赤い星輝石が発光し、紅き竜のシルエットが出現する。
 竜影が戦士の肉体に再び融合し、《炎の星輝士》の姿となった。
 そう、黒き鎧ではなく、ぼくと戦ったときの赤い鎧の戦士。
「見ろよ、ジルファー。オレは今でもオレだ。全てを捨てた、とは言ったが、捨てた物はまた拾えばいい。オレの野望は、全てをつかむことだからな。だから、お前もいつまでも寝ていないと、起き上がって来いよ。そうしたら、もう一度、叩きつぶしてやる」
 ライゼルは再び歩みを続け、とうとう、ジルファーのそばに立った。
「オレの望みは、お前をひれ伏させることだ。オレが納得するまで、死ぬことは許さん。さあ、立ち上がれ!」
 動かない肉体を蹴りつける。
 地にめり込んでいた体が蹴り上げられ、ゴロリと転がった。
「いつまで、死んだふりをしてやがる。オレサマが気付かないとでも思っているのか。ほら、起きて偉そうに説教してみろよ!」
 ガシガシと何度も足蹴にする。

「畜生!」ランツが叫んだ。「てめえ、ライゼル、どういうつもりだ!」
 その言葉は、ぼくの気持ちを代弁していた。
 もしかすると、ぼくもジルファーが立ち上がってくることを期待していたのかもしれない。
 だから黙って、見守っていた。
 だけど……敵がすぐそばに来ているのに、一向に動く様子を見せない、ということは、やはり死んでいるんじゃないか。すると、ライゼルのやっていることは、死者を冒涜している以外の何ものでもない。
「死んだ奴を踏みにじるなんて、戦士の風上にもおけねえ。ジルファーの仇、オレが討ってやる!」
「クレーブス殿、それはなりません」バァトスが制止する。「儀式の戦いは、まだ終結しておりませんので」
「もう、終わっただろうが!」ランツは激昂している。「ただの勝ち負けだったら、オレもぐだぐだ言わねえよ。だが、遺体を穢すことだけは黙って見ていられるか!」
「何を言ってるんだ、カニよ〜」ライゼルは見下すように言う。「これが遺体だとは、お前の目は節穴か」
 皆に示すように、物言わぬジルファーの体を抱えて見せた。
 竜面は解けており、端正な人の顔立ちがさらし出される。
「よく見ろよ。きれいな顔をしているだろう? まるで死んでるようには見えないぜ。遺体だったら、もっと苦悶の表情を浮かべて欲しいんだよ。もっと、血塗れで、引きちぎられて、いかにも死んでますって様子がよ〜。ジルファーの顔も体もきれい過ぎるんだよ。これで、死んでいるわけがないだろうが」
 ライゼルは、さらにジルファーの体をさぐり回す。
「ほら、冷たいだろうが。まあ、こいつは《氷の星輝士》だからな。昔から冷たくて当たり前。心臓だって……ん? 動いてねえ。どうなってやがる? 呼吸は? うお、息だってしてねえ。まさか、本当に死んでいるのか? 嘘だろ、おい」
 途端に慌てて、兄の体を放り出すライゼル。
「オレはどうしたらいいんだ。ジルファーを倒すことが、オレの生き甲斐だったんだぞ。お前が死んじまったら、オレはこれから何のために生きていけばいいんだ?」
「何言ってやがるんだ、ライゼル」ランツが叫ぶ。「お前が()ったんだろうが!」
「オレが?」ライゼルは首をかしげる。「そんなはずはない。確かに()ったって手ごたえはなかったんだ。あれくらいで死ぬなんてことがあるはずないだろうが。これは何かの陰謀だ、オレサマを陥れる罠に決まっている」
「全身、刃で貫いておきながら、自分は()ってねえ、って言い草が通用するものか!」
「オレサマがジルファーを()った?」その事実を初めて認識するように、ライゼルはつぶやいた。「どうしてだ、オレ、泣いているのか? おかしいだろう、これ。オレは魔人だぞ、涙なんて流さないはずじゃなかったのか。大体、ずっと、ずっと、ず〜っとジルファーを倒したいと思っていたんだぞ。それなのに……分からねえ、こんな時、どういう顔をしたらいいのか。……笑ったらいいのか? そ、そうだな。ウワハハハハ、とうとう()っちまった……って、むなしいぜ、おい。何だ、この心にポッカリ空いた穴は? 誰か説明してくれよ……」
 ライゼル、壊れた?
 いや、最初から壊れていたような気もするけど。
 ライゼルの辻褄の合わない言葉を笑えばいいのか、ジルファーの最期を悲しんだらいいのか、ぼくだって自分の心がよく分からなかった。
 ライゼルの内にはらんだ《闇》、あるいは狂気というものが、自分を(むしば)んでいくような不安に駆られる。

「勝者の権利です。レギン殿、相手の星輝石を奪ってください」バァトスが冷然と言い放つ。
「お、おお」神官の言葉が、ライゼルに次の行動を示唆したようだ。「そうだな。いつまでも呆けていても仕方ねえ。オレサマは勝ったんだ。勝者は敗者から全てを奪う。当然の権利って奴だ、悪く思うなよ」
 気分を取り直して傲然と言い放つや、辺りを見回して、主の墓標のように立つ剣に視線を定める。
「ジルファー、お前の形見の剣、オレサマが大事に使ってやるぜ。これでお前の腹を貫き、星輝石を抜き出してやる」
 剣の近くまで歩み寄ると、おもむろに柄に手を当ててみた。しかし、
「アイチッ、何て冷たいんだ。おい、新たな主が使ってやるというんだ。温かく出迎えないか」
 右手の平にハーハー息を吹きかける。
「氷の剣よ、オレサマにふさわしい炎の剣に生まれ変われ!」そう叫ぶと、再び柄に手を伸ばす。剣は紫の光を放ち、ライゼルの赤い光と絡み合って明滅する。
 赤い光が剣を覆い尽くそうとした瞬間。
 剣はひときわ強い光を放って反発すると、ひとりでに地面から抜け、ジルファーの体の上に浮遊する。
「ほう、主が死んでも、変わらぬ忠義を貫くか」衝撃を受けて、尻もちをついたライゼル。それなのに、口に出す言葉は相変わらず傲然たるもの。「さすがは、グラシェール。並みの武器とは違うようだな。ますます欲しくなったぜ!」
 そういきり立つや、ライゼルはガバッと立ち上がり、剣に指を突きつけた。「氷の聖剣グラシェール。オレサマの次の獲物は貴様だ」
 どうやら、ライゼルは新たな生きる目的を見つけ出したらしい。
 宙を舞う剣に勢いよく飛びつこうとするが、剣はふわふわと跳ね回り、主の肉体から敵を引き離す。
「まるで餌に飛びつこうとする猫みたいね」カレンさんが皮肉っぽく言う。
「猫は、もっと利口さ」とサミィが、頭の耳をピクピクさせて反論する。
「やれやれ、これでは儀式が果たせません」バァトスがため息をついた。
「しかし、ジルファーは本当に死んだのだろうか?」ソラークが指摘した。
「どういうことだ、ソラーク?」ランツが尋ねる。
「気付かないか、ランツ。ジルファーの星輝石を」
 紫の星輝石は淡い光を放ち続けていた。
「ライゼルは気付いていないが、《気》の力がうっすらと全身を包み込んでいる」
「するとジルファーは……」
「ああ、黙って見ていろ。ライゼルに気付かれてはならん」
 そのとき、ライゼルが耳ざとく反応した。「おい、イカロスの兄ちゃん、オレの名を呼んだか? 何をこそこそ話してやがる?」
 ソラークは沈黙を保った。
「やいやい、ライゼル!」代わりに、ランツが注意を引き付けようとわめき立てる。「ジルファーの仇はオレが討つ」
「はあ?」ライゼルは呆れたような声を出した。「お前ごときがオレサマの相手をしたいだと? それでオレに何の得があると言うんだ?」
「仇討ちは損得勘定じゃねえ!」ランツが信念を示す。
「いいか、よく聞け!」ライゼルはランツの話に乗らず、宣言した。
「オレサマの人生の目的は、今や新たなステージに至った。ジルファーを倒すことから飛躍し、イゴール特製の全ての武器を手に入れること! これぞ、次なる我が使命。よって、精霊武器を持たないカニごときを相手にはせん。引っ込んでいろ」
「こ、こいつ!」ランツが歯噛みする。
「ははは、次のオレの獲物は、イカロスの兄ちゃん、あんたの持つ……何て言ったかな?」
竜巻槍(レイ・ヴェルク)か」
「そうそう、それだ。氷の剣の次は、風の槍。強い戦士を倒し、その愛用の武器を集めることこそ、武人の誉れ。この調子で、千本の精霊武器を集めてくれるわ。人呼んで、《千本刃》(タウゼント・ブレッター)のライゼルってな」
「イゴールの精霊武器は、千本もないと思うのだが」冷静に応じるソラーク。
「なければ、作らせればいい!」ライゼルは叫ぶ。「ジルファーには武具を作ったのに、オレサマには未熟だと作らなかった。そんな傲慢なイゴールの奴にも、目に物見せてくれるわ」
 ソラークは呆れたように、天を仰いだ。
「ヘヘ、天を見上げて、何だ? 神頼みか?」ライゼルはゆっくりソラークの元に歩を進める。「さあ、覚悟を決めて、オレサマと戦え」
「あのう、儀式の件は……」バァトスがおずおずと口を開いたけど、
「そんなこと、オレが知るか!」あっさり一蹴された。
「どうやら、時間のようだ」ややあって、ソラークがつぶやいた。
「はあ? 何の時間だって?」
 ソラークは黙って、視線で示した。《不動の楯》(シル・フロステル)がふわりと浮かび上がる。
 次に、別の方向に視線をずらす。そこに浮かんでいたのは、《凍波刃》(グラシェール)
 最後に、ソラークは楯と剣の中心に目を向け、ニッコリ微笑んだ。「レギンのライゼル、どうやら貴様の千本狩りの野望は、最初の一本めから成就していないようだ」
「何だと?」ライゼルはソラークの視線を追い、驚愕の叫びを上げる。「ジ、ジルファー!」
 生気を得て立ち上がった主人の元に、忠実な剣と楯が飛来する。
 再び戦闘態勢を整えたジルファーに、終始冷静だったソラーク以外の誰もが驚きを示していたのだと思いたい。
 少なくとも、ぼくとランツは、はっきり喜びの声を上げた。
「ジルファー!」「生きていたのかよ、オイ」
「私は自分で死んだとは一言も言っていないのだがな」特有の遠回しな皮肉とともに、笑みを浮かべる《氷の星輝士》。
『ああっと、死んだと思われていたジルファー選手。しかし、ここに奇跡の復活を遂げる。解説のバトーツァさん、これはどういうことでしょう?』
「さ、さあ、私めには何とも……」困ったように頬をかくバァトス。
『う〜ん、解説役としては、微妙に使えないバトちゃんでした』
「はあ……」マイクを通じて、漏れ出る神官のため息。
「復活の奇跡は、神の領域に属するもの」カレンさんが助け舟を寄越す。
「ただし、それには相当の準備と膨大な霊力を必要とされ、星霊皇と言えども、おいそれと行なうことはできないそうよ。命の重みに関しては、安易に考えない方がいいわね」
 ワルキューレの言葉を、ぼくは真剣に受け止めた。
 そう、死んだ者は生き返らない。これが、この世の法則。
 神の奇跡は、もしかすると世界の法則を乗り越えることができるのかもしれないけど、定かではない。
 奇跡は簡単に起こらないからこそ、奇跡なのだ。
 奇跡に頼って人生を生きるなど愚か者の所業だ、とジルファーなら言うだろう。
 だから、彼が立ち上がったのは、奇跡という言葉では片付けるべきではない。
 そう、何かの必然があるはずだ。

「ウワハハハハ。生きてやがったか、ジ〜ルファー」
 ライゼルの笑い声がこだまする。
「さすがは兄さん。さすがは我が終生のライバル。そう簡単に死ぬわけがないって信じていたぜ」
 新たなステージとか、《千本刃》(タウゼント・ブレッター)とかの話はどうなったんだ?
 そう尋ねたかったんだけど、ライゼルのことだから、大方、『そんな昔のことは忘れた』とか応じそうで、確かめる気にもなれなかった。
 それよりも……
「ジルファー、どういうことか種明かしぐらいはしてくれるのだろうな」
 ソラークが、ぼくの聞きたいことを聞いてくれた。
 そう、質問をするなら、話の分かる相手にする方がいい。
「解説は私の本職だからな」ジルファーはフッと笑みを浮かべてみせた。
「一言で説明するなら、《時間凍結》(タイム・フリーズ)の秘儀と言ったところか。実戦で有効だとは思っていなかったが、試してみた価値はあったようだ」
「何だよ、もっと分かりやすく説明してくれよ」ランツが要求した。
「時間を凍結するとは、いかにも歴史家のお前らしい技だが……」ソラークが論評する。「そのようなことが実際に可能なのか?」
「他者の時間を止めるまでには至らず。できるのは、己の時間を止めて自ら仮死状態に陥ることぐらいだったな」
「自分の時間を止めたって、意味ないだろうが」ランツが技の効果に文句をつける。「相手を動けなくさせるならともかく、自分が動けなくなったって、一方的に攻撃されるだけだろう?」
「もちろん、そうだ」ジルファーは教師らしい忍耐で、説明を続けた。「だが、時間が止まる、というのは、ただの仮死状態とは意味が違う。凍結された時間の影響にあるものは、外部からの影響の多くを受け付けない。一種の絶対無敵状態にあるといっていいだろう。すなわち、この秘儀の目的は相手の大技を受ける寸前に、緊急回避的に用いることで、攻撃を無効化させることにある。いろいろリスクはあるがな。非常事態の保険にはなった」
「ええい、何だかよく分からないが、分かっていることはただ一つ!」ライゼルが指を一本掲げて見せた。「お前がオレサマの《全身鋭刃装》(フルブレード・モード)を無効化し、ノーダメージのまま立ち上がったってことだな。細かい理屈はどうだっていい。さあ、戦いを続けようぜ」
「ライゼル、一つでも分かったのは、お前にしては上出来だ」ジルファーは諭すように言う。
「だが、私はそれでは満足しない。私が求めるのは三つだ」剣を地面に突き立てると、右手の指を三本立ち上げる。「この技には、三つのリスクがある。ライゼル、貴様にそれが分かるか?」
「三つのリスクだと?」ライゼルは首をかしげた。「そんなことを聞いて、どういうつもりだ、ジルファー?」
「私がお前に与える最後の課題だ。まともな観察眼があれば、相手の技を分析し、対策が立てられる。お前に、そういう眼力が宿っているかを見極めたい」
「そんな、お前の思惑に乗ってたまるか! 三つのリスクなど、このオレの剣で打ち砕いてみせる」
「……相変わらず、言っていることの分からない男だ。模範解答を示してみせよう。カート、お前なら分かるな」
 ちょ、ちょっと、突然、こっちに振らないでよ。
 ぼくは慌てた。
 ジルファーの《時間凍結》(タイム・フリーズ)の三つのリスクだって? 
「ワハハ、ジルファー、血迷ったか。このオレサマに分からないことが、星輝士でもない小僧に分かるわけがないだろうが」
 うわ、むかつく。
 ここは、ぼくとジルファーの名誉を守るためにも、正解を導き出さなければならない。
 ぼくは自分の見聞きした情報を総動員することにした。
 分かりやすいことはある。
 ジルファーは一定時間、仮死状態のまま、高空から落下し、ライゼルの蹴りを無抵抗のまま受け続けていた。それで実害はなかったとは言え、わざわざ好んで、敵対する相手に自分の肉体を無防備にさらす必要があるとは思えない。そこから考えると、
「一つ、《時間凍結》(タイム・フリーズ)の間は、自分の時間が止まってしまう。それはすなわち、外部の影響を受けないとともに、外部からの情報を完全に閉ざし、しかも自分で自由に解除することはできない」
「その通りだ」ジルファーは薬指を折りたたんで、うなずいた。「とりわけ、自分で自由に解除できないことが大きなリスクとなる。5分間という一定の期間は何もできず、下手をすると、とどめを刺される危険があるからな」
 とどめを刺される……? 
 これは、おそらく、第2のリスクを答えるためのヒントだろう。ジルファーは、言葉の中に相手の思考を誘導する手がかりを散りばめることを好む。きちんと話を聞いて、考えるなら、必ず正解に至れるように。
 《時間凍結》(タイム・フリーズ)の影響下で、とどめを刺される、ということは、その影響を受けない部位があるということで、それは……
「二つ、星輝士にとっての弱点は、力の源である星輝石である。それは《時間凍結》(タイム・フリーズ)の間も、変わることはない。星輝石を攻撃されたなら、絶対無敵状態が解除されるか、そのまま命を落とす危険だってありうる……ってことですか?」
 やや自信がないので、最後は質問形になる。
「正解だ」ジルファーは再度うなずいて、中指を折りたたんだ。
「畜生、そういうことか。だったら、あのとき、剣なんかに注意を奪われず、石を取ることを優先していたら、とどめを刺せたってわけだ」
「ライゼル、お前が何に無駄な時間を費やしていたかは知らんが、素直にとどめを刺してくるような奴じゃないことは予想していたぞ。他の敵が相手では、5分の空白はリスクが大きすぎるが、お前相手なら、何とかなるだろうと期待できた」
「ヘッ、無防備なお前にとどめを刺しても、面白くないからな」ふてぶてしく言うライゼル。「さあ、種明かしは済んだか。わざわざ自分の弱点を明かすとは、ご苦労なこったぜ」
「まだ、リスクはもう一つある」ジルファーは人差し指を示す。「ライゼルよ、どうして私が《時間凍結》(タイム・フリーズ)のリスクをお前にさらしたか分かるか?」
「知るかよ、そんなこと」
「知った方がいい。相手の状態を知ることは、戦士にとって当然の判断だ。お前はそれを怠り、敵を知ろうとしない。ゆえに敗れる」
 そういうことか。
 第三のリスクは、ジルファーの状態にある。
 だが、それを明かしていいものかどうか。
 ぼくは、ジルファーに物問いたげな視線を向けた。
 ジルファーは黙ってうなずいた。
 だから、ぼくはため息をついて、ライゼルに言った。
「ライゼル、もうジルファーは君に《時間凍結》(タイム・フリーズ)の秘儀を使うつもりはない。いや、使えないんだ。それだけ、消耗の激しい技だっていうのが三つめのリスク。これでいいんだね、ジルファー」
 ジルファーは、最後の指を折りたたむと、親指を上げてみせた。「カート、君は期待どおりの生徒だ」
「こいつら、さっきから師弟そろって、馴れ合いやがって! そうやって、オレサマのことをバカにしているのか〜!」
「ライゼル」ぼくは腹に据えかねて言った。「君はもっと人の話を素直に受け入れた方がいい」
「お前までオレに説教すると言うのか! お前なんかに兄からバカにされ続けた弟の気持ちが分かるか!」
「分かるさ」ぼくはライゼルの言葉を真正面から受け止めた。「ぼくだって、そういう弟なんだから」
「いいや、分かるまい。愛にはぐれ、愛を憎み、愛を求めし孤独の戦士の気持ちは。《闇》に堕ちた孤高の戦士は、魂をこめた怒りの刃を相手に叩きつけることでのみ、生を実感できるのだ。お前にそういう道を進む覚悟があるか〜!」
 さすがに、それは……あるとは言えない。
「ヘッ、戸惑いやがったな」ライゼルはにやりと笑った。
「ラーリオス、お前にはオレサマにない才能があるのかもしれん。だが、少しばかり察しがいいからって、調子に乗るな。他人の気持ちが分かるだと? そいつは危険な才能だ。下手をすると、他人の心の奥の闇にまで踏み込んでしまい、引きずり込まれることだってあるわけだ。自分の心を守るためには、他人を拒絶することだって必要だ。自分の心も見えないままに、無理に、人を理解しようとするな。世間を知らないガキに対する、オレサマからのありがたい忠告だ」
 ぼくは、何も反論できなかった。
「ライゼル……」ジルファーが感慨深く言った。「お前が他人に説教するとはな」
「ヘン、伊達に兄さんの説教を長年、聞いてきたわけじゃないのさ。オレだってバカじゃない」そう言いながら、両手に炎の剣を生成する。「だけど、戦いは別だ。ジルファー、お前が消耗していることは分かった。わざわざ、そんなことをこっちに伝えるってことは……そういうことなんだな」
「ああ」ジルファーは、地面に突きたてた氷の剣を改めて掲げて見せた。「私はお前ほどタフじゃない。いつまでも、お前の戦いに付き合ってはいられんのだ。だから、この勝負、そろそろ終わらせてもらう。このジルファー、最大の奥義でな!」
「兄さん最大の奥義か」満面の笑みを浮かべる。「光栄だな。このオレに、そんな物を仕掛けてくれるとは。受けて立つぞ。このライゼルに通用するものかどうか、来るがいい!」
 紫と赤の光が、二人の星輝士の全身から、これまでにない勢いで湧き上がる。
 目に見えない圧力に押され、ぼくは思わず数歩後じさった。
 ぼくの周囲を守る星輝士たちも、各々、衝撃に対する構えを示す。
「いよいよ決着みたいね」カレンさんが口を開いた。
「ああ、我々の星輝戦争、最初の戦いもこれで終わる」と、ソラークが感慨深げに言う。
「最初にしては長かったぜ」ランツがぼやくように口にすると、
「だけど、それだけ決着の緊張感が高まるってもんさ。こういうのは嫌いじゃない」サミィが付け加える。
「実況はしないのか?」ランツが尋ねると、
「緊張感を削ぐような実況は、今の雰囲気にはふさわしくない。それぐらいは、あたしにも分かるさ」
「ラーリオス様、覚悟はよろしいですか?」バァトスが尋ねてきた。
 何の? とは聞かず、ぼくはただうなずいた。
 星輝戦争の戦いの決着、それは一つの命が確実に失われ、魂が神への供犠とされること。
 それを自覚していない者に、王を名乗る資格はない。

 十分、気合が高まったと見るや、ライゼルが先に駆け出した。
 それを受け、ジルファーが「シル・フロステル!」と一声発し、楯を投擲する。
「バカな。お前の奥義は、こんなものか!」
 回転する楯は、ライゼルの勢いを止めることさえしない。
 何故なら、楯の軌道は最初から標的をそれていたから。
 大きく孤を描き、ライゼルの頭上を乗り越え、そのまま背後に至る。
「こんな子供だまし!」ライゼルは、走りこんだ勢いのまま、ジルファーに斬りかかる。
 その瞬間、彼の動きは止まった。「何? どういうことだ?」
 背後の楯から伸びる十字型の光が、ライゼルの身を拘束していた。
「シル・フロステルは《不動楯》」ジルファーの朗々とした声が響き渡る。「我が奥義の初手は、相手の動きを封じることにある」
「そんな卑怯な……」
「卑怯ではない。ライゼル、お前に見る目があれば、《不動楯》(フロステル)と私を結ぶ《氷》の気の流れに気付いたはず。それなら、その間に身を置く危険を察することもできたろう。私が楯を投げたのは、お前に命中させるためではなく、お前をはさみ込むため。それを、子供だましとしか受け取らなかった、お前の負けだ」
「畜生、こんな拘束……」ライゼルは何とか、楯の呪縛を振り払おうとする。
「無駄だ」ジルファーの言葉のとおり、ライゼルの体は左右の腕を大きく広げ、あたかも十字架に張りつけにされたような姿勢のまま、ズルズルと楯に引き寄せられていく。
 気がつけば、楯の方も放つ光を膨らませ、人間の体を抱え込むことのできる大きさにまで拡がっていた。
「は、放せ〜」ライゼルは叫ぶが、もがくことすら許されないまま、背後の楯の投影像に引き込まれる。
「その楯は、フロステル空間を形成し、お前の体を氷の鏡面世界に幽閉する。これが奥義の第二段階」
「ば、バカな〜、オレの体が……」ライゼルの肉体は光の楯に吸収され、十字架型の結晶に完全に囚われた形になる。なおも何かを叫んでいるけれども、その声は聞こえない。
「これで、準備は整った。お前の体は完全にフロステル空間に束縛され、何の抵抗もできず、砕け散るのだ。覚悟はいいか……と聞いても、もはや私の声はそちらには届かないのだったな」冷たく言い放つ。「さらば、ライゼル。呪縛は断ち切る!」
 ジルファーは宣言とともに《凍波刃》(グラシェール)を掲げた。
「とどめだ。《十文字凍波斬》(クロイツ・ゲフリーア)!」
 両手に握った剣をまず上から縦に一閃。
 すかさず振り上げ、左右に一閃。
 すると、光の楯ごとライゼルの呪縛された影像が十字型に引き裂かれる。
 鏡が割れるような音と、断末魔の悲鳴が聞こえるような気がしたけれど、じっさいは全て静寂の中で行われた。
 それは熱いBGMも、派手な効果音も似合わない、厳粛な沈黙の儀式。
 ライゼルの肉体とともに砕け散った楯の破片だけが、はらはらと冷たい地面にこぼれ落ちる。
 力を使い果たしたジルファーが膝をつき、剣一本だけで体を支えているのが目に止まった。
 その表情は憂いに満ちて、自らの手で弟に死をもたらした兄の心情を映し出していた。

 衝撃の瞬間を呆然と見つめていたそのとき、ぼくの方に赤い何かが星つぶてのように飛んできた。
 野球のボールの大きさで、赤く輝く球体。
 それは、球技選手の条件反射か、それとも星輝石に対するラーリオスの親和性ゆえか。
 ぼくの右手は、飛来した石をとっさに、つかみとっていた。
 赤い星輝石。
 手にした物をそう認識した瞬間、《炎の石》が掌で燃え上がり、ぼくの意識を虚空の彼方に飛ばした。


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