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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(3−16)


 
3ー16章 スピリット

「ここは?」現実を見失ったぼくは、自分のいる場所に戸惑った。

 見覚えはあった。
 満月の下、澄んだ泉のある林間地。
 そこには、水浴している一人の少女がいるはずだった。
 ぼくにとっては、決して嬉しくない悪夢の場面。
 ラーリオスとシンクロシアが戦うことになった記憶の舞台。
 それでも、その場所は美しく、相変わらずの静謐(せいひつ)さをたたえていた。
 戦場となった過酷な雪原から、突如として飛ばされたその地はあくまで穏やかだった。

 そして、そこにいたのは、彼女ではなく彼だった。
 いま先ほどの戦いの一方の主役。
 《炎の星輝士》ライゼル・パーサニア。
 どうして、この男がここに? 
 ぼくは戸惑ったが、じっくり考えている間はなかった。
 静かな表情で上空の満月を見つめていた彼が、ぼくの気配に気付いて、振り向いたからだ。

「何だ、お前かよ」
 いかにも不機嫌そうな第一声。
「ここなら最後に一目、スーザン様に会えるかと思ったんだが、どうして出てくるのがラーリオス、お前なんだ? もっと空気を読めよ」
 いや、そんなことを言っても……。
 ぼくはさっきまで敵だった男に警戒しながら、とっさに返す言葉が出なかった。
「何、黙ってんだよ。死んだ戦士の霊を見送りに来たんじゃないのか? 心優しいラーリオス様が、敗れし戦士に情けをかけるとかよ」
 そういうことになるのだろうか。
「あのう、自分が死んだって分かってるの?」ぼくは尋ねてみた。
「ああ、ジルファー最大の奥義、フロステル何ちゃらを喰らったんだからな」
「確か、技の名前は《十文字凍波斬》(クロイツ・ゲフリーア)だったと思うけど」
「何だ、そりゃ?」
「ほら、最後に剣で十字型に切り裂いていたじゃない? そのとき、叫んだ技の名前がそうだったはず」
「そんなの、聞こえるわけないだろうが」ライゼルは不満を述べた。「畜生、危うく、自分を倒した奥義の名前を知らずに、死んでいくところだったぜ」
 それから、額に手を当てると、呵々大笑する。
「ハハハハッ、そうか〜、《十文字凍波斬》(クロイツ・ゲフリーア)か。何だかよく分からんが、いかにも兄さんらしい凝った名前だ。もっとつまらない名前の技でやられたんじゃなくて、良かったぜ。《スペシャルDXゴールデン・デリシャス・ダイナミック・氷斬り》みたいな適当な技名で倒されちゃ、死んでも死にきれんからな」
 ジルファーだったら、そんな名前を付けないと思うけど。
「とにかく、奥義の名前を教えてくれたことには、感謝だ(ダンケ)、ラーリオス」
 う〜ん。
 今、ここにいるライゼルは、ずいぶん素直というか、人当たりがいい。
 殺意のかけらも見当たらないので、ぼくは戸惑いながらも安心することにした。
 それでも、一応、気になったことを聞いてみる。
「あのう、ジルファーやぼくのこと、恨んだりしてない?」
「恨んで欲しいのか?」ライゼルは、逆にたずねてきた。
 ぼくは慌てて、かぶりを振った。
 こっちの反応を面白そうに見つめながら、ライゼルはゆっくり語りだす。
「さあて、どうなんだろうな。何だか憑き物が落ちたというか、戦士として正々堂々と戦って負けたんだから仕方ないというか、今は割とすっきりしてるぜ。オレサマの魂はどうやら《炎の星輝石》に取り込まれているらしいんだが……そうだな、今のオレは言うなれば、邪念が根こそぎ洗い流された(セイント)ライゼル様ってところよ」
 (セイント)ライゼル……。
 何だか、目の前の男が、頭に天使の輪を付けて、背中の白い翼を羽ばたかせて昇天していく姿が思い浮かんでしまった。
「おい、何をにやついてやがる!」穏やかだったライゼルの顔に、一転、怒りの色が浮かび上がった。そうそう、その方がライゼルらしい。
「そうかあ、今は良いライゼルか」ぼくは、感慨深げに言った。
「良いも悪いもあるか。オレサマはいつもオレサマだ。善悪を超越して、自分のしたいがままに生きる。それがライゼル様ってものだろう?」
 いや、そんなことを確認されても……と思いつつ、確かに、それこそライゼルだと納得してしまう。
「それで、これからどうするの?」気になって、たずねる。
「お前はバカか?」ライゼルが呆れたように言う。「死んだ人間に、どうするか、なんて普通、聞くか?」
 そう言われたら、確かにそうだけど。
 そもそも、死んだ人間と話すことだって普通じゃない。
「大体、オレサマだって、死んだ経験は初めてなんだからな。どうするか、なんて考えているわけないだろうが。星王神からお迎えが来るか、それとも地獄行きか、悪霊となってさ迷うか。どんな審判が下されるか、知ったことじゃねえ。とりあえず今は……生前のことが走馬灯のように思い浮かぶのか、とぼんやりしていたら、出てきたのがお前だ。それとも、何かよ、お前がラーリオス様の権限とかで、最後の審判役でも務めてくれるのか?」
「ラーリオスに、そんな権限があるの?」
「さあな。星霊皇だったら、もしかすると星輝士の魂について、星王神と話したりできるのかもしれないが、オレは神官じゃないからな。はっきりしたことは言えねえよ。それより、オレの方こそ、お前に聞きたいことがある。これから、どうするつもりなんだ?」
「どうするって?」
「星輝戦争の行方だよ。お前が仕切って始めたことだ。オレサマは死んだ、これはいい。だが、こんな戦いがこれからも続くなら、お前とスーザン様は、多くの戦士の死と魂を背負っていくことになる。そして、いずれは……ラーリオス対シンクロシア様で決着だな。こんな未来を本気で望んでいるのか?」
「……始めたことは仕方ない」ぼくはそう答えた。「今さら逃げるつもりはない。みんながそういう覚悟を持っている。そして、ぼくに王としての態度を期待している。そういう期待を裏切ったりしたら、ぼくがぼくでなくなってしまう」
「ご立派な回答だぜ」ライゼルは吐き捨てるように言った。「みんなの期待か。そうだな、誰もがラーリオス様に期待するんだろうな。神さまみたいによ。お前はそういう期待を一身に受け止めようって覚悟なわけだ。オレサマには到底、マネのできない心意気だぜ。聖人ってのは、そういう物の考え方をするものなのか?」
「ぼくは聖人なんかじゃないさ」そう否定して、述懐する。
「ゾディアックに関わる前、ぼくは誰にも期待されてはいなかった。図体がデカイだけで、何の取り得もない、うすのろカート。それがぼくだったんだ。そんなぼくに自信をくれたのがスーザンだった。だから、ぼくはスーザンを好きになった。彼女の期待がぼくを強くしてくれる、そういう気持ちになったんだ。たぶん、ぼくは自分で自分を作り出せない。他人の期待があるからこそ、自分を高めていけるんだと思う。今は、ゾディアックのみんなが、ぼくに王であることを期待している。だったら、その期待に応える役割を果たすこと、それこそ、ぼくが最もぼくらしく生きる道と考える」
「……つまり、誰かの期待の操り人形ってわけだな」ライゼルの言葉には、ストレートな皮肉が混じっていた。「今のお前は他人の期待どおりに動く。自分の意志というものはないのかよ」
「ぼくの意志?」
「そうだ。お前に意志がないなら、いずれお前は手に入れた力に翻弄され、自滅することになるかもな。どうも、お前に王であることを期待するのは、ゾディアックの星輝士たちだけじゃない。《闇》もまたそうみたいだからな」
「《闇》?」
「ああ、そうよ。オレサマはジルファーに勝つ力を手に入れるために、《闇》と契約したんだが、《闇》が望んだのは、星輝士やラーリオスを倒すことじゃない。巧妙に身を潜め、この儀式の間に、シンクロシア様かラーリオスのどちらか、あるいは両方を取り込み、内部からゾディアックを乗っ取るつもりだ。オレサマも、シンクロシア様の隙を突いて、《闇》に引き込むことを示唆されたんだが、そういうのはオレの流儀じゃない。だから必死に抵抗して、オレサマのやり方で《闇》の存在をアピールしようと思ったわけだ」
 なるほど。
 ライゼルが、《闇》の力をやたらと顕示していたのは、そういうことだったのか。
 でも……
「もっと頭のいいやり方ってなかったの? あれじゃ、まるで、《闇》に支配され、好き勝手に暴れているようにしか……」
「そう思わせるのが、オレサマ流の策って奴よ。それに、オレの一番の目的は、打倒ジルファーだからな。次に、ラーリオス、お前が《闇》とつながっているかどうか確認しておきたい、と思った」
「何で、ぼくが《闇》と……」
「スーザン様の話では、お前が《闇》と関わっている可能性が大きいみたいだったからな。お前が《闇》の力に支配されていたなら、星輝士としては叩きつぶすしかないだろう。オレサマという毒を使って、ゾディアックに巣食う毒をいぶり出す。そうすれば、後はネストールの爺さんとか、イカロスの兄ちゃんといった頭のいい面々が何とかしてくれるだろう、という期待はあった。下手に口であれこれ言うよりも、《闇》に支配されたバカが暴れ回る方がいろいろ効果的だと思ったわけだ」
「そうなんだ」ぼくは感心した。「いろいろ考えていたんだね」
「もちろんだとも」ライゼルは、さわやかな口調で言った。「今とっさに思いついたままの、口から出まかせってことは、これっぽっちもないからな」
「…………」
 ぼくは疑惑の目を相手に向けた。
 短い付き合いだったけど、この男の言葉は、半信半疑程度に聞き流しておいた方がいいということは十分理解していた。
 何しろ、非常に気が変わりやすく、頭に浮かんだことをノリと勢いでポンポンとまくし立てる傾向がある。決して理路整然と、筋道立てて考える計算づくの詐欺師ってわけじゃないけれど、悪意がないと思ってうかつに信じると、ひどい目にあいそうだ。
「何だよ、その目は。そりゃ、オレサマだって、お前にひどいことをしたさ。とりわけ《邪霊》を受け入れてからは、良心とか欲望とか、星輝士としての使命感とか、戦士としての闘争心とか、いろいろな想いが渦を巻いてたりしてたからな、多少は抑えが利かなかったところもある」
 あれで、多少なのか?
「まあ、思う存分、やりたいことはできたから、後悔しちゃいないがな」
 そりゃそうだろう。おかげで、こっちはいい迷惑だ。

 ぼくは急速に、相手への疑念を深めて、黙り込んだ。
 その気持ちを察したのか、ライゼルの方も少し黙考する。
 緊迫した視線をぶつけ合った後、彼の方から改めて口を開いた。
「今、思いついたんだけどな、ラーリオス。お前は《炎の星輝石》に接触しているんじゃないか?」
「ああ、さっき飛んできたのを受け取った」
「やっぱりな。それで精神的な接触が起きたわけか。だったら、いっそのこと、このまま石と契約してしまうってのは、どうなんだ?」
「契約?」
「ああ、お前がオレサマの後を受け継いで《炎の星輝士》となる。そうすれば、スーザン様と戦う必要がなくなるぜ」
「そ、それは……」
「オレは、お前と戦ったときから、それなりに戦士の素質を見込んでいるんだ。おまけに兄さん……ジルファーの弟子ってことは、オレサマにとっては甥っ子も同然。わざわざ過酷な試練に挑ませるよりも、試練を終えて命を落としたオレサマの後継者となる方が、幸せなんじゃないか。お前さえ望むなら、そういう選択肢だってあるんだぜ」
「それって……《太陽の星輝士》の試練を放棄するってこと?」
「そうなるな。二十年近く前に、そういう裏技を使って、まんまと試練を逃れた奴がいたんだ。その時のラーリオス候補は、ジルファーの友人で確かカミザっていう東洋人。シンクロシア候補は、預言者の一人のセイナ様。愛し合っていた二人は互いに殺し合う運命から逃れるために、契りを結んだり、本来の予定とは異なる星輝石に自分の魂を結び付けたりして儀式を無効化、星輝戦争を延期させたって話だ。一応、ゾディアック内では公に語ることを禁じられてはいるんだが、裏情報に詳しい奴ならみんな知っている。お前とスーザン様が今回の戦いに選ばれたのも、元はと言えば、二人が自分たちの運命を受け入れなかったからだろうしな」
 その話は、ジルファーから聞いたような気もする。

『かつて、ラーリオスに選ばれた一人の男は、大きな代償とともに、己の愛を成就したという話を聞いたことがある。しかし、それとて試練を先送りしたに過ぎない。その結果が後世、すなわち今の君たちを巻き込む形になっているのが現状だ』

 ジルファーは遠い昔話のように語ったけれど、そんな最近のことだったなんて。
 おまけに、その男がジルファーの直接知る人間だったとは……。
「ぼくが同じことをしたら、どうなると思う?」相手の意見を確認したくなる。
「ハッピーエンドじゃねえか」ライゼルはにっこり微笑んだ……つもりなんだろうけど、その表情はどこか引きつっていた。まるで、心にもないことを言って、無理矢理、取り繕おうとしているみたいに。
「ぼくが《炎の星輝石》を取り込む……ということは、もしかしてライゼル、君の魂がぼくにいろいろ干渉したりすることはない? あわよくば、そのまま、ぼくの体を乗っ取ろうとか……」
「ははは、何を言っているんだ、ラーリオス……いや、カートだったか。オレサマは心底、お前のことを考えてだな。最善の選択肢を用意したんだ。信じてくれてもいいじゃないか」
 何て白々しい。
 この男は、自分で『邪念が根こそぎ洗い流された(セイント)ライゼル』なんて言っていた。
 もう少しで信じてしまいそうになったけど、油断してはいけない。直接、敵意をむき出しにしていないとは言え、純粋な善意で接してくれているとは思わない方がいい。
「ライゼル、ぼくが仮に試練から逃げるとしたら、スーザンがそう望んだときだけだ」きっぱり断言する。「スーザンは《邪霊》たちの復活から世界を守るために、星霊皇が必要だと考えている。世界を守るために、他に方法がないのなら、ぼくも彼女に付き合おうと思う。それが仮に自分を犠牲にすることだとしてもね」
「自分を犠牲にして世界を救う。それこそ聖人じゃないか」ライゼルがうんざりしたように言う。「建て前じゃなく、本気でそういうことを言っているとしたら大したものだがな。どうも、オレサマじゃそういう器にはなりきれねえ。だから、お前がラーリオスに選ばれたのかもな」
 それから、ため息をつく。
「正直、オレサマはお前が死ねば、スーザン様が星霊皇に選ばれてハッピーエンドだと単純に考えていた。お前が下衆なむかつく野郎なら、悩むことは何もなかったんだ。だが、じっさいのお前はどうだ? むかつくぐらい立派な奴だと来ている。お前とスーザン様が殺し合うなんて、星王神も罪作りな方だと思うぜ、まったくよ。いい人間が死んでハッピーエンドということは決してない。だから、《炎の星輝石》との契約の話は、本当に好意から出たんだぜ。そりゃ、下心が一つもなかった、と言えば嘘になるがな」
「ありがとう、ライゼル」一応は礼を言っておいた。
 それから、自分の気持ちを整理するために、夜空を見る。
 ここではいつも変わらぬ満月が地上を照らし、ぼくの心にスーザンの面影を蘇らせる。
「確かに、ぼくも自分の運命は気に入らないさ」ややあって、ゆっくり言葉を紡ぎ出す。
「前のラーリオス候補がきちんとやってくれていたら、と思う。だけど、前の人が逃げたからって、ぼくまで逃げたい、とは思わない。ぼくは最初から決めていたんだ。スーザンのために戦おうって。スーザンを守るためなら、死んだって構わない。スーザン本人と戦うって聞いたときは驚いたけど、よく考えたら、ぼくは本気でスーザンと戦えないんじゃないか、と思う。太陽陣営のみんなは、ラーリオスを応援してくれているけど、ぼくはたぶん、死んでいく人たちに謝りながら、スーザンに自分の命を捧げることになるんだろうね」
「……ちっ、カート、本当にお前はむかつく野郎だ」ライゼルは舌打ちする。
「お前の言い草を聞いていると、自分がどうしようもない悪党に思えてくるぜ。分かった、お前の好きにすればいいさ。さあ、オレのことなんて放っておいて、もう行け。先にあの世で待ってるぜ。それと……」
 少し言いよどんでから、意を決したように言う。
「ジルファーの奴に伝言を頼む。オレサマを殺したことを、いつまでも気に病んでるんじゃないぞってな。こっちは精一杯戦って満足してるんだから、勝った人間が悔やんでちゃ、こっちだってすっきりしねえ。勝った奴に逆恨みするほどは、オレだって根性が曲がっちゃいないつもりだ。どうしても気になるなら、『勇者ライゼルは最期まで格好良く戦い抜いた』ぐらい書き残してくれって」
「分かった。伝えるよ」ぼくはうなずいた。
「これで、思い残すことは何も……ん?」ライゼルはふと、遠くを見るような表情になった。「やっぱり気が変わった」
 おい。一体、何が? 
「悪のライゼルはまだ生きている」そう言って、ニヤリと笑う。「おい、カート、お前の体をよこせ!」
 え? 
「オレサマにはまだやることがある! ジルファーの野郎を……」
 そう言うなり、ライゼルはぼくに飛び掛かり、強引にねじ伏せようとした。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 ぼくの右手で《炎の星輝石》が真っ赤に燃えていた。
 ぼんやりしていた意識が戻ると、ぼくの視界は紅色に染まっていた。
 そして、ぼくの口は一言つぶやく。

「オレサマ、降臨(こうり〜ん)!」

「ラ、ラーリオス様?」ぼくの異変に気付いて、最初に反応したのはカレンさんだった。
 他の面々も、遅まきながら反応し、警戒の構えをとる。
 視界の隅で、ジルファーがまだ膝まずいたままなのを確認する。どうやら、ぼくが赤い石を手にとってから、さほど時間は経過していないらしい。
 精神世界でのライゼルとの会話は、現実ではわずか数瞬の間に行なわれたように思える。
 ぼくの意思にかかわらず、ぼくの体は腕をブンブン振り回したり、両肩を上げ下げしたり、首をゴキゴキ鳴らしたりしながら、使い勝手を試していた。
 一通り、準備運動を終えると、周囲のいぶかしげな目を何ら気にすることなく、横柄に言い放つ。
「おい、神官。儀式の終了を宣言しろ。オレサマ……いや、レギンのライゼルは死んだ。あいつの星輝石はここにある。ジルファーの勝ちは間違いない」
「は、はあ、しかし……」
「ラーリオスの命令が聞けないってのか?」
 おい。ぼくは、そんな強圧的な言い方はしないだろう。
「神官殿。彼の言うとおりにすればいい」ソラークが鋭い視線でぼくを見ながら、バァトスに指示する。
「イカロス殿がそうおっしゃるなら」バァトスは不承不承といった感じで応じると、サミィからマイクを借りる。
『ええ〜、西暦2016年度星輝戦争第1戦、《氷の星輝士》ファフニールのジルファー対《炎の星輝士》レギンのライゼル戦は、後者の死をもって前者の勝ちを宣言します。《影の神官》バトーツァ』
 マイクを返してから、「……とまあ、このような形ですな。しかし……」
「ああ、分かっている」ソラークはうなずいて、話を引き取った。「ラーリオス様、いや、今はレギンのライゼルか? 一体どういうつもりだ」
「はん? イカロスの兄ちゃんよ、何を言っているのか分からないな。オレサマ……いや、ぼくだっけか、ぼく……はラーリオス。ええと、カートだよ。うん。いろいろあって、まあ、混乱しているんだから、言葉遣いが少しぐらいおかしくても、細かいことは気にするな。それよりも、もっと大事なことがあるんだから、しっかり話を聞けよ、頼むから」
「お前なあ!」ランツが憤った。「演技をするんだったら、もっと似せてやれよ。バレバレじゃねえか!」
「いや、カニ、演技がどうとか、そういう問題じゃないから」と、サミィ。「おい、バカのライゼル。どういうつもりで、その子の中に入ったのか分からないけど、さっさと出て行くんだ。死んだ後まで、妄執さらしてんじゃないよ」
「リオ様、少しでも意識があるのなら、《炎の星輝石》から手を離してください」カレンさんが助言する。「もしも、それが無理なら……」すっと手を伸ばし、近くにいたバァトスの持つ杖を引ったくる。
「わ、ワルキューレ殿。私の杖を勝手に……」
「黙ってなさい。今は非常事態です」そうぴしゃりと言い放つや、杖の先端の珠をぼくに向ける。「この杖の力さえあれば、いかなる悪霊であっても……」
「チッ、どうしていきなりバレたのかはしらないが、確かに非常事態であることは変わりない。だが、勘違いするな。敵はオレじゃなくて、あっちだ!」
 そう言って、左腕をジルファーの方に突きつける。
「ええい、指差そうと思ったのに、手首が欠けてやがる。何て不便な体だ」
 お前のせいだろ。
 ぼくは自分の体を動かしているライゼルに内心、文句をつぶやいた。
「こいつ、まだ訳の分からないことを言うのかよ!」とランツ。「ジルファーの勝ちを宣言させておきながら、ジルファーを敵だってのはどういうつもりだ!」
「勘違いするなって言ってんだろ、カニ!」ぼくの体に取り付いたライゼルは傲然と言った。「敵はジルファーを狙っているんだ。オレサマ、いや、闇のライゼルはまだ死んじゃいねえ。《邪霊》の妄執がすぐに復活してくる。それに気付かないとは、お前ら、トロすぎるぜ」
「妄執はお前だろうが。さっさと、カートの体から出て行けってんだよ」
 ああ、何だか、とってもまどろっこしい。
(ライゼル、少し引っ込んでいて。話はぼくがつける)
「しかしよ……」
(つべこべ言うな)ぼくは、強引に自分の体を取り戻した。紅色に染まった視界が元に戻る。
「み、みんな、混乱させてすまない」頭をピシャリと叩いてみせようと思ったけど、左手は使えない。右手には《炎の星輝石》を持ったままなので、やむなく……石を宙に放り投げる。
 空いた右手で、自分の頭をパシッと叩いてから、微笑を浮かべてみせる。
「今は、ぼくだ。カート・オリバー、ハイスクールのフットボール選手」そう言ってから、落ちてきた星輝石をパシッと受け取る。「ライゼルには期間限定で体を貸した。星輝士としての最後の願いってことだからね」
「お、おい、カート……だよな。お前の言っていることも、訳が分からん」とランツ。
「つまり、ライゼルの魂が、その星輝石の中に入っているということか」ソラークが確認するように言う。「害はないのか?」
「たぶん」ぼくは曖昧な応答をした。「ライゼルは、ぼくの体を強引に乗っ取ろうとしたんだ。だけど抵抗したら、あっさり弾き飛ばされた。たぶん、意志の力では、こっちの方が圧倒的に強いんだと思う」
「それでこそ、ラーリオス様」カレンさんがうなずいてから、懸念の色を示す。「まさか、《炎の星輝石》と契約したりは?」
「していない」ぼくは明快に否定した。「ラーリオスの使命を放棄するつもりはない」
 カレンさんは、安堵のため息を漏らした。
「だけど、ライゼルはぼくに懇願したんだ。一生の願いだとか何とか言って。だから、協力することにした」
「一生って言っても、もう死んでいるんじゃないのさ」サミィが呆れるように言う。「あんたも物好きだね。あんなバカのために、体を貸してやるなんてお人好しもいいところだよ」
 自分でもそう思うんだけど……。
「それで、あの男は何をしたいのだ?」ソラークの問いに対して、
「あれを見て」ぼくは視線で示した。

 戦闘中にライゼルが脱ぎ捨てた黒竜鎧の断片(ブラック・スケイル)が、瘴気を帯びて集まろうとしていた。
「あれが、(デュンケ)ライゼルの妄執、《邪霊》そのものと言ってもいい。ぼくたちは星輝士として力を合わせて、あれを始末しないといけない……とライゼルは言っていた」そして付け加える。「せめてもの罪滅ぼしとして、ジルファーを助けるために」
「レギンのライゼル、死んで星輝士の本分を取り戻した、ということか」ソラークが感銘を受けたように言う。
「そういうことだ。やっと話が通じたか」ぼくの視界が不意に紅に染まると、ライゼルの意思が前面に出る。「さあ、行くぜ。オレサマ最後の戦いだ。盛大な打ち上げ花火を上げてやるぜ〜、フォイヤーーーーッ!」
 叫ぶなり、ぼくの右手の星輝石から、勢いよく火炎弾が飛び出す。
 火炎弾は集まりかけた黒竜鎧に直撃し……そして、吸収された。
「おや?」ライゼルは、ぼくの口で呆けた声を上げる。「畜生、オレサマの炎の攻撃は、奴には通用しないというのか!」
 そりゃそうか。元がライゼルの生み出した存在なのだから、ライゼルの力は黒竜鎧を活性化させるだけになる。
 ライゼルの火炎弾の力を吸い取った鎧は再生速度を早め、たちまち人型を完成させた。
 それは(デュンケ)ライゼルの似姿。
 肉体代わりの瘴気を包み込んだ邪悪な甲冑。
 亡者さながらに燃えるような赤い双眸が、殺気を漂わせる。
 ジルファーがようやく新たな敵の存在に気付き、剣を杖代わりに、ふらふらと立ち上がる。
「ラ、ライゼルの怨念か……」つぶやきが漏れ聞こえた。

「かーーーッ。オレサマの怨念なんかじゃねえ。《邪霊》が勝手にしていることだ。オレサマにだって、武人の誇りはある。負けた後で、妄執さらしてどうこうなんて格好悪いマネができるか。邪悪な妄執はオレサマの手で断ち切る。そのために舞い戻ったんだ。(セイント)ライゼルとしてな」
「うむ、それでこそ星輝士だ」ソラークが重々しくうなずいた。「レギンのライゼル、お前の心意気、このソラーク、確かに受け取った」
「どうだかな」ランツは、まだ不審げな目を向けてくる。「単に暴れ足りないだけじゃねえか」
「それもある」ライゼルはニヤリと笑みを浮かべる。
「正直なこった」ランツも笑み返した。「暴れ足りないのはオレも一緒だ。妄執退治、手を貸すぜ」
「おうよ。星輝士どうし、力を合わせて、黒竜退治としゃれこむとするか!」
「そういうことなら、あたしも参加させてもらうよ」サミィが飛び込んできた。「正直、星輝士どうしの悲壮な戦いよりも、魔物退治の方がスカッとするからね」
 そう言ってから、付け加える。
「ただし、ライゼル。あんたは引っ込んでな。その体は、自分のじゃないんだろう? 危険にさらすのはどうかと思う。それに、あんたの炎じゃ、相手に通用しないってこと、いきなり忘れてるんじゃないよ」
 確かに、サミィの言うとおりだ。ぼくも、内心うなずく。
「ええい、何てことだ。ここまで来て、オレサマが戦いに参加できないんじゃ、何のために体を借りてまで復活したのか分からないじゃねえか!」
 ライゼルの悲壮な叫びが、ぼくの鼓膜にガンガン響く。ああ、うるさい。

 ソラークが宙を舞い、ランツが地を駆ける。
 その間に、サミィが戦闘態勢を整えに入った。
「相手が固い鎧なら、こちらも重装モードで対抗した方がいいだろうね。行くよ、ファイヤーバードSSS(スリーエス)、フルアーマーオプション!」
 宣言とともに、彼女の赤いエレキギターが変形し、しなやかな肢体に装着されていく。
 視界のせいで赤系の色が地味にくすんで見えるため、細かい過程ははっきりしなかったけれど、やがて露出度の多かった軽装姿が他の星輝士と比べても遜色ない甲冑姿となった。
 全体のシルエットも、野生の猫から、機械的な鳥、あるいは戦闘機を思わせる、より鋭角的なものに変わる。
 こうして準備を終えたサミィも、紅の翼をひらめかせると戦場に飛び込んでいった。

 物言わぬ黒竜戦士は黒光りする大剣を振りかざし、ジルファーを狙ったものの、すかさず割り込んだランツの楯がそれを受け止めた。
 ジルファーが後退する一方で、上空からはソラークが槍を振りかざす。そこから放たれる風の斬撃が、鎧の隙間を的確に射抜く。だけど、生身の肉体ではなく闇の瘴気に対して、どれほど効いているのかはっきりしない。
 遅れて戦闘に参加したサミィは、ソラークとは違う角度から音による衝撃波を打ち放った。
 陣営が異なるとは言え、星輝士たちの巧みな連携を見るにつけ、ぼくはこれこそ正に星輝士本来の戦いではないか、と感じた。サミィの言ったように、不毛な星輝戦争よりも、仲間どうし力を合わせて、明らかに邪悪な化け物を倒す方がはるかに価値がある。

「ああ、苛立つ」ライゼルだけが不満を漏らしていた。「どうして、オレサマが戦っちゃいけないんだ!」
(理由は、サミィが言ったとおりじゃないか)ぼくは、はっきりライゼルに思念をぶつけた。(一つ、ぼくは星輝士じゃなく生身だ。二つ、君の炎は相手に通じない)
「そんなことは分かっているんだよ。お前、ラーリオスだろ? 何とかしろ!」
(何とかって、どうするんだよ)
「たとえば、こうだ。星輝転装!」
 右手の星輝石が光ってうなり、全身に重みがぐっと()し掛かってきた。かろうじて、バランスを保って、転倒を免れる。
「ほら、見ろ。やればできるだろう!」
 いや、確かに、形だけは赤い竜鎧を装着できたけど……
「しかし、何だ、これは。やけに重いな。ラーリオス、お前、この図体は見掛け倒しで、本当は運動不足か何かで脂肪太りなんじゃないか?」
 失礼な。
 確かに、最近、外に出て運動してなかったのは事実だけど、ずっとアスリートとして鍛えてきたんだ。パワーでは、並みの相手に引けをとりはしない。
「ええい、これじゃ自由に動けん。鎧だけ身につけても、他人の体じゃ、星輝士の肉体能力までは向上しないってことか」
(とりあえず、全身鎧はやめたらどう? 固めるのは必要なところだけにして……)
「そうするしかないか。自分の体の守りたいところは、自分で好きにイメージしろ」
 こっちに振られた。
 ぼくは実生活で、当たり前だけど、鎧を身に付けたことはない。
 ただ、フットボールのプロテクターをイメージすることはできる。それにならって、下半身は最低限のパッドに留め、内臓を守るための上半身に防備を集中させる。一応、左手を失った苦痛の記憶があるので、残った右手にはしっかり手甲を身に付けた。
 これで荷重が半分ほどになり、機敏にとは言わないけど、それなりに動けるようになった。
「片手が使えない上、右手にずっと石を持ったままってのは、邪魔だな。ラーリオス、石を装着する固定具(バックル)をイメージできないのか」
 そういうことなら簡単だ。
 扱い慣れない上位とは言え、星輝石は星輝石。力の石を用いた生成術は、とっくに習得している。
 腰に固定具(バックル)付きのベルトが装着され、そこに石をはめ込む。
「よし、このまま、契約としゃれこむぜ」
 思わず同意しかけ、慌てて否定の意思を示す。まったく油断ならない奴だ。

「さて、転装もしたことだし、これで火炎弾の威力も高まったんじゃないか? 今なら、奴にもダメージを与えられそうな気がするぜ!」
(それはやめろ!)ぼくは慌てて止めに入った。(みんなが戦っているところに、火炎弾を放り込むなんて、有り得ないだろう!)
「大丈夫。あいつらなら避けてくれるさ」
(避け損ねたならどうするんだ!)
「その時はその時だ。お前が取り成してくれたらいい」
(あのな!)ぼくは呆れた。(そもそも、炎は通じないんだよ)
「吸収されるってんだろ? だけどな、こういうのは、敵が吸収できる以上のエネルギーをぶち込めば、相手が自滅するって相場が決まってるものなんだよ。やるなら、とことん、相手が倒れるまで叩き込む。そうすれば、勝機は見えてくるものなんだ」
(……で、相手が吸収できる以上のエネルギーって、どれだけか分かってるの?)
「それはまあ、何とかなる。最後まであきらめず、何度も打ち込めばいい」
(そんな一か八かの手に出る前に、もっと考えなよ)
「ええい、いちいちうるさい奴だな。ジルファーの野郎に感化されすぎだ。大体、人のやることにケチつけるんだったら、自分でも何か考えてみろよ」
(別に、ぼくらが手を出さなくても、ソラークたちが倒してくれるさ)
「甘いな。見ろよ、あいつら、何だか苦戦しているみたいだぜ」

 技量の上では、明らかに星輝士たちの方が上だった。
 邪霊甲冑の動きは遅く、星輝士のスピードや、巧みな連携には対応できていない。だから、一見、苦戦とは程遠いように見える。
 だけど、よく見ると、星輝士の攻撃は相手に対して、何の効果も挙げていないということに気付いた。
 前線で切り結ぶランツの刃は、鎧を傷つけているものの、その都度、闇の瘴気が修復しているようだ。
 甲冑の持つ大剣に対しては、ランツも難なく防御を行なっていたけれども、鎧の隙間から、シュルシュルと蛇か鞭のような触手が幾重にも伸びてきたせいで、次第に一方的な防戦を余儀なくされる。
 ソラークとサミィは、空中から《気》の技を放って支援を続けている。ランツを狙う触手を断ち切り、衝撃波で動きを抑えるはたらきはしているけれど、決定的なダメージを与えるには至っていない。それどころか……
(星輝士の《気》の攻撃は吸収されているのでは?)ぼくは、そのことに気付いた。
「ああ、オレサマの炎のときほど派手には見えないが、あの触手が切断されるたびに、再生して数が増えてやがる。まるで、ギリシャ神話に出てくる蛇の魔物……ええと、メデューサだったかな? 首を斬っても後から生えてくる奴」
(ヒドラだろ。ヘラクレスに倒された……)
「そうそう、それだ。そいつはどうやって倒したんだっけか?」
(確か、再生しないように、傷口を炎で焼いたって話だけど……)
「やっぱり、炎じゃねえか。オレサマの出番ってことだろ?」
(だから、相手の再生能力がヒドラと同じってだけで、弱点まで同じって話じゃないと思う)
「だったら、弱点は何だよ。このままじゃ、戦い続けてもジリ貧になるぜ。オレサマたちが何とかしないといけないんじゃないかよ」
 ん〜、確かにそうかもしれない。
 ライゼルは、武人としての誇りを守るため。
 ぼくは……ラーリオスだから。
 それは戦う理由としてはあいまいかもしれないけど、今のぼくにとっては立派な自分が自分である理由。それに、《気》の技を吸収する特殊能力については、ぼくにだって覚えがある。何とか対処する方法を考え付くかも、いや、考え付かないといけない。
「じっくり考えている時間はなさそうだぜ」
 ライゼルの言葉が、現実を示した。
 闇の瘴気が増大し、数を増した触手がいつしか甲冑を包み込む暗黒の繭と化す。
 星輝士たちは敵の異変に気付き、攻撃の手を止めた。
 ランツだけがなおも繭に切りかかろうとしたけれど、慎重な性格のソラークが危険を察して、様子見を指示する。
 相手の成長には、さほどの時間を要しなかった。
 わずか数十秒。
 星輝士の攻撃を受け続けた《邪霊》は、独自の進化の本能を発動させて、さらなる力を獲得した。繭が膨張し、ひび割れ、そこから巨大な魔獣が誕生する。
 外見は、暗黒の竜そのもの。
 しかし、翼は持たず、代わりに対空攻撃に使えそうな触手を備えたそれは、兄貴たちSF好きの話で漏れ聞いたことのあるクァールを連想させる。確か、『宇宙船ビーグル号の冒険』って小説に出てくる怪物なんだけど、ぼくは当然、読んだことがない。でも、古典的な怪物らしく、映画やゲームでもよく似たようなデザインが採用されたりしているそうだ。そっちの姿は、肩から触手を生やした黒ヒョウ。残忍で狡猾、人並みの知恵を持ち、無害な獣を装いながら、何十人もの人間を殺傷し、別名『黒き破壊者(ブラック・デストロイヤー)』とも呼ばれる。
 今、巨体を示して荒れ狂う暗黒の竜も、クァールに負けず劣らず、その名で呼ばれるにふさわしい存在だった。
「ヘンッ、形が変わりやがったな。これだったら、炎が通用するかもしれないぜ。的がでかくなった分、うまく狙えば、前の連中を巻き込まずに当てられる!」
 そう宣言するや、こちらが止める間もなく、ライゼルは右手をかざして火炎弾を放った。
 だけど、触手の先端が牙の生えた顎状になってガバッと開き、餌のように食いつく。
「チッ、やっぱりダメなのか」
(うん、ダメみたいだね)
「オレサマの炎が通用しないのは分かる。だがよ、お前はラーリオスだろう? 奇跡の太陽パワーか何かで、オレサマの炎を、闇を滅する聖なる白き炎とかに進化させられないのか? 敵だって進化するんだ。こっちだって、それぐらいの進化をしたっていいだろうが」
(そんなに都合のいい力なんて、あるものか。大体、太陽パワーって言っても、ぼくは《太陽の星輝石》を持っていないんだよ。今、あるのは君の炎の力ぐらいで……)
「何て、煮えきらない野郎だ。お前なんかと契約しなくて、正解だぜ。そういう物の考え方は、炎の後継者にちっともふさわしくない。炎だったら、もっとがむしゃらにだな……」
 ぼくは、ライゼルの話を最後まで聞かなかった。
 何故なら、ぼくの注意は、炎ではなく、氷に向いていたからだ。
 後退していたジルファーが、巨大な黒竜に対して、冷気を吹きつけていた。すると、黒竜が初めて苦しげな咆哮を挙げる。
 そう、単純な話だ。炎の力を宿して生まれた暗黒竜は冷気に弱い。
 ただ、ジルファーはその攻撃が限界らしく、すぐに膝をついてしまう。彼に残された力では、十分な戦果を挙げられそうにない。
 だったら……ぼくがやるしかないじゃいか。
 ジルファーほどではないにしても、ぼくだって氷の技は習得している。
 試しに、右手に念をこめて《氷の気》を生成できないか、と念じてみる。
 しかし、うまく行かない。
 《炎の星輝石》を触媒に、《氷の気》を使うのは不可能らしい。
 他に力の石さえあれば……。
 ぼくの目は、カレンさんの方に向いた。

 決然とした気持ちで歩み寄ったぼくを、青い瞳が見つめている。
「どうしても、戦いに出ると言うのね」
「ああ、ぼくはラーリオスだからね。みんなを助けたい」ぼくは、自分の目で彼女の瞳を真っ直ぐ見返した。
「それが……あなたの意志。レギンのではなく」
 ぼくはうなずいた。「ライゼルがいてもいなくても、やることは変わらない。暗黒竜は倒さないといけないんだ」
 そして、視界が赤く染まる。
「女、聞いてのとおりだ。オレサマたちを止めようとしてもムダだぜ」ぼくの口で、ライゼルが傲然と言い放つ。「そもそも、お前みたいな小娘にオレを止められるとは思えんがな」
「そうかしら」カレンさんの瞳がすっと狭められる。バァトスから借り受けたままの杖を、ぼくたちに向けた姿勢で言い放つ。「レギンのライゼル、あまり驕り昂ぶらないこと。あなたみたいな残留思念など、どうとでもできるのだから」
 細められた瞳の奥で、黒い影がちらついて見えるのが、ぼくにも分かった。
 カレンさん? 
 いや、そういうことか。
 ここに来て、ぼくはようやく気がついた。
 ライゼルの魂を宿した今だからこそ、察することができた事実。
 そう、カレンさんも、今のぼくと同じなのだ。
 瞳の奥、心の奥に、もう一つの魂を宿している。
 でも、どうして? 
「あんた……確か、ワルキューレだったよな」心なしか、ライゼルの声も震えを帯びているようだった。「このままヴァルハラ送りにされちゃ、たまらねえ。オレサマは自分の妄執を何とかしたいだけだ。それ以上は……あんたらのやることを邪魔するつもりはないさ」
「さんざん、他人の計画を混乱させておいて、よく言うわ」カレンさんの口で、別の思念がつぶやきを漏らす。
 ぼくは、ライゼルの思念を押しのけて、改めて口を開いた。
「カレンさん、いや……」何と呼びかけるか、いくぶん悩んでから、「ワルキューレ」とコードネームを口にする。別の名を口にすると、この女性との関係を根本的に崩してしまいそうで、怖かった。「今は、ぼくの邪魔をしないでほしい。戦いが終われば……その時にきちんと話し合おう」
「御意のままに」カレンさんの姿をした彼女は、夢で見たときのままに、優雅に会釈してみせた。疑惑を裏付ける言葉と仕草に、ぼくは息をのんだ。
 だけど、懸命に冷静さを保って、当初の予定通りの行動に出る。
「これは借りるよ」すっと手を伸ばすと、目的の杖をひったくることに成功した。
「何を?」不意を突かれた彼女は、青い瞳を見開いた。その目の色を見ると、さっきの影がやっぱりただの幻だったのではないか、と安堵しかける。
「今は、この力が必要だ」ぼくはそう宣言した。
『この杖の力さえあれば、いかなる悪霊であっても……』先ほどのカレンさんの言葉を思い出す。
「それで、何をするつもりですか?」カレンさんの声が、にわかに警戒の色を帯びた。
 一瞬、ぼくは杖をカレンさんに突きつけたい、という思いに駆られた。この杖が霊に効力を発揮するとしたら、その対象は、ライゼルか、《邪霊》だけかと思っていたけど、まさか他にもいたとは……。
 数瞬、迷った末、ぼくはむやみに事を荒立てない方針を選んだ。問題は一つずつ対処しないといけない。
 杖の先の珠を手にとって、力を確かめる。
 うっすらと、冷ややかな《気》が生じるのを確認して、満足げな笑みを浮かべる。「これなら行ける」
 珠を外して、邪魔な杖は返す。「今の敵は黒竜だ。それでいいよね、カレンさん」
 あえて、もう一つの名前は口にしない。相手に気付いていない振りをすることで、考える時間がとれる。
「リオ様、あなたを危険にはさらせないわ」その言葉は、いかにもカレンさんらしかった。
「危険はどこにでもある」ぼくは、そう断言した。
 ……そう、あなたのような身近な女性の中にも危険があったんだから、と内心で皮肉る。
「はっきり目に見える危険なら、対処はできる。そのための力だ」
 ぼくは宣言して、力の珠を鎧の胸部に装着した。珠の放つ光が、青から金色に移り変わる。
(おお、力を感じるぜ!)心の奥でライゼルの思念が叫んだ。(炎と太陽が一つになって、(セイント)ラー・イゼルここに誕生、ってところだな)
「違う」ぼくは否定した。「《炎の(フレイム)ラーリオス》だ」
(ケッ。センスのない名前だぜ)
 ライゼルには言われたくなかった。

「支援は期待できるのかな」カレンさん、そしてその奥の女性に問い掛ける。
「防護呪文と、傷ついたときの回復ぐらいは……」彼女は言いよどむ。「だけど……」いかにも心配しているように震える声。これが巧妙な演技なのかどうか、ぼくには判断できなかった。
 ただ、演技にしても、本心にしても、ここは相手に合わせることにはする。
「大丈夫。ぼくは一人じゃない。信頼できる仲間の絆があるのだから、負けるはずがない」
 ぼくは疑惑と哀しみを示さないように努めながら、朗らかに言った。そのセリフを心から信じることができれば、どんなに幸せだったろう。
「ラーリオス様、このバトーツァも及ばずながら……」神官殿も何か言っていたけど、ぼくは聞く耳持たず、その場を逃げるように戦場に踏み出した。

(やれやれ。《闇》というのは、思っていた以上に巧妙らしい)ライゼルが内心で話しかけてきた。(気付いていたか、カート? あの女……)
「それ以上は言うな」ぼくは、不機嫌につぶやく。
(しかしよ、話がややこし過ぎるぜ。いっそ、ここでオレサマと契約して、単純な戦士として生きてみないか。その方がよっぽどスカッとするぜ。目の前の敵をぶっつぶすことだけ、考えていればいいんだからよ)
 そうかもしれない。
 善と悪、敵と味方の明確な世界。
 そんな中で、仲間との友情や愛情の絆を支えに、心の闇からは目を背けて生きていければ、どんなに良かったことか。
 けれども、現実には光もあれば、闇もある。善と悪だって、そう単純に割り切れないものなのだと思う。それら全てを理解し、正しい判断を下すことは誰にもできないのかもしれない。たとえ、それが神であったとしても。
 だから、ぼくは自分の意志を大事にするしかない。世界の全てが疑わしく思えたとしても、今、考えている自分自身の存在だけは疑えないのだから。
 そこから、世界を再構築する。
 どこかの哲学者が言っていたような気もするけど、この瞬間、ぼくは過去も未来も考えず、ただ戦士として生きる現実だけを見据えることにした。

 荒れ狂う巨大な黒竜に対して、星輝士たちはなおも戦い続けていた。
 竜の鉤爪が振り下ろされ、ランツの楯とぶつかり合う。
 竜の背中の触手がサミィに絡みつき、拘束する。
 ソラークの槍が一閃、触手を断ち切り、サミィを救い出す。
 サミィは感謝の視線を向けるが、もう一本の触手がソラークに襲い掛かり、地面に叩きつけるのを見て、悲鳴を上げる。
 地上では、竜の尻尾がランツをなぎ払う。
 それでも、星騎士たちは立ち上がり、決死の覚悟で、邪霊の化身に対し、望み薄い攻防を繰り広げる。
 そんな光景を見据えながら、ぼくは膝まづいて回復をはかっているジルファーの横に立った。
「カート、その姿は?」ぼくの身に付けた赤竜鎧に対して、案の定、質問が来る。
「ライゼルだ」簡単に答えると、ジルファーは納得したようにうなずいた。
「星輝石を通じて、ソラークから伝言が来たが、半信半疑だったよ。百聞は一見に如かず。お前の鎧姿を見て、やっと理解した」そう言ってから、言葉とともに思念を送ってくる。「ライゼル、聞こえているか」
(ああ、兄さん)ぼくの腹部で星輝石が赤く明滅する。(今のオレサマは、あんたを恨んじゃいない。それだけは伝えたかった)
「できれば、こういうことになる前に聞きたかった言葉だな」
(兄さんの最終奥義……何て言ったかな?)
《十文字凍波斬》(クロイツ・ゲフリーア)」ぼくは助け舟をよこした。
(そうそう、その十字の光が、オレサマの心の闇を浄化したってことだ。今のオレサマは(セイント)ラー・イゼル。兄さんを助けに来た太陽と炎の戦士だ。兄弟で力を合わせて、暗黒竜を撃退しようぜ)
「そうしたいのは、やまやまだが……」ジルファーは苦笑を浮かべつつ、無念そうに言った。「お前との戦いで、私は力を消耗しきっている。奴の弱点が、氷だというのは分かっているのだが……」
「力を貸すよ」ぼくはそう言った。「戦いの技は持たなくても、《気》の力を補充することぐらいならできるから」
「それなら……」ジルファーは、ぼくの使える片手をとって腹部の星輝石に導いた。「奴を倒すために、もう一度、《十文字凍波斬》(クロイツ・ゲフリーア)を仕掛けたい。だが、それには《不動の楯》(シル・フロステル)を再生させないといけないのだ。さっきから力を注いでいるのだが、私の消耗した《気》では、うまくできなくてな」
「分かった」ぼくは自分の手から、彼の石に《氷の気》を送り出した。「これでいい?」
「ああ、さすがだ、カート。《気》の操作もずいぶん上達したじゃないか。よし、これで行けるぞ。今一度、形を取り戻せ、《不動の楯》(シル・フロステル)!」
 ジルファーの言葉とともに、砕け散ったはずの楯が淡い光とともに甦った。間近で見るそれは、遠目よりもはるかに精巧な作りで、呪紋に秘めたる力もはっきり感じとることができる。
「次だ。楯を奴の向こうに配置しなければならんのだが……」
 ジルファーが戸惑う理由が分かった。相手の体が大きすぎて、単に投げただけでは、頭上を飛び越えさせることはできない。
 空が飛べる誰かが上手く配置してくれるといいんだけど……。
 ぼくはちらっと後ろを見た。
 だけど、そこにはカレンさんもバァトスもいない。
 どこに行った? 
「ラーリオス様」その時、間近でソラークの声が聞こえた。
 ランツとサミィも近くに来ていた。
 前線で黒竜と戦っていた三人がどうして? 
 その問いは口に出して尋ねるまでもなかった。
 カレンさんと、それに従うバァトスが、黒竜の相手をしている。二人が何かの呪文を唱えると、黒竜の足下に召喚用の五芒星が描かれ、そこから濃緑色の蔓が幾重にも伸び拡がって、巨獣の体を拘束する。
「本当に後に残して大丈夫かと思ってたが、さすがだぜ、カレンはよ」ランツが感心したように言う。「あれほどの召喚術は、そこらの術士にも真似できないんじゃないか」
「ああ、我が妹ながら、あのような才能を秘めていたとは……」ソラークは複雑な表情を示す。「平和に暮らすには、危険な才能は望ましくないのだが……」
(こいつら、気付いていないのかよ)ぼくの心に、ライゼルが話しかけてきた。(あれは、巧みに擬装しているが《闇》の秘術だぜ。どうして分からないんだ)
(君はどうして分かるんだ?)ぼくは内心でたずねた。
(そりゃあ、オレサマだって一度は《闇》に関わった……って、そうか。《闇》のことは、《闇》でないと知り得ないってことかよ)
 あるいは、星王神に仕える聖職者だったら分かるのかもしれないけど。
 問題は、その聖職者がどちらも《闇》で関わっていると判明した現状では、どう対応したらいいのだろう? 
 敵だと思ったライゼルが味方になった一方で、ずっと味方だと信じていたカレンさんが実は敵なのかもしれないと思うにつけ、ぼくの頭は混乱しそうになる。
「ラーリオス様?」サミィのハスキーな声が、ぼくの思考を呼び戻してくれた。「疲れているのは分かるけど、戦いはまだ終わっちゃいない。しっかりしておくれよ」
「あ、ああ、ゴメン、サミィ」
「ライゼルのバカに、あれこれ言われてるんじゃないだろうね?」
「い、いや、別に……」
 あれこれ言われているのは事実だけど、その内容を打ち明けても、問題をややこしくするばかりだ。今、カレンさんを疑うようなことを口にしても、誰も信用しないばかりか、ぼくの頭がおかしくなったと思われるだけだろう。バァトスを弾劾したときとは状況が違いすぎる。
「カレンちゃんに言われたんだ」サミィにその名を出されて、心の中を読まれたのか、と一瞬、ドキリとする。アーティストらしく、彼女は人情の機微に鋭いところがある。
「ラーリオス様に従うように。敵を倒す手を考えてくれるからって」サミィの言葉は、予想とは違っていた。
「自分が相手を抑えるから、その間に態勢を立て直すようにってさ。あの娘はあたしらに癒しの術をかけた後、バトーツァ様と後に残った。でも、それほど長くは保たないかも。黒竜には、あたしたちの攻撃が通用しないみたいだし、戦っているうちにだんだん強くなってくる感じだからね。急いだ方がいい」
 そう言われても……。
 カレンさんがそこまで、こちらをフォローしてくれるのは、本心なのか?
 それとも、最終的にぼくたちを陥れるための巧妙な演技なのか? 
 いろいろと疑心暗鬼に駆られると、思考がまとまらなかった。
(おい、ラーリオス)ライゼルの声が心に響き渡る。(何、ぼうっとしてやがるんだ。今はあの女のことは気にせず、暗黒竜を倒すことに専念しろ。お前が司令塔なんだ!)
 そうだ。カレンさんのことは、後で考えればいい。
 ぼくは思考を集中させようと、大きくため息をつき、胸の珠に右手を当てた。
 いつか体験した明晰な思考力が呼び覚まされる。

「黒竜を一撃で倒すには、《十文字凍波斬》(クロイツ・ゲフリーア)しかない」ぼくは、集まった仲間たちに作戦を提示した。
《不動の楯》(シル・フロステル)は再生した」ジルファーが説明を補足する。「後は、誰かが楯を敵の向こうに運ぶ必要がある」
「それは私の役目だな」ソラークが進み出る。「簡単な仕事だ」
「他に、問題は二つある」ジルファーが指摘した。「一つは奴の巨体をフロステル空間に引き込むためには、力が不足しているということだ。私にも、楯自体にも」
「ジルファーの力は、ぼくが補充できる」
「ああ」ジルファーはうなずいた。「それは実証済みだ。問題は楯の方だ。ランツ、君の力が必要だ」
「そりゃあ、楯はオレの専門だが、一体どうしろってんだ?」
《不動の楯》(シル・フロステル)を構えて、奴を拘束するための《気》を注いで欲しい。氷と大地とでは力の質は異なるが、敵を固めて動けなくするという目的では通じるものがある。おそらく、上手く行くはずだ」
「相手の動きを封じるんだな。任せておけ」ランツが胸をドンと叩く。「せっかく、イゴール特製の武具を使えるんだ。失敗なんてしねえさ」
「頼むぞ」ジルファーは笑みを浮かべると、次にぼくに目を向けた。「もう一つの問題が分かるか?」
 ヒントは出ている。
 ジルファー本人の力の問題だ。
「もしかすると、《凍波刃》(グラシェール)でとどめの斬撃を加えることさえ、できないのでは?」
 ジルファーは力ない微笑とともに、うなずいた。
(全く、肝心なときに情けない野郎だぜ)ライゼルが思念を送る。
「だから、お前たちに託すんだ。カート、そして……ライゼル」そう言うと、ジルファーは《凍波刃》(グラシェール)の柄を、ぼくに差し出した。「この剣を扱うには、《氷の気》との親和性が必要だ。カート、君にしか頼めない」
「だけど、ジルファー、ぼくは剣をうまく扱えない」力任せに振り回すことならできる。けれども、それで《十文字凍波斬》(クロイツ・ゲフリーア)が再現できるのか?
「そのためにライゼル、お前の技が必要なんだ」ジルファーが真剣な表情で、ぼくを、ぼくの中にいる亡き弟の魂を見据えた。「頼めるか、ライゼル」
 ぼくの瞳が熱くなって、思わず涙がこぼれ落ちる。
 視界が紅に霞むのを、抑えたりはしなかった。
「ケッ、兄さんが、オレサマに頼みごとをするなんてよ。こんな奇跡は他にないぜ」右手で目じりをこすってから、差し出された剣をガシッと受け取る。剣は抵抗することなく、ぼくとライゼルの腕に納まる。「だったら、オレだって奇跡の一つや二つ、起こしてやらないとな」
「言っておくが、あくまで貸すだけだからな」ジルファーが念を押す。
「分かってるよ!」ライゼルは叫んだ。「体も借り物、剣も借り物。だがよ、今のオレサマにはそれで十分だ。魂だけは正真正銘、自分の物だからな。炎の魂、太陽の体、そして氷の剣、三位一体、不死身の(セイント)ラー・イゼル・パーサニア様よ」
「……本当に、大丈夫なんだろうな」調子づく弟の言葉に、かすかに心配が混じったジルファーの声。
「大丈夫、一回くらった技だ。記憶にしっかり焼きついてる」ライゼルはあくまで自信満々だ。「兄さんほどではないにしても、オレの鍛えた剣技だって伊達じゃねえ。《十文字(クロイツ)……ああ、何ちゃら、しっかり再現してやるよ」
「再現できてないじゃないか」ジルファーが苦笑する。「《十文字凍波斬》(クロイツ・ゲフリーア)。カート、愚弟が失敗しそうなときは、フォローを頼む」
 ぼくはうなずいた。
 ジルファーにとって、ぼくたちはどうやら二人で一人前らしい。
 奥に引っ込んだライゼルが、文句を言うのを適当に聞き流す。
「それで、あたしは何をすればいいんだい?」サミィが質問する。
 ぼくは少し考えて、思いついた。「ファイヤーバードSSS(スリーエス)を貸して欲しい」
「どういうことさ?」
「奴の巨体を斬るには地上からでは無理だ。そして、ぼくは飛べない」
「なるほど。あんたの頼みなら、ファンサービスにしといてやるよ。激しいビートを聞かせておくれ」

 こうして、作戦会議が終了し、ぼくたち星輝士は行動に移った。
 楯を携えたランツを、ソラークが抱えて、いまや蔓の拘束を断ち切ろうとしていた黒竜の真上を飛び越える。
 カレンさんとバァトスが後退するのが見えた。二人の動向が気になりはしたものの、何とか意識を目前の敵に集中する。
 竜の巨体を間にはさむ角度で、ランツが楯を構えてみせた。
 ぼくはジルファーの星輝石に手を当てて、力を補充する。
 すると、ジルファーの体から楯に向けて、淡い気の力が放出されるのが感じられた。
 《氷の気》は《邪霊》の化身たる黒き竜の身を包み、そのまま楯に封印の霊力を注ぐ。
 ランツの構えた楯は次第に大きさを増し、人間大を越え、大型の魔獣をも包み込むほどに膨張していった。
 やがて、ランツ一人では支えきれなくなったので、楯の上方はソラークが空から押さえて安定を保つ。
 地上のランツがしっかり保持しながら、《大地の気》の力で封印の霊力を補強する。
 その様子は、もはや楯というよりも、十字型のネオンサインに彩られた巨大な看板か何かのようだ。
 そして、ついには黒竜の巨体が《不動の楯》(シル・フロステル)の放つ十字光を浴びて、異空間に吸い込まれることになる。
 その過程は、以前に見たときの迅速(スピーディー)なものではなく、どこか厳かな儀式めいた緩やかさをもって進行した。
 それは黒竜の大きさによるものかもしれないし、ただの観客とは違って、自分が技の当事者であることの緊迫感ゆえかもしれなかった。
 やがて、フロステル空間への封印が完了して、いよいよぼくの出番となった。

「カート、ライゼル、準備はいいな」ジルファーが声をかけた。
 ぼくはうなずくと、託された剣を見つめ、刀身に刻まれた読むことのできない呪紋に、技の成功を願った。
「ファイヤーバードSSS(スリーエス)、受け取りな」サミィが声を掛けると、彼女の体から追加装甲が外れる。「あんたの鎧のデザインを、SSS(スリーエス)の変形に合わせるんだ。曲のリズムに乗るようにね」
 ぼくは心の中で、『運命なんて打ち破れ』(ブレイク・ザ・デスティニー)の曲を口ずさんだ。

『がんじがらめの鎖に縛られても
 決してあきらめないで
 運命なんて打ち破れ』

 今、拘束されているのは、ぼくではなく、邪悪の化身たる黒竜。
 ただ、その身に宿した《闇》と《炎》の力は、ぼくの暗き未来の運命の象徴のように思われた。だから、それを《光》と《氷》で封じ、師の剣で打ち砕くことこそが、ぼくのブレイク・ザ・デスティニー。
 そう思い定めたとき、あらゆる悩みも、哀しみも、未来への不安も心から吹き飛んでいた。
 ぼくの体に、サミィの紅の翼が装着され、いつでも飛べる態勢が整った。
「行くよ、ライゼル」腹の魂に呼びかける。
(おお、あらゆる期待を一身に受け、これで決めなきゃ男がすたる。いざ行くぜ、太陽の翼!)
「ファイヤーバード、フライ・イン・ザ・スカイ!」掛け声とともに、サミィの歌を思わせるロックのリズムが全身を駆け巡り、ぼくは舞い上がった。
 いまだ訪れぬ夜明けが赤く燃えるように、ぼくの全身は熱くなった。
 いまなお夜空に光る星々が、数多の光でぼくを照らしてくれる。
 その光と同様に、いまは数多の力がぼくを支えてくれる。
 風も、大地も、炎も、氷も、歌も……そして、森も、影も、闇でさえも、あらゆる想いを感じながら、ぼくは地球を見下ろした。
 視界が紅に染まり、もう一つの意思が前面に出る。目標を氷の十字結晶に囚われた魔竜に定めると、ライゼルは叫んだ。
「行くぜ、オレの悪しき魂よ。醜い未練はさっさと切り捨てようぜ。オレサマは心の底から満足してるんだからよ!」
 そして、片手で《凍波刃》(グラシェール)を高々とかざす。
「ライゼル・フレイムソード・チャージアップ!」
 勢いのままに、《炎の気》を刀身にまとわせる。
 当然、氷の剣は反発し、不協和音が鳴り響く。
 ぼくは、何とか《気》の力を操作し、うまく炎と氷の力がぶつかり合わず、適度な流れで渦を巻きつつ、互いの威力を高めるように調整してみせた。
 そんなこちらの苦労を知ってか知らずか、ライゼルは調子づいて雄たけびをあげた。
「くらえ、炎と、氷と、日輪の力を借りて、今、必殺の〜《究極十文字(ウルティマ・クロイツ)〜」
 叫びとともに真っ直ぐ急降下し、目標を縦に一閃する。
 続いて、急上昇して、横に一閃しようとし掛けたとき、
(すまん、カート。あと、頼む。技名、忘れた)
 え?
 不意に視界が戻り、ぼくの体と剣筋は慣性で動いたけれども、とっさに言葉は出ずにそのまま流れるように切り裂く。
 封じられた暗黒竜の体と、封じた楯がともに砕け散り、破片が地面に降り注ぐ。
 その中を、ぼくたちは下りていき、無事に着地する。
 地面にたどり着いて、ようやく言葉を紡ぎ出すことができた。
「……凍波斬(ゲフリーア)》」
 つぶやきとともに、全ては白い闇に包まれた。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 再び、ぼくは満月の下の泉のほとりに立っていた。

 静かな表情で男が一人、夜空を見つめている。
「これで思い残すことは何もねえ」こちらを見ることもなく、男はつぶやいた。「奥義の名前を教えてくれたこと、いや、そんなことより、オレサマと一緒にに戦ってくれたことには、大いに感謝だ(ダンケ・シェーン)、カート」

 ぼくはただうなずくことしかできなかった。

「あばよ」最後に一言発すると、男の姿は月明かりの中に消えていった。

 こうして、ぼくの知る最も熱い男は、この世を去った。


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