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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(3−3)


 
3ー3章 リーズン・トゥ・リーチ

 悪夢の幻視(ビジョン)に接して動揺したぼくが、何を口走ったのかは覚えていない。
 たぶん、闇とか、破壊とか、そういった断片的なキーワードを訴えたのだろう。
 受けた衝撃があまりにも大きいと、人は茫然自失となる。物語ではよくある場面だけれど、現実でそういう気持ちになったのは、それが初めてだった。
 頭でいろいろ考えていることが言葉にならないのは、ぼくの場合は、しょっちゅうだ。
 けれど、何も考えられない、考えることを頭が拒絶するような経験は、それまで16年間生きてきて、他に覚えがない。

 そんなぼくの気持ちを察してくれたのか、あの後、カレンさんとジルファーが適切に動いてくれたようだ。
 結果的に、バァトスは反逆容疑という名目で、星輝石を剥奪されて、洞窟内に設けられてある独房に監禁されることとなった。
 神官が執行するはずの神子(ラーリオス)覚醒の儀式は、カレンさんが代行することとなった。
「本当に、私でよろしいのでしょうか?」カレンさんは一応、尋ねてきたけど、ぼくは黙ってうなずくだけだった。強大な力を宿して、ぼくには扱いかねる《太陽の星輝石》も、儀式の担当者の責任として彼女が保管することとなった。
 彼女一人に、そのような重大で物騒な代物を押し付けるのはどうかとも思ったけれど、ぼくの手元に置くのはいっそう危険だし、他に適役はいない。ジルファーを補佐役にしながらも、バァトスの仕事はカレンさんに任されることになった。

 それ以外に、ぼくが判断することは、ほとんどなかった。ただ、聞かれたことにうなずき、事務的なことは全てジルファーたちに任せていた。あれほど操り人形になることを拒み、自分の意思を大切にしようとこだわっていた自分が、嘘みたいだった。
 考えなければ、時間は思いの外に、早く過ぎて行く。
 ゾディアックに拉致されて初めて、ぼくは自分の意思で考えることをやめ、流れに身を任せることを覚えた。頭がまったく働いていないわけではない。考えずに、ただ思い、感じることならできる。空腹なら食事をし、何かを指示されたらその通りに行動し、つつがなく日常を送っていた。
 そう、つつがなく。
 ぼくが考えなくても、星輝石が勝手に対処してくれた。
 ジルファーがくれた星輝石は、ぼくに完全になじむようになった。星輝石がぼくを受け入れるようになった、と言うよりも、ぼくの方が星輝石に乗っ取られたような気分だった。自分の意思が空虚になって、その抜けた部分を星輝石が代行しているような感じ。
 もっとも、そうなって初めて、星輝石の力を完全に使いこなすことができたような気がする。思考せずに、ただ反射的に力を使っているのかもしれないけれど、それだけでジルファーの課題はたやすくクリアできたのだ。
「カート、今日は、物体の変成術を教える。星輝士の技は一見、無から有を作り出すようにも見える。たとえば、『星輝転装』、つまり戦うための鎧を装着して肉体能力自体を強化することは、星輝士としての基本技術なのだが、これは一見、科学的な常識に反するようにも思える。しかし、仕組みを明かせば、そうではない。元素の結びつきを意思の力で変えることで、たとえば、大気中の酸素と水素から水を生み出したり、二酸化炭素から炭素を抽出して有機物を生み出すような化学変化を、短時間で、実験器具のような道具の助けも借りずに行なうことができるわけだ。さらに素粒子レベルまでの変換が可能になれば、銅を金に変えるような、いわゆる錬金術も可能になる理屈だが、実践するのは難しい。それができるのは、金のイゴールくらいなものだな」
 そうした説明を、ぼくは理解せずに、機械的に受け止めていた。ただ、イゴールの名前が出たときに思いついたことがあって、無造作に実践してみせた。
 ジルファーの目の前で、星輝石のペンダントをかざし、「つまり、こういうことですね」とつぶやいてから、変成術を試みた。
 ペンダントは、腕輪(アームブレス)に形を変えて、ぼくの左腕に装着される。
 その日の授業は、それで終わった。
『またかよ。こんなに、あっさり習得するなんて。もう一度、カリキュラムを練り直さないといけないじゃないか。まったく天才を教えるのも、良し悪しだな』という、ジルファーの心のつぶやきが聞こえたような気がした。

 左腕に装着された星輝石は、常にぼくといっしょになった。
 石の暴走を気にしないでもなかったけれど、それを考え出すと、《太陽の星輝石》の幻視(ビジョン)の記憶が蘇ってくる。
 全てを焼き尽くす炎と、その向こうに浮かび上がる破壊の魔神のイメージ。
 強大な力を制御できずに、飲み込まれてしまった自分の末路かもしれない、と理解はしていた。おそらく、バァトスとナイトメアが石に注ぎ込んだ闇の力の影響なんだろう。
 力は正しく使われないといけない。
 ぼくは闇に飲まれるわけにはいかない。
 だから、自分の感情を極力、揺らさないように、無であることに努めた。
 ぼんやり左腕の星輝石を見つめると、「心配ない。お前はただ、我に身を委ねればそれでいいのだ」という意思を示すように、石はかすかな光を放った。それだけで、ぼくは安心して、悪夢に悩まされずに眠ることもできた。

「リオ様?」
 その日、いつもの神学講義をしながら、ぼくを直視するカレンさんの瞳は、何だか暗い感じだった。ふだんは湖の澄んだ色合いをイメージしていたけど、そのときの瞳の色は底知れない深海にも思えた。
「最近はいつも、ぼんやりしているようですね。話、聞いてました?」
「もちろんだ」ぼくの口はスムーズに言葉を紡いだ。「星輝士は、それぞれに自分を守護する獣を象徴にいだく。人の理性と、獣の本能を紡ぎ合わせながら、それらを越えて神の戦士を目指す。それこそが星輝士だ、と。そういう話でしたよね」
「完璧よ。ジルファーなら、納得する答えなんでしょうけどね」カレンさんは、暗い瞳に疑念を浮かべた。「ここにいるのは、リオ様、いえ、カート・オリバーなのかしら? 私には、心のない機械がしゃべっているようにしか見えないのだけど」
「カートでないのなら、誰が話すと言うのです?」
 カレンさんは、ぼくの左腕に目をやった。「星輝石の力を扱うのはかまわない。でも、星輝石の力に使われて、自分の心を失うのは危険だわ。今のあなたは、そんな感じね」
 そう言ってから、もう一度、視線をぼくの目に戻す。鋭い瞳が射抜くように、ぼくの心を突き刺してくる。
 ぼんやり受け止めているうちに、カレンさんの目が見開かれた。意思と感情がまっすぐ伝わってきて、ぼくの脳に眠っていた部分を活性化させる。
 ああ、そうか。
 カレンさんの瞳の色の暗さは、心配の気持ちなんだ。
 ようやく、ぼくはそのことに気付いた。星輝石の反応速度に比べて、ぼく自身の思考速度はその程度だと、改めて実感する。
 もしかすると、ぼく自身の心の暗さを、相手の瞳に投射して見ているのかもしれない。
 そういう想像力まで働かせて、初めて、ぼくはまともに自分の頭を動かしたのだろう。
「…………」
 星輝石は、ぼくが考えているあいだ、反応せずに無言を貫いていた。
「リオ様?」
「ああ、ごめん」ぼくはおずおずと謝った。「星輝石に考えを委ねていたみたいだ。これって、いけないことなの?」
「……普通は、そんな状態になる前に、いろいろ試行錯誤して、星輝石と自分の意思の関係を確立させるものなんでしょうけどね。ジルファーが言っていたわ。技術的な面で、自分が教えられることは、もうあまりないって。後は、あなたの精神的な問題だけ」
「精神的な問題……」ぼくはつぶやいて、自分の頭で考えようとした。今まで普通にしてきたことが、これほど大変な作業になるとは思いもしなかった。乗り物を使うことに慣れてしまうと、たまに自分の足で遠方に行くことが億劫(おっくう)に感じるように。
 便利な道具に頼りすぎると、人は堕落する。計算機を使うのではなく、紙と鉛筆を使って計算するように指導した小学校の先生を思い出した。古臭い考え方だと思ったけれど、道具ではなく、自分の頭と体を働かせることに意味がある、という指導方針だったようだ。
「リオ様?」
 カレンさんの声が、自然に湧き出る過去の回想、つまらない物思いからぼくを引き戻した。
「やっぱり、星輝石に頼りすぎていたみたいだ」ぼくは、目覚めたばかりの鈍い頭で、思っていたことをそのまま口にした。「自分では、うまく考えをまとめられない。どうしたらいいんだろう?」駆け引きなど一切ない素直な疑問。
「別に一人で完璧になる必要はないのよ」カレンさんは、あっさりそう言った。
 それから、諭すように話を続ける。「ラーリオス様は、賢明な結論を出すことを求められる。でも、それまでの過程は、みんなを頼ってくれたらいいのではないかしら。星輝石にだけ頼って、完璧な答えを出したとしても、そこに他の人間の気持ちや意見が加わらなければ、独り善がりになってしまう。だから、もっとみんなと話したり、いろいろ打ち明けたりする機会を作っていったらいいと思うんだけど」
「もっと自分を出していいと?」
「少なくとも、星輝石があなたに何を伝えたか、そういうことはいろいろ教えてほしいわね」カレンさんは深い瞳で、ぼくを見た。「場合によると、それは神の啓示かもしれない。そうした啓示は、一人の人間の心で受け止めるのは困難だわ。だから抱え込まないこと。悩むときは、私たちに教えてちょうだい」
「うん、分かった」ぼくは、母親に甘える小さな子の気持ちで、素直にうなずいた。

 幸い、それまでカレンさんの神学講義で教わったことは、記憶の中に残っていた。
 ゾディアックの崇め奉る星王神は、天空の星々を統べる神と呼ばれている。
 星王神の加護は、星輝石の力という形で示される。
 星輝石を体内に埋め込み、肉体面で神の加護を体現した戦士たちが星輝士。
 一方で、星王神への信仰を重視し、神学を研鑽したり儀式を司ったり、星輝石の力の発動である術を幅広く行使するのが神官たち。
 ゾディアックの構成員は、星輝士と神官、その見習い候補の他に、直接、星輝石の加護は与えられていないものの、財力面や政治面その他いろいろな分野でバックアップしてくれる一般信徒から成ること。
「ゾディアックの構成員の数は、私にも正確なところは分からないけど、大体300万人くらいと言われているわね」カレンさんの説明に、
「そう、ずいぶん多いんだね」と、その時のぼくは感情をこめることなく、何気なく答えた。
「その人数が多いか少ないかは、何と比べるかによるわ。キリスト教の信徒の数は、公称20億と言われている。イスラムが12億で、仏教は5億、いわゆる世界宗教だと億単位ね。それに比べた場合、ゾディアックの規模は決して大きくない」
「そうなんだ」
「もっとも、ゾディアックの神官の中には、自分たちが少数派であることを認めない者もいる。彼らの一部には、教義を捏造し、星王神はキリスト教の神と同一の神体であり、あらゆる宗教は根本的にゾディアックから分かれたものである、と信じている者もいる」
「そうなの?」
「その根拠は、古のゾディアックの神官、通称・流離う者(ワンダラー)と呼ばれる詩人の伝承によるところが大きいの。彼は世界中を旅して、あらゆる民族に星王神信仰を説き続けた、と言われている。その星王神の神話が、それぞれの民族独自の物語と入り混じって、各種の神話伝承の母体になったという話。それを信じるなら、キリスト教の神は星王神の別の姿、イエスは神の子である星霊皇、と言うことね。もちろん、今のキリスト教会の教皇は、ゾディアックの系譜からは外れているのだけど」
「そうなんだ」
「違うわ」カレンさんは、あっさり切り捨てた。「私は昔、キリスト教を信じていた。ゾディアックがキリスト教と同じものなら、わざわざ改宗したりはしない」
「どうして、改宗したの?」ぼくの機械的な質問に対して、カレンさんはかぶりを振って、答えようとしなかった。
 だから、その時はぼくもそれ以上、追及しなかった。
 自分の記憶の中から、にわかに浮かび上がった講義の内容を受けて、ぼくは改めてカレンさんに質問した。「カレンさんは、キリスト教の神ではなく、星王神を信じるようになったんですよね。その違いは何?」
 カレンさんは、目を瞬きさせた。「どうして、突然、その質問を?」
「前に教えてもらったことだけど、星王神が『天空の星々を統べる』と言われても、正直、よく分からない。でも、他の宗教との違いなら、理解できるんじゃないか、と思って」
「……それは、星輝石の導いた考え? それとも、あなた自身の考え?」カレンさんの表情は疑わしげだった。
 一瞬、ぼくは左腕の石に目をやってから、自分の頭の中を確かめた。「……たぶん、ぼく自身の考えだと思う。星輝石は……他人のこういう事情には、あまり興味を持たないんじゃないかな?」
 カレンさんは納得したようにうなずいた。それから、淡々と語り始めた。「キリスト教の神は、私を救ってくれなかった。人は原罪を抱えているゆえ、神への信仰のみが天国の門を開く、と教えている。でも、現世では……救いはなく、むしろ自己犠牲による贖罪を求める。それが私には耐えられなかった、というところね」
「星王神はそうではないと?」
「正直、分からないわ」カレンさんの声はいくぶん震えているように聞こえた。「神官の中には、キリスト教の神と星王神を同一視する者もいる、という話はしたわね。それを信じるなら、星王神だって自己犠牲、そして贖罪を求める神、ということになる。だったら、私の救いはゾディアックの中にもない、ということね」
 意外な告白だった。
 カレンさんは巫女の修業をしたのだから、ゾディアックの信仰の素晴らしさを熱意を持って語るのだ、と思い込んでいた。でも、そこにいるのは、キリスト教風に言うなら、『迷える子羊』そのものだったのだ。
 ぼくは、どう応えていいか分からなくなったので、カンニングするようにチラッと左腕を見た。そして、かすかな光を見とって理解した。「それでも、ゾディアックには奇跡の力が立証されている。カレンさんは、癒しの力を発動できる。それは何よりも、信用に値する現証というわけだね」
「正解よ」カレンさんは、小声でささやくように言った。「星王神がどんな神か、私には残念ながら実感できないの。それでも、星輝石の力は感じられるし、行使することもできる。だから、私はゾディアックを信じているの。現世利益があるから」そこまで口にしてから、恥ずかしそうに目を伏せる。「もっと高潔で純粋な信仰心の話ができたら、よかったんだけど……」
「悩みは抱え込まない方がいい」ぼくは、にっこり微笑んだ。「そういうことですよね」
 カレンさんは、クスッと笑みを浮かべた。「これじゃ、どちらが信仰を説いているのか分からないわね。私の方が懺悔を聞いてもらった気分」
「本当だ。もう少し、カレンさんは完璧で非の打ち所のない聖職者だと思い込んでいたんだけどな」皮肉っぽく言うと、
「そんなわけない。ふだんは取り繕っても、私だって人には見せたくない心の弱さはあるんだし……ラーリオス様には、そういうところも分かってもらって、導きを与えてくれることを期待しているんですから」そう言うカレンさんの頬が、心なしか紅潮しているように見えた。
「……そんな神様みたいなことはできませんよ」こちらを見つめる瞳を直視できず、ぼくは目をそらした。「ぼくは未熟な高校生なんだから」
 どうして、自分はこんなに初心(ウブ)なんだろう。ここでもっと大胆に、「分かった。導いてやるよ」とはったりでもいいから自信ありげな発言をすれば、ぼくは自分が望むハードボイルドな大人になれたかもしれない。相手が自分より年上の女性だから遠慮しているのか? それとも……今はまだ会えないスーザンを思って遠慮しているのか? 
 自分の中で、スーザンとカレンさんの二人を天秤に掛けているような気持ちが、はっきり分かって、ちょっとしたジレンマに苛まれた。さすがに、こういう悩みをカレンさん本人に打ち明けるわけにはいかないだろう。

 リメルガのフォークが、ぼくの肉を狙って動いた。
 ガシッ。
 危険を悟ったぼくの左手が勝手に動き、手にした得物で相手の攻撃を受け止める。
 重なり合ったフォークを通じて、ギリギリと両者の力が拮抗する。
 その間に、視界の隅で小柄な影が動こうとする気配を、敏感に察する。
「隙あ……り」オーバーアクションと共に発せられた宣言が、途中で力なく止まった。ぼくの右手のナイフが、その顔面に突きつけられていたからだ。
 2人の攻撃を、ぼくは難なくいなしていた。
 ロイドに威嚇するような視線をちらっと向けて牽制した後、リメルガにも苛立たしそうな表情を見せつける。
「もう、いい加減、こういう子供じみた真似はやめましょう。ろくろく考え事もできやしない」
「何だと?」子供扱いされたリメルガの顔が一瞬、怒りの色を浮かべた。
「それとも、あれですか? 戦場の心得。どんな時でも油断するな」自尊心を満たせる逃げ道を与えられて、巨漢の表情が和らいだ。
「ま、まあ、そういうことだ。食事中でも、訓練は怠らない。それが大事だってことだ。よく分かっているじゃねえか」
 安心したときに、油断が生じる。
「そうですね」ぼくはにっこり微笑んで応じておいて、すかさずナイフを持ったままの右手を動かした。最小限の動きで、リメルガのデザートを器用に掠め取る。「本当に、いい訓練です」
「……お、おい」プリンを取られた巨漢が情けない声を発する。
「十年分の修業は、これで果たしたことになりますか」以前に、十年早いと言われたことを思い出しながら、ぼくはいたずらっぽく、片目をつむってみせた。「今日のところは、これで休戦としましょう」
「やれやれ、仕方ないな」リメルガもあきらめて肩をすくめる。「リオ、お前の成長の早さには脱帽だ」
「星輝石のおかげです」
 事実そうだった。
 星輝石は、ぼくが考える前に、時として反射行動を起こすことがある。この特性をうまく利用すれば、頭の中で違うことを考えながら、単純な作業や、前もって予測される行動への反応などを任せることができる。自分の体をマシンに喩えるなら、搭乗者の意思には関わりなく、基本動作を行なったり、とっさに相手を迎撃したり、操縦補助人工知能(アシストコンピュータ)のように扱うことができる。SF映画のR2みたいなものだ。
「それなんだけどな」リメルガは、ぼくの左腕の星輝石を心配そうに見つめた。「本当に大丈夫なのか。何だか、最近、時々お前が分からなくなることがある。心ここにあらず、というか、一緒にいても違和感を感じるというか」
「カレンさんにも、注意されましたよ。星輝石に頼りすぎるとダメだって。自分の意思を保ちながら、うまく能力を活用するように、ということです。慣れないうちは、どうしても手に入れた力の大きさに溺れてしまうことがある」
「まあ、そういうことだ」納得したように、うなずくリメルガ。「理解しているならいい。自分を見失うような時には、その、まあ、何だ。オレで良かったら、いつでも相談に乗るぜ」
「前に言ったこととは違いますね」
「はン?」いぶかしげな表情。
「大将は部下の前で、悩みなんてぶちまけるべきじゃない、って言ってませんでした?」
「よく覚えてるな」リメルガは呆れたようにつぶやいた。「確かに言ったが、時と場合によるだろう。言い方にもよる。愚痴めいた文句は士気を下げるんだ。しかし、作戦上、必要な相談とか、自分が抱え込み過ぎない程度の打ち明け話なら、そういう気持ちをもってすれば、隊の風通しをよくすることだってある。何でも杓子定規に考えるのは良くないぜ。要は、自分の言動が周囲にどんな影響を与えるか、いつでも観察して、時に応じて修正しながら、自分の襟を正しつつ、自分らしく生きる。それが優れたリーダーの条件だ」
「……それって、すごく難しくありません?」
「難しいさ。だから、オレには向かねえ」
 おい。
 呆れた表情を、リメルガに向ける。
「そうだ。そういう表情のできる相手なら、人間として信用できるってことだ」
「はン?」いぶかしげな声を向けた。
「機械にはユーモアがねえ。人間にはそれがある。しかし、追いつめられて余裕を失った人間には、やっぱりユーモアがねえ。だから、ユーモアもない愚痴めいた文句ばかりを言うなら、リーダーの器にはなれないってことだ。本当のリーダーは、ユーモアを交えながら、悩みでも打ち明けて人間らしさを発揮する。そういうことが言いたかったんだ」
「リメルガさん、それって、何だか屁理屈に聞こえますよ」それまで黙って聞いていたロイドが割り込んできた。「ユーモアが大事だってんなら、どうして、ぼくの言葉をいつもいつも封じようとするんですか? ぼくはいつだって、周囲を和ませようとしているというのに」
「お前のはユーモアなんかじゃねえ」リメルガはにべもなく払い落とす。「ユーモアは、相手に伝わってこそ、だ。相手の反応も確かめずに、自分の趣味だけ語って満足してるようじゃ、まだまだだな」
「ぼくって、そう見えます?」さも心外そうにロイドは言った。
 見える、見える。そう口をはさみたかったけれど、そうすると話が思わぬ方向にどんどん流れていきそうなので、ぼくは心を悩ませていた考え事を話題に上げることにした。
 カレンさんが、星輝士についての講義の後で、ぼくに授けた宿題を。

手を伸ばす理由(リーズン・トゥ・リーチ)だと?」
 リメルガは端折ったけど、正確には、リーチの後に「フォー・ザ・スター」を付ける。つまり、「星に手を伸ばす理由」。分かりやすく言えば、自分が星輝士になる目的意識を再確認しろ、ということなのだ。
「難しい言葉を使うのは紫トカゲの専売特許と思っていたが、あの嬢ちゃんもやっぱり、そういう人種だったんだな」
 これだから上位星輝士という奴は、性に合わねえんだ、とリメルガはぼやく。
「上位星輝士が、リメルガさんみたいに単純に考える人ばかりだったら、ゾディアックが暴力集団になってしまいますよ」ロイドが皮肉を言うと、
「違いねえ」珍しく、リメルガがロイドの言葉を受け止めた。「それで、リオはその答えを見出せないから、オレたちの事情を取材したいというわけだな」
 ぼくはうなずいた。
 リメルガは、う〜んと腕組みをした。「手を伸ばす理由ね。単純に、それが欲しいから、じゃ答えにならないのか。プリンや、肉みたいなものだろう?」
 ぼくが手にして、まだ口を付けていないデザートを物欲しげに見つめてくる。
 その視線に応じて、ぼくは戦利品のプリンを差し出した。「これ、返します。その代わり、役立つ話を聞かせてください」
「お、いいのか」リメルガは満面の笑みを浮かべて、プリンを受け取った。「やっぱ、食後はデザートがないと、物足りないんだよな。訓練の後のシャワーみたいなものだ。すっきり感が違う」
 ちょっと待ってろ、と宣言して、いつものように一口ではなく、スプーンですくいながら、じっくり味わって食べ始める。そんなに、プリンが好きなのか。
「アイ・ウォント・トゥ・ビー・ザ・シューティンスター♪」リメルガがデザートを堪能している間に、不意にロイドが何かの歌を口ずさんだ。
「何、その歌?」
「いや、星になりたいっていうことだったら、こういう感じかな、と思って。確か、この後は、君の願いをかなえる流れ星になりたいって続くんだけど」
「願いをかなえるか。星輝石って、そんな感じだよな」
 ぼくの求める話題につながると思って、相づちを打ったんだけど、ロイド相手にそれは甘かった。
「それで、その番組は、ヒロインの名前がヴィーナスと言うらしいんですよ。ぼくは見たことがないんだけど、昔、付き合っていた日本の趣味仲間が、ジュピターとか、マーズとか話題に出したので、美少女戦士ですか? と知らずに聞いたら、とんだ恥をかいた。どうも、東映系以外のヒーロー番組は、アメリカじゃあまり情報が入ってこなかったので、ネタが分かるまでにずいぶん時間がかかったんだよな。『超星神』って番組の方がシリーズ化されてメジャーだったので、そっちから何とかたどり着いた感じ」
 そこまで嬉々として早口でまくし立てるロイドの様子に、先ほどのリメルガの発言が的を射ていたことを改めて納得した。たぶん、ロイドは自分でユーモアだと思っているんだろうけど、このユーモアを理解できるのは、よほどのナード、いや、オタクというのか。宗教組織の用語なら、入信者(イニシエイト)をとっくに卒業した修練者(アデプト)階級ぐらいになるのかな。
 もしかしたら、星輝石の助けを借りれば、ロイドの戯言(ざれごと)に対しても、気の利いた返答をできるのだろうか、と思ったけれど、深みにはまりたくはないので、試したりはしなかった。
 ちょうど、リメルガがデザートを食べ終わったので、そちらに注目して、ロイドの話はあからさまに聞かなかったような態度を示す。
「さてと、」巨漢は、満を持して重々しい口調で語り始めた。「リオ、お前の聞きたい、手を伸ばす理由だが、な」
「うん」ぼくは、真剣な気持ちで耳を傾けた。
「オレには話せねえ」
 おい。
 だったら、プリンを返してよ、と言いたくなったけど、それより前に、リメルガが続きを口にする。
「星輝士には、自分で望んでなったわけじゃないんだ。手を伸ばしたんじゃねえ。どっちかと言えば、思いがけず降ってきた感じだな」
 言っていることが、よく分からない。視線で続きをうながすと、
「あれはオレの生涯で最悪の戦場の話だ」リメルガは昔話を語り始めた。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 低脳な上官に率いられた部隊の運命は、悲劇というものだ。
 ましてや、その上官が自分を有能だと思い込んでいる場合には。
 だが、昔のオレは今よりもずっと素直で、上官というものはこぞって、その有能さを認められて、なるべくしてなった立派な人物だと思い込んでいた。
 だから、上官の出した無茶な突撃命令にも、何の疑問も持たずに従った。そうすることが兵士の生き様だと叩き込まれていたからだ。
 後から聞いた話では、その上官は戦術シミュレーターで高得点を上げるほどのエリートだったらしい。そして、「自分は戦略の天才だ。戦略は戦術を越える。優れた戦略眼の持ち主は、戦わずして勝利の道筋が見えているものだ」を持論にしていたということだ。
 しかし、シミュレーターにせよ、ゲームにせよ、実戦とは違う。ゲームのプレイヤーなんかは、神の視点で最適戦術の決まっている筋書きを予想しながら、事態に対処する。そして、筋書きが想定外なら、やり直すことができる。
 また、神の視点は時に現場の犠牲を織り込んだ上で、冷酷な決断を下す。もちろん、リーダーは、時として現場に犠牲を強要せざるを得ない。そんなことはオレだって分かっているさ。だがな、その犠牲を当然のこととして切り捨てるか、それとも自分の痛みとして心に刻みつけるか、そういう心根の違いこそ、リーダーの器量を分ける大事な要素だとオレは考える。
 だが、かつての上官は、戦いをゲームと勘違いし、現場の兵士をゲームのコマ同然に扱った、最低最悪のクソ野郎だった。
 オレの所属していた部隊は、突撃した脇から奇襲攻撃を受けて、ほぼ壊滅状態に陥った。上官は、伏兵の存在を想定しながら、オレたちの部隊にそれを炙り出すための囮任務を割り当てたんだ。
 当時のオレが、戦術や戦略などの勉強をもっとまじめに考えていたら、上官の意図にも気付いたかも知れねえ。その上で、自分の役割を全うすべく勇敢に戦うなり、想定された奇襲攻撃に応じて被害を減らすような部隊行動に移るなり、自分で納得できる結果に持ち込めたはずだ。
 この戦場の悲劇から、オレが学んだのは、「上に立つ者の資質を見極めろ」「現場の兵士も頭を使え」「ゲームと実戦は違う」の三点だ。

 結局、オレは重傷を負った。
 死ななかったのは鍛えられたタフな肉体があってこそ、だが、それでも、あのまま放置されていれば、死んでいたことは間違いない。
 オレを救ったのは、その戦場で隠密任務についていた一人の星輝士だった。そいつは、オレの命の恩人というわけだが、顔も知らねえし、名前も聞いちゃいねえ。オレは意識を失っていたし、そいつの任務は隠密だけあって、ゾディアックの機密事項に属するらしいからだ。紫トカゲ辺りだと調べることもできるのかもしれねえが、まあ、そのうち聞いてみてもいいかもな。
 もっとも、大事なのは、誰がオレを助けたか、ではなく、オレが助かったという事実そのものだ。オレは、意識を失っている間に、星輝石を埋め込まれて、星輝士となった。
 ゾディアックの教義? そんな物には興味ねえ。兵士だったときも、あまり、国家の大義とか、そういうことを考えないようにしていたからな。ただ、上官を信じ、自分の戦いが意味のあることだと信じ、体を鍛えて自分のできることを為す。これ以上は必要なかったし、自分の器量はその程度でいいとも思っている。それは今も変わってない。
 変わったとしたら、結局、上官には信じられないバカもいるから、気をつけろ、ということだ。そして、自分の目で見て、未熟だと判断したら、現場の知恵ぐらいはサポートしてやらねえと、自分だって後悔するってことだな。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 リメルガの話は、重苦しい沈黙をもたらした。
 一言でまとめると、戦場で死にかけた経験がこの男の人生観を築き、星輝士となった理由に通じるのだろう。
 星輝士にならなければ、リメルガは死んでいた。確かに、手を伸ばしたのではなく、降ってきた運命みたいなものだ。
 重傷を負って、死にかけて、星輝石の力で回復した……という意味では、ぼく自身の経験にも近いものがある。
 そう言えば、ロイドも似たようなことを言ってなかったっけ? 星輝石の力で、死に掛けたのを命拾いしたって聞いた気が。
 ぼくは、ロイドのそういう過去を知りたくなった。
「ぼくですか? リメルガさんほど、過酷じゃないですが……」そう言って、シリウスの星輝士はいつもよりも心もち真面目な口調で語り始めた。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 ぼくは、星輝士になる前は、普通のヒーロー好きのティーンエイジャーでした。
 父さんがジャパニーズ特撮ヒーローの宣伝をする仕事だったので、家にもそういう資料がいっぱいあって、親子2代のオタクライフを堪能していたんです。
 父さんは、「変身できないけど、心はヒーロー」……って何かのキャッチフレーズを実践しているような人で、「テレビ番組のヒーローは作り物かもしれないけど、現実には人の見えないところで、正義のために一生懸命、働いている人間はいっぱいいる。そういう人たちの心を伝えるのが、自分の仕事だ」と誇りをもって語っていました。
 ぼくは、そういう父さんの前向きさ、子供っぽい真っ直ぐさを尊敬はしていたんだけど、十代になると、だんだん恥ずかしいな、とも思うようにもなって……もっと現実を見ないとって気持ちと、それでも好きなフィクションをいつまでも楽しんでいたいって気持ちの間で揺れ動いたりして……リオ様にも、そういうことってありませんか?
 自分は、結構、真剣に悩みながら、それでも両立するために、父さんの仕事のことを研究したり、自分なりに体を鍛えてハリウッドのアクション俳優を目指したり、いろいろ将来の夢を模索していた時期だったんです。

 でも、あの日、父さんと乗っていたバスが交通事故に巻き込まれました。
 父さんは死んで、ぼくは重傷を負って残された。そこで、リメルガさんと同じような感じで、ゾディアックが関わってくるんです。
 ぼくはゾディアックの経営する病院に収容されて、九死に一生を得ました。そこで、自分の身に起こった事情、星輝士の話なんかを聞いたときには、驚いたけれども感動しました。だって、ゾディアックって父さんの日頃の話そのものだったんですね。
 「人知れず、正義のために働いている人たち」 
 ぼくも、そういう中に選ばれたことが、何かの運命のようにも感じられて、父さんの言葉が妄想とかそんなんじゃなく現実だと分かったし、おかげでリメルガさんやリオ様とも知り合いになったし、たぶん、ゾディアックに関わっていなければ、ぼくの夢なんかはもっと味気ない形にはなっていた、と思うんです。
 父さんはぼくに、いろいろな想いを遺して死んで行ったんだと思う。それは悲しいことだけど……グスッ……ごめんなさい……でも、ぼくは父さんの想いをしっかり受け継いで、ヒーローの心を追求し、みんなに伝えていかないといけないんだと思っている。
 それが、ぼくがゾディアックにいて、シリウスの星輝士としてやるべきことなんだって。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 リメルガのハードな戦場体験に比べたら、何とも無邪気でロイドらしい話だと思った。
 別に、バカにしたわけじゃない。
 むしろ、日頃はふざけているようにも聞こえるロイドの趣味話の奥に、真面目で一途な気持ちが宿っていることが理解できた。
 亡くなった父親の夢を受け継いで、ヒーローを目指す。そういうセリフを真顔で言える純真さが、ロイドのいいところだと思った。
 それに比べて、ぼくの気持ちはどうなんだろう?

「やっぱり、お前は甘いな」リメルガが不意に口を差し挟んだ。てっきり、自分に向けて言われたのかと思ったけど、その発言はロイドに対してのものだった。
「正義のヒーローか。ゾディアックが、そんなに優しいものか?」
「違うんですか?」ロイドがリメルガに問い返す。
「ゾディアックは確かに、愛や正義を謳っている。しかし、そんな物、どこの国だって、宗教団体だって、普通に口にしているんだ。自分たちが悪の集団だって自覚しているテロリストはいねえ。自分たちの暴力行為にも、それが許される大義名分があると信じて、正義の名の下に悪事を行なうのが人間の組織ってもんだ」
「つまり、人間の存在そのものが悪ってことですか?」
「違う違う。そう単純に善悪のどちらかに切り分けられないのが、人間だってことだ。一人の人間にだって、善人の面と、悪人の面の両方がある。日頃は善人として振る舞ってはいても、何かのきっかけで爆発することだってある。その人間の行為の結果を、善か悪かで裁くことは可能かもしれねえが、その人間の人格全てを善悪のどちらかで決め付けるのは、間違っている。ましてや、人の集団である組織は、個人の不安定な欲望なんかを過剰に増幅してしまうことがあるからな。一人では大それた悪事を行なえない小心者が、集団になった途端、場の雰囲気やら、与えられた大義に扇動されて、とんでもない愚行に突き進むことだってあるんだ」
 リメルガは、自分で学がない、と言っている。だけど、学がないのを自覚して、彼なりのやり方でこれまで勉強し、考えてきたことは分かる。
「だったら、結局、どうしろと言うんですか?」ロイドが不満そうな言葉をもらした。自分の信念に水を差されたら、相手が代わりにどんな意見を示してくれるのか、聞いてみたくもなるのだろう。
「オレの話を聞いていなかったのか? 上の資質を見極めろ、と言ったはずだぞ。ゾディアックの大義とか、そんな抽象的なお題目じゃなくて、上に立つ人間の器量、そしてその意思が現場にどう浸透して、実際の活動として結実しているか。そういうのをきっちり自分の眼で見て、考え、判断するんだ」
「上ですか?」ロイドが、ぼくに視線を向けた。「リオ様は、正義ですよね」
 何てストレートな質問なんだ。どう返していいか戸惑う。「う、うん、少なくとも悪じゃないと思うよ」そう引き取っておいて、「正義かどうか……いまいち自信はないけど、少なくともジェダイの騎士みたいにはなりたいと思う。ダークジェダイに転向したりはしないよう、気をつけないとって感じかな」
「結局、お前たちの正義像は、そのレベルかよ」リメルガがため息をもらした。「まあ、社会に出ていないガキの言うことだから、仕方ないか」
「だったら、リメルガさんの正義って何ですか?」難しい質問だと思った。
「弱い者は守る。強い者には媚びない。自分の行動には、自分で責任をとる。責任のとれないような大事は、安易に手を出さない。どうしても手を付けざるを得なくなった場合は、自分の目と手と頭をしっかり働かせて、最善を尽くす。まあ、そんなところだ」
 あっさりと、よどみなく答えを言ってのけた。尊敬の目で、巨漢を見る。
「……すると、リメルガさんはぼくを守るってことですね。どうして、いつもいつも攻撃するんですか?」ロイドには、リメルガの凄さがあまり伝わらなかったようだ。屁理屈めいた質問にため息をつく。
「あのな……」リメルガもうんざりしたようだが、何だかんだ言って、真面目に返している。「お前は弱い者って自覚があるのか?」
「ヘッ?」相手の反問に、ロイドは言葉を失った。
「少なくとも、オレはお前を弱い者扱いしていないぞ。未熟だが、星輝士として鍛えるに値する奴だと思っている。本当に弱いなら、そういう奴に言えることは一つだ。弱い者は戦場に出るな」
 ロイドは一瞬だまって、じっくり考えをめぐらせているように見えた。「弱い者は……戦場に出るな、か。戦いに臨むなら、強くなれってことですね」
 リメルガは重々しく、うなずいた。
「それって、張五飛ですか?」
「何だ、そりゃ?」
「中国の武闘家の一人です。そういう格言を残しています」
「……聞いたことねえな。まあ、その張何ちゃらが何を言ったかは関係ねえ、戦場に出るなら体を鍛えるだけじゃなく、自分の覚悟もしっかり決めとけよ、ってことだ。ゾディアックに所属する以上、ちっぽけな正義感や潔癖さに反する汚れ仕事をさせられることだってあるんだ。甘っちょろい気持ちじゃ、現実に押しつぶされることだってな」
「……もしもゾディアックが悪事を為すなら、ぼくはゾディアックから脱走しますよ」
「はン?」ぼくとリメルガは、同時にいぶかしげな声を発した。
「悪の組織の手から脱走して、正義のために単身、戦う孤高の(ロンリー)ヒーロー。そうだな、仮面ロイドとでも名乗ってみるかな」
 それはユーモアか、何かの冗談か? どこまで本気なのか分からない。
「いや、やっぱり、仮面なのに本名を名乗るのはおかしいか。だったら、シリウス仮面? う〜ん、それもしっくり来ないし……」
 もう、どうでもいいや。
 ぼくは妄想にふける少年から目をそらして助けを求めるように、リメルガを見た。「ま、戯言はこれぐらいにしておこうぜ。どっちにせよ、オレたちから聞けることってのは、こんなところだな」
「ええ、そうみたいですね」それから感謝の気持ちを言葉にした。「いろいろ聞けて勉強になりました。まだよく分からないこともあるけど、参考にさせてもらいます」
「プリン1つ分くらいの値打ちはあったろうぜ」ニヤリと、そううそぶく。「ついでに、紫トカゲにも聞いてみたらどうだ? 上位には上位の物の見方ってのがあるだろうしな」
 巨漢のアドバイスに、ぼくはうなずいた。

 ジルファーの真実が、どこにあるのか確かめたい気持ちになって。


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●作者余談(2012年6月6日、ネタバレ注意)

 この章の最初を読んで、思い出すのが、東北の三陸沖の震災。
 2011年3月9日に、第2章をアップして、2日後の11日に未曾有の災害。自分の経験した阪神大震災なんかともかぶってしまい、フィクションを書くのが心理的に辛い、と感じた時期です。
 で、結局、この第3章をアップしたのは6月4日で、そこから先は、書けなかった反動で、脳内にたまった創作熱が一気に噴出したりもします。

 ともあれ、前章で一度、バァトスとの決着をつけて、
 今章では、カートの学習、成長が加速するわけですが、
 その反面、「星輝石の操り人形になったカートの異変」とか、それを引き戻そうとする「暗い瞳のカレンさん」とか、いろいろと伏線を張っております。

 そして、設定面では、「ゾディアックの信仰の実態」というものを考えてみた章。
 こういうのは、原案者のイメージとのすり合わせを試みようとしたのですが、結局、そういう話し合いがうまく成立せずに、ここに至って、こちらで作らざるを得なかった次第。
 まあ、原案者を完全にないがしろにするのもはばかられたので、「原案者の想定した無茶な設定(ゾディアックの神は、キリスト教の神と一体説)」は、「流離う者の伝承から生まれた一つの仮説であり、ゾディアック内では、それを信じている者もいる」という形で、雄輝編で使うのもOK、としました。
 なお、ここで裏設定として、プレ・ラーの世界の伝承には、「新しき星を導く白き神」なんて存在もいるんだろうなあ、とネタ的に考えています(笑)。ほとんど楽屋落ちですし、キャラクターとしては登場させるつもりはありませんが、星王神すら凌駕する「絶対的な運命神」として作者は君臨する、と。
 もちろん、作品内のキャラクターはそんな存在を観察できませんので、「新しき星の神? そんなものはおとぎ話に過ぎん。しょせんは子どもの戯言だ」と平気で切り捨てるとか。

 で、「ジルファーによる術の訓練」「カレンによる神学講義基礎編」に続いて、「リメルガとロイドの過去回想」に至る流れなど、内容的に盛り沢山な章です。
 最近書いた「第4部8章」にも関係してくる話ですが、カートがすごく素直で裏表がない純粋モードなので、雰囲気的には、やはり第3部の本章が好きですね。
 今、書いているのは、カートの裏表を脳内シミュレートしながらなので、かなり疲れます。「暗黒の王カート」だったら、こういう発想になるんだろうけど、それをリメルガにさらすのはまずいから、内心だけに留めて……と考えながら話を作るのは大変だ。
 二面性キャラの1人称小説は、書いてて相当キツいということが分かったり。
 
 さて、愚痴モードを切り替えて、余談にしやすいロイドのネタの確認に行きましょう。

>「アイ・ウォント・トゥ・ビー・ザ・シューティンスター♪」

 『電脳警察サイバーコップ』(1988年)のエンディングです。

>ヒロインの名前がヴィーナスと言うらしいんですよ。ぼくは見たことがないんだけど、昔、付き合っていた日本の趣味仲間が、ジュピターとか、マーズとか話題に出したので、美少女戦士ですか? と知らずに聞いたら、とんだ恥をかいた。

 太陽系の惑星をコードネームにしている戦士だと、アメリカでメジャーなのは、やはりセーラームーンでしょうねえ。
 まあ、日本でも、ウルトラや、戦隊やライダーしか知らない浅い特撮ファンだと分からないか。近年は、70年代や80年代前半の東映系特撮ヒーローがリバイバルの機会が多いのに対して、90年前後の東宝系はスポットが当たりにくいですからなあ。

>『超星神』って番組の方がシリーズ化されてメジャーだったので

 『超星神グランセイザー』(2003年)、『幻星神ジャスティライザー』(2004年)、『超星艦隊セイザーX』(2005年)の3部作。
 グランセイザーは、サイバーコップと同じ東宝系の作品であり、サイバーコップの主役やヒロインが出演していたこともあって、2003年の放送当時は、久々にサイバーコップの話題も盛り上がった。そのおかげか、2005年にサイバーコップのDVDも発売されたそうで。

>「変身できないけど、心はヒーロー」……って何かのキャッチフレーズ

 元ネタは、『激走戦隊カーレンジャー』だけど、2011年の震災の折は、元ヒーロー役者の方々による被災者応援活動などもあって、役の上のヒーローが現実にもシンクロした流れがあった。

>「弱い者は戦場に出るな」
>「それって、張五飛ですか?」
>「何だ、そりゃ?」
>「中国の武闘家の一人です。そういう格言を残しています」


 元ネタは「ガンダムW」。
 当然、現実の武闘家ではないけれど、リメルガには(カートにも)彼の出典は分かるはずがない。

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