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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(3−4)


 
3ー4章 モア・リーズン・トゥ・リーチ

「それは、もちろん真実のためだ」
 星に手を伸ばした理由(リーズン・トゥ・リーチ)を尋ねられて、ジルファーはさも当たり前のように答えた。
「最初に会った夜の晩餐の席で、そういう話もしたと思うが」
 確かに。「曇りない真理の眼で、全ての知識を追求すること」って言っていたかな。
「だったら、星輝士のジルファーの目は全く曇っていないことになるの?」そう尋ねると、
「そのように主張するのは、一部の信仰熱心な神官ぐらいだな」と応じた。「残念ながら、私はソクラテスと同じだよ。自分が『無知である可能性』を否定しない」
 お願いだから、もう少し分かりやすい言葉で説明してくれないだろうか。
 そう指摘すると、ジルファーは仕方ないな、と言った表情を浮かべてから、講義口調で語り始めた。「ゾディアックでは、星王神こそが全ての真実と力を授けてくれる、と信じられている。星王神の信仰に篤い者は、夜空の星の光の中に自分や世界の運命を見極めることさえできるそうだ」
「占星術……みたいなものですか?」
「比喩表現としては、そう見なしてもいいのだろうな。科学的な星の運行だけでなく、もっと霊的な作用があるみたいなのだが、そこまで知るには星輝石との密な交感が必要だと言われている」
「つまり、星輝石を持たない者が、夜空の星を望遠鏡で観察しても真理は分からない、と言うわけですか」
「察しがいいな」ジルファーは、感心したように言う。
「星輝石のおかげです」ぼくは左腕の腕輪(アームブレス)を示した。「少なくとも、今のぼくには実感できますよ。星輝石の助けがなければ気付かないこと、分からないことが、世の中には数多く存在することに。たぶん、今までの自分の視野は、ひどく限定されていたんだと思います」
「そういう心の目が曇って、真理の星空が見通せない人間のことを、『曇りし者(クラウド)』と呼ぶ者もいるな」
「心の目が曇っている? それって、ずいぶん侮蔑的な言い方じゃありません?」ぼくはつい最近まで自分が曇りし者(クラウド)扱いされていたことに気付いて、抗議の意を示した。確かに星輝石の力は素晴らしいけど、ゾディアックが自分たちをエリート視して、そうでない人間を見下すような考え方には同調できない。
「そうだな」ジルファーは、やんわりと受け止めた。「星輝石との交感能力も、言ってみれば一つの才能だ。才能ある人間がそれを活用し、有利に立ち回ることに異存はないが、自分たちと違う立場の人間を劣った人種だと見なす考えには私も同意できない。往々にして、才能ある者こそが世の中を混乱に導くことだってあるのだからな」
 少し前のぼくなら、ジルファーの持って回ったような言い回しには付いて行けず、ちょっとした反発さえ感じていたところだ。けれども、星輝石の力で増幅(ブースト)された思考能力は、彼の言葉を容易に受け入れていた。
「つまり、ジルファーにとっては、星輝士や神官と言えども時として真実を見誤る、と言いたいわけですか」話の流れの行き着く先を予想し、結論を示す。
「そうだ。自分の才に慢心した者ほど真実から遠ざかり、道を踏み外すものだと考える」信念を語ったジルファーは、それから付け加えた。「だから私は、知識や真実に対しては謙虚に振る舞うことを心がけているのだよ。ともすれば、自分の心にも慢心は宿るのだからな」
 これは、ぼく、つまりラーリオスに対する戒めの言葉なんだろうか?
 自らの力に溺れ、とんでもない悲劇をもたらすとでも? 
 確かに、それは気をつけないといけないことだって理解している。
 でも、そういう話ばかり聞かされても、こっちは辛いだけだ。ぼくは、どんな忠言よりも説得力ある悲劇の映像(ビジョン)を見たんだから。今は、ただ気を付けようっていう抽象的な心構えなんかより、どう気を付けるかという具体的な方法論を教えてほしい。
 ぼくは、話の矛先を変えることにした。
「ジルファーはどうして、それほど真実を求めるようになったんですか?」
 一瞬、ジルファーの表情に戸惑いが浮かんだ。
 それと同時に、ぼくの心にひらめきがよぎった。
「星輝士がもたらした世界的な災い。それに……パーサニア、あなたのファミリーネーム。何かつながっている?」
「どうして知っている?」いつもは冷静な表情が、はっきり動揺の色を見せていた。「誰か君に話したのか?」
「知りません」ぼくは硬い声で言って、「あなたがぼくに話してきたことが、ふと、あなたの物語として再構成できやしないか、と思いついただけです」そう正直に打ち明けた。
「……」ジルファーは、無言でぼくをにらみつけていた。どうやら正直すぎたために、かえって相手の気分を害する結果になったらしい。「……他人の事情に深入りするには、相応の覚悟と資格を要するぞ」と、拒絶するように言い放ってくる。
 その視線を、ぼくは真正面から受け止めた。「ただの好奇心……でしたけど、そこまで言われると、よけいに知りたくなりますね。あなたが星輝士になった事情を。星輝士のもたらした悲劇と、あなたの家系の話を」
 それから、ゆっくりと付け加える。「あなたの求める真実を、ぼくも知りたい」
 案の定『真実』という言葉が、鍵になったようだ。
 ジルファーは大きく深呼吸すると、深々とため息をついた。
 次にゆっくりと口を開いて、いつになくかしこまった、そして観念した口調で話し始める。「分かった、カート、いや、ラーリオス。あなたには真実を知る権利がある。これを聞いて、ゾディアックの内包する闇の可能性についても受け止め、できるならば、共に考えてほしい」

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 ゾディアックは、5000年近い歴史を持っている。
 その伝承は古代メソポタミア文明にさかのぼり、以降の歴史の中で数々の大事件に影響を及ぼしてきた、とも言われている。
 全てを信じるか、と聞かれれば、眉唾な話もあるし、歴史資料に付き物の捏造や、誇張、伝聞に次ぐ伝聞での歪み、そして何よりも記述者の主観のために真実から遠ざかった内容もあるだろう。各々の事件に対して個別に細かい検証は必要だろうが、私の目から見て、一つだけ確かに分かっている真実がある。
 それは、第2次世界大戦の元凶と言われる、かのナチスのアドルフ・ヒトラーがゾディアックの関係者だった、ということだ。
 これを聞くと、ゾディアックが悪の集団であるように誤解を招くかもしれない。じっさい、ヒトラーは星輝石を授けられ、訓練をしたことがある。神官位こそ与えられていないが、術士として優秀な才能を示したようだ。とりわけ、演説を通じて大衆を扇動する効果を発揮したのが有名だろう。世間一般的にはカリスマ的弁舌の才と言われているが、ナチス結成とその後の大戦の起因として星輝石の力が働いているのは、組織に関わる者として覚えておいた方がいい。
 もっとも、ヒトラーは現在、組織内では裏切り者として扱われている。星王神の力を歪め、悪用した大罪人とね。つまり、ゾディアックは組織としてヒトラーの所業を肯定していないわけだ。しかし、ヒトラーを否定するあまり、彼がこの組織に所属していた過去まで消し去ろうとする連中もいる。ゾディアックは正義を志向する団体だから、そのような悪人を生み出すはずがない、とね。むしろ我らは歴史の影で悪に裁きを下してきた、と、それのみを強調して大義名分にしているのが、ゾディアック内の一般的な意見だ。
 まあ、ヒトラーを歴史的に、そしてゾディアック内でどう扱うかは、置いておこう。
 問題は、この事件が彼一人で収まらなかった、ということだ。彼個人のことなら、しょせん神官位も持たぬ修行中の一術士の所業として、あっさり事件も収束していたことだろう。
 しかし、ヒトラーには、三人もの上位星輝士が付き従ったのだ。《炎》、《水》、《大地》の星輝石を持った戦士がナチスの協力者として暗躍したために事件の解決は長引くこととなり、近代史に大きな爪痕を残すようになった。第2次大戦は世界を大きく2つに分けた戦いだが、その背景では、ゾディアックも分裂の危機にあったのだ。いや、ゾディアックの内紛が起因となって、世界が危機を迎えたのだと解釈することもできる。
 そんな裏切り者の一人、当時の《炎》の星輝士こそが、我が曽祖父ルシウス・パーサニアその人だ。ゾディアック内において、パーサニアの名前は決して誇りをもって語れるものではないのだよ。

 私はパーサニア家の当代の長として、本来は《炎》の星輝石を継承する立場だった。
 しかし、私はそれを拒み、代わりに曽祖父を追討した《氷》の星輝士の役割を要望した。結局のところ、私の資質も《氷》に相応しいことが分かって要望がかなったわけだが、代わりに《炎》は弟のライゼルが引き継ぐ形になった。
 弟から見れば、私が不名誉な家名を引き継ぐ責務から逃れ、望んで仇敵の立場を選んだように見えるのだろう。ただ、私は不名誉を怖れたのではなく、《炎》の石の中に残っているルシウスの魂、残留思念のようなものに引きずられることを怖れたのだ。
 私はね、カート、曾祖父がどうしてゾディアックを裏切り、ヒトラーの下に付いたのか、そういう真実が何よりも知りたいのだよ。しかし、自分自身が曾祖父の石を継承すれば、その魂に視野を曇らされ、主観でしか物が見られなくなる、と考えた。私の知りたいのは、極力、第三者の立場から見た客観的事実だ。
 もちろん、それを知ったところで歴史そのものは変えられないだろう。
 言葉を飾るなら、贖罪とか、そういう意識もないわけじゃない。だが、どちらかと言えば、学術的好奇心に近いんだろうな。
 曾祖父がどうして、悪の側に身を置くに至ったのか。ヒトラーの術にたぶらかされたとも、星輝士の力に溺れたとも、闇に魂を売ったとも、いろいろ噂されている。歴史を研究する者としては、そうした噂の背後にある真実を突き止め、そして、できることなら二度とこのような過ちの起こらないように教訓を導き出す。
 ゾディアックの中に闇の原因が内包されているなら、それを解消したいとも思うが、まあ、そこまで至らずとも、とりあえずは自分の好奇心を優先したいところだな。
 私としては、カート、いや、ラーリオス様にも、こうした調査や研究に協力してもらえたら、と思っている。
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 ジルファーの話は、にわかには信じがたかった。
 リメルガやロイドの個人的な体験と比べても、規模が違いすぎる。世界史で語られる事件の裏に、ゾディアックの影があったなんて、真顔で語れば常識を疑われるだろう。
 だけど、ぼくはすでに非常識な星輝石の力に馴染んでいた。
 そして、ジルファーという人間が、盲信とか狂信でオカルトめいた物語を鵜呑みにする人物でないことも分かっている。慎重で、何よりも客観的な真実を追究する研究者の視点を備えた男なのだ。仮に、同じ話をバァトス辺りから聞かされたら、疑わしいことこの上ないが、ジルファーの言うことだ。信じるに値する、とは思う。
 そうしたことを口に出すと、ジルファーはかぶりを振った。
「属人的な判断は、学術研究の上では決して望ましくないのだけどな」
「どういう意味ですか?」
「誰かが言ったから無条件で信じられる、同じ内容を別の誰かが言ったから問答無用で間違っている、と切り捨てる。そういう態度のことだよ。真実を追うには、極力、偏見は廃しなければならない。人の意見を参考にすることはあっても、事実検証を放棄する態度は禁物だ」
 言っていることは理屈として分かる。だけど、必ずしも現実的ではない。
「ぼくは学者を目指しているわけではありませんから」一言で切り捨てて、それ以上、何かを主張しようとするジルファーの言葉を視線で制した。
「今は、あなたを信じようと言うのです。それ以上の理屈は、横道にそれるだけでしょう。そもそも、あなたの語った話には納得できないところがある」
「何だ、それは?」ジルファーの口調は、若干、不機嫌な響きを帯びていた。
「あなたが《炎》の星輝石を継承しなかった理由です。ぼくには屁理屈にしか聞こえない」
「弟の肩を持つと言うのか?」ジルファーの顔が珍しく紅潮した。
「ぼくも弟ですからね。兄貴が受け継ぐべき責任や重荷を放棄したなら、納得はできない、と思います」
「学術的好奇心……では、説明にならないか」
 ここで、なりません、と口にすれば、話し合いは即、決裂だ。ぼくとジルファーの間には、ぬぐい難いわだかまりが残るだろう。だから、ぼくは違う角度から攻めることにした。
「学術好奇心にしても、疑問が残ります。《炎》の石の中には、裏切りの星輝士の魂が残っていると言っていましたね。それは、事実なんですか? それとも、ただの思い込みですか?」
「……どっちだろうな」ジルファーの表情に、冷静さが戻った。「それは、あまり深く考えたことがなかった。星輝石はそもそも、現代科学では深く解明されていない人の意思や、精神力、魂に働きかけ、物質と精神の領域をつなげる、と言われている。そして、星輝石の向こうに神の存在を感じることのできる者も一部いて、そこから星王神信仰が生まれたというのが私の見方だ。何しろ、信仰心とは関係なしに力を発動できる者がいるのだからね。私のように」
 ぼくは、うなずいた。
 ぼく自身そうだし、一見、敬虔なゾディアック信徒と思われたカレンさんからして、信仰面では懐疑的な発言を口にしていたからだ。
 ジルファーは、話を続けた。「一口に星輝石と言っても、大きく四種類に分けられる。一つはカート、君の持っているものだ。通称、欠片(シャード)と呼ばれていて、大きさや能力など細かい格付けはいろいろあるのだが、神官や術士が力を発動させる媒体として機能する。欠片(シャード)は、オリジナル星輝石の核を元に、ゾディアックに伝えられた技術で複製したものとされており、それなりに大量生産も可能だ。そして、欠片(シャード)が魂を宿すことはないらしい」
「ふうん」ぼくは、自分の腕輪(アームブレス)をじろじろ見た。星輝石に話しかけられたようなこともあったのだけど、魂がないってことは、ただの錯覚だったのかな。
「二つめ以降は、星輝士の体内に埋め込まれるものだ。これは、下位と上位に分けられ、前者は全部で96、後者は12種類あると言われている。いずれも、星輝石の核から自然発生的に生み出されたものと言われているが、その性質面で大きな格差がある。下位の星輝石は、野生石(ワイルドストーン)とも、獣石(ビーストストーン)とも呼ばれることがあるが、いずれも蔑称に近い。戦士の石(ウォリアーストーン)という呼称が、私は気に入っているけどね。簡単に言うなら、人に自然界の獣の力を付与し、主に肉体・感覚面を強化するのだが、石そのものは魂を持たない、と言われている。これがどうしてなのか、私も一時期、解釈に苦しんだことがある。獣は人のような魂を持たないから、という一部の宗教の影響があるのかもしれないが、じっさいは上位と違って、下位の星輝石では継承が為されないからだろうと思う。たとえば、リメルガの体内にある石は、リメルガが死ねば、誰もそれを継承することなく力を失って放棄される。下位の星輝石は、個人の体と融合した後は、個人とともに一生を終える形になるわけだ」
「それなのに96個と限定されているんですか? 増えたり、減ったりすることもなく?」
「不思議だろう? 私も、その疑問をある神官に突きつけたら、彼はこう言った。『一人の星輝士が命を全うすれば、その魂は星王神の御許に送られ、また新たなる星輝士の源たる石として転生するのです』とのことだ。下位の星輝石は、星輝士個人とともに寿命を全うした後、即座に新たな星輝石が生まれることになっているようだ」
「だったら、下位の星輝石にも、魂があるってことになりませんか?」
「う〜ん、その神官によれば、神の御許に送られる魂と、新たな星輝石を作る元になる魂の一部は意味合いが違うそうだ。アストラルだか、エーテルだか、専門用語の解説が付いてきたが、正直、私にも正確な理解はできなかった。オカルトや、神学は本来、専門じゃないからな」
 ジルファーに分からないのだったら、ぼくにも理解は難しそうだ。たぶん、必要があれば、神学の専門家が語ってくれるだろう。その説明が、ジルファーぐらいに理に適っていればいいんだけど。
「大体、命や魂の問題は、どの宗教の教義でも最難関かつ最も重要な部分に位置している。その解釈をめぐって、幾度となく教義論争が繰り広げられているぐらいに、な。そんなややこしい題材を、ちょっとした説明で単純に理解しようとするのが間違っている」
 そりゃそうだ。話を戻さないと。
「ええと、星輝石の話でしたよね。後は上位星輝石と、もう一つ、何だっけ?」
「君が継承すべき石だ。《太陽》、それから《月》、さらに、それらが昇格して成る、星霊皇の石、《数多の星々》(カウントレス・スターズ)だ」
《数多の星々》(カウントレス・スターズ)?」
「通称、《星々》(スターズ)で複数形だが、畏れ多くて滅多に話題に出されることはない。聞くところによれば、宇宙の無数の星の諸力を宿した、星王神の力そのものを引き出すことができる石なのだそうだが、宗教上の誇張と考えた方がいいだろうな」
「そうでしょうね」ぼくは、あっさりうなずいた。
 ジルファーはまじまじと、ぼくを見つめている。
「何です?」
「そこまで他人事みたいに、受け流すのはどうかと思ってな、ラーリオス。試練を果たせば、君が《星々》(スターズ)の継承者になるのかもしれないのだぞ」
「ええええええっ?」思わず、ぼくは驚きの悲鳴を上げた。

 宇宙の星の諸力なんて、ありえない。
 ぼくの常識は、そう言っていた。
 たとえゾディアックの5000年の歴史とか、ナチスドイツとの関わりなどは何とか信じられたとしても、一人の人間がそんな途方もない力を宿すとか、ましてや、その選ばれた人間の候補がぼくであることなんて、素直に受け入れろ、というのがどうかしている。
 ぼくの驚きの表情を見て、ジルファーはにやりと笑みを浮かべた。
「最近、ずいぶん頭が良くなったと思ったが、まだ、そういう感情は残っていたようだな」
「そりゃそうです。ぼくは、ぼくですから」
「そうみたいだ、カート。それが分かって、安心したよ」
「ひどいな、ジルファー。もしかして、適当なことを言って、からかったんですか?」ぼくは、不満を顔に表した。
「冗談を言ったつもりはないが、受け入れ難い話もあるのは事実だな。今日は、これぐらいにしておこう。上位星輝石の話は、また別の機会にな」

 結局、ジルファーの話を聞いて一番分かったのは、彼が彼らしい理由で星輝士になったということだ。たとえ、ぼくには理解できなかったとしても、それがジルファーという人間なのだろう。
 それを言うなら、リメルガにはリメルガの、ロイドにはロイドの理由があった。
 だったら、カレンさんには、どんな理由があるのだろう? 
 実のところ、一番意外なのは、カレンさんの言葉だったりする。
 リメルガには、リメルガらしい戦場での経緯があった。
 ロイドは、やっぱりロイドで、納得できる。
 ジルファーも、心からの納得とは程遠いけど、彼の学者らしい考え方にはふさわしいとも思える。
 でも、カレンさんは? 
 ぼくの知るカレンさんは、緑と白のイメージを身にまとっていた。
 癒し手であり、信仰心篤い巫女という先入観があった。
 甘ったるいコーンジュースも、彼女のイメージを損なうものではない。
 ただ、最初の晩餐の席では意外な毒舌を披露し、決して大人しい従順な女性だけではない一面をのぞかせていた。
 考えてみれば、星輝士なのだ。星輝士は戦士と聞く。それなら、戦いの道を選び取ったわけだ。彼女のコードネームは、ワルキューレ。北欧の戦乙女の精霊であり、美しいけれども、死を呼ぶ天使のイメージが付いて回る。
 そういう呼び名のイメージが、彼女に暗い影を投げかけているのかもしれない。
『ワルキューレを信用しないこと』
 トロイメライの言葉が、時おり脳裏をよぎった。
 しょせんは夢の記憶と一笑に付すこともできるけど、その言葉は効き目の遅い毒のように、じりじりと心をむしばんでいる気がした。
 ぼくはまだ何かを忘れているか、見落としているのかもしれない。夢の中でトロイメライは、曖昧さを残すものの、大切な情報をもたらしたような気がする。
 牢屋の中のバァトスに問い質すべきだろうか? 
 しかし、必要以上に《闇》の関係者と思しき相手と接触するのは、危険な感じがした。ジルファーではないけれど、真実を知るには、視野が曇らされないよう距離を置いた立場を維持しながら観察しないといけないのかもしれない。
 うかつに危険に足を踏み入れたら、自ら、その影に知らず知らずのうちに染まってしまう危険がある。《闇》に同調してしまい、そこに正義を見出してしまえば、それこそジルファーの曽祖父のたどった道ではないか? 
 映画の登場人物が自分の正義を模索しながらも、次第に悪に染まっていく姿は、何度も見てきた。観客の目では、時に運命に翻弄された愚行や悲劇と映るけれども、本人としては自分の信念に基づいた正当な判断ゆえだ。現実では、人の運命は誰にも見えない。自分で切り開くしかないのだろう。
 でも、自分一人で切り開く必要はない。誰かを信じたっていいじゃないか。

「宿題の答えは見つかったかしら?」
 カレンさんの問いかけから、その日の個人指導は始まった。
「その前に、こちらから尋ねたいことがあります」まだつかみきれていない解答を避けるように、ぼくは話をそらした。ただ、理由もなく、そらしたのではない。自分の結論にたどりつくための糸口のつもりだった。
「何を聞きたいの?」
 こちらが、投げやりとか、逃げとかではなく、真剣な気持ちで尋ねたことを見とったようだ。柔らかい口調で続きをうながされる。
「カレンさんは……」どう表現していいか一瞬、とまどってから、そのまま口にした。「カレンさんですか?」
「何よ、それ?」こちらの意図が分からない、といった反応。
 自分でも、バカな質問だと思ったけど、今回、頬は熱くならない。ある意味で、計算どおりだったからだ。星輝石の能力に依存していないカート・オリバー自身を、相手に伝えることはできたはずだ。
「今のぼくは、ぼく自身だと断言できます」ぼくは自分の質問の意図を話し始めた。「でも、ぼくに起こったことは、ぼく個人だけの問題なのでしょうか? ジルファーは先日、上位星輝石には魂のようなものがあるという話を、ぼくにしてくれました。すると、カレンさんの《森》の星輝石にだって、魂があるのかもしれない。その魂が、カレンさんに影響して、自分の物ではない別の思考を植え付けている可能性はありませんか?」
「……難しいことを言うようになったのね」カレンさんは、すっと目を細めて、ぼくを見た。鋭いのではなく、穏やかに相手を観察する和らいだ表情だ。
「ジルファーの影響でしょうね」星輝石を理由にはしなかった。物品ではなく、人から学んでいることを伝えたかったから。
「ジルファーは、他に何か言っていた?」
「上位星輝石については何も」カレンさんの問いに、そう答える。ジルファーの背景事情を尋ねられたわけじゃないのだろうから、それ以上の話は不要だ。「下位の石の話で、ひとまず終わったから。ただ、ラーリオスの《太陽の星輝石》が、計り知れない力を秘めていることは分かりました」
 それから気になって、付け加えた。「あの、大丈夫ですか? 《太陽》の石を預けたままで。もしも、変な影響とかあるようでしたら……」
「心配ないわ」カレンさんは、微笑を浮かべた。「あなたよりは、心の修練は積んでいるつもりだから」
「……そうですね」納得するしかなかった。今のぼくに手助けできることはない。もっと知識と力を付けた上でないと。
「それで、理由(リーズン)は見つかった?」話を戻された。
「難しいですね」そう答えてから、付け加えた。「……人生を生きる理由と同じで」
「はぐらかしている……わけではなさそうね」
「こう見えても、いっぱい考えたんですよ。他の人から、いろいろと話も聞きながら」
「今すぐ、結論を出す必要はないわ」追及の手がやんで、正直ホッとした。
 でも、安心が顔に出たのか、カレンさんは釘を刺すように付け加えた。「だけど、時間はあまりない。きちんと自分なりの理由を見つけて覚悟を決めておかないと、取り返しのつかないことになる」
「どういうことですか?」
 脅しともとれる文句に、ぼくは反応して言葉をつなげた。
「確かに、星輝士の運命は必ずしも、明るいものとは限らない。力を手に入れて、万々歳、という単純なものでないことは分かります。力を得るには、相応の責任感とか、何かの代償を必要とするのかもしれない。でも……」
 そこで、ぼくは言いよどんだ。
 カレンさんに思わぬ疑惑の視線を向ける。「まだ……何か考える材料が足りていない気がする。ぼくが決断するのに大切な情報を……隠しているんじゃ、ありませんか?」
「そうね」カレンさんは、スッと視線をそらせた。「あなたに伝えていないことは、少なくないわ」
 それから、もう一度、視線を戻して問い掛けてくる。「何が聞きたいのかしら?」
「あなたの理由(リーズン)を」女性の過去を聞きだすのが無作法な気もしたので、付け加えた。「差し支えなければ、ですが」
「単純よ」思いのほかに、あっさりと答えられた。「兄の力になりたいから。私を守ってくれた唯一の家族の助けになりたいから。同じ場所に身を置きたいから」
 ああ、晩餐の席で、そう言っていたな。確かソラークが。
私の戦う理由も、第一に家族だ。失った家族の中で、残された唯一の妹。そして今は、ゾディアックが新たな家族だと思っている。ここには、かつて失ったものがあると信じている』
 ソラークの理由は、カレンさんの理由とも重なるものだろう。
「ゾディアックは、カレンさんにとっても家族なんですね」ぼくは、自分の理解を言葉にした。
「そう……ね」一瞬、言いよどんだようだった。「家族。そう。家族は、自己犠牲を求めたりしない。家族だったら、身内の幸せを何よりも考えるはず」
 視線がどこか遠くを見て、さ迷っているようだった。つぶやく声が、しっとりと耳に響く。
「カレンさん?」
「あ、ああ、ごめんなさい。何だか、いろいろなことを思い出してしまったから」何度か瞬きして、右手の指を目頭に当てる。
「え、ええ、こちらこそ、ごめん」思いがけず、カレンさんを泣かせてしまった自分に狼狽し、嫌悪感さえ覚える。好奇心から、何か辛い思い出を甦らせてしまったらしい。
 考えてみれば、ソラークは『かつて失ったもの』と言っていたのだ。そこに足を踏み入れるのは、不謹慎にも程がある。それくらい、当然、察するべきだったのに。多少、頭の回転が速くなっても、そういう配慮のできなさが、自分がまだまだ子供だと感じさせる。
「……心の修練って、難しいものですね」皮肉ではなく、相手を慰めるような思いで、そうつぶやく。「今日の授業は、これで終わりにしますか?」

 わずかばかりの沈黙の時間が過ぎ去った。
「いいえ、私なら大丈夫」カレンさんは涙をぬぐって、淡い笑みを浮かべた。
「もう、過ぎたことなんだから。今は乗り越えたんですものね。それより、大切なのは、ラーリオス様、あなたのことよ」
 気丈に振る舞う美女から、自分のことよりも大切と言われて、ぼくは頬が熱くなった。
 それは、カート・オリバー個人ではなく、あくまでラーリオスという役柄であることは承知していても、決して悪い気はしない。
 そんな期待には何とか応えたい。そう思ったとき、ぼくの理由が見つかった。
 いや、見つかったのではない。思い出した、と言ったほうがいい。
「ええと、愛情は、戦う理由になりますか?」
「もちろんよ」カレンさんはうなずいた。「でも、一口に愛と言っても難しいわ。その対象が何か、あるいは誰かによっても変わってくる」
 確かに。
 ジルファーだったら知識を愛しているし、ロイドにだってヒーロー愛といったものがある。リメルガは何を愛しているか知らないけど(肉やプリンは単に好物というだけだ)、彼なりの信念はきっとあると思う。
 ぼくの愛の対象は、最初からスーザン。それは今も、変わっていない……と思う。目の前の女性は魅力的だけど、スーザンと秤にかけていいものか。
 ぼくが言いよどんでいると、カレンさんは一言、つぶやいた。
「シンクロシア」
 え? 碧い瞳に心の中をのぞき込まれたような気持ちがして、ぼくはドギマギした。
「あなたの心の中には、彼女のことが強く刻みつけられている」カレンさんは、言葉を続けた。「それは、あなたがラーリオスである以上、必然的に生まれた感情。シンクロシアとラーリオスは、分かち難い絆で結び付けられている。それが儀式において必要不可欠だから」
「それは一体……」どういうことですか? と聞こうと思ったけど、その前に、ぼくは理解した。スーザンへの恋心は、ゾディアックとは関係ない自分自身の感情だと思っていた。たまたま偶然、ぼくが好きになった相手が、ゾディアックの関係者だっただけで、そこには何の作為もない、ただの偶然だと思っていた。
 仮に、偶然ではないにしても、運命の恋といったロマンチックな響きなら、納得はできた。
 けれども、儀式において必要、と言われてしまうと、抵抗がある。
 何だか、自分の感情そのものが他人の都合で作られたような気がして、はなはだ不愉快になった。
「ぼくの気持ちは……ぼくの物です」そう断言する。
「そうね」カレンさんは、すっと目を細めて、おだやかに受け止めてくれた。けれども、さらに付け加える。「シンクロシアへの気持ちは必然よ。でも、それを理由(リーズン)にしてはいけない。他に、理由がなければ、あなたは試練を果たせないわ」
「だったら、カレンさん、あなたを理由にしたってかまわない」勢いづいて、そう言った。
「え?」彼女の目が大きく見開かれる。数度の瞬き。「それって、どういう……」
「大事なのは、ゾディアックへの家族愛ってことでしょ」微妙に意図をずらして、穏当な言い方を心がける。「リメルガやロイド、ジルファー、それにカレンさん。短い付き合いですけど、ゾディアックに来て、これだけ大切な人たちが、ぼくにはできた。みんながぼくにラーリオスとして、期待を向けていることも分かる。正直、ぼくにどこまで応えられるか分からないけど、そういう人たちとの関係が、ぼくを支える力になるんじゃないかって思います。ぼくには星王神信仰なんて難しいことは分からないけど、手を伸ばす理由(リーズン・トゥ・リーチ)があるとしたら、それは人との絆なんだって思う。そんな人たち、愛する者を守るために戦うのが、星輝士としての使命なんじゃないかって。後は、愛する者をどれだけ広げられるか、自分の視野を広く持てるか、そういうことじゃないですか?」
「……完璧よ」カレンさんは、数瞬とまどった後で告げた。「ジルファーでも、そう言うでしょうね」
 明るい瞳に満足と称賛の念を浮かべている。
「ここにいるのは、リオ様、いえ、カート・オリバーなのかしら? 私には、慈愛ある神の子がしゃべっているようにしか見えないのだけど」
 そう言って、クスリと笑みを浮かべる。「本当の神が、そういう人間味豊かな考えをお示しになって、人の世に(あまね)く力を注いでくれたなら、私も進んで心からの信仰心を捧げているでしょうね」
「星王神は、そうでないの?」
「神の思いは曖昧よ」カレンさんは小声で、はばかるように言った。「少なくとも、私には聞こえない。それが聞こえるのは、星霊皇と、預言者たちだって言われている。でも、彼らだって、神の言葉を伝えるときは、もっとはぐらかしたような言い方をする。私には、その真意を推察することしかできないの」

 信仰に懐疑的で、どこか不安定な、ぼくの目から見て、らしくないカレンさん。
「それでも……」そんな彼女を勇気づけるために、ぼくは、これまでの記憶と思考を総動員しようと試みた。もちろん、星輝石にだって呼びかけるのを忘れない。
「神の声でなくたって、あなたにだって星輝士として聞こえる声はあるんでしょ? 術を使うときに支えてくれるような……」
「声って言っていいのかしら?」カレンさんもまた、思考をめぐらせている様子だった。「兄なら、《風》の声を聞くことができると、よく言っているわね。比喩なのか、それとも本当に聞こえているのかは分からないけど、特別な感覚を備えているのは確かだわ」
 《風の星輝士》ソラークなら、そうだろう。
 だったら……、
「カレンさんは、《森》の声とか聞こえないの?」
 それに……と、付け加えてから、会話の助けを求めるように、部屋を見回した。
 これまで、あまり意識していなかった飾り物に、ふと目が留まる。
 左手を伸ばして、意思の力で引き寄せようと思った。
 ビン状のグラスに挿してあった黄色い花が一輪、手品のように空中をスッと横切って、ぼくの手に収まる。
 気まぐれに試しただけなのに、力の発動は思ったより、うまく行った。
 ぼくは満足した気分で、少々キザっぽく花に口づけしてから、差し出した。「花の気持ちなら、分かると思うんだけど?」
 カレンさんは、うっすらと頬を染めて、花一輪をそっとつまみとった。「確かに……喜んでいるわね」
「でしょ? それで十分だと思うよ」そこまで口にしてから、柄にないことをしたせいで、急に照れ臭くなって顔を伏せた。
 けれども、まだ言葉が足りないと思い直し、さらに頭の中の誰かに助けを求めた。
「そう言えば……」かつて自分を導いてくれた顔を思い出して、言葉を借りる。「お祖母(ばあ)ちゃんが言っていたんだ。万物には、精霊が宿るって」
「確か、エドワード・タイラーね。それとも、スピノザの汎神論の話?」
 せっかく、いいことを言おうとしたのに、カレンさんの方が教養を示した。
 ぼくの知識は、素朴な昔話でしかないので、知識的な裏づけがあまりない。
 上げようと思っていた顔を伏せたまま、ぼくは今さらながら、似合わない行為の代償とも言える気恥ずかしさをかみしめていた。
「ええと、リオ様?」カレンさんが心配そうに、しゃがみこんで、ぼくの顔をのぞき込んできた。「続きを聞かせてちょうだい。お祖母(ばあ)さまは、その後、何をおっしゃったの?」
 さすがに、そんな不自然な態勢をずっととらせるわけにもいかなかったので、ぼくはやむなく顔を上げた。カレンさんも姿勢を戻して、スッと身を引く。
 距離が開いたので、多少は落ち着きを取り戻した。でも、
「続きって言っても、それだけです」最初に結論を言ってしまったのだ。根拠とか理由は何もなく、その後、どうやって話を展開するかも考えていない。それでも、カレンさんは期待の表情を浮かべ続けている。何とか話は続けないと。
「ええと、お祖母(ばあ)ちゃんは、ネイティブアメリカンの伝承を研究していました。小さい頃から昔話を聞かされていたので、ぼくにはキリスト教より、そっちの方がしっくり来ます」
 カレンさんが、うなずいてくれたので、ぼくは何とか自信を取り戻した。
「ゾディアックの信仰のことはよく分からないけど、みんなの話を聞いていると、ぼくには一神教と言うよりも、どこか精霊信仰(アニミズム)に近いものを感じます。獣の力とか、風の声とかに神性を見出すって、少なくともキリスト教じゃありませんよね。唯一神にこだわらないのなら、万物の精霊の声を聞けるだけで十分って気もするけど」
「それがラーリオス様の神学的見解なのですか?」
「うん、ぼくの見解」深く考えずに、そう答えてしまった。ぼくは、カート・オリバー個人の、というつもりだったんだけど、カレンさんはもっと真剣に受け取ったようだ。
「お導き、感謝に堪えません」深々と頭を下げてくる。
「ちょ、ちょっと、カレンさん?」どうも、ぼくはよく分からないうちに、カレンさんの長年の信仰上の悩みに、何らかの示唆を与えてしまったようだ。
「星王神のみにこだわらずに、もっと自分の聞きとれる声を大切に思えばいいってことですよね」
 そういう解釈でいいのかな。
 ゾディアックの教義上、正しいのか間違っているのか分からないけど、カレンさんがそれで勇気づけられて、彼女らしい振る舞いを取り戻せるなら、別にいいや。
「大体、ゾディアックが一神教って、何かおかしくない?」ぼくは調子に乗って、思いつきのままに言葉を続けた。「《太陽》に《月》、これだけで2つでしょ? さらに、《数多の星々》(カウントレス・スターズ)なんて複数形だ。唯一神の象徴にするなら、たとえば、《北極星》(ポラリス)とか、中心を一つに定めていると思うんだけどな。もしかしたら、元々は無数の神格があったものを、長い歴史の過程で星王神単体に統合したのかもしれない」
 ぼくは、自分の発言が、ゾディアックの神学論争に一石を投じるような内容であることに気付いていなかった。「たぶん、歴史上、キリスト教の発展を見たゾディアック教団が、その教義の一部を後から自分たちの中に取り込んで、最初から一神教であったかのように装ったんじゃないかな。本来、ゾディアックはもっと原始的な精霊信仰(アニミズム)に基づくものだったと思うよ」
 これを聞いていたのがジルファーだったら、ろくに根拠もないのに、適当なことを並べ立てるな、と口をはさんでいたかもしれない。
 ぼくも、自分の思いつきが正解だとは考えていない。良く言っても、根拠のあいまいな仮説でしかない。
 それでも、カレンさんに与えた効果は、予想外だった。彼女の次第に満足していく表情を見ると、ぼくも幸せになった。たぶん、本当に星王神と遭遇すれば、ぼくは異端の思想を流布した者として神罰を受けるかもしれない。それでも、かまわないとさえ思った。
 もっとも、星王神が話の分かる神で、ぼくの弁明をきちんと聞き入れてくれるといいんだけど。ちょっとだけ弱気も感じてきたので、これ以上、口をすべらせないように話をしめくくることにした。
「とにかく、カレンさんはカレンさん。辛いこともあったかもしれないけど、今、自分にできることを信じて、何事も前向きに受け止めること。自分の気持ちや愛情なんかを大切にしたらいいんだから。もし、ぼくが星王神の声を聞くことがあったら、こっちの言い分もちゃんと伝えておくから」
 こんな感じでいいのだろうか。ラーリオスが仮に神の子であるなら、星王神の教義も、今の時代の人の営みに合うように、ちょっとぐらい修正してくれたって構わないだろう。神だって、人を導くなら、それなりに学んだりしないとね。

「ラーリオス様に、いろいろ教えるつもりが、こちらがいろいろ学ばせていただきました」カレンさんは、敬虔な巫女の顔と信仰を取り戻したようだった。違うのは、彼女の崇拝対象が、どうも星王神ではなく、このぼくに代わったこと。
 これは嬉しくもあり、悲しいことでもあった。どちらかと言えば、ぼくが彼女に導いて欲しいのに、何だか彼女の前で弱みや愚かさを見せにくくなってしまったのだ。
「ええと、リオ様でいいですよ」遠くなったような距離を縮めるつもりで口にする。「こっちだって、まだまだ未熟で、教えてもらわないといけないことはいっぱいあるんだから」
「では、リオ様。これからも厳しい運命に出会うかもしれませんが、試練に立ち向かって、打ち勝つことを信じますね」
「ああ。『運命なんて打ち破れ』(ブレイク・ザ・デスティニー)だね」好きな歌のタイトルを口に出す。
「それって……サミィ&トムキャッツの?」
「知ってるの?」自分の好きなバンド名が出てきて、ぼくは思わず喜びの声を上げた。この辺が、まだまだ子供だ。
「ええ、まあ……」カレンさんは戸惑っているようだった。何で?
 少し逡巡してから、彼女は衝撃の事実を口にした。
「ボーカルのサマンサ・マロリーは、私達と同じ……星輝士なんです」


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