SFメカ別館 スパロボ雑記 本文へジャンプ
TOPページプチ創作
前ページへ次ページへ

プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(3−6)


 
3ー6章 クレーブス

 とうとう、洞窟の外に出るときがやって来た。ジルファーが課した最後の試練に、晴れて合格を果たしたのだ。

 その日、ぼくとジルファーは、珍しくリメルガのトレーニングルームで顔を合わせていた。
 ふだんの講義は、ぼくの部屋で行なわれるのだけど、実技訓練はこの場所で行なわれる。
 怪我が治ってから、なまっている筋肉や運動能力を維持するために、時々、ここを使わせてもらった。あまり激しい運動はしていないけれども、汗を流して、シャワーを浴びるひと時は、カート・オリバー本来のスポーツマンらしさを再確認させてくれた。
 星輝石とジルファーの講義にさらされているおかげで、ぼくも多少は頭が回るようになった、と自覚する。たぶん、今なら兄貴と議論しても、言い負かすことができる、いや、それ以上に、兄貴の議論を自分の望む方向に誘導して、お互いに納得できる共通の見解にまで持ち込めるだけの自信さえ付いた。
 それでも、ぼくは本質的に、体を動かす方が性に合っていた。
 だから、ジルファーが「この試練に合格すれば、外に出ることを許可しよう」と宣言したときは、「とうとう、来るべきものが来た」と喜び勇んだものだ。

「いいか、カート」ジルファーはいつもの調子で、上から目線の教師ぶりを示していた。「外に出るために必要なことが何か分かるか?」
 外は一面の雪原で、うかつに踏み出ると寒さのために凍え、悪くすれば死に至ることを思い出す。
 ここに来た最初の日。何も知らずに逃げだそうとしたのだけど、脱出が不可能だったことを知って、渋々あきらめたのだ。
 目の前の教師とは、その時からの付き合いだ。日数の感覚はなくなっていたものの、長くも、短くも感じられる修業の日々が脳裏によぎる。
 頭の一部でそうした、異なる物思いに耽りながらも、違う箇所では問いへの答えを的確に導き出していた。
「星輝石の加護ですね。外界の過酷な環境から身を守る作用が、星輝石には備わっている。しかし、持ち主が加護の力を発動できなければ、宝の持ち腐れです」
「そうだ。カート、君は石の力を普通に発動することに成功している。しかし、力の発動と、加護とは異なっている部分がある。その違いが分かるか?」
「力の発動は能動的、それに比べると、加護は受動的、つまり特に意識していなくても、常時発動している不随意筋運動、あるいは無意識の反射に近いものではないでしょうか」
「例えとして少し語弊はあるが、おおむね正しい理解と言えるな」ジルファーは、ぼくの説明に一応は満足したようだ。それでも別の角度から、さらに説明を付け加えようとするのがいかにも彼らしい。
「暑いと汗が流れ、寒いと筋肉が収縮して身震いが生じる。元々、人間の肉体は外界の刺激に対して適切な反応を起こすようにできている。加護は、そうした反応の延長線上に星輝石の力の発動を位置付け、最小限の意思すら必要とせず、防護効果を発動できるようにしたもの、と定義できる」
「つまり、仮に星輝士が吹雪の中で意識を失って、昏睡状態にあったとしても、そのまま凍死したりするようなことはないのですね」
「ああ、外界の環境が、星輝石の防護効果を越えるほど過酷でないかぎりな。自然ではめったにないことだが、星輝士同士の戦いでは十分起こり得ることだ」
「星輝士同士の戦い……」ぼくは、緊張して唾を飲みこんだ。星輝士は戦士だ。当然、戦う相手だっていることだろう。
 けれども、同じ星輝士同士で戦い合うことって、そう頻繁にあるんだろうか?
 練習試合とか、そういうのではなくて?
 そもそも、星輝士って存在は、何と戦うためのものだろう? 
 いろいろ疑問が生じたけど、後で聞く機会もあるだろうと思い、話の続きをうながした。
「加護の説明は、大体、理解しました。あとは実践指導をよろしくお願いします」

 ジルファーは右手を頭上に大きく掲げた。
 彼の開いた手の平に、《気》の力が集まってくるのが感じられる。
 見えたのではない、ぼくの研ぎ澄まされた感性に、ピリピリ来たのだ。
 ぼくは、ジルファーの攻撃に備えて、左拳を顔の正面に構えた。星輝石の腕輪(アームブレス)(シールド)のように真正面に向ける。加護は無意識の力らしいけど、最初の力の発動は、意識した方がいい。一度は意識した上でないと、無意識の力というものも実感できないからだ。
 ジルファーの掲げた手の平から、冷気が噴出して、ぼくの身を覆い尽くそうとした。適度に加減しているらしいけど、生身の人間が受ければ凍傷を起こしかねない。
 ぼくは、ハッと息を吸い込みながら、左手でジルファーの《気》を受け止めた。
 星輝石の力が、左手だけでなく、自分の全身を保護(ガード)しているのが感じとれる。
 やがて、保護が十分だと分かると左手を下ろし、無防備な態勢をとった。そのまま、息を吐きながら緊張をほぐし、できる限り意識を自然体に戻す。
 不謹慎だと思ったけど、心の中で、好きな女性――スーザンとか、カレンさんとか、ついでにサマンサ・マロリーとかのことを考え、自分の身を守ることは完全に放棄した。
 それでも、ジルファーの冷気が、ぼくを傷つけることはなかった。せいぜい、春のそよ風のようにさざめきを感じる程度。
 加護の力は、確実に働いている! 
 こうして、ぼくはまた一つの試練を乗り越えたのだ。

 初デートの日に着ていた黒の革ジャンとジーンズ。
 これが自分の記念の装いであり、一番格好いいと感じている外出着だった。
 初めて洞窟の外に出るときに身に付けるものとして、これほど相応しいものはない。もちろん外は寒い雪原なのだから、普通なら防寒着を用意するものだろうけど、星輝石の加護に守られたぼくは、決して普通ではない。
 確かな自信が、身内にあふれていた。たぶん、やり遂げた男の顔があるとしたら、その日のぼくがそう見えるだろう。
 着替えた後、迷うことなく洞窟の入り口に向かう。
 ジルファーはそこで待っていた。スキー板とストックを一セット持って。衣装は見慣れた、紫のスーツ。とても、スキーを楽しむような服装ではない。
「ぼくのは?」服ではなく、スキー板の方に意識を向ける。
「君のだ」そう言って、スキーのセットを押し付けられた。「経験はあるよな」
「ええ、まあ」家族と行ったカナダ旅行のことを思い出す。何度か転びはしたけど、すぐにコツはつかんだ。そもそも体で学ぶことの方が得意分野だ。それに今は星輝石の助けがある。知覚力や思考力を増幅してくれるのは分かっているけど、おそらく身体能力にも何らかの恩恵があることだろう。
 ぼくは受け取った装備を身に付けるのに、わずかばかりの時間を費やした。板はシューズと一体化していたので、それほど手間は掛からない。きちんと測っていたのだろう、サイズもぼくにぴったりだった。手を動かしながら、口も動かす。「先生はその格好で?」
「さすがに、雪でスーツを濡らしたくはないな」
 だったら、着てくるなよ……と言いかけて、思い出す。先生は星輝士だ。
 板をはき終わったぼくは体を起こして、何かを期待して相手を注視した。
「今こそ、お見せしよう、ラーリオス」こちらの期待を受け取ったようで、いくぶん芝居がかった口調で宣言する。「これが星輝士の姿だ」そう言って、ジルファーは両腕を宙にかかげ、そのままムンッと力強く下ろした。
「星輝転装!」
 解除するところは見たことがあるけど、転装、つまり星輝士の鎧を装着するところは初めてだ。
 ジルファーの腹部が淡く発光し、そこにアメジストを思わせる紫の宝石のイメージが浮かび上がった。騎士の貴石(ナイト・ジュエル)と言うんだっけ? 観察している間に光が広がり、紫の龍のシルエットへと変わる。
 ぼくは、まるで龍が襲ってくるような錯覚を感じ、一、二歩、後退しようとしたけれど、スキー板のせいで足がもつれて、思わず尻餅をついてしまった。いや、スキーのコツの一つだけど、無理に転ぶまいと踏んばると、足をひねったり、下手すると骨折の原因になりかねない。ケガをしない程度に、うまく転ぶのもテクニック。
 そう、心のどこかで言い訳しながら、転装のつづきを見上げる。
 龍のシルエットは、先生と一体化し、紫のスーツを光の中に包み込む。粒子化された衣服が腹部の宝石に吸い込まれるところまで、観察できた。普通の人間には到底、知覚できないスピードで、パッと光り輝いたらスーツが鎧に変わっているようにしか映らないだろう。星輝石の力を会得したからこそ、転装の細部がきちんと見てとれたのだ。まるで、スローモーションの映像のように。
 そして、そこにはいつか見た、紫色の鱗鎧を装着した戦士の姿があった。見慣れた淡い黒髪も、龍の頭部を意匠化した額冠という装飾品を伴って、幻想的な色合いを帯びている。冷たい視線もいっそう冴えた光を放っていた。全体的に冷ややかな印象の中で、口元に浮かんだ笑みだけは、心なしか温かさを宿している。
「何か、感想は?」転装を終えたジルファーが問い掛けてきた。
 何て答えたらいいんだ? 
『うわ、先生、すごいです。格好いいですよ。まるで本当のヒーローみたいだ』
 ロイドだったら、こんな感じだろうな。
『フン、気取りやがって、紫トカゲが。派手に見せればいいってもんじゃねえだろうが』
 リメルガだったら、こうだろうか。
「星輝士。これが星と獣の力を宿したゾディアックの戦士ですね」
 感想ではなく、事実をしっかり認識した言葉を返す。ジルファーが期待するのは、感情ではなく、ぼくの理解なんだと受け取って。
「星輝転装。それがキーワードですか、覚えておきます」
 ジルファーは、満足げにうなずいた。

 空は曇っていた。ぼくの晴れやかな心と違っていて。
 久しぶりに日の光に祝福されたい気持ちもあったけど、そのうち機会もあるだろうと考えて、残念には思わなかった。
 空気は新鮮で、思いきり深呼吸する。けれども、何だか薄く感じて物足りない。ずっと洞窟の濃く澱んだ空気に慣れていたせいか、それとも標高の高さゆえか。
 《星近き峰》(プレクトゥス)
 洞窟を指して、そう呼ぶようにも聞いていたけど、実際には、この万年雪に覆われた山岳を指す言葉だ。
 洞窟の前は、かつて見た一面の銀世界。
 寒くはない。
 加護はしっかり働いている。それでも、身を刺す空気の冷裂さは感じとることができた。加護は感覚を鈍くするものではない。感性そのものは研ぎ澄ませつつ、苦痛や耐え難い不快さを減免するはたらきを示すのだ。
 洞窟の前は、平地がしばらく続いていた。滑るよりも、ゆっくり踏みしめて歩くことになる。それでもスキー板がなければ、積雪に足をとられて、進むことすらままならないだろう。
 ジルファーは、スキー板をはいていなかった。重そうな鎧でどうするのか、と思ってみたら、なぜか沈むことなく、普通に雪の上を歩いている。まるで、宙に浮いているような軽やかさだ。「雪や氷は、私の得意分野(フィールド)だからな」それだけ言えば十分といった感じで、ジルファーは説明を加えようとしなかった。
 まるで鳥が空を飛び、魚が水を泳ぐのが当たり前といった感覚。
 星輝士の不思議な力よりも、ぼくは周囲の自然のことを尋ねることにした。
「ここは、やっぱり曇っていることが多いんですか?」雪がなかなか溶けないのも、そのためかもしれない。それに山の天気は曇りがちだし。
「基本的には、いつもこうだ」ジルファーは言った。「ただ、自然の雲というわけじゃない。本来なら標高が高すぎて、雲すら昇ってこられず、高山植物さえ生えないところなのだよ、ここは」
「意味が分かりません」ぼくは正直に言った。考えて答えを出すにしても、考える材料がそろっていない。手がかりもないのに勝手に決め付けて、間違った思い込みに至るよりは、まず、それなりの判断材料を確保すべきだ。
「ここは、ゾディアック以外には隠された場所なのだ」ジルファーは、ぼくの部屋にいるときと同じように語り始めた。「今の時代、人間は飛行機などで空から地上を観察することも容易にできるようになった。いや、宇宙から衛星を使って、地上のあらゆるところの写真を撮ることすら可能になっている。そんな文明の目を逃れるには、どうすればいいと思う?」
「地下の洞穴か、海底ってところですか」考えを口に示す。
「正解だ。そして、もう一つ。なるべく自然を装いながら、視認困難なヴェールで覆い隠すことが考えられる。もちろん、それだけの技術があれば、という前提だがね」
「つまり、雲が一種の結界となって、ここはいわゆる隠れ里、地上からは隔離された状態になっているわけですね」道理で、携帯電話の電波も届かないはずだ。洞窟の中だから、という理由だけで納得していたけど、もっと根本的な問題があったのだ。
 ゾディアックは、星輝石の神秘の力だけでなく、最新の科学技術までも備えた秘密結社らしい。その点が、ただのオカルト集団と違うところだ。星王神信仰という言葉にごまかされがちだけど、現代社会の科学もしっかり研究し、持てる技術を駆使して、その目的を果たすために活動しているのだろう。
 そのためには、人をも誘拐し、山さえ隠そうとする。どうして、そこまで秘密主義を貫くのか、はっきりとは分からなかったけど、強力すぎる力が簡単に世に出ないようにするのも世界の平和のため、と推察することぐらいならできた。
 だったら、いっそのこと、ゾディアックが世界を完全に統一し、支配してしまえば、目的達成も早いのではないか、とも思ったけど、それをしたらフィクションでよくある「悪の秘密結社」になってしまう。正義と悪の境界がどこにあるのか、結構、難しい問題だ。
 ロイドだったら、納得できる答えを持っているのだろうか? 

 頭の中の雑念を振り払おうとしていると、ジルファーが別の話を持ち掛けてきた。
「君に紹介したい相手がいる」
「《大地の星輝士》ですね」
「ああ、クレーブスのランツ」
「どんな男なんです?」
「そうだな。体格は、シリウスに近いかな。もう少し筋肉はついているが、小柄でやや痩せ型といったところだ。中肉中背には届かない、と言うべきかな」
 ロイドに似た体型……《大地》だから、もっとがっしりした男と何となく思っていたけど、少し意外だった。
「性格的には、ずけずけ物を言うところがある。割と突き刺さるような言い方だな。ハヌマーン、いやMGとはいい勝負じゃないだろうか。経歴も、生まれついての傭兵だったから、MGと通じるしな」
 体がロイドで、性格がリメルガだって? 
 自分の中では、ちっともイメージがつながらなかった。ロイドとリメルガはある意味、対極の存在のようにも見えていたので、二人を足して二で割るとどうなるか、なんて想像もつかない。
「まあ、少なくとも、悪い奴じゃないさ」
 うん、それはそうだろう。リメルガも、ロイドも、悪い奴ではない。掛け値なしのいい奴か、と問われれば、個性が強すぎて、決して人当たりのいい連中とは言えないけれど。
 二人と初めて対面した朝を思い出した。
 あれはひどかった。
 結果的に分かり合えたとは言え、ああいうドタバタをもう一度、と思うと、げんなりする。もう少しスムーズに打ち解けあえる相手であってほしい。

 連絡はついていたらしい。
 その場で待機しながら、不安半分、期待というか好奇心半分でいると、やがて、その男は雪上を滑ってきた。
 スキーじゃない。スノーボードだ。
 赤橙色(ホット・オレンジ)の鎧を身にまとった男が、ボードで雪を蹴散らしながら、滑走してくる。思ったよりも派手な登場には、少々度肝を抜かれた。《大地》だから、ズンズン熊のように大股で地面を踏みしめてくる、と思い込んでいたのだ。ロイドがスノボーだったら納得だけど、リメルガみたいな性格の男がスノボーとはイメージが狂う。
 鎧のデザインも一言でいえば、派手で物々しい。ジルファーの鱗鎧なら、『紫の龍を模した鱗鎧』の一言で説明できるほど、シンプルな外観だ。その色彩から、初めて見たときは派手な印象を受けたけど、歴史博物館に展示されていても違和感はないだろう。しかし、ランツの鎧は、そのような一言で説明できるほど単純ではなかった。
 まず左腕には、丸い大きな楯が見てとれる。ただの楯じゃない。ゴツゴツしたトゲが周囲に散りばめられていて、防具というよりも、武器の一種と言ったほうがいい。
 右手には、左の丸と対照的にひし形の装備(パーツ)が付けられている。何となく展開して、刃になったりしそうだ。
 胴体(ボディ)も重装甲で、いかにもいろいろと仕掛け(ギミック)が施されているようなゴテゴテした感じを備えていた。
 細かいことはよく分からないけど、機械好き(メカマニア)が見れば、嬉々として、各種の内蔵された仕掛けを予想したりするのだろう。ぼくだって、メカは好きだけど、ミレニアムファルコンのような実用的なデザイン重視のものを格好いいと思う。変形するにしても、せいぜいXウイングのような可変翼ぐらい。変形ロボット(トランスフォーマー)なんかは、何が格好いいのか分からない。もちろん、玩具をいじって、人型から乗り物(ビークル)に変形させるのは子供心には楽しいのだけど、ちっとも現実的とは思えない。しょせんは玩具と思ってしまうのだ。
 ランツの鎧は、そんな玩具っぽさ、機械(メカ)っぽさを濃厚に発散させていた。それでいて、全体的な印象は甲殻類、いわゆる水辺でたわむれるカニを思わせて、『それって格好いいの? 単に不気味なだけじゃない?』という(いびつ)なセンスを感じさせた。最初にジルファーではなく、彼の鎧を見たら、星輝士が『成長できない子供(ピーター・パン)』の集団と錯覚したかもしれない。
「おう、待たせたな」華麗にスリップターンを決め、制動した。鎧のおかげで容量(ボリューム)が膨れ上がってみえるが、小柄な体格なので見下ろすしかない。
「15秒の遅れだ」ジルファーが細かいことを言うが、カニ鎧の男は気にする様子を見せず、ぼくを見上げてくる。
 その顔つきは、リメルガともロイドとも違う。リメルガが威圧的ながらも、どこか大らかな雰囲気の巨漢、ロイドが人懐っこい少年というイメージどおりの顔をしているのに対し、赤い戦士の表情は研ぎ澄まされた刃のようにギラギラしていた。目鼻立ちがスッキリしているのはいかにもゲルマン風って感じだけど、貴族というよりは田舎出の庶民風。髪の色も濃くて、ところどころはね上がったりするくせっ毛だ。全体的には、不良少年がそのまま大人になると、こんな感じか、と思わせるところがある。野生的(ワイルド)だけど、決して下品ではない。それでも、二枚目とは言いかねた。
「さっきから、人の顔をじろじろ見やがって」声はいくぶん低いけど、はっきり響いた。
「お前が《太陽》だな。オレがランツだ。《大地》とも言う。『鉄壁の楯』とも『死神』とも呼ばれることがあるが、勘違いするな。敵にとっての死神であって、味方殺しの意味じゃねえ。戦いになったら、オレが味方で良かったと思うだろうぜ」
「あ、ああ、よろしく」こちらが答える前に、機関銃(マシンガン)のように連発される言葉に圧倒される。
「何だ? そっちの自己紹介はなしか? 図体はデカイ癖に、中身は空っぽってタイプじゃねえだろうな。それでもオレたちの大将候補か、ラーリン」
 ラ、ラーリン?
 ええと、ラーリオスを略してラーリンなの? 
 今まで、散々リオと呼ばれてきたので、今さら違う略称で呼ばれても困る。
「ぼくは、ラーリンなんかじゃない!」かろうじて、そう言い返す。
「だったら、何て呼べばいいか、さっさと自分で言えよ」
「リ、リオでお願いします」完全に主導権をとられて、ぼくはおずおずと返した。
「リオだって?」ランツは、驚きと呆れの混じった複雑な、それでいて、はっきり、その両方が分かる表情をして見せた。「誰だ、そんなセンスのない呼び方をしている野郎は。リオ、リオ、う〜ん、リオねえ。呼びにくい。そんなのはカーニバルで踊っていればいいんだよ。却下。お前の呼び名は、今日からラーリンだ、はい、決定」
 この強引さ。確かに、リメルガタイプだ。
 いや、リメルガよりも口が早いだけに、よけいに性質が悪い。
 リメルガとの会話では、こちらにじっくり考える余地があった。威圧感にビビることさえなければ、言葉を返す間があった。
 ランツの場合は、じっくり考えていると、それ以上のスピードで言葉をまくし立ててくる。ある意味、ぼくの一番苦手なタイプだ。考えているうちに、言いたいことを言えず、そのまま押し切られて、後には一方的な敗北感と疲労だけが残る。
 どこかで、巻き返しをはからないと。
「……ああ、うるさい」いかにも不快感を表すように、わざとゆっくり、間延びした口調で言う。「リオで、もう決まっているんだ。みんながそう呼んでいる。リメルガも、ロイドも、そして……」最後の一言なので、ことさら強調して言う。「カレンさんも」
「だったら、リオも悪くないな」ランツはあっさり翻った。
 何だ、そりゃ? 
 ぼくは、相手の真意を確かめるように、じろじろ見た。
「何見てんだ」ランツはギロッとにらみ上げてきた。「オレだって、バカじゃねえ。3人もそう呼んでるんだったら、それに合わせる方が無難だろうがよ。孤軍奮闘ってのはドラマチックに聞こえるが、いつもそれだと、ただのへそ曲がりだ。まあ、時々、ラーリンって呼ぶかもしれねえが、基本はリオ、それでいいんだろ?」
 ぼくはうなずいた。
 けれど、多少、納得できないところを感じて、ジルファーに視線をやった。
「私は、リオとは呼ばないぞ、ラーリオス」
 いや、そういうことを言いたいんじゃなくて。
「お前のことは、どうでもいいんだよ、ジルファー」ランツも、ズケズケと言う。「大体、話が違うんじゃねえか。お前は、こいつがあのソラークと言葉で渡り合った男だと言っただろうが。だから、よっぽど口達者な奴かと思っていたら……自分のことも、ろくに語れねえ腑抜けときた。お前の人を見る目も、大したことないな」
 この言い方には、ぼくもだいぶカチンと来た。何か言い返そうと考えていると、ジルファーが先に言葉を放った。
「ラーリオス様は、後から実力を発揮する男(スロー・スターター)なんだ。速攻型の貴様とは、性質が違う」
 ジルファーは、ぼくのことをよく理解していた。ぼくが、感謝の視線を向けると、ジルファーも軽くウインクして見せる。
後から(スロー)ね」ランツは納得していない表情だった。「戦いは先手必勝だ。敵は、そんなにちんたら待っててくれねえんだぞ」
「だから、それまでしっかり支え、楯となって、守るのが我らの仕事ではないか」ジルファーが反論する。
「こいつが守り甲斐のある奴だといいんだがな」いちいちトゲのある言い方をする。だったら、こっちだって……。
「狭いところが怖くて、洞窟にも入って来れない臆病者が、無駄に絡んでくるんじゃねえよ」ランツの不良っぽい口調も試してみる。
「何だと?」ジルファーをにらんでいた顔が、ぼくに向き直った。「てめえ、どういう意味だ、それは?」
「どうして、洞窟に入らないのかって聞いてるんだ」上から目線で、にらみ下ろす。「閉所恐怖症か何かなのか?」
「ジルファー、こいつに何を吹き込みやがった?」今度はジルファーに目を向ける。ころころ視線の変わる、落ち着かない男だ。
「私は何も」ジルファーは涼しい顔だ。「ただ、貴様が洞窟を嫌っていて、中に入らないのには、事情があるって言っただけだよ」
「そういうことを誤解のねえように、しっかり解説するのがお前の仕事じゃねえか」ランツは言い放つ。「日頃は、何かと真実が大事とか言ってるくせに、肝心なことが抜けてやがる」
「私が語る真実は、根拠をもって客観的に事実かどうか判断できるものだけだ。個人の主観的な感情については対象外だよ」そう言ってからジルファーは付け加えた。「そもそも、貴様の内面に踏み込むつもりはないし、それが肝心なこととも思えないのだが」
 ランツと、ジルファーの視線の間で、激しい火花が飛び散っていることは、星輝石の力を借りなくても感知することができた。
 この二人、すごく仲が悪い? 
 でも、ジルファーは、ランツのことを「悪い奴じゃない」と言っていたんだけど。

「ああ、もう、閉所恐怖症でも、暗所恐怖症でも、どっちでもいいじゃないか」ぼくは、仲裁するつもりで、口をはさんだ。
「どっちでもねえ!」と、ランツが噛み付いてくる。「勝手なことを言ってるんじゃねえよ、ラーリン!」
 リオだって。
 思わず、そう言い返したくなったけど、違う言葉を口に出す。
「だったら、誤解のないように、自分のことは、きっちり自分の口で語ろうよ」
 ランツは、ぼくをにらみつけて来た。「それは、こっちのセリフだ。大体、お前が自己紹介を怠ってるから、こういうややこしい話になってるんじゃねえか」
 ああ言えば、こう言う奴だ。
 相手に口をはさませないように、わざとらしく大きく深呼吸をしてから、一気にまくし立てる。
「ぼくはラーリオス。リオとも呼ばれている。《太陽の星輝士》候補だ。高校では、フットボールのラインバッカーをやっている。攻めよりは守りが専門だと思っている。好きな科目は、一応、歴史だけど、勉強はあまり得意じゃない。好きな映画は、『スター・ウォーズ』と『ターミネーター2』、他には昔のハードボイルドな探偵映画が好きだけど、それほど詳しくはない。これで満足か」
「まるで、子供(ガキ)の自己紹介だな」ランツはにべもない。「オレが聞きたいのは、お前の大将としての自覚だ。ここは子供の遊び場じゃねえんだよ。ラーリオス、つまり指導者ぶるんだったら、戦いの大義とか、得意な戦術・戦略とか、部隊の運営方針とか、部下を激励する言葉とか、そういったものがあるだろうが。今ので分かったのは、攻めより守りってところだけじゃねえか。『スター・ウォーズ』だと? 戦いを娯楽(あそび)といっしょにすんじゃねえ!」
 なるほど、こいつは、やっぱりリメルガと同じタイプなんだ。戦場に生きる男で、現実的。高校生としての素のぼくを出したのは、場違いだったらしい。リーダーとしてのラーリオスを求めてくるのか。
 それなら……、
「正直、指導者としての振る舞い方には慣れていない」ぼくは自分の状況を語った。「星輝士であることも含めて、勉強中と思って欲しい。自分なりに努力はしているんだけど、至らないこともあるんだろう。今のぼくは、共にいる仲間の事情とか、そういうことを少しでも分かりたい、と思っている。長所は発揮してもらいたいし、短所があるのなら克服、またはお互いに補うことで、チームとしてしっかり機能させたい。そのためには、何からでも学ぶつもりでいる。聞きたいことは、こういうことでいいのかな?」
 どうだ? とジルファーが、ランツに視線を送った。
子供(ガキ)にしては、口が回るようだな」目線を受けて、ランツはつぶやく。「うまく、しつけやがって」
 別に、しつけられたつもりはないんだけど。
 今の言葉は、ジルファーから学んだのではなく、あくまで、ぼく自身の気持ちだ。たぶん、ここに来る前から、ハイスクールの授業や課外活動などで、いろいろな人から聞いた話なんかが血肉となって、形に表れたんじゃないかな。
 自分では学んでいないつもりでも、経験したことは身内に根付いている。ただ、それが上手く発揮されるためには、星輝石なり、師匠の教育なり、実践での活動なり、何かの契機が必要になるんだろう。そして、さらには個々の知識や知恵を、有機的につなげるセンスも問われてくる。それらを積み重ねながら、自分の経験をきちんと活かせるかどうかで、人生は大きく変わってくる、そんな風に何となく悟りめいた感覚を、ぼくは会得していた。
「次は君の番だ」と、自信をもって宣言する。「ランツ、君の閉所恐怖症の事情を聞かせて欲しい」
「だから、恐怖症じゃねえって、さっきから言ってるだろうがよ」ランツはわめいた。「てめえ、しつこく連発して、ケンカを売ってるのか!」
「ケンカなら買うよ」ぼくは、あっさり言った。
「お、おい、カート」思わず、ジルファーがぼくの本名を口に出す。
「いい度胸だ」ランツの視線がギラついた。
「ただし、ルールはこちらで決める」すかさず、ぼくは主導権をとった。「星輝士としての力には頼らない。ぼくはまだ星輝士じゃないからね。まともに戦ったら、君に勝てるはずもない。だから、石の力には頼らず、生身の肉体、拳を使った練習試合(スパーリング)形式だ。ちょうど、洞窟の中にはリングだってある」
 そう、ロイドと戦ったときのように、直接、拳を交えることで、より深く分かり合える人間だっているのだろう。
 ランツも、きっと、そういうタイプだと確信した。
「そこまでして、オレを洞窟の中に引きずり込みたいか?」
 いや、そういうつもりじゃないんだけど。
 ただ、気にはなる。恐怖症じゃないなら、どうして、そこまで洞窟を嫌うんだ?
 《大地の星輝士》だったら、ジルファーの雪や氷と同様、洞窟の中は得意分野(フィールド)じゃないのか?
 その事情を知るために、一戦を交えてもいいな。
 そう思いかけたところで、ぼくの胸にズキリと痛みが走った。
 星輝石の力で治癒したとはいえ、後まで尾を引く胸の傷。調子づいて、ロイドと戦ったことによる代償。
 結果として、人の想いとか、《気》の技術とか得られるものも多かったけど、その分、多くの人たちに心配と迷惑もかけた。もう一度、ランツとやり合って怪我でもしたら、同じ過ちの繰り返しだ。
「やっぱり、やめた」ぼくは、あっさり自分の言ったことを翻した。
「何だそりゃ?」ランツの表情が、驚きと怒りの両方を示した。なかなか器用な顔だ。「あれだけ言って、怖気づきやがったのかよ。てめえ、それでも男か」
「男は、女性を泣かせるべきでない」ぼくは、断言した。「ぼくが前に戦ったときは、思わぬ怪我をして、みんなに迷惑をかけた。カレンさんだって治療しながら、いろいろ心配してくれたんだ。ああいう女性を悲しませるようなマネは、二度としたくない」
「……」ランツは、黙りこくった。そして、ぼそりとつぶやいた。「カレンを悲しませたくないか。いい心がけだ。そういうことなら、オレも拳を引っ込めるか」
 どういうことなんだ?
 ぼくはまじまじとランツを見つめた。
「い、言っておくが、誤解するなよ」ランツは身に付けた鎧に負けずに、頬を紅潮させた。「別にカレンがどうとか、そういうことじゃないからな」
 ああ、そういうことか。
 ぼくは納得した。
「だから、つまり、指導者として周りに迷惑をかけたくない、それがいい心がけだってことだ。それに、自分が不利となれば、いつでも撤退に移れるというのも、いい指揮官の対応だ。それぐらい臨機応変に対処できるとなれば、頼りがいもあるってもんだぜ」
 いろいろ、まくし立てているけど、本音は一つだろう。
 カレンさんを泣かせたくない。
 何だか急に、ランツという男が好きになった。
「いろいろ、あるだろうけど、よろしく頼む」ぼくは右手を差し出した。「あなたとは、本音で付き合いたい」
「あ、ああ」ランツは右腕の武装を瞬時に解除して、生身の手でぼくの右手を握った。グッと力強さが伝わってくる。「こっちだって、よろしく頼まあ」

「リオ、お前、好きな飲み物は何だ?」握手の後、唐突にランツが聞いてきた。
「え? コー……」ンジュースと答え掛けて、慌てて言い換える。「コーヒーだね、うん」
「ケッ、子供っぽくホットミルクって答えると思ったんだがよ」ランツの口の悪さは相変わらずだが、それも何だか愛嬌と思えてきた。ちょっとした心の変化というものは、同じ口調でも違った風に聞こえさせる。
 ランツが何の話をしたいのか分からず、ぼくは続きを待った。
「どれだけ好きな飲み物でもよ、そればかりの海で泳ぎたいとは思わないよな」
 コーンジュースの海……全身が塩だか、砂糖だか、よく分からない風味にまぶされて、とんでもないことになりそうだ。
「つまりだ」ランツは、ぼくのおぞましい妄想を断ち切った。「たとえ、好きな物に囲まれていても、ずっと、そればかりだと神経がもたないってことだ」
「私は、好きな書物に囲まれていたら、四六時中だって平気だぞ」ジルファーが口をはさんできた。「たとえ、書物に押しつぶされて死ぬことになろうと、本望だ」
「お前の話は聞いてないんだよ、ジルファー」一言で切り捨てる。「ラーリオス、お前はどうなんだ?」
 ええと、ぼくの好きな物……そう言えば、『スター・ウォーズ』の専門店に憧れたことがあったなあ。映像ソフトや、人形(フィギュア)や、マシンの模型や、コスプレ用の衣装や、ポスターや、ライトセーバーの模造品や、実物大ダース・ヴェーダーの置き物とかがフロアいっぱいに飾ってある、夢みたいな店。
 ……でも、自分が日常生活を送る場所が、『スター・ウォーズ』関連の品物(グッズ)に占領されたら、イヤかもしれない。そういう暮らしを喜ぶとしたら、じゅうぶんナードだ。ぼくは、そうじゃない。
「言いたいことは分かった。つまり、《大地の星輝士》にとって、洞窟は刺激が強すぎるってことだね」
「そういうことだ」ランツは満足げな表情を浮かべた。「分かってくれたようだな」
「分からん」ジルファーが不満そうに言った。「雪や氷に囲まれていても、私はそういう心境にはならないぞ」
「土は、いろいろうるさいんだよ」ランツがうんざりしたように言う。「雪や氷はおとなしいもんじゃねえか。あっさり溶ける、はかないものだ。土ってのは、しつこいんだ。中にはいろんな生き物が密集して、生きたり、死んだり、いろいろな思念がざわついてる。確かに、かわいげのある連中とも言えるが、そんなつぶやきを絶えず聞かされてみろ。意識を飲み込まれて、あっという間に発狂だ。オレは、こう見えても繊細なんだよ」
「つまり、せまいのとか暗いのが怖いんじゃなくて、土そのものが怖いってこと?」
「怖いんじゃねえって、何度言ったら……」反論しようとするランツを、ぼくは暗い目でにらみつけた。
「怖いさ。自分が自分じゃなくなるような感覚ってのは。星輝石は時として、そういう思念を増幅して、ぶつけてくる。星輝士は、自分を見失わないように、自分の魂をきちんと維持しないといけない。ぼくは、そう理解している」
「あ、ああ、そいつが《太陽》の言い分か」ランツは、何とか納得した表情でぼくを見た。「星輝石の力は、確かに怖ろしいよな。お互い魂を持っていかれねえようにしねえと」
「そういう感覚が、貴様にはあるのか?」ジルファーが鋭い視線をランツに注いだ。
「あると言えばある。ないと言えばない」ランツはどっちつかずのことを言う。
「どういう意味だ?」ジルファーは厳しい表情で、問い掛けた。
「てめえが何を気にしているかは知っているぜ、パーサニア」ランツは、ニヤリと笑みを浮かべた。「《炎》に《水》に《大地》、裏切りの星輝士のことだろう?」
「そうだ。奴らの魂が、貴様に何か働きかけるようなら……」
「その点は心配するな」ランツは軽く受け流した。「オレは死者の魂には鈍感なんだ。そうでなければ、人は殺せねえ」
「信じていいのだな」
「オレが死者の魂を気にするときは、オレ自身が死ぬときだ」
 ジルファーは腕を組みながら、その言葉の意味を考えていたが、どうやら納得したようだ。「つまり、貴様に影響を与えるのは、人の思念や霊魂ではなく、大地、自然の雑多な感覚と考えればいいわけか」
「てめえはどうなんだ、ジルファー?」ランツが逆に問い掛ける。「星輝石はお前に何を伝える?」
「私も、その点は鈍感なほうさ」ジルファーは、苦笑いを浮かべる。「人の魂は何も伝えない。私に語りかけるのは、文字情報だけだ」
「それって、普通に本を読むのと何が違うんですか?」思わず、疑問を口に出す。
「カート、私はね、文字を読みながら、その背景に書かれた物事の真実を聞き取ることができるのだよ。記述者の残した思いが語りかけてくる、といった感じだ。だから、記載事項に偽りがあったとしても、それは感覚として分かるし、未知の言語で書かれていたとしても、おおよその内容を把握することができる。まさに星輝石が与えた天賦の才といったところさ。私の本来の職業では、非常に重宝する」
「文字情報だけ?」
「残念ながら、人が口にした言葉の真偽までは分からない。そこまで便利にはなれないよ」
 なるほど、星輝石がもたらす恩恵や感覚は個人によって異なることが、よく分かった。それはつまり、ぼく自身が受けた感覚は、ぼくにしか分からない可能性が大きいということだ。
「魂を持っていかれた星輝士はどうなります?」ぼくは、二人の上位星輝士にたずねてみた。
 ぼくの脳裏には、《太陽の星輝石》が見せた悪夢の幻視(ビジョン)が映っていた。あれは、魂を失ったラーリオスなのか?
「魂がどうこうは分からないが」ジルファーは慎重に言葉を選んだ。「力の制御ができなくなった星輝士は、暴走すると言われている」
「自我を失って、破壊の限りを尽くすそうだぜ」と、ランツ。
「もしも、仲間がそうなったら、どうします?」
「想像したくはないが……」言葉を濁すジルファー。
「場合によっては、始末するしかないな」平気で物騒なことを口にするランツ。
 その言葉を聞いて、ぼくは急に加護を失ったような気分で、身震いした。
 左手の星輝石を撫でさすりながら、何としても自分の心を失うまい、と心に誓う。
 雪原を、ただ冷たい風が吹きぬけた。


前ページへ次ページへ



inserted by FC2 system