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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(4)


 
4章 ファースト・レッスン

 洞窟の構造は、思っていたよりも複雑だった。
 迷宮とまではいかないが、それなりに分岐もあって、あっさり脱出できたのが、奇跡のような偶然に思えてくる。一度は通ったはずの道だけど、どう進んでいいか分からない。
 ここは、ジルファーの先導に任せるしかなかった。ぼくの教育係を自称した男は、特に警戒する様子もなく、前を歩いていく。
 何となく拾い上げたイスの脚で、背後から一撃……と考えないこともなかったけど、そんなことをしても仕方ないと思い定めた。結局、雪の中を、ろくな準備もなしに逃げ出せるはずがない。
 積極的に行動して、うまく行かないと分かった以上、次の行動に移る前に一度、じっくり情報を集め直す必要も感じた。こちらがおとなしくしていれば、いろいろと情報を与えてくれそうな相手がいるのに、自分からやみくもに敵対的に振る舞って、台無しにしてしまうほど、ぼくは間抜けじゃない。

 前を行くジルファーの足音は、意外と静かだった。
 最初は特に気に留めていなかったけど、その紫色の鎧の背中を見ているうちに、ふと疑問が湧き上がった。
「あ、あの? どうして、そんなに静かに動けるんですか?」後ろから掛けた声は、洞窟の通路で腹立たしいほど、おずおずと響いた。
 振り返った相手の目は、何を聞くのか? とばかりに冷たい。どうも苦手だ。この目で見つめられると、自分がバカになったように思えてくる。
「い、いや、だって、普通、そんな鎧を着ていたら、ガシャガシャ鳴るものでしょ?」
「そういうことか」足を止めたジルファーは、質問の意図を納得したように微笑んだ。「金属の鎧なら確かにそうだろうな。だが、星輝士の鎧は材質が違う」
「星輝士?」初めて聞く言葉だ。似た言葉では、『星輝石の加護』って聞いた気もするが。
「ああ。それを説明し、理解してもらうのは、少々、時間が掛かりそうだな。大事なことなので、後でじっくり説明しよう。さあ、もうすぐ君の部屋だ」
 疑問の答えは先送りになった。

 殺風景なぼくの部屋。
 そこには、カレンさんが待っていた。
「あ、ラーリオス様。どこへ行っていたんですか? ゆっくり休んでいるように言ったじゃないですか!」
 怒りよりも、むしろ心配の思いが先立つ口調に、ぼくは少し気まずさを感じた。入院中のベッドから勝手に抜け出した重病患者になったような気分だ。
「え、ええと……」頬をかきながら、何と答えていいか考えていると、
「ちょっとした散歩さ」ジルファーが助け舟を出してくれた。「彼は別に病人でも怪我人でもないからな。ベッドに縛りつけている必要はないだろう」
「で、でも……」あ、ジルファーに思わぬ反論を受けて戸惑っている、カレンさんの顔が何だか可愛い。ぼくに対しているときは、事務的でしっかり者のお姉さんといった感じだったけど、こういう表情の方が素なのかな。
 もっとも、ぼくは女の人の困っている表情をじろじろ見て、喜ぶほど性悪じゃない。
「ごめん。心配かけたみたいで」照れながら、頭を下げた。それから、きれいな女の人の顔から目をそらしつつ、どもりながらも何とか言葉をつなげる。「ええと、とにかく、ここから逃げたくなって、外まで行ったんだけど、外は雪ばっかりで、とても逃げられない、と分かったから、ジルファーさんに付き添われて、戻ってきました。次からは、もう少し、考えて行動します!」
 一度、口を開くと、もうひたすら正直にまくし立てた。大胆不敵な映画のヒーローは、ここにはいない。ただ、照れ屋で、口下手だけど、根は素直な体育会系ティーンエイジャーのままに振る舞うだけだった。
 最初に、プッと吹き出したのはジルファーだった。「普通、そこまでバカ正直に打ち明けるか?」と苦笑いを浮かべる。
「いや、今さら格好つけて、取りつくろっても仕方ないでしょ」必死に言い訳というか、弁明というか、理由めいた自己主張を紡ぎだす。何だかハイスクールの弁論の授業で、四苦八苦している気分だ。「こっちは逃げようと思って、イスの脚まで折って、邪魔する相手と戦おうとまで考えたんですよ。でも、結局、逃げられないと分かったんです。あとは、じたばたせずに、状況に任せるしかないじゃないですか!」最後は半ば焼けくそ気味に、叫ぶ感じになった。
「……だから、そこまで本音をベラベラ口に出したら、これから逃げる算段を練ることが困難になるって考えないかね」呆れたように言うと、ジルファーは断定した。「到底、計略家には向かないタイプだな」
 クスクスと、カレンさんも笑みをこぼした。「でも、裏表のない方のほうが、安心できますわ、お仕えする上で」
「えっ、お仕え、って一体……?」緊張のあまり、必要以上にハアハアと息をあえがせながらも、いい加減、先送りばかりになっている疑問には答えてもらいたい。そう思って問いかけたとき……タイミング悪く、またも腹が鳴って、ますます頬が赤くなる。
「そう言えば、食堂へ向かおうと思っていたんだな」ジルファーが、カレンさんに打ち明ける。「ラーリオス様は、食事をご所望だ」何だか芝居がかった口調がイヤミっぽい。
「それなら、スープを用意してあります」カレンさんがにこやかに言った。「少し冷めてしまいましたけど」ちらっと向けた視線の先に、小さな机。その上では、黄色い液体の入った深い皿が、おいしそうな湯気をたてていた。
「……」ジルファーは無言のままに、こちらを見た。
 その意味も分からずに、「冷めていてもかまいません!」そう言って、ぼくは喜んで、皿に飛びついた。
 ほんのりと生温かいスープは……砂糖が効いていて、異様に甘かった。

 ジルファーが何かの指示をして、カレンさんが部屋から出ていくまでの間。
 ぼくは、ひたすらむせていた。
「水だ」ジルファーがどこからともなく透明のグラスを取り出して、渡してくれる。手に取ったグラスは非常に冷たかったが、ぼくはあまり気にせず、中身の澄んだ液体を飲み干した。
 口に残った粘ついた感触が、ようやく消える。
「カレンは、巫女としても、星輝士としても、癒し手としても非常に有能な女性だが、料理の味付けだけはな」ジルファーが肩をすくめて説明した。「元々は、貴族の名家の出だから、調理の腕を磨く必要がなかったんだろう」
「……すると、こういう味付けのスープじゃなかったんですね」ぼくは、もはやスープとは言いがたい怪しい液体の入った皿をこわごわ眺めた。「てっきり、フランス料理風の甘い味付けのスープなのかな、と思ったんですが」
「むしろ、カレン特製コーンジュースと名付けた方がいいかもな」そう言いながら、ジルファーはニヤリと微笑む。「まあ、覚悟して飲めば、飲めないこともない」
「……そうですね。一応、ぼくのために作ってくれたんだし、残すと悪い気がします」ぼくは勇気を出して、コーンジュースを一気に飲み干した。とても口には合わなかったけど、空腹は最高の調味料ということもあって、何とかなった。
 ジルファーは、その目に称賛の光を浮かべて、拍手した。「君は勇者だ」
 ぼくはジト目で、からかうような態度の教育係をにらみつけた。「『覚悟して飲めば』って言ったじゃないですか」
「私には、その覚悟はなかったよ。カレンには悪いと思ったがね。最初の一口を飲んで以来、カレンの作ったものは口にしないようにしている」
 うわ、ひどい。
「ともかく」ジルファーは話題を変えた。「さっき気付いたんだが、この部屋には、グラスと水差しが必要だな」
「え? グラスも水もあったじゃないですか?」何を言っているんだ? という視線をぼくは向けた。
「自分で作った」ジルファーはあっさり言ってのけた。「私は氷を操ることができる。グラスは氷で作った急ごしらえだ。中の水は、氷を溶かした。これも星輝士の力の一環だ」
 ぼくは、非現実な空想にふけりがちなナードを見る目で、ジルファーに質問を投げかけた。「……星輝士って、魔法使いか何かなんですか?」
「魔法戦士といった方が正解だな」からかっているようにはとても見えない生真面目な表情で、ジルファーは答えた。「そして、ラーリオス、君はその星輝士の盟主として、選ばれた存在なんだ」
 これが、ぼくの受けたジルファーの最初の授業だった。


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●作者余談(2012年1月9日、ネタバレ注意)

 ジルファー先生がカートに授ける、最初の授業というタイトルですね。

 そして、「ゾディアックへの不信感」「いろいろ学んで役立てようとする」という流れに、カートの気持ちが移り変わる章です。
 なお、このカートの態度は、後にトロイメライの闇の導きに対しても、同様に発揮されます。

 実のところ、カートは星王神や光という概念に対して、強い信仰心やこだわりを持っているキャラではなく、むしろ中立的な視点で受け入れるキャラ、揺れ動くキャラとして描いています。
 この辺のモチーフは、RPGファンタジー小説の名作『ドラゴンランス戦記』にありまして、主人公のタニスがハーフエルフ、つまりエルフの持つ光と、人の持つ闇の部分の間で揺れる設定。そして、光の象徴がエルフの少女のローラナで、闇の象徴が人間の女性のキティアラということで、二人の女性の間で板ばさみになりつつ、冒険者一行のリーダーとして闇のドラゴン軍に立ち向かう、という物語。
 なお、この作品には光の戦士キャラモンと、その弟の闇の魔術師レイストリンに焦点を当てた続編『ドラゴンランス伝説』もあって、まあ、パーサニア兄弟の原型の一つかなあ、と思わなくもない。

 一応、そのまま設定をパクッたわけではないけど、自分のファンタジー小説の原型が、『ロードス島戦記』、『ドラゴンランス』、『指輪物語(ロード・オブ・ザ・リングズ)』、そして『エルリック・サーガ』の4つに集約されるかなあ、と思っています。だから、それらに自ずと影響を受けた要素が散見される、と。

 ま、カートの設定が、西洋とネイティブ・アメリカンのハーフだとか、光のスーザンと闇のトロイ(あるいはカレン)の間で揺れ動くというのは、ハーフエルフのタニスを意識しているのは確か、と。
 
 もちろん、ゾディアックという組織自体が、原案者のあいまいな表現で、正義なのか悪なのか、光なのか闇なのかよく分からない設定のまま、ずるずる来てしまったことの必然的な帰結でもあるのですけど。
 一応、本作では、光の星王神と、闇の邪霊の二元論を軸に、各キャラの思惑などが錯綜する物語を展開しており、光にも闇にも与していなかった部外者のカートがそれに巻き込まれつつ、翻弄されたり、突発的な暴走で翻弄したりする姿を描くことになっています。
 元々は、作品を書いていきながら、掲示板でのやりとりを通じて、意見を受け付けながら、少しずつ設定を固めていくつもりでしたし、「カートの学習」という過程を書いていければ、星輝士とか、そういうイメージがじっくり見せられるかな、という意図はありました。
 その点では、意図どおりのものを書けているという自負はあるのですが、問題は星輝世界入門用のテキストとしては長すぎること。入門編のつもりだったのに、膨らませ過ぎたというのが当初の意図を超えた部分ですね。

 順番としては、やはり『失墜』読んで、面白かったら『レクイエム』で、より深く味わって、ということでしょう。

 さて、本章のトピック表現は、こちらがおとなしくしていれば、いろいろと情報を与えてくれそうな相手がいるのに、自分からやみくもに敵対的に振る舞って、台無しにしてしまうほど、ぼくは間抜けじゃない」ですね。
 相手に対して、警戒心は示しつつも、まずは会話で情報を引き出そうとするのが、カートのスタイル。いきなり、問答無用で力づく、というスタイルではありません。
 この点が、活劇としては微妙に受け身な主人公ということなのでしょうが、まあ、仕方ない。

 その分、会話劇で、緊迫感あるやりとりとか、できればいいかな、とは思いました。

 あとは、カレンさん絡み。

 「でも、裏表のない方のほうが、安心できますわ、お仕えする上で」

  このセリフは、第3部終了時点では、いろいろ意味深ですな。
  裏表あるのは、あんたの方やないか、とツッコミ入れたくもなりますが(苦笑)。

 「えっ、お仕え、って一体……?」と初心な反応を見せるカートも懐かしい。

 そして、この後、ずっとネタとして使いまくるコーンスープ(笑)。
 カートがゾディアックを受け入れる理由として、効果的に使わせてもらっている「空腹→食べ物をいただいて、餌付けされる(笑)」というパターンの最初です。
 光とか、闇とか、抽象的な理論だけで納得するのではなくて、食べ物をくれたから、そっちになびく、みたいな段取りにもなります。

 ま、コーンスープネタをちょっとしたギャグとして織り交ぜることで、本作のシリアスな雰囲気も和らげたり、冷たい印象のジルファーやカレンさんの人間味も見せることができたかな、と思いますね。
 とにかく、コーンスープには助けられたなあ、と作者としてはつくづく感じております。

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