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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(5)


 
5章 ビリーブ・マジック

 氷を操る魔法戦士、星輝士のジルファー。
 ぼくは、別世界の住人を見る目つきで、その男をじろじろ見た。
 紫色の鱗鎧を軽々と着こなす優男。髪の色は淡い黒髪で、冷たい光を放つ目はくすんだ青色。口元に浮かんだ皮肉っぽい微笑が、ぼくの心をイライラさせる。
「やれやれ」ぼくの視線から目をそらして、ジルファーは肩をすくめた。「案の定、信じられないって顔つきをしているな」
「当たり前です」ぼくは自分の常識にしがみつこうとした。「ファンタジー映画やゲームじゃあるまいし、現実に魔法なんてバカバカしい。そんなことを信じるのは、現実を知らないナードくらいなもんだ」
「ナード?」ジルファーの目が興味深げにひらめき、再び、ぼくの方を見た。「聞きなれない単語だが、どういう意味なのかな?」
「ナードを知らない? そんなの常識じゃないですか」何となく、優越感にひたって口にする。
「常識は時に、人や文化によって異なるものだ。我々にとって、星輝士は常識だが、世間一般や君にとって違うことは分かっている。君は、ナードという言葉が、君の属する文化でしか通用しないことを、考えたりはしないのかね?」
 学者口調で何だか難しいことを言われて、優越感はあっという間に吹っ飛んだ。これだからナードって奴は……。ぼくは、星輝士ジルファーもナードの一人と決め込んだ。
「ナードって言うのは、あなたみたいな人のことを言うんです。自分では頭が良いつもりで、いろんな本を読んで勉強しているけど、現実が見えておらず、へ理屈ばかり。果ては、自分たちの空想の世界に、人を引きずり込もうとする妄想家連中」
「ふうむ」ジルファーはカッとなる様子も見せず、腕組みをしてみせる。それから、右手をあごに当てたまま、考える仕草をした。「君の言葉を解釈すると、ナードというのは、宗教家か何かになるのかな?」
 ナードが宗教家? 確かにゲームやコミックの世界を『聖書』のようなものと考えれば、それを後生大事に考えるナードは宗教の信者みたいなものかもしれない。でも、そんな風に考えたことは今までなかった。
「いや、ナードは宗教とか、そんなマジメなものじゃなくて、もっと趣味的な、遊びみたいなものなんです」自分が当たり前に使っている言葉を、改めて説明するのは難しい。「ええと、学校に行くのも忘れたゲームジャンキーとか、コスプレしているSFファンとか……」具体的な知人の名前も思い浮かんだが、どうでもいい。
「……つまり、インドア系の趣味人ということか」ジルファーは納得したようにつぶやいた。「後で、ネットでも調べてみるか」
 鎧を着て、魔法を使うと自称するファンタジー世界の住人が、思いがけず発した近代的な言葉に、ぼくは不意を打たれた。
「あのう、パソコンを使うんですか?」
「当然だ。今は2016年、世界各国でIT化が進んでいる21世紀だぞ。私だって、パソコンで情報検索ぐらいするさ。まあ、君の兄さんと違って、それが専門とは言わないがね」
 その言葉を聞いたぼくは、心底、安心した。そうか、やっぱり、ここはナード好みのファンタジー世界でも、時間遡行でさかのぼった過去でもなく、パソコンなんかのあるぼくの世界、ぼくの時代なんだ。ただ、別の場所ってだけで。
「兄を知っているんですか?」せっかく目の前に現れた現実を、逃がさないようにしがみつきたい気持ちで、ぼくは聞いた。本当は、兄貴のことなんてどうでもいいけど、このジルファーが兄の友人であることは十分に考えられる。何せ、性格的に似たようなタイプだ。
「一応、ZOAコーポ所属の同僚ということにはなるんだがな。支社なんかが違うし、会ったことはない。書類で知っているだけだ」
 ZOAコーポ? 自称・魔法戦士を雇うなんて、どういう会社なんだ? 
「とにかくだ、これだけは君の発言を訂正しておこう」こちらの内心の疑問には気付かず、ジルファーは話を戻した。「私は、君の定義するナードではない。ゲームを楽しんだことはあるが、学校をサボったことはない。教師免許まで持っていて、それが昔の本職だった。だから、君の教育係に任ぜられたわけだ。SF小説を読んだりもするが、今はノンフィクションを読むことの方が多い。確かに、君の定義では、いくつか当たっている部分もある。本を読んで勉強していることは間違いないが、現実もきちんと見ているつもりだ。現実逃避にふけるのは、あまり好みではない。事実は小説よりも奇なり。もちろん、世界の全ての事実を知っているわけではないが、少しでも多くを知りたいと思っている。それが私という人間だ」そこまで淡々と、しかし一気に語ってから、ジルファーはフッと一息ついて、微笑を浮かべた。「それでも、私はナードに分類されるのかな?」
「い、いや……」ぼくは、ジルファーの理路整然とした説明に圧倒された。話を聞きながら、無意識のうちにベッドに腰を下ろしていた自分に、ふと気付く。何も言えず、ただ相手の言葉の意味を整理しようと努めた。
 確かに、この男は(自分では口にしていないが)頭が良い。こちらがあまり深く考えずに発言したことに対して、一つ一つ的確に理解し、受け止め、そして必要に応じて反論してみせた。文章ならともかく、会話でそれをこなすには、相手の話を相当に注意して聞いて、頭の中で整理してから、自分の言葉に構築し直さないといけない。ぼくにはとても無理な芸当だ。
 それに、ぼくの知るナードの多くは、人の話をまともに受け止めず、自分たちの空想談義だけにふけり、ひとたび反論するとなると徹底的に口汚く罵るか、あるいは話にならない奴と決めつけて、完全に無視する。つまりは、意見の異なる他人と理解し、折り合うことのできない輩だ。ジルファーはそうではない。
「……分かりました」しばらく黙った後で、ようやく、ぼくは口を開いた。「あなたはナードではなく、現実を見ようとしている人だ。でも……」相手の鎧姿をじろじろ見る。「その格好がどうも現実的に思えなくて……ナードっぽく見えるんですよ」
「……なるほど」ジルファーは自分の姿を見下ろした。「空想よりも現実の常識を大事にする君にとっては、この姿は違和感を伴うわけだ。ならば……」
 鎧の戦士は、右手の人差し指を腹部に軽く押し当てた。そこには、アメジストを思わせる紫色の宝石が装着されていた。腰を下ろした姿勢で、目線が低くなって初めて、気付いたわけだ。これが星輝士の力の源である星輝石であることは、後で知ったんだけど、そのときはただ、その美しさに魅せられるだけだった。
「星輝解除!」ジルファーが一声発すると、宝石が一瞬、輝き、ぼくは思わず顔をそむける。目をしばたかせながら、そちらに向け直すと、鎧の戦士の姿は消えていた。代わりにいたのは、紫の洒落たスーツを着た男――ビジネスマン風の装いに変わったジルファーだった。
「どうやったんです?」ぼくは思わず立ち上がった。一瞬の間に衣装替えした教師を驚きの目で見つめる。「ありえない!」
「でも、これが現実だ。そろそろ受け入れてくれても、いいんじゃないか? 『見ることは信じること』だと、ことわざでも言うだろう」
「でも……でも、ぼくは見ていなかった。気付けば、いつの間に……」
「『星輝転装』と『解除』は、星輝士の基本だ。他にも、君に見せられる星輝士の技はいくつもあるが、あまり手間をかけない方が嬉しいな。何しろ、技の使用はエネルギーを消耗する」
 そのとき、グーと音が鳴った。思わず、ぼくは腹を押さえる。さっき飲んだコーンジュースは十分でなかったらしい。
「いや、今のは私の方だ」苦笑を浮かべながら、ジルファーは自分の腹を押さえてみせた。
 ぼくも、先ほどからの疑いや驚きの表情を収め、ようやく笑顔を見せた。「魔法戦士も万能じゃないんですね」
 ジルファーの言ったとおり、ぼくも世界の全ての事実を知っているわけではない。今は少しでも多くを知りたい。だったら、魔法だろうと何だろうと、とりあえずは理解し、受け止めてみよう。そして、必要に応じて反論すればいいだけだ。


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●作者余談(2012年1月9日、ネタバレ注意)

 カートは、ゾディアックの神秘の力に対して無知なキャラとして設定。
 仮に、これが「作者のNOVA自身」だったら、ものすごく興味津々で、いろいろ聞きたがるだろうと思います。

 「え、ぼくが選ばれた戦士? 魔法も使える? (頬をつねって)夢じゃない。ラッキー♪」と喜んで受け止めた後で、
 「でも、ちょっと待てよ。世の中、そんなうまい話ばかりとは限らない。メリットはいいとして、デメリットも先に教えてよ。それによって、どうするか決めるから」と、後から躊躇する。
 そして、散々迷った挙句、「ま、何とかなるか」と判断した段階で、ようやく受け止める、と。

 でも、カートはそういうキャラじゃない。

 『失墜』のときの余談で書いたキャラの心理タイプ(ユング流)になぞらえると、
 NOVA本人の自己分析は、ロイドと同じ「内向的思考→外向的直感」。つまり、内面でいろいろ考えて分析したりするものの、外向きの行動では割と思いつき、を重視するスタイル。
 まあ、その辺は、ロイドよりは人生経験を積んでいる分、直感だけで動くだけじゃなく、少しは周りを観察して、考える材料なんかを蓄積する「感覚タイプ」の特性を備えるようにはなっていますがね。

 一方のカートは、素が未経験なリメルガで、彼に近い「内向的感覚→外向的感情タイプ」になります。
 ええと、リメルガの場合は、「内向的感情→外向的感覚タイプ」と微妙な差なんですが、「基本的に無口で、外向的ではないのですが、他人の気持ちには敏感で情に厚い奴です。ただ、外部に対しては観察力を持ち合わせ、さらに快不快の刺激や、状況の変化に反応する感性で積極的に行動できるキャラ」ということになります。
 カートの方は、「他人の気持ちには少し鈍感で、リメルガとは違う」のですけど、「周囲の物事をよく観察して、肌で感じる面」を持っています。そして、「周りに対して感情をはっきり示して、言いたいことをしっかり言って、気持ちをつかむ」能力に長けています。

 でも、さすがに、自分と異なる特性の主人公の考え方を、一人称で描く、というのは非常に難しい。
 よって、最初は理屈で作っていったのを、自分が描きやすいように設定を加味して、変えていったという流れがあります。まあ、これが、カートの心理的成長につながるだろう、という創作的計算も交えて。
 ま、カートに足りない「思考タイプの属性」は兄貴やジルファーから、「直感タイプの属性」は夢とか星輝石から授かるという理屈も付けた上で、最終的にカートは、脳の判断要素を全て使いこなして、あらゆる人間の考え方を察することのできる万能型、一種の超人に進化できれば、と考えました。
 もちろん、17才の若者がそんな境地に達することなど経験的に無理なんですけど、その辺は40手前の人間が書けば、理屈だけなら何とかなるだろう、と。

 で、カートみたいな「素が感覚タイプの人間」が苦手なのは、肌で感じられないような空想めいたこと
 まあ、本で読んだり、映画を見たりして、経験したことなら、「ありえない」と切り捨てることはないのですけど、どうしても自分の肌で感じた体験を重視するわけですね。
 そんなカートが、どうやれば、星輝士の魔法めいた力を信じるようになるか。
 結局は、「百聞は一見に如かず」となるわけで。

 あと、「感覚タイプ」の人間は、食欲とか、肌を重ね合わせるような欲望に弱い
 快不快を判断基準にしてしまうところがありまして、この辺は第3部まで読んでいけば、おのずと理解してもらえると思います。

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