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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(4−10)


 
4ー10章 シリウス・マインド

 逃げたわけじゃない。
 心にそう言い訳をした。
 ただ……時間が必要だ。
 ぼくにも、カレンにも。
 事実と向かい合い、二人の関係を見つめ直す時間が。
 いや、二人の関係だけじゃない。
 暗黒の王の力の扱い方とか、ラーリオスの役割とか、シンクロシアとの対決とか、考えることはいくつもある。
 これまで、トロイメライの計画や、それに従うバトーツァやカレンの思惑などにも触れてきた。
 その中で揺れ惑う自分の気持ちなんかも整理しないといけない。
 トロイメライの目指すのは、単なる《闇》ではなく《異質な闇》。それは《光》との対決よりも、むしろ調和や多様性を重視する考えだと、ぼくは受け取っている。だから、協力する気になった。
 もっとも、そのぼくの受け止め方は、みんなが共有しているのだろうか。
 ぼくとトロイメライ、カレンとトロイメライ、バトーツァとトロイメライの個々の関係は確立している、と思う。
 だけど、トロイメライに従う者どうしの、横のつながりは複雑だ。
 ぼくを巡って、バトーツァとカレンがにらみ合っているようにも見えるし、ぼく自身の曖昧な態度が話を余計にややこしくしているようにも感じる。
 個別(ばらばら)に話すだけでなく、一度、みんなで揃って《異質な闇》陣営の方針を定める必要がありそうだ。

 そんなことをぼんやり考えながら、暗い通廊を歩いていると、前方に忍ぶ影を感じた。
 バトーツァか? 
 一瞬、そう思ったものの、影はすぐに小柄な姿を見せた。
「リオ様、待ってましたよ」
「ロイドか」
 少年は別に意識して隠れていたわけじゃない。ただ、ぼくが通りかかるまで、通廊の脇の暗がりに引っ込んでいただけ。
 普段はリメルガの影からピョコンと出てきて、つまらないお喋りをしながら陽気に振る舞う姿が印象的だけど、元々、小さな体格と機敏な身のこなしから、忍びとしての特質も備えているようだ。
「リメルガは?」
「おとなしく寝ました。思ったよりも、消耗が激しかったみたいですね。こっちはプリンを食べなくて良かったです。ぼくなら死んでいたんじゃないかな」
「何か言ってたか?」
「リオ様のことを心配してましたよ。『自分と同じ物を食べたのに、本当に平気なのか、あいつは?』って」
「タフさでは、負けるつもりはない」
 自信たっぷりに言い放つ。
「星輝石の加護にも守られているからね」
「だったら、もう一度、手合わせしませんか?」ロイドが目を輝かせる。「前は生身相手で、こちらも実力は出せなかったですけど、今度は手加減なく……」
 おいおい、本気か?
「ケンカを売ってくるのは、リメルガ一人で十分だ」首を横に振る。
「こっちが使えるのは術だけで、まだ星輝士になったわけじゃない。転装もできないから、君の旋風拳(トルネード)なんて食らったら今度こそ死んでしまう。戦闘訓練なんて、ちっともしていないんだから」
「それでも、上位星輝士とやり合ったんでしょ?」
「だから、左手を犠牲にした。これ以上、余計な怪我をしたら、ワルキューレに怒られるだけじゃ済まないよ」
「そ、それは……確かに厄介そうですね……」ロイドの声がはっきり上ずった。
 余計な絡まれ方をしないためには、カレンをうまく話題に出せばいい。
「では、リオ様が正式にラーリオスの力を会得してからにしましょう。それなら、怪我の恐れもなく、技を見せ合えますから」
 ぼくは小柄な少年の体を見下ろした。
 どうして、こいつはそんなにラーリオスと戦いたがるんだ? 
 星輝士として力を得た人間は、自分の力を試したい衝動にでも駆られるのだろうか? 
 星輝石そのものに、人を好戦的にするような副作用でもあるのだろうか? 
 そう思いながらも、自分が次にロイドと戦うなら……と思考を巡らせてみた。
 こいつと戦うなら、スピードを見切らないといけないだろうな。
 前は翻弄されたけど、今度やるなら、まずは氷の術で動きを封じるのが確実か。
 でも、できればスピードに対応できるように、肉体面も強化されることが望ましい。
 リメルガ相手なら、パワー勝負になることは確実だけど。
 ゴリラのパワーと、狼のスピードに対抗するためには、自分はどんな力を身に付けたらいいだろう? 
「やっぱりバッファローかな?」そう、つぶやく。
「何がです?」
「変身するなら、何の姿がいいかって」
「当然、ラーリオス様はライオンでしょう」
「何でだよ?」
「太陽の星輝士と言えば、やはり黄金の獅子って感じじゃないですか。リオ様って名前も、それっぽいし」
「自分では、あんまり肉食系だと思っていないんだけど。それに、ライオンよりバッファローの方が突進力があって強そうだ」
「う〜ん、牡牛座はやられ役ってイメージがあるんだけどなあ。図体ばかりデカくて、呆気ないというか……」
「そうか?」
「あ、でも、ハリケーンミキサーとかだったら強そう。超人強度1000万パワーだし」 
 何の話か分からない。
 それに、うかつな質問をして、さらに深みにハマるのも勘弁願いたい。
 だから、素っ気なく本題に引き戻すことにした。
「そんな無駄話のために、ここで待っていたのか?」
「あ、そうそう。さっきのプリン事件で、自分でも腑に落ちないというか、もやもやした感じがあって、リオ様に相談したかったんですよ」
 そのことか。
 カレンの暗黒プリンの件は、思いがけない事故だ。
 背景に《闇の気》に関する事情があって、全てを正直に打ち明けるわけにはいかないから、適当にその場しのぎの説明をでっち上げたけど、よくよく考えると、いろいろ疑問点が湧いても不思議ではない。
 ……それにしても、こいつの反応は早すぎる。
 お茶らけて見えるけど、想像以上に頭の回る奴なのか? 
 何しろ、ジルファーに知恵者と称されたほどだ。
 表面上の子どもっぽさの奥に、優れた資質を宿しているのかもしれない。
 ぼくには、それが何か見えなかっただけで。
 いぶかしい視線を向けながらも、動揺を示さないよう淡々と返す。
「言っておくが、ぼくだってはっきり分かっているわけじゃないからな」
 そして、ロイドの反応を確かめるように、言葉を付け加える。
「あれが不幸な事故じゃないとしたら、君はカレンが故意にやったと言いたいのか? ぼくたちを毒で始末するために」
 ロイドの表情が一瞬ぽかんとなって、それから思いがけず、厳しい顔つきになった。
「リオ様! 言っていいことと悪いことがありますよッ!!」
 勢いづいた言葉をまくし立ててくる。
「どうして、カレンさんがぼくたちを殺そうとするんですか? よりによって、あの人がそんな裏切り行為を働くわけないでしょう? リオ様を治療するのに、あんなに懸命になっている人を、肝心のあなたが疑ったりしてたんじゃ……あの人が可哀想すぎます。そんな風に彼女にあらぬ疑いをかけようとするなら、ぼくは本気であなたと戦いますよ!」
 ここまでロイドが怒るとは思わなかった。
 だけど、こうした反応で確実に分かった。少年はカレンを全く疑っていない。それだけでも十分安心できる材料だ。
「そんなに怒るなよ」そう言って、相手をなだめることにする。
「あくまで仮定の話なんだ。ぼくは君が思う以上にカレンを頼りにしているんだから」これは本当の話だ。
 だけど、
「カレンがリメルガを殺そうとするなんて有り得ない。カレンが裏切るなんて有り得ない。これでいいんだよな?」
 これは嘘だ。
 それでも、相手が納得してうなずくのを、複雑な心境で見つめた。
 カレンは必要があれば、リメルガを殺すことを(いと)わない女だ。
 それに、《闇》のトロイメライに仕える者として、星霊皇を頂点とするゾディアックの正式な体制を密かに裏切ってもいる。
 ぼくはそのことを知りつつ、純粋に彼女のことを信じている少年を騙す形になっている。
 陰謀のために、こちらを信じてくれる無邪気な相手を騙してしまうのは、自分がひどく堕落した邪悪な人間になってしまったようで、後ろめたさを覚える。
 こういう気持ちを平気で受け流してこそ、《暗黒の王》を名乗るにふさわしいのだろうか? 
 心の中のもやもやを吹き払うように、ぼくはロイドに問い(ただ)した。
「それで、君は何が腑に落ちないって言うんだ?」
 すると、乱れた感情を立て直すように、スッとため息をついてからロイドは答えた。「さっきの事故の際、ぼくはいつの間にか意識を失っていました」
「ああ、そうだったな」
 カレンが邪魔なロイドを眠らせたのだけど、当の本人は気付いていないらしい。
「あの場は、いろんな力が渦巻いていた感じだった。抵抗力のない人間が圧倒されるぐらいね。倒れかけた君をそっと横たえらせたのも、カレンだ」嘘にはならないよう、言葉を選んで説明する。
「そうですか。やっぱり、カレンさんはいい人ですね」ロイドはにっこり微笑んだ。
 どうやら、人は自分が信じているままに解釈することで、安心できるらしい。
 仮に、ぼくがカレンについて、この場で本当のことを打ち明けたとしても、ロイドは信じやしないだろう。
「で、君は何が気に入らないんだ?」
 ぼくは何となく不機嫌な気持ちで、さらに問うた。
 すると、少年は真剣な眼差しで、ぼくを見つめた後、ゆっくりと言った。
「リオ様、あなたは《暗黒の王》という言葉を聞いたことがありますか?」

 思いがけない発言に、ぼくの思考は一瞬、止まった。
 自分がどんな表情を浮かべたのか、はっきり分からない。
 ただ、唖然として、「何だって?」とつぶやいた感じだ。
「《暗黒の王》ですよ、《暗黒の王》。大事なことだから、三回言いました」
 いや、そんなに繰り返さなくても、分かってるし。
 それよりも、どうして、こいつがそんな大事なキーワードを知っているんだ?
 ぼくが何かヘマを仕出かしたのか?
 もしかして、こいつはカレンではなく、ぼくを疑っているのか? 
 疑心暗鬼に駆られながらも、必死に平静さを保とうとする。
「あ、その目、やっぱり疑ってますね」ロイドが口をとがらせた。
 ああ、気持ちがバレバレだ。
 いかん、何とか取り繕わないと。
 でも、何て言ったらいいんだ? 
 葛藤していると、ロイドが言葉を次いだ。「大方、コミックの読み過ぎだとか、ヒーロー番組の見過ぎだとか言いたいんでしょう」
「あ、ああ……」思わず納得してしまった。
 何しろ、ロイドだし。
 最初から、そう言い返せば良かったんだ。
 だけど、少年の微妙に傷ついた表情に気付くと、少しフォローをしないと、という気持ちに駆られる。
「え、ええと、《暗黒の王》……って言ったよな。そもそも、どこから出てきた名前なんだ、それは?」相手の話をうながしてやる。
「もちろん、ヒーローとしての直感です」
「おい」したり顔で答えるロイドに、ツッコミを入れる。「そんな言葉で納得できるか。星輝石の導きとでも言うなら、まだしも……」
 バトーツァを尋問する際に使った言葉を示してやると、ロイドは目を輝かせた。「そうそう、そんな感じです。きっと、あれは星輝石が導いてくれたんだ。悪の正体を警告するために。さすがはリオ様、よく分かってくれる」
 い、いや、こっちは何も分かってないんだけど。勘違いもいいところだ。
「とにかく、どういう話か、もっと詳しく説明してくれよ」
 少なくともロイドの反応から、こっちが疑われていないと察したおかげで、いくぶんは冷静になれた。
「分かりました」少年はうなずくと、話を始めた。
「さっき、ぼくが意識を失っていたときです。朦朧とした意識の中ですが、男女の声が心に響いたんです。夢か(うつつ)かよく分からないけど、女は男に対して《暗黒の王》と呼びかけていました」
 それって、もしかして、カレンのことじゃないか? 
 眠りが中途半端なまま、ぼくとカレンの会話を聞き取っていたとか?
「その男女って、どういう連中なんだ? 何か特徴は分からないのか?」
「無理を言わないで下さい。夢か幻か曖昧で、よく分からないんですよ。ぼくは占い師じゃないんだし……」そう言いながらも、額に手を当てて思い返そうとする。
 まあ、分からないならいいんだ。はっきりしていないなら、単なる妄想で片付けられるから。
「いや、ちょっと待って。何かが見えた気がする」
 おいおい、星輝石。まさか、本当にシリウスを導いているのか? 
「男は……闇をまとった巨大な姿で……」ロイドは微かな映像の記憶を絞り出すかのようにつぶやく。「女は……金色の髪が光り輝いて……」
 そりゃ、やっぱりカレンだ。
 ぼくはそう思ったけど、ロイドは違う結論を出していた。
「リオ様、月の女王(シンクロシア)の髪の色はもしかして金髪だったのでは?」
「スーザンか? 確かに、そうだけど……」
「やっぱり」ロイドは満足した表情でうなずいた。「ぼくが感じたのは、《暗黒の王》と月の女王(シンクロシア)が密談している映像(ビジョン)だったんだ」
「そんなバカな……」思わずつぶやく。
「リオ様、信じたくない気持ちは分かります。だけど、あなたの恋人は、闇の勢力と結託しているんですよ。そういう事実は直視しないといけません」
 いや、それは事実じゃないし。
 闇と結託しているのは、他ならないぼくなんだから。
「しかし、これはいい兆候かも知れないな」ロイドはこちらの内心を察することもないまま、下あごに右手を当てて思慮深げな表情を浮かべた。
「ぼくたちが戦うべき本来の敵は、月の女王(シンクロシア)ではなく、彼女の背後にいる《暗黒の王》だと考えれば……彼女はただ操られているだけで、本命の悪を倒したら、きっと正気に戻るとも考えられて……」
 ぶつぶつつぶやいた後で、
「リオ様、状況は見えました。敵は《暗黒の王》です。そいつを倒して、操られた恋人を上手く説得できれば、幸福な結末(ハッピーエンド)ですよ。ぼくたちはそれに向けて、精進を重ねて自分を鍛えればいい。リオ様は、彼女の心を取り戻すような熱い愛の言葉を考えていて下さい」
 あのな。
 ぼくは、ロイドの示した典型的(ステロタイプ)な物語に、ため息をついた。
「世の中は、そんな単純なものじゃない」そう否定する。
「いや、リオ様は複雑に考えすぎなんですよ。それに、恋人と戦わないといけないという状況に心を縛られて、悲観的になり過ぎているんじゃないですか? もつれた糸をすっきりほぐす方法が見つかったんだ。問題は《暗黒の王》、その一点です。そいつが何者か、リオ様は何か心当たりがありませんか?」
 あるよ。
 それは、ぼくだよ。
 でも、さすがにそんなこと、口が裂けても言えない。
「知っていて、でも秘密が重大すぎて、口にできない……そんな表情をしていますね」ぼくの顔を下からのぞき込んで、ロイドがそう断言した。
 何で、そんなに鋭いんだよ? 
 こっちの表情は、そんなにあからさまか? 
 ロイドは、ぼくの内心を気に掛けることなく話し続けた。
「ぼくの推理では、《暗黒の王》はゾディアックの中枢に潜み、強い影響力を持っている人間だ。そうでなければ、月の女王(シンクロシア)にたやすく接触できるはずがない。もしかすると、そいつは表面上は善人を装って、ぼくたちを騙しながら、影で悪事を進めている人物ではないでしょうか?」
 微妙に当たっているような、そうでもないような……。
「大方、その人物は双子座の二重人格か何かで、聖人の顔と悪人の顔を使い分けていると考えられます。一度、月陣営の星輝士の生年月日なんかを調べた方がいいですね」
 何で、星座が関係あるんだよ? 
 だんだん、ロイドの推理の根拠が分からなくなってきた。
「念のため聞きますが、リオ様は何座ですか?」
「10月生まれの天秤座だよ」聞かれたことを、投げやりに答える。
「だったら、シロですね」即座にロイドは断言した。「てっきり獅子座か牡牛座かと思ったんですが、まさか老師だったとは……あ、それなら獣モチーフは虎という手もあるか」
 何の話だ?
 ロイドの頭の中で、どういう思考が巡らされているのか、ぼくには理解できない。
 だけど、もしかすると天才の直感とかいう奴で、常人には理解できない糸をたぐり寄せているのかもしれない。
 問題は、肝心な部分でそれがズレている、ということだ。
 何しろ、ぼくやカレンを疑うという前提が欠如しているのだから。
「スーザンを操っているとしたら、星霊皇じゃないかな?」トロイメライやカレンから聞いた情報を口にする。
「まさか」ロイドが驚きを口にした。「それって、ゾディアックの頂点(トップ)に位置する人じゃないですか……。いや、前例を考えると、十分、想定内ですけど」
「前例なんてあったのか?」
「当然です。双子座の教皇が黒幕というのは、この世界の常識ですよ。でも、まさか、そういう状況が本当に実現するとは思わなかった。組織の頂点が倒すべき敵だというのは、現実問題、厳しいんだけどなあ」
 遅まきながら、ぼくは理解した。
 ロイドの推理の前提が、星座を題材にした創作物語(フィクション)にあるんだって。
 現実と物語は違う。そう言ってしまうのは簡単だ。
 だけど、この少年の中では、物語が現実を判断するための材料となっている。
 そして、どうも現実と物語の境界線は、ぼくの中でも曖昧になっていた。
 夢と現実の境目が曖昧になっているように。
 ただ、夢物語だとしても、現実だとしても、自分自身を強く持って主体的に生きて行きたいことには変わりない。
 ぼくの人生物語の主役は、他ならないぼく自身なのだから。
 他の誰かの操り人形になって、人生を終わらせるようなことはしたくない。
 あくまで、自分の意志を貫いていきたい。
 その、ぼくの意志が、現実と夢想の境界線であやふやになっている状況が問題なんだけど。これを立て直すためには、現実に立脚するだけでなく、夢の世界からも目を背けず、両方を総括的に考えることが大事なのではないか。
 だから、ロイドの語る夢想じみた話にも、ただ理解できないと拒絶するのではなく、その子どもっぽい柔軟さを含めて、受け止めて行きたいという気になった。

「ロイド、分かったよ」ぼくは闇が晴れたかのような笑顔を浮かべた。
「な、何がです?」
「スーザンが誰かの意志に操られているにせよ、もっと曖昧な、運命だか宿命のようなものに従っているにせよ、ぼくが戦う相手は彼女自身ではなく、彼女を動かす見えない何かだってことに」
 だけど、ロイドの表情はかんばしくなかった。「ええと、よく分からないんですけど」
「つまり、だ。星霊皇が仮に悪人で、スーザンに戦いを強要しているのだったら、それを倒せばいい。君が言っているのは、そういうことだろう?」
「ええ、具体的な方法は見えていないですけど」
「問題は、スーザンを操っているのが、個人の意志ではなくて、ゾディアックに規定された制度とか、伝統とか、そういう抽象的な物の場合、ぼくたちは何と戦えばいい? 誰かを悪人と決め付けて、それを倒して解決する問題か?」
「ええと、それって何かのイデオロギーに対する戦い、ですか? 全体主義(ファシズム)とか、帝国主義による軍事拡張・植民地支配とか……」
「そうだ。物語だったら、それらの思想を象徴する特定の人物を設定して、それを倒すことで解決させることが多いだろう?」
「いわゆるボスキャラですね。悪の首領を倒して、悪の組織を壊滅させれば、正義の勝利になります」
「現実は、そう簡単じゃないけどね。悪が人の心に根差す以上は、人類が滅亡しない限り、悪が滅びることはない。それを突き詰めることで、終末思想がはびこることにもなる。人類が救われるには、人が罪を認め、神の慈愛にすがることで、来世の天国の門を志向すべきだって宗教もあって……」
「それには反対です」ロイドはきっぱりと言った。「星輝士の力は、あくまでも世界を守るための力だと思うんです。この場合の世界とは人類が不可欠。人類を滅ぼして、世界が救われるなんて考えは、愚の骨頂。星輝士は愛と勇気と正義の戦士であって、愛も、勇気も、正義も人類の文化が生み出した概念なんだから、人類を滅ぼすことで、それらの感情をも抹消することは、究極の悪だと考えます」
「愛と、勇気と、正義か。その逆は、憎しみと臆病と邪悪になるのかな。そういう概念も、人類が生み出したものだと思うけど」
「だから、人類には善性と悪性の両方があって、どちらか一方に決め付けることはおかしいと思うんです」
「分かっているじゃないか」ぼくは、これまでロイドの考える正義像を単純なものと小馬鹿にしていたけど、そんなことはないと気付かされた。
「そう言ったはずですよ。双子座(ジェミニ)って。そもそも人の心は不完全で、善と悪が絶えず葛藤している。その中で自分の正義を規定して、社会概念とすり合わせたりしながら日常を生きている。ジェミニを『不完全な良心回路』と称した物語もあって、その世界で悪と称されるのは、服従回路(イエッサー)によって洗脳された人造人間たち。それに対抗して、主人公は善悪の葛藤を重ねながら戦います。最終的に、服従回路(イエッサー)を取り付けられて、半ば悪の心に支配されるのですが、そのおかげで嘘をつき、兄弟殺しという罪を手段として、結果的に悪の組織を壊滅させます。機械の操り人形として誕生した主人公が、そうすることで悪も内包した人間性を獲得したのだけど、それが本当に幸せだったのか……と疑問を提示したまま物語は終わっていますね」
「何だか哲学的だな。少し『ターミネーター』にも似ている気もするけど」
 ロイドの語ってくれた物語の概要に、ぼくは少なからず感嘆した。
「一応、その話には続編もあって、別作品の主人公の超能力者と戦うんですが、自分に服従回路を埋め込んで苦しめている人類に逆恨みをするようになって、少し興醒めですね。最終的には回路を焼き切られて、当面の葛藤からは解放されたおかげで和解するんですけど」
 焼き切られた、という言葉に反応して、思わず自分の左手を見つめてしまう。
 闇を象徴する手は、自分にとって服従回路(イエッサー)になるのだろうか? 
「ロイド、君はもしも服従回路を取り付けられたら、抵抗できるかい?」
「それは……難しい質問ですね」ロイドは首をひねった。
「ぼくの正義は、絶対に折れない、と格好つけたいところですが、もしも《暗黒の王》だか何かに『余に従うことが正義だ』なんて洗脳思想を植えつけられたら、あっさり配下になってしまいそうだ。この場合、『悪に従え』じゃなくて、『正義に従え』がポイントですか。人を洗脳するコツは、相手の価値観を打ち消すのではなくて、それを肯定しながら、上手く歪めて、自分の価値観に引き込むことだと考えますから」
「何だか詳しいな」
「まあ、ヒーロー物語を研究すれば、悪の組織のやり方にも詳しくなれますよ。敵を知らなければ、戦いには勝てないですからね」
 ジルファーがロイドを知恵者と称した理由が、ようやく納得できた。
 ロイドの知識は相当に偏っていて、現実の表社会では役に立たないことが多い。だけど、ゾディアックや星輝士の属する裏社会、光と影の織り成す領域では、柔軟なアイデアや思考実験めいた空想の産物の中に叡智が秘められていることもあるのだ。
 ただし、現実と空想の区別の付かない人間には、至高のアイデアも目前の現実に対応させて活用することはできない。夢想家は、現実を変えることは決してできないのだ。現実を変えられるのは、地に足付いた行動力と、論理と直観の両方に支えられた発想力を持ち合わせた個人、あるいは個々の特性をうまく総合させた組織なのだろう。
 ぼくは王として、自身がもっと柔軟になると共に、ロイドのような柔軟な思考を備えた人間を無下にしないことを考えなければいけない。もちろん、リメルガのような地に足付いている人間も欠かせないんだけど。

 そこまで考えて、ずいぶん時間が過ぎたことに気が付いた。
「ロイド、もう少し話をしたいんだけど、ここじゃ場所が……」
「うん、確かに、こんな通廊の真ん中じゃ、まずいですね。ぼくの部屋に行きますか?」
「君の部屋?」
「いつもリオ様の部屋ばかりじゃ、飽きますからね。たまには気分転換もいいでしょう? どうせ、ぼくもリメルガさんとのトレーニングの予定がなくなって暇だし。正義について、たっぷり語り合いましょう」
 以前のぼくなら、ロイドと二人で正義とかヒーローの話をするなんて、頭から拒絶していただろう。
 だけど、ようやくにしてロイドの世界をのぞき見たい気持ちになっていた。
「付き合うよ。だけど、正義以外にも君と話したいことがあるんだけどな」
「何ですか?」
「愛について、だ」
「ちょ、ちょっとリオ様? ぼくには、そういう趣味はありませんよ」
「何を誤解している?」
「誤解しない方がおかしいですよ。部屋で二人きりで、愛について語り合うなんて。リオ様から何だか黒い情念のオーラが漂っているような気が……」
「気のせいだ」ぼくはきっぱり断言した。「ぼくがストレートだってことは、分かりきっているだろう? ゲイだったら、スーザンのことで悩んだりはしない」
「両刀使いかもしれないじゃないですか?」ロイドが反論する。
「あのな」ぼくは呆れた。「そんなに疑うなら、最初から誘ったりするなよ」
「どっちにしろ、愛は専門じゃないんですよ。ヒーロー愛ならともかく、男女関係とか恋愛事の相談とかは分かりません。ぼくに分かる愛と言えば、『ためらわな〜いこ〜と〜さ〜♪』とか『だ〜って強さは愛だも〜の〜♪』とか『ああ、愛のソルジャー、マスクマン♪』とか、そんな感じだから」
「他にも、あるだろう?」
「え、神の愛とかですか? それも正直よく分からないです」
「いや、そうじゃなくて、東洋にはもっと愛に代わる崇高な概念があると聞いたぞ。エロスじゃなくて、ストルゲーでもなくて……」バトーツァから聞いた愛の講義を思い出す。
「そんなの知らないですよ」
「嘘だ、さっき自分でも口にしていたじゃないか。リメルガのこと、ツンドラとか何とかって」
「もしかして、ツンデレ? 嫌い嫌いも好きのうち、とか、そういうことですか?」
「う〜ん、ちょっと違う。ええと、植物とか火に関係するとか……」
(たきぎ)か何かですか?」
「何で、(たきぎ)が愛に関係あるんだよ」
「知りませんよ。リオ様が、植物とか火とか言うからじゃないですか。それとも、五行関係ですか? 木生火、木は火を生むとか。それが愛とどうつながるか分からないけど」
「ああ、どうして出て来ないんだ? 簡単な言葉なんだよ。フランス語っぽくて、カレンにつながって来そうで……」
「カレンさんですか? もしかして、萌え?」
「それだ!」ぼくは答えを見い出した喜びに、思わずロイドに右手の人差し指を突きつけた。
「ズキューン」おかしな効果音を口にしながら、ロイドが銃で撃たれたような反応を見せる。何かのギャグだとは思うんだけど、よく分からない。
「とにかく、モエについて知りたいんだよ、ぼくは。もしかすると、それが世界の命運に関わってくるかもしれない」
「そんな大げさな」ロイドの口調が、いつになく呆れている感じだ。ぼくはまた、とんでもない勘違いをしているのか? 
「確かに『萌えは世界を救う』という言葉は、聞いたことがありますけど……」ロイドが思考を巡らせた発言に、
「そうだろ、そうだろ」ぼくは自分の意見が認められたように、満足げにうなずいた。
「でも、絶対にリオ様は勘違いしていると思う。萌えは、そんなに崇高なものではなくて、もっと身近なものなんですよ」
「だったら、それを説明してくれよ」
「言葉で説明して分かる、とは思えないんだけど」
「座禅や拳法の修業みたいなものか? 考えるな(ドント・シンク)感じろ(フィール)、とか」
「感じろ、と言われると、確かにそうなんですけど……何か実物で示したほうが良さそうですね。やっぱり、ぼくの部屋に行きましょう。リオ様のお気に召すかどうかは分かりませんが、ぼくなりの萌えキャラフィギュアぐらいなら見せられますし」

 こうして、ぼくはロイドの世界に引き込まれた。


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