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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(4−11)


 
4ー11章 シリウス・ワールド

 人は、自分が属する世界では安心し、持てる力を十二分に発揮できる。
 逆に本来の居場所から切り離されると、いろいろと不安定になる。
 そこで、自分の居場所を確立するために内面世界を外に広げようと戦うか、
 あるいは狭い内面世界に引きこもり安寧を求めるか。

 ぼくの場合は、図らずも後者となった。
 自分ではもっと活動的な人間だと考えていたけれど、狭い洞窟に閉じ込められ、逃げようとしても極寒の冷気に妨げられた状況で、内面の変化を余儀なくされた。
 それに、ぼくにはスーザンを助けるため、という切実な理由があった一方で、
 ゾディアックの星輝士たち、そしてトロイメライの一派もそれぞれの立場で、ぼくに過剰な期待を抱いていた。
 だから、カート・オリバーは内なる理由と、外からの期待に突き動かされるままに、ラーリオスとして急激な成長を遂げることになった。この成果は、学んでいる自分にも、教えている者たちにも予想外と言える。
 ラーリオス候補としての天性の才能……と言ってしまうのは簡単だ。
 だけど、無理な成長には、どこか(いびつ)さを伴ったのだと思う。
 星輝石を通じた修業で霊的な素養は開花したが、本来はもっとじっくり取り組む必要があったのだろう。
 力の代償として、ぼくは不安定な自分自身に悩まされることになった。
 そもそも、ゾディアックという世界が、元来のぼくの居場所ではなかった。
 ぼくの居場所にあったのは、フットボールの練習のできる広いフィールドと、平凡な日常生活、たまに刺激をもたらすSF映画の物語、そしてスーザン。ハイスクールの学生の身の丈にとっては、十分健全な生活だった。
 ゾディアックに来てからは、そうした自分の世界が崩れ、虚構と思われたものが現実となるような隔絶(ギャップ)に見舞われた。
 それでもスーザンと再会し、自分の世界を取り戻すという動機がぼくを支え、驚くほどの順応性を発揮できたのだと思う。そのまま、一本道のゴールに向けて駆け続けられれば良かったのだろう。
 けれども、ぼくは突如として動機を失った。
 修業の先にはスーザンと戦うという運命が横たわっていることを知り、
 自分の中の確かな土台と見なしていた彼女への想い、愛というには未成熟な恋心までもが幻であったと突きつけられ、
 精神が崩壊するような衝撃を味わった。
 さらに、自暴自棄のままに運命に抗おうと飛び出した先で、命の危機に見舞われた。
 夜の闇と、星の光の錯綜する戦いの一夜。
 肉体と精神の限界に達していたぼくは、流されるままに甘い闇の誘惑に飛び込んでいた。
 そして、ぼくは自分の世界を見失うことになったのだ。

「リオ様、話を聞いていますか?」
 ロイドの声が、内面に引きこもっていたぼくの心を引き戻す。
 部屋の大きさは、ぼくのと同じぐらいで、寝台が置かれているところも変わらない。
 部屋主がそれに腰かけ、ぼくには椅子が当てがわれている。
 ぼくの部屋と一番違うのは、壁の一面に何段もの陳列棚が設けられ、そこには数々のヒーローやロボットの人形が所狭しと並べられているところだ。
 そしてロイドの手には、棚から取ってきたパワーレンジャーのメガゾード(合体ロボット)らしい玩具が握りしめられていた。
 ぼくの知っている恐竜や中華風の霊獣なんかとは違って、和風の意匠が施されている。
 『パワーレンジャー スーパーサムライ』と言うらしい。
 部屋に入ると、ロイドは早速、実演を交えて玩具の解説を始めた。
 赤いライオン型の中心メカを、器用に変形させると、五角形の紋章みたいな形になる。その中心に『火』という漢字が描かれていて、サムライっぽさをアピールしている。
 次いで、緑の変な動物メカ(ロイドの説明では熊らしいけど、パッと見、分かりづらい)を変形させて、四角形の紋章型にする。それには『木』という漢字が描かれていた。
 もちろん、ぼくは漢字なんて読めないけれど、それが(ファイヤー)(ツリー)だと説明された。
「で、これがどうしたんだ?」
「いや、東洋の火と木ですよ。萌えませんか(ドンテュー・フィール・モエ)?」
 ぼくはその二体を受け取って、壊しやしないかと恐る恐るイジりながら、ロイドの助けを借りて変形させてみた。精巧な造りの割に、思ったよりも頑丈なことに驚く。
 赤いライオンと、緑の熊(のようなもの)。
 これがモエ?
 よく分からない。
「日本人は、これにモエるの?」専門家に聞いてみた。
「いや、普通は無理でしょう、それじゃ」ロイドはクスリと笑った。
「もっとも、レッドとグリーンのファンの女性なら、二人の乗るメカに想像を掻き立てられるかもしれませんけど。いや、獣型のゾードじゃ有り得ないかな。これが人型のモビルスーツだったら、ともかく……」
 ロイドの補足説明はよく分からないので聞き流す。「これがモエじゃないのなら、何でこんなものを……」
「仮に、このグリーンの熊を操っているのが、カレンさんだと想像したら?」
「彼女が操るとしたら、熊じゃなく鳥型になりそうだけど……」そう言えば、ぼくの知っているパワーレンジャーにも白い翼竜とか鳥型のメカがあったよな。
 でも、想像するならメカより、本人の方がいいんじゃない? 
 そこまで考えて、ぼくは気が付いた。
「ロイドは、カレンにモエを感じるわけ?」
 ランツがカレンを愛しているという話は本人から聞いたけど、ロイドもやっぱりそうなのか? 
「そりゃ、萌えますよ」ロイドははっきり言い切った。
「清楚で美人の聖職者にして、優秀な星輝士。それでいて料理が下手というドジっ娘属性まであって、萌えキャラとしては十分じゃないですか」
「……ああ見えて、腹黒かったりもするぞ」見た目に騙されている少年への警告混じりに、そうつぶやく。
「確かに時々、視線や発言が冷ややかにもなりますね。ジルファーさんの影響かな?」
 何で、どいつもこいつも、カレンとジルファーの間に何かあると思うんだ?
 あるいは、ロイドとランツの感性が似ているのか。
 ぼくの内心を気にせず、ロイドは話し続けた。
「でも、そういうギャップがいいんじゃないですか。恋の相手だと、いろいろ重そうな女性だと思いますけど、萌え対象として遠くから()でる分には理想的です」
 う〜ん、まだ良く分からないけど、モエというのは恋に比べて、遠くから愛でる……ということは、プラトニック・ラブの一種なのかな。肉体的な生々しさと違って、精神的な関係性だとしたら、崇高な概念だというのも納得できそうだ。
 すると、スーザンとの関係も、愛よりはモエを意識した方がいいのかもしれない。
 愛は外への関係性を求め、モエは内なる想いを掘り下げる、と規定するならば……。

 そこから自分の内面を見つめ直していき、ロイドの説明に身が入らなくなったのだ。
「この二つがヒロインのメカですけど、さすがに亀や猿じゃ萌えませんよね」という部分だけ何となく聞き取って、適当に相づちを打ったぐらい。
 そして、改めて意識を玩具に向けると、いつの間にか小型の5体が合体して武者風のメガゾードになっていた。
「はい、これがサムライメガゾード。和名はシンケンオーです」
 パワーレンジャーのロボットを見て思うのは、たいてい赤青黄といった原色がまちまちで、リアリティーに欠けることだ。
 スター・ウォーズのメカのような銀一色の渋さが好みなんだけど。
 それでも、話を合わせて「いかにもサムライって感じだね。クール!」と月並みな感想を言っておいた。
 日本のサムライの着ている鎧だって、装飾が多くて派手だし、これはこれで置き物としては優れたデザインなんだろう。
 クリスマスの飾りなんかには、ちょうどいい。
「気に入ってもらえて良かったです」ロイドは、ぼくの言葉を好意的に解釈したようだ。「でも、まだまだ、こんな物じゃありませんよ」そう言って、次のメカを取り出す。
 それは白い虎型のメカだった。
「あ、それ知ってる」思わず、そう言った。「確か、ホワイトレンジャーが操るんだよな」
「ホワイトレンジャーって、どの?」ロイドが尋ねた。
「え、どのって? レッドとかブルーならともかく、ホワイトはそんなにいないだろう?」
「でも、何人かはいますよ。SPDのオメガレンジャーとか、ジャングルフューリーのライノレンジャーも白だけど置いておいて、ホワイトレンジャーと名付けられているのは、4つあります。初代に、ワイルドフォース、ダイノサンダー、ミスティックフォース……あ、エイリアンレンジャーを忘れていた。それで5種類。他に何かありましたっけ?」
「知らないよ。ぼくが知っているのは、トミーだけだ」
「ああ、それだったら最初の奴ですね。和名はキバレンジャー。確かに白虎の戦士で、そういうメカも出ますが、よく見ると全然違いますよ。あっちは人型に変形しますけど、こっちはカブトムシやカジキ(ソードフィッシュ)と合体して、鳥型になるんです」
 そう言うや否や、ロイドは言葉の通り3つのメカを合体させて、白い鳥型のマシンを作り上げた。その後、最初のメガゾードの背中に合体させる。
 巧みに細かい部品を取り外して、人型の本体に取り付けたりする様子は、何かのパズルのような一種の職人技だ。
「よく機構を覚えているな」と感心する。
「メカオタクなら当然です」と、ロイドは何でもないことのように言った。
「はい、完成。これで8体合体バトルウィング・メガゾード。和名はテンクウシンケンオーです。空中戦対応型、と」
 玩具をイジッているロイドは、本当に楽しそうだ。
 ただ遊んでいるというよりも、自分の世界、アイデンティティーが玩具の中に充填していて、それを心から堪能できているからかもしれない。もしかすると、ぼくが携帯電話に自分の世界を実感していたように。
 その携帯電話も、ライゼルとの戦いで壊されてしまった。
 ぼくは、自分の世界を破壊され、一種の根無し草のようになっている。
 それに引き換え、ロイドはゾディアックの中でも、自分の核を維持できているのだ。
 そのことを急に(うらや)ましく思い、さらには(ねた)ましさが募ってきて、ロイドの手にあるメガゾードを破壊したい衝動に駆られてしまった。
 不機嫌な気持ちのまま、ぼくは椅子から立ち上がり……そして、少年の寝台から後退して距離をとった。
「リオ様、どうしたのです?」ロイドが不思議そうな目でこっちを見る。
「トイレだ」暗い声でそう告げる。
「ああ、待ってますよ」ロイドの声は明るかった。「まだ見せたいものがありますから」
「もう、ロボットはいいよ。片付けておいてくれ」そう言って、部屋の扉をバタンと閉めた。

 通廊を歩きながら、自分の暗い感情について考えた。
 ぼくは、別に他人の世界を破壊したいわけじゃない。
 ただ、自分の世界を見失って思い悩んでいる内面を、無邪気な少年の振る舞いを通じて、対照的に見せ付けられたのだ。
 他人の明るさを見て、自分の中の闇を実感する。
 こんなのはカート・オリバーじゃない。
 否定しながらも、ずっと光の当たらない場所でくすぶっていたのが、スーザンと出会う前の自分だという認識もあった。
 そう、カート・オリバーは自覚していなかっただけで、本当は闇に所属している人間じゃなかったのか? 
 (よど)んだ感情を、下半身に溜まった不浄の液体とともに排出することで、何とか気持ちをすっきりさせようと試みる。
 ぼくに必要なのは、世界を壊すことではなく、もう一度、自分の世界を取り戻すか、あるいは新たに作り出すこと。
 そこまで建設的に気持ちを切り替えることで、ようやく、ぼくはロイドの部屋に引き返す気になった。
 世界の再生、あるいは創造には、明るさが必要だ。そのためには、他人の光を受け入れないといけない。

「リオ様、ごめんなさい」部屋に戻ったぼくに早速、ロイドが声をかけてきた。
「どうして謝る?」
「どうも、ぼく一人で楽しんでいた感じだったので。リオ様は退屈だったんじゃないですか?」
「まあね」あれこれ説明する気にもなれず、ロイドの解釈を受け入れることにした。
「リオ様は、あまりロボットが好きじゃない?」確かめるように聞いてくる。
「R2や3POみたいなドロイドは好きだよ。ターミネーターみたいな人型兵器もね。でも、巨大な合体ロボにはリアリティーを感じないな。Xウイングなんかのメカは好きだけど」そう答えておいた。
「う〜ん、リオ様が合体ロボ好きなら……と期待したんだけどな」
「何を?」
「ゾディアックでも、何か作れないかなって? 星輝合体ゾーディアンとか、太陽巨神グレートラーリオスとか燃えませんか?」
「……それはモエなのか?」
「熱血な方の燃えですね。エキサイティングってところですか」
「ゾディアックに巨大ロボなんて必要ないだろう?」
「何でですか? 敵が巨大化した場合には役立ちますよ」
 敵が巨大化ねえ。
 (デュンケ)ライゼルの甲冑が進化した暗黒竜を思い出す。
 ああいう敵を相手にするには、巨大ロボットが有効なのか? 
 だけど、星輝士たちは巨大な敵に対しても、巧みな連携で戦っていたじゃないか。
 あれほどの連携を、ロボットの操縦で代用するには、相応の訓練が必要だ。
 フットボールのフォーメーションにも、結構な練習時間を当ててきた。仮に将来、人間並みの運動性能を誇るフットボールロボが造られたとして、人が操縦して同じことができるだろうか。
 フットボール選手が、フットボール専用のロボを自分の運動感覚と同じように扱うことはできないと思うし、仮に可能だとしても、その訓練に当てる時間は効率が悪そうだ。
 すると、ロボのボディを直接、人の思念で操作する脳波コントロールの技術、あるいはドロイドのような自律型のロボットを考慮することになるのか。
 現実のロボット工学や軍事技術に詳しい人間なら、もっと踏み込んだレベルまで考えられるのだろうけど、スター・ウォーズやパワーレンジャーを少しかじった程度の知識じゃ、この辺が限界だ。
「ロボットを実現するなら、中に入って操縦するよりも、プログラムで動く形になるだろうね。現実の米軍なんかがやっているように」
「ええ? それじゃ燃えませんよ。ロボの強い力に、人の頭脳や魂なんかが加わってこそ、無敵になるんです! リオ様は、星輝士の魂と、ゾディアックの超科学の結晶を見たいと思いませんか?」
「思わない」ぼくはあっさりと切り払った。
「そもそも巨大ロボなんかで戦うということは、ゾディアックの秘密主義に引っ掛かってこないか?」
 反論を続ける。
 秘密結社が巨大な軍事兵器を持つというのは、世界の秩序に対する挑戦で、すなわち世界征服を企む悪の秘密結社ということだろう。
 仮に、世界平和のために巨大な敵と戦う必要から巨大なマシンを用意するのなら、ゾディアックはそれを世界に表明し、共に戦う同志、少なくとも軍事の専門家や研究者たちを募らないといけない。
 そうしたことをまくし立てた後で、一度、息をついでから、さらに重ねた。
「それに巨大ロボットを運用するのに、どれだけの人手が必要と考える? ロイド、君の趣味を披露するのは自由だけど、現実を変えるには、そうした問題一つ一つを見据えて、答えを検討しないと。思いつきだけで先走るのは、君の悪い癖だと思う」
「う〜ん、そこまで言われると、こっちも勉強不足を実感しますね」自説を否定されたロイドは深刻な表情で腕組みしながら、首をかしげた。
「反論したいのはやまやまだけど、今のままだと平行線になりそうです。今回はこれで保留して、ぼくはロボ賛成派、リオ様は反対派という立場で、今後も議論を重ねていきませんか? また勉強してきます」
「そういう議論なら、ぼくみたいな素人より、ジルファーみたいな論客とやってくれ。彼なら、そういうことに詳しい技術者の知り合いもいるかもしれないし」
 ロイドみたいな夢想家の思いつきよりも、ジルファーのような冷徹かつ論理的に検討できる者の意見なら、時間を割いて考慮する価値があるだろう。

「大体、今はロボの話はどうでもいいんだよ。そんなことよりもモエだ」
 ぼくは話を切り替えようとした。
「どうして、リオ様はそんなに萌えにこだわるんですか?」ロイドが不思議そうな顔をした。「てっきり、もっと硬派な人かと思ってましたよ」
「モエは軟派なのか?」
「メカがゲルマン系なら、モエはラテン系のイメージですね。もちろん、今はそれを融合させる動きも活発ですが。その象徴がこれです」
 そう言って、ロイドが陳列棚から取り出したのは、奇妙なデザインの銃器玩具だった。
「何だ、それは?」
「これが噂の『モエモエズキューン』です。変形しますよ」
 押し付けられた玩具の適当に動く箇所をズラしたりしていると、銃の中から女の子の人形が出てきた。
 異様に目が大きく、コミック風にディフォルメされた表情。
 現実離れした薄青色の髪。
 エロティックな肢体を強調するよりも、どこか中性的で幼さすら感じさせるボディライン。少女よりも、幼女といった方がいい体型バランスだ。
「これがモエ?」
「日本の戦隊に登場するアイテムです。非公認ですけど」
 どういう意味だ? 
 少し思考をめぐらせて、分からないことは無駄に追及せず、要点にしぼって自分なりの結論を出す。
「つまり、女の子を武装させたり、武器に変形させたり、メカに乗せたりするとモエになるのか?」
「確かに、バトルヒロイン物や、女性型ロボなんかは萌えジャンルの一種ですね。それだけじゃないですけど」
 女星輝士のカレンがモエ対象という理由が分かったような気がした。
「でも、それって、下手をすると虐待じゃない? 小さい女の子に戦争させるのって、ぼくは反対だな」
「……確かに、そういう趣味の人もいるかもしれないけど、萌えの本質は女の子をいじめることではなくて、困難な状況でも健気に明るく振る舞う姿に、希望を感じることだと思いますね。虐待して悲鳴を上げさせるSM趣味は、少なくとも萌えとは異なる次元の邪道だと考えます。物語的にはハッピーエンドじゃなければ、萌えられないのでは?」
 なるほど、萌えには優しさと希望があるということか。
 だったら、『萌えは世界を救う』という言葉も、納得できそうだ。
「『萌え』という字は、漢字でこう書きます」ロイドは説明を続けた。わざわざ紙と鉛筆を取り出して、講義口調になる。
「この上の冠が植物を表し、生命力の芽生えを象徴します。下の部分は、太陽と月で明るさを意味するわけで、可愛いものや健気な振る舞い、真心に満ちた人間関係や、内に秘めた優しさなどを見て、喚起されるポカポカした温かさなどが萌えの本質じゃないでしょうかね」
「愛とは、どう違うんだ?」
「う〜ん、愛は萌えよりも重い感情で、人を束縛する感じがありますね。より契約的というか、責任を負わないといけない。軽々しく使えない言葉だと思います」
 ロイドの愛に関する見解は、バトーツァの芝居に基づく理論と違って、より感性的なものだった。
「たとえば、『ぼくは君を愛している(アイ・ラブ・ユー)』と言えば、相手の人生に踏み込んで干渉するようだし、それを相手構わず多用すれば、浮気者の(そし)りを免れません。愛の素晴らしさというのは、その言葉の重さを受け止めて自分の人生の土台にするまでの覚悟があってこそ、だと思います。そんな覚悟ってなかなかできないだろうし、人は軽々しく愛を口にすべきではないとも思います。あくまで自論ですけどね」
 思ったよりもロイドが真面目な講釈を垂れたので、ぼくは少々茶化すつもりで返した。
「その割に君は軽々しく、愛と勇気と正義の戦士とか言っているじゃないか」
「軽々しくないですよ」少年はむきになる。
「ぼくは星輝士であることに人生を掛けていますから。覚悟もありますし、使命を放り出して逃げようとは思わない」
 これは、洞窟から逃げ出そうとしたぼくに対する当て付けか? 
「愛は重く、萌えは軽い、と解釈していいのか」
 (いきどお)りかけた感情を抑えようとしながらも、「すると、愛の方が上で、萌えなんて大したことがないとでも?」
 どこか口調が刺々(とげとげ)しくなるのを止められない。
「どちらが上かは、微妙だと思うんですけどね」ロイドはやんわりと受け流した。
「萌えは、愛という濃厚な液体の上澄みだと思います。コクや深みにおいては、萌えは愛に及ばない。ただ、愛は底の方がドロドロしていて、道を踏み外してしまえば偏愛にも通じ、人生を狭め、時には破壊してしまうこともある。愛は世界を救いもする反面、滅ぼすこともある強烈な感情です。強さのあまり制御が困難……ということは、星輝士の力にも通じるのでしょう。愛には、優しさだけでなく、激しさをも伴いますから。つまり善悪両面、光にも闇にも通じる感情だと考えます。だからこそ、星輝士は愛だけでなく、正義で自分を律することも必要なわけで」
「ロイド……」ぼくは感心のため息をついた。「君は哲学者か何かか?」
「立派なオタクは、みんな哲学者ですよ」ロイドはにっこり微笑する。
「それに、今話しているのは、ぼくだけの考えじゃありません。リオ様がここにいて、聞き手になりながら質問してくれるから、ぼくも語ることができるんです。たぶん、自分の中にまとまらない思考の断片があって、リオ様というきっかけに導かれて言葉という形になっているんじゃないかな。自分でも、よくこれだけ話せているな、と驚いているんですから」
「分かるような気がする」ぼくはつぶやいた。「一人じゃ生まれない力が、複数の星輝石同士で感応しあうことで、強力な効果を発揮する経験があって……」
「そういう経験は、ぼくにはないですが」ロイドは苦笑する。
「さすがはリオ様。ぼくにあるのは、オタク仲間のお喋りだけですから。気の合った趣味人同士の会話では、思いがけない方向に話が転がって、話している本人も一種の酩酊状態(トランス)にハマって、奇妙なアイデアが生まれたりするんです。たいていは、どうでもいい無駄話なんだけど、たまに珠玉の発想が湧いてきたりして……だから、他人との交流は欠かせないと思うんです。自分一人ではたどり付けない視点からの考えを知るためにも、ね」
 ぼくには、あまりそういう経験はなかった。
 それはたぶん、ぼくが口下手で、自分の意見を強く主張する人間じゃなかったから。
 他人の意見を聞くだけで、総じて受け身な生き方をしてきたと思う。
 カート・オリバーが積極的に自己主張を始めるきっかけは、スーザンと関わってから。
 そして、ゾディアックに来て星輝石に関わってから。
 それも、石によって高められた知性の産物かもしれない。
 石はぼくに深い洞察力をもたらすとともに、深い葛藤をももたらした。
 愛が善悪両面に通じるように、知性もまた光と闇の両方を内包するのか。
「萌えには、闇はないのか?」話を戻すつもりで尋ねてみた。
「吸血鬼萌えというジャンルはありますよ」ロイドはさらりと言った。
「萌えは、明るいって言ったじゃないか」ぼくは口をとがらせる。
「だから、ホラーコメディの方向性ですね。怖さよりも、可愛さやギャグを優先する。吸血鬼の萌えキャラは、たいていドジっ娘です。ひどい場合は、吸血鬼なのに血を飲むのが嫌いだとか、人を襲うのに葛藤するとか」
 《暗黒の王》なのに、自分の内なる闇を恐れるようなものか。
 すると、カート・オリバーは萌えキャラに分類されるのか?
 ロイドにそう尋ねてみたかったけれど、さすがにそれは(はばか)られた。
 分かったことは、萌えの世界が当初考えていたよりも、奥が深いということだ。
「愛は重くて、萌えは軽い。萌えはホラーの暗さも、コメディの明るさで昇華する。他には何だ? 萌えの世界も、愛に劣らず結構深そうだけど」
「深いというよりは、広いのだと思います」ロイドは説明した。
「愛は深く突き詰めることを是としますが、萌えはその時その時に芽生えた感情を重視しますので、視野が広く浅くなりがちです。だから、恋人を愛する一方で、他の女の子のちょっとした可愛い仕草にポワーンとなるような感情は、浮気ではなくて萌えに分類されるんじゃないかな。そういう男の姿を見て、恋人が嫉妬で怒ったときも、『ああ、この娘はぼくのことが好きだから怒っているんだな』と解釈して、改めて可愛さを覚える。そういうのも萌えだと考えます。愛だけだとネガティブになりがちな感情も、萌えというフィルターで建設的に考えることで昇華される……って、ぼくは何で萌えをここまで美化しているんだ? 何だか、自分が『萌えの伝道者』になっている気がしてきた」
「いや、素晴らしいよ、ロイド」ぼくは心の底から感動した。
 カレンやスーザンのことで悩んでいた気持ちが、萌えというフィルターで通してみると、すっきりしたような感じだ。
「今後は、星輝士のキャッチフレーズの『愛』の部分を、『萌え』に置き換えたらどうかな? 21世紀らしいと思うんだけど」
「萌えと勇気と正義の戦士……ですか? さすがに、それはやめておいた方がいいと思います」ロイドは何故か困惑した表情を浮かべた。
「何でだよ」ぼくは口をとがらせる。ロボットのことを議論するよりも、よっぽど価値のある精神性の議論じゃないか。
「萌えは……ええと、愛に比べて歴史のない斬新すぎる概念なんですよ。伝統ある星輝士のイメージを打ち消してしまうぐらい。愛は重いけど、萌えは軽い。萌えの戦士だと、星輝士という存在そのものが軽々しくなってしまいます」
 う〜ん、そんなものなのか?
 まだ、よく分からないけど、専門家の言うことだから従っていた方がいいのだろう。反論するなら、自分でももっと勉強してからだ。

「萌えの話はこれぐらいにして、本題に移りませんか?」
「本題?」ロイドの提案に、ぼくは首をかしげた。
「正義ですよ、正義。ぼくは正義の話をしたくて、リオ様を誘ったんですよ」
「正義ねえ」あまり気が乗らなかった。
 正義よりも、萌えの方が大切に思えたから。
 萌えこそ正義、と言いきることができそうだ。
「正義って何だ?」そう質問してみる。
 その瞬間、ロイドは寝台の上で思い切りのけぞった。
「何だよ、その反応?」
「そりゃ驚きますよ」倒れた反動を使って勢いよく身を起こすと、少年は責めるような目でこちらを見てきた。
「ラーリオス様と言えば、ぼくたち星輝士の旗頭になるべき人物。それが、正義が何か、という根本的なことを聞いてくるなんて……」
 そんなことを言ってもな。
 そもそも、ぼくは《暗黒の王》だし、今さら正義と言われても。
 自分が悪人だとは思わないけど、取り立てて正義感が強いとも思わない。
 ただ、守りたいものを守りたいだけ。
「大体、正義の話をしたいのはぼくではなくて、ロイド、君だろう? 君にとっての正義の話から始めようじゃないか」
「そんなの、見たら分かるじゃないですか」ロイドは視線で示した。
 陳列棚に飾られたヒーロー群。
「ぼくの正義の象徴は、常に熱いヒーロー魂でぼくを見守ってくれています」
 何とも分かりやすい象徴だ。
 これを信仰にたとえるなら、偶像崇拝というのかな? 
 だけど、神の姿を彫像に映して祈りを捧げる姿は、現代の空想上の英雄の人形を崇めることと何が違うのだろう。
 ロイド自身にとって、愛と勇気と正義の象徴たる多数のヒーローたちの姿は、神そのものと言えるのかもしれない。

 ぼくは立ち上がって、ヒーロー達の姿を吟味した。
 そこに何かの導きが得られるかもしれない、と感じながら。


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