4ー12章 ジャスティス・スターズ ロイドの世界には、無数の輝く星々のように多種多様なヒーローの姿があった。 その中で、ぼくが最初に探そうとしたのは、トミー・オリバーの だけど、 「トミーはいないのか?」 「残念ながら戦隊物は、ここには持って来ていません」ロイドは済まなそうに言った。「何しろ数が多すぎて。200を越えますからね」 「そんなにいるのか」 ええと、1チーム5人ずつ毎年増えるのだったら、全部で40年……って、そりゃないだろう? スター・ウォーズよりも前じゃないか。 「パワーレンジャーって、そんなに古かったっけ? 確か、20年ぐらい前だったんじゃないかな」 「ええ、1stシーズンは1993年スタートです。その前年に日本で放送された『恐竜戦隊ジュウレンジャー』が元ネタですね。でも、日本の戦隊では、それが16作目になっています」 ロイドの講義は続く。 彼によれば、最初の戦隊は1975年スタートの『秘密戦隊ゴレンジャー』。 以降、40年の歴史を築いているのは、戦隊マニアの常識だそうだ。 2016年現在に放送しているパワーレンジャーは、35番目のスーパー戦隊『海賊戦隊ゴーカイジャー』が元ネタだという。 「これは凄いですよ。戦隊の歴史を作中で解説してくれます。パワーレンジャーでも、10周年記念で歴代レッドの集結した『フォーエバー・レッド』を放送しましたが、規模が違いますね。まさに『世界よ、これが日本のヒーローだ』のキャッチフレーズが似合う作品と言えます」 「パワーレンジャーの起源が日本だったなんてな……」ぼくは渋々認めながらも、首をひねった。「でも、トミー・オリバーは日本人じゃないだろう?」 「役者はアメリカで新撮しています。だけど、変身後のアクションやロボ戦の多くは日本の映像を流用してるんです。トミーのグリーンレンジャーは、元々ドラゴンレンジャー・ブライと言います。ホワイトレンジャーは、さっきも言ったとおりキバレンジャー、 いろいろと疑念を突きつけたい気持ちはあったけど、この手の知識でロイドには勝てそうにない。仮にロイドがぼくを騙していたとしても、それが嘘だと判断できる材料がないのだ。 いや、《暗黒の王》の力を使えば、ロイドの心に干渉して真偽を見分けられるかもしれない。 ぼくは険しい視線でロイドを見つめた。 ロイドの方も、一歩も譲れないとばかりに真剣な面持ちを崩さない。 不思議な緊迫感が、二人の間に立ち込めた。 フッとため息を漏らす。 たかだかパワーレンジャーのことで、何をぼくはムキになっているんだ? うかつに力を使って、わざわざ自分から疑念を招く必要もない。 そう我に返って、肩をすくめる。 「つまり、パワーレンジャーは日本の戦隊のパクリだと言うことだな?」 「いえ、それも誤解です」ロイドはかぶりを振った。 「戦隊を作っている日本の東映が、アメリカのサバン社と契約して、正式に海外輸出を図ったのがパワーレンジャー。だから、パクリではなく、再編集した改訂版と言うべきでしょうか。それに元々が日本の戦隊でも、その後、パワーレンジャーは独自の発展を遂げていますし、そこで培われた設定や撮影技術が日本の戦隊にフィードバックされた部分もあります。ただのパクリなら発展がありませんが、素材を元に改良を重ねていくことを怠らないから、パワーレンジャーは面白いんですよ。一方的なパクリではなく、お互いにいい影響を与えながら、双方ともに発展していく。こういうのが理想的な異文化交流だと思います」 その説明で、パワーレンジャーのことは納得できた。 緊迫した気持ちを切り替えようと、他のヒーロー人形に視線を戻す。 スーパーマンとか、バットマンとか、ロボコップとか、自分の知っているものを探してみたけれど、どうも見当たらない。 「これ、全部、日本のヒーローなの?」 「ええ、そうです。古いのは父さんの形見で、その後、自分でも集めたんですが……」 ああ、ロイドの父親は、日本ヒーローの宣伝の仕事をしていたんだったか。その精神は、確実に息子にも受け継がれていたわけだ。 こういう親から受け継いだ土台がしっかりしているのも、ロイドの世界が揺るがない理由かも知れないな。 ロイドにとって、これらの人形群は単なる子どもの玩具ではなく、素朴な信仰心とも言える良心の象徴であり、父子の絆でもあるのだ。 ぼくには、そういう目に見える何かがない。 精神性といっても、単に頭の中、心の中だけに秘められたものではなく、形として表現された象徴に支えられるものじゃないか。 見知らぬヒーローたちは無言のまま、ぼくを見つめてくる。 まるで心の闇を見透かす神々のように。 改めて生じた緊張感から逃れようと、何か知っているものを探そうとする。 そんなぼくの目に留まったのが、見覚えのある赤と青のヒーローだった。 高校生のピーター・パーカーがスーツをまとった 『大いなる力には、大いなる責任がともなう』だっけ? スーザンと別れる前に見た映画の記憶なんかもこみ上げてきて、ぼくは微かに喘ぎ声を漏らした。 「どうしたんですか、リオ様?」ロイドが耳ざとく、心配そうな声をかけてくる。 「い、いや、これももしかして日本が起源なのか? って、びっくりして……」 「ああ、それですか」ロイドがぼくの示したスパイダーマン人形を見て解説した。 「安心してください。それはアメリカのマーベル社が起源で、日本の東映が契約を結んで借りたんですよ。そこに飾っているのは、レアな東映版ですけど」 「何が違うんだ?」 「左腕を見てください」 奇妙な腕輪を付けていた。ぼくの知っているスパイディーは、そんな物を付けていない。 「日本のスパイダーマンは、そのブレスレットで変身したり、糸を出したり、巨大ロボットのレオパルドンを召喚したりするんです」 「スパイダーマンが巨大ロボット?」これには驚いた。 「ええ。『マーベラー・チェンジ・レオパルドン』って感じで、巨大戦闘要塞から変形します。ほら、これ」 ロイドが、ロボットの棚から一体を取り出した。 黒と黄色、赤と銀を基調とした割とシックなカラーリングで、パワーレンジャーのゾードよりはクールな感じだ。 胸の赤い装甲板に蜘蛛の巣のようなデザインが施されている点が、操縦者との関わりを微かにほのめかしている。 「このレオパルドンが戦隊ロボ、つまりメガゾードのプロトタイプと呼ばれています。その意味では、パワーレンジャーにはマーベルヒーローの血脈が流れていると言えますね」 「日本人は、何でもかんでもロボットに乗せたがるんだな。そのうち、ミッキー・マウスもロボに乗せるんじゃないか?」 冗談で言ったつもりだった。 「ああ、ミッキーのトランスフォーマーとか、ドナルド・ダックたちと合体する6体合体ロボとか、ありますよ。あ、トランスフォーマーは日本のタカラトミー製ですから、念のため」 何と。 恐るべし、日本のロボット産業。 しかし、スパイダーマンやミッキー・マウスもロボに乗るのなら、星輝士がロボに乗ることも、真剣に検討しないといけないのかもしれない。 イカロス・ジェットと、ワルキューレ・ヘリと、ファフニール・トレーラーと、クレーブス・タンクとが4機合体して……と、ロイドの考え付きそうなイメージが脳裏をよぎる。 ダメだ。 少年の世界に毒されすぎている。 ロボはもういいんだって。 ロボからヒーロー人形に目をそらすと、また何かが目に入った。 ミッキー・マウス? 確かに、そのヒーローは、頭に大きな黒い両耳を持っていた。 だけど、ミッキーを思わせたのはチラッと見えたシルエットだけで、実際は可愛らしさのかけらもなく、黒いボディに真っ赤な目は悪役じみた禍々しさを宿していた。 細身の剣を携えた黒いヒーローの両脇に、黄色い細身の剣士と、赤と青の怪物が付き従っており、三人で一組のチームは、パワーレンジャーのスマートさとは一風異なる異形さをかもし出している。 ヒーローというよりも、むしろ 「ロイド、これは何?」 「ああ、それは『アクマイザー 「いかにも悪そうなんだけど……」 「ええ、出自が悪魔ですからね。でも、悪魔族を裏切って人類のために戦うんだから、立派な正義のヒーローですよ。出自や姿形は問題じゃない、大切なのは心のあり方だということですね」 「人類のために戦う悪魔かあ」 《暗黒の王》と呼ばれる身としては、何だか共感できそうだ。 「でも、最後は大魔王ガルバーの魔力に敗れて、封印されてしまうんです。正義が最後に負けてしまう稀有な例ですね」 「……それは哀しい話だな」 「ところが、アクマイザーの魂は滅びていなかった。破軍星の導きにより、自分たちの力と魂を人間の若者3人に託し、新たなヒーロー、神をも越えた妖怪ハンター『超神ビビューン』として覚醒させるんです」 ロイドの指はアクマイザーから、その横の3人組に移った。 そちらは、赤を中心に、両側に青と黄が並ぶ、いかにもパワーレンジャー風のカラーリングだった。 「空の超神ビビューン、水の超神バシャーン、大地の超神ズシーンの3人が、最終的に大魔王ガルバーを倒して物語は終了するわけですね」 「大魔王を倒すのが神ではなく、悪魔の魂を宿した人間……というのは、何だか冒涜的な気がするけど……」 「……といっても、ビビューンの世界には神って出て来ないんですよね。悪魔族と言っても、出自はダウンワールドで独自進化を遂げた人間って設定だし」 「あくまで人間主体ってことか」ぼくはつぶやいた。 「それはそうですね。ザビタンだって悪魔族と地上の人間のハーフって設定だし。つまり、善悪の狭間で悩む主人公なんですね。この辺は、原作者のテーマだったらしいですが。悪から生まれたヒーローこそが、正義の大切さを知って、それを実行する。善悪は不可分のものではなくて表裏一体。だからこそ、自分の心の中の善性を追求して、葛藤することがヒーローの宿命だとされています」 子ども向きのヒーローと言えば、完全無欠の正義心を持っていて、悪役に神の裁きを与えるものだと思い込んでいた。 だけど、ロイドの語るヒーローの物語は、スター・ウォーズのように深いものを感じる。 星輝士の目指す 「ロイド」ぼくは少年にいろいろと打ち明けたい気持ちに駆られた。 「君は……もしも知っている人間が闇の誘惑にさらされて、自分を見失いそうになっているとき、どうする?」 「スーザンさんのことですね」ロイドは決め付けた。 ぼくは誤解を訂正せずに、あいまいな笑みを浮かべて、少年の答えをうながした。 「本当の自分を取り戻すように、心の底から訴えます。どんな障害があっても、心と心が通じ合えば必ず道は開ける。そう信じますね」 本当の自分か。 それはどこにあるんだろう? 本来のカート・オリバーだったら、ラーリオスとも《暗黒の王》とも無縁だったはずだ。 そして、本当のスーザンというのが何を考えているのか、それもはっきり分からない。ぼくとスーザンの付き合いはあまりにも短く、思い出も淡いもの。 気が付けば戦いを強要され、スーザンを手に入れるために《闇》の力を頼るようになっている。これは、本来のカート・オリバーが望んだ道では決してない。 「ぼくには、何が正義か分からない」そう、つぶやきを漏らす。 それから意を決して、少年に向き直る。「ロイド、君はラーリオスにいろいろ期待しているみたいだけど、ぼくは君の憧れるヒーローにはなれそうもない。『 「だから、ぼくがいるんですよ」ロイドは明るくそう言った。 「何だって?」少年の返答に面食らう。 どうして、そこまで断言できる? これが自分の世界を持った人間の強さなのか? 「正しくは、ぼくだけじゃない。ジルファーさんや、リメルガさん、カレンさんがいるじゃないですか。分からないこと、迷っていることは相談すればいい。確かに、ラーリオス様には最後の決断という重責を求めることにはなると思います。だけど、全てを自分でまかなう必要はない。責任を抱え込まず、信頼できる仲間を増やして、想いの絆を強めることが、正義のヒーローのあるべき姿だと考えます」 はは、正にヒーローファンの模範的な回答という奴だ。 おそらく、ロイドは今までの人生で、人に裏切られた経験がないのだろう。 だから、無邪気に人の善意を信じることができる。 「ロイド、君は自分を裏切った人間を信用し続けることができるのか?」 スーザンが裏切ったために、ぼくはゾディアックに連れて来られた。 ジルファーが真実を語らなかったせいで、ぼくはラーリオスの特訓を強いられた。 カレンが裏切ったことで、ぼくは《暗黒の王》に仕立てられた。 つまり、ぼくがここまで来たのは、全て裏切りに基づくものだ。 そうした背景を知ったとしても、ロイドの世界は揺るがないのだろうか。 「他人が裏切るかどうかは問題じゃありません」少年は断言した。 「問題は、ぼくが他人を裏切らず、自分自身も裏切らずに正義を貫けるか、です。周りが闇に堕ちたとしても、自分は輝いていたい。そして、その光を絶やさないよう自分が強くなり、その光で闇をも照らしていければ……本望ですね」 どうして、ぼくではなく、こいつがラーリオスに選ばれなかったのだろう? おそらく間違った選択をした天を仰ぐ。 ぼくに選択権があれば、この純粋な心の少年を《太陽の星輝王》に推薦するのに。 そんなことを思っていると、 「だけど、良かったです。リオ様がラーリオスに選ばれて……」思いがけないことをロイドは口にした。 「何でだよ?」 「ぼくの知っている星輝士で、 「ゾディアックは、そんなものを目指しているのか?」 「まさか。リメルガさんが言うには、 「そういう星霊皇だったら、こっちがお断りだ」ぼくは言い放った。 「ラーリオスが目指すのは、そんな一方的に押し付けられた正義、硬直化した宗教体制ではない、もっと広がりを持つものだ。何しろ、ぼくは夢と自由を尊ぶアメリカ人だからね。今の星霊皇がどうであれ、世界を変革するよりも先にゾディアックの閉鎖された慣習を改める方が先だろう。ぼくは正義が一つじゃないと思うし……」 ロイドの宝物であるヒーローたちの人形に視線を向ける。 そう、ヒーロー達の姿は多種多様だ。 たった一人のヒーローが全ての頂点に立って、君臨しているわけじゃない。 異なる出自や背景事情を抱えた人間や異種族、 それは、誰かに強要されたものではなく、時には悩み傷つきながらも、内から湧き上がる良心を原動力に自分の道を力強く歩いているのだ。 強くなければ生きていけない。 優しくなければ生きる価値がない。 ぼくが憧れるハードボイルドは、そのままヒーローの精神に通じる。 「ラーリオスの正義は……」ゆっくりと噛みしめるように、口に出す。 「人の世界の自由と調和を重んじることだと思う。人を束縛し、争いを強要する者がいれば、それこそ倒すべき敵になるんだろう」 「それですよ」ロイドは満面の笑みを浮かべた。 「それこそ、ぼくが聞きたかった答えです。元より、正義は一つじゃない。時代によっても、社会によっても議論する余地があるものです。これが正解だとはなかなか決められないと思います。だからこそ、しっかり話し合いをできる人物、自分の意見だけに固執せずに他人の意見を受け入れられる人物が、ゾディアックの長にはふさわしいと思っていました。リオ様の資質は、変に偉ぶらずに他人の意見を受け止めることができる点にある、と。少なくとも、ジルファーさんはそう評価していましたし、リメルガさんとぼくも、そういう姿勢を求めているんです」 つまり、君主的なリーダーではなく、民主的なリーダーが求められているんだな。 それこそ、500年前の星霊皇の時代と、21世紀の今の大きな違いだ。 光とか闇とか、正義とか悪とか、そういう概念を差し引いても、星霊皇の時代感覚は今のぼくたちにはそぐわない。だから、代替わりは必然なのだ。 「もしも、仮にだよ」ロイドと自分の正義が重なったような気がして、勢いがついた。 「ぼくが星霊皇の体制に反旗を翻して……そうだな、 「 「は?」少年に抱いた共感が瞬時に粉砕される。 今さらながら、ロイドの反応はしばしば予想できないところに飛ぶ、と思い知らされた。 タチバナって、何だよ? 「あ、タチバナさんは乙女座だから無理か」少年のつぶやきは、ぼくの手に届かない世界に踏み込んでいった。 「リオ様は天秤座と言っていたからな。天秤座と言えば……あ、それはそれでタチバナさんと言っても通じるな」 どうやら、タチバナというのは人名、あるいは何かの称号かもしれない。 重要人物なのかな? 一通りの思考を終えたらしいロイドは、決然とした表情でぼくを見た。 「タチバナさん、あなたは本当に裏切ったんですか?」 いや、ぼくはタチバナさんじゃないし。 明らかに現実と 裏切ったと言えば、星霊皇を裏切ったと言えるかも知れない。 でも、ぼくはロイドを裏切っているつもりはない。 むしろ、彼の示してくれた萌えやヒーロー魂には共感している。 それに星霊皇に対しても、そもそも彼の思想に共感や忠誠を示したことはないんだし、彼の方から勝手にラーリオスに選んだだけじゃないか。 会ったこともない人間のことで、裏切りとかどうとか言われてもな。 一通りの思考を終えてから、否と答えようとする前に、ロイドが口を開いた。 「……なんてね。タチバナさん云々はただの与太だから気にしないで下さい。それにしても、 「それはやめろ!」ぼくは慌てて言った。 「あくまで仮定の話なんだから。冗談みたいなもんだよ。リメルガの前でも言ったろう? 今のぼくはゾディアックから逃げるつもりはない。ゾディアックに問題があるとしたら、ラーリオスの立場で改革してみせるって。星霊皇に問題があるとしても……まずは話し合ってみるつもりだ。話し合う前に、反逆者のレッテルを貼られて追放でもされようものなら、こっちの計画が狂う」 「へえ、何かの計画があるんですか?」ロイドは興味深そうに聞いてきた。 「あっ」口を滑らせたことに気付く。 この話の流れじゃ、トロイメライの計画をバラしてしまうことにならないか? それはつまり、トロイメライやカレンを裏切ってしまうことになる。 自分から好きこのんで、裏切り者になろうとは思わない。 ロイドは純粋で無邪気で、信用のおける人間であることは間違いないけれど、秘密を打ち明けるには言動が軽すぎる。 《暗黒の王》としての立場に基づくなら、子どもの純真さにほだされて何もかも明かしてしまうのは危険極まりない。 カレンがぼくに接する際に非情さを強調したのも、この点を危惧してのことなんだろう、と理解した。 「ああ、計画ね」何とか話を取り繕うとする。 「ジルファーといっしょにゾディアックの歴史を研究しようとか、カレンやバトーツァの勧めるヨーロッパの観光地を訪ねようとか、そんな感じだ。まあ、その前にラーリオスの力を身に付けて、使いこなせるようにならないといけないんだけどね。修業や勉強で疲れたときには、楽しい未来の計画を考える。それぐらいの自由は許されると思うんだ」 殊更に明るく、朗らかにまくし立てる。 そんな希望に満ちた未来なんて、絶対に実現したりはしない……心の奥に微かな予感がよぎるのを吹き飛ばすように。 「それはいいですね」ロイドは、ぼくのにわか造りの明るさに疑問を抱くことなく、話題に乗ってきた。 「だったら、ぼくも計画に入れてくれませんか? そうだな、全部終わったら、スター・ウォーズの新作でもいっしょに見に行きましょうよ。現在製作中のエピソード8、楽しみにしているんだ」 「エピソード8かあ」その誘いには食指をそそられた。だけど…… 「ぼくはエピソード7をまだ見ていないんだ。住んでいたところが田舎だから、劇場に新作が回って来なくて、結局、ブルーレイの方が先に出た。で、そのうち見ようと思っていたんだけど、進学とか部活とかでいろいろ忙しくて見る間がなかった」 「う〜ん、そうと知っていれば、ここにエピソード7も持ってきたのになあ」ロイドはいかにも残念そうに言った。 「自宅にはあるのに、規則のために気軽に取りに行けないのが残念ですよ。ジルファーさんに頼んで、取り寄せてもらえないかなあ」 バトーツァに頼むって手もあるけど……。 そう思いながらも、ラーリオスの権限を趣味のために利用してもいいのか、という気持ちもあった。 スーザンのこととか、星霊皇のこととか、あれこれ重要な問題を抱えている状況で、気軽にSF映画を楽しむことができるのだろうか、という考えにもなる。 「とりあえず、楽しみは先にとっておこう」ぼくはロイドにそう言った。「晴れてぼくがラーリオスの儀式を終えて、この洞窟を出たときに、見たい映画をいっしょに見ようよ。それまでは我慢だ」 「約束ですよ」ロイドはにっこり微笑んだ。 スター・ウォーズの話題に喚起されて、頭の中にルーク・スカイウォーカーの青いライトセーバーが鮮明に浮かび上がったとき、 ぼくの視界に、そのヒーローの姿が飛び込んだ。 ルークと似た青いライトセーバー。 ミレニアム・ファルコンを思わせる銀色のアーマー。 それはアイアンマンやロボコップと同じ 「ロイド、これは何?」陳列棚にある無数のヒーローの中でも、 「それは……『宇宙刑事ギャバン』ですよ。30年前のヒーローですが、最近、海賊戦隊と共演して復活しました。元祖メタルヒーローと呼ばれています」 「宇宙刑事ギャバン……」ロイドの教えてくれた名前をつぶやく。 「刑事なのに、どうしてライトセーバーを持ってるの? 普通、刑事と言えば銃じゃない?」そう尋ねると、 「ああ、それはライトセーバーじゃなくて、レーザーブレードって言います。まあ、スター・ウォーズの影響を受けているのは間違いないですが。母艦のギラン円盤も、ほとんどミレニアム・ファルコンですし……当時の日本のSF映画やヒーロー作品が、スター・ウォーズの影響を受けたことは、いろいろな資料でも語られているようです」 ロイドの説明は、ぼくの質問の答えにはなっていなかった。だから、「うん、それで?」と 「ええと、銃はギャバンの部下のシャリバンやシャイダーの代になって使い始めるんですが、初代のギャバンは手からビームを出す形ですね。それと、剣を使うのは日本の刑事ってそういうものじゃないですか。彼らは武道の訓練で剣道を習得するそうですし、剣を使うのはサムライの流儀を受け継いだエリート刑事だと聞いたことがあります」 「そうなの?」 「ええ、だって、同じ宇宙警察という設定のパワーレンジャーSPDだって、基本のメンバーは銃を使ってますが、ボスは剣の達人となってます。エリート刑事は剣を使う、これが日本の警察なんですよ」 すると、日本の犯罪者は鋭い刀で叩き斬られるわけか。 日本は犯罪率がアメリカに比べて少ないって聞いたことがあるけれど、それだけ恐ろしい治安維持の伝統があるんだったら、十分納得できるというものだ。 それにしても……宇宙刑事ギャバンかあ。 ぼくはしげしげと銀色スーツの人形を見つめた。 まるで闇夜を照らす星の光のように美しい。 まさか、よく知らない日本のヒーローにこれほど心奪われるとは思わなかった。 「これ、触ってもいい?」おそるおそる持ち主に尋ねる。 ロイドは快く了承してくれた。 関節が自由に動くアクションフィギュアで、ぎこちないロボットよりも自由なポージングに感心する。 夢中になっているぼくを見て、ロイドがにこにこしながら「蒸着!」と叫び、ポーズをとった。 「え、何それ?」 「 その後、ロイドはナレーション口調で、「宇宙刑事ギャバンがコンバットスーツを蒸着するタイムは、わずか0.05秒に過ぎない。では、蒸着プロセスをもう一度見てみよう」と言ってから、 「蒸着!」と叫び、 さらに機械の音声を真似て、「了解! コンバットスーツ、電送します」と唱えた。 それから、イントロを口ずさんで、「チェイス、チェイス、チェイス、ギャバン♪」「ファイト、ファイト、ファイト、ギャバン♪」と歌まで歌いだす始末。 一連の芸を披露した後で、照れ臭そうにロイドは舌を出す。 普段なら、そういうパフォーマンスには乗り切れないのだけど、少年のほとばしる情熱と銀のヒーローの 「リオ様、ギャバンが気に入ったみたいですね?」 ロイドの言葉に、ぼくは力強くうなずいた。 「だったら、その人形を進呈しますよ。友情の これには驚いた。非常に嬉しいんだけど、ロイドのヒーロー愛を知っている者としては、簡単に受け取っていいものか迷ってしまう。 「大切なものなんだろう? お父さんの形見じゃないの?」 「ああ、それなら大丈夫。そのギャバンは割と最近出たものですから。また買おうと思えば買えます。それよりも、リオ様に何かの形で、正義の絆を伝えることができたらな、と」 ロイドの気持ちは分かった。 だけど、ぼくには返せるものが何もない。 ためらいながらも、ここは意を決して受け入れることにした。 ロイドの世界の一部、銀色に輝く 想いを確かなものにするには、形のあるものが必要だと感じたから。 「よろしく、勇気」何かのおまじないのように少年がつぶやいた。 |