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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(4−18)


 
4ー18章 ブラン・エ・ノワール(1)

「ここが《神子(みこ)の間》。あなた様が星輝王ラーリオスとして、真の目覚めを遂げられるための儀式の場でございます」

 神官殿に連れられて入った部屋は、思いの外に広かった。
 雪に覆われた《星近き峰(プレクトゥス)》の洞窟最深部に設けられた大広間。
 この洞窟の中で、それまでぼくが見た最も広い場所は、ハイスクールの教室程度の広さの食堂だった。
 だけど、儀式の間はずっと大きくて、屋内体育館並みに思えた。
「こんな広い場所があるのなら、走り回って運動不足も解消できたんだけどな」冗談めかして言うと、
「ここは神聖な場所ゆえ、あまり騒がしい真似は控えてもらいたいもの」バトーツァは生真面目に答えた。
「そうかい。卒業式みたいに(おごそ)かに、ってことだね。だけど、ぼくはむしろ、その後のパーティーが楽しみだな。ダンスの予定とかはないの?」
「ラーリオス様、ふざけてらっしゃいますか?」バトーツァは妙にピリピリしていた。
 陰鬱な雰囲気を好むこの男に、ぼくはニヤリと笑みを浮かべる。
「やれやれ、君は余裕がないなあ。《暗黒の王》には、大らかさと諧謔(かいぎゃく)精神が必要なんだよ。杓子定規に考えるだけでは、過酷な運命に立ち向かえない。うまく受け流す柔軟さが求められるんだ」
「ただのおふざけとユーモアは、質が違いますぞ」神官は反論した。
「どこが?」
「ユーモアとは、場を和ませ、良い空気を生み出すもの。芸術と創造の域に達することを目指します。それに対して、おふざけは場の空気を乱し、ただ騒動と破壊を巻き起こします。喜劇役者を目指すのであれば、そのためのお膳立てを整えるところから勉強なさいませ」
 いや、喜劇役者なんて目指した覚えはないんだけど。
 そう思いつつ、口にしたのは別の言葉だ。
「お膳立てって?」手短かな質問。
 それに対して、バトーツァは教師然とした態度で解説した。
「テーブルに食事を配膳すること。演技のためのステージをセッティングすること。そのために陰の努力をしてきた人間の気持ちを考慮に入れるなら、場違いなおふざけなど出てくるはずもございません」
「……つまり、人が作った料理に対して、その苦労も知らずにただあざ笑うのは、ユーモアではないということかな?」
「食べ物にたとえるなら、そういう感じですな」
「この儀式の間は、バトーツァ、君がセッティングしたと言うことか?」
「もちろん、それが私めの神官としての務めですからな」
 だからか、この場所が妙に陰鬱なのは。
 少なくとも、《太陽の星輝士》が目覚めるための場所とは思えない。
 殺風景で冷え冷えとしている大広間は、快適にしつらえられた他の部屋とは一線を画している。
 《暗黒の王》の玉座を据えるには、ちょうどいい背景かもしれないけど。
「セッティングしたという割には、何もないじゃないか」
 ぼくは暗い広間をすたすたと歩く。
 黙っていると静寂が支配する空間を、足音が(うつ)ろにかき乱す。
 それに従う黒ローブの衣擦れの気配を意識しながら、真っ直ぐ奥へと向かう。
 目指すは、広間の中央付近。
 そこに、ただ一つ置かれた儀式用の祭壇。
 程なく、寝台と同じぐらいの大きさの石台まで歩み寄ると、そっと手で撫でる。
 滑らかな表面は氷のように冷ややかで、背筋がぞくっと粟立(あわだ)った。
「まるで墓場だな。あまりに暗すぎる」
 ぼくは唯一の墓石のように据えつけられた祭壇に、どかっと腰を下ろした。腕と脚を組んで、ふてぶてしい態度をとる。
「バトーツァ、確かにぼくは《暗黒の王》の呼称を受け入れたし、君は影の神官だ。こういう雰囲気が君のゴシック趣味に合うことも理解はしている。だけど、ぼくの趣味じゃない。《暗黒の王》だからって、全てを黒一色で陰気にしなくてもいいじゃないか。もっと光を要求する」
「おやおや、ラーリオス様は黒が気に入りませんか」神官は意外そうな目を向ける。「《暗黒の王》と名乗る以上は、黒の美学を共有してもらえると思いましたが」
「黒はいい。だが、全てを黒に包み込むつもりはない」そう宣言する。
「いいかい、バトーツァ。ぼくが求めるのは多様性だ。色彩豊かな世界なんだ。光を掲げる者が黒を排除するなら、ぼくは黒に味方する。だけど、世界が闇に染まるようなら、ぼくはそれにも(あらが)うつもりだ。ただ一つの色に統一された世界なんて、目指すつもりはない」
 バットマンよりは、カラフルなスーパーマンやパワーレンジャーの方がいい。
「光なら、ご用意しますとも。儀式の際には、蝋燭の火(キャンドル・ライト)が闇を照らすように考えております」
「闇と炎か?」あまりいい響きじゃない。どうしても悪夢の記憶を呼び起こしてしまう。
「ぼくが求めるのは、もっと自然の光だ」天井を見上げる。
 吸い込まれるような闇が広がり、岩肌がおぼろげにしか見えない。
「天井に穴を開けたくなった。そうすれば空が見えるだろう?」
「ご冗談を」バトーツァは苦笑いを浮かべた。「仮にそうしたところで、曇った空が見えるだけですぞ」
 そう、それが現実だ。
 雲の結界に覆われ、世間からは隠された地。
 それは同時に、世界に目を向けずに引き篭もっている、とも言える。
 この地で星が見えるのは、結界の力に異変が生じ、世界との接点を確保できた時。
「まるで邪霊になった気分だな」皮肉っぽくつぶやく。「世界から隔離され、暗い場所に封印されている」
「解放を望まれますか?」神官の問いに対して、
「世界に災いをもたらさないならば」そう答えた。
「そうならないよう、しっかり管理するのが《暗黒の王》の役割と考えます」
「そうだな」
 星霊皇によって封印された邪霊たち。
 その中には、本当に(よこし)まではなく、単に星霊皇の奉ずる信仰秩序にそぐわない、異教の神霊の類まで含まれているという。
 しかし、星霊皇の引き延ばされた寿命が尽きかけている今、封印の力は弱まり、制御されない異能の力が解放され、世界の裏で事件を起こしているとも聞く。
 その事実は、一部の者にしか知らされていない。星霊皇の力の減退を認めないゾディアック内保守派の連中は表立った対策を怠り、ただ星霊皇後継の儀式の成就を通して、事態の沈静化を図ろうとしている。
 ぼくが星霊皇の後継者になるとすれば、やはり邪霊の封印に力を注ぐべきだろうか? 
 それとも、《暗黒の王》として邪霊に同調し、解放した上で統率する道を選ぶべきだろうか? 
 邪霊の力を身に受け入れたために、単に邪悪な存在として切り捨てることができない自分が意識される。
 光と闇、どちらに対しても帰属意識を持たないぼくは、確固とした信念、選択の基軸も見出せないままでいる。
 だからこそ、道標を求めているのだ。
 太陽のように自己主張しすぎず、闇夜を照らす無数の星々のような……。

 何もない闇の天井を見上げていると、うっすらと瞬く光点が浮かび上がってきた。
 一つ、二つ……。
 ポツポツと姿を現す小さな光は、やがて集まり、星座を形作る。
 ぼくの意思が、求めるものを描き出したのか? 
 左手に埋め込まれた石を撫でてみる。
 そこから力の発動は感じない。
 すると……
「バトーツァ、君の仕組んだことか?」
 神官の顔を見ると、肯定するように髭面がニヤリと笑んだ。
「闇夜を照らす星々。儀式に備えて、このような仕掛けになっております。ちょっとしたプラネタリウムですな。いささか立ち上がりに時間がかかるのが難点でございますが」
「機械仕掛け……というわけではないな」
 星の瞬きに、石の力と思しき魔力、いや霊力を感じる。
 思わず立ち上がって、観察の念を強める。
「幻の類か?」
「ええ、夢幻(ゆめまぼろし)を操るのが影派の得意技でして。しかし、ただの幻ではございませんぞ。実物の星の動きをトレースして運行します。現実の光景を映し出した蜃気楼(ミラージュ)……とでも申しましょうか」
「すごいな」素直に感嘆の言葉を漏らした。
「お気に入ってもらえたようで何よりです」黒ローブの神官が慇懃に頭を下げる。
 巧妙な幻の星明かりの下で、しばし我を忘れる。
 冬の星座の数々を見出すことに、無邪気な喜びを覚える。
 最初に目に付いたのは、帯の三ツ星(トライスター)が特徴の狩人の星座オリオン。
 そこから従犬シリウスと、プロキオンを見つけ、冬の大三角をたどる。
 さらには、牡牛座のアルデバランや、双子座のカストル、ポルックスなどを含む冬のダイヤモンドまでを確認できた。
「月はないのか?」ふと気になって、たずねる。
「それは相手陣営の象徴ですからな。再現の必要はございません」
 なるほど。
 全てが現実の星空というわけではないのだ。
 月さえ見出せれば、スーザンとの絆を改めて確認できるのだろうか? 
 心の中にあるスーザンの姿は、遠い幻のように(かす)かなものとなっている。
 ラーリオスとシンクロシアの間には、断ち難い絆が形成されると聞くけれど、自分の中にそういう感情が残っているかと問われれば、淡い初恋の思い出みたいにおぼろげだ。
 ぼくたちは、あまりにも長く別れ過ぎたのではないか。
 そんな喪失感に浸っていると、《神子(みこ)の間》の入り口にもう一人、気配を感じた。

 空にはない月明かりをまとったような金髪の女性が、そこにいた。
「シンクロシア……」一瞬、そうつぶやくが、すぐに訂正する。
「カレンか」
 厳密には、それも間違いだった。
 女性の瞳は黒に染まっていて、内面が別人であることを示している。
「我が師よ」バトーツァが素早く進み出て、女性の前に恭しく膝まづく。
「儀式の準備は順調なようね」
「もちろんでございます。このバトーツァにお任せいただければ、何一つ手抜かりはありませんとも」
「信頼しているわ」
 何だか芝居がかった感じの社交辞令(やりとり)を終えて、トロイメライはぼくに視線を向けた。
「うまく行ったのか?」懸念していたことをたずねる。
「できるだけのことは」そう言って、彼女は軽く肩をすくめた。
「完全に元どおり、とまでは行かないけれど、人格崩壊は免れたわ。記憶の欠損による精神退行現象が見られたけれど、それも何とか補完はできた。再度の崩壊の可能性を減らすため、多少なりとも記憶の改変が生じてしまったけれど、十分許容範囲だと考える。ラーリオス様が納得するかどうかは分からないけれど」
「やたらと『けれど』を連発するんだな」皮肉っぽく口元を歪め、相手の言葉の揚げ足をとった。
「あなたと違って、いつでも自信満々というわけじゃないのよ」トロイメライはとりたてて動じることなく、軽く受け流す。「特に、こっちの計画にないことは、ね」
「ぼくが自信満々だって? つまらない冗談だ」大げさに肩をすくめて見せる。
「少なくとも、私の見てきたカート・オリバーはそう」トロイメライは真顔で応じた。
「傲岸不遜で、こちらの忠告を受け入れず、大胆なやり方で計画にない行動をとる。計算外の存在だけど、それでいて持てる才能を駆使して、強引に状況を解決しようとする。そんなあなたが、実は小心者でした、とは考えられないのだけど」
 それがトロイメライの見方なのか?
 自分で臆病だとは思わないけれど、引っ込み思案で迷いがち、散々悩んだ挙句、やぶれかぶれの行動に移りがち。自信があるというよりも、他にどうしようもないから、必死でもがいて何とか切り抜けてきた、と考える。
 そういう内面を見ずに、行動面だけを切りとれば、トロイメライの言うような評価になるのだろうか。
 他人の目から、自分の行動がどのように映っているのか、初めて意識したような気がする。
「こう見えても、ぼくは繊細なんだ」言い訳するようにつぶやく。
「それは否定しませんが……」横からバトーツァが口をはさんできた。
「それでも、人は表に出た行動と発言で、相手の人格を推し量るもの。内面の繊細さは、言動で表現されない限り、周囲の目には留まらないのでございますよ」
「バトーツァ、あなたは私の知らないオリバーの一面を見てきたようね」トロイメライの口調は興味深げだ。「私のオリバー評は間違っているかしら」
「恐れながら……二点ばかり」
 おずおずと口にする神官に、黒い瞳が続きをうながす。
「『こちらの忠告を受け入れない』は、厳密には間違いです。正確には、受け入れながらも、それを上回る行動をとるほどに考え、しかも臨機に切り替える才を持ち合わせている、と言うべきでしょうか。その結果として、忠告や計画どおりに動かないケースも多々見られがちなのだと考えます」
「もう一点は?」
「『小心者』という点です。ラーリオス様は、若者特有の繊細さと無謀さを合わせ持っており、局面によって、小心な面と大胆な面を発揮し得る。もっぱら、敵対相手に接するときや危機に際しては大胆さを発揮するものの、日常生活では大人しい傾向が見られます」
「さすがね」トロイメライは納得するようにうなずいた。「私の前では、大胆な面しか見せていなかったということかしら」
 再び黒い瞳にさらされて、ぼくは落ち着かない気分になった。
 同時に、ぼくを評するバトーツァの言葉に、そら恐ろしいものを感じる。神官との付き合いは決して長くはないが、その間に彼はぼくをしっかり観察し、内面を分析していたのだ。こちらが彼を理解する以上の的確さで。
「……ぼくのことはどうでもいいだろう?」見透かされたような気まずい感情を処理できず、ぶっきらぼうに言い放つ。「それよりも、カレンだ。記憶の改変って、どういうことなんだ?」
「直接、話してみることね。今から目覚めさせるわ」トロイメライはそう言ってから、神官に向き直る。「バトーツァ、少しの間、あなたの体を借りるわね」
「え? それはもう私めの体で良ければ喜んで……」他人に憑依されるのが、そんなに嬉しいのか、この男は? 
 神官が信じる神に身を捧げることに法悦を感じるという話は聞いたことがあるけれど、ぼくには理解できない。自分の体は自分の物であるべきだろう。
 だけど、バトーツァが一風変わった感性の持ち主であることは、先刻承知しているので、深く追及するつもりもなかった。

 カレンの体から、淡紺色(バイオレット)霊気(スピリット)が抜け出て、神官の体に移る様をぼくは見た。以前は見えなかったものが、何の意識もせずに見える程度に、ぼくの能力も高まっているようだ。
 そして、霊気(なかみ)の移転によって、宿主(うつわ)の雰囲気も変わった。
 小柄な神官の黒い瞳が紫っぽい光を放つと、ニヤニヤと媚びるような笑みを浮かべがちな表情が急に引き締まり、賢者のような威厳を感じさせた。同時に、やや猫背のような体格もスッと伸びて、若返ったように思える。造形こそ変わらないものの、ちょっとした所作や(たたず)まい、そして発散する意志の強さで、こうも印象が変わるものか、と感心させられる。
 バトーツァの変化に気をとられたとき、かたわらの女性の体がふらっと揺れた。
 倒れそうになるのを、慌てて手を伸ばし、肩をつかんで支える。もっと優しく抱いてあげたかったけど、そんな余裕はなかった。
 意識を失っていた体が急速に覚醒し、青い瞳がぱちっと見開かれる。
「は……」彼女が口を開きかけたのを見て、ぼくはにっこり微笑もうとした。
 だけど、その前にカレンは身じろぎして、肩にかかったぼくの手を振りほどき、ぴしゃりと言い放った。「放して!」
 言葉とともに、平手が放たれる。
 ぼくの神経速度が星輝石の力で研ぎ澄まされていなかったら、頬を張られていただろう。
 だけど、相手の思いがけない攻撃に何とか反応して、振り上げられた右手を左手で受け止める。
 とっさに拳を異形に変えなかったのは幸いだ。さもなければ、鉤爪で傷つけていたかもしれない。
 それでも、思ったより強い力を込めていたのだろう。
「痛いわ」苦痛で顔を歪める彼女を見て、あたふたと手を離し、次いで、これ以上の攻撃を避けるべく後退した。
 次にどうしようか、と考える前に、バトーツァ、いや、彼の身に宿ったトロイメライが進み出た。
「ワルキューレ、落ち着きなさい。この方がラーリオス様ですよ。あなたが仕える主君です」
 一瞬、カレンの顔に戸惑いが浮かんだけれど、「もしかして、トロイメライ?」とつぶやいて、理解に達したようだ。
 青い瞳が大きく見開かれ、白い顔が恥じらうように赤面し、「申し訳ありませんでした」とその場に膝まづく。「あなたがラーリオス様だと気付かず、とんだご無礼を」
 顔を伏せたままの金髪の女性を見下ろしながらも、ぼくはどう対応すべきか、トロイメライと瞳を見交わした。
(記憶がどうこう言っていたな)思念を送る。(もしかして、ぼくのことを完全に忘れてしまったのか?)
(ラーリオス様との主従関係や、星輝士の役割など、基本的なことは伝えたわ。だけど、彼女がどこまで受け止めているかは、試してみないと分からないの。伝えた知識が正しく伝わったかどうかは、相手のその後の様子を見ないと確かめられない。オリバー、あなたも教師になれば分かるわ)
 パワーレンジャーのトミー・オリバーは後の物語で教師になったみたいだけど、カート・オリバーが教師になるとは思えない。ぼくはジルファーとは違う。
 それはともかく、ぼくのことを忘れたカレンに、どう接したらいいのか。
 素早く頭を回して、主君としての自分をイメージする。
「森の星輝士ワルキューレのカレン」できるだけ威厳をたたえる声を作る。「固くなる必要はない。頭を上げよ」
 凛とした青い瞳が下から、ぼくを見上げる。
 曇り一つない純粋な瞳だ。
 その奥をのぞいても、《闇》は一かけらも見当たらない。
 それはそうだ。
 カレンの中に秘められた《闇》は、ぼくの中に封じられている。
 《闇》から解放されたカレンは、理想的な星輝士に……昇華されたのか。
 かすかな疑念を抱きながらも、話を続ける。
「初めまして、と言えばいいのかな? ぼくは君のことをよく知っているが。攻撃されたことも、今回が初めてというわけではない」
「そんな……」カレンの表情が哀しみ混じりになる。
「私は正気ではなかったのです。《闇》の呪いに冒されて、ラーリオス様に危害を加えてしまったことも、トロイメライから聞いています。罪に対して報いが必要とおっしゃるなら、命じてください。このカレン・アイアース、命に代えても贖罪を果たしてみせます」
 必死に訴えてくる彼女に対して、ぼくは急に冷めた気分になる。
 何だか、カレンではなく、兄のソラークに接しているようだ。
 これほど堅苦しい女性ではなかったはずなんだけどな。
 それに……アイアースの名を名乗るなんて。
 確か、家名は捨てた、と聞いているんだが。
 その辺りの記憶はどうなってるんだ?
「こっちは罪だなんて思ってないよ」堅苦しい口調は疲れるので、少し緩めた。
「むしろ、君には傷を癒してもらったり、いろいろと教えてもらったり、世話になったことが多い。攻撃されたと言っても、大した怪我はしていないんだし、その点はこちらにも落ち度がある。謝らなければいけないのは、ぼくの方なんだ。すまなかった」
「勿体ないお言葉です」カレンは恐縮して、頭を下げた。
 やれやれ。
 何だかやりにくい。 
 もしかして、カレンとの関係はもう一度、最初から構築しないといけないのか?
 悪女然として、ぼくに《闇》の世界を見せてくれ、姉のように口うるさく、それでいて、光を渇望して不安定になっていたカレンは、ここにはいない。
 いるのは、主君に忠誠を示す女騎士。
 何だか、トロイメライの都合のいいように作られた人形のようだ。
「カレン、君は本当にカレンなのか?」
「おっしゃる意味がよく分かりませんわ」怪訝そうな表情を浮かべる。
 以前も、こういう会話があったことを思い出す。
 《闇》の下僕として奔放に振る舞っているカレンと、星輝士としての表の顔を装っているカレン。二つの違いに、ぼくがまだ戸惑っていたときだ。
 あの時は、清純な聖職者としてのカレンに慣れていたので、闇の面をすぐには受け入れられなかった。
 だけど、あれからいろいろあって、ぼくは《闇》について学びながら、カレンの複雑な内面をだんだん理解していった。その結果、彼女の本性(アニマ)が《闇》で、《光》が仮面(ペルソナ)という単純な認識も間違っていたことにも、やがて気付かされる。
 《闇》の下僕として振る舞いながら、《光》を捨てきれずにいたのがカレンであり、その結果、ぼくの中の《闇》に怯え、抵抗する姿勢を見せたのだ。
 今のカレンは、《闇》から解放された。
 それは、彼女本来の《光》を取り戻したと言えるのか?
 いろいろと試したくなった。
「《闇》の記憶を覚えてないのか? たとえば……」
 ぼくはニヤリと笑んで、左手を異形に変えてみせた。
「君がぼくにもたらしたのがこれだ。今のラーリオスは輝かしい光ではない。闇と炎の力に歪められた、呪われし存在なんだよ」
 諧謔(かいぎゃく)精神の度を越えた、偽悪的な言葉を口にする。
 ただ、カレンの内面を試したい、という気持ちで。
「それが私の罪ですか?」カレンはか細い言葉をもらした。
 世間知らずな少女のように怯えた体が震えている。
「罪、という言葉にずいぶんこだわるんだな」
 まるでソラークだ。
「ぼくは、君を責めているんじゃない。これは自分で選んだ道だからね。君の中の《闇》を引き受けたことも含めてだ。全ては、ぼくが力を得るために」
 異形の手を元に戻す。
「けれど、これで一つ分かったことがある。今の君は、《闇》に怯える無垢な魂だ。それで星輝士が務まるのか?」
 そう言って挑発する。
「《闇》は……許せません」カレンの表情がくっと引き締まる。
 次いで、一言一言、噛みしめるように独白する。
「《闇》は私を生贄(いけにえ)にしようとした」
「父は、私を《闇》の者から守るために命を落とした」
「《闇》の呪いは、私の中に巣食い、ずっと苦しめてきた」
「それでも兄と私は、アイアース家の誇りにかけて《闇》と戦うことを誓った」
「そんな私たちに力を与えてくれたのがゾディアック。私は星輝士として、《闇》を打ち払います!」
 宣言とともに、膝まづいていたカレンが立ち上がった。
 こちらに睨むような視線を向けると、左手を天に掲げた。
「星輝転装!」
 カレンの発言の内容に細かい違和感を覚えながらも、ぼくは戦いに備えて身構えた。
 やれやれ。
 《闇》から解放された彼女に、自分の《闇》を示したのは失敗だったかもしれない。それでも、強気なカレンを見ることで安心できた。

 光が彼女の体を包み、白い翼の(うるわ)しい星輝士が降臨するのを、ぼくは待ち受けた。
 しかし……星輝石は彼女に力を与えなかった。
「どうして転装できないの?」力なくつぶやく声。
 強い意思を宿していたはずの瞳が、すがるようにぼくを見つめてくる。
 こちらも戸惑っていた。
 カレンの体に憑依していたとき、《森の星輝石》はぼくの意思には反応しなかった。だけど、今は彼女の意思で転装を望んだはずだ。
 それとも……
(やはり、心を持たない傀儡(くぐつ)……になったのかも)困惑するぼくの脳裏に、トロイメライの思念が届いた。
(人格の修復はうまく行ったはずじゃないか)ぼくは心で反論する。
(そのつもりだったけれど……誤って擬似人格を作り上げてしまったのかもしれない)
(何だよ、それ)思念で文句を言い続けようと思ったけれど、目前のカレンの様子を見ると、それどころじゃないことが分かった。
 糸の切れた操り人形のように、ふらっと倒れかける。
 もう一度、支え起こす。
 今度は、包み込むように優しく。
 それだけ、目の前の女性は無力で、はかなく見えた。
「しっかりしろ、ワルキューレ。君は疲れているんだ。消耗しているから力を発動できない。ジルファーと同じだ。大丈夫、すぐに回復する」
 口から出まかせだけど、とにかく励ましの言葉をかける。
「ラーリオス様?」青い瞳が虚ろに見開かれる。
 ガラス玉のように壊れそうな心の窓に、意思の力を注ぎこむ。
「ああ、ラーリオスだ。闇の呪いを受けても、まだ光は失っていない。君だって、そうだったろう、カレン。魂の光を信じるんだ。そうすれば、星輝石も応えてくれる」
「ラーリオス様」すがりつくように抱きしめられる。
 これまで、ぼくはカレンを年上の女性、姉のように見なしていたけれど、その関係が逆転したように感じた。
 ぼくが大人で、彼女が幼い少女のように。
(記憶の欠損による精神退行現象……って言っていたな)トロイメライに思念を送る。(今のカレンは、見た目どおりの大人じゃない、ということか?)
(10代半ば、といったところかしら)髭面の神官の顔がうなずく。(闇が彼女を侵食する前、育ての父親と関係を持つ前みたいね)
(すると、今のカレンは、父親との悪夢も、ソラークが彼を殺害したことも覚えていない?)
(完全に忘れてしまったわけではないのよ。邪悪な男が自分を傷つけたことは、何となく記憶に残っていた。それが《闇》の手先によって自分が生贄にされそうになったという形で、彼女の中で合理化された。愛する父親は彼女を守ろうとし、ソラークの父親殺しの件も違う形の記憶に改変された。彼女の精神にストレスを与える要素は、きれいに上書きされた、と言えるわね)
(見事な精神操作(マインド・コントロール)だな)ぼくは多少とも皮肉っぽく漏らした。少女のように怯える年上の女性をいたわるように抱きしめながら。
(別に、記憶の改変は私が意図したことではないわよ。私はただ壊れたものを直しただけ。とりわけ、彼女の心から欠落していた、ゾディアックや星輝士としての知識、そしてラーリオス様への忠誠心を。父親の件は、彼女が勝手に補完した物語だと考えるわ。『闇の手先による生贄』なんて幻想的(ファンタジック)伝奇物語(メロドラマ)は、私には到底考えつかないもの。私はバトーツァと違って役者でもないし、あなたのように活動写真に詳しいわけでもないのだから)
 そうかもしれない。
 トロイメライは元々500年前の錬金術師であり、自然科学や疑似科学(オカルト)、そして心理関係の分野を専門としているけれども、創作物語や歴史などの人文科学には関心が薄かったみたいだ。
 一方で、カレンはぼくに寝物語を聞かせてくれる際、『アラブの夜の物語』や、『暗黒帝国と戦う英雄物語』についても触れたことがある。つまり、幻想物語(ファンタジー)に関する発想は、カレンの核になっているのだろう。
 ぼくは了解の念をトロイメライに送り、すがりつくカレンをそっと引きはがした。
「いいかい、カレン。よく聞くんだ」胡乱(うろん)げな瞳の娘に、上から目線で説きつけるように言う。
「君は強い星輝士だ。たとえ、今は転装できなくても、君の中には強い光が宿っている。そんな君にだからこそ、果たして欲しい仕事がある。それは君に預けてある《太陽の星輝石》の管理だ。不安なことがあれば、《太陽の星輝石》に願うがいい。そうすれば、君の中の光が強まるはずだ。そして、その光を《太陽の星輝石》に捧げてくれれば、それがラーリオスにとっても力になる。カレン、君には《太陽の星輝石》の守護者になって欲しい」
 カレンの瞳に強い意志の光が戻るのを、ぼくは見た。
 そう、トロイメライが彼女に植え付けたのは、星輝士としての知識と、ラーリオスへの忠誠心。それらは今の彼女の心にとって、大きな部分を占めている。
 それに気付かなかったぼくは、うかつにもラーリオスの中の《闇》を示してしまった。当然、《闇》と戦うべき星輝士としての使命感と、ラーリオスへの忠義の間に葛藤が生じたのだろう。
 葛藤を振り払うべく、彼女は星輝士としてのアイデンティティにすがることを選んだ。
 だけど、うまく転装できなくて、拠って立つべきアイデンティティが不安定になった。
 そこを何とか補う必要があったのだ。さもなければ、何とか修復できた彼女の精神が再び崩壊してしまったかもしれない。
 だから、ぼくはラーリオスの名の元に、カレンに星輝士としての新たな使命を与えた。
 おそらく、《太陽の星輝石》こそが彼女の心を癒してくれる、と信じて。

 使命を受け入れたカレンは嬉々として、自分の部屋に戻っていった。
 不安定に満ち欠けする月のような金髪の女性が去ってみると、広間は再び墓場のような(かげ)りを取り戻した。
 そこにいるのは、《暗黒の王》と影の神官、そして500年を存在し続けた女性の亡霊のみ。
 陰鬱な雰囲気を少しでも和らげようと、ぼくはトロイメライと思念でなく、音声での会話に切り替えた。
「カレンは傀儡(くぐつ)なんかじゃない」ぼくはそう断言した。
「君も言ったじゃないか。欠落した記憶の一部を彼女自身が再構成したって。心を持たない者に、そんなことができるかい?」
「そうね」トロイメライは考え込むように、あごを撫でた。「う〜ん、気になるわ」
「何が?」
「この髭よ。首筋がくすぐったいし、口を開いて話すにしても、いちいち邪魔な感じ」
「髭なんて知ったことか」つい苛立って、そう切り返した。「邪魔だったら、剃ってしまえばいい」
 バトーツァの目が大きく見開かれた。
 だけど、すぐにスッと細められた瞳で、トロイメライが応じる。「そうね。邪魔なものは刈りとるに限るわね」
(そんな。我が師よ、髭は神官としての威厳を……)と必死で訴える思念が聞こえたような気がしたけど、ぼくもトロイメライも無視した。
「邪魔なものは刈りとればいい」そう繰り返してから、トロイメライは付け加えた。「ワルキューレのことも、この辺が潮時ということかしら」
 一瞬、トロイメライの冷徹な発言に反論しようと思ったけれど、すぐに考え直した。
「ああ」と、こちらも冷ややかにうなずき返す。
「少なくとも、今のカレンでは、我々の共犯者として振舞うには、荷が重過ぎる。できることなら、星輝士としての任からも解放してやりたいんだが」
「言葉は使いようね。解放すると言うか、切り捨てると言うか、どちらでも本質は変わらない」
 以前までのぼくなら、むきになって反論していただろう。
 けれども、この時点では、トロイメライの皮肉っぽい物言いを受け流す心構えは、すでにできていた。
「そうだ。ぼくはカレンを切り捨てる。なぜなら、カレンの中の《闇》は今やぼくの中にあるからね。必要なものは手に入れた。今のカレンは力を失った抜け殻みたいなものだ。だったら、力を持たない者に戦わせる価値はない。これ以上、トラブルの元にならないよう、ぼくたちの計画からは遠ざけるべきだ」
 トロイメライは、ぼくをじっと見つめた。
「何だよ」
「う〜ん、優しいのだか冷たいのだか、よく分からないわね」
「どっちもだ」そう断定する。
「強さには、時として人を突き放す冷たさも必要だ。強さと優しさは、ハードボイルドの両輪だからね」
「口数の多すぎる男は、ハードボイルドとは言い難いけど」
「君にハードボイルドの何が分かる?」
「男の身勝手なナルシズムを美化した大衆文学、と理解しているわ」
「偏見だ」即座に切り捨てた。
「どうでもいいことよ」あっさり切り返される。
「それよりも、オリバー、あなたの本心が知りたいのよ。ワルキューレを(もてあそ)んで、魂の一部を奪った。この後はどうするつもり?」
 いちいち言うことに毒があるな。
 大体、ぼくがそんな先のことを綿密に考えているわけないじゃないか。
 臨機応変に、事態に対処しているだけだと言うのに。
 それでも、一応、考えているふりだけはしておきたい。王としての威厳を保つために。
「ピース・オブ・ハートだ」とりあえず、そう答えておいた。
「フェイク、いや、君の推理が正しければ、未来のぼくは心の欠片(ピース・オブ・ハート)を探し求めていた。それがぼくの計画の指針になる」
「それがワルキューレの《闇》を奪った理由というわけ?」
「ああ、それこそがぼくを導く材料だと考える」そうさらりと答えておいてから、逆に問い返す。
「それよりも君の計画が聞きたいな。儀式を進めて、ぼくがラーリオスとして覚醒する。その後は? 君の求める星霊皇の魂をどうやって取り戻す? スーザンは? はっきり言っておくと、ぼくの目的はスーザンを取り戻すために、星霊皇と対決することだ。そのための力を、ぼくは求めている。だけど、犠牲は最小限で済ませたい。それを実現させるために、トロイメライ、君はどのような計略を用意しているんだ?」

 トロイメライは、しばし沈黙してから、やがてうなずいた。
「《太陽の星輝石》を宿す儀式の夜」重みのある声が語り出す。
「オリバー、あなたの魂は星に導かれ、スーと対峙することになる。その向こうに、星霊皇が控えているわ。二人の星輝王が対峙する魂の座において、星霊皇が後継のための祝福を授けることになっているの。そのときが星霊皇の魂に接触する絶好の機会よ。あなたはそこで星霊皇に挑み、魂の対決に勝利すればいい。もちろん、その戦いでは私も支援するわ。うまく行けば、あなたはスーザンを自由にし、私は星霊皇クリストファーの魂を取り戻すことができる」
「うまく行かなければ?」
「星霊皇の祝福を受ければ、あなたの魂は星霊皇に支配されることになる。傀儡(くぐつ)として、その後の星輝戦争を戦うことになるでしょうね」
 そんなことは願い下げだ。
 たとえ、《光》だろうと、《闇》だろうと、ぼくの意思や魂はぼくのものだ。それを脅かす者は、仮に神と名乗ろうが、実質は悪魔と変わりない。
 星霊皇の祝福? 
 彼を信じない者にとっては、自由意志を奪う呪いと変わらないじゃないか。
 ぼくの不服そうな表情を読み取ったのか、トロイメライは付け加えた。
「もちろん、あなたの意思が十分に強ければ、星霊皇の支配から逃れられるかもしれない。それでも、彼の君臨が続いている以上、星輝戦争のルールを覆すことは困難。星輝戦争を防ぎ犠牲者を出さないようにするには、その前に星霊皇の君臨を終わらせ、あなたが裁定者の立場になればいい」
 なるほど。
 ルールに縛られる立場から、ルールを作る立場に昇格すればいいわけだ。
 それでも、トロイメライの話で腑に落ちないことがある。
「今の星霊皇、ええとクリストファーって言ったっけ、その前に、先代星霊皇がいたんだろう? クリストファーと君の戦いは、先代が仕切っていたんじゃないのか? その割には、君もクリストファーも、おかしな結果になったみたいだけど」
 そう、500年前の儀式は、トロイメライの話によると、ゾディアックの歴史の中でもイレギュラーな結末を迎えたそうだ。
 本来、《太陽》と《月》の絆を軸とし、片方の命を犠牲にした神聖な共同作業だったはずが、一方の拒絶により、当代星霊皇自らが神の強力な力を独占するに至った。そのために《光》と《闇》のバランスが崩れ、《光》が専横する時代になったのだと、ぼくは理解している。
 《闇》、すなわち邪霊と呼称される存在も世界を構成する要素であり、その全てを一方的に悪と見なして封印してしまうのは暴挙だ、というのがトロイメライ、および彼女に従うバトーツァらの主張のようだ。
 トロイメライの忌み嫌うのは秩序に反する混沌状態であり、《闇》さえもうまく管理すれば、世界はうまく回っていく、ということだ。
 しかし、《闇》を憎む星霊皇クリストファーは、トロイメライの主張を受け入れなかった。そして、強大すぎる《光》の力を濫用し、ゾディアックの有り様すら歪めてしまった。
 とにかく、トロイメライとクリストファーの間で意見の対立があったことは納得できる。だけど、それを仕切るはずの先代星霊皇は、双方の(いさか)いを放置したのか? 
 星霊皇の祝福が、二人の意思を縛り付けるものなら、クリストファーの独断を許したりするものなのか?
 ぼくはその疑問をトロイメライにぶつけてみた。
「答えは簡単よ」あっさりと返ってくる。
「先代星霊皇が、私たちに祝福を授ける前に、クリストファーが先代を殺害したの。彼の思念の力は、それだけ強力だったわけ」
「ちょ、ちょっと待ってよ」ぼくは驚いた。「つまり、今の星霊皇は力づくで、その座を奪い取ったわけ? そんなことが許されるのか?」
「ええ、星霊皇は正式な儀式を経ずに、己の強固な意志の力だけで玉座に就いた。先代と私を殺害してね。私は、彼の純粋さを愛していたのだけど、そこまで思いつめる程だとは思わなかったわ」
 トロイメライの言葉を理解し、受け入れるまで多少の時間がかかった。
 その結果、完全に納得できた、とまでは言えないけれど、トロイメライがぼくに何をさせたいかが分かった。
「つまり、君は500年前の儀式と同じことを、ぼくにさせたいわけだ。目には目を、というところか。今度は、ぼくが星霊皇クリストファーを倒して、歪みを修正する。彼の祝福、いや洗脳の呪いを受ける前に」
「そう。だから、今回の儀式はあなたとスーザンだけでなく、私とクリストファーの500年前の儀式の決着でもあるの。本当は、あなたたちの代わりに、20年前にカズキとセイナが背負う重荷だったはずだったんだけど、二人は後継の儀式を拒絶したから」
 確かに、500年前の因縁に巻き込まれたくない気持ちは、よく分かる。
 だからかもしれない。
 トロイメライはぼくに、そして、おそらく星霊皇はスーザンに、今回は積極的に干渉するようになったのだろう。
 ぼくとスーザンがうまく連携して、儀式から逃げ出すことのないように。
「言っておくけど、スーザンまで殺すつもりはないからな」
「当たり前よ。私だって、スーの犠牲を望んでいるわけじゃない。だけど、スーが星霊皇の祝福をすでに受けていたなら、私たちを妨害してくるでしょうね」
 それは困る。
 そして、もう一つ気になることができた。
「星霊皇は、君の暗躍に気付いているのだろうか? もしかすると、気付いているのに泳がされたまま、罠にはめられている可能性は?」
 トロイメライは、しばし思考の間をとった。
「気付かれていない、とは断言できないわね。こちらは細心の注意を払っているつもりだけど。隠し事が下手な人もいるみたいだから」
 誰のことを皮肉っているのか、トロイメライの意味深な視線には気付かないフリをした。
「どちらにせよ、後継の儀式は必要よ。星霊皇にとってもね」トロイメライはそう続ける。
「そして、星霊皇はスーザンを後継者に定め、自分の意思に従う純粋な《光》の使徒たるシンクロシアに育て上げようとしているのは確か」
「君がぼくを《暗黒の王》に仕立て上げたようにか」あえて、皮肉っぽく言ってみる。
「言っておくけど、私はあなたの自由意志を大切にしているつもりよ」
「分かっている」ぼくはうなずいた。「少なくとも、スーザンを星霊皇から取り戻し、クリストファーの魂を500年の因業から解き放つ、という点で、ぼくたちの目的は一致している。だったら、後はどうやって勝つかを考えるだけだ。クリストファーの強力な意思に、君は対抗できるのか?」
「直接対決するのは、あなたの役目よ。私にできるのは後方支援だけ。頼りっきりにはならないで」
 やっぱりそうなるか。
 ぼくは溜め息をついた。
 少なくとも、今の状態で勝てるとは思えない。
 純粋な《光》の力に打ち勝つには、純粋な《闇》の力が必要なのではないか? 
 そんな力がどこにある? 

 答えは、すぐに思い当たった。
 カレンから得た《闇》の魂。
 自分の中に封じたそれと向き合うことで、何かが見出されるかもしれない。
 決然と、天を見上げる。
 そこにあるのは、無数の星々の模造品(レプリカ)たち。
 あたかも《数多の星々(カウントレス・スターズ)》と呼称される至高の石を持つ、星霊皇を象徴するかのように。
 星が導いてくれる、と期待するのは、甘えだと割り切った。
 ぼくを導くものは、ぼくの中にある。
 それこそ、《暗黒の王》にして《黒き太陽王(ブラック・サン)》としての矜持だと思い直した。
 そう、《闇》にも《光》にも支配されずに自分を貫き通すには、星霊皇クリストファーに負けない強固な思念が必要だ。
 神にも、悪魔にも負けず、人の自由な心のままで戦い抜くために。


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