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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(6)


 
6章 ツートップ

 この世界には魔法がある。
 そのことを受け入れるまでに時間はかかったが、一度、納得してしまえば、後の話には、ついて行けそうだった。
「それで、魔法で食べ物なんか作れないんですか?」気軽に聞いてみる。さっきは水を作ったりしたんだ。食べ物くらいだったら……。
 スーツ姿のジルファーはフーッと、わざとらしいため息をついてみせた。「エネルギーの無駄使いだ。自分の空腹を満たすために、それ以上の栄養を消耗してみろ。電気を起こすために、それ以上の電力を消費して、発電機を回すみたいなものだ」
 ぼくも、合わせてため息をついてみせた。「魔法にも、法則があるってことか」ナードだったら、それくらい常識だ、と言うかもしれない。でも、ぼくにはその手の知識は、兄貴との付き合いで経験したゲーム、それも初歩程度のものしかない。確か、使用回数制限とか、精神力の消耗とか、いろいろ面倒くさいルールがあるんだよな。
 ぼくはベッドに腰を下ろし、ジルファーもいい加減疲れたのか、脚の折れていない方のイスに腰かけた。
 空腹は、ぼくたちを無口にさせる。
 だが、少し黙った後で、「よし来た!」とジルファーが歓喜の声を上げた。「カレンからの通信だ。食事の準備ができたそうだ。食堂に向かうぞ。さあ、早く!」
「えっと、通信って?」
「星輝士は、星輝石を通じて、簡単な思念のやり取りができる。さあ、行くぞ」
 冷静な教師らしからぬ性急さで、ジルファーはぼくを急かす。さすがに腹が減っていると、人間、気が短くなるようだ。

 ジルファーに案内された食堂は、30人ほどが座れる程度の大きさだった。ハイスクールの教室と同じくらいか、やや小さい。この洞窟にいる人数が、それほどでもないのだろうと推察できる。
「肉だ!」大きなテーブルの上に用意された、予想以上に豪勢な食事に、ぼくは歓声を上げた。慌ててむしゃぶりつきたい衝動に駆られたけれど、6人掛けのテーブルには先客が2人、席に着いていた。あいさつぐらいはするのが礼儀だろう。
 ジルファーがすかさず、2人を紹介してくれた。
「ラーリオス、この2人がこの洞窟の集団の代表に当たる。こちらは風の星輝士イカロスのソラークだ。カレンの兄でもある」
 スーツ姿のソラークは立ち上がると、ぼくに恭しく会釈した。
「ラーリオス様、以後、お見知りおきを」
 完璧な礼儀作法と、完璧な立ち振る舞い、そして外見もまた、ギリシャ彫刻やダビデ像を思わせるほど完璧な男。
 端正な顔立ちといえば、ジルファーも整っているけど、彼の場合、口元にしばしば浮かべる皮肉げな笑みが減点される。やや斜に構えた態度も、初対面の印象はあまり良くない。それに、ジルファーは細身すぎる。
 一方のソラークは、欠点らしい欠点がまるで見当たらない。カレンさんと同色の髪と青い瞳は、それでも静かで穏やかな印象の彼女に比べると、男らしい力強さに満ちている。それなりの長さに切り揃えられた金髪は、より濃い色合いで、スーザンの黄金の髪をも思い起こさせた。青い瞳は何よりも印象的で、真っ直ぐ見開かれ、鋭くこちらを見据える。揺るぎない意志の強さをたたえたその目にさらされると、見られた者はただただ萎縮(いしゅく)するしかない。体型も程よい筋肉の付き方で、痩せてもなく、太ってもなく、適度に高い背丈とともに絶妙のバランスを示している。
 ソラークという男の外見に欠点があるとすれば、それは完璧すぎて、見る者にそこはかとない劣等感を引き起こすことだ。しかし、妙な嫉妬心や敵愾心を引き起こそうにも、貫く視線で射すくめられ、素直に敗北を認めざるを得ない。
 ぼくは圧倒された気分で、差し出されたソラークの右手に応じた。しっかり握手することでアドバンテージを取り戻そうとも思ったけれど、力が抜けてしまい、うまくいかなかった。汗でべったりの自分の手の平を恥ずかしいと思いつつ、もっと恥ずかしかったのは、「あ、ああ、よろしく……」と、どもった返答しかできなかったことだ。
 ソラークとの短いあいさつは異常な緊張で終わったが、もう一人の人物との対峙も別の意味で緊張するものだった。
「ラーリオス」ジルファーの声は、ソラークとの握手で萎縮していたぼくの心を呼び覚ました。「続いて、こちらは精神的指導者で儀式を司る、影の神官バァトス殿だ」
 ソラークに注意を奪われている間に、いつの間にか立ち上がっていたその男は、陰気な黒ローブを身にまとっていた。
 またもファンタジー世界の住人だ。闇の魔法使いか。あるいはお気に入りのSF映画に出てくるダークジェダイ。フードの下の顔には長い黒ひげをたたえており、どことなくカリブの海賊エドワード・ティーチも思い出した。
「ククク、ラーリオス様、よろしく」
 不気味な笑い声とともに、骸骨のような手をさし伸ばしてくる。
 うわ、触りたくない。
 そう思いつつも、男の催促するような黒い瞳には、妙な引力が宿っており、ぼくはおずおずと手を伸ばした。一瞬だけ骨の手に触れると、背筋にゾッと寒気が走って、逃げるように手を引っ込める。
 何だか失礼をしてしまったけど、相手は気にしない様子で、ささやくような声を発した。
「先ほど、パーサニア殿が私のことをバァトスという名で紹介されましたが、私としては古代語風にバトーツァとお呼びいただければ、嬉しく存じます」
「バ、バトーザ?」ツァの発音が何だか異国風で、口にしにくい。
「バトーツァですよ」
「バトーツ・ア」何とか強引に言ってみる。
 ジルファーがくっくと笑って、例の皮肉げな表情を浮かべる。
「無理に古代語で呼ぶ必要はないぞ、ラーリオス。本名のバァトスで呼べばいい」
 その言葉に、影の神官の目がギラリとなった。
「先ほどから失礼ですぞ、ジルファー・パーサニア。ラーリオス様の名を呼び捨てにするなど、不敬もはなはだしい」
 ジルファーは、挑発的なニヤリという笑みで応じた。
「ラーリオス様の許可はとってある。我が主君にして、目下の教え子である少年は、不必要な堅苦しさは望まないのだよ。それより、神官殿のほうが不敬なのではないか?」
「な、何ですと? 何が不敬だと言うのです?」
「わざわざ格式だけの呼びにくい名前で、自分を呼ばせようとすることだよ。ラーリオス様が、万が一、舌をかまれたりしたら、どうするんだ?」
「そ、そんなバカなこと……」神官はそう言いながらも、こちらに助けを求めるように視線を向ける。何で、こっちに話を持ってくるんだよ?
「え、ええと、ぼくはバァトスの方が呼びやすくていい、と思うな」正直に口にすると、
「……お好きなように」見るからに肩を落として、バァトスはつぶやいた。
 ジルファーは勝ち誇ったように、笑い声をあげた。何だか大人気ない。その挑発的な態度も気に障ったので、ぼくは意を決して大きく息をついだ。
「ジルファー」できるだけ威厳を込めるつもりで、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。「先ほど、あなたはバァトス殿を精神的指導者として、紹介された。でも、あなたの態度は、とても指導者に対するものとは思えない。ぼくには、あなた方の人間関係はよく分からないけど、こういう紹介の場でいたずらに敵意を煽るのは、間違っていると思う。ぼくは格式は重んじないけど、あからさまな無礼は認めたくないな。どうだろう?」
 ジルファーは意外なものを見るような面持ちで、ぼくを見た。
 こちらも、真っ直ぐ見つめ返す。
 ぼくは、間違ったことを言っていない。そういう確信があった。いくら相手が教育係であっても、ついつい人を見下しがちな態度には、我慢がならない。
 先ほどのソラークの視線を真似る気持ちで、瞳に意志を込める。
 ジルファーが視線をそらした。
 勝った。
 そう思った。
「バァトス殿に謝罪を」自分でも、調子に乗った発言だと感じたが、ここでは必要な処置に思えた。
「……神官殿、ご無礼をお許し頂きたい」ジルファーは不承不承ながら慇懃(いんぎん)な態度で、神官に頭を下げた。
「……分かっていただければ、よろしいのです」バァトスの口調は少し憮然としていたが、まんざらでもないようだった。こちらにチラッと向けた視線には、感謝の色があったようにも思う。
 拍手の音が鳴り響いた。ソラークだ。
「さすがはラーリオス様だ。まだ慣れぬ状況下で、事態を的確に収められた」
 完璧人間の彼に誉められると、誇らしさ以上に面映(おもはゆ)さがこみあげてきて、赤面してしまう。
「い、いや、ただ何も考えず、思ったことを口にしただけです。何となく、雰囲気に流されて……」最後まで言葉が続かない。
「しかし、適切な場で、適切な発言を自然に行えて、事態をよい方向に導くのも一つの才能だと考えます」ソラークは真っ直ぐ、こちらを見据え、よく通る声で主張した。
 そう言われると、何だか自信が湧いてくる。
 ぼくにも何か人より秀でた才能があるのか?
 両親からはいつも兄と比べられ、兄からはいつも説教され通しだったぼくにも?
 得意なはずのスポーツでも、決して花形選手にはなれず、地味なポジションに満足するしかなかったぼくにも?
 急にスーザンの声がよみがえってきた。
『あなたは選ばれたのよ、ラーリオス』
 魔法の存在を信じるように、自分が選ばれた人間だと信じていいのだろうか?


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●作者余談(2012年1月9日、ネタバレ注意)

 カートが、魔法を信じて人の話を受け入れるところまで描いた後で、新キャラを登場させることに。

 第1部は、とにかく、カートがゾディアックの大枠を受け入れるまでの話。もちろん、作者としては、カートというキャラそのものを受け入れる話になるわけですが。

 カレン、ジルファーに続いて、『失墜』より、ソラークが登場します。
 ソラークは、最終的に、ランツとともに暴走ラーリオスと化したカートを殺害してしまう宿命のライバル的な存在ですが、ここで顔見せ的に登場した後は、しばらくカートと接触させない頭づもりでした。

 登場させても、ジルファーとの描き分けが難しいですし。
 どちらも、一人称が「私」のクール系キャラ。まあ、ソラークがリーダーシップを取っていくのに対し、ジルファーは参謀格、という違いはあるのですが。

 ユング流に言えば、ソラークは「内向的思考→外向的感覚タイプ」。このタイプは、「学究肌な面を持ちながら、現実に上手く即して、リーダーシップを取っていけるタイプ」です。ただし、人の感情を読みとったりするのは苦手で、情緒よりも規範とか、現実の状況をグループのメンバーが共有している場合にのみ、機能するリーダーですね。いわゆるカリスマではなく、状況を冷静に見据えて分かっているから従った方がいい、と見なされるタイプ。

 一方のジルファーは、「内向的思考→外向的思考タイプ」ですね。直感とか、現実的な感覚からも遊離したキャラで、もう理屈が服着て歩いているような奴です。人の気持ちなんて、まず分からない、と。
 カートとの関係が上手くいっているのは、カートが兄貴との付き合いで、「内向的思考タイプ」の人間に合わせる術を知っているから、です。
 よって、カートに比較的近いリメルガの方は、ジルファーがよく理解できないということになります。リメルガがジルファーと付き合おうと思えば、カートやロイドが間を挟まないとダメ、ということですね。
 実は、「レクイエム」の中で、ジルファーが一番、融通が利かないキャラだった、という事実。

 で、そのジルファーと対立する存在として登場させた新キャラが、影の神官バァトス(バトーツァ)。
 このキャラのネーミングの由来は、本作の創作感想掲示板でお世話になっているK.Kさん。「陰謀を企んでいる影の神官」という基本設定は、こちらで用意して、共同企画ネタとしてネーミングでの参加を募集したら、「聖書由来の神霊ツァバト」という名前を引っ張ってきてくれました。
 結局、自分にとってツァバトという言葉がなじみ薄いこともあって、より使いやすいように、本名バァトスだけど、本人は古代語風に気取った響きでバトーツァと呼んでもらいたがっている、という設定で、正式に採用。

 バトーツァを登場させた理由としては、ラーリオス誕生のための儀式を司る神官キャラが必要だというのと、
 カートにとっての、当面の敵(っぽい奴)として、悪そうな印象のキャラが欲しかった作劇上の理由。
 それまでは、カートの敵意がジルファーに向けられて、何だか素直に説明を聞いてくれそうになかったので、ジルファーが毛嫌いするバァトスを登場させて、カートの敵意をそちらに転化させようと。

 キャラ同士の対立軸が明確だと、物語としても引き締まりますし、ね。

 そんなバァトスの性格は、「内向的直感→外向的思考タイプ」
 内向的直感タイプは、芸術家や宗教家に多く見られる、頭の中のインスピレーションを大事にする性格。ただし、空想に耽っているだけで、外向きに表現するのが苦手で、独特のファッションセンスとか、奇異な癖にこだわりを持ったりするところがあります。
 こういうタイプの人間は、「自分の奇異さを理解してくれる信奉の対象」がいれば、神のように崇めて幸せになれるところがありますね。

 ただ、バァトスの場合は、役者としての経験から、自分の役割演技という形なら社会と接することもできるわけで、完全な引きこもりタイプではありません。
 そして、外向きには、「理屈づけて物事を説明する能力」を備えております。また、外向的思考タイプは社会の規範に合わせて、自分の利益を追求する姿勢を持っています。つまり、普通なら、「周囲に合わせることができ、リーダーシップも取っていけるキャラ」なんですね。
 問題は、その規範が、「ゾディアックの影の神官」とか、「トロイメライに従う、闇の伝道師」とかいった部分に置いているので、まあ、こういうキャラなわけです。性格分類と、道徳観、従うべき規範は別物、ということで。
 ま、バァトスを分かりやすく説明しようと思えば、「内面的なこだわりを強く持っていて、それを外に向けて理屈っぽく押し付けようとするキャラ」になりますか(笑)。ジルファーと同じ外向的思考なので、教師的な振る舞いはできるんだけど、ジルファーほど内的な思索を重ねているわけでなく、訳の分からないこだわりを押し付けてくる迷惑な面を多分に持ってます。
 仮に、トロイメライがいなくなってしまえば、バァトスは従うべき規範を見失い、完全に引きこもってブツブツつぶやくだけの傍目からは狂人になってしまうかなあ。もちろん、トロイメライの計画を自分なりに解釈して、盲信的に継承しようとするかもしれない。
 ま、こういうキャラは現実に接することなく、舞台役者として自分の世界を自由に描いている方が幸せだし、周りの迷惑にならないのかもしれません。

 なお、ぼくには、バァトスの気持ちがある程度、はっきり分かります。
 それは、ロイドと同じ「内向的思考→外向的直感」だから、ベクトルは逆だけど、一部通じるところがあるわけですね。
 だから、ロイドはバァトスと馬が合うという理屈になるんですけど、行動規範が全然違うからなあ。こだわりを持つ者どうし、自分の規範を熱くぶつけ合って、どこまでも平行線という可能性が大いに考えられますね。「あいつのそう言いたい気持ちは分かるけど、言っていることには納得できん。何とか論破しないと」という関係になりそうです。

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