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プレ・ラーリオス

夜明けのレクイエム(5−1)


 
5ー1章 アルター・エゴ

 打ち砕かれた心の欠片(ピース・オブ・ハート)
 失われた夢(ロスト・ドリーム)の記憶の中で、ぼくが見出したもの。
 それは、ぼくの心の象徴。
 ぼくは、こうして自分の欠けていた心を取り戻した。
 同時に、意図せず入手したスーザンの心の欠片。
 結局、他人の心をこういう形で奪う気にはなれず、トロイメライに託すことにした。
 かつてのシンクロシアが、新たなシンクロシアを助けてくれると信じて。

 これで用事は済んだはずだった。
 だけど、何かを忘れているような感じで、すぐに目覚めることは躊躇(ためら)われた。
 独り、上映の終わった映画館の闇の中で、黙考する。
 心の欠片(ピース・オブ・ハート)を取り戻したぼくは、何が変わったのか?
 思考は、そこに行き着いた。
 以前のように、欠けていた記憶を取り戻したわけでもない。
 スーザンへの愛情、ラーリオスとしての(コア)がハートの象徴に宿っている。
 トロイメライは、そう推測した。
 すると、それらを喪失していたぼくは抜け殻だったのか? 
 抜け殻だったぼくが、スーザンに対して抱いていた感情は全て偽りだったのか?
『真実の愛を、お前は知っているか?』ライゼルの言葉が、不意に蘇ってきた。
『愛とはためらわないこと。こうと決めたら、一途に突き進む。あれこれ考えて迷うのは、愛が偽りだという証拠だ』
 以前のぼくは、そのライゼルの確信めいた言葉に、反論することはできなかった。
 愛する者を助けるために、全てを捨てて戦うことは、一種のヒロイズムだ。
 それは盲信的な愚者の愛、と指摘することもできる。盲信的な愚者だからこそ、一途で純粋なままにいられる。
 だけど、世界の運命を託された星霊皇の後継者が、盲信的な愚者であっていいのか。
『究極の愛はアガペーと称されます』バトーツァの言葉が、思い浮かんだ。
『これは神の愛、無償の愛とも称され、万人を無条件で慈しみ、救済する至高の愛とされます。太陽が万人の上に等しく公平に光をもたらすように、分け隔てなく愛すること……そういう博愛精神が実践できれば、それこそ正に聖人と言えます』
 たぶん、愛という言葉は、どんな立場か、何を対象とするかによって、多様な意味合いを帯びるものだろうな。
 従者が主君に向ける忠誠心も愛と表現できるし(バトーツァの説明では、ストルゲーだったか?)、君主が家族に向ける愛と、領民に施す慈しみの感情は、同列に論じるものではないのかもしれない。家族への私事にかまけて、公務を疎かにする王は、よき父親ではあっても、名君とは呼ばれないだろうし、それらを両立させることが求められる場合だってある。
 愛を注ぐべき対象が多くなればなるほど、迷いは生じて当然なのだ。
 迷わない愛は純粋ではあるけど、視野が狭くて、幼稚なのだろう。
 愛は神と同様、一つではなく多様であるべきで、その中で何を選ぶかが常に問われるものだ。

「今は、こういう結論でいいのか?」自分の(ハート)に問いかける。
 完璧な答えではないけれど、ブレない自分自身の核が出来上がったような気がした。
 そう、多様性を認めるからこそ、柔軟で、数多(あまた)の想いを受け止めることができる。星霊皇は、数多の星々(カウントレス・スターズ)を象徴とするのだから、本来それを捨てては成立し得ない。
 多様性を受け止めながら、現実の諸問題を見据え、教条主義に陥らない判断、裁定を目指すべきなんだろうな。
 (まった)き心が、迷いを捨てるのではなく、迷いさえも受け止めて止揚昇華させるものであるならば、ぼくはようやくそういう境地にたどり着いたのかもしれない。
 これなら、偏狭に陥った星霊皇クリストファーの精神に勝てる可能性がある。
 精神の戦いが、言葉と思念を駆使した哲学論争であるならば。
 だけど、ぼくはまだ確信が欲しかった。
 心の欠片(ピース・オブ・ハート)を取り戻したぼくは、何が変わったのか? 
 それを試すには、心の欠片(ピース・オブ・ハート)を失った相手と対峙する必要がある。
 だから、ぼくは再び映像の記憶を起動した。
 もう一人の《暗黒の王》、ぼく自身(アルター・エゴ)と向き合うために。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 星空の下に、カートがいた。
 右手にライトセーバーを携えて。
 背景に広がるのは、荒涼とした砂景色。
 何度も見た『スター・ウォーズ』の惑星タトゥイーンだ。
 戸惑いながら、周囲を見回しているカート。
 もう一人の役者は、まだ登場しない。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 その時、ドクンと心臓が強く脈打った。
 胸に収まる心の欠片(ピース・オブ・ハート)が、反応している。
 元々、映像の記憶から飛び出してきた象徴(シンボル)だ。
 うまく使えば、こっちから映像の記憶に飛び込むこともできるのだろう。
 理屈よりも、直観、本能に導かれて、ぼくは過去の記憶世界に心身を委ねた。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 夜の砂漠の一角に稲妻が走った。
 煙とイオンの匂いが立ちこめる中、ぼくはゆっくり立ち上がった。
 衣服は何も身に付けていない。
 時間移動(タイムスリップ)を果たした直後の殺人サイボーグを思い出す。
 これから、ジョン・コナーを探さないと。

 ……って、違うだろう。
 ここは、ロス・アンゼルスの市街じゃない。
 だから、酒場(バー)に入って、自分に合ったサイズの衣装を調達することはできない。
 ショットガンも、大型バイクも、サングラスも、ここにはない。
 この世界にふさわしいのは……やっぱり、ダークジェダイのまとう黒ローブだろうな。
 自分の記憶を呼び起こし、混迷しがちな意識の中で、秩序ある世界観を維持しようと試みた。

 広い砂漠の中で、目的の人物の気配を探り当てると、ぼくは瞬時に彼の前に姿を現した。
 白い砂丘を背に、黒ローブの人影として、カートを見下ろす。
『シスか!』すぐに、カートは警戒を示した。
 ぼくは応じるように、《気》を解放してやる。
 自分の力を試したかったので、上から押さえつけるように。
 カートは抵抗するように、うめき声を上げてから、こちらの《気》を弾き返した。
『誰なんだ、君は?』戸惑いながら、誰何(すいか)する声。
「《暗黒の王》」ぼくは、普段よりも声を低めて、そう答えた。
『何だ? 君はぼくのことを知っているみたいだが、ぼくは君を知らない。正体を現せよ』
 ああ、カートはぼくの答えを、自分への呼びかけだと勘違いしたんだったな。
「フフ」思わず、含み笑いが漏れる。
「正体を知らないとはね」この邂逅(かいこう)顛末(てんまつ)を知る者としての余裕が、言葉ににじみ出る。
「こっちは答えたはずだぞ、カート・オリバー」それから付け加える。
「《暗黒の王》だ、と」
『バカを言うな』案の定、反発の言葉が返ってきた。
『《暗黒の王》は、ぼくのことだ』
「そして、ぼくのことでもある」思わず、冷ややかな笑いが口元に浮かぶ。
 いまだ真実を知らない未熟者に、自分で考え、推測させるために、どのようなヒントを与えるべきか、思考を巡らす。
『《暗黒の王》は……もしかして2人いるのか?』
 記憶どおりとはいえ、面白い考えだと思った。
「2人か? 2人ね……ぼくは自分以外の《暗黒の王》は知らないけど、もしかすると、もっといるのかもしれないな」
 言葉を紡ぎながら、想像を広げてみる。
「《暗黒の王》が集まって、その中で真の《暗黒皇帝》を決めるためのバトルを展開する」
 そう、邪霊が完全に解放され、世界が邪霊憑きだらけになってしまったら……欲望と混沌と破壊に満ちた世界で、力ある者たちがそれぞれ勝手に《暗黒の王》を自称し、群雄割拠の中で覇権を目指すために合い争う。それはそれで……
「実に燃えると思わないか?」
『ふざけるな』
 やっぱり、そう返してくるか。
 もちろん、ぼくだって、そんな世界を目指すつもりはない。
 力ある存在が暴れ回る世界は、力のない者にとっては過酷なものとなるだろう。
 大いなる力には、大いなる責任が伴う。
 そういう制約もなく、欲望のままに力を振るえば、手痛いしっぺ返しを受けかねない。
 群雄割拠のバトルストーリーは、映画やコミックのようなフィクションだったら面白い素材だろうけど、フィクションを楽しむためには、現実世界が平和で安定していないといけない。
 平和な世界だからこそ、バトルを純粋に楽しめるのだろう。
 世界がバトルだらけになってしまえば、もはや戦う行為そのものに食傷してしまうだけだ。
『悪ふざけに付き合うつもりはない』
 こちらの思考実験を意に介することなく、カートは毅然と言い放った。
『どうして、ぼくの夢に介入する? 用件を言え』
 簡単だ。
 自分の手に入れた力を試したい。
 だけど……少々、過去の自分との会話を楽しみたい気分にも駆られていた。
「やれやれ、君は余裕がないなあ」わざとらしく、肩をすくめてみせる。
「いささかストレートすぎる。《暗黒の王》として未熟なこと、この上ない。その称号を名乗るなら、もっと大らかさと諧謔(かいぎゃく)精神を持たないと」
 自分が以前に言われたことを、そのままなぞってやる。
『何精神だって?』言葉の意味が分からないカートは、ストレートに問い返してきた。
諧謔(かいぎゃく)さ。皮肉を交えたユーモアと説明すれば分かるかな。まだまだ勉強不足だね」
『余計なお世話だ。無駄話もいい加減にしろ』
「う〜ん、この余裕のなさは、やはり心が欠けているせいかな」
 相手に聞こえる程度の小声で、つぶやいてみせる。
『心が欠けているって、どういうことだ?』予想どおりの反応を示してきた。
 さて、どう答えたらいいかな。
 考えをまとめる前に、話の前提となる大切な情報を与えてやる。
「ああ、さっきの質問だけど……君の夢に介入したのは事のついでさ。大事な用件はもう済んだ」
 それから、ゆっくり強調する。「トロイメライといっしょにね」
 トロイメライの名を聞いて、カートは考えるような表情になった。
 そう、トロイメライこそが、君がぼくのところに到達するヒントだよ。しっかり受け止めて、考えてくれよ。
 少しして、カートは冷ややかな声で答える。
『ついでで眠りを邪魔されたくはない。さっさと帰れ』
 ああ、こちらも用事を済ませたら、さっさと帰るつもりだ。
 現実世界でも、気になる問題を残しているからね。
『どうせ、どんな用件だったか言うつもりもないのだろう?』
 こっちを見透かしたような皮肉っぽい物言いだけど、しょせんはハッタリに過ぎない。
「ピース・オブ・ハートの探索。そう言えば分かるかな?」
 大切なことなので、殊更に強調して述べた。
 それでも、聞く者は誤解する。
『《暗黒の王》が平穏(ピース)を求めるとは……らしくないな」
 皮肉のつもりだろうが、誤解を前提にしているために、滑稽に聞こえた。
 だけど、わざわざ誤解を晴らすつもりはない。
 答えは、自分で見つけ出すことが大切なのだ。
「人のことは言えないだろう、カート・オリバー」そう、返してから、何か付け加える言葉を模索する。
 未熟者というか、完成されてない試供品を表す言葉は何だっけ?
 実験台でも、モルモットでもなくて……
「いや、プロトタイプ《暗黒の王》と呼ぶべきか」
 未来の兵器工場で、ターミネーターのように大量生産される《暗黒の王》型サイボーグを想像する。
 ターミネーターがTナンバーなら、ラーリオスはRナンバーだな。
 Rは、いかにもロボットらしいコードだ。
 プロトタイプだったら、R1(アールワン)またはR0(アールゼロ)がいいかな。
 R2(アールツー)だったら、また違うタイプのドロイドを連想するけど。
 ちょっと思考が横道にそれかけたのを、慌てて振り払う。
「とにかく、ぼくは君の顔が見たくなっただけさ」それまで演じていた威厳を忘れ、口調が軽くなる。
「まあ、《暗黒の王》としてしっかり頑張ればいい。そうすれば、すぐにぼくに追いつけるだろう。じゃあね」
『ちょっと待て』カートは明らかな苛立ちを見せた。
『人の顔だけ見て、自分は顔を見せないってか? 正体ぐらい示したらどうなんだ?』
「チッ、さっきは帰れと言ったのに、ころころ気が変わる奴だ」こちらも、思わず苛立ちが感染する。
「君はぼくの顔を見ない方がいい。ぼくたちが下手に接触すると、いろいろと面倒だからね。少々、うかつに介入し過ぎたようだ」
『何を訳の分からないことを!』カートは叫ぶと、《闇の左手》から、蛇のような呪縛の気を放ってきた。
「好戦的だな」とっさに応じて、力の波動を受け止める。
 相手と同じ異形の左手で。
「戦うべき相手は、ぼくじゃない。もっと相手を見極めろ」
 あからさまな力を振るう未熟者に対して、より効率的な力の使い方を示すことにした。
 蛇のイメージで相手を縛りたいなら、わざわざ物理的なエネルギーを作らなくても、眼光で威圧すればいいだけのこと。
 蛇の頭髪をした神話の怪物メデューサのイメージを思念にして、相手に送ってやる。
 カートは抗しきれずに石化した!

 は?
 ぼくは無力な石像と化して、完全に動きを止めたぼく自身(アルター・エゴ)を呆然と見つめた。
 まるで演劇の最中に、台本にない演技に当たって、戸惑っているような気分。
 少なくとも、ぼくは自分が石化した記憶なんて持ってない。
 これは、どういうことだ?
 ちょっとした気まぐれで、歴史を歪めてしまったのか? 
 あるいは……自分が石化されたという事実に気付くことさえできなかったのか? 
 不測の事態を確かめるべく、ぼくはおそるおそる動かないカートの像に歩み寄る。
 もしかすると、石化された姿を装って、こっちの不意を突くつもりじゃないだろうな? 
 そんな疑惑を感じながらも、ついにぼくは、自分の姿をした石像の真ん前に立った。
 見た目の質感は、灰褐色の石そのもの。
 頬に触れてみる。
「硬い、か……」
 それに、無機質みたいに冷ややかだった。
 ジャバ・ザ・ハットにカーボン冷凍されたハン・ソロなんかを思い出す。
「ちょっと、これはどうしたらいいんだ?」
 誰にともなくつぶやく。
「このまま放っておいたら、どうなるんだ? 石化は時間が来れば、治るのか?」
 答える者はいない。
「大体、カート、お前もお前だ。少しぐらい抵抗しろよ。《気》の術は効かないんじゃなかったのか?」
 何となく八つ当たり気味に、軽く蹴りを入れる。
 足下が不安定な砂地だったのが災いした。
 わずかな衝撃で、あっさりバランスを崩した石像が、グラッと傾く。
 とっさに支えようと思ったけど、滑らかな表面と像自体の重さで押さえきることができずに、そのまま背中向きに転倒させてしまった。
 砂がクッションになってくれたのが不幸中の幸いだった。
 硬い地面なら、激突した際に、体の一部が破損していたかも知れない。
 打ち砕かれて、バラバラになったピース・オブ・カートなんて物を想像し、苦笑が漏れる。
「心だけじゃなくて、体まで欠けてしまったんじゃ、洒落(しゃれ)にならん」

 何とか苦労してカート像を起こし、倒れないように少し足下を深く掘って、ふくらはぎのところまで埋まる形にしてやる。
 そこまでしても像は身じろぎせず、石化が解除される様子は全くなかった。
 どうやら、ぼくはやり過ぎてしまったらしい。
 自分の手に入れた力を試してみたところ、予想以上に強力すぎたのだ。単に一時的に呪縛するつもりが、石にまで変えてしまうなんて。
 石化を解除するにはどうすればいい?
 メデューサの伝説を思い出そうとする。
 石になる話は有名だけど、石から元に戻る話は思い当たらない。
 ええと、石像彫刻が人間になる話があったような。
 確か、ピュグマリオンって言ったっけ。
 人形に恋した王様が神様の力で、想いを遂げる話だったか? 
 そう、大体、石を人間にするなんて、魔法とか、神の奇跡とやらに頼らないと無理に決まっている。
 誰か、魔法使いか、神官でも連れて来い。
「バトーツァか、カレンかな」
 トロイメライを除けば、助けになりそうなのは、この二人しか思いつかない。
「カレンの癒しの力だったら、何とかできるかも」
 確か、ゲームの世界でも、高位の聖職者だったら、石化した肉体を復元できるはずだし。昔、RPGマニアだった兄貴から聞いた断片的な知識を思い出す。
 ただ、断片的すぎて、自分自身のイメージ構築に役に立たないのが残念に思う。
 たぶん、ぼくがナードみたいに日頃から空想びたりになっていて、「石化解除の術」を行使してる自分自身をたやすく想像できれば、話は簡単なんだろうけど。
 トロイメライが、ぼくの持つ映画の知識やマニアックとも言えない趣味程度のSF知識について、ぼくから話を聞いて理解はできても根本的な発想源には至れないように、
 想いを具現化する力を幅広く駆使するのは、豊かな想像力(イマジネーション)というものが必要なんだろうな。
 自分に想像力が欠けているとは思わないけど、ゾディアックに来るまでは、あまり重要視しては来なかった。
 アスリートに必要なのは、目に見えない空想の産物ではなくて、鍛えられた肉体と、相手の動きを観察する知覚能力、それにすかさず反応する状況判断と瞬発力だ。たぶん、そうした能力なら(ここでの隔離生活で(なま)ってなければ)、ぼくも相応のレベルを持ち合わせている、と自負する。
 もちろん、一流選手並みとは言えないけれど。
 ぼく程度のフットボール選手なら、そこら辺にごろごろいる。
 ぼくが人並み外れている、と断言できるのは、その打たれ強さだ。もしかすると、レスリングなどの格闘技を目指せばよかったのかもしれない。ただし、闘争心旺盛な性格でもなかったから、相手を殴り倒して栄光を勝ち取る、という世界に馴染めたとは思えないけど。
「カート、お前は何を目指せば良かったんだろうな」
 石像となった自分自身(アルター・エゴ)に話しかける。
 彼はジェダイの騎士の扮装で、こちらは未来から来たダークジェダイ。
 そして、どちらも《暗黒の王》を自称している。
 何も知らないハイスクールの学生だった昔(それも、つい最近、1ヶ月かそこら前)の自分が見れば、気の狂ったナード二人の茶番にしか見えないだろうな。
 王と、騎士と、闇の魔法戦士。
 21世紀の現実にはそぐわないキーワード。
 500年前の中世ヨーロッパの妄想が具現化しているのが、ぼくの夢であり、起きても周辺にある現実なんだ。
 想いが現実化するというのは、こういうことなのか。
 ぼくが星霊皇として君臨したら、世界がこういう方向に改変されていくのだろうか。

 思考にひたりながら、ぼくは石像の周囲をぐるりと一周していた。
 自分の背中を見る経験は珍しく、少し猫背気味なのが気になった。
 ついつい背中をシャキッと伸ばしてから、考え直す。
 これは敵対相手に対峙した際の前傾姿勢じゃないのか、と。
 でも、それならアクション演技の視点から、不満がいろいろある。
 端的に言えば、無防備で格好悪い。
 自分では身構えているようでも、棒立ちそのものだ。
 こんな様子じゃ、夢の中では無敵な自分に酔うことができても、実戦では通用しないだろう。戦場経験者のリメルガや、アクション俳優志望だったロイドの視点を想像しながら、寸評を加えてみる。
 まず、相手の攻撃をかわすには、半身になるのが有効なんだろうけど、どうしてこうも仁王立ちなんだ?
 自分の頑丈さに自信を持ち過ぎて、正面から攻撃を受け止めるつもりだったのか? 
 像の正面に立って、自然なファイティングポーズを再現してみる。
 殴り合いなら、利き手の右拳の勢いが付くように、右半身を引き、左半身が前面に来るのが基本だ。そして、軽く左拳を連続で放ってから、隙を見て右足を踏み込んで右拳の強打を放つ形だろう。パンチの種類とか、足運び(フットワーク)とか細かい知識は勉強しないと分からないけど、構えの基本ぐらいなら身に付いていると思う。
 剣技なら、どうだろう? 
 ジェダイの剣術は、楯を持たずに、ライトセーバーを縦横無尽に振り回すことにある、と思う。パワーよりも、スピードを重視した攻撃。そしてフォースを駆使した超絶感知能力で飛来するエネルギー弾などに反応して巧みに受け流す神業的防御。よくよく考えると、ぼくのような素人が容易にマネできるスタイルではない。
 夢の中でも、ぼくがやっていたのは、単に子供が棒切れを振り回すぐらいのごっこ遊びだったのだろう。
 いずれにしても、ジェダイを意識したスタイルなら、ライトセーバーだけでなく、身体の方も東洋の忍者や拳法家のように縦横無尽に動かし、飛んで跳ねて駆け回ることになるから、それこそ無防備な仁王立ちは有り得ない。
 そこまで考えて、ようやく、自分の無防備さの原因に思い当たった。ぼくが使用したのは拳でも、剣でもなく、《闇の左手》を利用した術だ。右利きの人間が、逆に左手に勢いを付けようと不自然な所作を行ったために、防御がガラ空きになっているのだろう。
 その術で相手を無力化できればいいのだけど、さもなければ、たやすく返り討ちに合う。これって、どこかで経験したような……。

魔獣(ビースト)か」
 確か、あの時はとっさに放った眠りの術が通用せずに、致命的なミスを犯した。
 術を放つ際の無防備さは常に意識しておかないといけない、と学んだはずなのに。
 今回も同じようなミスをするとは、カート・オリバーには学習能力がないのか? 
 いや、違った。
 過去の自分と、今のぼくを混同していた。
 石像のぼくは、まだ魔獣(ビースト)戦を経験していないし(間もなくするだろうけど)、不用意に術を使って無防備になったのは、今回のぼくのミスではない。
 今回のミスは、うかつに強すぎる術を自分相手に使ってしまったことだ。
 制御できない力で、自分や味方を傷つけてしまうなんて、最も注意しないといけないことなのに。敵に勝つとか、それ以前の問題だ。
「取り返しのつかないミスじゃないよな」
 少なくとも、ぼくはぼくを殺しちゃいない。
 石化を解除できれば、問題は解消できる。
 これまでの遠回りの思考の末に、ようやく話は元に戻った。
 こういうところが、カート・オリバーが鈍いと言われてきた原因なのだ。要は、いろいろ考えすぎて、本筋を見失いがちになる。無駄な思考が多すぎるのだ。
 星輝石の恩恵の一つである高速思考が救いになるとは言え、これ以上、時間を無駄にはできない。少なくとも、過去のカートは早く目覚めないと、カレンの変身した魔獣(ビースト)に殺されてしまう。
 カレンからカートを守るには、カレンの癒しの力が今すぐ必要だ。
 何だかややこしい局面にいささか頭痛を覚えつつ、ぼくは急いで対策を考えた。
 現実世界のカレンを、ぼくの夢に招いて、癒しの術を使ってもらう……いや、それは無理か。カレンはトロイメライじゃないから、精神世界に引き入れるには手間が掛かるし、そもそも今の彼女は転装できない。つまり、星輝石の力を使いこなせない状態だ。
 助けは他に求めないと……カレンの代わりになる存在と言えば……カレン・ノワールか。

 邪霊のノワールは、ぼくの精神に封印してるから、ぼくの精神内なら、召喚にも手間取らないと思う。
 他に手はないと考えたので、早速試してみる。
 《闇の左手》から力の霊気を放って、トロイメライの知識にあった召喚用の円陣を辺りの砂地に描く。
 まるで、魔物を召喚するソロモン王の気分だ。
 すぐそばにある石像は、さしずめソロモンの父王をモデルにしたダビデ像に(たと)えられるか? ミケランジェロの芸術作品には、比べるべくもないけど。
 召喚のためには元来、何か古代語めいた呪文が必要なのかもしれないが、そんなものはもちろん知らないので、ストレートな言葉をそれっぽく口にする。
「カレン・ノワール。ぼくのワルキューレ。《暗黒の王》カート・オリバーの名において命じる。契約に基づいて、速やかに我が元へ来たれ」
 召喚円が濃緑色に明滅したかと思うと、甘い芳香とともに薄い煙が立ち上る。
 気体は次第に密度を増していき、黒い液体と化して、粘液状のまま女性っぽい造形を形作る。
 そのうち、一部が硬質化して、黒光する金属鎧となる。
 要所の鎧から派生するかのように布地が形成され、その後でむきだしの肌がプリンの弾力を保ったまま固まる。
 最後に、猛禽の額冠(ティアラ)と、大鴉(レイブン)の黒翼が展開し、醒魔士の姿となったカレン・ノワールが湧現した。
 忠実な使い魔らしく恭しく膝まづいた姿勢で、ノワールは口を開いた。
「《黒き太陽王(ブラック・サン)》ラーリオス様。契約に基づき、ワルキューレのカレン・ノワール、ここに参上いたしました。何なりとご命令を」
「堅苦しいあいさつは、これぐらいにしよう。時間もないからな」ぼくは鷹揚(おうよう)とした態度を装って、早速、本題に移ろうとした。「君は、石化を解除できるか?」
「あのう、お言葉ですが、リオ様。状況がよく分からないのだけど。私としても、先程(さきほど)ピース・オブ・ハートの件で質問されて、別れたと思ったら、その夜のうちに再び、こういう形で呼び出されるとは思ってなかったし、いろいろと性急ではありませんか?」
「説明が必要なのか?」
「できれば」
 面倒なので、結論だけ簡単に述べることにする。
「ピース・オブ・ハートは手に入った。よって、ぼくは力を高めた。その結果、過去のぼくを誤って、石化させてしまった。早く、石化を解除しないと、取り返しの付かないことになると思っている。分かったか?」
 ノワールは首をかしげながらも、何とかうなずいた。
「つまり、強くなったリオ様が、力に溺れてドジを踏んで、泣く泣く私の助けを求めている、ということね」
 そう言って、にんまり笑みを浮かべる。「是幸(これさいわ)い、と言ったところかしら」
「おい、人の苦境を喜んでいるのか、君は」
「当然じゃない。私を誰だと思ってるの? 邪霊よ、邪霊。《暗黒の王》ともあろう人が、今さらそんなことを言うなんて、興醒めだわ」
「君は、ぼくに忠誠を誓ったんじゃないのか? 主の不幸を喜ぶのが忠誠か?」
「あなたは、こう言った。『ぼくを騙したり、(おとしい)れたりすれば、その時点で君の魂は地獄の苦しみを味わうことになる』って。私は別に、あなたを騙すことも、陥れることもしていない。あなたが勝手に苦境に陥って、困っているのを見て、どういう感想を抱いても、こちらの自由ではありませんか。あなたがご自身の現状に同情しろ、と私に命令するなら話は別ですが。命令には従うけれど、そのような弱い王には、忠義も愛も抱けるはずもないことは、ご承知いただかないと」
 ちっ、邪霊相手に隙を見せるのは禁物ということか。
「契約主が滅びたりすれば、君はどうなるんだ? 封印から解放されるのか?」
 相手がそれを望んでいるなら、絶対に信用することはできない。直接、騙したり、陥れたりしなくても、下手に自由を与えると、裏で何をされるか知れたものではない。
「それはないわ」ノワールは否定した。
「あなたが私を封印したことと、あなたが私と契約したことは話が別なの」噛み含めるように、説明する。
「ただ封印しただけであれば、あなたが滅びれば、私は解放される。死後も永続する強力な封印を施さない限りはね。だから、私は解放されるために、あなたを滅ぼすなり、支配するなりの方法を試みたの」
「無駄だったがな」冷ややかに応答する。
「そう、あなたは《暗黒の王》としての力を示して、私を屈服させてみせた。そうして契約、共存する道を選んだのよ。この結果、あなたが強くなれば私も力が高まり、あなたが弱れば私も嬉しくない。滅びるときも一蓮托生というわけ。だから、あなたは私のためにも、強くあって欲しい。そのための協力なら、喜んでするわ、リオ様」
 説明を終えてから、邪霊の女は胸を突き出すとともに、ウインクしてみせた。
 こういうあからさまな媚び方はあざと過ぎて、どうもぼくには感銘をもたらさない。
 拒絶するような腕組みをしながら、ノワールの言葉を吟味する。
 契約した以上、彼女はぼくに嘘はつかないのだろう。それは同時に、心にもない追従の言辞(おべんちゃら)でこちらをおだてたり、本心とは裏腹の共感を見せたりはしないということだ。ある意味、保身や社交を重視する多くの人間よりも、正直であると言える。
 そして、力ある存在には、喜んで従う。
 逆に、弱みを見せたり、無条件の好意にすがるだけで、自分を高めない者には救いは得られない、ということか。
 そのことは、邪霊を相手にする際は、肝に銘じておかないと。
「話を戻そう。君は癒しの技が使えるんだな。ノワールだから、星輝石の技が使えないという可能性もあるが……」
「それは、やってみないと分からないのが正直なところね。ここは精神世界だから、意思の力を発動しやすいし、記憶が残っているからイメージも構成しやすい。だけど、現実に影響を及ぼせるかは、まず媒介となる肉体を得てからでないと、判断できないわ。どうしてもお望みなら、私を肉体に戻してよ」
 結局、それが邪霊の望みなんだな。
 こちらが困っていることに付け込んで、自分の目的をかなえようとする。
 うかうか乗せられると、こっちが望まぬ悲劇を引き起こしかねない。
 そう判断して、ぼくは話をそらすことにした。
「では、もう一つ。カレンの癒しの技は、石化の解除ができるのか? 今までに、そうした経験はあるのか?」
 そう、そもそも空想世界ならともかく、現実に「石化」という事例がそうそうあるとも思えない。邪霊や神話のモンスターが日常的に跋扈(ばっこ)し、石化の術が使える魔法使いが普通に存在するなら、石化解除の術も癒し手の(たしな)みとして、学ぶ機会もあるだろう。
 だけど、石化という現象が稀な事態なら、石化解除も一般的な技とは言えない。
「質問は一つじゃなくて、二つになってるけど……」
「つまらない揚げ足取りだ。その辺は聞き流して、ちゃんと答えろ。これは命令だ」
 ノワールは溜め息をついた。
「私は石化なんて、治したことはないわ。見たのも初めて。どうやったの?」
「神話のメデューサの技を再現した。相手が蛇のイメージで、こっちを縛ろうとしたからな。とっさの判断で、過剰防衛になったと思う」
「あなたを怒らせると怖いのね。ゾクゾクする」そう言うと、わざとらしく身震いして見せる。本人が蛇になったように、くねくねと肢体が動く。
 ぼくはその挑発めいた言動に苛立ち、視線に込めた冷ややかさを意識して高めた。「何なら、君で再現してみようか」
「やめてよ。あなたは人を固めて、人形にする趣味でもあるの? マダム・タッソーの蝋人形館みたいなのが理想?」
 そんな趣味はない、と思う。
 止まっている姿を鑑賞するよりは、躍動的にアクションしてる方が見応えがある。静物画よりも、動画を見てる方が飽きない。
「結局、君は石化を解除できないんだな」
「そもそも、私の専門は植物よ。麻痺ぐらいなら何とかなるけど、無機物は専門外。どこの植物が、石を肉に変えられると言うの? 石のことなら、大地の星輝士の領分じゃないかしら。もっとも、無骨なクレーブスだったら、石像を砕いてしまいそうだけど」
「つまり、君は今の状況では役に立たない、ということだな。時間の無駄だったわけだ」
「何だか、その言い方はムカつくわね。そもそも自分でドジを踏んで、助けが得られないからって、こっちに逆ギレするなんて、それでも《暗黒の王》? ああ、そういうところも、《暗黒の王》らしいかもしれないわね。憤怒の念で力を発揮するなら、応援するわ。どんどん怒らせたらいいのかしら?」
「もういい、帰れ」ぼくはノワールを送還しようとした。
「いいわ。自分で帰るから。でも、一つだけ助言してあげる。あなたは《気》の力を吸収できる。だったら、石を戻そうとするのではなく、石に変えた《気》の力そのものを吸い取れば、効果を無効化できるんじゃない? そもそも、自分で掛けた術なんだから、自分で解除する方法だって、見出せるはずよ。それができないなら、あなたはそこまでね」
 それだけ言うと、小悪魔っぽい笑みを浮かべて、カレン・ノワールは召喚円の描かれた地面に潜って、姿を消した。
 まったく、邪霊というのは、一筋縄じゃいかない存在だ。
 それでも、最後に残した助言が、主に対する一片の好意の表れと解釈していいのかな?
 好意の助言は、有効に活用してみせてこそ、さらなる好意を得られることになる。
 そう信じて、ぼくはノワールの助言を試すことにした。

 石像に掛けられた《気》の効果を吸い取ってやると、石化はあっさり解除された。
 呆然としているカートを確認して安心するや、ここにはもう用はない、と判断する。
 カートが何もできないでいる合い間に、邪霊を呼び出した召喚円を、わずかな仕草で自分の帰還用に書き換え、そこに足を踏み入れる。
 去り際に、威厳を装って、言葉を残した。
「これは警告だ。すぐに起きたほうがいい。さもないと、魔獣(ビースト)が君を殺す。がんばって試練を切り抜けることを、願っているよ」

 その言葉は、他人事じゃなかった。
 魔獣(ビースト)の正体であるカレンと向き合わなければならないのは、ぼくも同じだ。
 トロイメライといっしょに過去の記憶の世界を訪問する際、ぼくの肉体は、カレンの体を抱きしめたままだった。
 彼女が目覚める前に解決するつもりだったけど、石化解除のために、思わぬ時間を浪費してしまったのだ。
 寝台の上で、ぼくに抱かれた状態で目覚めた潔癖なカレンが、どのような反応をするか、ある程度は想像できた。
 だから、ぼくは彼女が目覚める前に、対策を講じる必要がある。
 さもないと、憤怒の戦乙女(ワルキューレ)がぼくを殺す……かも。
 がんばって試練を切り抜けないと。


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